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Author: 真宮 杏奈

ワシントン州と米国認定のオーディオロジスト。ワシントン大学で Speech and Hearing Sciences: Communication Disorders で学士号、Doctor of Audiology プログラムで聴覚博士号を取得。2012年にPAC Audiology クリニック オーディオロジスト(耳の専門医) を開業。 PAC Audiology クリニック オーディオロジスト(耳の専門医) 1605 S. Washington St. Suite 6, Seattle, WA 1370 116th Ave. NE, Suite 201, Bellevue, WA ☎ 425-455-0526

耳にいい話:生まれてくる赤ちゃんにたくさん話しかけて

50代半ばの女性が初めて来院したのは、ちょうど3年前。補聴器の掃除と調整に訪れたことがきっかけだった。生まれつき、両方の耳の形が異常で、耳穴の形もかなり狭く、極度に曲がっていた。

すでに退役していたが、昔は軍に所属し、精神科医として勤務していたそうで、人当たりが良く穏やかな性格の女性だった。彼女が両方の補聴器を外すと、全く何も聞こえなくなるようで、補聴器をきれいにしている間、雑誌を読んで時間を過ごしてもらっていた。

私も学校で学ぶまでは知らなかったことだが、耳の形成は受精後3週目から始まる。まだ、人間の形になる前に、耳、特に内耳の形成が始まり、受精後 20週で内耳が完成するということだ。それを学び、人間にとって聴力がどれだけ重要なものかを改めて認識した。

彼女の場合は、その手前の外耳と中耳の形成途中に問題があったようだ。彼女の高校生の息子も耳穴と耳たぶが異常で、遺伝だとは思うが、ほかの3人の子どもたちは正常な耳の形状をしているそう。たまたま胎児の形成途中で問題が起こったのかもしれない。息子の聴力は正常で、そう伝えると彼女はほっ としていた。

彼女は難聴だが、内耳の聴力はほぼ正常。外耳と中耳の音を伝達する部分で問題があり、補聴器なしでは会話ができない状態だ。今では当たり前になっているが、新生児が病院で誕生した場合、退院前に簡単な聴力検査を行う。

聴力に異常が見られる新生児は、生後3カ月になるまでに本格的な検査を受ける。彼女が生まれた当時はそのような制度がなく、聴力異常に気付いたのはいつかわからないが、舌足らずの話し方を聞いていると、かなり長い間放置されていたことがわかる。

沈黙の15分が過ぎ、きれいになった補聴器を片方の耳に入れると、途端に会話 が始まる。「How are you?」の挨拶から家族の話まで、堰を切ったように話しかけてくる。毎回、その瞬間を経験するたびに、聴力や会話の大切さを再認識する。

「お腹の中にいる赤ちゃんに音楽を聞かせたり、話しかけたりすることは大事」とよく言われているが、その通りだと思う。これから親になる人は、生まれてくる赤ちゃんにたくさん話しかけて あげて欲しい。

さまざまな病歴のある60代女性の聴力問題

60代半ばの女性が、昨春に来院した。すでに引退し、夫も他界してひとり暮らし。ここ2年ほど、聴力の変化を感じたり、時々耳鳴りがしたり、また耳が詰まったように感じることが多かった。母親が両方の聴神経に良性の腫瘍ができるという病歴を持つため、自分も心配になっていろいろ検査をしていた。すでにMRI検査の結果は異常なしということで、腫瘍がないことは判明していたが、喘息、高カルシウム血症、骨密度の低下など、さまざまな問題に向き合っているとのことだった。彼女の服用薬リストは3ページにも及んでいた。ひとしきり話を聞いた後、その症状の原因を追究するために、聴力検査をすることになった。

結果は、両耳とも、高音部分で中度の難聴になっていた。右の鼓膜が、内側に少し引っ込んでいるような感じだったが、言語検査の点数は、ほぼ満点。現時点の聴力をこのまま維持できるように補聴器を装着することになった。彼女の場合は保険も適用され、比較的安価に補聴器を購入できた。

補聴器を調整して、扱い方を説明し、彼女の携帯電話と連動するようにも設定した。ひとり暮らしの彼女は、補聴器を1日中装着する必要があるのかと疑問視していたが、私に言われた通り、頑張って長時間装着してくれたようだった。1週間後、左側の補聴器がビープ音をずっと鳴らしているとの報告が彼女からあった。こんなことは滅多にないので、異常だとすぐに判断して交換の処理を行った。使い始めて、このような問題が生じたため、ちゃんと使い続けてくれるかなと心配したが、そのあとのフォローアップでは、トイレで水を流す音はうるさいけれど、補聴器がとても助かっているというコメントをくれた。自宅のテレビの音量も小さくしているし、電話の音量もかなり下げて、スピーカーを使わずに会話ができるようになったと喜んでいた。耳鳴りも気にならず、耳がつんとした感覚もなくなったようだった。補聴器には通常、試用期間が付くのだが、その途中で補聴器をこのままキープすると決断してくれた。

それから8カ月。彼女は、左側の補聴器が少し弱いとのことで、またクリニックに来た。だいぶ耳垢が溜まっていたようで、補聴器と耳の中をきれいにすると、以前のような音量になったと話す。8カ月前に補聴器購入に至ったことは、彼女の人生で良い決断だったと聞いて、私もうれしく思った。彼女は、昨年の終わりに、長年住んでいた家を高価格かつ短期間で売ることができ、娘の住むオリンピアで大きな家を現金で買って、引っ越しをしたそうだ。これで、第2の人生を送る用意は整ったと、とてもうれしそうな顔を見せたのが印象的だった。

 

50代でも聴力低下

50代半ばの男性が、聴力検査と補聴器を目的に来院した。何度も聞き返されて不満が溜まっていた家族から強く勧められたようで、また本人も、仕事中に質問を聞き取れないと感じることが多くなっている自覚があった。彼は講師の仕事をしており、暴力行為を起こした人たちとその予備軍に、暴力行為を抑え、負の感情を別のことに向けさせる方法を教えている。各クラスは15名から30名ほどの生徒がいて、4時間から6時間ほどかかる。17歳から22歳頃までと、思春期から大人になりたての、感情
が安定していない生徒を相手にしなければならない。大変だが、やりがいのある仕事でもあると話してくれた。精神的に落ち着きがなく、将来に悲観的で、自信を持てない生徒たちは、発言や質問があっても声が非常に小さい。教室のサイズが大きいために、か細い声を聞き取って、適切な回答をするのが難しく、授業後にとても疲れるそうだ。クラス後、ちゃんと会話を聞き取れたか、一緒にいたアシスタントの講師に尋ねてみたところ、問題ないと回答され、彼の聴力に問題があることを痛切に感じたという。大学では音楽を専攻し、長年楽器を演奏する趣味があった。

来院前の3週間に風邪を引き、少し鼻声だった。風邪のせいで、両耳の鼓膜がその影響を受けていたが、鼓膜は動いていた。幼少期に、何度か痛みを伴う中耳炎にかかったようで、鼓膜がかなり伸びきっていた。聴力は、両耳とも、中音から高音にかけて難聴で、音楽による聴力への影響が高音部分に表れていた。昔は、今ほど聴力を守るための知識がなかったために、難聴になることは避けられなかったと思う。

聴力が落ちているだろうと覚悟はしていたが、これほどの聴力低下が50代半ばであるとは予想もしていなかったようで、少しショックを受けていた。どちらにしても、このままだと仕事に支障を来たすことは明白なため、早速補聴器を貸し出すことになった。装着後、音量を調整して、使用方法の説明をしたあと、補聴器を切って私の声を聴いてもらった。補聴器ありと補聴器なしとでは聞き取れる音の差が大きいとコメントしていた。貸し出した補聴器を返却しに来た時、補聴器をつけて会話をすると家族が非常に喜んでくれるとうれしそうに話してくれた。仕事場に行ったら、周囲で同じ補聴器をつけている人が数名いることがわかり、安心したそうだ。

購入の1カ月後に来院した時には、今では補聴器がないと非常に困ると話した。息子と車に乗った際も、会話が難しいと感じた息子が補聴器について尋ねたところで忘れたことがわかり、慌てて取りに帰ったとか。彼と彼の家族にとって、補聴器は必須アイテムになっているようだ。

補聴器を初めて装着した日

先月末に来院した60代前半の男性は、部屋に入ってすぐ、私と会うことを楽しみにしていたというような言葉を発してくれた。通常、患者は何らかの問題を聞いてもらうために来院するので、困ったような顔や、緊張したような顔をしていることが多い。が、彼は満面の笑顔で自分の問題を語り始めた。もう10年以上も耳が聞こえにくく、左耳にシャーという音が常にしていた。今までに3カ所以上で聴力検査を受けたが、聴力はほぼ正常で安心して良い、補聴器を着けるほどのレベルではないと言
われ続けてきたようだ。安心しろと言われても、聞こえにくいという問題は続き、どうにかしたいのに何も提案してくれないという状況に不満を感じていた。常に、相手の口をじっと見ながら話をするので、非常に疲れるとも話していた。

たまたま、当院のウェブサイトで彼と同じような悩みを持っている人のレビューを読んだそうで、私に大変期待していることがわかった。夫人も横で相槌を打っていて、仲の良い夫婦のようだ。話の途中で、彼が左耳を簡単に動かせることがわかり、話が大いに盛り上がった。長年、40人以上もの社員のマネジャーをしてきたが、自然災害時に緊急対応することがよくあり、多大なストレスを抱え、睡眠薬、不安障害用の薬、高血圧の薬を常用し、早期の前立腺がんを様子見している状態という。初診の前日に夫人と話し合い、同じ会社で別の職務に就けるよう依頼する決心をしたと言い、すっきりした晴れやかな顔をしていた。

聴力検査の結果、左耳は高音のみ少し難聴で、あとは騒音による難聴の兆しが見て取れた。正常な聴力では通常出ないような結果が数点あることも判明した。薬の長期間常用、ストレスの蓄積が結果
に出ていた。右耳は鼓膜の動きが異常で、そのために音が適切な音量で脳まで達していないという結果になった。この日は、前日の大決断でストレスが軽減したためか、今まであった耳鳴りが聞こえなかったので耳鳴りテストはしなかった。耳鳴りは、聴力が落ちても起こるし、ひどいストレスがあっても起こる。

この日、貸し出し用の補聴器を装着してみるかと尋ねると、ぜひやりたいと即答だった。補聴器を通して私の声を聴いた瞬間、「Oh my god!」という言葉を連発していた。くっきり声が聞こえて、体を乗り出さなくても、相手の口をじっと見続けなくても、楽に会話ができることに感動している様子がわかった。返却の日、部屋に入った途端、補聴器がとても助かったと言ってくれて、即購入となった。まるで、大好きなおもちゃに出合った子どものように、うれしそうな表情を見せてくれて、応対している私まで楽しい気分になるセッションだった。

耳かけ式補聴器? 見えない補聴器?

この数カ月、ジェネレーションギャップを感じる出来事がいくつかあった。まずは60代前半の男性。大手ファッション業界の営業を何十年も務めてきた彼だが、ここ10年ほど聴力が落ちてきて、耳鳴りが少しと、左耳がつんとするような感覚が起きていた。検査の結果、全音程で正常な聴力はなかった。覚悟はあったが、60代になったばかり。補聴器に躊躇する彼は、できる限り見えない補聴器を希望した。さらに、スマートフォンで操作できるものが良いと言う。それだと、耳の後ろに付ける補聴器になることを伝え、翌週には営業集会があるという彼に、耳かけ式のものを貸し出した。

1週間後、補聴器返却の際、借りたおかげで集会を楽しめたと報告を受けた。久しぶりに会った同僚が補聴器を付けていて、いろいろと話したそう。同僚の耳かけ式補聴器も試したいと、それを貸し出すことになった。その返却日には、外には見えない補聴器にも未練があると告げられ、耳穴
式の補聴器を購入してもらうことにした。やらずに後悔するより、やって正しい選択をと進言したのだ。彼が選択した補聴器はあまりにも小さく、スマートフォンとの連動はできない。彼は小ささに満足したが、2週間後にはそれを返品し、以前試した耳かけ式に変更すると言う。音質が気に
入っていて、補聴器を外に見せて装着することにも違和感がなくなってきたのと、補聴器が仕事に助かっているという実感を持つようになったからだ。

一方、同時期に、20代半ばの女性が聴力検査と補聴器のカウンセリングで来院した。彼女は、慢性の中耳炎が原因で真珠腫性中耳炎を患い、最近2度も耳の手術をしていた。小さい頃から補聴器を付けていたのだが、ティーンエイジャーになって周囲の目が気になり、付けるのをやめてい
た。当時の小児用補聴器は、かなり大きく目立っていた。彼女の聴力は、左右で全く異なり、一部正常な部分があったので、耳かけ式を勧めて補聴器を貸し出した。大学を卒業して医療機器関連の仕事に就いた彼女はまだ若く、週末には友人たちと夜通し遊ぶそうだ。仕事でも友人との会話でも聞きづらいことがよくあり、何とかしなくてはと思ったと話す。補聴器を返品しに来た彼女は、購入を即決。非常に助かったし、スマートフォンでいろいろ操作できるのも良かったと言う。補聴器のおかげで周囲が親切にしてくれて仕事がやりやすかったので、補聴器を見せたほうが良いとも語っていた。前出の男性とは正反対の感想。

聞きづらいと感じるようになって、実際に行動を起こすのは短くて7年と一般に言われている。中高年の方々も若い人を見倣い、生活向上や体に良いものは積極的に取り入れてくれると良いのだが。

聴力検査と補聴器

20代後半の女性が母親と共にやって来た。20代前半とも思えるような華奢でかわいらしい感じの女性で、彼女の母親の知り合いから勧められて、聴力検査のために遠方から来てくれた。いろいろなところに耳の相談で行ってみたのだが、雑な(?)扱いをされたようで、これが最後のつもりで、母親が説得して来ることになったそうだ。2年前に、崖の上をハイキングしていて、地面の割れ目を飛び越えて着地した瞬間にバランスを崩してしまい、後ろに倒れて30フィート落下した。幸いにも命に別状はなかったが、後頭部を骨折し、右後頭部に血が溜まる重傷だった。

それから2年、後頭部の一部はまだ陥没しているが、事故以前と同様に歯科助手を務めていた。事故以来、耳の聞こえが悪く、仕事がしづらいと日々感じていた。歯科医の向かいに座って歯科医の補助をするのが仕事で、吸引やドリルの音が鳴り響く中、歯科医の指示を聞いてサポートする必要がある。歯科医も彼女もマスクをして下を向いて作業をしているので聞こえにくい。その歯科医は別の国から来ているのでアクセントがあり、指示はあまり言わなくても察するのが助手たるものという考えがあるようで、あまり指示を出さない人のようだ。彼女は、歯科医の不満を日々感じて、それでも生活のために何とか頑張ろうと思っているようだ。今年の初めに、夫からの希望で離婚をすることになり、その精神的な傷もやっと癒えてきて、耳の問題に向き合う決心をしたそうだ。

聴力検査の結果は、正常な左耳に対して、右耳は重難聴だった。両耳とも鼓膜の動きが弱く、左耳が正常な結果でも、聞きづらいという状況は簡単に想像できた。また、会話の最中、彼女の受け答えがほんの少し遅いと感じられたり、彼女の言葉のチョイスに違和感を覚えたり、頭部に受けた衝撃が
言語の処理能力に影響したのではないかと思われることがあった。歯科医が不満を感じるのもわかるような気がした。

まずは貸し出し用の補聴器を両耳で使えるように設定して、仕事中に使ってもらうように用意した。正常な耳にも補聴器を貸し出し、1個か2個、どちらが聞きやすいか、1個であれば、どちらの耳に付けたほうが良いかを彼女に判断してもらおうと思った。単純に考えると、難聴の側に1個あれば良いのではと思うが、彼女は頭蓋骨骨折が原因なので、ベストな設定は実際に体験してもらわないとわからないところがあった。補聴器を彼女の携帯電話と一緒に使えるように設定して、ひと通りの説明を行った。最後に、彼女の好きな音楽を、補聴器を通して聴いてもらった。曲がかかり、しばらく聴いていた彼女は、「音楽をこんな風に聴ける日がまた来るなんて……」とつぶやき、今にも泣き出しそうな
顔を向けた。

[耳にいい話]

補聴器の調整

50代の女性が久しぶりに連絡をしてきて、入手した補聴器を調整して欲しいと言ってきた。彼女は、10年ほど前から聴力に問題があり、以前に住んでいた別の州で補聴器を購入していた。数年前に、こちらの大学の助教授として教鞭を執るため移って来た。それまでは研究が中心のため、教えたり、人と会話をしたりする機会がそれほどなく、補聴器もあまり使っていなかったようだ。教え始めて、生徒の言っていることがわからないということがたびたびあり、しまっておいた補聴器を使うために調整に来たのが、そもそもの出会いだった。かなり汚れていた補聴器をきれいにして、聴力検査を行い、その結果をもとに補聴器を調整した。補聴器は平均寿命が5年から7年と言われているが、専門
家がメンテナンスすれば、それ以上使うことは可能だ。調整後の補聴器に満足して、その後は定期的に来るようになった。

そんな彼女が、別の補聴器を入手したという。彼女が持参したのは、義理の父親から譲り受けた補聴器だった。昨年発売された新型の高級補聴器で、まだ保証も付いていた。その男性は、補聴器にどうしてもなじむことができず、返品しようと思った時には返品期間はすでに過ぎていたため、彼女に譲るということだ。耳かけ式なので、耳の中に入る部分や中の設定を変えれば、別の人が使うことが可能になる。

補聴器は医療器具なので、少なくとも1カ月は使って返すことができると州の法律で決まっている。補聴器を販売する側は、それを明確に知らせ、調整などの目的で数度来院してもらうことを勧めるのが
普通だ。しかし、補聴器の販売を専門にしているような場合、販売までは親身になるが、入金が済むとアフターサービスを怠るところが多くある。そういう場所では、購入する側は、患者ではなく客扱いとなりがちだ。購入者側もほとんどが、眼鏡のようなものだろうと勘違いして価格だけで安易に決定してしまう。店のような構えで予約もいらず、気軽に通りから入っていけるようなところは、そういった場所が多いので気を付けたいものだ。補聴器が商売の道具扱いになっている。彼女の話を聞いていると、彼女の義父はなじめなかったというよりも、なじむように適切に指導されなかったのではないかと思える。

とにかく、その補聴器をきれいにして、彼女の聴力検査に基づいて設定を変更した。彼女が譲り受けた補聴器は、高品質、高性能で、安価なものではない。気の毒な彼女の義父の話を聞くと非常に腹立たしく思うが、その補聴器を装着して満面の笑顔を浮かべている彼女を見るとうれしくも感じ、複雑な気持ちだった。

[耳にいい話]

聴力は話し方に大きく影響する?

70代前半の女性が聴力検査に来た。彼女は今年1月に夫を亡くしたばかりで、今は独り暮らしだ。娘から聴力の問題を指摘され続けて来院してみたが、聴力は正常だと思っていると語っていた。大手企業の大型送迎バスの運転手として何十年も仕事をしてきて、まだまだ仕事を続けるとのことだった。

受付スタッフによると、初日、野球帽をかぶって現れた彼女は、クリニックの場所がわかりづらいことや、数ページの問診票を書くことへの不満を、大声で食ってかかるような物言いで、さらに人の話を最後まで聞かずにその内容を中断するかのように話していたそうだ。とても怖かったと、その受付スタッフは後日話してくれた。

聴力検査を始める前に、彼女から矢継ぎ早にいろいろな質問があった。そのほとんどに聴力検査をすれば回答できると伝えても、なかなか次に進めなかった。その場を仕切ろうとする気持ちが無意識にあるのかもしれない。聴力検査の結果は、両耳とも加齢による中度の難聴。結果を伝え、補聴器を勧めた。聴力は正常だと思っていると話していたのに、意外にも、使用してみると言い出した。心の底では、仕事中に聞きづらいことを認識していたようだ。その時までに、彼女の中で、私は信頼できる人になっていたようで、きつい物言いはなく普通の会話ができていた。ただ、補聴器の支払いは第三者が介入することになり、その相手との会話中、彼女の物言いは非常にきつかった。ちょっとでも疑問があると、そこを突いて相手を傷つけるような言葉を言わないと気が済まないようだ。

補聴器の装着日には、またも、これから伝えようとすることに関する質問が始まった。まずは、電池のシールを剥がして5分以上置いておかないといけないのに、別の質問をしてきて、なかなか行えない。やっとシールを剥がしても、すぐに補聴器に入れようとする。待つように伝えると、「私に電池を入れさせたくないんだね」と嫌味を言う始末。ようやく電池を入れて、ひと通りの初期設定を行い、補聴器を通して私の声を聴いてもらった。補聴器を装着してから、彼女の質問がぱたりと止み、「私の声はどうですか?」と聞いても何も返事がない。「何か話しても構いませんよ」と繰り返し言って、やっと普通の声の大きさで「とても不思議」とだけ話した。それからの10分ほどはとても快適に時間が過ぎた。

彼女の声の音量は今までの半分ほどとなり、話してくれることもほんのわずか。まるで、生まれたての赤ちゃんがずっと周囲の様子を見ているように、補聴器から入ってくる音に驚き聞き入っているのがよくわかった。その状態で、次の予約を取ってもらったのだが、応対したのは初日の受付スタッフだった。どうなることかと心配したのだが、彼女はとても優雅な物言いをして、受付スタッフと笑いながら予約日を決定して帰っていった。聴力は人間の話し方に大きく影響を与えることを実体験したケースだった。

軽い耳鳴りでも油断禁物

50半ばの女性が、右側のみの耳鳴りの件で来院。耳鳴りは昔からあり、無視できるほどであったが、3週間ほど前から気になるほどの大きさになって、絶えず聞こえるようになっていた。その症状が始まったタイミングが、ちょうど尿路感染症の最後の薬を服用した直後だったため、最初は薬の副作用かと思ったそうで、しばらく様子を見ていたようだ。そのほかに数年前から、両耳がつんとしたような状況がよくあり、特に右の症状が少し重いとのことだった。にぎやかなところで人の話が聞こえづらかったり、聞き取れなくて何度か聞き返したりすることもあるそう。また、大音量の音楽、掃除機やスチームクリーナーの音が嫌で、聞こえると耳が少し痛くなることも。家族からは、敏感過ぎると相手にされていないようだった。彼女の父親が、昔から音楽をよく演奏していたようで、生演奏を近くで聴いていたので耳がおかしくなったのでは、と他人事のように冗談交じりで話してくれた。以前、耳鳴りで来院した友人にその時の話を聞いていたため、検査をしようという気になったそうだ。

耳鳴りはいろいろな原因で起こり、その原因はほとんど解明できないことが多い。彼女の場合は、処方箋の薬を服用した直後から開始したということで、薬が内耳に何らかの影響をもたらしたかも、と最初は思った。通常の聴力検査に加えて、中耳検査や耳鳴り検査も行った。出た結果は、両耳とも聴力は正常、しかし、聴力の違いが顕著にあった。鼓膜の動きは両耳ともほぼ同じようなものなので、このような違いが出ることは変だった。何度も検査をしたが、同じ結果になった。聴力は一応正常だが、片耳のみの耳鳴りに加えて、両耳の聴力の違いが異常過ぎることから、耳鼻科医を紹介して、CTスキャンやMRIを取ることを勧めた。友人と同じようなことを言われると思って来ていた彼女は、私の提案に少し緊張した様子だったが、すぐに紹介した医師に予約を取った。

CTスキャンの結果、上半規管裂隙症候群だということがわかった。それも、両耳とも。現在の症状は右のみだったが、左側もいつかは症状が出る可能性がある。内耳の横にある三半規管で上向きの半円状の骨に欠損が生じる原因不明の病気だ。大きな音の刺激によって内耳が揺らされることで、耳鳴りやめまい、ふらつきが起こることがあり、聴力の低下につながる可能性もある。この治療方法としては、手術も考えられるが、欠損を特定できない場合、難聴になるリスクが大きい。音の刺激を抑えるために、今のところ耳栓を用いる方法が、いちばんリスクが少ないようだ。

耳鳴りがきっかけで軽い気持ちで来院したが、予期せぬ大きな結果を受け止めることになった。彼女から電話でCTスキャンの結果を聞いたのだが、今後の予定を明るい声で話してくれて、ほっとした。軽い耳鳴りだからと放っておくのは得策ではないケースとして、記憶しておいて欲しい。

[耳にいい話]

通訳機能がついたイヤホン「Dash Pro」

30代の男性が、Dash Proという充電式のワイヤレスイヤホンを購入するために、耳型を取りに来た。彼は、今年1月からドキュメンタリー関連のビジネスを立ち上げ、仕事の関係で、さまざまな国の人と話をする機会があり、Dash Proの40もの言語に応じた通訳機能に興味を持ったため、そのカスタムバージョンを作ることにしたようだ。通訳を手配して話すと経費もかさむので、できるだけ通訳なしで仕事ができるようにしようとしていた。

Dash Proは、ベストバイやアマゾンなどでも売っているが、ぴったり自分の耳に合ったものが欲しい場合は、耳の専門医がいるクリニックで耳型を取って、カスタムバージョンを作ると、紛失しにくい。彼は、オンラインでDash Proを購入したが、耳にぴったりはまらず、片方を失くしてしまった。

このコラムでは、通常、クリニックに来てくれた人についての話をするが、今回はDash Proの製品自体を紹介したいと思う。というのは、その製品が提供する機能が非常にユニークで、将来たくさんの方が使いたいと思うかもしれないからだ。

私がまず気に入ったのは、それを着けているだけで、身体の状況がわかることだ。心拍数、カロリー消費量、運動量、万歩計、動いた距離、呼吸関連の情報なども教えてくれる。若い頃は気にも留めなかったが、ある年齢を過ぎると健康のことばかり考えるようになってきた。確か、体温も測れると思うが、自分で持っていないので、定かではない。運動中でも水泳中でも着けたままにできるそうだ。ただし、カスタムバージョンでなければ、激しい運動や水泳の最中に外れることが報告されている。

次に興味があったのは、通訳機能が付いていること。仕事柄、英語をあまりうまく話せない人を診ることがよくある。通訳機能の質には疑問が残るが、少しの単語や簡単な挨拶でも、通訳を通さずにできれば、いろいろな方々と会話ができ、楽しくなるのではと思っている。耳に装着するので、もちろん音楽を楽しむこともできる。スマートフォンからBluetoothで音楽を流すこともできるし、Dash Pro本体にも1,000曲ほどの曲を前もって入れておける。

昨年から出てきたような製品なので、まだまだ不具合もあるかもしれないし、耳を使った健康関連の新機能も、これからますます充実するようだ。もう少し待ってか ら、1つ自分に作ってみようかなと思い始めている。

[耳にいい話]

仕事を辞めないといけない?

60代半ばの男性は、大学で統計学を教えている教授だ。本職とは別に、ある大学のスポーツチームにスタッフとして参加していて、試合前、試合中、試合後、あらゆる角度から統計データを取り、コーチに提供し、勝利に貢献していた。気さくで、話しやすく、人柄も良く、生徒にも好かれているだろうなと思えるような人だ。

彼の悩みはふたつ。ひとつ目は、授業中、生徒の質問がたびたび聞き取れず、何度も聞き返したり、変な回答をしたりしてしまうこと。クラスによっては、200人ほどが入れる教室で授業をすることもあり、後ろに座る生徒の質問が聞き取れないそうだ。熱心な生徒に対して失礼だと思うようになっていた。ふたつ目は、試合中たくさんの歓声が上がるため、コーチの言うことが聞き取れないこと。仕事上、目は試合を追っていないといけないので、コーチに向いて話をすることができず、変な回答をすることが多々あるそうだ。どちらの仕事も、まだ続けたいと考えていた。さらに、この5年間、周囲の人がもごもご話をしていて、テレビもよく聞き取れなくなっていると感じていた。

聴力検査をしたところ、中音から高音にかけて、中度の難聴だった。5年前は、補聴器をするほどではない程度だと言われたため、放っておいたそう。この5年間、何もしなかったために、難聴の進度がかなり加速したようだった。早速、補聴器を購入・装着することにした。難聴が仕事に影響を及ぼす場合、即決する人が多いようだ。

補聴器を使い始めて数週間が経ち、彼がやって来た。前と同じように穏やかな表情で、授業のことなどを語ってくれた。彼は、聴力が悪くて補聴器をつけ始めたことを各クラスの生徒に説明した。耳が悪いのを悟られないようにしたいと願う人はまだ多いが、難聴は目に見えないハンディキャップなので、周囲に伝えておくと誤解を生まずに協力してもらいやすい。彼は、補聴器のおかげで、授業中に聞き返したりしなくても回答できると話していた。試合中のことを聞くと、「聞いたことを信じれば良いんだ」ということを改めて感じたそうだ。ある試合中、自分のチームの選手のことで、コーチが彼に何かを聞いてきた、と思った。でも、試合中にそのような質問を彼がされることは今までなかったため、相手チームのことかと思い、答えたところ、「違う、私のチームの xx 選手のことを聞いているんだ」と怒って言われた。その時に、これからは推測せずに、聞いたことをそのまま受け取って回答すれば良いのだ、と実感したと話す。

変な納得と取られそうだが、難聴の人は、雑音があるところでは、人の話を聞きながら、前後の文脈や今までの経験から、内容を推測して回答する癖がついている。それでも分からない場合は、話し手の口の動きをじっと見て、視覚で理解しようとする。その癖を忘れて、補聴器から聞こえることのみを信頼すれば良いのだと実感するタイミングは人それぞれだ。

彼の場合は、たまたま試合中だったわけだ。聞こえないために、もうそろそろ仕事をやめないといけないかなと悩んでいた彼だったが、帰り際、「当分はどちらの仕事も辞めないよ」と、にこっと笑って帰っていった。

[耳にいい話]

キスの際に気を付けたいこと

学生時代、その授業で病院勤務の講師が、 鼓膜が破れたといって駆け込んでくるケー スの原因のひとつに「キス」があると話していた。当時はまさかと思っていたのだが、今回の50代女性の問題は、どうも婚約者の突然の熱いキスから始まったようだ。婚約者と一緒に来院した彼女は、婚約者の手を握りながら、次のような話をしてくれた。

その日は夜にマリナーズの試合を一緒に観に行く予定で、ふたりは準備をしていた。彼が彼女の右後ろから突然ハグをして、耳に思いっきりキスをしたそうだ。そのとたん、右耳に激痛が走り、一瞬周囲の音が聞こえなくなった。しばらくして、少し落ち着いたので試合観戦にバスで向かうと、荷物を置く棚で前頭を強く打った。それらが原因なのか分からない、たまたま偶然始まったのかも分からない。その日から、彼女の右耳の聴力は左と比べて悪くなったままで、左右で異なる耳鳴りが続き、さらに、全ての音に非常に敏感になった。

それから3カ月後、耳鼻科を受診すると突発性難聴かもしれないということで、鼓膜ごしにステロイドを注射する施術を3度受けた。しかし、改善していないと彼女には思えたので、別の耳鼻科医に相談に行った。MRI を撮っても耳内の異常は発見されず、聴力検査を受けたが以前のものと比較してもらえず、原因不明で今はお手上げとの話だったそうだ。 ネットで調べても良い解決策が見つからず、1日の大半を耳栓をつけたままで過ごしていた。職場では耳栓やヘッドフォンをして いるために、同僚との会話に苦労して、ストレスはたまる一方だった。症状の始まりが彼のキスかもしれないということで、婚約者は協力しようとするのだが、どうしてあげたら良いのか困っていた。とにかく、音の敏感さを少しでも緩和できる方法を調べてみようということで、私に行きついたらしい。

まずは中耳検査をして鼓膜と鼓膜の裏側の状態を調べることにした。以前の2回の聴力検査では、痛みを伴うと思ったのか、中耳検査をしていなかった。状況を知るためには必要不可欠だと説明し、検査をした結果、右の鼓膜は動いていなかった。3度の注射で、鼓膜の中央は傷ついていたが普通に見えた。でも、最初の検査結果と比べて、聴力が少し回復 しているようだった。耳鳴りも左がほとんどなくなっていて、右も少し静かになってい るという。聴覚過敏が深刻な場合は、デバイスを耳に装着するサウンド・リトレーニング・ セラピー(Sound Retraining Therapy)を勧めるのだが、彼女の場合は日も浅いことから、 フィルター入りの特別な耳栓を勧めた。全ての音を遮断せずに、特に大きい音を小さくして会話だけを通し、徐々に外界の音に慣らす ことができる。同時に、リラックスすることと、定期健診を受けるようにも伝えた。というのは、左側の耳鳴りが血液関連に思えたた めだ。出来上がった耳栓を使い始めて1週間、 耳栓はどうかと尋ねたところ、状況は100倍 ほどましになったとうれしそうだった。

今でもその原因は不明だが、ひとつだけアドバイス。耳の近くでキスをするときは優しく圧力をかけないこと。それが、ふたりの仲を長続きさせるコツだ。

難聴と補聴器について

今回は、50代後半の男性の話をしよう。彼はファイナンシング会社の副社長だが、それを知ったのは後日のこと。気さくで、軽い自虐ジョークを連発して、黙っていると ジェームズ・ボンド役のダニエル・クレイグに似ているというのが私の第一印象だった。7年ほど前から、会話中に聞き取れない言葉があることに気づくようになっていた。当時は50代前半だったことから、別の場所で聴力検査を受けて難聴と診断されても、まだ補聴器を使うには早いと自分に言い聞かせて、今日まで何もしなかったそうだ。子どもの頃、左耳の鼓膜が破れたそうで、右耳の方が良いということだった。最近、家族から聴力を調べにいくように催促され、今回の来院となった。

検査によって、右耳の鼓膜と比較して、左耳の鼓膜の動きは少し弱めだったが、正常に動いていることが分かった。左右とも、中音から高音にかけて中度の難聴だったが、左の方は、低音もかなりの難聴だった。年をとると耳が遠くなる、いわゆる老人性難聴あるいは加齢性難聴は、まず高音から難聴になり始めるが、一般的に中音が難聴になるのはかなり経ってからだ。彼の場合は、残念なことに50代で中音が下がり始めていた。会社での様子を尋ねてみると、聞こえていなくても、自分は上司だからと聞こえたふりをして、その場を押し通すなどと、本当ともウソともとれる発言をいくつか言ったが、その後に、出張がよくあって、相手の会話で苦労しているということも話してくれた。

そのため、最近になって、聞こえを何とかしないとという気持ちが強くなってきたようだった。まずは一週間、補聴器を試してみることになった。補聴器を装着して会話をし始めると、それまで前のめりの姿勢だったのが改まり、いすにゆったり座って、雑音の中で私と会話を続けることができた。早速、数日後に出張だということで、大事な商談の場で補聴器を使ってみると意欲満々だった。次に来た時に、彼は補聴器を購入した。理由は4つ。いつも決まって数人の同じ女性たちの言うことがよく聞き取れなかったのに普通に聞き取れた。ボソボソ話している部下たちがちゃんと話していることが分かった。商談がうまくいった。奥さまが一度で分かるような、ちゃんとした会話文を話せるようになった。

この最後の理由は、後日、奥さまから詳細を聞く機会があった。彼には、単語か文節をぼそっと言って、他人に分かるような会話文を作らないというくせがあったようだ。そのため、夫婦間で理解の食い違いがあり、けんかがあったそうだ。奥さまの話によると、不思議なことに、補聴器を装着するようになってから、彼がちゃんとした会話文を発しようと努力するようになったそうだ。このようなケースは初めてなので、どうして彼がそうなったのか説明がつかない。しかし、もしかすると、補聴器を通して、自分の声がよく聞こえるようになったので、文を組み立てる脳が活性化したのかも……? 何はともあれ、これからは良き上司として、良き夫として、がんばってほしい。

[耳にいい話]

塩分と低音難聴の関係

 前回は70歳でバリバリ仕事をしている女性のことを書いたが、今回は70代後半のパワフルな男性を紹介しようと思う。すでに引退しているのにも関わらず、毎日トラックで走りまわっている彼は、依頼をされればどこにでも出かけて、お願いされた木を切り倒して、暖炉などで使えるような薪にしてあげたり、そのまま持ちやすい大きさの丸太にして持って帰ったりするそうだ。作業は一人でやっているそうで、トラックに積み込こむのも自分でやっていると自慢げに言ってくれた。一週間に4日間はチェンソーを使うため、耳栓はしているとのことだった。常に身体を動かしていることが好きだと言う。姿勢も良く、話し方や声にも若さが感じられた。頻繁に夫婦で外食もするそうだ。

 この男性も保険会社からの通知で、保険会社が補聴器代金の一部を負担するので、安価に補聴器を購入することができるということを知った。この5年間、徐々に聞きにくいと感じるようになっていた。特に、奥様に何度も聞き返したり、電話で受ける注文に時間がかかったりしていると話してくれた。

 彼の聴力検査結果は、通常の老人性難聴と少し異なり、中音だけが正常で、低音と高音は難聴というものだった。チェンソーの使用で耳が悪化したような兆候はなかった。低音が難聴ということにひっかかり、いろいろ聞いてみたが、中耳関係の問題が過去にあったわけでもなさそうだし、ペニシリンにアレルギー反応する以外は、アレルギーもないとのことだった。身体はいたって健康だそうだ。ストレスはと尋ねると、「全くない」と即座に快活に回答があった。やりたくないことは自分の課題リストの後ろの方に押しやっているからストレスがないんだ、と説明してくれた。「それは良いね」と私が応じたら、奥様が「そういうものは全て私がお願いしたものでしょ?」と発言した。「そういうことなら、ちゃんとしないとね」と私が奥様の味方をして発言すると、「さっきまで僕のやり方を支持してくれていたのに……」と彼が軽く不満を漏らした。3人で笑った後、改めて、外食について聞いてみた。一週間の半分以上は外食で、奥様の話によると、食べ物が見えなくなるほどドレッシングやソースをたっぷりかけて食べるのが好きだということが分かった。それが塩分摂取過多の原因となって、低音難聴を引き起こしているのか分からない。その関連性は薄いように思えたが、ドレッシングやソースや調味料を少し控えめにかけるように勧めてみた。


 次に来院したときに、低音の聴力に変化があるかどうかチェックしてみようと思う。聴力が改善されれば良いが、改善されなくても、奥様も心配しておられたので、ドレッシングの量が減る口実になって良いとは思う。


 ご年配でも元気で毎日を過ごしている人たちと話をすると私も楽しくなり、気分が若返る。彼のように、年をとっても運転してどこでも行くことができ、年相応に見えないような行動をとりたいものだ。

[耳にいい話]

最新の補聴器

70歳の彼女と初めて会ったのは、去年のサンクスギビング前日だった。補聴器を使っていたご主人がすでに他界して、現在1人暮らしだった。ご主人が補聴器を使っていたのは10年ほど前のことなので、補聴器にあまり期待も持っていなかったし、最新の補聴器事情も知らなかった。

彼女は上品なご婦人で最新のテクノロジーからほど遠いように見えたが、手には iPhoneを握っていた。話を聞くと、まだデパートで正社員としてレジ打ちや商品の補充をしているそうで、ブラックフライデーのため、来院した翌日の夜は夜通し働くということだった。ここ数年徐々に聴力の衰えを感じ、勤務中や家のテレビの話が聞き取りにくいので、補聴器を試してみようという気になったそうだ。ちょうど去年頃から、彼女の保険プランで補聴器の購入を援助してくれるようになり、そのお知らせを読んだことが、今回の来院の直接のきっかけとなった。この数年中に、パートタイム扱いになるよう希望しているようだが、まだ引退は考えていないと答えていた。

彼女の聴力結果は中度の難聴で、言語テストではかなり大きな音量でないと、完璧に内容を聞き取れない状態だった。よくこの聴力レベルで、音楽がバックグランドで流れているようなざわざわした職場で仕事がこなせているものだと感心した。過去に大きな音を浴びたことが聴力低下の原因となっているようだと説明したところ、20代の頃に耳栓なしで飛行機の近くで働いていたことを思い出してくれた。その他には思い当たる出来事はなさそうだった。50年前の出来事が、聴力に影響を与えることに少し驚いているようだった。

補聴器は、iPhoneと連動して使用できるものを選ぶことになった。携帯電話をリモートコントローラー代わりにして、必要に応じて設定や音量などを変更できる。そのような補聴器があることを彼女は知らなかったので、今までの補聴器のイメージが一新されたそうだ。補聴器を初めて装着した時、補聴器が入っている感覚がないのに、私の話がよく聞こえるとコメントしていた。1カ月の評価後、補聴器をそのままキープすることとなった。レジでのお客さんとのやりとりも聞き取れるようになったし、同僚との会話もしっかりできるようになり、仕事を楽しんでいるそうだ。


今回、保険会社が補聴器の購入を援助してくれるオプションが付いたので、彼女は一般価格よりも安く補聴器を購入することができた。さまざまな形で、保険会社が患者の聞こえをサポートする状況になってきているのは非常に望ましいことだ。そういったオプションがあることを知らない方もたくさんいるようなので、保険会社に確認しておくことをお薦めする。

70歳で徹夜勤務、現役バリバリの彼女に会って、私も身体の続く限り仕事をしていきたいと強く思った。

正しいメンテナンスで補聴器を長持ちさせる

70代のある患者は「今日診てくれないと困る、明日まで待てない」と電話をしてきた。彼は別の場所で購入した補聴器を持っており、それに問題が起きて困っているということだった。補聴器で明日まで待てないというのは、めったにないことだ。受付から話を聞いた印象から強引な方だと思ったが、杖をついて現れた彼は、優しそうなおじいさんだった。

彼は今年になって、夫婦でイリノイ州から孫が住んでいるベルビューに引越してきたばかりだという。補聴器は去年購入した新しいものだ。昨日、補聴器の耳に入る部分を掃除していたところ、右の補聴器の先がとれて、耳の中に入ったままになってしまったのだそうだ。うまく取ることができず、痛みもあるので、早く取り除いて欲しいということだった。早速、耳の中を確認して、ツールで除去完了。プチンと切れた先がそのまま出てきた。切れた部分が耳穴の壁にあたって痛かったようだ。耳穴がすっきりして、しかめっ面をしていた彼の顔が笑顔に変わった。

補聴器の情報は何も持ってきていなかったので、シリアル番号を基に、製造会社に問い合わせて、保証期間などを確認した。すると、補聴器の情報はすぐ分かったが、彼の名前はそのシリアル番号に登録されていなかった。在庫を販売されて、名前の登録などが行われていなかったようだ。今後修理などのサポートを受けられるように、彼の名前を登録するように購入元に連絡をすることを勧めた。購入後、彼は掃除や調整などのために購入元へ行っておらず、独自のやり方で掃除をしていて、今回のようなワイヤー切断という結果になったようだ。通常の掃除では、ワイヤーが切断されるようなことはまずない。

補聴器は眼鏡と異なり、電化製品なので、定期的に掃除やメンテナンスをすることが大切だ。補聴器の寿命は平均で5年~7年だが、メンテナンス次第でそれ以上使っている人もたくさんいる。購入した補聴器は、3カ月か4カ月毎にメンテナンスをしてもらうことを勧める。また、家で行う掃除方法も必ず確認して、パーツを壊さないように注意しないと、それだけでかなりの出費となる場合もある。購入元によっては、メンテナンスする期間は補聴器の保証期間だけ、つまり2年か3年と決めているところもあるので、購入の際に確認しておくことも必要だ。購入金額が安いからと安易に決めてしまうと、後悔することになるかもしれない。

彼は、両方の補聴器を掃除して、新しいパーツを右側の補聴器につけて、昨日までの状況に戻ることができた。その時、奥さんが3歳のお孫さんを連れて入ってきた。
お孫さんは彼に駆け寄り「耳はまだ痛い?」と聞いてきた。彼は「もう大丈夫だよ。ちゃんと聞こえてるよ」と嬉しそうに答えていた。帰り際に、「孫と暮らす生活は幸せで、ベルビューに移ってきて本当に良かった」と私に話してくれた。

[耳にいい話]

聴力検査の結果は正常なのに聞こえにくい

今年に入って、似たような聴力検査結果が出る患者の数が増えてきた。聴力検査の結果は正常だが、鼓膜の動きが一般よりも少し弱いというもの。みな静かな場所では問題はないが、少しにぎやかなところでの会話が聞き取れず、仕事中に聞き間違いからミスを犯したり、夫婦間でちゃんと話を聞かないとけんかになったりすると言う。数年前に別の場所で検査をしたが、聴力は正常だということで、集中力の問題ではないかと言われた。患者の年齢は、30代から50代と幅広く、正常な結果では対処がないということで、なんとかやっていくしかないと自分に言い聞かせてきた。それでも、毎日おかしいという気持ちがあり、聴力検査を再度受けてみようということになったそうだ。

そのうちの1人は、腕利きのリアルター(不動産仲介者)で、私の顔見知りだった。たまたま私の職業を知る機会があり検査を受けてみたいと思ったのと、奥様から検査を受けるように以前から言われていたそうだ。結果は聴力正常、やや弱めの鼓膜の動きだった。彼の悩みは、人の話が聞き取れず何度も繰り返し言ってもらったり、にぎやかな所で聞きにくかったり、家族からテレビの音がうるさいと文句を言われることだった。これら3つの悩みは、難聴の人が持つ悩みだった。彼は以前から声が大きく会話がうまいが、時々私が話している時に会話をかぶせてくるという印象があった。この人は他人の話をあまり聞かず、強引な人なのだとずっと思っていた。彼の聴力は一般的に正常だと伝えたが、難聴患者と同じ悩みがあるので、補聴器をオフィスで試してみるかどうか尋ねた。彼は、試してはみるが、まだ50代ということで、補聴器をつける自分が想像できないと消極的だった。

装着した瞬間に「うわっ、これほど楽にクリアに聞こえるものなんだ!」と感激。オフィスでの短時間試聴のはずが、一週間の貸し出しになった。仕事上、電話で話をすることが多いので、彼のiPhoneと連動するように設定して、その日の作業は終了。一週間後、彼が補聴器を返しに来て、部屋に招きいれた直後、座る時間も待たずに「これ最高だよ! 購入するのに次にすることは?」と嬉しそうに 言った。この一週間、電話でのやりとりが楽で、にぎやかな所でもよく聞き取れて、補聴器をつけていないとテレビがうるさいため、奥様とお子さんからつけろと催促されたようだ。私はてっきり、補聴器を返すのだと思っていたので、この急展開に非常に驚いた。

見た目が気になると言っていたが良いのかと尋ねたところ、聞こえることが今の自分にとって一番大事なのだそうだ。補聴器の購入後の評価期間も終わり、これからは3カ月ごとに会うことになった。評価期間中に会うたびに、この人は傲慢ではなく、こんな感じの人だったのだと何度も思い、今までの印象とは非常に違うと感じた。聴力問題が彼の印象を悪くしていたようだ。今度は奥様も連れてくるよ、と嬉しそうに言ってくれた。

[耳にいい話]

補聴器を正しく使う

今回は80代後半の男性についてお話ししよう。彼は大手の会社の元社長で、今は社長の任を退いて会長の座にいるようだ。彼の秘書曰く、彼が使用している補聴器の左側のチューブが取れてしまい、付けられなくなってしまったとのことだった。補聴器の名称を聞いたところ、今は製造していないものだった。とにかく見ないことには状況が分からないので、予約を入れてもらった。

予約当日、彼は時間通りにやってきた。問題の左側の補聴器を見せてもらって愕然。今まで見たことがないような方法で、耳の後ろにかける補聴器と耳の中に入れるチューブが繋がっていた。写真を撮って、その補聴器会社の人間と、このパーツがあるかどうか、この補聴器はこんなやり方なのか確認したところ「見たことがない」との回答が返ってきた。これは正規のやり方ではないと言う。念のために右側も見せてもらうと、右側は正しいパーツが付いていることが分かった。それを基に、左右ともに正しいパーツを注文することになった。

補聴器会社との話が一段落したので、待合室にいた彼を部屋に通した。左側の状況を説明すると、彼は「担当してくれた人が、その時に適切なパーツがなかったので、近くにあったものを適当に繋ぎ合わせたようだ」と、別に大したことでもないかのように言った。補聴器を買ってから一度も見せに行かなかったようで、そのままの状態で4年間使っていたらしい。耳に入れていた部分は濃い黄色に変色していて、耳垢もかなり溜まっていた。だからリモートコントロールを使って、音の調整を頻繁にしていたそうだ。彼には、左右反対に補聴器が設定されていることや、二つの補聴器の色が異なることを告げた。長い間フォローアップをしなかったことは彼にも責任があるが、異なる色の補聴器を提供されているのに、それを告げられず、また左右の見分け方も知らされていないとはどういうことだと、彼が気の毒になった。注文したパーツはすぐに到着し、彼は数日後に再度やってきた。補聴器を本来あるべき姿に戻し、最近の聴力検査をもとに、音の調整を行った。左右の見分け方を説明し、毎日の手入れについても説明した。最後に、購入したところになぜ行かなかったのかを尋ねたところ、店をたたんだとのことだった。どこで購入したのかもよく覚えていない様子だった。彼の補聴器は彼の名前で登録されておらず、保証期間のことなども知らなかったようだ。

補聴器は眼鏡とは異なる。内部に電子部品が搭載されていて、耳垢や汗やほこりで壊れたり、音が出なくなることもある。素人が勝手に掃除をして、おかしくなることもある。無償修理期間が決まっていて、クリニックや補聴器販売店では、この修理期間が過ぎるとサポートを終了するところが多くある。通常、補聴器の寿命は5年~7年とされているが、私の患者様で10年以上使っている方もいる。また補聴器は、毎日使うことで聴力レベルの維持や認知症予防にも効果があるとされている。毎日使用すると補聴器は汚れる。汚れたまま放っておくと、問題が生じる。補聴器は定期的にきれいにして、長く使っていただくことを勧める。

[耳にいい話]

鼓膜に異常がないのに聞こえづらい

ある60代の女性は、右耳が徐々に聞こえにくくなっているということで、聴力検査にやってきた。子供たちはずいぶん前に独立して、つい最近、仕事も引退して、現在はご主人と犬との生活を送っている。人の話の内容が聞こえにくく、何度も聞き返したり、にぎやかな場所で話が聞き取れなかったり、ご主人からテレビの音が大きいと苦情を頻繁に言われているので、思い切って主治医にそのことを伝えた。主治医は、右耳に異常は見られないが、念のために正式な聴力検査を受けることを勧めた。

耳に関連する症状は、右耳が聞こえづらいこと以外は何もないようだった。右耳を診ても異常は認められず、鼓膜検査をすることにした。鼓膜は正常範囲で動いているようだったが、右鼓膜の裏にある筋肉がまったく反応していなことが分かった。鼓膜裏の筋肉は音が大きくなるにつれて活発に動き、異常に大きい音が突然出たときに、できる限り内側にそれを送らないというストッパーの役割を果たす。この機能のおかげで、耳の一番奥の内耳が守られている。彼女の右耳は、この機能がまったくないという結果が出た。左耳を検査したところ、鼓膜もその裏の筋肉も普通に機能していた。再度右耳を検査したが、結果は同じだった。通常の聴力検査をしたところ、その結果も右耳の鼓膜裏の異常、つまり中耳に問題ありと出た。

彼女は約20年前に多発性硬化症(英語でMultiple sclerosis、通称 MS)と診断され、長年いくつもの薬を常用して症状を抑えてきた。この病気は日本では指定難病となっていて、脳や脊髄、視神経などに異変が起こり、多種多様な神経症状が再発したり一時的にましになったりを繰り返すことで知られている。MS 患者は常に「再発するのではないか、別な症状がでるのではないか」という不安に駆られている。そのような状態だからこそ、徐々におかしくなっている聴力について、検査をうやむやに先延ばしにしていることが不安で仕方なかったようだ。検査結果を説明して、耳鼻科医で中耳の精密検査と治療をすることを勧めた。

多くの人は、聞きづらいと自覚症状があっても、片耳が正常だと分かると、今のままの生活に支障がないというように思い込もうとして、とりあえずそのまま様子を見ようとする。しかし彼女の場合は、耳鼻科医への紹介をすぐに希望した。今後への期待ではなく、不安を少しでもなくそうとするかのようだった。紹介の手続きを終えて部屋を出る際に、「聴力の違和感の原因が明らかになり、嬉しくて安心した」と彼女は言った。聴力が正常ではないことを知った上で「嬉しい」という言葉を使ったことが、他の方と対照的だったので強く印象に残った。

[耳にいい話]

左右の聴力が大きく異なる患者さん

80代のある男性は左右の聴力がかなり異なり、耳穴式の補聴器を別の場所で購入して、良い方の右耳だけに3年前から使用していた。耳穴式の補聴器というのは耳の型を取って作られた補聴器で、簡単に装着することを好む方や、できる限り外から見えないものを好む方が選択する補聴器のスタイルだ。左右の聴力がかなり違う場合は、その原因を究明して、腫瘍などがないかを確認する。彼の場合は左耳が昔から中耳炎になりやすく、そのために左の聴力が悪化したようだ。右耳の聴力は左耳に比べれば比較的ましだが、それでも正常な聴力ではなかった。

彼は「補聴器が1個あれば十分だろう。引退して家にいることが多いので、上から3つ目のレベルの補聴器で十分だろう」と判断して、勧められたレベルよりも2つ下のものを購入した。レベルによって価格がかなり異なるので、経済的な観点から、とりあえずお試し感覚で1つを購入した。補聴器のレベルは騒音のある場所での性能を決定する。彼は購入して使用を始めてから、うるさいところで話が聞き取りにくいということに気づき、調整をたくさん行ってもらった。だが結局、補聴器をつけない方がまだ分かるという結論に達し、つけたりつけなかったりという状態だったという。

しかし次第に耳が聞こえないことによる不便さを強く感じるようになり、今回の来院となった。話を聞けば、家にいると言っても1ヶ月に数回は孫やひ孫たちが遊びに来てガヤガヤした状況で話をしなくてはいけないこと、1年に数回夫婦で旅行をしていて色々な状況で説明を受ける必要があること、週に1回のシニア向け社交ダンスの会で指導を聞き取ることができないことなど、引退生活の中でも騒々しい場所での会話が要求されていることが分かった。最近では補聴器を付けていると周囲に分かっても、聞こえるのであればスタイルは構わないと考えが変わってきているようだった。

結局、今回は最高レベルの耳かけ式の補聴器を両耳につけて試すことになった。耳かけ式の補聴器でも髪の毛のおかげで見えないことが多い。聴力がないと思っていた左耳に補聴器をつけた途端、左耳から音が聞こえるのは新鮮だと彼は驚いていた。数日試用したところ、左耳の装着が慣れないこと以外は、電話がはっきりと聞こえた、テレビの音量を低くしても内容が聞き取れるなど、こちらも嬉しくなるような感想を聞くことができた。先日は孫を連れてボーリングに行ったそうで、ボールがピンに豪快に当たる音を聞きながら、孫たちと会話ができて、途中でかかってきた電話にも答えることができたそうだ。

昨日は初めて補聴器をつけたまま社交ダンスに参加したそうだ。その後、あまりにも嬉しかったのか、私に連絡してこられた。彼は嬉しそうに「世界がまったく違う、先生の指示や他の会員との話が聞き取れ、こちらからも話ができて、本当に楽しかった。こんなに楽しかったのは本当に久しぶりだ」と語ってくれた。他の会員は彼の難聴を知っているので、あまり話しかけないようにしていたそうだが、彼から近づいていって話を切り出したそうだ。今年最初の嬉しい感想に、幸先の良いスタートを切れて、こちらも嬉しくなった。

[耳にいい話]

補聴器によって本来の自分自身を取り戻した患者さん

つい先日、その日の最後の患者が帰った後に受付けのスタッフが「彼女、以前と比べると見違えるようにきれいになりましたね。びっくりしました」と言った。誰のことかと尋ねると、先ほど帰られた90代の女性のことだと言う。この会話がきっかけで、今回は彼女について書くことにした。

2年前、その女性から電話メッセージを受け取った。受付けスタッフがコールバックをし、喧嘩をしているのかと思うほど大きな声でこちらの用件を伝えていた。何度説明しても伝わらないので、私に直接彼女と話をしてくれと頼まれた。私の声は一般の人よりも小さいので、話が通じるのかと疑問に思ったが、10分ほど大声で話して、予約の日時をようやく決めることができた。
電話を切った後は、声が枯れ、全身汗をかいて、ぐったり疲れていたことを覚えている。

予約当日、彼女は少し前かがみでやってきた。服装や髪型は地味だったと思う。最初に受付けスタッフが普通の声量で挨拶をしたが、聞こえていないことに気づいた。大声で問診票の記入や保険証のことについて説明するのが聞こえた。会う前から彼女の難聴の度合いが分かったので、診察室ではすぐに検査ブースに入ってもらい、彼女の耳にイヤフォンを装着した。それを通して検査の説明を行い、検査は無事終了。大声で聴力検査結果を説明した。補聴器を試したいということだったので用意し、器具をつけると、私の普通の声量の声を聞き取ることができた。この瞬間から私はようやく本来の彼女と会話をすることができた。1週間試聴したあとに、彼女はその補聴器を購入することにした。

あれから2年が過ぎた。今では予約確認の電話をしても何も問題なく、スムーズに終わるそうだ。彼女は4カ月に1度、補聴器のメンテナンスのために来院する。それまでほとんど聞こえていなかった高音が正常レベルで聞こえることに慣れるまでは、調整を頻繁に希望した。よほど長い間難聴の状態でいたからか、正常な音が煩わしく思えるほど、音に対する脳の反応がおかしくなっていたのだ。今年に入ってようやく違和感を訴えることがなくなり、一日中補聴器を装着していられるようになった。それとともに、去年の秋頃から服装が色鮮やかになり、髪に軽くパーマをあてて来られるようになった。70代と言っても通用するほどの変身ぶりだった。

受付けスタッフが久しぶりに会った彼女を見て「きれいになった」と言ったのも分かるような気がする。スカーフや小物をうまく使ったおしゃれ、様々な色を着こなすセンス、きっと若い頃は人気者だったのだろう。補聴器によって本来の自分自身を取り戻し、第二の人生が始まったのだと感慨を深くした。

[耳にいい話]

補聴器は慣れるまでに少し時間がかかる

数年前に右側に聴神経腫ができ、カリフォルニア州で除去手術を行った57才の男性の話をしよう。

聴神経は内耳から脳につながっており、耳で受けた音を脳に伝達する役割を担っている。その神経の上や周辺に腫瘍ができることがある。大半は良性だが、神経を圧迫したりすると耳鳴りがしたり、聴力が落ちたりする。
この方の場合、手術は成功したが除去手術で神経が傷つき難聴になったため、手術後すぐに補聴器の使用をすすめられ、右側の補聴器を買った。
装着したときから、ノイズがうるさいだけで役に立たないと伝えたにも関わらず、慣れていないだけだから使用を続けるように言われた。補聴器は医療器具なので購入後30日間は返品することができる。男性は補聴器のノイズがうるさ過ぎてどうしても使用し続けることができず、期限が切れる前に返品に訪れたが、努力や我慢が足りない、続けて使用するようにと言われた。結局、再度返品しにいったときには、期限が切れていると言われたそうだ。
当時の担当者の印象が悪かったため、男性はオーディオロジストに対して良い印象を持たなくなっていた。とは言え、腫瘍の再発防止のために1年間に1度は聴力検査を受けており、ワシントン州に引っ越してからも検査は続けていた。あるとき、担当したオーディオロジストからCROSの使用をすすめられた。
CROSというのは、彼の場合悪い方の耳に装着して、その装置が受けた音を聞こえる方の補聴器に送るというもの。担当オーディオロジストは患者がすでに持っていた右側の補聴器を左側で使用できるように調節して、右側の CROSと連動するように設定した。しかし左側の聴力はほぼ正常だったため、 数回装着しただけで使用しないまま2年が過ぎ、担当オーディオロジストが他州に移ったことから、検査のため当院を訪れることになった。
当院でも補聴器の話になり、再度試してみたいと依頼を受けた。彼は数社の大企業で役員をしていたが、騒々しい場所での会話に限界を感じてすべての役員を退任し、現在は自宅で経営コンサルタントをしている。それでも海外の企業とのやりとりが主で、海外出張も頻繁にあるため、その度に聞こえないという不便を感じていた。また、家族との会話は問題ないと言いつつ、自宅内で自分の空間を作って孤立した状態にしていた。
彼の補聴器は4年と2年経っていたが、新品同然。ノイズをできる限り抑えるように設定し直した。室内でのテストは上々のようだった。これからは1日2、3時間、毎日装着するようにお願いした。そうしないと脳が補聴器を通して聞く音に慣れず、必要なときに使いこなせないからである。今回は彼からやってみたいという意思表示があったので、がんばっ
て試してくれることを期待している。
補聴器は慣れるまでに少し時間がかかる。耳の中に何か入っている違和感や、音が不自然に思えたり、今まで聞こえていなかったものが一挙に脳に入ってくるための疲れなどがある。それでも、もっと聞こえるようになりたい、今のままでは困るという気持ちが強くなって短時間でも毎日着けていると、気付いたら生活の一部になっていたという状態になってくる。そこに辿りつけるように、これからも患者さんのお手伝いをしていきたい。

[耳にいい話]

耳垢と耳鳴り

今年に入ってたくさんの人から同じような話を聞く機会が増えたので、今回はこれについて話そう。彼らに共通しているのは、前から聞こえていた耳鳴りが寝ていても目が覚めてしまうほど大きくなり、耳の中が痛くなったり、ツンと突っ張るような感覚を受けるというものだ。先週来られた奥さまもこの症状を訴えた。まだ20代の後半で、過去に一度同じようなことを経験しているらしいが、何が原因か分からないそうだ。

さっそく耳の中を覗いてみた。鼓膜がまったく見えない。小さい耳穴の真ん中で、耳垢がしっくいで固めたかのような状態になっていた。専門のツールを使ってもほとんど取れないほどしっかり固まっていた。こんな風に固まっている場合、鼓膜がどのような状態なのかを把握してから除去手段を考える必要がある。鼓膜検査器で測定すると、右耳の鼓膜は正常の範囲で動いていることが分かった。耳垢が完全にびっしりと鼓膜についているわけではなく、どこかに隙間があるようだ。一方、左耳の鼓膜はまったく動いていなかった。耳垢が耳穴を完全にふさぎ、たぶんその耳垢が鼓膜にこびりついているのだろう。彼女は左耳だけに前述の症状を訴えたので、症状と検査結果が一致したことになる。鼓膜とは薄い丈夫な膜で、そこに異物が当たると痛みを感じる仕組みになっている。

耳垢除去には、水を使った方法を行うことにした。理由は2つ。長年耳垢を蓄積した耳穴は非常に敏感になっていて、吸引や耳かきのようなものを使った場合に痛みを感じやすいということと、耳垢を取る作業が鼓膜を引っ張る可能性があるということ。その結果、右耳の耳垢の除去は完了したが、左耳は途中で時間切れとなって、数日後に再度行うことになった。右耳の奥の耳垢は真っ黒に変色していた。それでも、左耳の耳鳴りは以前よりましになり、痛みも突っ張るような感覚もなくなったとのことだ。あともう一回の施術で、左耳の鼓膜を拝むことができる。数日の間、耳垢を柔らかくする薬を使ってもらうことにした。

帰る間際に「Q-tip(綿棒)も使ったほうが良いでしょうか」と、付き添ってきたご主人が質問された。「何のために使うのですか」、と聞くと、「耳垢を取るためです」という答えが返ってきた。私は、彼女がこれほど硬い耳垢を作ることができたのを不思議に思っていたが、この答えで合点がいった。生成された耳垢を何年、何十年もかけてQ-tipで中に押しこみ続けていたのだ。

mimikaki_menbou以前の記事にも書いたが、耳穴にQ-tipを突っ込むのは止めることをお勧めする。Q-tipの会社は何をしているんだと思ってパッケージを見てみると、「耳穴にはQ-tipを入れないように」という但し書きがあることに気づいた。でも、多くの人が今日も Q-tipを耳に入れている。

[耳にいい話]

聴覚過敏:ハイパーキューシ ス(Hyperacusis)

昨年から通院している30代後半の男性は、4年前に神経科医によって聴覚過敏と診断された。英語では、ハイパーキューシス(Hyperacusis)と呼ばれるもので、耳に入ってくる音に対して苦痛や不快感などをともなう状態を指す。周囲の人が気にしないような音が、耳を覆いたくなるほど気になってしまう。普段は気にならなかった音が、やけに頭に響く。
この男性の場合は、4年ほど前に突然この状態が始まったそうだ。それ以来、コンサートの音楽、近くの工事現場の音、バスが停車する音など、高音の音に特に反応するようになった。聞くたびに両耳を塞がないと我慢できないほどになり、とうとう外出する際はもちろんのこと、家の中でも耳栓を常につけるまでになった。バス通勤をしているため、バスが停車する際には耳栓の上からヘッドフォンをさらに装着して、できる限り音を遮断することに努めた。このため、周囲が話しかけても聞こえず、特に妻から不平不満を言われるようになった。
症状がひどくなるにつれて、音に対して敏感になっただけでなく耳鳴りも聞こえるようになり、飛行機内で経験するのと似た、耳がつんとなる感覚が一日に何度も起こるようになった。また今年に入ってからは、嫌な音が聞こえる度に耳から鼻の奥にかけて鋭い痛みも感じるようになったという。特に左耳の症状が右耳よりも悪いようだった。4年前に処方された薬をずっと服用しているが、状態が良くなったことは一度もないそうだ。この状態が改善するのかどうかまったく分からず、途方にくれていたところに、サウンド・リトレーニング・セラピー(Sound Retraining Therapy)のことを知って、当院に来院することになった。
当院のサウンド・リトレーニング・セラピー は、デバイスを耳に装着して何らかの音を聞き続けるようにカウンセリングを行い、最終的にはデバイスなしでも、耳栓などをつけずに、普通に生活できるように指導していくものだ。
この男性の場合は、聴力は正常でMRIや他の脳の検査でも異常が見られなかった。唯一異常だと思われたのは、内耳検査の結果だった。正常な聴力の場合、何らかの音を耳に入れると音量がそれほど大きくなくても内耳がそれに反応するので、反応度を測定することができる。しかし、彼の場合は反応が測定できなかった。まるで重度の難聴者のような結果が出たのだ。
翌週からデバイスの装着を始めた。よほど我慢ができない音を聞くときだけ耳栓をして、その他の時間は耳栓なしでデバイスだけで生活するように指導した。毎日装着して、その後1カ月間で耳栓を使用したのは2回だけ。そのうちの1回は映画館での使用だった。耳の痛みもほとんど消え、気持ちが楽になってきたと報告してくれた。
6カ月経つと耳栓の使用は一度もなく、耳痛もなくなり、耳栓が必要になるようなところではデバイスの音量を少し上げて対処できるようになった。嫌な音を避けるのではなく、音に聞き慣れていくことで状態は大幅に改善された。
次に来院するときには、7月にパパになった感想を聞かせてもらえることになっている。

[耳にいい話]

耳型

最近、意外な人たちから耳型作成の依頼が来る。先週来院された29才の男性は、イヤーモニター(In-ear monitors) を作るために耳型を取りにきた。日本では、通称「イヤモニ」と呼ばれているものだ。ミュージシャンやオーディオエンジニアがマイクで収録した音声や音響をチェックするために使用するヘッドフォンの一種で、プロが使うイヤモニでは、各人の耳の穴の形をとり、完全に特注で作られる。よく歌番組などで、歌手が耳に付けているのがそれだ。
楽器の音が大きいので演奏する音量で十分に聞こえるのでは、と思いがちだが、スピーカーは客席に向けられているため、歌っている本人は自分の声や楽器の音が聞き取れなくなることがある。特に、大きな会場の場合、音が拡散されてリズムやテンポなどが崩れて耳に届くため、イヤモニで音楽と歌声を1つにまとめて直接耳に送り、歌手や楽器奏者がちゃんと聞き取れるようにするというものだ。完全オーダーメイドで製作されるため、安くても数百ドルはする高価なものだが、音質、装着感覚、遮音性は抜群に良く、音楽を本格的に目指す人が必ず求める商品だ。
ところが最近、プロの音楽家ではない普通の人たちがイヤモニを作成するために、耳型を取りに来る。何か楽器を演奏しているのですか? 歌手ですか? と聞くと、そうではなくて、「イヤモニを通して聞こえる音楽のクオリティが、普通のヘッドフォンと比べて数段に良いから作るんだ。数千ドルを支払う価値は十分にあるよ。例えば……」と、音質の違いを長時間かけて語ってくれて、彼らの音へのこだわりがこちらにも伝わる。出来上がったピンクの耳型が入った箱を大事にかかえて、嬉しそうに帰っていく様子が非常に印象的だ。
冒頭の男性は、職場からイヤモニをオーダーするようにと言われてきたそうだ。教会の礼拝ディレクターという立場にあり、毎日のように練習をするため、その都度大音量の楽器演奏と歌声を聞く。教会の中というのは厳かで静かというイメージがあったため、彼が置かれている状況を聞いてかなり驚きだった。練習後は、耳鳴りが短期間続くことが時々あるそうだ。イヤモニは、音楽を聴くだけではなく、生音を低く抑えるのにも効果的なため、教会がスタッフの聴力の保護に努めようとする行為に感心した。もちろん費用は教会が支払った。聴力の保護の大切さがいろいろなところで理解されつつあるようだ。
世の中には、聴力保護を関連付けるべき職業はまだまだ多くあるのかもしれない。今後、どのような職業の方がイヤモニの耳型とりに来られるのか、非常に興味がある。

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[耳にいい話]

ティーンエイジャーの聴力問題

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今回はティーンエイジャーの話をしよう。
以前本欄で、周囲からのアテンションが欲しいために、小3から小6ぐらいまでの子どもたちが聴力検査で難聴のふりをすることについて話したことがある。真偽を知るには、その子が部屋を出た直後、聞こえる程度の小さな声で後ろから呼びとめ、振り返ったら何かを尋ねてみる。難聴のフリをしている子はすぐに振り向いて答えてくれる。その時、振り向かないようであれば本当の難聴かもしれないと書いたが、ティーンエイジャーにはこの方法は使えないかもしれない。
思春期真っただ中の彼らは、親に反抗して聞こえないフリをして返事をしなかったり、無視したりを繰り返す。以前は友人がたくさんいて一緒に遊んでいたのに、最近は1人だったり少人数で部屋に閉じこもっていることが多くなったり内向的になってきたりすると、ほとんどの親は、反抗期や夜更かしで集中力が欠けていることが原因だろうと考えて、聴力と関係があるとは思いもしない。そのため聴力問題への対応が遅れ、人との付き合いや学業成績に支障を来たすこともある。
聴力問題は年配の方だけの問題と思ったら大間違い。アメリカでは、少なくとも5人に1人のティーンエイジャーが軽い聴力障害を持っており、20人に1人のティーンエイジャーはもっと重度の聴力問題を持っている。WHO(世界保健機構) によると、スマートフォンやパーソナルオーディオ機器で音楽を聴くことにより、世界中で10億人ものティーンエイジャーと若年成人たちが聴力損失の危機に晒されているそうだ。音が原因の聴力低下のほとんどは、現在の医療では元に戻すことができないため、失くしたら終わりだということをご理解いただきたい。
今の時代、ティーンエイジャーは、どんな場所でも、音楽を好きなだけ希望する音量で楽しむことができる。映画の上映中は大音量の効果音が浴びせられ、スポーツ観戦の歓声は隣の人と会話もできないほどのレベルに達し、コンサート直後は頭の中で超高音の耳鳴りが鳴り響いている。ヘッドフォンから音が漏れるほどの大音量で音楽を楽しむ人も少なくない。
ティーンエイジャーの聴力問題で一番やっかいなのは、本人に聴力障害の自覚がないことだ。人がたくさん集まるようなところを避けたり、電話を避けてテキストだけにしたり、1人でいることを好むようになったり、それが聴力に関係しているとは思っていない。そのため、親も気付かず、数年経ってから大学の授業が聞きづらかったり、仕事中に聞き間違いによる失敗があったりして初めて、聴力の検査を受けてみようということになる。
「ひょっとして、うちの子が?」と思い当たることが少しでもあれば、夏休みの間にお子様の聴力をチェックしてみてはいかがだろうか?

==== お知らせ ====

8月中、高校生までの子どもを対象に聴力検査を行います。
無保険、あるいは旅行保険の方は、初診料と聴力検査合わせて$60です。その他、詳細は下記まで。

[耳にいい話]