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Author: 中山 栞

2019年9月、渡米。シアトル留学を通して国際報道に興味を持ち、関連する仕事に就けるよう奮闘中。趣味は旅行(特に東南アジア)とスポーツ観戦(特にバスケットボール、野球)。体を動かすことが好きで、ランニングにもハマっている。

アジアン・カウンセリング・アンド・リファーラル・サービス

アジア太平洋系の移民や難民をサポートする
アジアン・カウンセリング・アンド・リファーラル・サービス

アジアン・カウンセリング・アンド・リファーラル・サービス(ACRS)は、経済的または社会的に困窮するアジア太平洋系移民や難民を、彼らの母語を使い援助する非営利団体。創立当初の活動の中心だったメンタルヘルス・カウンセリングほか、フードバンクによる食糧の支給、職業訓練などの経済的自立を促すサポート、シニアケア、チャイルドケアなど、多岐にわたる人道支援も行います。2018年まで事務局長を務めたダイアン・ナラサキさんに活動内容を自身のルーツと共に紹介してもらいました。

オフィスビルの前で撮影したACRSスタッフの集合写真

多様な文化を理解したカウンセリング

ACRSは、若いアジア系カウンセラーやソーシャルワーカーの草の根の活動として1973年に始まった。創立メンバーには、多くの日系アメリカ人の名前が並ぶ。ワシントン大学ソーシャルワーク学部で教授を務めていたトニー・イシサカさんもそのひとり。「トニーは、患者の文化的背景を踏まえ、母語でカウンセリングをする大切さをよく理解していました」と、ダイアンさんは振り返る。それまでは英語のみで白人文化を前提としたカウンセリングしかなく、「必要としているのにカウンセリングに足を運べなかったり、もしくは文化的背景の違いから誤診を受けて余計に状況を悪くしてしまったりするリスクがありました」とダイアンさんは説明する。大学で教壇に立つ一方で、若者をACRSのカウンセラーやソーシャルワーカーにと呼び込み、教育者としてACRSに貢献し続けたトニーさんは昨年に他界。東南アジアからシアトルへ移住した難民が自らソーシャルワーカーとして働き、自分たちのコミュニティーをサポートできるように導く訓練プログラムを開発するなど、多くの功績を残した。

コロナ禍でも続けられるボランティアやスタッフによるフードバンク運営

「もうひとり、日系のスーザン・トミタは、ACRSで最初のカウンセラーです」と、ダイアンさん。「スーザンは、シアトルで長い歴史を持つ日本人教会のブレーン・メモリアル・ユナイテッド・メソジスト教会の一室で無料カウンセリングを始めました」。ソーシャルワーカーとして博士号を取得し、ハーバービュー・メディカル・センターに勤めていたスーザンさんは、アジア人のカウンセリング患者が少ないことに疑問を抱いた同じく日系のリンドバーグ・サタ医師の勧めで、この取り組みを開始。足を運びやすいように日本茶を用意して待っていたところ、数週間後にようやくひとりの日本人女性が相談に訪れた。次第にアジア系の利用者が増えていき、その後のACRSとしての活動につながっていった。

最も必要とする人へ手を差し伸べる

現在では、40言語以上をカバーする280人のスタッフが、毎年3万5,000人ほどを支援するACRS。ダイアンさんはACRSについて、「ソーシャル・ジャスティスに基づいて、社会的に弱い立場にある移民や難民の人々の文化を理解し、アジア太平洋系の多様な言語で人道的支援を行う、アメリカ国内でも珍しい団体」と表現する。母国で平和な生活を送ることができずにシアトルへ移住した難民から、国際離婚でシングルマザーとして生活している女性まで、多様な背景で援助を必要とする人々をサポートしている。

「ACRSはもともと、黒人の公民権運動に触発されて起こったシアトルのアジア系アメリカ人公民権運動を背景に生まれました」。ダイアンさんの事務局長在任中に、ACRSの活動はアドボカシー分野にも広げられた。「ソーシャル・ジャスティスへの取り組みとして、市民参加プログラムを立ち上げて多文化多言語のアドボカシー活動を行いました」。民主主義の国であるアメリカで選挙や市民活動を通じて政治参加することは自分たちを守るためにも大切で、マイノリティーにとっては公民権運動を通して勝ち取ってきた権利だ。一方で、難民として母国から逃れてきた人々は、政治参加することで身の危険につながるのではという恐怖心を持っているケースも多い。ACRSは、難民としてシアトルへ移住した人々を、アメリカ市民権が取得できるようにサポートしたり、選挙について啓蒙して政治参加を促したりもしている。

ACRSに欠かせないボランティアの活動

「スタッフ、ボード・メンバー、ボランティア、そしてアジア太平洋系コミュニティーのリーダーたちの協力があって、ACRSのプロジェクトが成立してきました」と、ダイアンさんは語る。ACRSでは毎年、約1,000人ものボランティアが約70万時間活動している。

昨年には、スターバックス財団と非営利団体のポイント・オブ・ライト・ザ・ミッションの協力で、ACRSのコミュニティー農園でボランティアが堆肥箱を作るプロジェクトが行われた。この農園で育てられた野菜や米はボランティアの手で袋詰めされ、ACRSのフードバンクに提供された。また、選挙期間に英語を母語としない有権者へ電話をして選挙情報を伝えて投票を促すプログラム(GOTV)には、昨年の州選挙期間も中国語、スペイン語、フィリピン語、ベトナム語、韓国語など10以上の言語と方言を使う多くのボランティアが参加した。ボランティアに参加する多くの学生も、こうした活動を通して、コミュニティーを代表するリーダーへ成長していくのだろう。

マイノリティーの正義を守るために

2019年のファンドレイジング・イベントで、現ACRS事務局長のマイケル・ピョンさんと話すダイアンさん(写真右)

ダイアンさんの母方の祖母は、英語も上手に話せない中、日本町で安ホテルを営んで家計を支えたが、戦時下の日系人収容で築いた財産を全て失った。父親はカリフォルニア州生まれの3世で、家族全員が強制収容所へ送られ、自身は日系アメリカ人部隊として知られる第442連隊に加わり、ヨーロッパ戦線で戦った。「ファシズムからヨーロッパの人々を解放するため、そしてアメリカの強制から家族を解放するための戦いでした」と、ダイアンさん。両親からは、人々は皆が平等であること、自分たちのために正義と信念を貫くことの大切さを教えられたと話す。「こうした家族の歴史と、1960年代の公民権運動が高まる時代に育ったことが影響して、アジア系アメリカ人のコミュニティー・エンパワーメントに従事する道へ進みました」

ダイアンさんは、1980年代にはJACLメンバーとして強制収容の謝罪と補償を求める運動に参加。また、強制収容に抗議をしたゴードン・ヒラバヤシ氏の有罪判決を覆した再審を求める活動委員会の一員でもあった。ダイアンさんの活動は、日系やアジア系にとどまらず、多様なマイノリティー・コミュニティーの地位向上に向かっている。「ACRSの取り組みは、アジア系、ネイティブ・アメリカン、労働者、女性、LGBTQコミュニティー、難民などあらゆるマイノリティーの正義を守るための活動の一環です」とダイアンさんは語る。自身の信念とソーシャル・ジャスティスを貫くダイアンさんの姿は、現在も多くの活動家に影響を与えている。

ダイアン・ナラサキ(Diane Narasaki)■シアトルで生まれ育つ。2018年までACRS事務局長を務める。

Asian Counseling and Referral Service (ACRS)
☎206-695-7600 info@acrs.org https://acrs.org

 

取材を終えて

ACRSのフードバンクでボランティアをしたことをきっかけにACRSを知り、「アジア人だけでなく、他のさまざまなマイノリティー・コミュニティーに手を差し伸べる取り組み」に感激した。カウンセラーによる草の根の活動から始まったからこそ、社会的に弱い立場の人を決して見捨てない信念がある。ダイアンさんの、「多文化で多言語を持つスタッフやボランティア同士が共に働く機会こそ特権」と語った言葉がとても印象に残った。私自身、ボランティア参加を通して、ACRSがコミュニティーとより深くつながっている側面をより感じることができたように思う。


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フードバンクでボランティア体験!

コロナ禍で食糧事情ががらりと様変わりしたアメリカ。以前から貧富の格差が大きな社会問題となっていましたが、あらゆるビジネスの突然の休業や廃業で仕事がなくなり、日々の食べ物も足りていない生活困窮者が続出しています。そんな中、注目されているのがフードバンクの存在。シアトル留学中のインターン生が、実際にボランティアを行いながら、現状を探ってきました。

取材・文・写真:中山 栞

そもそもフードバンクとは?

 経済的に困っている低所得者向けに無料で食べ物を提供・配布する非営利団体、フードバンク。企業や農家などから、売れ残った食べ物を大量廃棄する代わりに寄付してもらうことで、食糧危機を救うだけでなく、環境問題への取り組みにもつながる画期的なシステムだ。近年は、スターバックスが米国内の直営店7,600店で売れ残った商品を全てフードバンクに提供するなど、さらに話題を集めている。食べ物を受け取るための条件は特になく、低所得者に限らず誰でも申請可能。コロナ禍において庶民の強い味方となっている。

 フードバンク利用者は昨年の2倍に増え、ワシントン州では4月時点で160万人以上となっている。また、コロナ禍により食事がままならない生活困窮者は220万人にも上り、飢餓率は4%から13%に上昇。失業者や減収世帯の増加の影響が出ていると見られる。

アジア系コミュニティーをサポートするフードバンク

 シアトルではアジア系コミュニティー向けのフードバンクも存在する。非営利団体のアジアン・カウンセリング・アンド・リファーラル・サービス(ACRS)では、アジア系食材を取り扱うフードバンクをワシントン州で唯一定期開催し、毎週水曜日から金曜日までオープン。
日本人にはうれしい豆腐や米なども提供している。現場で働くボランティアも、アジア人が多いのが特徴だ。サポートを受ける側も、文化や言語の背景をわかってくれているという安心感がある。ACRSはフードバンク以外にも、教育、家庭内暴力(DV)、メンタルヘルスなどの諸問題の解決に向けてさまざまな取り組みやサービスを実施しており、シアトルのアジア系住民の生活を支えている。

ボランティアで体験したフードバンクでの作業

 フードバンクでは、ボランティアとひと口に言っても、多くの種類がある。私は新型コロナの影響で必要になった新たなボランティアとして参加した。コロナ前は、インターナショナル・ディストリクトにあるACRS事務所で、人々が列を作り、食べ物を受け取っていた。しかし、このコロナ渦では、人との接触、混雑を避ける必要がある。そのため、希望者のひとりひとりに配達する形式に変更された。そこで新たに募集されたのが、配達に携わるボランティアだ。

食べ物は紙袋に詰めた状態で配達される。

すぐに食べられる総菜ではなく、自炊向けの野菜や米などが中心

 まず、ACRSの事務所に大量に届いた段ボール箱、紙袋の中身を確認する。個数は日によって異なるため、正確に数えて本部に伝えなければならない。数えているうちに、事務所の前にバスが並び出す。数え終わったら、待機中のバスの運転手とリストを見ながら、届ける世帯数と食べ物の照らし合わせを行う。ここで数の不一致があると、配達時に運転手の困惑を招くため、正確性を要する。英語を話さない運転手も多いので、お互いに配慮しながら確認作業を進めていく。

 次に、確認した個数分を倉庫からバスへ積み込む。倉庫に台車はあるものの、台車からバスに載せるのは手作業だ。食べ物がぎっしり入った袋はせいぜい2、3キロの重さではあるが、全体で600個ほどになり、往復で次々やって来るバスに詰め込む作業はかなりの重労働。最後に、個数の最終確認を慎重に行い、午前中のボランティアは終了となる。

配達するバス運転手や事務所スタッフの声

 あるバスの運転手は「いつも水曜日は40、50世帯をバスで回って配達しているよ。週によってバスの台数は違い、全部で12台くらい。バスの運転手は、それぞれ配達先のリストを持っていて、事務所の前に並んで、食べ物を受け取るんだ」と話してくれた。

事務所の前に次々と並ぶバス。コロナ禍の今は、食べ物が家に直接届けられる

また、ここで働いて1年半になる事務所スタッフにも話を聞いた。新型コロナの影響について尋ねると、「コロナ禍で急にシステムが変わり、最初は困惑したよ。運転手も全員が英語を話せるわけではないからね。事前に配達先と個数が記載されたリストで確認していても、配達時に数が合わないことはよくあるんだ。コロナ前は事務所に直接来てもらって配布していて、足りなくてもすぐに倉庫から補充できたから、そこまで数の正確性を考えなくて済んだのに」と、戸惑いを隠せない様子だ。

ボランティア体験は今ならリモートでも可能

 非営利団体であるACRSは、ボランティアの力を常に必要としている。ホームページを通して、誰でもボランティア登録ができるようになっている。コロナ禍で人との接触を避けたい人向けに、リモートで作業できるボランティアもある。

 現場では、学生ボランティアの姿も多く見られた。ACRSでのボランティアは、アジア系コミュニティーの人たちと交流を図るのに良い機会となる。困難な時期にこそ、コミュニティーの力を合わせることは大切。困っている人の支援になるだけでなく、自身のコミュニティーを広げることにもつながる。今だからこそできる社会貢献のひとつとして、考えてみてはいかがだろう。

Asian Counseling and Referral Service
3639 Martin Luther King Jr. Way S., Seattle, WA 98144
☎206-695-7600、info@acrs.org
https://acrs.org

その他のシアトル近郊にあるフードバンク

 

ユニバーシティー・ディストリクト・フードバンク
週4日、ウォークインによるフードバンク利用が可能。シアトル北東部の郵便番号、98102、98103、98105、98112、98115、98125地域の居住者が対象。食品だけでなく、粉ミルク、おむつ、ペットフードなども提供。宅配サービスの申請も受け付ける。

University District Food Bank
場所:5017 Roosevelt Way NE., Seattle, WA 98105
営業時間:月9am〜3pm、火11am〜8pm、木11am〜8pm、金11am〜4pm、土9am〜12pm
問い合わせ:☎206-523-7060 
詳細: www.udistrictfoodbank.org

ウエスト・シアトル・フードバンク
食品、ペットフードその他を、ウエスト・シアトルの郵便番号、98106、98116、98126、98136地域の居住家族に配布。1世帯当たり週1回の利用が可能。約70〜100世帯への宅配サービスもボランティアにより提供されている。

West Seattle Food Bank
場所:3419 SW. Morgan St., Seattle, WA 98126
営業時間:水10am〜3pm、木9am〜2pm、金10am〜2pm ※55歳以上のシニアのみ火9pm〜1pm
問い合わせ:☎206-932-9023
詳細:https://westseattlefoodbank.org

パイク・マーケット・フードバンク
郵便番号が98101、98104、98121地域のダウンタウン居住者対象。また、同エリア内のホームレスの人々にも食品を提供している。営業時間中に週1回、食品を受け取り可能。

Pike Market Food Bank
場所:1531 Western Ave., Seattle, WA 98101
営業時間:火9:30am〜3pm、水3pm〜7pm、木9:30am〜3pm
問い合わせ:☎ 206-626-6462
詳細:www.pmfb.org

ホープリンク
ベルビューの中でも知名度の高いフードバンク。事前に登録をすると月に2回、食品を受け取ることができる。配達を行うボランティアもいる。郵便番号が98004、98005、98006、98007、98008、98009、98015、98039、98040地域の住民が対象。

Hopelink
場所:14812 Main St., Bellevue, WA 98007
営業時間:火12pm〜4pm、水3pm〜7pm、木10am〜2pm
問い合わせ:☎ 425-943-7555
詳細:www.hopelink.org/location/bellevue-food-bank-and-emergency-services

リニューアル・フードバンク
新型コロナ感染拡大防止のため、食品は屋外での引き渡しとなっている。新鮮な果物や野菜はあらかじめ袋詰めされており、外で待機する利用者が希望する食品を伝えると、ボランティアのスタッフが持って来てくれる。

Renewal Food Bank
場所:Highland Covenant Church
         15022 Bel-Red Rd., Bellevue, WA 98007
営業時間:月10am〜1pm、火4pm〜6:30 pm、水10am〜1pm
問い合わせ:☎ 425-736-8132
詳細:http://renewalfoodbank.com

留学生の目から見た シアトルのBLM運動

5月25日にミネソタ州ミネアポリスで警察の身柄拘束時に起きたアフリカ系米国人死亡事件の動画がSNSで世界中に拡散し、シアトルを含め抗議デモが頻発。破壊、略奪、暴動が起こり、一時的に夜間外出禁止令発動までに至ったシアトルでは、キャピトルヒル周辺6ブロックが警察を排除した自治区になるなど混乱が続きました。シアトル・セントラル・カレッジ留学生でもあるソイソース記者インターンが、BLM運動についてさまざまな立場からの声を集めました。

取材・文・写真:中山 栞

シアトルで起こったBLM運動関連の動き

5月29日(金) 警察拘束中にジョージ・フロイドさんが死亡した事件の発生を受けて抗議の声が上がり、警察改革を求めてシアトル、ベルビューなどでもデモが始まる。週明けに、一部暴徒化したデモ隊により破壊された街をボランティアが清掃して回った。
5月30日(土) シアトルで夜間外出禁止令が発動。以降、各地で約1週間にわたり外出禁止令が出される。
6月1日(月) キャピトルヒルで警察とデモ隊が衝突。警察が催涙スプレーを使用し、デモ隊が傘で避けるなど攻防が続いた。
6月5日(金) ジェニー・ダーカン市長が警察の30日間の催涙スプレー禁止を発表。翌日から警察は護身用の唐辛子スプレーなどで代用。
6月8日(月) キャピトルヒルで警察不在の自治区としてCHAZ(後CHOPに改称)というコミュニティーが出現。フードコートや医療センターも設置される。
6月9日(火) ダーカン市長辞任を求め数百人のデモ隊が一時的にシアトル市役所を占拠。
6月12日(金) 6万人規模の抗議集会がビーコンヒルで平和的に開催される。マスク、ソーシャル・ディスタンシングなど衛生対策も取られた。
6月20日(土)
~23日(火)
CHOP付近で4件の発砲事件発生。19歳の少年が死亡。CHOPから大半のデモ隊退去。
6月29日(月)
~7月1日(水)
CHOP内で発砲により16歳の少年が死亡。残りのデモ隊も警察により強制排除、一部逮捕された。

 

 「Black Lives Matter」とは?

 「BLM(Back Lives Matter)」は、2012年にフロリダ州サンフォードで起きたトレイボン・マーティンさん死亡事件を機に生まれたスローガン。17歳のトレイボンさんがコンビニでの買い物から帰る途中、自警団を名乗る男と口論になり射殺された。しかし、加害者は自己防衛が認められて無罪に。加害者の白人に有利な判決について、まるで被害者の黒人の命は大して重要ではないように扱われていると抗議の声が上がり、3人の女性が「#BlackLivesMatter」のハッシュタグを使うようになったのが始まり。本来は「私たちは同様に生きる価値がある」という意味合いで使われていたが、今では人種に関係なく、アフリカ系米国人のために行動を起こすときに使用される傾向がある。

6月12日、抗議集会の会場であるジェファーソン公園を目指すデモ隊。ほとんどの人がマスクを着用している

  みんなはBLM運動についてどう思っている?
  気になる本音をインタビュー!

抗議デモに参加したフィリピン出身のシアトル・セントラル・カレッジ留学生 E・Dさん

—抗議デモに参加したのはどうして?

ひとりの活動家として、抗議デモに参加するのは当然だと思ったし、これはアフリカ系米国人コミュニティーだけの問題ではなく、私たち自身も戦うべきこと。個人的に彼らのコニュニティーとのつながりを感じていて、以前一緒に生活したことがあるし、大切な家族もいる。彼らを守っていきたいと強く感じていることが、今回行動したいちばんの理由かな。警察との根深い問題を終わらせる必要性を感じるわ。

—BLM運動に関わる組織に入っているの?

特定の組織に属してはいないの。抗議デモは誰でも気軽に参加できるものだから、組織は関係なく、自分の気持ち次第。ただ、興味はあるから、BLM運動を支える団体や組織については知っているよ。

—実際に参加してどうだった?

デモ隊は自分たちの思いをプラカードに載せ、街を静かに練り歩く。それを見る人々は、さまざまなメッセージを受け取る

正直、暴力的な抗議デモについては、アフリカ系米国人コミュニティーを思うと胸が痛い。実際に、ベルビュー・スクエア周辺で略奪や破壊を目にしたので、その光景は今でも忘れられない。私の場合、よりいっそう彼らのコミュニティーのために戦っていきたいというエネルギーに変わった。

興味はあったが試験期間中で抗議デモに参加しなかったワシントン大学に通う大学生 N.Wさん

今回の抗議デモ一連の報道を通して、警察の正義の捉え方に不信感を抱きました。警察は人を更生させ、社会復帰をサポートするのが任務。人種に関わらず、人の命を危険にさらしてはいけない。自宅に突然押し入った警察の勘違いによる発砲で寝ていた恋人の命を奪われた男性もいる。この事件を思うと今でもつらい。

コロナ禍で帰国できずにいる中国出身のワシントン大学留学生 Y.Sさん

抗議デモ自体は、彼らが声を上げる場となり、アフリカ系米国人コミュニティーのために結束力を高める、とても意味のあるものだと思う。ただ、その思いを利用し、関係のない人たちが店に押し入り、略奪し、意味もなく街を破壊すること、平和的なデモを乗っ取ることは許せない。

アフリカ系米国人で異文化理解のための授業を行うシアトル・セントラル・カレッジ人文学部教授 A・Hさん

社会制度の圧力を終わらせるしか解決策はない。教育者として、世界がどうしてこのような体制になったか、その根本はどこにあるのか、学生が理解できるように最善を尽くしている。授業だけにとどまるのではなく、コミュニティーの中でも同様に取り組む必要がある。私たちがすべきことは、少しでも今の状態から前進できるように、マイノリティー・コミュニティーを率いて行動することだと思う。

BLM運動を支援するために私ができること

シアトル・セントラル・カレッジ学長は学生たちに次のようなメッセージを送った。

「アフリカ系米国人への暴力に対し、学生ひとりひとりが意識を高めることが、終止符を打つための取り組みのひとつになる。正義と平等の実現に向け、全員が一丸となって、この根深い暴力を止めるべく一翼を担って欲しい」

雨の中、傘を差しながら約6万人が平和的に行進を続けた。車が来たら一旦停止するなど、交通安全を守る姿も見られた

アメリカに来るまで、人種差別は過去の話だと思っていた。同じ感覚を持つ日本人は少なくないかもしれない。しかし、そんな自分の考えはとても浅はかであることを目の当たりにした。根深い差別が今も続いており、報道されるケースは一部に過ぎず、最近になってSNSにより警察の闇がようやく明るみになったことを知った。

 ジョージ・フロイドさんの死後、人種差別に関する本が売れたり、辞書に載る人種差別の定義が変わったりと、少しずつ前進しているように感じる。3月13日にケンタッキー州ルイビルで起きたブレオナ・テイラーさん事件も、今になって報道で大きく取り上げられるようになった。この事件の概要を知った時は言葉を失った。就寝中に警察が押し入り、発砲を受けた無実の女性が命を落としながら、発砲した警官は逮捕されていない。社会制度が人の命の価値を判断している現実を突き付けられる。

 今、この問題について考えないまま日本に帰ってはいけない気がした。彼らを支えるため、自分には何ができるだろうか。何をしたら良いかわからない人のために、さまざまなサポート方法が紹介されている日本語サイト(https://blmjapan.carrd.co)を見つけた。BLM運動を支援する団体へ個人で寄付することもできる。8ドルから気軽に署名活動が可能とわかり、筆者もブレオナ・テイラーさんの署名活動をしてみた。1回限りでも毎月でも、寄付の回数を選べる。たとえ小額でも今回だけでなく永続的に自分のメッセージを発信することに意義を感じた。

 日本人は人種差別への意識が低いと言われる。帰国すれば、おそらく自分も多数派として暮らすうちに意識が薄れていくようになるのだと思う。ただ、毎月8ドルを寄付することで、今の気持ちを思い出すことができれば、人種差別への意識を保てるのではないか。私にできるのは、彼らと関係を持ち続けることだと考えている。

コロナ禍のアメリカで聞いた 外国人留学生・現地大学生の声

多くの民族コミュニティーが共存するシアトル。だからこそ日本人だけではなく他国籍の留学生や現地の大学生が、このコロナ禍でどのように感じているのか理解しておきたいところ。自宅待機を求められ、オンライン授業が始まって約2カ月が経ち、彼らが今感じることとは? 現役留学生である本誌記者インターンが生の声をレポートします。

取材・文:中山 栞
写真:加藤良子

アジア人差別の被害が多く報告されているインターナショナル・ディストリクト、チャイナタウン界隈。そんな中で、シニア層に無料で食料を配布するなど心温まる取り組みもある。コミュニティーや組織が互いに協力し合い、パンデミック後に繁栄を取り戻せるよう祈るばかりだ

インタビューに答えてくれた学生たち

名前 出身地 大学在籍年数 大学名 性別
Sally 中国 2年 ワシントン大学(留学中)
L.P アメリカ 4年 ワシントン大学(編入)
C.W サイパン島 3クオーター シアトル・セントラル・カレッジ(留学中)
AC 中国 1年 シアトル・セントラル・カレッジ(留学中)

 

●新型コロナの影響であなたの生活はどう変わりましたか?

Sally:オンライン授業が始まりました。友人と出かけられないのが辛い。以前の生活のペースに戻したいけれど難しい。

L.P:カフェなどに行けなくなったことかな。お金の節約にはなっても全く行けないとなると精神的にきつい。学校に通わず、友人に会うこともないので、オンライン授業だけではストレスがたまって課題に行き詰まることも。今は運動したり、解決策を自分の中で見出すようにしたり、いろいろ試しているところです。でも、経済的に困っているわけではないので、自分は恵まれていると思います。

●何か困っていることはありますか?

Sally:感染予防については、全てのことにおいて気を付けるようにしています。時々、国籍のこともあり、地元の人々とどのようにコミュニケーションを図ればいいのかわからなくなり、困ることがあります。

L.P:症状が重症化する場合もあるため、感染しないか心配。まだ決定ではないけれど8月に向けてウエディング・パーティーを準備しているので、先が見えない中で延期を含めどうするか、いろいろ考えさせられます。

C.W:シアトル・セントラル・カレッジからワシントン大学に編入予定です。だけど、この状況下できちんとできるか心配です。

●コロナ禍を経験したことで気持ちの変化、気付きなどがあれば教えてください。

Sally:自分のことは自分で守らないといけない。コロナ禍を通して、自分に厳しくしようという意識が高まったように思います。

L.P:正直、このような状況下で規則正しい生活を送れていることが驚き。最初はストレスをため込み過ぎることを心配していたけれど、なんとかうまくいっています。辛抱強く待つことを学んだかな。

AC:ウイルスのことになると、きちんと予防・対策するよりもむしろ、SNSの情報を信じ込んでいる人が多いことに気付かされました。

アンケートを通して感じた、お互いを思いやる大切さ

同じ中国からの留学生男女2人では、それぞれ新型コロナに対する見方が違うようだ。ただ、やはり意識は高い。特に女性の言葉の端々に、コロナ禍によって生じた「生きづらさ」や「責任感」を感じずにはいられなかった。同じアジア人として、私たちも差別の対象になることがあるからこそ、お互いの気持ちを共有し、一緒に乗り越えていきたい。また、アメリカ出身の現地大学生の意見からは、このような時だからこそ、ストレスとの向き合い方が大切だと感じた。ストレス解消法を自身で見出し、気持ちをコントロールすることが相手への思いやりにつながり、社会全体で恐怖や過度なストレスが緩和されることでアジア系コミュニティーに対する差別が減るのではないか。

徐々にロックダウンの緩和を行う中でも感染はあとを絶たず、高い失業率が続くアメリカ。アジア人差別が多発し、ここシアトルでも複数の事件が報告されている。国籍や文化が違う分、お互いを完全に理解することはできないかもしれない。しかし、相手の立場に立ち、思いを共有することはできる。これからのアメリカは、ひとりひとりの行動によって大きく変わる。だからこそ、お互いを尊重し、思いやりを持って行動していかなければならないと改めて思った。

留学生としてコロナを体験して~アメリカに残って感じたこと~ 

  コロナ禍でシアトル留学生が見た現実  

春休みの過ごし方をガラッと変えた突然の自宅待機命令

留学生活を始めて約半年が経った3月15日、ワシントン州で不要不急の外出を制限する規制について発表された。大学の授業も終盤に差しかかり、いちばん忙しくなる学期末試験の時期だった。全ての授業が急きょオンラインに切り替えられた。

ほとんど人が歩いていない閑散とした商店街とは対照的に花々は美しく咲き誇り、こんな状況下でも春の訪れを感じさせてくれる

イレギュラー対応の迅速さに感心したのを覚えている。ようやく怒濤どとうのテスト週間が落ち着いた頃には、アメリカが中国、イタリアを抜き、感染者数最多となっていた。

3月23日には州内で自宅待機命令が出され、春のクオーターも全てオンライン授業となった。アメリカにいてもできることは限られる。この状態がいつまで続くか不透明な状況下で、帰国を選ぶ留学生が多いのもうなずける。スーパーなどでアジア人に対する差別もある今、残る選択するほうが覚悟のいることかもしれない。私自身が差別にあったわけではないが、買い物中、白人男性が中国人店員に向かって声を荒げている場面を目にしたことがある。明日はわが身であると思うと、食料を買いに行くことすら億劫に感じる。アジア系コミュニティーが発達したシアトルでさえ起こっているのだから、アジア人が少ない地域に行けば、より顕著に人種差別があるだろう。そうした地域の留学生は、どのような思いで春休みを過ごしただろうか。

自分たちの身にも起こり得ることだと日本人にわかって欲しい

このコロナ禍を経験していちばん身に染みたのは、日本とアメリカでの「意識」の違いである。外出自粛により、家付近の商店街はすっかり活気がなくなってしまった。スーパーの前には以前に増してホームレスの人々の姿がある。そんな中、久しぶりに日本の友人に連絡を取った。日本はちょうど春分の日の3連休で、多くの人々が国内旅行に出かけ、飲食店は普段通りのにぎわいがあるらしい。驚いたことに、「コロナ疲れ」という言葉が広まり、ほとんどの日本人が「コロナは終わった」と感じていたというのだ。翌週になっても、「週末のみ外出自粛」という提示からか、平日には大勢が花見に訪れ、百貨店もいっそう混雑していたそう。どうしてここまでの違いが生まれるのだろうか。若者だけでなく、多くの日本人が「海の向こう側で起きていること」と感じているように思えた。4月16日には、全都道府県に非常事態宣言が出されたが遅きに失した感は否めない。アメリカや諸外国でのロックダウン時点で、ひとりひとりが真剣に向き合っていたら、ここまで感染者は増えなかったのではないか。

このパンデミックが私たちに教えてくれたこと

新型コロナウイルスによるこの悲劇が、日本人にとって海外報道の大切さに気付くきっかけとなれば、今後の日本の転機につながるのではないか。将来、国際報道に携わる仕事をしたいと考えている筆者にとっても、今回の危機は日本人の国際報道に対する意識について考える貴重な機会となった。留学生の人数も他のアジア人と比べて圧倒的に少なく、政治に無関心であることで世界的に有名な日本人が、国際情勢に目を向けるようになれば、この困難を乗り越えた先に見える景色が変わってくるのではないのだろうか。

台湾屋台料理をシアトルにいながら満喫

シアトルのローカル・ビジネスを「食」で応援! ソイソースのグルメ班が自分の舌で確かめたメニューを忖度なしで紹介する本誌連載コラム「この店、この味」拡大版をお届けします。シアトルと縁深い著名人が、これまでに食べた中から選んだマイベストの1品も併せてご紹介。テイクアウト、デリバリー利用ほか、ギフトカード購入可能な店もたくさんあります。

※掲載したメニュー、価格、時間などの内容は営業縮小などで変更される場合がありますことをご了承ください
※外出制限中の最新情報、詳細は各店舗へのお問い合わせ、またはウェブサイトやSNSでのご確認をお願いします。

グアパオ $5.95

台湾屋台料理をシアトルにいながら満喫  

「辛いものが好きなら絶対おすすめ」と台湾出身の友人に連れて行ってもらって以来ハマっているのが、ベルビューの台湾料理店、フェイシング・イーストの人気レシピによるパオだ。台湾の屋台ではおなじみのポークバーガーで、何と言っても肉の柔らかさが抜群。大量のパクチーも、パクチー好きにはたまらない。肉を挟むふわふわした蒸しパンは、甘辛いソースとベストマッチ。これが一見、肉まん風かと思えばまた違う、独特な味わいが口の中に広がる。辛さも決して辛過ぎず、ちょうどいい。1度食べるとまた食べたくなる。筆者は本店のフェイシング・イーストではなく、サウスレイクユニオンにオープンした姉妹店、Qqを専ら利用しているが、こちらはパオ以外に忙しい社会人もすぐに食べられる本格的な台湾料理のテイクアウト・メニューが豊富。デザート感覚で飲める、タピオカミルクティーなどのドリンクもそろう。フェイシング・イーストと併せて応援したい台湾料理店だ。(S)

Qq by Facing East   
2325 6th Ave., Seattle, WA 98121
営業時間:11:30am〜8pm
☎ 206-420-3408
https://qqbites.com
※一時休業中。詳細は公式Facebook(www.facebook.com/Qqtaiwanesebites/)にて。

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