Loading...  0%

Author: 窪田 進一朗

北米報知社記者インターン。2018年に早稲田大学卒業後、同年9月からシアトルに留学中。趣味のボディビルは大学在学中から続けており、シアトルで行われた大会にも参加し た。メディアへの就職を考え、北米報知社で修行中。

弾丸!グランドサークル&カジノ旅 ラスベガス(アメリカ・ネバダ州)

弾丸!グランドサークル&カジノ旅
ラスベガス(アメリカ・ネバダ州)

飛行機を降りると、目に飛び込んできたのはスロットマシン。別名「シン・シティー」の名が示す通り、ラスベガスは玄関口まで欲望があふれてきているらしい? 世界有数の歓楽都市、ラスベガスに加え、アメリカが誇る自然遺産を訪れました。

取材・文:窪田進一朗

自然の神秘が織りなす絶景

早朝にラスベガスからツアー会社の車に乗り込み、アンテロープ・キャニオンへ。これは、時折起きる鉄砲水が大地を削った跡だ。激しい鉄砲水は、雨や風と違い、岩を丸くは削らない。大人がやっとすれ違えるほどの幅しかない谷の両壁に水がぶつかり、水の流れは複雑さを増しながら谷を進んでいく。その結果、波打つような壁面が出来上がる。赤い岩肌、青い空、ところどころにある緑の鮮やかなコントラストを見ていると、アメリカ人の色彩感覚の原点の1つではないかと思えた。カメラを持参した私はここだけで300枚近くの写真を撮った。

フォトジェニックなアンテロープ・キャニオン

次に向かったのはホースシュー・ベンド。駐車場で車を降り、荒野を15分ほど歩くと到着する。ちょうど太陽の沈むタイミング。オレンジ色の日光が差し込み、地面から盛り上がった地層の凹凸をよりはっきりとさせていた。崖から下を覗き込むと、馬蹄型に曲がった川が見える。乾いた大地に水を運ぶ自然の仕組みを感じた。

夕陽を浴びて光輝くホースシュー・ベンド

大人のテーマパーク

以前、ラスベガスについて知り合いが「あそこは大人のディズニーランドだ」と言っていた。カジノのイメージしかなかったが、行って納得。ジェットコースターや派手なホテルとレストランは、それぞれがアトラクションのようだった。カジノでひと勝負、の前にダウンタウンに寄ってみる。

ラスベガスならではのエンターテインメントが目白押し

現在、ラスベガスで栄えているのはストリップと呼ばれるエリアで、ダウンタウンはいわば旧市街。老舗のカジノとホテルが連なるストリートの至るところで、DJやパフォーマーが観光客を呼び込んでいた。

夕食後、いざカジノへ。しかし、私は賭け事をしない主義である。ゲームもせず、麻雀牌を触ったのも牌で神経衰弱をしたときだけ。鴨がネギを背負ってやって来たわけである。

同行した友人に勝ち方を教えてもらい、ブラックジャックをやる。2時間ほど遊んでマイナス10ドル。負けはしたものの雰囲気を味わえたので良しとしたい。その日、40ドルほど勝った友人にタコスをおごってもらい、小旅行は終わった。

ボディビル大会に出場してみた!

 

ボディビル大会に出場!

アメリカと言えばマッチョ!シアトルは筋肉よりも知的なイメージの都市ですが、それでも日本と比べると多くの大会が開かれています。そして、春から夏は大会シーズン。トレーニ ング歴3年のソイソース記者インターンが、4月20日にアーリントンで行われた「ワシントン 州ナチュラル・ピュージェット・サウンド・プロ・アム」に初めて出場しました!

取材・文:窪田進一朗

ボディビル競技にはいくつかの部門がある。違いを簡潔に言うと、マッチョの中のマッチョがボディビル、マッチョの中の細マッチョがフィジークだ。今回参加したのは、このフィジークのアマチュア部門。フィジークでは逆三角形の体型が重視され、アスレチックな体が理想となる。

会場となったバイネス・パフォーミング・アー ツ・センターには、プロ・アマチュア合わせて80人ほどのアスリートが集まった。多くはシアトル近郊からの参加だが、隣のオレゴン州、そのまた隣のカリフォルニア州からの参加者もいた。

朝から始まった大会。出番は午後2時頃だったので、午前中は会場で試合観戦をすることにした。日本のボディビル大会では「腹筋板チョコ!」、「そこまで絞るには眠れない夜もあっただろ!」など独特なかけ声も大会の見どころ(?)のひとつだが、アメリカではそこまで凝ってはいない。「グレート・ポーズ!」や「グッジョブ!」などの声援が周りから聞こえた。

昼を過ぎると控室のムードも変わってくる。リラックスして試合観戦していたところから一転、参加者は黙々と栄養補給やポーズの確認をし始める。ステージに出る直前、ス テージ裏にはダンベルやチューブが用意さ れ、選手たちはそれぞれウォーミングアップをして試合に臨む。

いよいよ出番となるステージ裏の風景

いよいよステージに登る時が来た!ステージでは3つある規定のポーズを順番に何度も取る。その間、全身の力を抜かないようにキープしなければならない。目の前には300人ほどの観客。背中が何度もつりそうになるのをこらえながら、なんとか頑張った。

全ての部門の審査が終わると、結果発表と表彰式に移る。出番が最後だったので、ステージ上での興奮が冷めないまま発表の瞬間を迎えた。そして、肝心の成績はというと…… 全く歯が立たなかった。もう2、3年鍛え直して、また挑戦してみたい。

4月30日のマリナーズ対カブスの試合を観戦 え?イチローがインストラクター就任!

4月30日のマリナーズ対カブスの試合を観戦
え?イチローがインストラクター就任!

取材・文:窪田進一朗

晴天に恵まれたTモバ イルパーク

シアトル・マリナーズ対シカゴ・カブス戦が4月30日、Tモバイルパークで行われた。試合にはフェリックス・ヘルナンデス投手が先発として登板するも、マリナーズは接戦の末に敗れた。

試合は両チーム共に序盤・中盤と点を取り合い、逆転し合う展開となった。5-4とマリナーズが勝ち越していた8回表、カブスのカイル・シュワーバ−選手の放ったホームランによって逆転された。マリナーズはその後、点を取り返すことができずに試合は5-6で終了した。

この日登板のヘルナンデス投手の名を冠した席

球団は同日、引退を発表したイチロー氏のインストラクター就任を発表。イチロー氏はケン・グリフィーJr.氏やエドガー・マルティネス氏などマリナーズで活躍した選手らと共に球団を裏から支える立場となった。今後、イチロー氏は、これまでの19年間のメジャーリーグ経験を生かし、マリナーズと球団傘下のマイナーリーグ・チーム、タコマ・レイニアーズの打撃・外野守備・走塁の指導に当たる。

スコット・サービス監督は就任に関して「強力なサポート体制を得た。就任はイチローの人生にとって大きな変化だ」と述べた。就任は同日付だったものの、イチロー氏はその日、試合前のグラウンド練習に姿を見せることはなかった。

日米野球界のヒーロー われらがイチロー!

「ありがとう、イチロー!頼んだぞ、菊池」後編
日米野球界のヒーロー われらがイチロー!

 

シアトルでのイチロー選手の活躍ぶりは本誌でもたびたび取り上げてきました。過去の誌面と共に、イチロー選手の米大リーグ人生を振り返ります。偉大な記録や独特の「イチロー語録」は、皆さんの心にもきっと残っているはず。

取材・文:窪田進一朗

2000 年

イチロー選手のマリナーズ入団が正式決定。2000年12月10日号では「マリナーズ正式入団徹底ドキュメント」と題し、巻頭4ページで特集。入団会見での一問一答やシアトルに住む日本人の反応などが掲載された。

2001 年

メジャー1年目のシーズンで当時歴代9位となる242安打を記録。新人王・MVP・ゴールデングラブ賞など数々の賞を獲得した。

2002 年

シーズン200安打を達成。オールスターファン投票でトップ選出される。

2003 年

シーズン200安打の記録を更新。3年連続オールスターにトップ選出。スター選手の地位を確立。

2004 年

日米通算2,000安打を達成。262安打を打ち、メジャー歴代シーズン最多安打記録を更新。2004年3月25日号はシーズン開幕前から特集を組み、活躍に期待を寄せていた。

2005 年

メジャー通算1,000安打を達成。シーズン200安打の記録も更新。

2006 年

200安打の記録を更新すると共に、初開催のWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)に参加。日本はWBCチャンピオンとなった。

2007 年

シーズン後のFA(フリーエージェント)を公言していたが、7月にマリナーズとの契約更新を発表。他球団や日本という選択肢もあったはずだが、「シアトルに残ってくれという言葉がいちばん重かった」とコメントしている。

2008 年

両リーグトップタイの213安打を記録。打率3割・30盗塁・ゴールデングラブ賞など各記録を更新。

2009 年

シーズン開幕前に行われたWBC第2回大会では、決勝で劇的なタイムリーヒットを打ち、逆転優勝。WBC後に疲労によって一時故障者リストに入るが、メジャー通算2,000安打・シーズン225安打を記録。

2010 年

ピート・ローズ氏と並ぶメジャーリーグ歴代1位タイ、10年連続シーズン200安打を記録。10年連続でオールスターに選出された。周りが出場を当たり前と思うのではという記者の質問に、イチロー選手は「僕は思わないです」と答えた。

10年連続200安打を達成し、表彰を受けるイチロー選手(『北米報知』2010年10月6日号より)

2011 年

球団最多安打記録であるメジャー通算2,248安打を更新するも、200安打には届かず、記録が途絶えてしまう。

2012 年

7月にシーズン途中でのニューヨーク・ヤンキース移籍を発表。2012年8月10日号では「イチローへ贈る言葉」として別れを惜しむ地元ファンの声を掲載した。

2013 年

ヤンキースとの契約を更新。8月に日米通算4,000安打に到達。

2014 年

引き続きヤンキースに所属し、打率.284を記録。

2015 年

1月にマイアミ・マーリンズへの移籍を発表。シーズン最終戦では投手を務めるなどサプライズも。

2016 年

6月に日米通算でピート・ローズ氏の持つ最多安打記録を更新。8月には史上30人目のメジャー通算3,000安打を達成する。

2017年

メジャー最高齢での試合出場記録を更新。シーズン後、マーリンズを退団。

2018年

マリナーズ復帰が決定。開幕戦には4万7,000人のファンが詰めかける。5月に会長付特別補佐となることが発表される。姉妹紙『北米報知』で復帰会見について掲載。

2019年

3月に東京で行われたシーズン開幕戦2試合に出場したあと、現役引退を発表。選手生活に終止符を打つ。

マリナーズのユニフォームを着ての「引退試合」。イチロー選手は、これからもシアトルの誇り。

 

ありがとうイチロー。たくさんの感動をありがとうございました。

前編は、「新生 T モバイルパークに菊池投手登場!」です。前編を読む…

マリナーズ・レポート2019 ありがとう、イチロー!頼んだぞ、菊池

米大リーグ開幕・シアトル・マリナーズ
ありがとう、イチロー!頼んだぞ、菊池

 

日本開催となったシアトル・マリナーズのシーズン開幕2連戦。東京ドームでの対オークランド・アスレチックス戦第2試合後、イチロー選手は現役引退を発表しました。またその日は、マリナーズに移籍した菊池雄星投手メジャー初登板の日でした。以下、菊池投手のメジャー・デビューの模様をレポートすると共に、イチロー選手のメジャー・デビューからの足跡をまとめました。

取材・文:窪田進一朗

 

新生Tモバイルパークに菊池投手登場!

 

サインも新しくなったばかりのTモバイルパーク

本拠地開幕戦の3月28日、試合前のセレモニーではシアトル出身の人気ラッパー、マックルモアが登場し、会場を盛り上げた。選手たちは名前が呼ばれると、グラウンドに敷かれたTモバイルのイメージカラーを使った「ピンクカーペット」を通って入場。もちろん、菊池選手の姿もあった。ボストン・レッドソックスの先攻で始まった試合では序盤、マリナーズが1回、2回と失点を許し、流れがレッドソックスに傾いたかと思われた。しかし、直後の2回裏のマリナーズの攻撃で、ティム・ベッカム選手の打球がレフトスタンドに吸い込まれると、球場はファンの歓声で揺れ、それまでの雰囲気も一掃された。そこから打線が爆発したマリナーズは5本のホームランを打ち、12 得点で快勝。球場に駆けつけた多くの地元ファン達を喜ばせた。

菊池投手、アメリカ初登板

菊池投手は3月29日、対レッドソックス戦に先発として登板。日本でのシーズン開幕戦に続き、アメリカで初登板となった菊池投手は6回を好投したが、チームは勝利を逃した結果に。前日には大量得点となったマリナーズ打線は初回から2本のホームランを打ち、菊池投手が降板した6回終了時点で6-3と、連勝できるかと思われた。しかし、抑えの選手陣が2本のホームランを打たれ逆転された。ファンたちの必死の応援もむなしく、6-7で試合は終了。菊池投手は試合後の会見で、本拠地シアトルでの初登板に関して「楽しみにしていたゲームだったし、一球一球楽しく投げられた。アメリカに来たんだ、ここで結果を出すんだという実感が湧いた」と話した。

 

初登板記者会見での菊池投手のコメント

アメリカ初登板の試合の感想

自信を持てる部分と、また(前シーズン優勝したボストン・レッドソックスという)世界一のチームの強さを実感した試合。プレッシャーは特になく、緊張よりも早く投げたいとい う気持ちだった。2度目の試合にはなるが、改めてアメリカで始めるという気持ちになった。

入場曲はシアトル出身のニルヴァーナ

自分では決めていなかった。自分で選んだということにしておいてください(笑)。

ホームランを打たれたこと

2本とも少し甘く入ったボールを完璧に捉えられた。力があるなと感じた。指にかかった良いボールも多かったので、そこは自信にしたい。1打席目のボガーツ選手に対しては、取りに行ったボールをあそこまで飛ばされて、置きに行くボールというのは強打者は見逃してくれないと感じたし、2本目は2アウトを取った後、ここからもう1度勢いをつけようと思ったボールが中に入ってしまい、そこを捉えられた。

ホームラン後に空振り三振を奪ったこと

マリナーズ・ファンの声援が後押ししてくれた。長打を打たれてしまうと、流れを渡すことになる。普段からできる限り三振を取って流れを切りたいと思っていた。結果的にそうなって良かった。

先発の役割を果たしたという評価について

前回、ストライク先行のカウントを作れず、いっぱいいっぱいのピッチングになってしまったので、そこを修正したいと思っていた。今日、無四球で行けて反省を生かせた。アメリカに来てから、左ピッチャーはみんなストレートが速いので磨いていかなければ。球速自体はは93.94マイル(約151キロ)だが、差し込めるボールも出てきていて、次につながる。指にかかったボールなら抑えられるという自信が付いた。

5回の併殺の場面

特に左バッターのアウトコースに関しては、見逃し三振はなかなか難しいと最初の段階で思った。そこは力でなんとか差し込みたいという風に切り替えた。あまりコースをきちきち狙わずに力で押したいと思いながら投げていた。

データと実戦での感じの違い

前回はレポート通りに投げられなかったが、今日はカーブでもストライクを取れていた。レポート通りに投げられれば崩せると感じたボールもあった。まずはデータを大事にしつつ、そこに投げ切ることも意識していきたい。

試合を通しての相手と自分の変化

バッターの慣れはある。スライダーだけでなく、カーブ、ストレートなど厳しくないボールでもフライを打ってくれる場面も出てきている。空振りが取れればベストだが、トータルで 考えているので気にしていない。自分も初めて投げるバッターだし、相手にとっても初めて打つピッチャーだと思う。データも重視しつつ、自分の球にどう反応しているか感じ取って柔軟に対応する。よそ向きのピッチングだけはしないように、自分の軸をしっかり持っていきたい。


降板後の逆転について

日本でもそうしていたが、自分の役割をきっちり全うして、その後応援することしかできない。今日も同じ気持ちで見ていた。負けてしまったことより充実感を感じている。レッド ソックスの強力打線を相手にするのを楽しみにしていたし、次につながる収穫も得られた。1イニング、1アウトでも多く取りたいという気持ちはあった。ただ、チーム方針や監督の意向もあるし、まだルーキーのピッチャーなので、もう1イニング行かせてもらえるよう、監督やコーチに信頼してもらえる成績を今後残していきたい。

 

後編は、「日米野球界のヒーロー、われらがイチロー!」です。

静岡県人会の新年会 SNAP SHOT 2019

SNAP SHOT 2019 APR 

静岡県人会の新年会

静岡県人会会長のリリアン・ハヤシさん

4月7日、シアトル静岡県人会が主催する新年会に参加。同会メンバーのほか、シアトルにある沖縄、福岡、熊本の各県人会、カナダのバンクーバー静岡県人会からの参加者も。皆さんとおしゃべりしながら、おいしい中華をいただき、充実した夜でした。(K)

SNAP SHOT 次回もお楽しみに!