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Author: JJ

JJ■1999年生まれ。韓国出身。5〜19歳を日本で過ごし、19歳からシアトル郊外にて暮らす。ワシントン大学卒業後、製薬会社で化学者として働く。

職場内外の人間関係〜科学者JJの就活日記 Vol.11

Vol.11  職場内外の人間関係

今回のテーマはズバリ、職場内外の人間関係です。僕が働く製薬会社のQC(クオリティー・コントロール)部署は各30人の4シフト制で、シフト1・2はそれぞれ日月火水の朝6時から夕方4時半と、午後1時半から深夜12時、シフト3・4は水木金土の同じ時間帯。同じフロアに、月~金曜日の一般的なスケジュールで働く同僚が約30人、また他部署の人も大勢いるので、顔見知りはたくさんできます。席は自由。マネジャーもオフィスを持たず、誰とでもコミュニケーションを取りやすい環境にあります。QC部署は、働く6、7割が20代~30代前半と若く、年齢が近いせいかみんな仲良し。毎日、仕事に行くのが楽しい職場です。

シアトルらしいなと思うのは、人種の多様性。出身も民族性もバラバラですが、皆それぞれに理解があり、お互いに敬意を持っているため、とても気持ち良く働けます。チーム・ビルディングの一貫として、個々が料理を持参するポット・ラックのイベントが月1くらいのペースで実施されるのですが、いろんな国の食文化に親しめて得した気分になります。

アメリカの会社だけに、個々のプライベートを尊重し、社外での飲み会や集まりはほとんどありません。20代ですでに家庭を持つ同僚も多く、仕事帰りにどこかへ連れ立って出かけるということはまれ。ですが、僕の所属するシフト1は平日の2日が休みとなるため、同じチームで遊びに行くこともあります。もちろん、参加は強制ではなく、行かなくても問題なし!

この会社に転職して丸1年が経ちますが、人間関係が良好なおかげで、仕事でストレスをためずに済んでいます。また、マネジメントの巧みさも語らずには終われません。2週間に1度のペースで行われるマネジャーとの30分の個人面談では、仕事で苦労していることやチームメートとの関係性だけでなく、プライベートでの出来事までを相談でき、真摯に耳を傾けてもらえます。調子が良い時は特別プロジェクトを任せてもらえたり、逆に調子が良くない時は早退や病欠を勧めてくれたりと、臨機応変な対応もありがたく感じます。

仕事は大事だけれど、誰かが大変な時はみんなで助け合う、という考えが全員に浸透していることも大きいと思います。総勢500人と人員豊富なため、休暇も取りやすく、いつでもカバーし合える余裕があります。どの職場もこうだと良いのですが。9月からはキャリアアップのため、大学院に進学します。その話もまたどこかで!

1日のスケジュール〜科学者JJの就活日記Vol.10

Vol.10 1日のスケジュール

同じ製薬業界で別の会社に転職してから6月で丸1年経ちますが、労働環境は文句なしです。今回は1日のスケジュールがどんなものなのか、紹介しましょう。

僕のシフトは日~水曜日の朝6時から夕方4時半となっており、朝は早いです。会社が家から車で5分弱の近さなので、5時半起床で間に合います。時間に厳しくなく、全員の平均出社時刻は午前6時15分といったところです。僕のポジションは朝にやることがたまっているため、前日までのメールやメッセージをざっと確認してラボに行き、業務に取り掛かります。

通常、午前8時過ぎまではノンストップでこなし、いったん小休憩を取ります。社員向けにスナックやヨーグルト、フルーツなどが置いてあり、それが朝食代わりです。そこからは他の部署とのやり取りやミーティングなどで午前10時半くらいまでは忙しくしています。

以降は、基本的にリラックスできる時間帯。午後12時半までの間に1時間程度の昼休憩が取れるので、僕は一時帰宅することにしています。そのあとは、午後1時半から始まるシフトのチームがやって来る前に連絡事項などをまとめておきます。

午後は自分のペースで業務を進めることができ、僕の場合は大抵、この時間帯にいろんな人とおしゃべりをします。社員が多い会社なので、コミュニケーションが大事なのです。マネジャーも、重要事項がない限り全く干渉してこないので、やることさえやっていれば自由。残業もめったにしません。少し長めに残ったり休日に出勤したりすることもなくはないですが、あくまで個人の裁量に任されているため、強制ではありません。

この会社は365日休みなくオペレーションしていて、社員も祝日は休みません。その分は有給休暇に加えられ、合計すると最低250時間となります。前年の繰り越し分などがあれば年に6~8週間休める計算です。人員豊富なので、申請も1週間前までなら確実に通ります。病欠の場合は日数に制限がなく、多い人では年間30~40日ほど休む人も。毎週の3連休に加えてこれだけの休暇があるため、実働日数は年間の半分にも届かないくらいです。

前に働いていた会社は病欠が年に3日までで、それ以上だと有給休暇を使っていたので、現在の会社のやり方は気に入っています。体調が悪い時だけでなく、精神面で疲弊している時なども気軽に休めてQOLもアップ! 次回は職場内外での人間関係についてシェアします✌️

製薬会社での研修〜科学者JJの就活日記 Vol.9

Vol.9 製薬会社での研修

転職して2022年6月から働いている製薬会社でのシフトは、日~水の朝6時から夕方4時半。とはいえ、研修期間となる最初の1カ月は、月~金の朝8時から夕方4時半と、一般的な時間帯に働いていました。製薬会社ではどのような研修・トレーニングを行うのか? もちろん、会社や部署によって異なりますが、僕が経験した研修プロセスを参考までに紹介したいと思います。

人体に直接入る薬は、健康へのリスクなどさまざまなことを考慮して製造されます。そのため、制約・条件は非常に厳しく、アメリカではFDA(米食品医薬品局)を始めとする国の機関が多くのルールを設けています。これらの機関から定期的に監査が入り、製造工程や書類作成などを細かく確認されます。

ルール違反があると、罰金や製造停止などになってしまうので、全社員が気を付ける必要があります。ルールは数冊の本では収まらないくらい膨大で、各社はスタンダード・オペレーティング・プロシージャー(以下SOP)と呼ばれるルールブックのようなものを、業務ごとに異なる番号で用意しています。例えば、SOP-000101は試薬Aの扱い方、SOP-000304は薬品Bの作り方といった具合。新入社員は個々のポジションに必要なSOPを全て読み込み、理解することで、やっと業務に携われるようになります。

大きな会社では、コンプライアンス・チームとトレーニング・チームが先導し、新入社員研修を行います。新入社員には専用ウェブサイトで業務に関連するSOPのPDFファイルとその理解を試すクイズが割り振られ、それを終わらせるまでは基本的にひとりパソコンと向き合う日々。前述の通り、僕はこの初期研修を1カ月で終えましたが、一般的にも2~6週間ほどと考えられます。その後、実務的な研修があるものの、パソコンで延々とSOPを読んでいるよりは楽しく感じられます(笑)。

実務研修の内容はポジションによって大きく異なるものの、どのトレーニングも基本的に3段階に分かれています。
(1)経験の長い社員のタスクをこなす様子を見て学ぶ
(2)付き添いで見てもらいながら、練習に取り組む
(3)最終試験
、といった流れで行われ、短いものでは数時間で終わることもありますが、長いものでは半年かかることも。トレーニングは、製薬業界では切っても切り離せない大事なプロセスなのです。次回は、労働環境と有給休暇などについてシェアします✌️

転職先での新生活〜化学者JJの就活日記 Vol.8

Vol.8 転職先での新生活

新卒で就職した会社を1年で辞め、より良い条件の転職先に移ってから1年が経とうとしています。この会社に内定をもらったのは2022年5月のこと。前の会社にはすぐに辞表を出し、2週間後に退職しました。有給休暇が何日か分残ってはいたものの、休むことはせずにフルで働き、引き継ぎなども最後までしっかり終え、責任を全うできました。その甲斐あって、残った同僚やマネジャーとの間に遺恨を残すわけでもなく、スッキリ去ることができたと思います。

転職先での初出勤日は、その退職日から3週間後にしてもらいました。新卒時に夏季休暇を挟まずにすぐ働き始めてしまったことを後悔していたので、今回は休暇をたっぷり取ることにしたのです。友人とのハイキングやアメリカ東海岸のロードトリップで存分にリフレッシュ! 休暇のおかげで、新しい職場で気持ち良く働き始めることができました。

前職では、「プロダクション・ケミスト(I)」というポジションで製造がメインの仕事でしたが、現職では「クオリティー・コントロール・アソーシエイト(I)」として、製造部門からのサンプルをテストするのが主な業務です。僕は「サンプル・マネジメント」のチームに配属され、サンプルの管理、テストのスケジューリング、書類の作成などを担当しています。

前職と比べると会社の規模は桁違いで、いちばん驚いたのは従業員の数。製造ラインは年中無休で回っているため、僕の所属するチームでも週7日、毎日朝6時から深夜12時までの18時間、常に誰かが働いています。それを可能にするため、チームは4シフトに分けられ、シフト1・2はそれぞれ日月火水の朝6時から夕方4時半と、午後1時半から深夜12時、シフト3・4は水木金土の同じ時間帯といった具合です。各シフトには大体、テストをする人が10人、微生物に特化したラボに8人、サンプル・マネジメントが3人、それぞれにマネジャー1人ずつが加わります。この4チームのほか、200人を超える製造チームに、品質保証チーム、コンプライアンス・チームなどを合わせると、総勢500人を優に超えます。

4シフトある中、僕は運良く希望通りのシフト1に決まり、木金土の3連休を毎週満喫しています。次回は1日のスケジュールやもう少し具体的な仕事内容、そして労働環境などをシェアします✌️

就活の反省点〜科学者JJの就活日記 Vol.7

Vol.7 就活の反省点

これまでの就活を時系列でまとめると、1社目は2021年5月に新卒で内定をもらい6月から1年勤務、2社目は2022年5月に内定をもらい6月から勤務開始。どちらも、就活を本格的に始めてから2カ月以内に満足の行く内定をゲットできたものの、今振り返ると反省点も多くあります。そこで今回は2回の就活を総括し、「ここをこうすれば良かった」と思うポイントをシェアします。

まず新卒時の就活でのいちばんの反省点は、「急ぎ過ぎた」こと。6月8日で卒業だったのに、内定が出たのは4月29日で、働き始めたのが卒業翌日の6月9日。夏休みのことを一切考えずに、ファイナル最終科目の翌日からフルタイムで働き始めてしまいました。いったん社会人になってしまうと、1カ月以上の長期休暇を取るのは至難の技です。もちろん、内定を早めにもらうのはうれしいことなのですが、勤務開始日は交渉の余地があるので、卒業後に1カ月ほど休んでから働き始めたら良かったと、悔やんでも悔やみ切れません。

そして次の反省点は、「給料の交渉」について。これは、両方の就活に当てはまります。働き始めてからわかったのですが、同じポジションでも個々で給料は変わってきます。自分より経験も少なく、学位も低い同僚に給料は負けているなんてことも。人事のやり方として、基本的に少し低めのオファーでスタートし、志願者の反応次第で交渉の有無を決めることが大きく影響しています。僕としてはある程度満足できる内容だったため、それ以上交渉することはありませんでした。ですが、自分よりあとから入った同僚などが、交渉の末に5,000ドルのボーナスや、数千ドル高めの年収を条件にサインしていたと聞くと、多少苦々しく思います。

最後の反省点としては、「転職の意思を同僚に早く話し過ぎた」こと。実際に転職が決まり、オファーにサインをしたのは5月中旬でしたが、4月末にはチームほぼ全員に僕がそろそろ辞めることは伝わっていました。これは転職時に最も後悔したことです。やはり辞める意思がある人がチーム内にいると、全員の士気が下がってしまいます。毎朝出社するたび、僕のオファー状況に関する話題となり、仕事に集中しにくい環境を自分で作ってしまっていました。今後、また転職する際には、正式に決まるまで口を固く閉ざすつもりです。

少しは皆さんの参考になりましたか? 次回は2022年6月から働き始めた転職先での仕事内容やスケジュールを紹介します!

転職先が決まるまで〜科学者JJの就活日記Vol.6

Vol.6 転職先が決まるまで

モチベーションの向上と給料アップを目指し、新卒で入社した製薬会社を1年で去ることに決め、本格的に転職準備を開始したのは2022年4月のことでした。しかし、手を挙げるだけで転職が決まるほど甘い世界ではありません。

まず、自分にとって転職で譲れない条件を書き出しました。引っ越すつもりはないので、家から通いやすいこと。給料は最低10%増。できれば、より規模が大きい製薬会社。この3つの条件を軸に転職活動を行うことにしました。

もともと働いていたオフィスも車で片道10分強と近い部類ではあったのですが、ちょうど近所に製薬会社のオフィスが集まっていることもあり、ロケーションは家から車で10分以内に限定。4月11日・12日の2日間で9社 10ポジションに応募しました。その中の2社は規模が大きく給料も2割ほど上がる本命ですが、ほかの7社は条件次第という心持ちでした。

大きな動きがあったのは4月15日。本命2社のうち1社から電話があり、4月26日にZoom面接を設定してもらえました。3人のマネジャーと40分間話しましたが、やや微妙な感触。5月2日には同じ会社の別ポジションのリクルーターから連絡があり、5月4日に面接できることに。こちらは一対一で手応えも抜群でした。

どちらかのポジションに採用されたらいいなと考えていた矢先、5月16日に内定の知らせが舞い込みました。聞くと、最初に面接をした3人のマネジャーが、僕のことを気に入ってくれたそう。すぐにオファーレターも届きました。給料は10~18%増の希望を伝えていたのですが、なんとそのマックスの額! それに加え、サイン・オン・ボーナスとして1万ドルも付けてもらえたので文句なしです。オフィスは家から車で5分と近く、会社の規模も世界有数。即断でサインをし、翌日には勤めていた会社に辞表を提出しました。

結果だけ聞くとスムーズだったように思えるかもしれませんが、実際は苦労が多く、失敗もいくつかしてしまった今回の転職活動。次回は、経験からの学びをシェアしたいと思います  

アメリカン・ショートヘアのルイ&トミー編〜うちのペット自慢

🐈アメリカン・ショートヘアのルイ&トミー編🐈

わが家に来たばかりの頃。右がトミーで、左がルイ

双 子 の 男 の 子 で 共 に2021年 3月24日生まれ。わが家に引き取ったのは2021年 8月のことだ。家族でシアトルに移住して3 年が経ち、生活に慣れてきたところで、妹が猫を飼いたいと言い出した。最初は反対した親も、「ちゃんと猫の世話をできるなら」と条件付きで許可し、経済面は兄の僕がサポートすることに。妹が全米の保護施設の猫を調べ、「ひと目ぼれした!」と選んだのがこの2 匹。テキサス州のスリー・リトル・ピティーズ・レスキューという団体によって保護されており、双子をペアで引き取って欲しいとの要望から、2 匹とも受け入れることにした。

名前は、猫の毛色に合うイメージのアパレル・ブランドが由来。腹部が白いトミー(ヒルフィガー)、そして茶トラのルイ(ヴィトン)だ。トラックで数日かけてシアトルまで来た疲れもあったのか、最初の数日間は2 匹ともベッドの下から出てくることはなかった。特に焦らせることはせず、トイレと餌を近くに準備して待つと、1 週間後には怖がらずに表へ出て来るようになった。

庭に設置した猫ハウス。最近では毎日、外で1時間くらいを過ごす​

子猫時代は3キロもなかった2匹だが、よく食べ、よく運動するうちにぐんぐん成長し、そろそろ2 歳を迎える現在は8キロを超える。やんちゃな盛りで、空の段ボール箱をちぎり倒したり、部屋からイヤホンやペンを盗んでいったりは日常茶飯事。最近は庭に作った猫ハウスの中で、外に見えるウサギや鳥を見てはうれしそうにはしゃいでいる。

人間とコミュニケーションも取れるおりこうさんで、「ご飯が欲しい」、「 外 に出して 」などのメッセージは誰にでも伝わるクオリティーだ。しかし、どんどん大きくなるにつれ行動力が増し、玄関に置いてあった靴をいつの間にか2階まで運んでいるときなどは、少々恐怖を覚えることも。すくすくと育っているのはうれしいが、そろそろ少年時代を卒業して、落ち着きのある大人猫になって欲しいとも思う。

​​2匹は常に一緒。たまにけんかをすることもあるが、いつも隣同士で眠っている

(JJ/ボセル)

転職を決断したきっかけ〜科学者JJの就活日記Vol.5

転職を考えるようになったのは、ちょうど1年前のことでした。社会人1年目にして労働環境や待遇は満足の行くもので、製薬会社のため、ほぼラボの中で缶詰状態ではあったものの、新卒としてはこの上ない仕事だったと今でも感じます。ではなぜ、こんなホワイトな職場をたった1年で去る決断をしたのか?

まず、一つ目の理由としては、モチベーションの低下でした。作業自体は楽ちんで、4カ月ほどでほとんどの仕事を自分ひとりでこなせるようになっていたので、毎日がその繰り返し。僕は常に刺激が欲しいタイプの人間なので退屈してしまい、いつも仕事外のことばかり考えていました。

二つ目の理由は、20年同じポジションで働いている先輩からの言葉でした。「この仕事は楽に安定した収入を得るには良いけれど、若者は1年で学ぶだけ学んだらほかに移るべき」と、アドバイスをもらいました。その先輩はこれまでも僕のような若者をたくさん見てきて、実際に早い段階で転職し、キャリアを築いているのを知っているようでした。

三つ目の理由は、給料。僕は実家暮らしでバイトをしていたこともあり、当時もらっていた額で十分だったのですが、ほかの製薬会社では同じポジションでも2割増しといううわさは聞いていました。せっかくなら給料は高いほうがうれしい。履歴書の見栄えに影響するので、少なくとも1年は同じ会社で働いたほうが良いと判断し、勤務1年を迎える6月に照準を合わせて転職活動を始めました。

1・2月はネットワーキングと情報収集。3月末からは3週間の有休消化も兼ねて、4年ぶりに日本へ遊びに行き、日本の友人たちと久しぶりに集まってキャリアの話などもしながら転職へのモチベーションを上げることができました。そして、4・5月には出願や面接などに取り組むことになるのですが、具体的な内容については次回に書きたいと思います。

これは余談ですけれど、製薬会社でのフルタイム勤務に加えてバイトをしていたのは日本食レストランでした。サーバーとして平均週3回のシフトで入っていて、チップ収入もかなりあります。本職ではインフレ調整として5.5%の年収アップ、そして3月の給与査定で少し昇給を勝ち取り、辞める頃には最初に提示された年収の11%増しに。バイトからの収入を合計すると、税金が差し引かれる前ではおよそ7、8万ドルの年収で社会人1年目を終えたことになります。これが転職後にどう変化していくのか、乞うご期待!

社会人生活がスタート〜科学者JJの就活日記Vol. 4

これにグローブが追加で
フル装備となる

前回も書いた通り、製薬会社に新卒で入ったのは2021年6月のことでした。緊張はあったものの、課題や試験に追われる学生生活からやっと解放された喜びのほうが大きかったのを覚えています。今回はそんな社会人1年目を振り返っていきます。

まず、僕がこの会社で採用されたポジション、プロダクション・ケミストの仕事について説明します。新型コロナウイルスやHIV(ヒト免疫不全ウイルス)などの疫病の有無を検知する診断機器を開発していた会社だったので、僕らケミストはラボでそれらに必要な化学溶液・化学混合物を生成するのが役目でした。少しのズレで患者の偽陽性・陰性が出てしまう可能性があるため、ラボの中ではとにかく無菌の環境をキープすることと、丁寧に仕事をすることが求められました。夏でも長ズボン、全身を覆う白衣、ヘアカバー、シューカバー、実験用グローブに実験メガネと常にフル装備で、ラボに缶詰となります。

そう聞くと、大変そうな仕事だなと思うかもしれませんが、実際はかなり楽でした。と言うのも、僕の所属していたチームはマネジャー1人、化学者6人の少人数体制で、タスクさえ終われば良いスタイルだったため、タイムカードもなし。多くの製造は午前中に終わらせる必要があり、朝は早めの7時半出勤でしたが、その分、午後2時半前後には帰宅できていました。

1日の流れとしては、(1)前日に準備しておいた製造のプロセスを朝から始める、(2)途中で待ち時間が発生するため、30分ほどコーヒー休憩、(3)重要な工程を終わらせ、午前11時頃までにはひと段落、(4)昼食休憩を1時間〜1時間半ほど、(5)関連書類の見直しと後片付け、(6)翌日の準備、(7)午後2時にマネジャーとミーティング、(8)帰宅、というもの。休憩を除いた労働時間は1日平均5時間程度で済みました。

もちろん、仕事中は集中力を要しますし、製造物によっては長時間拘束されることもあるのですが、それらを考慮してもストレスのたまらない環境でした。やりがいもあり、同僚も良い人ばかりで楽しい仕事ではあったのですが、いくつかの理由により転職を考え始めたのが2022年1月。次回はこの転職体験談をシェアしたいと思います。

新卒時の就活〜科学者JJの就活日記 Vol.3

ワシントン大学で生化学を専攻していた学部時代、卒業が明確に見えてきたのは2021年の年始でした。3月までの冬学期の授業も決まり、そのあとの6月までの春学期に授業を2コマ取れば終わり、というところまで来たため、本格的に就職活動を始めました。今回は、当時の体験を振り返りたいと思います。

それまで、自分の優先順位が1日も早い大学の卒業だったことと、情報やツテ不足もあり、研究やインターンなどの課外活動は特にしていませんでした。唯一、大学4年時に半年間、スーパーの品出しのアルバイトをしたのみ。とにかくやってみるしかないと、1月からシアトル近郊の製薬会社10社ほどに履歴書を出しましたが、残念なことに全て不採用。面接すらさせてもらえませんでした。

「時期が早過ぎたのかも?」と気を取り直し、履歴書を再度送り出したのは4月に入ってから。卒業予定日が6月8日だったので、残り2カ月で進路を決めなければと焦りが出始めました。約20社30ポジションに応募。やはり卒業間近となると採用数が多くなるのか、そのうちの数社から電話をもらえました。1社に関しては早めに面接を設定してもらい、4月9日に履歴書提出、22日に電話、26日にビデオ面接、29日に内定というスピーディーな展開に。晴れて就職先が決まりました。その後、他社からも連絡は来たものの、すでに1社目でもらった条件に満足していたため、考慮することはありませんでした。

その後のプロセスもスムーズに進み、卒業翌日の6月9日から働き始めることに。ちなみに内定したポジションは、正社員、年収4~6万ドル範囲内の「プロダクション・ケミスト(I)」。人生初の正社員としての内定、しかも卒業前に進路が決まったことで、とてもうれしく、安堵したのを今でも思い出します。

もちろん、インターンやラボの経験があればあるほど、就職活動で強みになることでしょう。しかし、ないものはないので、今自分が持っているもので挑んでみると、意外とチャンスをもらえるかもしれません。僕の場合、3カ国に移り住んできたことなど、適応能力、コミュニケーション力の高さを前面に押し出すことで、経験不足をカバーしました。皆さんにも何か自分の強みがあるはず! 自分を信じて挑戦し続けていきましょう。

次回は、その内定をもらった会社で働き始めてからの仕事内容やスケジュールについてシェアします✌️

専門分野を決める〜科学者JJの就活日記 vol.2

どうも、JJです。自分は現在、シアトル郊外の製薬会社で社会人をしていますが、1年前の春までは学生でした。高校時代、日本からアメリカへ1年間留学し、日本に戻って大学に入ったものの、最初の1年で中退して再び渡米。日本、アメリカと国をまたぎながら、専門分野の選択については悩み続けました。結局、製薬業界に絞ったわけですが、今回はそこに至るまでのプロセスをシェアできたらと思います。

日本では大学進学の際に理系か文系かを選ぶことが一般的です。アメリカの高校では幅広い分野の授業を取りましたが、僕はもともと化学に興味があり、数学も得意だったため、大学受験での第1志望は国立大学の理系学部とし、第2・第3志望は薬学部と国際教養学部に。無事合格したのは、薬学部と国際教養学部でした。浪人は考えていなかったので、「せっかく理系科目の勉強を頑張ってきたのだから」と薬学部への進学を決めました。

薬学部卒と聞くと薬剤師のイメージがあるかもしれませんが、製薬会社に就職する人も多くいます。僕は進路説明会や講演会などを通して製薬会社に引かれていました。ここで人生の大きな転機になったのは、家族のシアトル移住。大学の長期休暇にシアトルを訪れた際に、製薬業界で働くならアメリカのほうがチャンスは多いと感じました。そこでシアトルに来て大学に入り直したのです。

しかし、システムが異なるアメリカの大学でまた悩むことになりました。僕が通ったワシントン大学での学部決定は大学3年次。分野を大きく変えることも可能でしたが、その分卒業までに時間がかかります。ストレートで卒業したかった僕は、薬学部とも近い生化学を専攻しました。

ただ、次なる悩みが待っていました。学部の同級生は医師、薬剤師、歯科医など専門職を志望する人がほとんどで、製薬会社を志望する人は見当たらなかったのです。アメリカでの専門職は給料も社会的地位も高いので、目指す人が多いのは理解できます。何度もその流れに押されそうになりましたが、最終的には自分の興味を信じて製薬会社に入りました。

この業界に飛び込んで1年少し。今のところ自分の選択に全く後悔はありません。一度きりの人生、これからも決断をし続けていくしかない。どんな決断をしても、自分の選んだ道が最善と信じて、歩み続けていくことが、幸せな人生の秘訣なのかなとも思います。皆さんも決断に悩み過ぎずに前を向いていきましょう! ではまた次回✌️

目指せ、長距離ランナー! 10キロレースに参加してみた 〜それ行け!やってみ隊

 陸上経験はない素人ながら、駅伝や世界陸上などをテレビで観ては長距離ランナーに憧れを抱いてきました。一念発起し、初めて参加したエバレットでの10キロレースをレポートします。

取材・文:ジェジュン・ジョン 

レース当日までの備え

今回挑戦したのは、7月2日にエバレットのランガス・リバーフロント公園で開催されたレースの10キロコース。もともと週に2回ほど5~10キロをジョギングしていたが、度重なる軽いけがに加え、運動自粛中の体重増加によって、ここ数カ月はほとんど走れていなかった。太り続ける自分の身体に危機感を持ち、「このままではマズい」と半ば強制的に走るため、レースに申し込んだ。
それが開催5日前のこと。さすがに練習なしでは臨めないので、すぐ準備に取りかかった。4日前には、3時間にわたるウォーキングで足が故障していないことを確認。3日前はゆっくりなペースで10キロをジョギングした。そして2日前に少しペースを上げて5キロを走る。前日は足を休ませることに専念し、当日を迎えた。
レースのスタート時刻は朝8時半で、予想気温は16℃。身体を温めるために朝6時半に起床し、外で20分ほど軽くジョギングを行う。朝食はリンゴ1個と水分補給のみ。会場に着いて受け付けを済ませ、開始までの30分をストレッチなどの準備をして過ごした。

川沿いで走るのは気持ちが良い

ランガス・リバーフロント公園でのレースは毎月第1土曜日に行われ、男女別に5キロか10キロかを選ぶことができる。参加者は50人までと少なめに設定されており、各部門でトップ3に入ると特別表彰を受けられる。
いよいよレースが始まると、事前準備のおかげかコンディションは良かったので、いかにも速そうなオジサンの後ろを付いて行くことにした。しかし、そのオジサンは序盤からかなりのスピードを出していたため、途中で厳しいと判断して、ペースを少し落とす。ちょうど1マイル地点だったが、筆者のタイムは7分2秒。10キロ自己最速はマイル7分12秒のペースのため、少々飛ばし過ぎていたことになる。

レース会場のランガス・リバーフロント公園

このハッスルがあだとなり、2~6マイル目はマイル7分20秒台で推移。前のオジサンは4マイル目以降で見えなくなった。ただ、後ろにも人は見えず、そのまま単独2位のポジションをキープ。結果、合計タイム45分11秒で、10キロ全体での参加者13人中2位でゴールした。
目標は特になかったが、人生初の10キロレースでマイル7分16秒を記録。過去練習時の自己最速には届かなかったものの、完走できたことは自信になった。

​​今後に向けてのトレーニング

例のオジサンは42分台でゴールし、優勝。レース後、これからのトレーニングについてアドバイスをもらった。オジサンによれば、練習時に本気で走るのは2割で良いらしい。8割はゆっくりジョギングをすることがおすすめだそう。若いうちは練習で毎回レースのスピードで走っても故障しないかもしれないが、けがをしてしまうリスクは年齢と共に高まる。いつも全力で走ってしまい、シンスプリントや足底筋膜炎に悩まされていた筆者にとって、かなり有意義な情報だった。

レース後にウェブサイトから賞状をプリントアウトすることも可能!​
全員の結果と自分の順位などをウェブサイトから確認
参加者全員にメダルが配られ、各部門3位以内に入ると封筒がもらえる

早速、レース日の夜に10キロを軽くジョギング。翌日の夜にはランニングマシンで自己最長となる25キロの距離を、マイル10分弱というスローペースで2時間半を走り切った。これからもゆっくり10~30キロほどを走って持久力を養いながら、時たま全力で5〜20キロを走り、少しずつスピードを上げられたらと思う。いずれはフルマラソンにもチャレンジしてみたいもの。まずはステップ・バイ・ステップだ。

ワシントン州内では、ほかにもさまざまなレースが開催。「ロード・レース・ランナー」のウェブサイト(www.roadracerunner.com/races/runningcalendar/?state=wa)などで調べることができる

Medal Madness 5K & 10K at Langus Riverfront Park

日程:毎月第1土曜日(次回開催:8月6日8:30am)
場所:Langus Riverfront Park
   400 Smith Island Rd., Everett, WA 98201
参加費:5キロ$25、10キロ$30
問い合わせ:k.rungirl@gmail.com
詳細:https://runsignup.com/Race/WA/Everett/LangusAugust62022?aflt_token=8FRrHKCyTmmWZWJ0DnBV0rjxumUsKinJ


 

自己紹介〜化学者JJの就活日記vol1

皆さん、初めまして。イニシャルを取って、JJの呼び名で定着している僕の出身地は韓国。両親共に韓国人です。日本には5歳から19歳まで合計14年ほど住んでいました。幼稚園年長から大学1年まで教育を受けたので、得意な言語は日本語。文化的にもかなり日本に染まっています。現在は23歳で、4年前に家族でシアトルに移住しました。

日本の大学の薬学部を1年で中退し、シアトルのコミュニティー・カレッジを経て、編入したワシントン大学を昨年6月に無事卒業。専攻は生化学(Biochemistry)で、卒業後の就職先はシアトル郊外の製薬会社に決まりました。このコラムのタイトル通り、これから僕の過去・現在・将来の就職活動内容を皆さんにシェアしていく予定です。僕のようなアメリカの製薬業界にいる日本語話者が発信する側に回ることで、何か有益な情報や面白い話を提供できるのではと考えています。

「もうすでに就職して会社で働いているのに就活の話?」と思われるかもしれませんが、アメリカの製薬業界では転職が頻繁に行われていて、職があっても「いつでも就活中」と言えます。コラムでは化学者の日常や仕事環境など、日々の様子も書いていくつもりです。

具体的には、大学4年で就活を始め、最初の会社から内定をもらった時の経験談ほか、そこで1年間、化学者として働いてみて学んだことや感じたことなど。ちょうど次の会社への転職もこの6月でかないましたので、そのことについてもいずれ書きたいと思っています。また、これは需要次第になりますが、社会に出たばかりの23歳独身ということで、経験不足の若者ならではの視点で恋愛を含むリアルなアメリカ生活の話も……?

グリーンカードを持っており、留学生の就活とは少し状況が異なりますが、何か参考になる情報や、皆さんに笑顔になってもらえるようなエピソードをお届けできたらうれしいです。こんなことを書いて欲しいという要望や、このコラムに対する感想などがあれば、info@soysource.test-alba.comまでぜひ連絡をください。では、また次回のコラムで