Elaine Ikoma Ko is the former Executive Director of the Hokubei Hochi Foundation, a nonprofit that helps The North American Post with projects and events. She is a member of the U.S.-Japan Council, an alumnus of the Japanese American Leadership Delegation (JALD) to Japan, and leads spring and autumn group tours to Japan.
料理書『The Food Lab』と児童書『Every Night is Pizza Night』はどちらもベストセラーに
2020年には、文章を担当した児童書『Every Night is Pizza Night』が出版された。絵本の主人公は、世界でいちばんおいしい食べ物はピザだと信じて疑わない女の子。自分と違う文化で育った子どもたちに出会い、各々に「世界でいちばんおいしい食べ物」があることを知っていく。「自分にとっての“いちばん”が相手にも“いちばん”かと言ったらそうではないし、今日“いちばん”と感じるものを、明日の自分も“いちばん”と感じるわけではない。でも、それでいいんだよ、と伝えたい。そして、何かを肯定するために誰かが好きなものをおとしめたり、自分の気持ちにふたをしたりする必要は全くないことを、子どもたちに知ってもらいたかったんです」
パナマ・ホテル■戦前からの調度品に囲まれながら、国や州、郡、市から数々の認定や賞を受ける歴史的遺産の建物に宿泊できる。全102室あり、バスルームは共用。Airbnbからの予約も受け付ける。地上階にパナマ・ホテル・ティー&コーヒーを併設し、その一角は日本町にまつわる展示を行うシアトル日系米国人博物館となっている。 PanamaHotel 605 1/2 S. Main St., Seattle, WA 98104 ☎206-223-9242 、reservations@panamahotelseattle.com www.panamahotelseattle.net
一方で、支えてくれる多くの仲間に恵まれた。アジア・太平洋地域エイズ国際会議のメンバーのマユミ・ツタカワ氏やボブ・シマブクロ氏は、カレンさんと一緒にゲイ・パレードに参加したこともある。ジュディ・チェン氏、アルド・チャン氏とは共に反ホモフォビアのポスター・プロジェクト「Unite Against Homophobia」を立ち上げた。ポスター撮影に際してはさまざまなバックグラウンドを持つ人々が一堂に会し、被写体の多くは同性愛者の家族や友人であるストレート(異性愛者)の人々だった。ポスターはシアトルのインターナショナル・ディストリクトのそこかしこに張られた。「あまりにも多くの同志、特に若い人たちをエイズで亡くしました。だからこそ、私たちは勇気を奮い立たせることができたのです」とカレンさんは回想する。
当時はマルチレイシャル(さまざまな人種の出自を持つ)作家、トランスジェンダー(生まれ持った性別と自認する性別が異なる)作家の作品は数えるほどしかなかった。転じて現在は、多様性ある作家の作品の黄金時代だ。黒人(Black)、先住民族(Indigenous)、有色人種(People of Color)の頭文字を取った「バイポック(BIPOC)」の書き手はもちろん、アジア・太平洋諸島系アメリカ人、アラブ系アメリカ人、移民と実に多様な作家の作品がそろう。さまざまな言語で書かれた作品が英訳され、町の書店の本棚に当然のように並んでいるのを見ると、カレンさんの心は弾む。
カレンさんにとってキャリアにおけるハイライトのひとつとなったブックイベントがある。シアトル公立図書館が作家を招いて行う「シアトル・リーズ(Seattle Reads)」の2005年の回だ。『あの頃、天皇は神だった』(原題:When the Emperor Was Divine)で長編デビューした日系アメリカ人作家のジュリー・オオツカ氏を取り上げた。ビーコンヒルの会場は満席で、第ニ次世界大戦中に強制収容所に送られた経験を持つ日系人も多く見られた。会場前列には、フミコ・ハヤシダさんの姿もあった。1942年3月、ベインブリッジ島で退去命令を受け、幼い娘を抱きかかえながらフェリーを待つ姿が写真に収められて一躍有名になった女性だ。当時、まだ子どもだった非日系人の参加者も、ある日を境に日系人のクラスメートが教室から姿を消した衝撃と恐怖、何より自分たちの親が沈黙を貫いていた不気味さを今でも覚えていると、往時の記憶を分かち合った。
数年前まで、カレンさんはアジア系アメリカ人作家の本と見れば全て、個人的に購入するようにしていた。今は数え切れないほどあり、とても買える量ではないし、もし買えたとしても読み終えることは不可能なくらいだとカレンさんはうれしい悲鳴を上げる。「特に注目すべきは、韓国系アメリカ人作家の躍進です」。中でも『Tastes Like War』のグレース・М・チョー氏や、『The Magical Language of Others』のE・J・コー氏は目立つ存在だと言う。
出版不況でも「本は友だち」
好きな本はと尋ねると、カレンさんはまず、ジュリー・オオツカ氏の『屋根裏の仏さま』(原題:Buddha in the Attic)を挙げた。20世紀初頭、日本からアメリカに嫁いだ「写真花嫁」たちの生涯を美しい筆致で描いた1冊である。オオツカ氏は、2022年2月に新作『The Swimmers』を刊行したばかりだ。また、詩人で活動家だった日系3世のジャニス・ミリキタニ氏の復刊本も挙がった。性的虐待サバイバーとしての経験を公の出版物で語った数少ないアジア系アメリカ人作家のひとりだ。
翻訳物では、小川洋子氏の『密やかな結晶』、オルガ・トカルチュク氏の『ヤクプの書物』を愛読する。いちばん好きなジャンルは回想録だ。推しは、ニコール・チャン氏による『All You Can Ever Know』。韓国系移民の両親の元に生まれ、オレゴン州南部の白人夫婦の養子として育てられた作家の複雑な生い立ちをつづった自伝である。「最近、彼女のように国や人種を超えて養子になった人々の物語が書籍や映画になることが増えています」
ビル・タシマ■シアトルでコミュニティー・ボランティアとして活動。関わってきた団体は、日系アメリカ人市民同盟(JACL)、ワシントン州日本文化会館(JCCCW)、敬老ノースウェスト、デンショウ(Densho)、鶴の折り紙で結束を(Tsuru for Solidarity)、日系コミュニティーネットワーク(NCN)、おかえり(Okaeri)、あやめ会など多岐にわたる。2015年に『ノースウエスト・アジアン・ウィークリー』紙のトップ・テン・コミュニティー貢献者賞を受賞。2017年にJACL最優秀殊勲賞を受賞。
結婚してシンボ姓となった次女のカコさんは、戦争が終わると夫婦で同じS. Jackson St.沿いに花屋を開いた。ガーランド・フローリストと聞けば、古くからシアトルに住む人なら、思い当たるかもしれない。また、長男のジャックさんは自動車修理工場を始め、息子が引き継いだ。現在もアート・アンド・ゴードン・ハブとして営業中だ。収容所からシアトルに戻ったローズさんはガーフィールド高校に通い、そこでブルースさんの父親となるクレイトン・ハレルさんと出会う。ハレル家はもともとルイジアナ州ニューオーリンズの出身だが、シアトルに居を移していた。クレイトンさんの父、ウィリアムさんは大工として生計を立て、3人の息子のうち2人をワシントン大学に通わせた。クレイトンさんの母のリリアンさんは、ファーストヒルにあったカブリーニ病院の新生児室に看護師として勤務していた。
12年に及ぶ議員生活の中で、ブルースさんが特に誇りに思う政策がいくつかある。2013年、犯罪歴のチェック欄を廃止するバン・ザ・ボックス(Ban the Box)法が可決された。これは、職場の安全を損なうことなく、軽犯罪などの逮捕歴がある人が職を探しやすくすることを目指した雇用支援法で、ブルースさんが起草した。逮捕歴のある人は、シアトル市だけでも12万人以上、キング郡では42万人を超す。この法律が施行される前は、たとえ少量の薬物の所持や使用といった軽微な犯罪でも、前科があるというだけで仕事に就くことは非常に難しかった。そのような人に再起の道を開いたことになる。
ブルース・ハレルさん一家。妻、子どもたちと孫に囲まれて。2015年撮影
2010年には、教育分野でのテクノロジー格差解消に向け、シアトル学区の低所得者世帯の生徒約2万人に月10ドル以下での高速インターネット・アクセスを提供。その功績が認められ、ブルースさんは全米電気通信諮問委員会(NATOA)からブロードバンド・ビジョナリー・オブ・ザ・イヤー賞を授与された。さらにブルースさんはシアトル市とサウス・シアトル・カレッジの提携を実現させ、公立高校を卒業した学生が無料で同カレッジに通える制度を整えた。「13年生の約束(13th Year Promise)」と呼ばれるこの取り組みは、ジェニー・ダーカン現市長にも引き継がれ、充当額は500万ドルまで増加。対象となるカレッジも市全域に拡大された。