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Author: よっぴー

子どもの頃に家族とワシントン州で約3年間暮らしたことをきっかけに、社交的で優しいノースウエスト地域の人々が大好きになる。高校、大学と英語を専攻後、都内の貿易会社で6年間、事務を担当。ひとりっ子だからか、単独行動やひとり旅を好む。趣味は映画鑑賞とお酒を飲むこと。

コロナ禍での永住権取得 ~ 国際結婚あれこれ

アメリカ人のマイケルと遠距離恋愛を経て国際結婚に至り、シアトルで新生活を始めた日本人のよっぴー。自らの経験を通して楽しかったことや学んだこと、思いもよらないカルチャーショックなどを振り返ります。

コロナ禍での永住権取得  

2020年春、婚約者(K-1)ビザからの永住権切り替えに必要な面接をマイケルと一緒に受ける予定でした。しかし、新型コロナウイルス感染症の影響で移民局が閉鎖され、面接は延期に。状況が状況だけに仕方がありませんが、1年半待ち、あと数日というところだったので、悔しさも倍増です。

新たな面接日の決定を待ち続けて4カ月が経った頃、移民局より思わぬメールが届きます。郵便での連絡は届いていなかったものの、実は2日前が面接日で、誰も移民局に現れなかったという知らせでした……。マイケルとふたりで「うそでしょ!」と大騒ぎ。慌てふためき電話で問い合わせるも、移民局の窓口は混み合い、小1時間ほど保留音が続いた後にやっと担当者につながりました。面接日の再設定を手配後、連絡をもらえることになったものの、何日経っても音沙汰なし。対応を忘れられてしまったようでした。このパンデミックで、移民局もかなり混乱していたのだと思います。2度目の問い合わせの電話をして、ようやく新たな面接日の通知が届きました。

再設定された面接日は10月。申請を始めて2年以上が経過していました。面接当日の朝、家から30分あれば余裕で移民局に到着するところを、ゆとりを持って1時間早く出発することに。すると、高速道路を移動中、前方に黒煙がもくもくと上がっていくのが見えます。うすうす嫌な予感がしていたのですが、なんと進行方向で交通事故が起きていました。渋滞に巻き込まれたとわかり、「最後の最後まで冗談でしょ!」と、ふたりで半泣き状態。移民局に到着したのは、ほぼ面接時間ぴったりで、本当にドタバタで終わりました。

面接から数日経ち、永住権証明であるグリーンカードが無事に発行されました。通常は結婚による申請の場合、最初に2年間有効の条件付き永住権の取得となるのですが、切り替え申請に2年以上かかった場合はいきなり10年間有効の永住権を取得できるとのこと。私のグリーンカードも同様に10年間有効でした。

婚約者ビザを申請して3年、渡米して2年と長丁場でしたが、ようやく腰を据えてアメリカ永住生活をスタートすることができ、ほっとしています。コロナ禍では残念ながら一時帰国しづらい状況ですが、渡米以来帰れていなかった日本を訪れる日を今から心待ちにしています。

日系アメリカ人の夫との暮らし ~ 国際結婚あれこれ

アメリカ人のマイケルと遠距離恋愛を経て国際結婚に至り、シアトルで新生活を始めた日本人のよっぴー。自らの経験を通して楽しかったことや学んだこと、思いもよらないカルチャーショックなどを振り返ります。

日系アメリカ人の夫との暮らし 

マイケルは、仕事の関係でアメリカに暮らしていた日本人の両親の元、アラスカ州で生まれ育った日系アメリカ人です。そのため、家族とは日本語で話し、中学卒業までは補習校に通っていました。日本には学生時代に1年ほどしか暮らしたことがないものの、読み書きは問題なく、流暢な日本語を話すのでびっくりします。マイケルと私は国際結婚ではありますが、文化的背景が共通するという意味では日本人同士の結婚とさほど変わりません。

和食好きなマイケルは朝から納豆に味噌汁、卵かけご飯。アメリカの卵はサルモネラ菌による食中毒のリスクがあるため、殻に熱湯をかけることもありますが、効果があるかは謎です。シアトルは日本やアジアの食材が豊富で、恵まれた環境にはありがたさを感じます。買い物は宇和島屋やセントラル・マーケットほか、刺身を求めてエドモンズのクズマズ・フィッシュ・マーケットまで行くことも。おいしいもののためなら労をいとわないマイケルの行動力には驚かされることがあります。釣りや潮干狩り、松茸狩りなど、遠出のアクティビティーも張り切って取りかかります。以前、餅つきがしたいと唐突に思い付いた際は、ヒノキの切り株を譲り受け、ノミやドリル、チェーンソーなどで杵と臼を自作したこともありました。4年目を迎えた今年の正月も、餅つきに大活躍でした。

そんなマイケルですが、アメリカ人らしいなと感じる側面も。大のジム好きで、肩に担げるほど大袋のプロテインを常にストック。コロナ禍でジムが閉鎖されている今は、狭いワンルームの隅で筋トレに励んでいます。同僚にも知られており、職場では筋肉マニアとして認知されているようです。聞いた話では、繁忙期のある日、ぐったりと疲れ切ったチーム・メンバーのことは意にも介さず、仕事終わりに「あぁ〜疲れた。ジム行きたい!」と叫びながら帰っていき、周囲を驚愕させたことがあるようです。

ジムが閉鎖されたばかりの頃は、ダンベルの代わりに米袋を使い涙ぐましい努力をしていたマイケルも、今では筋トレグッズを集め、ケトルベルにアブローラー、トレーニングチューブなどを活用するように。一心不乱に鍛えるマイケルの隣で、完全に運動不足に陥っている私も見習わなくてはと思いつつ、今のところはまだ踏み込めずにいます。

仕事探しと働き方 ~ 国際結婚あれこれ

アメリカ人のマイケルと遠距離恋愛を経て国際結婚に至り、シアトルで新生活を始めた日本人のよっぴー。自らの経験を通して楽しかったことや学んだこと、思いもよらないカルチャーショックなどを振り返ります。

仕事探しと働き方

日本人が渡米後、働けるようになるためには、労働ビザかグリーンカード(永住権)が必要となります。グリーンカード申請中の私は、その間に取得できる労働許可を申請しました。しかし、取得には半年以上かかり、その間は就職活動ができないため、働きたい人にとっては辛い時期かもしれません。将来的に学校に通うかどうか迷っていた私は、英語力アップにとシアトル・セントラル・カレッジのESLを受講しました。1クオーター25ドルという授業料で通うことができ、とてもありがたかったです。シアトルの公立図書館でも無料の英語クラスがあるので、そちらもおすすめです。

労働許可の取得後は、シアトル・セントラル・カレッジのキャリア・イベントで履歴書の添削をしてもらったり、ワークソースの模擬面接や就活向けミートアップ、ジョブ・フェアなどに参加したりしました。ジョブ・フェアは日本の会社説明会と同じく企業ごとのブースが並び、人事担当者に履歴書を直接渡すことができます。ポロシャツやTシャツで参加する人もいたのはカルチャーショックでした。

仕事が見つかり、初出勤となった時はどんな格好で行くべきか迷いました。オフィス・カジュアルとヒールの装いで出社したものの完全に浮いてしまい、同僚に「もっと気楽に!ヨガパンツで出社してもいいよ」とアドバイスを受け、それ以降はジーンズで出勤することに。普段着で働くのは違和感があり、初めはぎこちなかったものの、すぐに慣れました。

コロナ禍になってからは、夫婦で自宅勤務へシフト。もともと夫のマイケルがひとり暮らしをしていたアパートのワンルームにふたりで住んでいるため、やや手狭ですが、郵便物紛失のリスクを避けるため、グリーンカードが取得できるまで引っ越しは待つことにしています。オンライン・ミーティングが多いマイケルを邪魔しないよう、私はクローゼットにパソコンを持ち込み、自分のオンライン・ミーティングに参加することもあります。しかし、よく通るマイケルの声は画面の向こう側に聞こえやすく、ある時は「どこかから変なおじさんの声がする」と同僚に指摘を受けたことも。マイケルだ!とすぐに感じましたが、ワンルームでは逃げ場もなく、しばらく改善の余地はなさそうです。不慣れなことは多々ありますが、夫婦共に柔軟な働き方ができる職場環境には感謝するばかりです。

結婚式準備

国際結婚あれこれ

アメリカ人のマイケルと遠距離恋愛を経て国際結婚に至った日本人のよっぴー。自らの経験を通して楽しかったことや学んだこと、思いもよらないカルチャーショックなどを振り返ります。

国際結婚では、結婚式を日米のどちらで行うか悩むことがあります。私の場合、婚約者ビザからグリーンカード(永住権)への切り替え申請中だったため、シアトルで挙式することにしました。申請すれば日本への帰国は可能ですが、アメリカへの再入国を保証するものではないため、アメリカに戻る際に不法滞在を疑われるリスクもあります。心配性の私は、無事にグリーンカードが取れるまで日本への帰国は避けたいと考えました。

アメリカの結婚式は、ダンスの時間があったり、日本ほどしきたりを気にしなくても良かったりと文化の違いはありますが、挙式のあとに披露宴をするという流れは日本と変わりません。DIY精神の強い文化のせいかブライダル業者の介入は少なく、かかるお金も人によってかなり開きがあるのはカルチャーショックでした。自力で準備をする場合、負担は大きいもののこだわろうと思えばどこまでも手の込んだことができるので、手作り好きの人には向いているかもしれません。費用もかなり抑えられます。

プロのブライダル・プランナーに頼むことも考えましたが、見積もり金額を見ると予算オーバーとわかり、自力で準備をすることにしました。不安もありましたが、始めてみるとこだわりが芽生え、フォトブースや高砂、名札、飾りなど細部まで作り込むほどのめり込み、楽しい時間となりました。会場探しをしていて、意外と穴場だったのが公立のイベント施設。挙式と披露宴が同時にでき、十分な駐車場もある場所を見つけ、市を通して1日レンタルしました。テーブルとイス以外は自力で用意をする必要があったため、テーブルクロスやカトラリー、グラス類は当日朝にトラックで搬入。お酒はリカーショップでまとめ買いをし、オーダーして前日に受け取っていたブーケやケーキを持ち込みました。日本から船便で届いたドレスがサイズ違いというハプニングもありましたが、業者にお直ししてもらい、なんとか間に合いました。司会や牧師、音響、飾り付けなども親族と友人たちが協力してくれたおかげで、思い入れの詰まった素敵な結婚式となり、一生の思い出です。

ただ、ここまで準備をしておきながら、うっかり失敗したことも。結婚式の3日前に衝動的に前髪を切りたくなった私は、なぜか自分でカットし、しかも失敗してしまいました。準備を頑張った反動で、冒険心が芽生えたのでしょうか。ヘアアレンジでカバーできたものの、これから結婚式を予定している方は、計画的に美容室を予約しておくと安心かもしれません。

渡米実現までの道のり

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国際結婚あれこれ

アメリカ人のマイケルと遠距離恋愛を経て国際結婚に至った日本人のよっぴー。自らの経験を通して楽しかったことや学んだこと、思いもよらないカルチャーショックなどを振り返ります。

遠距離恋愛でいちばん困ったことは、ずばりお金がかかるという点でした。どんなペースで会うにせよ、日米を定期的に行き来すると、どうしても金銭的な負担がかかります。2、3カ月おきにマイケルと交互に行き来していましたが、何往復かした時点で「この関係はお金がないと成り立たないのだ」と、しみじみ思うようになりました。本当は同棲を経験してみたかったのですが、国境を越える付き合いはビザがネックとなります。もともと結婚を意識していたものの、具体的に移住を考えるきっかけになりました。遠距離恋愛は、結婚をするかしないのかの決断を迫られる状況に遭遇しやすいかもしれません。

アメリカで国際結婚をする場合、入国後90日以内に結婚することを条件に婚約者(K-1)ビザを取得します。申請ルールは毎年変わることがありますが、私の場合、渡航には犯罪経歴証明書や健康診断書などが必要となり、書類集めに奔走。書類に不備があるとビザが下りないため、移民局のホームページを何度も確認し、緊張しながらの作業となりました。また、ビザや永住権を申請する期間は、日米を自由に行き来しづらくなります。入国審査で不法滞在を疑われる可能性があるので、私も気を付けていました。

婚約者ビザの承認はなかなか下りず、半年が過ぎたある日のこと。マイケルとはしばらく会えないんだよねと家族に話したところ、父に「シアトルで会えないならカナダに行けばいい」とあっさり言われました。身内からアドバイスが返ってくるとは思わず、想定外のアイデアになるほどと納得し、長い申請期間中はマイケルとバンクーバーで集合し、寂しさを乗り越えました。

そうこうしているうちに申請から8カ月ほど経ち、ようやく婚約者ビザが取得できました。住んでいたアパートの部屋を掃除し、荷物を船便に出し、あとはアメリカに行くのみ。出国の日は両親が空港に見送りに来てくれて、うれしさやさびしさでいっぱいでした。飛行機に乗った瞬間は感無量で、これまでの申請の過程はもちろん、引っ越し前に会ってくれた親族や親友のことを思い出して胸が熱くなる思いでした。しかし、そんな矢先に予想もしていない出来事が起こります。

離陸し1時間ほど経った頃、その機内アナウンスは流れました。「当機はエンジントラブルのため緊急事態が発令され、これより成田へ引き返します」。なんと、離陸して3時間後には空港に後戻りすることに……。翌日の便に振り替えられ、その日は空港近くで1泊過ごしました。思いがけず出鼻をくじかれ、バタバタしながらの渡米となりました。

遠距離恋愛、「自分の時間を楽しめる」かがカギ

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国際結婚あれこれ

アメリカ人のマイケルと遠距離恋愛を経て国際結婚に至った日本人のよっぴー。自らの経験を通して楽しかったことや学んだこと、思いもよらないカルチャーショックなどを振り返ります。

スマホやパソコンで気軽にテレビ電話ができる昨今、遠距離恋愛のハードルは昔よりも下がったのではないでしょうか。コロナ禍の今、LINEでは画面を共有できる新機能が加わったり、流行しているゲーム「どうぶつの森」では仮想空間で交流ができたりと、直接会えなくてもつながりを感じることのできるサービスが増えたように感じます。遠距離恋愛と言えば、すれ違いから来る不安などネガティブな側面が見られがちですが、離れていてもオンライン・サービスを駆使してやりとりをする方法は多岐にわたります。

私は4年前に旅行でシアトルを訪れ、そこで知り合ったアメリカ人のマイケルと遠距離恋愛を経て結婚しました。日本とシアトルとの時差から、会話するタイミングが限られていましたが、シアトルの夜8時半と日本の昼12時半、シアトルの朝6時と日本の夜10時と、1日2回話すのが習慣でした。お互いに仕事を持っていたので、予定がある時はそれぞれ好きに過ごしていましたが、お互いの都合を理解し合えたことはありがたかったです。

テレビ電話越しに一緒に何かをしている時間がいちばん楽しく、心に残っています。週末に映画を観たり、2018年のサッカーW杯開催時には夜中の2時3時まで夜ふかししながら観戦したり。遠く離れながらも同じ空間にいるようで新鮮でした。誕生日やクリスマスは会えないのでギフトを郵送し合うのですが、船便を送るのが手間なときや、準備をうっかり忘れていて船便だと間に合わない場合は、相手国のAmazonアカウントや、ウェブ申し込みを受け付ける花屋の配達サービスなどを利用していました。

毎日電話するのが良いのか、たまにでも十分なのか、楽なペースは人によるかと思います。相手と話したいときに話せない、そんな時は、自分で自分の機嫌を取って目の前の生活を楽しむことがコツ。私は寂しくなったらとりあえず大掃除を始めたり、何作も連続で映画を観たり、漫画を大人買いしたりして、楽しみを探すようにしていました。マイケルは筋トレが好きなので、ジムで運動してストレス発散をしていたそうです。

できれば遠距離恋愛をせずに一緒にいられればベストですが、お付き合いの状況やビザの兼ね合いで同棲という選択が難しい場合もあるかと思います。忍耐が試される瞬間はありますが、今の生活を楽しみながらのんびり、マイペースに関係を大切にしていける方法を模索できると良いですね。