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Author: 磯野 愛

2020年6月まで北米報知社でセールス・マネジャーを務める。北海道札幌市出身。2017年に夫の赴任に伴ってシアトルに渡るまでは、日本で広告代理店に勤務し、メディア担当、アカウント・エグゼクティブとして従事。ワシントン大学でMBA取得後、現在はシアトル発のスタートアップ、Native English Instituteのマーケティング担当として日本市場参入準備に携わる。趣味はテニスで、大会(とその後の打ち上げ)の再開を心待ちにしている。

名港海運株式会社 戸田武志さん

シアトル駐在日誌

アメリカでの仕事や生活には、日本と違った苦労や喜び、発見が多いもの。日本からシアトルに駐在して働く人たちに、そんな日常や裏話をつづってもらうリレー連載。

取材・文:磯野愛

戸田武志さん。デモインのオフィス前にて。ここには3万平方フィートの広さを持つ倉庫が併設されており、クライアントから預かる商品が大切に保管されている

戸田武志■広島県出身。2005年名港海運株式会社入社。メイコー・アメリカ(Meiko America, Inc. )、ロサンゼルス支店を経て2016年8月よりシアトル駐在となる。南山大学アメリカン・フットボール部時代はクオーターバックを務めた花形プレーヤー。

父や親戚が物流業界に勤めていたため、自然にこの業界を志しました。名港海運の「名港」とは「名古屋港」のことで、その名の通り、名古屋に本社を置く物流会社です。入社後はおよそ1年半、名古屋港で中国の船会社の代理店として「ハズバンディング業務」、つまり船の入港から出港までを管理する業務を担っていました。船は女性にたとえられることが多いことから、船(=妻)のエスコートをする夫の役目というわけです。その後は名古屋港に到着する貨物の物流手配・書類作成をする輸入業務、北陸地区の新規開拓営業担当を経て、念願かなってメイコー・アメリカのロサンゼルス支店に転勤。そこで海外業務を一から学ばせてもらい、2016年よりシアトル支店長となりました。

メイコー・アメリカはロサンゼルスに本社を置き米国内8カ所に支店がある総合物流会社。輸出入のための書類準備から、貨物を一時的に保管しておくための倉庫の管理、最終目的地までの海上・航空・陸送等の手配までを一貫して行っています。大切な商品が壊れたり傷付いたりすることなく、スケジュール通りに目的地まで届くと本当にホッとします。

時には思いもよらないトラブルも起こります。協力会社によるものから、想定外の天候の悪化まで、ひと筋縄では行かないこともしばしば。また、コンテナに入り切らない大きなサイズの貨物や、1つ何千万円もするような高価な貨物を運ぶこともあり、臨機応変な対応が求められます。昨春、シアトル支店の管轄であるバンクーバー港から、およそ3カ月にわたってコンテナ100本以上を運ぶという一大プロジェクトがありました。「今日はコンテナがどこにあるのか」と、位置を確認しながら、事故やトラブルなく目的地に納入できるよう見守り続ける毎日でした。そんな中で心がけていたのは、「焦らず粛々と」。ロサンゼルス支店時代の上司がよく口にしていた言葉です。道中でトラブルが起こったとしても、焦ったところで何の解決にもなりません。さらに支店長という立場の私が焦りを見せてしまうと、周囲に不安を与えてしまいます。業務中は常にこの姿勢を意識するようにしています。

家族でシアトル・シーホークス観戦へ

自宅はベルビューにあり、妻と9歳の娘、7歳の息子、そして愛犬コジローの5人(?)暮らしです。週末勤務や残業もあるので、子どもたちの送り迎えから家のこと全般まで、家庭を一手に支えてくれる妻には本当に感謝しています。家族での話題は目下、アメリカン・フットボール。息子はフラッグ・フットボールのチームに入って実際にプレーをしていますし、娘も私が社会人チームでプレーする姿を見てくれていたのでルールはバッチリ頭に入っています。休みが取れるとアメリカ国内で家族旅行に出かけるのですが、各地でアメリカン・フットボールのプロリーグであるNFL所属チームのホーム・スタジアムを見学しては、そこで公式ボールを買うというのが戸田家の習わしです。現在、32チーム中22チームのボールが集まりましたので、コンプリートまであと10個! これを成し遂げるまで日本へは帰れません。

メイコー・アメリカは昨年で創立45周年を迎えました。私が今、日々の仕事を順調に遂行できるのも、先輩駐在員の方々を始め、現地スタッフの長年の努力のおかげです。名港海運のアメリカ進出は、ここシアトルからスタートしました。そのような歴史ある場所に赴任できたことは、自分の人生において大きな喜びであると同時にプレッシャーも感じています。これからも支店スタッフと共に、お客さまのさまざまなニーズに応えられるよう頑張っていきます。

アメリカン・フットボールに明け暮れた青春時代。頭はCoolに、心はHotに。いつも冷静な判断が求められるクオーターバックというポジションから、たくさんのことを学んだ

公邸料理人 益子竜一さん

シアトル駐在日誌

アメリカでの仕事や生活には、日本と違った苦労や喜び、発見が多いもの。日本からシアトルに駐在して働く人たちに、そんな日常や裏話をつづってもらうリレー連載。

取材・文:磯野愛

スラリと背が高く、真っすぐな眼差しが素敵な益子竜一さん

益子竜一■東京都出身。2017年より山田洋一郎総領事の着任に伴って、シアトル駐在となる。公邸料理人として、在シアトル日本国総領事館、総領事公邸のキッチンを一手に担う。

高校生の時から料理人になることを決めていたので、卒業後は調理師専門学校に進学。最初の勤務先はホテルオークラ東京で、フレンチに軸足を置きながらメインダイニングと宴会調理で5年間の修行を積みました。24時間365日休みのないホテルでは、早朝から時には深夜までの勤務となり、大変厳しいものでした。

ワークライフバランスを整えたいという気持ちから、新たな職場に選んだのは、広尾にあるホテルニュー山王。実はちょっと変わっていて、米軍関係者専用のホテルなんです。いわば、そこは小さなアメリカでした。従業員は多国籍で、厳しい上下関係はほとんどありません。そのうえ、副業もOK。さまざまなレストラン業態を勉強したいと思っていた私は、この間に副業として、イタリアン・レストランやバーなど4カ所の飲食店とかけ持ちしながらホテルで働いていました。必然的に英語が身に付く職場環境のおかげで、広く世界を見てみたいという思いを強く抱くようになり、公邸料理人への応募を決めました。

公邸料理人は、国や地域といった「勤務地」に付くのではなく、大使や総領事といった「人」に付きます。つまり、私の上司は山田洋一郎シアトル総領事です。日本で、山田総領事による面接と、実際の調理、試食に無事合格して、シアトルへの赴任が決まりました。公邸料理人の仕事をひと言で表すと、在シアトル日本国総領事館、総領事公邸で振る舞われる全食事の準備です。領事館主催で行われる食事会は大小さまざま。60名から時には100名を超える大きなパーティーが2週間に1回程度、そして10名前後の会食などが週に複数回、ランチやディナー共に開催されます。メニューを決めるところから仕入れ、仕込み、当日の調理、そして予算管理までの一連の作業をひとりで行います。

フレンチと和のコラボレーション。季節感、会食目的などを考慮しながらメニューを構成する

買い出しも自分で行きます。総領事公邸はクイーンアンにあるので近隣の店を利用したり、宇和島屋やコストコで調達したりもします。やはり、いちばんの苦労はメニューの考案です。ゲストは国籍もバックグラウンドもいろいろ。当然味覚も違いますし、またベジタリアンやビーガン、コーシャなどさまざまな食文化を持つゲストがいます。人数や会食の目的に合わせ、自分のベースであるフレンチを生かしながら、和の要素も取り入れるようにしています。基本的にたったひとりで業務をこなしているので、時には困ったり迷ったりもしますが、別の国で勤務する公邸料理人の仲間と情報交換をして、悩みを共有することでお互いを元気づけ合っています。

妻の愛さん・長男の成くんと

妻の愛(まな)と、1歳の長男・成(じょう)の3人家族で、私たちも総領事公邸の敷地に住んでいます。愛とは小学校のクラスメートで、14年ぶりにフェイスブックを通じて再会し、結婚しました。休日には趣味のバスケットボールやサッカーに出かけたり、家族でドライブや買い物に行ったりもします。ありがたいことに、日本人の友だちにとても恵まれていて、友人宅でパーティーをすることも多いですね。むしろアメリカに来てからほとんど英語を使わなくなってしまい、残念ながら英語の上達は望めそうにありません。ゆくゆくは日本で自分のレストランを持ちたいと考えています。シアトル総領事館はシアトルにおける日本の顔。ゲストにとって最高の思い出となるべく、おいしい食事でサポートできるように、これからも頑張ります。

サヴィー・コスメティクスの韓国式トリートメント

大人気の韓国式トリートメントで顔のシミも吹き出物もきれいサッパリさようなら!

気になっていた肌のトラブルも今こそ解決を。宇和島屋シアトル店で資生堂の化粧品を販売するサヴィー・コスメティクスでは、さまざまなトリートメントを提供しています。美しい肌に生まれ変わって、気持ち良く1年を過ごしましょう。 

取材・文:磯野愛

サヴィー・コスメティクス店長のブランチ治美( はるみ)さんイチオシの施術は、FCR(Fractional Cell Rejuvenation)と呼ばれる、韓国で評判のトリートメント。長年蓄積され、広範囲にわたって存在感を増してきたシミに効果が期待できる。FCRはサンゴを原料とした施術で、サンゴに含まれる良質なカルシウム成分がそのパワーの源だそう。まずはダブルクレンジングが行われ、いよいよサンゴが入ったマスクを顔に塗る。泥のような色をしたこのマスクは、個々の肌の敏感度に合わせてひとつひとつ、その都度調合される。塗っている間はピリピリとした感じが伝わってきて、肌の中に成分がじわじわと染み込んでいく感じ。サンゴの成分はマスクを落とした後も肌の中に残り、継続的に効果を発揮してくれる。2、3週間置きに合計4、5回の施術が望ましい。1回の施術時間はおよそ30分だ。

FCRでシミのない若々しい肌へ
Before
After

 

FCRはシミに効果があるほか、肌全体がきめ細かくなり、ニキビ肌対策や毛穴ケアにもおすすめ。それぞれの用途によってマスクの調合が変わる。特に産後のシミが気になる方は、サンゴだけに(?)ぜひ試して欲しい。これまで手当てが難しいとされていた肝斑(かんぱん)と呼ばれる種類のシミにも、効果が期待できるそう。料金は1回$175だ。シミ以外にも、肌の悩みは年齢を重ねるごとに増えるもの。特に「ケラトーシス」と呼ばれる黒く浮き上がったシミや、「スキンタグ」と呼ばれる首元の小さなイボが目立ってくるケースは多い。これには「スキン・クラシック」のトリートメントを試してみよう。1回の施術で効果を得られる。編み針くらいのサイズの特殊な棒を使い、ケラトーシスやスキンタグのひとつひとつにピンポイントで電流を流し、肌を瞬間的に乾燥させる施術だ。棒が肌に触れるとジュッと焼かれるような痛みがあり、施術後はカサブタのように
なるが、約1週間後に傷が癒えるとケラトーシスやスキンタグはきれいに消えている。顔全体がカバーできる15分で$75のプラン、顔から首にかけて施術する30分で$150のプランがある。

スキン・クラシックで肌の悩みを一発撃退!
首元にポツポツと広がったスキンタグも1回の施術でご覧の通り

10年以上の施術経験を持つ治美さんいわく、紫外線が比較的弱い冬のシーズンは、こうした肌のトリートメントに適しているそう。これまで頑張ってきた自分へのご褒美を兼ねて、ぜひチャレンジしてみて欲しい。

Savvy Cosmetics
600 5th Ave. S., #105, Seattle, WA 98104
☎206‐223‐1866
営業時間:月~土10am ~ 8pm 、日11am ~ 7pm
www.savvycosmetics.com

■読者特典■
〈初回のみ特別割引〉FCRシミ取りトリートメント$175(1回30分)が$125

 

断捨離でなりたい自分になる

 

全日本空輸株式会社 中村亮太郎さん

シアトル駐在日誌

アメリカでの仕事や生活には、日本と違った苦労や喜び、発見が多いもの。日本からシアトルに駐在して働く人たちに、そんな日常や裏話をつづってもらうリレー連載。

取材・文:磯野愛

中村亮太郎さん。広々としたスペースで快適な空の旅を楽しむことができるボーイング787のビジネスクラスにて

中村亮太郎■東京都出身。2006年、全日本空輸株式会社(以下ANA)入社。連載史上初、毎日ビシッとスーツを着こなして出勤する駐在員。

飛行機が大好きで入社したANAで最初に配属されたのは、成田空港でパイロットのフライトを地上からサポートする「運航支援」の部署でした。飛行ルートの気象状況や滑走路の状態を報告したり、離陸時の飛行機重量を計算したりもします。この部署では「運航管理者」という国家資格を取得することが推奨されていて、私も2009年に取得しました。学科試験は6教科あり、国土交通省の審査官による面接試験は、フライトプランの策定なども含めおよそ4時間の長丁場。社内訓練など会社から手厚い支援を受けつつも、働きながら試験勉強するのは大変でした。

約6年間の成田空港での勤務の後、運航業務を離れて汐留オフィスにある「商品戦略部」に異動することに。国内線機内への電子マネー決済やWi-Fiを導入するプロジェクトに携わったり、プレミアムクラスの機内食を開発したりと、新たな機内サービスを開発する業務を担当しました。

10歳の息子、壮太郎くんとアーリントンのパンプキン・パッチへ

その後、2017年にシアトル赴任が決まり、現在は初めての海外勤務を体験中です。シアトル−タコマ国際空港内にあるオフィスではオペレーションマネジャーとして、1日1便の成田−シアトル便に関わる全ての業務を担当しています。何よりも大切な安全管理から、個別のカスタマーサポート、諸般の事情によるやむを得ない遅延判断、VIPのエスコートなど、幅広い業務に携わる「何でも屋」です。そのほか、毎年シアトルで開催される「ボーイング・クラシック」やアメリカ女子ゴルフツアーの「ANAインスピレーション」といったゴルフイベントでのPR活動、地元の日本企業が集まるシアトル日本商工会(春秋会)によるイベント出展などを通じて、ANAの存在をアメリカ社会に広げていくことも大事な仕事の一部です。一緒に仕事をしている現地のスタッフは日本人もアメリカ人もいますが、安全運航という共通の目標に向かって一致団結する姿には、正直こちらが驚かされるほど。個別の事象に対しては、どちらの国のスタイルが良い・悪いではなく、お互い気持ち良く仕事ができる着地点を探しながら、臨機応変にマネジメントできるよう心がけています。

自宅はベルビューにあります。日本では深夜までの残業や飲み会など、絵に描いたようなサラリーマン生活を送っていたのですが、シアトルに赴任して以来、子どもと過ごせる時間が大幅に増えました。休日は野球やサッカー観戦、季節のイベントなどに出かけています。先日は家族でシルク・ドゥ・ソレイユも観劇しました。お酒の量が減り、健康への意識も高まりました。マンションに併設されたジムに通い、機内販売で手に入れた腹筋マシンも使って、日々鍛錬しています。

天候の優れない日でもスタッフ総出で見送り・出迎えする姿にファンも多い

ANAは英国SKYTRAX社のワールド・エアライン・スター・レーティングにおいて6年連続で世界最高評価の「5スター」を獲得しました。日本の航空会社として、お客様のニーズに対し「ジャパン・クオリティー」と称されるきめ細かい心配りができるサービスを機内・機外問わず、チームワークで体現していくことが目標です。常に変化を続ける環境の中で、これからも信頼できる安全品質や高い定時性でお客さまの期待に応え、日本人からもアメリカ人からも共に「選ばれる航空会社」となれるよう、チーム一丸となって頑張っていきます。

伊藤園ディスタント・ランド・コーヒー 星 和弘さん

シアトル駐在日誌

アメリカでの仕事や生活には、日本と違った苦労や喜び、発見が多いもの。日本からシアトルに駐在して働く人たちに、そんな日常や裏話をつづってもらうリレー連載。

焙煎工場を併設するオフィスにて。青いパッケージがオリジナル・ブランドの「JAVA TRADING」。取材時にもとてもおいしいコーヒーをごちそうになった

星 和弘■ 福島県出身。1992年、株式会社伊藤園入社。2015年よりディスタント・ランド・コーヒー(Distant Land Coffee)社長として出向、シアトル駐在となる。

伊藤園に入社したのは、もともとメーカー志望ということもあったのですが、健康志向の商品展開が魅力的だったからです。お茶もとてもおいしいですしね。入社後はなぜか、いきなり経理部に配属されました。その後は希望してハワイの子会社に赴任し、トロピカル・ジュースを扱っていました。日本に戻って8年勤務した後、今度はフロリダで9年間、サプリメント事業に携わり、2015年より、ここシアトルでコーヒーを取り扱う「ディスタント・ランド・コーヒー」の社長を務めています。つまり、私はこの26年間の伊藤園人生で、1度もお茶を売ったことがありません。

伊藤園は茶畑からこだわりを持って、その品質を管理しています。日本の法律では企業が直接茶畑を保有することは禁止されているのですが、信頼するお茶農家と契約を結んだり、地方の遊休地を茶畑に改良したりして、長年培ってきたノウハウを生かしています。ディスタント・ランド・コーヒーは、創業者が伊藤園と同じような考えを持ち、質の高いコーヒーの提供を目指して50年前にコスタリカで農園を始めたところからスタートしています。コーヒーの生産、焙煎から商品の販売までを一貫して行っている会社です。世界の3大飲料は水・お茶・コーヒーと言われていて、将来の海外展開を見据えた伊藤園がこのディスタント・ランド・コーヒーを買収し、現在のビジネスに至りました。

ここでは社長として経営全般を担うほか、日本への報告業務や流通各社との交渉、各地での展示会への出展、商品価格の決定なども行っており、月の半分は商談や打ち合わせで出張に出かけています。10月後半から2月にかけてのコーヒーの収穫期には、コスタリカの自社農園にクライアントと出向き、その品質を直に確かめてもらっています。農園の周りには何もないので、夜は一緒にお酒を酌み交わし、語り合うことも大事な仕事のひとつ(?)です。

コスタリカの自社農場でコーヒー豆の収穫体験中。高い木に登って一つひとつ手作業で収穫する

コーヒー豆の品種は、害虫や悪天候などに強く栽培はしやすいが味はやや落ちるロブスター種と、栽培に手間ひまがかかるけれど豊かな風味を持つアラビカ種があります。ディスタント・ランド・コーヒーの農園では、アラビカ種の中でもグレードの高い「スペシャルティー・コーヒー」に特化して栽培をしています。コーヒーの木にはサクランボのような赤い実がなり、実際に「チェリー」と呼ばれています。その皮と果肉部分を取り除いた種子の部分を乾燥させ、焙煎したものが「コーヒー豆」となります。ディスタント・ランド・コーヒーの豆は伊藤園による缶コーヒーの一部で使用されているほか、パネラ・ブレッドやセーフウェイのプライベート・ブランドとしても業務用を中心に流通しています。オリジナルのコーヒー「JAVA TRADING」も販売し、シアトルでは取り扱いがまだ少ない状況ですが、全米での販路拡大に尽力しているところです。もし店頭で見かけたら、この自信作をぜひお試しください。

「カッピング」と呼ばれるコーヒーの品質を確認する様子。官能検査とも呼ばれ、香り、フレーバー、酸味、ボディー、クリーンさなどを評価する

仕事以外では、今年で11歳になるひとり娘の成長がとにかく楽しみです。休日は家や近所でのんびりしているうちに終わってしまうことも多いのですが、何日かまとまった休みが取れると、家族で旅行にも出かけます。野球観戦が好きなので、今年5月にロサンゼルス・エンゼルスの大谷翔平選手がシアトルに来た時には、バッターで登場した日もピッチャーで登場した日も、両方応援に行きました。上手ではないですが、ゴルフも好きです。と言っても、出張先でお客さんとやることがほとんどで、なかなかシアトル界隈のゴルフ場は開拓できずにいます。でも、最近は妻と娘を連れて打ちっ放しに行くこともあり、家族で楽しめればと思います。また、健康のために週1回程度、5、6マイルのランニングも欠かさないようにしています。

最愛のひとり娘、向日葵(ひなた)ちゃんとダイヤモンド・ヘッドへの家族旅行の記念に。こうしてパパと一緒にお出かけをしてくれる束の間の時間を大切にしたい

アメリカでの生活も通算で16年目に突入。妻は「こんなはずじゃなかった……」と思っているかもしれません。今はひとつの会社を任せてもらっている環境に感謝し、任期が終わるまでに少しでも会社を成長させたいという気持ちでいっぱいです。

日立ヴァンタラ 伊東隆介さん

シアトル駐在日誌

アメリカでの仕事や生活には、日本と違った苦労や喜び、発見が多いもの。日本からシアトルに駐在して働く人たちに、そんな日常や裏話をつづってもらうリレー連載。

日立というと冷蔵庫や洗濯機といった家電メーカーのイメージがあるかもしれませんが、実際には社会インフラを担う、さまざまな事業を行っています。私が入社以来、エンジニア、そしてプロダクト・マネジャーとして、ずっと開発を担当してきたのは、大容量の情報を格納する「基幹系ストレージ」と呼ばれるITシステム製品です。日立のストレージは、鉄道や航空などの交通網や、電力といったインフラ関係、それに政府や銀行などで広く導入され、高いグローバル・シェアを誇ります。機密性の高い大量の情報を安全に保管し、さまざまな機能を伴って高速でデータを読み書きすることがその役割。日常生活の中で皆さんがこのストレージそのものを目にすることはほとんどありませんが、現代の社会では、ストレージなしで日々の暮らしを維持することはほぼ不可能です。

担当した現行製品、基幹系ストレージG1500/F1500

私が駐在する日立ヴァンタラは、日本の日立製作所が開発したストレージ製品を中心に海外販売する会社です。本社はカリフォルニア州シリコンバレーのサンタクララにあり、駐在先はそこになると予測していましたが、クラウドコンピューティングのメッカとして知られるシアトルに決まりました。日立ヴァンタラは開発部門も持ちます。私の仕事は、長く製品開発に携わってきたエンジニア経験を生かし、プロダクト・マネジャーとして、海外顧客ニーズをベースに製品戦略を立て、仕様の上流策定から製品リリース戦略までを管轄することです。日本との連携が欠かせない一方、ときにはアメリカ人若手社員のメンター的役割を担うこともあります。ベルビューにあるオフィスは日本と違い、環境も勤務体系も自由。電話会議や自宅勤務が当たり前で、どこにいても柔軟に業務を遂行できるツールが充実し、ワークライフバランスがより実現しやすくなっています。部や課といった組織の枠組みにとらわれ過ぎることなく、自分の目指すゴールに向かって横断的に仕事できる利点があります。

キッチン完備の快適なオフィスは、ひとりひとりのスペースが広く、自由な発想を生み出すべく設計された開放的な造り。別棟にはスポーツジムも

シアトルの魅力は産業のすそ野が広いところ。ここにはIT産業だけでなく、水産業や林業、航空産業など多くの業種がひしめき、とても興味深いです。生活面でも気に入っています。日本にいた頃は深夜残業や休日出勤ばかりだった自分が、信じられないことに、息子が通うシアトル日本語補習学校の行事やPTA活動、それに地域のイベントにも積極的に参加するようになりました。妻が9月に行われた補習学校の古本市で委員長を務めていたので、開催までその手伝いに明け暮れていました。地元の日系企業団体であるシアトル日本商工会にも入会し、日本から駐在で来ている異業種の素晴らしい方々と交流する機会にも恵まれています。

家族で出かけた3,200キロ行程のロードトリップで立ち寄ったイエローストーン国立公園・ローワー滝にて

近い将来、「ドアノブから発電所まで」と言われるように、身の回りの全てがインターネット接続されるIoTの時代がやって来ます。インターネットを介して集められた膨大な運用データを、AI(人工知能)が試行錯誤と分析を繰り返して物事を最適化していく、そんな未来が待っています。たとえば、「その道の匠が何十年もかけて身に付けてきた、容易に習得しにくい技術が誰にでも再現できるようになる」など。これまで必要とされた人間の「経験」や「勘」、「熟練の技」といった形のないものが、ITの力によって誰でも手に入れることができるようになります。そして、集める情報の質と量が多くなるほど、それを格納するストレージの役割と存在は、ますます大きくなっていきます。そんな未来の一端を担う仕事に携われていることに、誇りとやりがいを感じています。

伊東隆介■神奈川県出身。1995年株式会社日立製作所入社。2016年5月より日立ヴァンタラ Hitachi Vantara(旧Hitachi Data Systems)に出向、シアトル駐在となる。2002年にはスタンフォード大学への研究留学も経験した、バリバリの国際派プロダクト・マネジャー。

紀伊國屋書店 森下直哉さん

シアトル駐在日誌

アメリカでの仕事や生活には、日本と違った苦労や喜び、発見が多いもの。日本からシアトルに駐在して働く人たちに、そんな日常や裏話をつづってもらうリレー連載。

森下直哉■ 東京都出身。1999年、株式会社紀伊國屋書店入社、2018年4月よりKinokuniya Book Stores of America Co., Ltd. のシアトル駐在となる。入社からこれまでの19年間で実に6回の転勤を経験。登山と屋久杉が好きで鹿児島勤務時代は屋久島に5回も足を運んだ。シアトルにいるうちに、固有種の動植物が多く見られる南米の秘境、ベネズエラとブラジルの国境近くにあるギアナ高地に行くのが夢。

大学は経済学部を卒業し、金融関係に就職する友人も多い中、昔から本が大好きで、本に関わる仕事がしたいと思いこの仕事を選びました。最初は新宿本店に配属となり、そこではビジネス書を担当。横浜・ニューヨーク・再び新宿・鹿児島・久留米を経てシアトルは7つ目の勤務地です。入社当時から国内外問わず転勤が付きものだとは覚悟していましたが、2回目の海外勤務は社内でもめずらしく、しばらくの間はここに落ち着けたらと思っています。

紀伊國屋はアメリカ国内に12店舗、その他シドニー、ドバイ、台湾、シンガポール、マレーシアなどを含めると全世界に合計31店舗あり、若い社員を積極的に海外に出して経験を積ませる文化があります。私も最初の海外勤務は27歳の時のニューヨーク店でした。もともと英語に苦手意識があり、この初めての駐在時、英語はほぼゼロの状態。当時はまだ、メインのお客さまは日本人で、しかも和書担当になったこともあり、幸か不幸かニューヨークにいながらも日本語だけでつつがなく仕事を進められたため、ほとんど英語が身に付くことなく駐在生活を終えてしまいました。シアトル店でまたゼロ からやり直すつもりで来ましたが、ここでも日本語堪能なスタッフに囲まれ、私のつたない英語の出番はクレーム処理など限られた場面でのみという状態です。

現在の主な仕事は店舗のマネジャーとして、どんな書籍やグッズをどのように売っていくか、12人のスタッフと話し合いながらより良い店舗づくりをすることです。日本の情報やトレンドをいち早くキャッチすると同時に、現地の好みや売れ行きに合わせた売り場にしていくことが求められます。シアトル店は場所柄、アジア系アメリカ人のお客さまが多く、書籍だけでなくキャラクターグッズもよく売れています。たとえば「となりのトトロ」や「魔女の宅急便」に代表されるスタジオジブリの商品は、紀伊國屋が唯一のオフィシャルパートナーとしてキャラクターグッズを販売し、全米ではシアトル店が最も売り上げの大きい店舗です。アメリカではジブリ作品の中でも「ハウルの動く城」が人気。今年は「となりのトトロ」が誕生30周年だったので、過去の販売実績や経験、それに勘(笑)と、さまざまな要素を鑑みながら、記念グッズの販売戦略を立てました。

入社以来いろいろな店舗でさまざまな経験を積んできましたが、最も本屋らしい醍醐味を味わえたのは、2度目の新宿本店勤務での「文庫担当」時代かもしれません。ほとんどの分野で新しい本か、メディアなどで話題になった本しか売れない中、文庫本は「掘り起こし」ができます。比較的安価ですし、スペースがなくてもレジ横のちょっとした場所でプッシュできるので仕掛けやすいんですね。棚づくりに書店員の個性を思う存分反映することができます。ひと昔前に発売された本や、過去にあまり売れなかった本が、私たちの腕ひとつで息を吹き返した時は本当に書店員冥利に尽きます。

自宅は店舗から歩いて通えるファーストヒルにあります。カレー、シチュー、そうめんといった簡単な料理しかしない私には不相応の4口コンロが付くオーブンのある見晴らしの良い家で、とても気に入っています。気ままな独身生活を楽しんでおり、もともと山登りが好きなので、体力の衰えを感じつつも、休みの日は1、2時間程度のハイキングに出かけることもあります。あとはやっぱり家で本を読んでいますね。読書の秋、皆さんもぜひ紀伊國屋へお越しください。

森下店長セレクト 読書の秋におすすめの文庫本

オービタル・クラウド 藤井太洋(ハヤカワ文庫JA) シアトルを舞台にしたSF小説。SF小説らしいスケールの大きさの中にも、どこか実際に起こりそうな 繊細な描写もあって、特にシアトルで暮らす皆さんは現実味を伴って楽しんでいただけるはず。

天空の蜂 東野圭吾(講談社文庫) 高速増殖原型炉「もんじゅ」を舞台にしたサスペンス小説。福島第一原発の事故が起こるずっと前の 1995年に、時代を先取りしてその恐ろしさに警鐘を鳴らした作品。

兼松株式会社 カイ・エンタープライズ 磯野雅之さん

シアトル駐在日誌

アメリカでの仕事や生活には、日本と違った苦労や喜び、発見が多いもの。日本からシアトルに駐在して働く人たちに、そんな日常や裏話をつづってもらうリレー連載。

磯野雅之さん。コロンビア盆地の広大な牧草畑にて

磯野雅之■神奈川県出身。2003年兼松株式会社入社。東京本社、北海道支店勤務を経て2017年2月よりKAI ENTERPRISE副社長としてシアトルに駐在となる。かつては自身も選手だったことから、大のアメリカンフットボール・ファンでシーズンの開幕を心待ちにしている。自宅のクローゼットからはスーツと革靴が消え、着々とシーホークス関連の洋服が幅を利かせているとか。

兼松株式会社は世界36カ国に拠点を持ち、食品関係から工業製品まで多岐にわたる商品の売買、およびサービスの提供をする総合商社です。入社以来、私が担当してきたのは牛や馬の飼料、つまりエサです。ひと口にエサと言っても、なかなかその世界は奥深く、いわゆる牧草以外に、大豆の絞りかす、また「ペレット」と呼ばれる、さまざまな栄養分を固めて作ったものなど、いろいろな種類があります。

現在勤務しているカイ・エンタープライズ(KAI ENTERPRISE, INC.)は兼松株式会社がアメリカに展開する事業会社のひとつで、飼料の中でも主に牧草に特化した会社です。ワシントン州は牧草の一大生産地。I-90を東に2、3時間ほど行ったところにあるエレンズバーグやコロンビアベースンといった場所で生産された牧草を、日本や中国、韓国などアジアのマーケットを中心に販売することが私の主な仕事です。そして今の季節は、まさに牧草の最盛期。通常の売買業務に加え、主に日本から検品にやって来るクライアントを現地にアテンドし、その生育状態をしっかりと確かめてもらうことも大切な仕事のひとつです。この時期は州内だけでなく、アメリカ国内への出張も多く、7月に自宅のベッドで眠れたのは5日だけ でした。そして、ただでさえ忙しい時期なのに、このたびの米国と中国間で起こった貿易戦争の波は、私の業務を直撃しています。

主力商品のひとつである「チモシー」というイネ科の牧草

商慣習の違いというか、約束事に対する認識の違いというか、ビジネス文化の壁も大きいと感じています。アメリカ国内の問題だけでなく、もう一方で商売相手であるアジア圏や、新しく取り引きの始まった中東の国々との契約や支払いに対する概念の違いもあって、その間に挟まれて頭を悩ませる日々です。当然ですが、各地で時差もあるので、アメリカ・アジア・中東と3つの時間軸で動いており、早朝・深夜・休日に緊急の対応を迫られることもあります。また、現地への車の運転も体力的にかなりの負荷がかかります。7月の月間走行距離はおよそ6,000マイル、ほぼ1万キロを超えました。日本から大切に持ってきたドリンク剤「眠眠打破」を片手に安全運転に努めています。そんな環境で も山積した課題をひとつひとつ乗り越えて、新たな取り引きが始まった時や、大きな売り上げを立てることができた時には、非常に充実感を覚えます。

自宅は、ベルビューの中でもI-90に接続の良いファクトリアにあります。妻とは北海道支店勤務時代に出会いました。週末には(おそらく平日も)彼女がテニスで仲良くなった友だちが自宅に押し寄せ、みんなでにぎやかに食事を楽しみます。そして、切りが良いというか、いよいよどうでも良い話題になってきたところで、私だけリビングルームに移り、テレビで好きなスポーツ中継を観るという流れがすっかり確立しています。人生で初めて、小さいながらも庭のある家で暮らすことができているので、こちらに来てすぐにウェーバーのバーベキュー・コンロも購入。わが家のバーベキューマスターを目指して修行中です。

10月まではこの忙しさが続くので、何か楽しいことでも考えていないとやっていられず、すでにサンクスギビング休暇にビーチ・リゾートへ行く予定を立てました。カイ・エンタープライズのベルビュー・オフィスは、私を含めて4名という小さな所帯です。忙しい時期にしっかり留守を預かってくれるスタッフには本当に感謝しています。将来は、アメリカで会社を経営したこの経験を生かして、一度はアジアを拠点に仕事をしてみたいと考えています。

(写真上下) 今年4月には、妻の愛さんとメキシコへ。テキーラとメキシコ文化を堪能した最高の旅となった

筑水キャニコム 福田幸治郎さん

シアトル駐在日誌

アメリカでの仕事や生活には、日本と違った苦労や喜び、発見が多いもの。日本からシアトルに駐在して働く人たちに、そんな日常や裏話をつづってもらうリレー連載。

スラリと背の高い福田幸治郎さん。タクウィラのオフィスにて。好青年の九州男児から繰り出される味わいのある福岡弁が和ませてくれる

福田幸治郎(CANYCOM USA, INC.)■福岡県出身。2011年株式会社筑水キャニコム入社。2017年5月よりCANYCOM USAに駐在となる。単身赴任なので、毎日家族とのテレビ電話は欠かさない。

福岡県の筑豊地方という田舎の生まれで、実家は米農家でした。幼い頃から農業機械に親しみを持っていたこともあって、ものづくりに関わる仕事がしたいと神奈川県の大学で機械工学を専攻。卒業後は地元福岡県で草刈作業車や農業用・土木建設用・林業用運搬車、および産業用機械を製造・販売する筑水キャニコムに入社しました。私を面接し、採用を決めてくれた営業部門の面接官が、入社後は上司となって面倒を見てくれるということになり、営業部門への配属が決まりました。

2月にオーランドで行われた展示会の模様。全米各地で開催される展示会に出向き、商品のデモンストレーションや商談をすることも大切な仕事のひとつ

筑水キャニコムは地域に根差し、ものづくりに情熱を注ぐ会社です。現会長が商品に名付けるネーミングがとても特徴的で、商品名の中には「草刈機まさお」「コンクリート砂男」「ブッシュカッタージョージ」など、常にお客さまにインパクトをもたらす名前が付けられています。また福岡にある本社には「ものづくりは演歌だ!」「義理と人情おとどけします」という看板が掲げてあり、このエピソードだけでもとても面白い会社だということがわかっていただけるかと思います。もちろんネーミングだけではなく、メイド・イン・ジャパンならではの品質にも自信を持っています。たとえばアメリカでの商品のひとつである乗用草刈機「CMX2402」は四輪駆動で、坂道や凹凸のある地形でも難なく走行、さらに2メートルの高さの草まで力強く刈ることができます。メンテナンスのしやすさも好評で、たとえば刃の部分はツールを使わずに簡単にお客さま自身で交換できますし、機械全体がトラブルの起きにくい構造になっています。

メガソーラーや公園の管理などの公共事業から、自宅の庭の手入れまで幅広い用途のある草刈機、CMX2402。日本名は「Hey まさお」

新婚旅行でフランスに行った以外、海外に出た経験のない私がシアトル駐在員に選ばれたのはとても驚きでした。しかし、現社長が築き上げたCANYCOM USAの駐在を任されたことにはとても感謝しており、たくさんの貴重な経験をすることができています。CANYCOM USAでは年間1,000台以上の機械を販売していますが、その受発注管理のほか、新規顧客の開拓や、現場でのお客さまからの要望を開発部門に正しく伝えることが私の仕事です。このお客さまから寄せられる要望を私たちの会社では「ボヤき」と呼んでいます。そこにはたくさんの商機があるため、このボヤきを隈なく拾ってくることが求められます。しかし、英語力がまだ不十分なのでその任務をしっかり成し遂げることができていません。現在はデモインにある語学学校に通いながら、ネイティブ・スピーカーの同僚と協業しているので、早くひとり立ちをして全ての業務を自分ひとりで担えるようになることが当面の目標です。

CANYCOM USAのメンバーと

単身赴任で来ているので最初は寂しく感じることもありましたが、自分の時間が十分にありますので、英語の勉強のほかにも読書をしたりジムで体づくりをしたり、貴重なこの機会に少しでも自分を高めようと日々頑張っています。こちらに来て食事の大切さを思い知り、料理も覚えました。将来はこれまでやってきたことを生かして営業の立場から、入社の原点である新商品開発業務に携わりたいと考えており、そのために今、ここで学ぶことはたくさんあります。こちらのお客さまはみんなフレンドリーで、顔と名前を覚えてくれると、とてもかわいがってくれるので助かっています。そんなお客さまのボヤきに1日も早く、そして正確に応えるべく、もっと語学力を身に付けて福岡の生産現場に届けていきたいです。

鍼灸師・東洋医学療法士 中島敦子さん

 鍼灸師・東洋医学療法士 中島敦子さん

日本では獣医師として活躍していた中島敦子さんが、ベルビューで中島はり指圧治療院を開院。敦子さんがここアメリカで東洋医学を志したきっかけと、その思いをうかがいました。

取材・文:磯野 愛

家族、自身の病気を経て鍼治療と出合う

今から17年前、筋ジストロフィーを患う2人の息子たちへのより良い医療を求めて、家族でアメリカに移り住みました。アメリカではナーシング・アシスタントの資格を取得し、息子たちの介護に専念。そんな中、自分の介護の経験を生かして看護師になれば、同じような境遇でいろいろな病気と闘っている人たちのため、そして息子たちのため、さらに何かできるのではと思うようになりました。

やがて、ショアライン・コミュニティー・カレッジの看護学校に通うことを決意。しかし、長年の過労もあって、頸椎椎間板ヘルニアを発症してしまいました。何としても手術は避けたいと思っていたところに出合ったのが、鍼治療です。当時は過去の記憶から鍼に対する恐怖心もあったのですが、その効力に大変な驚きと感銘を受けました。鍼治療が痛みから救ってくれたのです。結局、看護学校には戻らず、鍼灸師の道を選ぶことにしました。

 

西洋医学の知識を持ち、東洋医学の道へ

鍼はいろいろな症状に効きます。慢性・急性問わず、首、肩、膝、腰など体の痛みはもとより、「不定愁訴」といって、病名のない病気、つまり西洋医学では説明のつかない体の不調に対しても、効果が期待できます。とにかく体がだるい、めまいや頭痛がするといった自律神経にまつわる症状などは典型的な例です。また便秘や胃腸の不調、不妊、生理不順、肥満といった体質改善を目的とした治療も行っています。

鍼は「経絡(けいらく)」と呼ばれる体の中にある気の通り道を刺激する治療法。滞ったり偏ったりしている気の流れをスムーズにして、体全体のバランスを整えることが目的です。調整する経絡は患者さんの症状、体質によって違うので、全てがオーダーメイドの治療。経絡やツボという存在は骨や筋肉、臓器のように目に見えるものではありません。しかし、私自身、西洋医学の知識を十分に学んだ上で、東洋医学の効力を身をもって体験しました。この2つは決して対立するものではなく、お互いが得意な分野で共存していくべきものだと考えています。

実際に国連のWHO(世界保健機関)でも東洋医学の医学的効力をはっきりと認めています。たとえば、先日来院した高校生の患者さんはスポーツのやり過ぎによってひどい痛みを抱えていました。レントゲン上では問題がなく、西洋医学式の理学療法で一定の改善は見られたものの、どうしても痛みが取れないという相談内容でした。それが、3回の鍼治療で完全に痛みが取れました。これは、西洋医学の分野である理学療法と、東洋医学の分野である鍼治療の相乗効果の現れだと考えています。

 

鍼が怖い・苦手でも「刺さない鍼」で鍼治療を

「体に鍼を刺す」と聞くと、どうしても怖い感じがしますよね。男性は余計に苦手な方が多いかもしれません。夫も当初は嫌がっていましたから(笑)。鍼が苦手・怖いといった方や、スポーツを頑張り過ぎて体に痛みを抱えてしまったお子さんなどには、日本式の「超旋刺(ちょうせし)」という「刺さない鍼」での治療も可能です。実際に鍼は刺さないのですが、鍼治療で使うのと同じ鍼を皮膚に当てて刺激するという方法です。

東洋医学は、こちらから患者さんに一方的に治療や薬を与えるのではなく、患者さんとチームで取り組んでいくもの。毎日通院できれば理想的ですが、費用面・時間面からそれは現実的ではありません。ですから、患者さんが自宅でも簡単にできる気功やストレッチ、食事方法なども鍼治療と併せて提案し、一緒に症状を改善していくことを目指しています。

 

心も体も疲れたときの駆け込み寺でありたい

PTSD(心的外傷後ストレス障害)やパニック障害など、心の痛みにも鍼は有効です。この治療院が、仕事や家族の介護、子育てによる日々のストレスを解放する場になればと願っています。体や心に痛みのある人や、ハンディキャップを抱えた人を助けたいという思いから、この仕事を選びました。日本には「手当て」という言葉があります。痛みのある部分に手を当て、さすることが、どんな治療や薬より効果を生むことがあるのです。体や心に不調を覚えたときには、どうぞお気軽にご連絡、ご来院ください。

中島敦子■1963年奈良県生まれ。青年海外協力隊員としてアフリカで活動後、動物病院で勤務。同じく獣医師 をしていた夫と結婚し、米国へ移住後は家族の介護をしながらワシントン州でナーシング・アシスタント、鍼灸師、 東洋医学療法士の資格を取得。趣味はガーデニングで、自宅の庭ではいろいろな種類の花や野菜を育てている。

中島はり指圧治療院
2223 112th Ave. NE., #201, Bellevue, WA 98004
診療時間:9am~6pm 休診:日木
☎360-488-6777 atsuko@nakajimaacutherapy.com
www.nakajimaacutherapy.com

次ページは、実際の患者さんのお話と体験談

三菱商事株式会社 稲村晋一郎さん

シアトル駐在日誌

アメリカでの仕事や生活には、日本と違った苦労や喜び、発見が多いもの。日本からシアトルに駐在して働く人たちに、そんな日常や裏話をつづってもらうリレー連載。

稲村晋一郎さん。卒業プロジェクトで研究を行うハーバービュー・メディカル・センターにて

稲村晋一郎(いなむらしんいちろう)■東京都出身。2007年三菱商事株式会社入社。2016年9月よりワシントン大学マスター・オブ・ヘルス・アドミニストレーション大学院に留学中。必死に英語を身に付けてきたが、自身の子どもたちが衝撃的なスピードで英語を習得している姿に愕然とすることも。勉強漬けで多忙な日々の中、ウッドランド・パーク動物園に出かけるなど子育ても楽しんでいる。

マスター・オブ・ヘルス・アドミニストレーション(MHA)とはワシントン大学が持つ大学院プログラムのひとつで、病院やクリニックといった医療機関の経営学を学ぶところです。私は三菱商事のヘルスケア部門の出身。ここは主に日本の病院に対してガーゼや注射器といった医療材料や医薬品の調達・管理をサポートしたり、海外から医療機器を輸入したりと、ヘルスケア業界におけるトレーディング業務を中心に事業を展開していますが、今後の中長期的な事業の成長を目指して2020年の完成を目途にミャンマーで病院事業に取り組むことが決まりました。三菱商事としても全く新しい分野へのチャレンジですので、こうした病院事業の経営を担う人材を育成・供給に海外留学制度が設けられ、私がその第1号に決まりました。日本人のMHA留学自体、ほとんど前例がなかったため、まずは留学先を探すところから自分で始めました。

来たばかりの頃は相当言葉で苦労しました。33名のクラスに留学生は私ひとりだけ。そのうえ、クラスメートは医療機関勤務経験者がほとんどです。医療関係の専門用語を覚えるのは大変で、特に苦労したのがアメリカの複雑な保険制度に関するもの。膨大に課される資料の読み込み、レポートの執筆、プレゼンテーションで、「読む」「書く」「話す」全てが鍛えられました。学んでいる内容は、医療機関が順守すべき法律や保険制度、会計、経営戦略、組織運営、リーダーシップなど多岐にわたり、近隣の医療機関から講師を招いて現場が直面しているリアルなテーマに触れながら、課題を解決する能力を養うことが求められます。また「メンター制度」といって地域の医療機関の経営者が直接個人指導してくれる制度があることや、3カ月の病院でのインターンシップを経験できることも、このプログラムの素晴らしいところ。卒業プロジェクトは、シアトル市内にあるハーバービュー・メディカル・センターが実際に抱える「外来施設の効率化」がテーマです。限られたスペースと人員の中で、どうすればより多くの患者さんを診ることができるか、現場から聞き取り調査をしたり、電子カルテからデータの抽出・解析をしたりして多角的な視野から最適な解決方法を提案すべく研究を進めています。

ケリー・パークで息子と娘の七五三祝いの記念撮影

シアトルへは妻と6歳の息子、それに3歳の娘も一緒に来ました。妻の梨都(りつ)とは学生時代からの縁です。私が海外で仕事をしたくて三菱商事に入社したことも知っていて、この留学をとても喜び、そして応援してくれています。せっかくですからプライベートではアメリカらしく、公園でバーベキューをしたり、キャンピングカーを借りてオレゴンまで旅行したり。実はつい先日、自宅の駐車場で車上荒らしに遭いました。防犯カメラには犯人とおぼしき男性が映っていましたが、近所のホームレス女性が盗られたトートバックをなぜか持っていて……真相はまだ聞けずにいますが、大きな被害もなく、これも思い出の1ページです。

今月でいよいよ卒業。日本に戻ったらアジアにおけるヘルスケア事業開発に携わることが決まっています。数年後には三菱商事が取り組むアジアの病院事業を現地で牽引したいと思っています。現在アジアにはこの分野の学問がしっかりと体系立っている教育機関はほとんどありません。ここで培ったものをアジアに持ち帰って、将来はアジアで暮らす何百万人もの人々の健康に寄与したいと考えています。

自身も学生時代にプレーしたアイスホッケーを息子に指導するのが今の楽しみ

食べることは生きること。~PLENTY USA CEO 米田 純さん~

 

 

”食べることは生きること。”

 

ラーメン・ブームを牽引する「山頭火」シアトル進出の仕掛人、プレンティUSA(レストラン経営・レストランコンサルタント)の米田 純社長が4月にキャピトルヒルで炉端居酒屋「JUNKICHI」をオープン。シアトルでの日本食ビジネスについて、これまでの経緯を含めて話をうかがいました。

取材・文:磯野 愛 写真:上田あずさ

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マルハニチロ株式会社 ウエストワード・シーフーズ 杉浦勇二さん

シアトル駐在日誌

アメリカでの仕事や生活には、日本と違った苦労や喜び、発見が多いもの。日本からシアトルに駐在して働く人たちに、そんな日常や裏話をつづってもらうリレー連載。

杉浦勇二さん。ベルビューにあるオフィス前にて

私は経理・財務担当として、水産会社のウエストワード・シーフーズにやって来ました。もうひとつのグループ会社で、私の担当先でもあるアリエスカ・シーフーズという会社と共に、アラスカのダッチ・ハーバーという、アンカレッジからさらに飛行機で2時間半ほどの場所にある島に、船から水揚げされた水産物を一次加工する工場をそれぞれ1つずつ所有しています。主な水産物は助宗鱈、カニ類、真鱈などです。助宗鱈からはさまざまな製品を生産しており、卵は「スケコ」と呼ばれるタラコや明太子の原料に、すり身はかまぼこやカニカマの材料になります。そのほかにもフィレやフィッシュミール、魚油といった製品も助宗鱈から生産しております。このダッチ・ハーバーというのがなかなか過酷な場所で、街にはスーパーが2軒とホテルが1軒しかありません。Wi-Fiも3Gがようやく入ったばかりという、まさしく陸の孤島のようなところですが、各工場にそれぞれ常駐する2名の社員がしっかりと、日々生産現場の管理を行っております。私も出張で何度か訪れたことがありますが、普通ではなかなか行くことのできない場所ですので、とても良い経験です。

ダッチ・ハーバー工場の全景。過酷な環境に負けない海の男たちが、おいしい水産物を食卓に届けてくれる

私の主な仕事は、会社の資金繰りの管理と、損益数値の正確な把握です。資金繰りについては、日々の大きな支払いと収入を把握し、資金がショートしない最適なラインを保つように日単位で管理しています。また当社の数字の大部分を占める工場の損益は原料、副資材、労働者の賃金など、現場で日夜生じるさまざまな要因の影響を受けますが、月々上がってくるレポートをもとに、これらの数値を正確に確認・把握する必要があります。その上で、先の見通しや予算の作成もしていますが、これまでの数値分析や経験則に基づいて的確な予測を立てるスキルが要求されます。苦労も多いですが財務担当の腕の見せどころとして、非常にやりがいを感じます。「正しい数字」というのは、当たり前のようで、実はとても難しいことなのです。そのほかにも銀行へ提出する書類関係、日本からの資材搬入サポート、日本人駐在員の給与管理、日本から工場に派遣される技術者のビザ手続きのサポートなどにも携わっています。

今年3月、ネバダ州のレッド・ロック・キャニオンへ家族旅行に出かけた際の記念写真

自宅はレドモンドにあります。9歳の長男と6歳の長女、それに妻の4人で暮らしています。子どもたちの英語力には本当に驚かされます。長男がちょうど小学校1年生に上がる年にこちらへ来たのですが、みるみるうちに力を付け、特に発音と聞き取りの能力は親から見ても驚きというか、うらましいというか……。平日は、レドモンドにある現地校に通い、土曜日はシアトル日本語補習学校で学んでいます。補習校からたっぷり宿題をもらって帰って来る一方で、現地校は自分の好きなことを自由に学んで欲しいという、ともすれば自由過ぎる方針で宿題がほとんどなく、ちょっと心配しています。長男は今どきの子どもらしくテレビゲームが大好きなのですが、せっかく運動しやすい環境に駐在しているのでリトルリーグでの野球や、水泳などの習い事をやらせています。長女も水泳を習っています。私が父の影響で昔からスキーが好きなので、この駐在中に家族でウィスラーにスキー旅行に出かけることを夢見て、今年の冬にはスノコルミーにある日本人用のスキー・スクールに子どもふたりをそろって通わせました。

週末はそんなこんなで子どもたちの習い事や、日用品を買いにコストコなどに買い物に出かけて、あっという間に過ぎ去ってしまいます。子どもたちは日本のお菓子を求めて宇和島屋に行きたがります。今度休暇が取れたら、フロリダのディズニー・ワールド・リゾートやイエローストーン国立公園にも、家族を連れて行ってあげたいですね。

杉浦勇二■東京都出身。2002年、マルハ(現マルハニチロ)株式会社入社。2015年4月より同社北米グループ会社のひとつ、ウエストワード・シーフーズへ財務役として出向、シアトル駐在となる。会社の外で食べるランチも楽しみのひとつ。台湾料理のフェイシング・イースト、インド料理のタージ・パレス、最近では焼肉の牛角がお気に入り。

宇和島屋「愛媛フェア」大盛況!

ベルビュー会場の様子。愛媛県のゆるキャラ「みきゃん」があしらわれた

3月14日~20日、愛媛県の主催による、愛媛県の名産品を集めた「愛媛フェア」が宇和島屋各店で展開されました。その様子をレポートします。

取材・文:磯野 愛

愛媛フェアは米国市場での愛媛県産品の販路確保と拡大を目的に開催され、今年で3回を数える。愛媛県内で開かれた宇和島屋バイヤー等との事前商談会を経て、全28社の商品が店頭に並び、うち9社は人員も日本から渡航。直接売り場に立って試食やサンプル配布を行い、消費者の声に積極的に耳を傾けた。

3年連続での出店となった伯方塩業株式会社の石丸一三取締役副社長は、「消費者の反応を直に見られました。“伯方の塩” は日本人には浸透していても、アメリカ人にはまだまだ。国内消費が減少傾向にある中、海外での事業展開は必須です。塩はどの家庭でも使うものなので、ファンをいかに増やしていくかがシェア向上のカギ。まずは宇和島屋でいつでも手軽に購入してもらえるようにし、その土台を作りたい」と、話す。宇和島市で半世紀以上の歴史を持つ有限会社土居真珠の清家直美さんも「自社の養殖場直送の真珠なので、品質の高さはもちろんのこと、値段の安さに皆さんびっくりされています」と、手応えを感じていた。そのほかにも、愛媛名産の柑橘類を使ったお菓子や魚の干物、油揚げなどが並び、売り場は連日にぎわいを見せた。

多くの人でごった返す、解体ショー直後のマグロ売場

3月17日には、ベルビュー店で愛媛県産マグロの解体ショーと販売会も行われた。解体されたのは、とろけるような脂のうま味が特徴の本マグロ、およそ130パウンド(約60キロ)。ショーの15分前にはすでに人だかりができ、解体後の販売会場はさながら“競り”のような熱気! ベルビュー在住の星向日葵(ひなた)ちゃんは、父親の和弘さんと共に2パックを購入。「お寿司が大好き! 家に帰って食べるのが楽しみ」と、とびきりの笑顔を見せてくれた。

今夜のごちそう、マグロを手にした星向日葵ちゃん(10歳)と父親の和弘さん

好評のうちに幕を閉じた愛媛フェア。今後の実施については現時点では未定とのことだが、早くも次回の開催が待ち遠しい。

住友生命保険相互会社 シメトラ社 宮原広文さん

シアトル駐在日誌

アメリカでの仕事や生活には、日本と違った苦労や喜び、発見が多いもの。日本からシアトルに駐在して働く人たちに、そんな日常や裏話をつづってもらうリレー連載。

宮原広文さん(左)。いつもよく仕事の話をするシメトラ社の内部管理関係の幹部であるスザンヌさんと。シメトラ社の文化に合わせてジーンズなどカジュアルな恰好で勤務していている

宮原広文(みやはらひろふみ)■山口県出身。1985年、住友生命保険相互会社入社。住友生命による米シメトラ社の買収に伴い、2016年1月より同社へ出向、シアトル駐在となる。本人いわく「絵に描いたような単身赴任生活」のため、当初は必要に迫られて料理を始めたものの、今ではお気に入りのアルミ製フライパンをわざわざ日本から持参するほど。揚げ物も手間を惜しまず、とんかつも手作りする。

当時、ニューヨーク株式市場上場会社で業界40位だった中堅規模の米生命保険会社、シメトラ社(SYMETRA)を住友生命が買収し、その取締役として2016年にシアトルに着任しました。主な仕事は今後の経営方針や経営戦略をシメトラ社の経営陣とすり合わせることです。また、住友生命のグループ会社として徹底したリスク管理や内部監査機能の整備など、ガバナンス業務に従事する一方、お互いのノウハウを共有することで収益向上やコスト削減といったシナジー効果を生み出すべく、その環境づくりを行っています。

少し専門的な話になりますが、各国には自国の金融機関を監督する監督省庁があり、日本では金融庁、アメリカでは連邦や各州の保険当局がこれに当たります。シメトラ社はアメリカの会社なので、アメリカの保険当局が定めるルールに従いますが、住友生命グループの1社として日本の金融庁からシメトラ社に関する問い合わせを受けることも度々あり、その対応も仕事のひとつです。というのも、2007年の金融危機ではアメリカの金融機関の破綻が引き金となって、世界中の金融機関がその影響を受けて、また世界経済も停滞しました。金融もグローバル化が進み、もはや自国での出来事だけに目を向けていれば良い時代は終わりました。以降、各国の監督省庁は自国の金融機関の海外子会社にも監督の目を光らせるようになると共に、監督当局間での連携も進んでいます。

会社は人でできています。結局、会社の統合とは、人と人とのマッチング。同じ保険会社という業態が一緒になったわけですが、お互いのカルチャーは全く違います。アメリカ人はストレートな物言いを好む一方で、日本人には相手を思いやって遠慮がちに言う傾向や、建前や形式に配慮する気質がある。そうしたコミュニケーション・ギャップに気を配りながら、どうしたらより良い会社をつくっていけるか、日々模索中です。

日本では長く資産運用と内部監査の仕事に携わっていました。昔、香港で勤務した経験もあります。2015年の夏にシメトラ社の買収が決定した後は、買収後の経営統合準備のため何度もアメリカへ出向いて仕事をしてきましたが、大人数の前で議論する場合など、やはり英語で苦労することは多々あります。また、アメリカ文化のひとつだと思いますが、とりわけ顧客を招いたパーティーなどでは、パートナーを同伴することも多く、もてなしの一環として仕事以外の話もしなくてはいけない。昔からのテレビ番組やスポーツの話題などアメリカで育った人たちにとっては「相手も当然知っているだろう」という前提で会話が進んでいくときは、なかなか辛いものがありますね。

手づくりミートソースのスパゲティと付け合わせのポテトサラダ。お気に入りのワシントン産デイリーワインと合わせて

子どもは2人。1人は社会人、1人は大学生です。子育てがひと段落して妻が仕事を始めたこともあって、あっさり単身赴任が決まりました。以前から料理に興味があり、会食が入っていない日は自分で朝食と夕食を作っています。カップ麺は1年以上食べていません。平日は忙しいので、週末にまとめて作って冷凍。調理道具は日本にいた頃からそろえ始め、フライパンは用途に合わせて4種類を使い分けています。レシピはオンラインや日本で買って来るレシピ本から。郷里の山口県下関で暮らす86歳になる母によく電話をするのですが、昔食べた料理のレシピを聞くことも多いですね。とはいえ日本の自宅で台所に立つことはありません。家族の日常を乱したくありませんし、過去に作ってみて反応がイマイチだったので……。

かつて東京ではよく後輩や部下たちを連れて食べ飲み歩きをしました。今では彼らと年齢もだいぶ離れていますし、気を遣わせるのも申し訳ないので自分から誘うことはしないようにしています。明らかに私と一緒にというより、飲み代のスポンサー確保が目当てでも誘われるうちが花ですから、そのときは喜んで一緒に行きます(笑)。野球観戦も好きなので、イチロー選手のマリナーズへの復帰はうれしいです。これからの季節はゴルフも楽しみ。また、ワインが大好きなので、ナパ・バレーやワラワラのワイナリー巡りもしてみたいですね。

数々の受賞歴をもつ名門ワイナリーのひとつ、カリフォルニア州スタッグス・リープ・ワインセラーズに同僚と訪問

米国三菱航空機 高山洋平さん

シアトル駐在日誌

アメリカでの仕事や生活には、日本と違った苦労や喜び、発見が多いもの。日本からシアトルに駐在して働く人たちに、そんな日常や裏話をつづってもらうリレー連載。

真面目な「理系男子」の高山洋平さん。愛するMRJの模型と

米国三菱航空機(MITSUBISHI AIRCRAFT CORPORATION AMERICA, INC. )は国産初のジェット旅客機「MRJ」の開発と販売、カスタマーサポートを手がける会社。航空機は膨大な数のパーツから成り立っていますが、私は「アビオニクス」という航空機用の電子機器を担当しています。出来上がってきた電子機器が正しく作動するかどうかを、抜け・漏れなく確認するために、どのような試験を行うべきかを考える部署です。

大学で勉強していたのは電子工学で、航空機は専門ではありませんでした。特に航空機への強い興味があったわけでもありません。しかし、就職活動をしていたときに三菱重工のMRJ開発のニュースを目にして、自分も挑戦してみたくなりました。この会社のあり方に引かれ、一念発起をして飛び込んだのです。

今は日本人含め、多国籍のメンバーで構成された10人の部下と一緒に仕事をしています。こんなにたくさんの部下を持つこと自体が初めて。背景となる企業文化もバラバラで、メンバーのほとんどが私より年上です。言葉の壁もあって、こちらの指示がうまく伝わらないときはやっぱりしんどい……。自分で要求した試験が実際に行われるときは立ち会う場合もあるので、そのときはシアトルから車で東に3時間ほどのところに位置するモーゼスレイクの試験場まで自分で運転して行きます。もうだいぶ慣れましたが、やっぱり冬道の運転はなるべく避けたいところです。日本にいた頃は名古屋勤務で、アビオニクスのシステムそのものを開発していました。日常のほぼ全てが仕事でした。アメリカに来て、労働時間という観点からは日本と比べて多少余裕ができました。ただ、これは働く誰もが抱える問題だと思いますが、守るべき法律と納期の狭間で、今も忙しくしているというのが正直なところです。私を含め若手だけが多忙というわけでは決してなく、上司も他の部署のスタッフも、みんなそれぞれの課題に向き合って一生懸命頑張っています。

妻の恵里さんと念願のサンフランシスコ旅行。米ドラマ「フルハウス」タナー家の一員になった気分で大満足

家はベルビューのダウンタウンにあります。妻は名古屋時代の同僚です。私の海外赴任に合わせて休職して来てくれました。妻は結婚するまでずっと名古屋の実家住まいで、生まれた地を離れるのは、妻はもちろん、義父母も相当心配だったと思います。ところが今は、ベルビュー・カレッジのESLクラスやアロマの教室に通うなど楽しそうにやっているのでひと安心です。友だちを作るのは圧倒的に妻のほうが上手。土・日はホールフーズやQFCなどのスーパーへ、一緒に買い物に出かけます。料理が好きなので、休みの日はなるべく私が食事を担当するようにしています。サンクスギビングではアメリカっぽくターキーを焼いてみました。1羽をふたりで食べ切らなくてはいけないので、4・5日間ずっとターキー地獄。もうしばらくターキーはいいです(笑)。また、昨年末はサンフランシスコ旅行に出かけました。昔から「フルハウス」というアメリカのテレビドラマが好きで、オープニングで一家がオープンカーに乗って颯爽と渡っているあの赤い橋、ゴールデン・ゲート・ブリッジをどうしてもこの目で見てみたかった!割ける時間は限られていますが、アメリカならではの暮らしも満喫しています。

サンクスギビングに焼いた自慢のターキー。信じられないくらいパサパサの胸肉部分をどうしたら良いものか、来年に向けて試案中

私たちは2020年に、最初の航空会社へのMRJ納入を目指しています。MRJが名古屋の試験場で初飛行したときの感動と興奮は本当に忘れられません。飛行機を構成する部品とシステムの数だけ、そこに携わった人たちの苦労と思いがあります。MRJがお客さまを乗せてこの大空を飛ぶ日が本当に待ち遠しいです。

高山洋平■和歌山県出身。2009年三菱重工業株式会社入社、2016年6月より米国三菱航空機株式会社へ出向、シアトル駐在となる。趣味は料理で、得意の一品は餃子!土・日は自ら調理担当を買って出るも、ときには妻の恵里さんから厳しいダメ出しが……。

住友林業 座親大輔さん

シアトル駐在日誌

アメリカでの仕事や生活には、日本と違った苦労や喜び、発見が多いもの。日本からシアトルに駐在して働く人たちに、そんな日常や裏話をつづってもらうリレー連載。

モデルルームで打ち合わせ中の座親さん(左)

住友林業アメリカ(SUMITOMO FORESTRY AMERICA, INC. )が米国内でパートナーシップ(持ち株制)を組む5社のうちのひとつ、メインビュー・ホームズ社の取締役として昨年5月、シアトルに着任しました。シアトルの前はダラス、その前はオーストラリアのメルボルンに駐在し、海外拠点では3カ所目になります。

シアトルでは年間およそ200棟を販売するメインビュー・ホームズ社の新築戸建住宅は、「アルフレスコ」と呼ばれる屋根付きの屋外リビングスペースが人気。狭い空間を有効に活用するためのデザインや、少ない建材で「コストの削減」と「見た目のスッキリ感」を両立させる技法など、日本の建築技術を取り入れていることも特徴です。

メインビュー・ホームズ社が手掛ける住宅。大きな窓 からたっぷりの光が取り込める

シアトルとダラスを行き来しながら社の全体像を把握し、親会社である住友林業に業務報告をすることが私の主な仕事です。今やシアトル近辺の住宅価格上昇率は毎年13パーセント程度にもなり、全米一。家族4人向けに3,000スクエアフィート(約85坪)の家をシアトルやベルビューで買おうとすれば、1億円超えもざらです。都市部では手頃な住宅購入が難しくなり、郊外で新規開拓せざるを得ない状況にあります。

しかし、これも見方を変えれば都市の発展につながります。私たちの会社は開発する地区の選定から、土地購入、家の建築、販売・引き渡しまでを一貫して行います。森林以外に何もなかったところに家が建ち、店や公園ができて人が集い、交通網も発達し、数年後には立派な”街“になる。この長いプロセスにとてもやりがいを感じます。

私は11歳の時、父の仕事の都合でアメリカに移住しており、ワシントン大学の出身です。人生の半分以上をアメリカで過ごしていても、もちろん日本語のほうが得意ですから、今でも英語で困ることは多々あります。日本人のアイデンティティーを持ちながらも、思春期に離れて暮らしていた分、日本への憧れは強く、それもあって大学卒業後は日本の住友林業に入社しました。成田支店に配属となった当時は設計担当でとても忙しく、終電で帰ることもしばしば。目標だった1級建築士の試験になかなか合格できずにいたのですが、メルボルン赴任時に勉強の時間を確保でき、無事に取得できました。

1日2ラウンドする という「ゴルフ合宿」にて

もはや生きがいでもあるゴルフは、家族の影響で高校生の時、本格的に始めました。日本に戻った頃は月に1度程度のラウンドでしたが、メルボルンでまた本腰を入れ始め、「自分の趣味に巻き込むこと」を目的に妻も誘いました。狙い通り妻もゴルフ好きになってくれたことは、本当にラッキーでした。シアトルではほぼ毎週末、夫婦でゴルフです。雨? 気にしませんよ! とは言え、妻と同じ組ではラウンドしません。つい、いろいろ気になることを言ってしまってケンカになるので……(笑)

やっぱり終の棲家は日本がいいですね。この仕事をしていますから、いつかは自分の家を設計し、建てることが夢です。時間が取れたら、日本国内、特に地方の街をのんびり旅行してみたいと思っています。

メルボルン駐在時代に、妻 の礼さんとエアーズロック登頂

座親大輔(ざおやだいすけ)■千葉県出身。2017年5月より住友林業アメリカ・シアトル支店に駐在。趣味および 生きがいは、とにかくゴルフで、ベストスコアは72(パープレイ)。妻の礼(あや)さんとは、良きパートナーでありライバルでもある!?

ニチレイフーズ 干場浩孝さん

シアトル駐在日誌

アメリカでの仕事や生活には、日本と違った苦労や喜び、発見が多いもの。日本からシアトルに駐在して働く人たちに、そんな日常や裏話をつづってもらうリレー連載。

ニチレイフーズ  干場浩孝(ほしばひろたか)さん

干場浩孝さん(左)と妻のみゆきさん。旅行先のグランドサークルにて

私が現在勤務しているのは、アメリカ人によるアメリカ人の好きな中華料理、いわゆる「アメリカン・チャイニーズ」の冷凍食品を長らく取り扱ってきたイノバジアン・クイジーン・エンタープライズ(INNOVASIAN CUISINE ENTERPRISES, INC)。時代の流れで消費者が本場の味を求めるようになってきたところで、2012 年に私の出向元であるニチレイフーズが資本参加しました。それからはオーセンティックなアジア料理、具体的にはフレッシュな野菜を使った手作りの春巻や、もっちりした皮の質感にこだわった点心などの開発と販売を行っています。

現在の主な仕事はふたつ。ひとつ目は商品作りから納品までのあらゆるコーディネートで、これがメインの業務です。アメリカ国内だけでなく、ときには日本やベトナムなど、提携しているどの工場で製造をするべきか。原材料はアメリカの安全基準に合わせたものになっているか。輸送費用なども含め、納品までのコストはどのくらいかかるのか。結果、いくらでその商品を販売すればよいのか。と、いうように、商品開発そのものを段取りするところから、実際に商品が世に出ていくまで、各分野の強力なスペシャリストと協力しながら、その全体像を管理・把握することが役割です。

同社の人気商品のひとつ、「ジェネラル・ツォーズ・チキン」

ふたつ目の仕事は出向元との橋渡し役です。ニチレイフーズがこの会社の51%の資本を持っていますが、ここで実際に働いているのはアメリカ人の従業員です。彼らに気持ち良く仕事をしてもらうことが会社の成果につながるので、「日本ではこう」というスタイルを一方的に押し付けることのないように配慮しています。日本とアメリカを比べると時間軸の捉え方の違いは大きいです。日本ではギリギリのスケジュール感で日時までキッチリ詰めて、その実現に向けては残業も惜しみませんが、こちらでは大まかな週単位程度のスケジュールしか組まず余裕を持って臨み、残業をしてまで間に合わせようとはしません。そういった感覚の違いなどもあって、ときには両者の板挟みになることもあります。苦労することも多いのですが、究極的な目標は、この会社が日本からの駐在員なしでも日米双方にとってうまく機能する組織になってくれること。その日を楽しみに、ときにはイノバ ジアン・クイジーン・エンタープライズ側の代表として、ときにはニチレイフーズ側の代表として、正しいと思うことを信じて踏ん張るしかないですね。

日本に帰ったらまず吉野家の牛丼にたっぷりの生卵をかけて食べたい!あとサバやコハダなど新鮮な光モノの寿司も恋しいです。食べることが大好きでニチレイに入社しましたからね。その原点は今でも変わりません。アメリカ人がまだ知らない、もしかすると自分自身さえもまだ知らない、世界中のおいしいものを、時代の半歩先を行って紹介してみたい。そんなふうに思いながら、毎日の仕事を頑張っています。

タ クウィラにあるオフィス前にて

干場浩孝(ほしばひろたか)■東京都出身。2014年より株式会社ニチレイフーズか らイノバジアン・クイジーン・エンタープライズに出向中で、冷凍食品の開発から納品までを一貫して管理するコーディネーター。趣味は体を動かすこと。休日には妻のみゆきさんと一緒にジムで汗を流す。サンクスギビング休暇はカナダ・バンフ へのスキー旅行を満喫。