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Author: 湯原 葉子

連想出版編集部が出版する ウェブマガジン「風」編集スタッフ。新書をテーマで連想検索する「新書マップ」に2004年の立ち上げ時から参加。 毎月刊行される教養系新書数十冊をチェックしている。 ウェブマガジン「風」では新書に関するコラムを執筆中。

高齢化・人口減少時代のまちづくり

┃高齢化・人口減少時代のまちづくり

『高齢ドライバー』
所 正文・小長谷陽子・伊藤安海
(文春新書)

高齢ドライバーによる交通事故が大きく報道されることが増えている。『高齢ドライバー』(所 正文・小長谷陽子・伊藤安海著、文春新書)は、急速に車社会へと転換した日本が抱える、「高齢ドライバー激増」という深刻な課題を取り上げる。高齢ドライバーの事故と聞くと、運転ミスや認知症の影響が第一に考えられがちだが、急な意識喪失、発作など健康要因からくるものもかなり多いという。しかし、これまで事故を起こした当事者の持病や健康状態に関しての調査・検証は十分ではなかった。同書では、事故を起こした高齢ドライバーの交通事故の特徴、発生要因を分析し、有効な対策を講じることが緊急の課題と主張している。

また、高齢ドライバーの身体能力、運転能力を機器を用いて定期的にチェックし、トレーニングやアドバイスを行う試みを紹介し、継続してトレーニングを受けている場合、運転能力の維持に効果があるという結果も出ている。

研究が進んでいる自動運転や運転支援技術など、高齢ドライバーの運転をより安全にするためのさまざまな方策や、運転免許証の自主返納を促す取り組みの効果も紹介する。欧米の先進諸国に比べて、急激に車社会となった日本は歩道の整備が遅れていて、「自動車優先社会」となってしまっていることも著者はこれからの課題として提示している。

日本の都市は、経済成長、人口増加、地価上昇という状況で戦後数十年成長し続けてきた。『人口減少時代の都市/成熟型のまちづくりへ』(諸富 徹著、中公新書)は、これから先に間違いなく訪れる、人口減少と急激な高齢化、低成長に直面する日本社会のさまざまな危機について考える。交通ネットワークや上下水道などの公共インフラ維持には膨大な費用がかかり、破産寸前の自治体も多い。人口減少を過度に恐れるのではなく、住み良い都市づくり再編の新しい機会が到来したとポジティブにとらえていくような、戦略的な「まちづくり」について検討する。

『QOLって何だろう』
医療とケアの生命倫理
小林亜津子
(ちくまプリマー新書)

『QOLって何だろう/医療とケアの生命倫理』(小林亜津子著、ちくまプリマー新書)で追求しているのは、「よく生きるとは何か」、人生100年時代に必須となる生命倫理の課題。最先端医療の恩恵をどの時代よりも享受できている現代の日本人は「幸せ」かどうか。医学の進歩、とくに延命医療の進歩そのものが、命の「質」とは何か、という葛藤をもたらすようになってきている。生きることの価値について、具体的に考えていくための入門書。

┃3.11後に考えるリスクへの備え

東日本大震災から7年、震災や原発事故に関する新書は激減しているが、2冊の関連書籍の発刊があった。『原発事故と「食」/市場・コミュニケーション・差別』(五十嵐泰正著、中公新書)は、3.11後の「食」を通じて、社会の分断がどう生じているかという非常にデリケートな問題を扱っている。

福島を始め、被災地の現状について関心は低下しているが、福島産品に付いて回る「何となく避けたい」というネガティブなイメージはそのまま定着してしまっている。福島県産食品の置かれた現状について分析し、リスク・コミュニケーションはどうあるべきだったのか、事故直後の報道などを振り返る。

著者は、内部被曝の影響を重視して食品の産地を選び、自主的な避難まで選択した人たちにとって、さまざまなコストを払って来た努力が、科学的にみれば必要ではなかったと、簡単には認められなくなっている場合も多いのではないか、と指摘する。そうした人たちに対して、「科学的事実」を振りかざして、数年間の努力を否定し、不安を切り捨てるようなスタンスで接するのは逆効果ではないか、とも語る。価値観が多様化する社会で、異なるリスク判断や異なるライフスタイルを持つ人同士、どう共生するべきかという観点から検討する。

『津波災害 増補版』
減災社会を築く
河田惠昭(岩波新書)

津波災害について最先端の情報を網羅しているのが『津波災害 増補版/減災社会を築く』(河田惠昭著、岩波新書)である。本書の旧版は2010年12月に刊行され、その約3カ月後に東日本大震災が起きた。津波災害の危険性について警鐘を鳴らした著者自身、「書いたことが現実に起こり、大きなショックを受けた」というくらいだ。3.11後に新たに得られたデータと調査研究を踏まえ、大津波についてそのメカニズムや被害の状況を書き加えている。南海トラフ巨大地震を始め、「必ず来る」と想定される大災害の被害を最小限にするにはどう備えていけば良いか、改めて読むべき1冊と言える。

※2018年2月刊行から

 

AI・ロボットに何をどこまで期待するか

┃民主主義の根幹をゆるがす公文書の軽視

『公文書問題』
日本の「闇」の核心
瀬畑 源著(集英社新書)

『公文書問題/日本の「闇」の核心』(瀬畑 源著、集英社新書)では、情報公開と公文書管理が「いかに大切か」「なぜ重要か」という根本について、歴史的経緯を踏まえて説明していく。公文書を軽んじ、重要事項決定のプロセスを隠蔽し、責任の所在を曖昧にするような事態が常態化することは、国民の知る権利を軽んじ、権力の暴走につながりかねない、と著者は強く警告する。公文書管理の問題は、民主主義の根本を支える重要な問題だということを実感する今、タイムリーな1冊だ。

『オリンピックと万博』
巨大イベントのデザイン史
暮沢剛巳著(ちくま新書)

『オリンピックと万博/巨大イベントのデザイン史』(暮沢剛巳著、ちくま新書)は、1964年東京オリンピック、1970年大阪万博というふたつの「国家的」巨大イベントを、デザインという観点から振り返る。戦後「デザイン」という概念がまだ定着していなかった日本が、高度成長期を迎えて短期間のうちに、建築、グラフィック・デザイン、プロダクト・デザインなど各分野で高い水準のデザインを実現できた背景を考察している。

2020年東京オリンピックでは、エンブレムとメイン・スタジアムというふたつの大規模な国際コンペが白紙撤回される結果となっている。著者は、このふたつの問題に共通しているのは、コンペで選出されたデザインが国民の広い支持を得られなかったこと、参加資格の制限などから選出の不透明さが感じられたこと、混乱後も責任の所在が曖昧にされたことなどを挙げている。21世紀において「万博」「オリンピック」という巨大イベントの存在意義とは何か、改めて問いただす。

パワハラ、モラハラ、セクハラなど、さまざまな用語でとらえられてきた「職場のいじめ・嫌がらせ」を、深刻な社会問題として考えるべき、と訴えているのが、『職場のハラスメント/なぜ起こり、どう対処すべきか』(大和田敢太著、中公新書)。著者は、ハラスメント規制の先進地域であるEU諸国の法整備についても詳しく、民間団体でのハラスメント相談活動に関わっているという。

「職場のいじめ・嫌がらせ」は、もはや労働者個人レベルのトラブルとして、あるいは個別の企業内での問題として捉えるべきではない、と主張する。職場のいじめ=「ハラスメント」は、企業経営に関わる構造的な問題となっている。社会的問題として「防止・規制」していくものと位置付け、企業の責任体制を明確にし、被害者の救済が可能な制度についても提言する。

┃AI・ロボットに何をどこまで期待するか

人工知能、AIについての話題は尽きない。AIは人間の役に立つのか、会話ができるようになるのか。抽象的な議論に終始しがちなAIについて、最新情報を踏まえて具体的に整理していくのが『誤解だらけの人工知能/ディープラーニングの限界と可能性』(田中 潤/松本健太郎著、光文社新書)。本書では、「2018年現時点」で、AIとは何か、何ができるのか、何ができないのかを簡潔に解説している。AIとは何か、という問いにはさまざまな見解があるが、著者の田中氏は、「2018年現在でのAIとはディープラーニング」であり、「ディープラーニング」を使って何かができるようになれば、それがAIだとシンプルに説明している。

現在「第三次」にある人工知能ブームを支える技術、「ディープラーニング」とは何か、人工知能の基礎的な部分やディープラーニングを始めとする機械学習での限界など、田中氏の専門的な言葉を「翻訳」する役割というもうひとりの著者、松本氏との簡潔で具体的な事例をもとにしたやり取りによって、わかりやすい解説になっている。「人工知能に仕事が奪われるという、根拠のない悲観論ではなく、次の5年、10年を見越して、国や日本企業は、AI関連の研究にもっと投資していくべきではないか」と主張している。

『ロボットが家にやってきたら…』
人間とAIの未来
遠藤 薫著(岩波ジュニア新書)

『ロボットが家にやってきたら…/人間とAIの未来』(遠藤 薫著、岩波ジュニア新書)はまさに、「ロボットが私たちの生活に入ってきたらどうなるか」という未来を考えていく1冊。欧米文化の中での「ロボット」と日本文化の中での「ロボット」の受容はどう異なるのか、近代以降の歴史を振り返る。その上で、これからロボットやAIという新しい「他者」との共生はどうあるべきかを、考察していく。著者は、日本のロボット技術は優れていても、これまで「ヒューマノイド型」にこだわり過ぎてきたのではないか、と指摘する。

著者は、もっとも現代的なロボットの姿として、歌声合成ソフトである〈初音ミク〉を挙げている。人型ロボットから一歩離れ、プログラムに従って歌うだけの、身体を持たない〈初音ミク〉をロボットとして見ることで、「ロボット」とは何かを改めて考えさせる。

※2018年2月刊行から

[新書で知る最新日本事情]

 

近代日本150年

┃近代日本150年

『近代日本一五〇年』
科学技術総力戦体制の破綻
山本義隆(岩波新書)

開国以来、西欧諸国に約50年遅れで、科学技術の進歩に基づき、生産力を増強して経済成長を追い求めて来た日本。『近代日本一五〇年/科学技術総力戦体制の破綻』(山本義隆著、岩波新書)は、科学技術の変遷からみる日本近現代史である。科学技術の進歩とそれに支えられた経済成長が、無条件に良いものであるという、日本人に長年刷り込まれた価値観。著者は今、それを見直すべき時にあるのではないか、という視点で近代日本の150年を振り返る。

福島第一原発の事故を機に、ドイツやイタリアなど「脱原発」を宣言する国も出ている。そんな中、当事者である日本はどうか。

「わが国の安全保障」、つまり広義での軍事目的を、原子力開発の目的として堂々と掲げられるように、「原子力基本法」の条文を追加している。日本の原子力開発の目的に、「潜在的核武装路線(その気になればいつでも核武装ができる)」がある、という見解を公言する政治家は、岸 信介元内閣総理大臣など、これまでにもいた。しかし、現政府はさらに踏み込んで、軍需産業を最大の成長戦略と位置づけ、財界も「日本経済の牽引車」と、公然と期待する。

大学には軍事研究への協力が要請されている。科学者は再び、「科学動員」に直面しているのだ。過去の戦争に対する「反省」への本気度が、今の科学者たちに、社会全体に問われている、と著者は強く警告している。

┃幕末・維新の連続性

『王政復古』
天皇と将軍の明治維新
久住真也(講談社現代新書)

『王政復古/天皇と将軍の明治維新』(久住真也著、講談社現代新書)は、王政復古は単なるクーデーターだったわけではない、という視点から幕末・維新の連続性を考察する1冊だ。江戸時代は、日本史上「政治から天皇を最も遠ざけていた時代」だという。天皇が政治君主として再び登場するまでに、宮中やその周辺で画策を続けた将軍、大名、公家、藩士、志士らの動きと思惑を描く。

『戦前日本のポピュリズム/日米戦争への道』(筒井清忠著、中公新書)は、著者が「日本において初めてポピュリズム現象が登場した事件」とする、1905年5月の日比谷焼き打ち事件を中心に、ポピュリズム現象が影響した日本史上のさまざまな事件を紹介する。今、世界でも日本でも問題となっている「ポピュリズム」とは何なのか、改めて考えさせられる。

『オッペケペー節と明治』
永嶺重敏(文春新書)

『オッペケペー節と明治』(永嶺重敏著、文春新書)で取り上げている「オッペケペー節」とは、明治期最大の流行歌のひとつである。政治批判や上流階級への批判、文明開化への風刺をうたう七五調の歌詞のあとに「オッペケペ、オッペケペ……」と、囃子ことばが付くというスタイルだ。旋律は、メロディーというよりは語り口調で、今でいうラップミュージックのようなものかもしれない。

この歌は替え歌も多数作られ、日本全国、津々浦々に広まった。本書では、今では廃れてしまったこの歌のルーツをたどり、オッペケペーという謎の言葉の語源などを調べると共に、この歌が大流行した明治20年代の社会背景を考察している。

この時期からは、活字文化も発達し始めた。それまでは文字を声に出して「音読」する、「声の文化」が主流だったが、この頃から人々は新聞、雑誌を黙読するようになり、「文字の文化」へと変化することになる。オッペケペー節の一大ブームを呼んだ時代が、その移行期にあったことも指摘している。

近年になって、あるアメリカ人研究者によって、オッペケペー節の音源が発見された。明治33年にパリ万博で川上音二郎一座が録音したそのレコードの音は、調査の結果、現存する日本人の声としては最古の録音だとわかったという。この音源を含むCDは1997年に東芝EMIから発売され、動画投稿サイトのYoutubeでもこの音源を聴くことができる。

※2018年1月刊行から

[新書で知る最新日本事情]

 

「失われた20年」と平成史

┃「失われた20年」と平成史

『1985年の無条件降伏』
プラザ合意とバブル
岡本 勉(光文社新書)

来年の天皇陛下退位の日をもって平成は31年で終わる。各分野で平成やその前後の現代史を振り返り総括する新書が、これから続々と刊行されるだろう。『1985年の無条件降伏/プラザ合意とバブル』(岡本 勉著、光文社新書)は、それまでの行き過ぎた円安を円高に転換する1985年の「プラザ合意」を、1945年の無条件降伏に続く日本現代史の第2の転換点と位置付ける。終戦からたった11年で戦前の経済水準にまで回復した日本が、バブル崩壊後は「失われた20年」と言われるほど長期不況から立ち直れなかったのはなぜか。プラザ合意からアベノミクスまでの30年、日本に何が起きていたのかを、新聞記者としての視点から振り返る。

『21世紀の長期停滞論/日本の「実感なき景気回復」を探る』(福田慎一著、平凡社新書)も、バブル期以降の日本経済の停滞とその背景について検討している。現在の日本経済の閉塞感をどう解消していくか、ヒントを探る。『平成デモクラシー史』(清水真人著、ちくま新書)の著者は日経新聞で政治部や経済部等、国政の最前を目撃してきたジャーナリスト。「政権交代」と「首相主導」をキーワードに、政党政治と政策決定の変容を記している。『平成トレンド史/これから日本人は何を買うのか?』(原田曜平著、角川新書)は、平成の30年間を6つの期間に分けて考察し、「経済」「消費」「トレンド」といった観点から時代の変化を「ざっくり」振り返る。価値観やライフスタイルの多様化が進んだ平成は、「昭和から脱して新しい時代になろうと必死でもがいた時代」では、と評している。次の元号の時代は「昭和のいいところを拾い直す時代」になるという著者の予想、果たしてどうか。

『9.11後の現代史』
酒井啓子(講談社現代新書)

「紛争やテロが多く危険な地域」と見なされがちな中東、アフリカ地域は何が起きて今この状態になったのか。『9.11後の現代史』(酒井啓子著、講談社現代新書)では、中東、とりわけイラクの政治を専門とする著者が、現代世界のさまざまな地域で9.11以降に起きているできごとを解説。他者を受け入れないこと、他者を追い出すこと、2つの「不寛容」が跋扈(ばっこ)している、と著者は指摘する。「自国ファースト」が蔓延する状況をどう乗り越えればよいかを考えていく。

┃未来を占う日本の諸問題

『技術の街道をゆく』(畑村洋太郎著、岩波新書)の著者は、大事故が起きた場合、関係者の責任追及だけで終わらせず原因を究明し、再発を防ぐために事故から学ぶ姿勢を大切にする「失敗学」の提唱者だ。福島第一原発の事故調査委員会の委員長も務めた。本書は、「技術力が高い」と言われてきた日本の技術が苦境に立たされているのはなぜか、その理由を探りにさまざまな生産現場を訪ね歩いてきた記録である。現場を大切にする著者が今、足繁く通うのは、紆余曲折の結果造ることになった八ッ場ダムの建設現場で、日本で造られる大きなダムはおそらくここが最後という。巨大ダムのコンクリートの最新工法から、話題は有田焼に使われる原料の石や技術へと飛んでいく。古来の技術が現代の最先端技術とつながっているのでは、という著者独特の発想力やアイデアは、もちろん長年蓄積された経験や知識あってのものだろう。

『英語教育の危機』
鳥飼玖美子(ちくま新書)

『英語教育の危機』(鳥飼玖美子著、ちくま新書)は、英語教育の専門家が学校英語教育を中心に、教育改革の方向性についての問題点を訴える。2020年から施行される新学習指導要領には、「中・高生は英語の授業は英語で行う」、教員養成は見切り発車でも「小学校から教科としての英語教育を導入」などの方針が含まれるが、現状よりさらに英語力の低下を招くなど深刻な「改悪」になると警告する。「世界はグローバル化している」という題目により、日本の英語教育は「グローバル化に対応する」ということを目標に改革を続けてきた。新学習指導要領もその方向だが、現実の国際社会ではグローバル化とは逆の方向に動き出している。先が不安定な「不確実性」の時代、これからの日本の教育に求められるものは何か、英語に限らず将来世代の育成を考えるために重要な視点を提供する。

『医者の逆説』(里見清一著、新潮新書)は、現役の医師が、医療に何を求め、何を諦めるべきかの解決策を考える。限られたコストと人的資源で、今のように最新医療の成果を享受し続け、子孫の世代に膨大なツケを押し付けている現状はどうにかしなくてはいけない。「命に値段はあるのか、その値段はたとえば年齢によって違うのか」「医療のコストを次世代に先送りしないために何を諦めるべきか」、こうした話をすると「医者にあるまじき発言」と非難されることもあるという。しかし、誰にも不利益が出ない形式だけの議論では解決にはならない。医者が言わなくて誰が言うのか、と「不愉快」な真実を訴え続けている。

※2018年1月刊行から

[新書で知る最新日本事情]

 

獣医学部と軍事研究

┃獣医学部と軍事研究

『科学者と軍事研究』
池内 了(岩波新書)

『科学者と軍事研究』(池内 了著、岩波新書)は、2016年6月刊行の『科学者と戦争』(岩波新書)のいわば続編。特に、軍事研究のターゲットとなっている工学系分野の研究者が置かれている実情について報告する。競争原理が厳しくなり、短期間で研究成果を問われることで常に心理的に追い詰められている彼らに対し、財政的な力で国家が優秀な科学者を軍事研究に参加させようと促す方策をとっている、と指摘する。ただし、著者らによる「軍学共同反対」運動が大学関係者に与えた影響もあるのか、防衛省は露骨な軍事化路線ではなく、産業界主導による「軍産学」の結びつき強化策など、巧妙な手法をとるようになっている。「科学と大学を取り巻く状況は非常に深刻であり、このままでは日本の学術全体の実力低下は確実」と警告している。

昨年大きな話題となった、獣医学部新設の件だが、これももしかすると軍事研究と絡むのではないか、と予想している。実際に調べていくと、新設される獣医学部の重要な役割として、「人獣共通感染症」対策や創薬のための「動物実験の重要性」がうたわれ、「生物化学兵器の実験・開発・対応」を担う役割が期待されている、という側面が見えてきたという。「軍事研究については、また続編を書かなければいけない」としている。

『日本軍兵士』
アジア・太平洋戦争の現実
吉田 裕(中公新書)

『日本軍兵士/アジア・太平洋戦争の現実』(吉田 裕著、中公新書)では、多くの部隊史や兵士の回想記といった一次資料をもとに「兵士の目線・立ち位置」からアジア・太平洋戦争を改めて振り返る。これまで戦記では語られることの少なかった、戦場での餓死、自殺、落伍していく傷病兵への「処置」(自決を勧告し、強制する)を克明につづる。また、戦争中に得たマラリヤ、水虫などに敗戦後何年にもわたり苦しめられていた人々や、覚せい剤中毒の深刻さについても伝えている。事実をもとに、日本軍兵士が「どのように死んでいったか」「どのような凄惨な体験を強いられていたか」をきわめて具体的に検証していく。

日本軍の戦闘力の過大評価、または日本陸海軍の「礼賛」を思わせる論調で、先の戦争を美化するかのような声が根強く上がる昨今の風潮を警戒し、こうした「死の現場」の報告を、繰り返し訴えていく必要がある、としている。

┃マスコミに登場する障がい者は「頑張る」か「かわいそう」

『目に見えない世界を歩く』
「全盲」のフィールドワーク
広瀬浩二郎(平凡社新書)

『目に見えない世界を歩く/「全盲」のフィー ルドワーク』(広瀬浩二郎著、平凡社新書)の著者は、13歳の時に失明し、「全盲のハンディを乗り越え」京都大学に進学、現在は民俗学博物館の准教授を務める文化人類学者。友人やボランティアの支援を得ながら学んでいた大学時代に、「目が見えなくてもできることを増やす努力や工夫には限界がある」と悟り、「目に見えない」世界を研究対象とすることにしたという。視覚情報を補うためだけではない、「さわる文化=触文化」の奥深さと豊かさを訴える。

パソコンの読み上げ機能の進化、インターネットの利用などで、点字を使わなくても情報収集が可能になってきた。その一方で、昨今深刻だと著者が感じている、視覚障がい者の「点字離れ」の現状にもふれている。マイノリティーからの発言・発信がなければ、社会を変えることはできないと、目が見えない自分にしかできない、知的生産の可能性を日々探っていくという。

同じく、マイノリティーから声を上げないと社会は変わらない!と「お笑い」という武器を使って声を上げ続けているのが、『考える障害者』(新潮新書)の著者、ホーキング青山氏。車イスのお笑い芸人としてデビューしてから20年以上になる著者は、先天性の難病により生まれた時から両手両足が使えない。

デビュー当時の障がい者への捉え方は、「聖人君子のように扱うもの」と、「厄介者」として扱うもの、この2つの両極端のものしかなかったという。この20年で、世間の障がい者への認識の何がどう変わったのか、変わっていないことは何か。なぜ障がい者は「気を遣われ」そこから「タブー」が生まれるのか。著者が「大事だけれどあまりふれられていない」と指摘するお金の問題も取り上げる。障がい者の暮らしについての「コスト」をどう考えるか、当事者以外にはなかなか踏み込めないところへ切り込んでいく。

※2017年12月刊行から

[新書で知る最新日本事情]

 

どこまで進む日本人の清潔志向

┃明治維新150年

『西郷隆盛』
手紙で読むその実像
川道麟太郎著(ちくま新書)

明治維新から150年となる2018年、NHK大河ドラマ「西郷どん」の主人公として注目を集めるのが、西郷隆盛。『西郷隆盛/手紙で読むその実像』(川道麟太郎著、ちくま新書)では、西郷自身が家族や親友に書いた手紙という「一次史料」に注目し、その生涯を綿密に読み解こうと試みる。

一時は「慶応の功臣にして明治の賊臣」だった西郷が、のちには再び忠君愛国の鑑として、また悲劇の英雄として扱われるようになる。これまでもその生涯について書かれた書籍は数多いが、激動の時代に生きた人物だからこそ、そこには虚偽や虚構、後世の歴史家によってゆがめられた事実も多いと著者は指摘する。歴史上の大人物ではなく、本名・西郷吉之助としての人物像にできるだけ近づこうとしている。

西郷については昔も今もなぜかいろいろな人が語りたがる。西郷はそれぞれの人の理想を託して語られる、「イメージ先行の男」ではないか、と評しているのが『徳川家が見た西郷隆盛の真実』(徳川宗英著、角川新書)の著者。50年の間に何度も名前を変え15も名前を持っていたという西郷の、「イメージ」の陰に隠れているさまざまな謎をどう見るか。田安徳川家第十一代当主という著者ならではの視点で、徳川家や島津家にまつわるエピソードを交えながら西郷隆盛の実像に迫る。

2018年は明治維新150年と並び、「蝦夷共和国 150年」でもある。『榎本武揚と明治維新/旧幕臣の描いた近代化』(黒瀧秀久著、岩波ジュニア新書)では、幕末の激動期にオランダに渡り海外の科学技術の最先端を学び、日本の近代化に大きな役割を果たした榎本武揚の生涯を学ぶ。榎本が夢見た「蝦夷共和国150年」とは何なのか。箱館戦争で敗れた後も、旧幕臣でありながら北海道開拓や殖産興業に大きな役割を果たすことができた要因は何なのか、その人物像に迫る。

┃どこまで進む日本人の清潔志向

『手を洗いすぎてはいけない』
超清潔志向が人類を滅ぼす
藤田紘一 郎著(光文社新書)

「消毒」「殺菌」「抗菌」「消臭」「除菌」をうたう商品 が次々と誕生し、目には見えない「バイ菌」への恐怖心をあおるテレビコマーシャルが頻繁に流される。日本人の「いきすぎた清潔志向」が年々過激になっていると指摘するのが『手を洗いすぎてはいけない/超清潔志向が人類を滅ぼす』(藤田紘一 郎著、光文社新書)。

著者は寄生虫学や免疫学の専門家。「健康のため」に多くの人が励行している、薬用せっけんによる手洗いやアルコール消毒などは、免疫力を下げ風邪をひきやすい身体をつくる元凶だと警告している。身の回りの菌は100%排除したい、などの「誤った」超清潔志向に陥っていないか、思い当たる節がある人は一読をおすすめしたい。

『ニッポンの肉食』
マタギから食肉処理施設まで
田中康弘著(ちくまプリマー新書)

明治時代になるまで、日本人は、肉を食べる文化がなかった、とはよく言われている。しかし、『ニッポンの肉食/マタギから食肉処理施設まで』(田中康弘著、ちくまプリマー新書)の著者は、日本人も太古の昔から普通に肉を食べていたことを紹介する。いまや完璧にシステム化されたウシ・ブタ・ニワトリなどの食肉処理と流通の現場。ジビエ・ブームにより注目を集めるようになったシカやイノシシ、ウサギといった野生獣の狩猟と解体の現場。ここ半世紀ほどで急激に変化を遂げた日本人の肉食文化を考察している。

『炎の牛肉教室!』(山本謙治著、講談社現代新書)は、すばり「牛肉」のみに焦点をあてた珍しい1 冊。「肉フェス」というイベントが各地で人気を集め、骨付きステーキ肉の専門店が激増している、空前の肉ブームだという。国産牛肉と輸入牛肉違い、牛肉のおいしさは何で決まるのか、ブランドと化した「黒毛和牛」の格付け問題などなど、知っているようで知らない牛肉のあれこれを語り尽くす。

ストーカーによる凶悪事件がマスメディアによって大きく報道されることが増えている。『ストーカー/「普通の人」がなぜ豹変するのか』(小早川明子著、中公新書ラクレ)の著者はストー カー、DVやハラスメントなどのカウンセリングを行う専門家。被害者からの依頼により、ストー カー加害者とのやりとりも行うことがある。警察ではなく、第三者や代理人が間に立つことで、被害者は精神的にも楽になり、加害者も被害者の気持ちを冷静に聞くことができるようになることが多いという。

著者が扱ってきたストーカーについての相談案件のほとんどは、ニュースになるような凶悪な事件ではないが、「男女間のよくある小さなトラブル」も、対処を誤ると取り返しのつかないような事態になる危険性もある。昨今では、SNSを利用した素性を知らない相手による「顔のないストー カー」も激増していることや、リベンジ・ポルノなど悪質な手口への対応策など、現代人の誰もが知っておくべきことが書かれている。ストーカー の心情を知ることで、一歩間違えばストーカーの「加害者」になってしまう危険性についても改めて考えさせられる。

※2017年12月刊行から

[新書で知る最新日本事情]

 

誰にとっても深刻、「健康格差」社会

┃誰にとっても深刻、「健康格差」社会

『健康格差』
あなたの寿命は社会が決める
(NHKスペシャル取材班著、講談社現代新書)

生まれ育った家庭環境や地域、就いた職業や所得などが原因で、病気のリスクや寿命などに格差が生じていることが分かってきている。気付かぬうちに進む、こうした「健康格差」は日本社会にとって深刻な問題になる、と警鐘を鳴らすのが『健康格差/あなたの寿命は社会が決める』(NHKスペシャル取材班著、講談社現代新書)。

本書では、「健康は自己管理するもの」「健康は自己責任で解決すべき」という日本社会に根強い風潮が、「健康格差」の解消にとって大きな壁となっている、と指摘する。健康管理ができないのは自業自得、と「健康格差」を自己責任論でこのまま放置すれば、医療費や介護費が膨れ上がり、社会保障制度の切り下げや増税、という形で国民全員に大きな「しっぺ返し」が返ってくる、と警告する。

「健康格差」問題を個人の責任にせず、社会全体で解決していくためにはどんな取り組みが必要か。国を挙げての減塩プロジェクトにより「8 年間で心筋梗塞と脳卒中の死亡率を激減」という効果が出ているイギリスの例、住民の野菜摂取量を増やすことに成功した東京都足立区の例など、「健康格差」解消の効果が出ている地道な取り組み事例を紹介している。

『ルポ 不法移民』
アメリカ国境を越えた男たち
(田中研之輔著、岩波新書)

大統領選挙中から「不法移民は強制送還させる」と主張してきたトランプ大統領が就任し、アメリカ移民政策についての報道が増えてきている。不法移民とは誰なのか?強制送還とは何を意味するのか?彼らの労働と生活の実態を明らかにしていくのが、『ルポ 不法移民/アメリカ国境を越えた男たち』(田中研之輔著、岩波新書)である。

本書は、社会学者である著者による、民族の生き方や働き方を記述する社会調査の手法のひとつ「エスノグラフィー」という方法を用いて、アメリカに暮らす日雇い労働者のコミュニティーや生活を記録するという研究報告でもある。

著者は2年間にわたるフィールドワークを通じて、中南米諸国からアメリカにやって来た出稼ぎ労働者たちと、一緒に働き食事を共にするという経験をしている。「不法移民」とひとくく りにされる彼らが、いつどうやってアメリカに来て、どんな仕事をして、どれくらい稼いでいるのか。形式的なアンケート調査などでは知り得ない、彼らの日常や生の声を伝えている。

| 人工知能と人間の選択

人工知能とAIという話題で最近よく耳にするのが「シンギュラリティ」(特異点)という言葉である。「シンギュラリティ・ポイント」すなわち「2045年頃、“人類の知性を超越する非生命的な知性”が出現し、想像を絶するほど社会が大きく変わる」というのがアメリカの未来学者による予想である。『人工知能は資本主義を終焉させるか/経済的特異点と社会的特異点』(齊藤元章・ 井上智洋著、PHP新書)では、AIが人類の能力を超えるとどのような社会が到来するのか、「シンギュラリティ・ポイント」の1段階手前に起きる「社会的特異点」とは何か、について解説する。

なお、著者のひとりである齊藤氏は、スパコン・人工知能エンジン開発者でありベンチャー企業の社長で、本書の刊行後12月5日に、「助成金詐欺」の疑いで逮捕されたという報道があり、IT業界を始め各界に大きな衝撃が走っている。

『おそろしいビッグデータ/超類型化AI社会のリスク』(山本龍彦著、朝日新書)は、憲法学者の著者による、「ビッグデータ社会」の影の部分について問題提起する1冊。ビッグデータとAIの発展によって、私たちは多くの恩恵を受け、便利な生活を手に入れると期待している。その一方で、人事採用、融資、保険、教育、といった人生の重要な場面で、AIに「評価」され、あるいは「排除」される危険も考えなくてはいけない。ビッグデータやAIがその使われ方によっては、「すべて国民は、個人として尊重される(憲法第13条)」という重要なものを脅かす恐ろしいものになるのでは、と警告する。

『人工知能の「最適解」と人間の選択』
(NHKス ペシャル取材班著、NHK出版新書)

『人工知能の「最適解」と人間の選択』(NHKス ペシャル取材班著、NHK出版新書)でも、AIに人の一生を左右する判断を委ねても良いのか、という疑問を投げかける。AIが導き出す「最適解」は確かなプロセスで出されたものなのか。AIが 出した答えに納得できない場合、どうすれば良いのか。人工知能の進化をどこまで許し、どこから許さないか、真剣に議論すべき時が来ている。しかし、残された時間は少ない、と訴えている。

※2017年11月刊行から

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重要な公文書の保存と公開

┃無形民俗文化財という観点でみる「大嘗祭」

『大嘗祭』
天皇制と日本文化の源流
工藤 隆(中公新書)

天皇陛下が退位される日が2019年4月30日に決定し、翌日の5月1日に、新天皇の即位、改元となる。新天皇による皇位継承関連の儀式のうち、最も重要とされる「大嘗祭(だいじょうさい)」は同年11月に執り行われる見込みだという。「即位の礼」、「剣璽等承継(けんじとうしょうけい)の儀」といった皇位継承の行事の後、改めて大嘗祭を行う必要がなぜあるのか。『大嘗祭/天皇制と日本文化の源流』(工藤 隆著、中公新書)は、「秘すべきこと」とされ、謎が多い儀式のルーツをたどり、日本人のアイデンティティーにどうかかわっているかを論じている。

現天皇が即位した時には、「大嘗祭を国費(税金)で行うのは現憲法の政教分離規定に違反する」という声も上がったという。著者は、次の改元の際には、さらに「大嘗祭不要論」が出てくることも想定している。憲法に記載されていれば問題なし、明示されていなければ憲法違反、という思考停止に陥るのではなく、1300年余りの伝統を持つ超一級の無形民俗文化財として「天皇文化」は存続させるべきと、「大嘗祭」を後世に継承していくことの重要性を説く。

『城の科学』
個性豊かな天守の「超」技術
萩原さちこ(ブルーバックス)

近年、全国各地の城を訪れる人が激増し、城めぐりの魅力を伝える本も数多く出版されている。『城の科学/個性豊かな天守の「超」技術』(萩原さちこ著、ブルーバックス)は、城、とりわけ圧倒的な存在感をもつ天守の構造に注目した1冊。姫路城・松本城・松江城など国宝指定されている5つの城の天守を中心に、構造や素材、装飾などから、ひとつとして同じものはないそれぞれの城の魅力とその見所を解説している。

| 重要な公文書の保存と公開

 

多くの人々の人生に多大な影響を与えた大事故の責任は誰にあったのか。『東電原発裁判/福島原発事故の責任を問う』(添田孝史著、岩波新書)は、国や東京電力の責任を問う裁判の主な争点である「津波を予測して事故を避けることはできたのか」ということについて、新たに公表されたデータや内部資料をもとに検証する。

裁判の重要な証拠となり得る原子力関係資料、関係者に対する調書の公開・非公開をめぐる問題など、都合の悪い公文書が「消去」されないよう注視していく必要性を説く。事故の教訓を後世に伝えていくために、原発事故関連の資料の収集・保存や展示が福島県内各地で進められている。このような動きに併せ、裁判記録についても、後世に残すべき貴重なものだ、と保存を呼びかけている。

『戦争調査会』
幻の政府文書を読み解く
井上寿一(講談社現代新書)

『戦争調査会/幻の政府文書を読み解く』(井上寿一著、講談社現代新書)は、1945年11月に幣原喜重郎首相によって立ち上げられた国家プロジェクト、「戦争調査会」が残した資料全15巻を丹念に読み解く。

8月15日の「玉音放送」の直前から、中央官公庁街では公文書を焼却する煙が立ち上がっていたことは今ではよく知られている。その一方で、「敗戦の原因及実相調査の件」と名付けられた国家プロジェクトがあったことはあまり知られていない。戦争責任を追及する東京裁判が始まろうとする中、戦争調査会が独自に追及しようとしていたものは何なのか。戦争の失敗を繰り返さないよう、幣原首相始め、委員たちが残した資料から、戦後70年経った今の私たちは、何を読み解くべきだろうか。とりわけ2017年は、自衛隊の南スーダンPKO日報問題、森友学園・加計学園問題などが表面化した年でもあり、公文書というものの価値とそのあり方について、改めて考えて欲しい、と著者は訴えている。

『不死身の特攻兵/軍神はなぜ上官に反抗したか』(鴻上尚史著、講談社現代新書)の著者は劇作家・演出家として第一線で活躍するひとり。ある本の記述で、「9回特攻に出撃して、9回生きて帰ってきた人」佐々木友次氏のことを知る。佐々木氏が90歳を過ぎて存命だとわかり、さまざまなつてをたどり面会し、聴き取った話をもとに小説『青空に飛ぶ』として刊行した。

本書は、体当たりの命令に背き生き延びた元特攻隊員の言葉を、多くの日本人に伝えたいと、小説には載せられなかった内容をノンフィクションとしてまとめたものである。戦後72年、多くの関係者や当事者が亡くなり、貴重な肉声は失われていく。しかし、著者は、自分たちのような戦後生まれの世代が、自分の視点から特攻のことを書くことは、関係者が亡くなった後でなければ不可能だったかもしれないという見方も持っている。ようやくこれから冷静に「特攻」を考えられるようになる時がきたと考えることもできるのでは、としている。

※2017年11月刊行から

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料理は女の義務ですか

┃変わる家族像と戸籍制度の限界

『日本の無戸籍者』
井戸まさえ
(岩波新書)

何らかの事情で出生届が出されないままとなっている、「無戸籍児・者」が司法統計から推計して少なくとも1万人はいると言われ、新聞報道などでも話題になった。女性の再婚禁止期間や、貧困などで出生届が出されないことなどが原因にあるという。国は多くの無戸籍者の存在を確認していながら、十分な対策をとっていない。

2016年から2017年にかけ、蓮舫議員の「国籍開示」問題でも「戸籍」がこれまでにないほどクローズアップされることになった。住民票、マイナンバー制度との整合性から、その制度疲労が明らかになりつつあるにもかかわらず、戸籍を廃止できないのはなぜなのか。『日本の無戸籍者』(井戸まさえ著、岩波新書)では、天皇制も含め、戸籍制度が現在まで抱える問題やその矛盾点について、明治憲法から新憲法になり、戸籍制度の何が変わって何が変わらなかったかについて解説している。戸籍の変遷を語る際に避けては通れない差別の問題についても触れている。

著者自身、離婚後300日以内に前夫を父親としない子どもを授かったことで、我が子を(一時的とはいえ)無戸籍児とせざるを得ない状況になったという。新憲法の下、民法が改正されて70年経つ今も、戸籍制度に残るほころびを明らかにしていく。さまざまな理由で制度からはじかれる「無戸籍者」を生むような戸籍制度のほころび、「バグ」は、日本社会に根強く残る「身内意識」を維持し、見せしめ的な役割を果たすために、あえて放置しているのではないか。著者はそう見ている。

 

| 毎日、家族に料理を作らなければいけないのか

 

『料理は女の義務ですか』
阿古真理
(新潮新書)

『料理は女の義務ですか』(阿古真理著、新潮新書)では、社会に進出する機会が増え、多忙になった現代の日本女性が、家事を負担に感じながらも、「家族のため」に料理をやめないのはなぜか、という問いに始まる。著者は家庭料理や暮らし、女性の生き方をテーマに執筆活動を続けている。

年々クオリティがあがる外食・中食(総菜や持ち帰り弁当など)産業、進化を続ける加工食品、食材と調味料、レシピがセットで宅配されるミールキットの開発などにより、家庭料理の負担は減ると思われたが、実際はそうではないことも多い。料理研究家が提案するレシピの数々、SNSに投稿される自慢の料理など、日々の食事の選択肢や食に関する情報は増えていく一方だが、毎日続く料理に疲れや負担、理想の料理と現実とのギャップを感じる人は多い。味、栄養バランス、経済効率、そして家族への「愛情」。日々の「家庭料理」に求め過ぎてきたものを、そろそろリセットすべき時ではないか、としている。

| 中年パラサイト・シングル

『底辺への競争』
格差放置社会ニッポンの末路
山田昌弘
(朝日新書)

『底辺への競争/格差放置社会ニッポンの末路』(山田昌弘著、朝日新書)の著者は、20年ほど前、「パラサイト・シングル」という流行語の名付け親。親世代と同じような中流生活を維持できるかどうか。いま、「下流」に転落しないための過酷な競争がどの世代にも起きていると感じているという。

あえて結婚を先延ばしにし、親と同居(パラサイト)したままでいることで「リッチな独身生活」を謳歌していた20年前の若者「パラサイト・シングル」たち。アラフォー世代となった彼らは今どうなっているか。著者の予想をはるかに上回るほど非正規雇用の割合が増え、結婚できない、親から自立できないどころか親の年金を頼りに暮らしている「中年パラサイト・シングル」が増え、その状況はますます深刻になってきている。

多くの人々が中流から転落するのでは、という不安を抱えたまま一生を送る社会ではなく、社会保障への「負担増」を将来の「安心が増える」ためのものとして、国民に納得してもらい、そのための新しい方策をとるべきではないかと訴える。

※2017年10月刊行から

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「宗教」とは何かという「古くて新しい問い」

| 「宗教」とは何かという「古くて新しい問い」

『聖書、コーラン、仏典』
原典から宗教の本質をさぐる
中村圭志(中公新書)

『聖書、コーラン、仏典/原典から宗教の本質をさぐる』(中村圭志著、中公新書)は、タイトル通り、それぞれの宗教の教えの原点である、「教典」がどのように生まれ、受け継がれてきたかをテーマにしている。キリスト教、イスラム教、仏教、神道など「教典」の共通点と差異について解説していく。

『イスラーム思想を読みとく』(松山洋平著、ちくま新書)は、日本人の多くが「理解が難しい」と感じているイスラームについて、本質的な理解に近づくための1冊。たとえば、イスラームの「穏健派」と「過激派」と呼ばれる人たちの宗教的対立について、私たちはどう理解したらよいか。「暴力を否定し、平和を愛する多数派のムスリム=イスラーム穏健派」、「クルアーンの教えを誤って解釈した、少数派のテロリスト=イスラーム過激派」のように言葉のイメージだけで漠然と考えていては理解できない、両派の宗教的争点について解説。

世界中が「宗教とは何か」という古くて新しい問題を突きつけられるようになりつつある今、「キリスト教」と呼ばれているものの原点を振り返る試みが『キリスト教は「宗教」ではない /自由・平等・博愛の起源と普遍化への系譜』(竹下節子著、中公新書ラクレ)である。著者の住むフランスでは、仏教について、「宗教ではなく哲学であり、イズム(生き方マニュアル)だ」 ととらえている人が多いという。政教分離が徹底しているフランスだが、共和国主義の根幹に「自由・博愛・平等」というキリスト教ルーツのエッセンスを捨てずにいる。さまざまな闘争と過ちを繰り返すことになった「宗教」としてのキリスト教から、普遍性を持つ「イズム」としてのキリスト教本来の教えに戻る動きを、世界史を振り返りながら検討している。

『世界のタブー』
阿門 禮(集英社新書)

『世界のタブー』(阿門 禮著、集英社新書)では、国際化が進む今こそ、挨拶や日常生活、しぐさ、食事などにおける世界各地のさまざまなタブーを「教養」として学んでおくことが必要だと訴える。特に、現代ヨーロッパ最大のタブーとして知られる「ナチス」については、「知らなかった」では済まされないこともある。ドイツ、オーストリアなどの国では、「ナチス時代の旗、マーク、制服、敬礼姿勢、歌、挨拶、言い回し」などを公の場で持ち出すことを法律で禁止している。日本のアイド ルグループが着ていた衣装が、「ナチス・ドイツの制服に酷似している」として海外で批判の声が集まったことも記憶に新しい。

| 女性権力者と「祈り」

『天皇家のお葬式』
大角 修(講談社現代新書)

『天皇家のお葬式』(大角 修著、講談社現代新書)では、明治・大正・昭和の3代に重点を置きながら、古代から現代に至る天皇の葬儀の変遷をたどる。特に、戦後憲法との整合性から、国家行事と宗教的儀式をどう切り離すか、苦肉の策によりさまざまな工夫が行われた昭和天皇の大喪を振り返っておくことは重要だろう。著者は、「天皇の葬儀の形が変化するときは、時代そのものが大きく変化している」という。

『〈女帝〉の日本史』(原 武史著、NHK出版新書)では、著者は、女性天皇や皇后、皇太后、将軍の正室や母など、古代から近代までの「女性権力者=〈女帝〉」を通してみた日本史について、中国や朝鮮の例と比較しながら論じている。著者は、東アジアの中で比較しても日本で女性の政治参加が進まない現状についても触れている。近代以降には、女性の権力を「母性」や「祈り」に矮小化してしまう傾向が見られるという。その結果、女性を権力から遠ざけるという影響を及ぼしているのではないか。著者はそう危惧している。

『光明皇后/平城京にかけた夢と祈り』(瀧浪貞子著、中公新書)は、「慈悲深い信仰心の篤い女性」というイメージと、悪評高い「稀代の女傑」という真逆のイメージでとらえられている光明皇后(光明子)に光を当てている。光明子は病人に薬を与える施薬院や貧しい人々を救う悲田院を建てるなどの慈善活動 をしたことでもよく知られている。

『出羽三山/山岳信仰の歴史を歩く』(岩鼻通明著、岩波新書)は、信仰の山として名高い出羽三山(羽黒山・月山・湯殿山)の長い歴史と伝統文化を紹介している。明治維新の際の神仏分離以降、同じ山で仏教、神道に分かれて儀礼や行事が行われるところも多い。信仰の山として広く支えられて来た山は、外国人観光客を始めとする新たな来訪者の掘り起こしを図るために変化しつつあるが、女人禁制の場所も一部残っている。大ヒットしたアニメ映画「君の名は。」にも、そのストーリーに山岳信仰が大きくかかわっ ているという著者の指摘は興味深い。

※2017年10月刊行から

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承認欲求の時代、心や脳を疲れさせない技術

| 承認欲求の時代、心や脳を疲れさせない技術

『職業としての地下アイドル』
姫乃たま
(朝日新書)

『職業としての地下アイドル』(姫乃たま著、朝日新書)は「現役地下アイドル」によ る「アイドル論」。AKB48などメディアに多く出演してメジャーレーベルからCDを出す、いわゆる「アイドル」たちの活躍の場を「地上(メジャー)」とすると、「地下(インディーズ)」にいる女の子たちの居場所は主に秋葉原のライブハウスだ。

メジャーアイドルを目指す女の子と「地下アイドル」を目指す女の子は何が違うの か。「地下アイドル」を応援し続けるファンの心理、「オタク文化」についても解説し、現代若者文化論としても読める。最近の若者を語る上で欠かせない、「承認欲求」という心理について、著者は過去の自分自身とも向き合いながら赤裸々につづっている。

一方、SNSの普及によって、現代人の「承認欲求の肥大化」が急速に進んだと指摘す るのが『「本当の大人」になるための心理学 /心理療法家が説く心の成熟』(諸富祥彦著、集英社新書)の著者。心理カウンセラーの著者は、「ネットの世界には、『私を認めて』といった類の承認欲求があふれかえっている」としている。

『「本当の大人」になるための心理学』
心理療法家が説く心の成熟
諸富祥彦
(集英社新書)

今の日本社会では、「いつまでも若々しく あること」「元気に活動すること」といった外的な価値ばかりが偏重され過ぎていて、中年期以降の内面的な成長、成熟がないがしろにされ、「本当の大人になる」ことが難しくなっ ている、としている。未熟な人ほど、他人からの評価を求め、リスペクトや承認を過剰に求める。承認欲求が満たされないために、中高年になっても、自分のことを価値がある存在と思えない状態が続く。本書では、こうした状態から脱し、人生の後半に向かって人生をどう充実させていくか、孤独とどう向き合って行くかのヒントを示している。


『科学の知恵/怒りを鎮める うまく謝る』
川合伸幸
(講談社現代新書)

『科学の知恵/怒りを鎮める うまく謝る』(川合伸幸著、講談社現代新書)では、心理学・ 認知科学の研究者である著者が、実証的な事実に基づいた理論による「効果的な謝罪」の方法を指南する。怒っている人が求めているのは必ずしも「謝罪」だけではないのに、攻撃から自分を守るために安易に謝罪し、かえって逆効果になることもよく見られる。怒りはどのようなもので、どうすればうまくコントロールできるのか。実験や調査による最新の研究に基づいて、怒りを感じる原因、謝れない理由、仕返しをしたいと感じる理由、赦しとはどういう感情か、などについて解説している。

『人間関係の疲れをとる技術/自衛隊メンタル教官が教える』(下園壮太著、朝日新書)の著者は、陸上自衛隊初の「心理幹部」として、ときに過酷な環境に置かれる隊員のメンタルヘルス教育、カウンセリング、自殺防止を担当していた。本書では、人間関係などのストレスで心が疲れ、嫌なことがあったときの対処法を「技術」として紹介する。

人間関係で嫌なことがあったり、イライラしているなと感じたりするのは、疲れているときが多い。まずはしっかり休んで睡眠をとること。自分の疲れや怒りをためこまず、 こまめに対処する方法を「技術」「スキル」と して獲得することの重要性をとく。

自分の感情をケアするための「スキル」 は、スポーツや楽器、語学の習得のように何度も繰り返し練習することが必要だという。本書で紹介する方法を数回試して「自分には向いていない」と判断するのではな く、「最低40回」はやってみて欲しい、というのがいかにも元自衛官だ。最低40回は 相当大変そうだが、長年染み付いた考え方のクセ、感情のクセはそれぐらい意識しないと変えられない、ということなのかもしれない。

ストレスの多い現代人に、疲労を防ぎ、脳のパフォーマンスをどう上げていくかを指南するのが、疲労のメカニズムを科学的に解説したシリーズの第3弾、『すべての疲労は脳が原因3/仕事編』(梶本修身著、集英社新書)。医師である著者も、ストレスの対 処法のまず第一は自身の疲労を自覚し、睡眠不足を解消すること、としている。

仕事のパフォーマンスを上げるためには、常に100%の力で取り組むべき、という発想をまずは捨て、「60%の力で70%の結果を出す」ことを目標にすべきだとしている。疲労をためないために要領よく脳を使い、「手を抜くのが当たり前」という発想への転換で、長期的には安定した状態で末永くパフォーマンスを出すことができる。「仕事を効率化するための、脳疲労をコントロールするスキル」について脳科学的な知見をベースに解説している。

※2017年9月刊行から

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「いま」につながる近現代史の視点

|「いま」につながる近現代史の視点

『トラクターの世界史』
人類の歴史を変えた「鉄の馬」たち
藤原辰史(中公新書)

『トラクターの世界史/人類の歴史を変えた「鉄の馬」たち』(藤原辰史著、中公新書)は、 誕生してまだ100年余りしかないトラクターにより、人類の歴史がいかに大きく変化させられたかを解説していく。 19世紀末、アメリカで誕生したトラクターによって世界中の農作業の風景は一変 していく。さらにトラクターという機械は、 農村だけではなく、社会や国家にさまざまな 変化をもたらした。第一次世界大戦期、戦車の登場の背景には、農業用履帯(キャタピ ラー)トラクターの開発があった。第二次世界大戦中には、各国のトラクター工場は戦車工場に転用された。トラクターと戦車は、2つの顔を持った1つの機械とも言えるほどで、トラクターの研究開発は軍事研究とも表裏一体であったという。日本の水田や狭い農地での作業に対応できるよう、独自の進化を遂げた歩行型トラクター開発秘話など、国内のトラクター開発史も興味深い。

『フランス現代史 隠された記憶』
戦争のタブーを追跡する
宮川裕章(ちくま新書)

第一次世界大戦、第二次世界大戦、アルジェリア戦争の3つの戦争という「負の歴史」に今も苦しみ悩んでいるフランス。『フランス現代史 隠された記憶/戦争のタブーを追跡する』(宮川裕章著、ちくま新書)の著者は新聞記者、特派員として約4年間フランスに滞在した。 著者は、アウシュビッツ強制収容所からの生還者、ノルマンディー上陸作戦に参加していた元兵士など、戦争を経験した人たちの証言を聞くためにフランス各地を訪れる。第一次世界大戦の激戦地跡では、100年前に残された不発弾や大量の兵士の遺体が今も残り、居住ができない村もある。第二次世界大戦中、ユダヤ人の迫害に加担した事実や、アルジェリア植民地支配とその独立戦争での悲劇は、フランス人の心に負い目としてのしかかっている。

戦後から現在までのイギリスのあゆみを振り返るのが『イギリス現代史』(長谷川貴彦 著、岩波新書)。2016年6月、国民投票で「EU離脱」を選択したイギリスの今を理解する上で重要な視点を紹介している。

| 現役アーティストによる入門書

『能』
650年続いた仕掛けとは
安田 登(新潮新書)

織田信長など戦国の武将から江戸時代の武士階級に至るまで、日本を導いたエリートたちを魅了してきた能。彼らはなぜ、能を観るだけではなく、自身も能を学び、謡を謡い、舞を舞っていたのか。『能/650年続いた仕掛けとは』(安田 登著、新潮新書)は、現役の能楽師による、ひと味違う能の入門書。 武士階級という、当時の「トップエリート」たちは能のどんなところに引かれ、何を学んだのか。能のどこがすごいのか、どこをどう観ればよいのかを道案内し、現代人が能にどうアプローチすればよいかという提案をし ている。時代の変化に即して少しずつ対応させてきたことにも能が650年続いてきた秘訣がある。現代人には、現代人なりの見方が可能なのだ。能を観るだけではなく、自分で能の謡や舞を学び、稽古することは、仕事をする上で、あるいは心身の健康にもメリッ トがある、と「能の効能」について説く。

『ピアノの名曲/聴きどころ 弾きどころ』 (イリーナ・メジューエワ著、講談社現代新書) も同様に、現役のピアニストによる名曲の「解説」。バッハ、モーツァルト、ベートーヴェンからラヴェルまで、音楽史の流れにそって選んだ有名なピアノ曲を紹介し、「私ならこう弾く」という解釈の一例を紹介する。 ピアニストが、複雑な楽曲をどう解釈し、どう表現しようとしているかの舞台裏を垣間見ることができる。著者はロシア生まれ、1997 年から日本に拠点を置き、演奏や教育活動を続けていて、日本語も堪能だという。本書は対話をまとめたものだが、「難解で文学的」な言葉や専門的な用語を必要以上に使 わず、誰もがわかる普通の日本語で書かれている。譜例が豊富で、楽譜が読める愛好家であ れば鑑賞・演奏にあたって参考になるだろう。

※2017年9月刊行から

[新書で知る最新日本事情]

移民論争以前にある、外国人労働者をめぐる現実

| 移民論争以前にある、外国人労働者をめぐる現実

2016年、日本の外国人労働者が初めて100万人を超えた。日本の産業は外国人労働者なくしてはもはや成り立たないような状況になっていることは、もう誰の目にも明らかだ。『外国人労働者をどう受け入れるか/「安い労働力」から「戦力」へ』(NHK取材班著、NHK出版新書)は、「外国人労働者 100万人時代へ」などのタイトルで放映されたいくつかの番組に関する取材をもとに生まれている。

日本では、外国からの移民は受け入れないという立場をとるため、労働力として受け入れが可能なのは「留学生」と、期限付きで日本の技術を学ぶためにやってくる「外国人技能実習生」しかない。特に「外国人技能実習生」については、日本人が嫌がる「重労働・低賃金」という単純労働の仕事を押しつけ、さらに賃金も十分に払っていない状況が放置されているとして、悲惨な実態を明らかにする。人口減がより深刻になる中、 移民受け入れの議論をしようとせず、必要な労働力を「労働者」として受け入れない、 奴隷労働を生むような歪んだシステムをいつまで放置しておくのか、と批判する。

『「いじめ」や「差別」をなくすためにできること』(香山リカ著、ちくまプリマー新書) は、いじめや差別、そして昨今深刻な問題となっている、ヘイトスピーチについて真正面から語りかける。いじめや差別をなくすためには、まわりにいてそれを見ている第三者の役割が非常に重要だと主張する。「見なかったこと、気づかなかったこと、 なかったこと」では、いじめや差別、ヘイトスピーチはなくならない、と「第三者」である多くの人々に強く訴えかけてくる。

| まだ謎の多い魚、マンボウの生態

『マンボウのひみつ』
澤井悦郎(岩波ジュニア新書)

『マンボウのひみつ』(澤井悦郎著、岩波 ジュニア新書)の著者は、幼い頃から「マンボウが好き」でマンボウを研究することになった。今でこそ日本の多くの水族館で飼育され、生きて泳ぐ姿を目にする機会が増えているが、マンボウは大型で捕獲も飼育も難しく、2000年代より前にはこうした状態は考えられなかったという。

水族館での飼育が可能になってもなお、成熟や産卵についてなどの知見がほとんどない、今もまだ謎の多い魚マンボウ。DNA 解析や「バイオロギング(生きている個体に記録計や発信器をつけてデータを得る手法)」という最先端の研究で少しずつ明らかになりつつある、マンボウの生態を、わかりやすく紹介する。著者の手によるマンボウのイラストが非常に魅力的だ。

故郷の生家に残って両親の面倒を見、その最期を看取った弟が、家を出て東京できままに暮らし、葬儀で帰郷した兄姉から遺産相続を要求される……。今でもよくありそうな「骨肉の争い」を事細かに解説したの が『一茶の相続争い/北国街道柏原宿訴訟始末』(高橋 敏著、岩波新書)である。

『一茶の相続争い』
北国街道柏原宿訴訟始末
高橋 敏(岩波新書)

俳人・小林一茶(本名弥太郎)は、俳諧師として江戸を拠点に諸国をまわり、36年の間故郷の北信濃柏原村から離れていたが、父親の遺産をめぐり、異母弟を相手に「骨肉の争い」を繰り広げる。今さら農作業をやる気もない弥太郎はなぜ故郷に執着し、父の遺産をむしり取ろうとしたのか。父親からの1枚の遺書という「契約文書」がものをいう、柏原村の「近代性」に興味をおぼえたという著者は、当時の北信濃の百姓たちの「読み書き算用」レベルの高さにもふれている。

『ニッポンの奇祭』
小林紀晴(講談社現代新書)

『ニッポンの奇祭』(小林紀晴著、講談社現代新書)は、写真家である著者が、出身地で ある長野県諏訪地方の御柱祭を始め、日本各地の祭りを訪れた写真紀行。ここで取り上げられている祭りは、観光イベントとして多くの人を集める祭りとはひと味違うものが多い。学術的な視点ではなく、著者の感性で選ばれたものだというが、本書では 写真だけではなく文章でも、祭りの前後、日 常と非日常を感じさせている。

※2017年8月刊行から

[新書で知る最新日本事情]

「ライバルはAI」時代のキャリア戦略

毎月数十点が出版され、「教養」「時事」「実用」と幅広い分野を網羅する日本の新書の新刊を通して、日本の最新事情を考察します。

 開かれた皇居に残る最後の禁忌、「御府」

『天皇の戦争宝庫』
知られざる皇居の靖国「御府」
井上 亮(ちくま新書)

かつて皇居内部に設立され、「御府」(ぎょふ)と呼ばれた施設。これまでその存在が隠され、忘れられようとしている皇居内部の「戦死者追悼施設」について、その来歴をまとめているのが、『天皇の戦争宝庫/知られざる皇居の靖国「御府」』(井上 亮著、ちくま新書)である。5つの建物自体は今も存在し、グーグルの衛星画像でも、その姿はきちんと確認することができる。

日清戦争後に、皇室に献上された戦利品の収蔵庫として設立され、後に戦没した軍人・ 軍属の遺影や名簿が置かれるようになった。単なる倉庫ではなく、天皇によって戦没者が深く悼まれているという「物語」が国民に伝えられ、「もうひとつの靖国」という存在にもなった。

著者は、昭和天皇の遺品や著書の一部、写真など昭和史の貴重な資料が、今もそのまま御府のどこかに残されている可能性があるのではないかとしている。皇居に残され封印された、最後の「禁忌」に迫るルポタージュである。

『十五歳の戦争』
陸軍幼年学校「最後の生徒」
西村京太郎(集英社新書)

『十五歳の戦争/陸軍幼年学校「最後の生徒」』(西村京太郎著、集英社新書)は、著作が500冊を超える人気ミステリー作家が、初めて語るという自身の戦争体験。「19歳になったら誰もが徴兵される。ならば、それまでに兵士ではなく将校になっていたほうがトクに違いない」と考え、陸軍のエリート将校を養成するための「東京陸軍幼年学校」に入ったという。昭和20年4月から敗戦の8 月までの4カ月半を、「天皇の軍隊」として過ごした濃密な日々をつづる。

『山本七平の思想/日本教と天皇制の70 年』(東谷 暁著、講談社現代新書)は、1977年 に刊行された『空気の研究』など、死後25年を超えて今もなお著作が読まれ続け、その言葉が生き続けている山本七平の人生とその思想をテーマにしている。「日本人は空気でものごとを決めてしまう」「日本人は水と安全は無料だと思っている」「日本人の宗教は日本教だ」……。こうした山本七平の言葉は今も古びることなく、生き続けている。「日本人とは何者か、日本社会とはいかなるものか」を常に問い続ける人生を送っていた山本七平の生涯。その鋭い言葉を現代の視点で改めて読み直す。

 

「ライバルはAI」時代のキャリア戦略

『ゆとり世代はなぜ転職をくり返すのか?/キャリア思考と自己責任の罠』(福島 創太著、ちくま新書)は、自身も「若者世代」である1988年生まれの著者が、若者たちが転職するように「煽って」いるのは誰なのか?と若者を中心とした現代のキャリア形成についての問題点を論じている。常に強い意志を持ち努力しながら、「やりたいことを考え」、「選んで」いかなければいけない、そしてその結果は個人の「自己責任」とされる。このような時代に生きる若者世代の価値観、キャリア形成について抱える不安やリスクを理解し、どのような支援が必要なのかを考える。そうした視点が社会全体に必要なのではないかと訴える。

『競争社会の歩き方』
自分の「強み」を見つけるには
大竹文雄(中公新書)

『競争社会の歩き方/自分の「強み」を見つけるには 』(大竹文雄著、中公新書)は、日本ではネガティブな意味でとらえられていることが多い「競争社会」という言葉に注目している。「競争」は自分の強みを見つけ、 社会を活性化する機会でもある、という観点から、さまざまな競争のメリットとデメ リットを、経済学的思考で分析する。

競争が少ないと、自分の本当の長所を知ることができない。下手に自分探しをするよりは、競争にさらされたほうが、自分の長所を知って創意工夫ができるようになるのでは、と著者は指摘する。AIの発達で今の仕事を失っても、自ら新しい仕事をつくり出すことも可能だ。重要なのは、どんな仕事がより価値が高いかを、人間自身が決めることではないか、としている。

『「あなた」という商品を高く売る方法/ キャリア戦略をマーケティングから考える』(永井孝尚著、NHK出版新書)では、「AI に仕事を奪われる時代」を目前にし、「競争を避け、(他人がやっていない)自分の好きなことをする」という逆説的ともいえる競争戦略について持論を語る。

※2017年8月刊行から

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