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Author: 小川 祐理子

2017年上智大学卒。在学中はフランス語を専攻し、リヨンへ留学。卒業後は公益財団で2年間勤務したあと、留学する夫に付き添いシアトルへ。これまで旅した国約30カ国、訪れた日本の飲食店約750軒というほど旅行と美味しいものが大好き。

休日の朝にゆっくり食べたいブランチ

シアトルのローカル・ビジネスを「食」で応援! ソイソースのグルメ班が自分の舌で確かめたメニューを忖度なしで紹介する本誌連載コラム「この店、この味」拡大版をお届けします。シアトルと縁深い著名人が、これまでに食べた中から選んだマイベストの1品も併せてご紹介。テイクアウト、デリバリー利用ほか、ギフトカード購入可能な店もたくさんあります。

※掲載したメニュー、価格、時間などの内容は営業縮小などで変更される場合がありますことをご了承ください
※外出制限中の最新情報、詳細は各店舗へのお問い合わせ、またはウェブサイトやSNSでのご確認をお願いします。

休日の朝にゆっくり食べたいブランチ

フレンチトースト $13.50

1日の始まりにちょっとした贅沢感をくれるのは、ポーテージ・ベイ・カフェのフレンチトーストだ。分厚いトーストを彩るトッピングは、季節のフルーツや生クリームなどが用意され、お好みで盛り付けられる。そして仕上げに、メープルシロップを上からトロ〜リ。この何とも言えない特別感! キラキラとしたフルーツの彩りに、気分が上がること間違いなしだ。

フレンチトーストはふかふかとして食べ応え満点。ジュワッとトーストの中まで染み込んだシロップの甘みとフルーツのさわやかな酸味が絶妙にマッチし、身も心も1度に満足させられる1品だ。ローカルかつオーガニックの食材を使用するなど、同店の持続可能な取り組みは、こだわりの強いシアトルのナチュラリストたちにも評判。シアトルらしい、のんびりした朝を楽しみたいときに利用したい。ルーズベルト店ほか、65th、バラード、サウスレイクユニオンと、シアトル市内に計4店舗あり。(Y) 

Portage Bay Cafe 
4130 Roosevelt Way NE., Seattle, WA 98105
営業時間:月〜金7am〜2pm、土日7:30am〜2:30pm 
☎ 206-547-8230
www.portagebaycafe.com
※一時休業中。サウスレイクユニオン店のみ営業。詳細は公式サイトにて。

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国際連合経済社会局元官房長 田島幹雄さん

現役を離れて新しいステージへ国際社会に還元を
国際連合経済社会局元官房長 田島幹雄さん

30年以上の長きにわたり国連職員として国際平和のために奮闘してきた田島幹雄さん。戦後間もなく19歳で単身渡米を決意した経緯から、アメリカでの大学生活の思い出、国際公務員時代の経験まで、貴重な話をたっぷり聞くことができました。

取材・文:小川祐理子

田島幹雄 1934年神戸生まれ。国際連合経済社会局元官房長。関西学院大学経済学部中退後、1953年に渡米。カリフォルニア大学バークレー校で国際関係学士、コロンビア大学大学院で国際行政学修士を取得。国連職員として国連本部や国連貿易開発会議などに勤務し、退職後は関西学院大学名誉教授を務める。現在、シアトル在住。85歳。

「陽の当たる場所」を求めて渡米

私が子どもの頃、日本は第二次世界大戦の真っただ中。生まれ育った神戸の町は空襲を受け、父が営んでいた洋酒店は焼け尽くされました。この空襲により母と死別し、苦しい幼年期を過ごしました。戦後はミッションスクールである関西学院に進学。中学から大学1年次まで同校に在学し、ESS(英会話サークル)部長として、英語の勉強に没頭していました。学校で英会話を教えていたアメリカ人宣教師との交流を通し、アメリカ文化を学びながら生きた英語を習得していくうちに、アメリカに対する憧れを抱くようになっていきました。

選択を迫られたのは、突然のことでした。ある日、父に呼び出され、「商売がうまくいかない。大学を卒業させるのは難しいから、中退するか、自分で学費を稼いで通ってくれ」と言われたのです。とてもショックを受けました。大学で学ぶ意欲のあった私は、バイトと勉学の両立を決断。家庭教師や保険の勧誘などの仕事をしながら通学しました。フルタイムさながらのスケジュールで働いていたため、講義を欠席しなければならないこともしばしば。まさに苦学生でした。次第に限界を感じるようになった私は、「苦しいのは同じなら、思い切って場所を変えよう!」と思い立ち、憧れの地であるアメリカへの留学を決意したのです。当時、お世話になっていたアメリカ人宣教師からの推薦のおかげで、無事にカリフォルニア大学バークレー校への編入が決定。授業料は奨学金で、現地での生活費はバイトで賄うことにしました。1953年、19歳にして日本郵船「氷川丸」に乗り、ついに神戸を出発。約1カ月に及ぶ船旅の後、降り立ったのは、ワシントン州シアトル港でした。

アメリカでの学生生活

終戦を迎え、日本国内は海外に住んでいた日本人が強制送還されたことで、深刻な人口爆発問題と食糧難に苦しんでいました。この解決策をどうにか見出したいと考えていた私は、カリフォルニア大学で人口学を学びました。自信のあった英語力は、講義では全く通用せず、教授の話を聴くので精いっぱい。実践的なケーススタディ(事例研究)や膨大な量の課題も抱え、何とか切り抜けるのに必死でした。勉強と並行してバイトもしなければなりません。週5日、毎日6時間、校内のカフェテリアで皿洗いをし、週末は教授宅で芝生の手入れをしながら生活費を稼ぎました。くたくたで寮に戻ったあと、眠い目をこすりながら勉強に励んだ日々は、今でも忘れられません。

「将来、国際社会に奉仕する仕事がしたい」と考えていた私は、より専門性を高めるべく、国際連合(以下、国連)との結び付きが強いコロンビア大学院に進みました。ここでは、これまで社会福祉の面から学んでいた人口学について、より視野を広げ、国際関係学や行政学的視点からアプローチします。夏休みにはニューヨークにある国連本部でのインターンシップに参加し、国際行政について実践的に学びました。国連とは、世界の平和と安全および国家間の友好関係構築を目的とし、あらゆる分野における国際問題に取り組む国際機関です。現在の加盟国数は193カ国。文化・言語・宗教・価値観を異にする国々の職員が一丸となり、中立かつ公正な立場で国際社会の平和的な発展に向けて働いています。私がインターンシップで配属されたのは、植民地問題を取り扱う部署でした。ベネズエラ人の上司から指導を受けながら「アフリカ大陸の植民地の経済発展に、国連の技術援助はどう影響を与えているか? その成果と問題点は何か?」という報告書を取りまとめました。 

インターンシップに参加するメリットは、実際の業務を経験すると同時に職場環境を知ることができる点です。私にとって特に印象的だったのは、国連では多様なバックグラウンドを持つ人たちが共通の目的に向け、協力し合いながら働いていること。本国のために働く外交官とは異なり、中立的に国際問題に取り組める点に魅力を感じました。国連でのインターンシップ経験は、私にとって国際公務員を目指すきっかけとなったのです。

国際公務員としてのキャリアがスタート

国連総会で演説を行う田島さん

大学院を出ると、発展途上国の経済・社会開発を援助する国連技術援助局(UNTAB)に2年契約でトライアル採用されました。現在の国連開発計画(UNDP)の母体となる機関です。日本人として採用されたのは私が初めて。職員として生き残るのはとても厳しい世界で、多様な国の人たちが働く内部での競争は、熾烈を極めました。自分がこれまで培ってきた語学力や専門知識も、英語を母国語とするハーバード大学やオックスフォード大学などの名門校出身者にはかないません。そこで私は、「スピード」で周囲と差を付けようと考えました。たとえば、会議の議事録作成では文法は完璧でなくても、要点を押さえた簡潔なメモを作り、翌朝上司が出勤する前に上司の机上に提出することを習慣付けました。競争の激しい国連では、「使いものになる」と上司から認められた人にはどんどん仕事が回ってきます。逆にそうでない職員はだんだんと仕事量が減り、契約が更新されません。会社がキャリアの面倒を見てくれる日本とは違い、自力で仕事を生み出し、次のステップを開拓していかなければならないのです。このように、私はスピードを武器に仕事に取り組むうちに、周囲から仕事を任されるようになりました。そして2年契約のあと、永久契約に昇進。晴れて正規の国連職員として採用されたのです。

正職員として採用されて以降は定年退職するまでの33年間、スイスのジュネーブにある国連貿易開発会議(UNCTAD)やニューヨーク国連本部事務局経済社会局(DESA)で勤務。先進国と途上国との格差を是正すべく奔走しました。

85歳で目指す次のステージ

国連に入って、上司からこんなアドバイスを受けたことがあります。「1カ所に留まらず、積極的に仕事を変えること。いろいろな分野で経験を積み、木ではなく森全体が見えるようになること」。私は国連での30年以上にわたるキャリアの中で、「発展途上国のための経済発展」、「先進国と発展途上国の格差の解消」という一貫したテーマを持ちながら、国連本部やUNTAB、UNCTADなど異なる環境で仕事をしてきました。また、退職後は母校である関西学院大学の教授に就任し、国際関係や紛争解決の講義を担当。夏休みには、国連の活動を次世代に引き継ぐべく、学生を連れてニューヨークでの国連研修ツアーも実施しました。この関学国連研修ツアーは昨夏で20年目を迎え、これまで約400名が参加しています。

現在は現役を離れ、シアトルで暮らしています。長きにわたりお世話になった国際社会に恩返しができるような取り組みに挑戦するというのが、次のステージの目標です。シニアの方も人生まだまだこれからという気持ちで頑張って欲しい。そして、これから社会を引っ張る若い世代の方々にはもっと外に目を向けて世界に関心を持って欲しいというのが、私の切なる思いです。

INFORMATION

2004年に出版された著書
『元国連職員から若者へ―「陽の当たる場所」を求めて―』

次世代の人たちに国連の活動についてより知ってもらいたいという思いから執筆されたエッセイ。アメリカでの苦学生活や国際公務員としての現役時代の奮闘ぶりなど、田島さんのこれまでの波乱万丈の道のりが赤裸々に語られている。そのメッセージに胸が熱くなることもあれば、思わずクスッと笑える場面も。留学での過ごし方のヒントが欲しい人、国際社会で活躍したいと考える人、国連の活動に興味がある人におすすめの作品だ。

カレッジ・フットボール観戦 【SNAPSHOT 2019】

SNAP SHOT 2019 December

カレッジ・フットボール観戦

11月29日にハスキー・スタジアムでカレッジ・フットボールのアップル杯を観戦しました。ワシントン大学ハスキーズは、ライバルであるワシントン州立大学クーガーズに31対13で勝利! スタジアムは紫のスクールカラーに染まり、大盛り上がりでした。(Y)

SNAP SHOT 次回もお楽しみに!

シアトルの松平家

 

マツダイラ家2世である6人。左から、スティーブンさん、テレサさん、ヴィンセントさん、アイダさん、テオファンさん、ポーリーンさん

日本人であれば、「松平」の姓を聞けば徳川将軍家を思い浮かべることでしょう。2019年3月にシアトルで亡くなったマーティン・ミッチ・マツダイラさん(享年81)も、松平姓の一族。現在シアトルに住むマツダイラ家2世の姉弟4名と、3世であるピーター・マツダイラさんに話を聞きました。

情報・写真提供:マツダイラ・ファミリー

シアトルへ渡ったマツダイラ家の祖は、松平康定(下記コラム参照)の五男の家系に生まれた松平徳久さんだ。1909年(明治43年)に初めてシアトルへ渡った。徳久さんは金沢の出身で、渡米前は金沢第二高校に通っていた。

インタビューに応えてくれた3世のピーター・マツダイラさんは、三つ葉葵紋で知られる徳川家の家紋がタチアオイ(hollyhock)ではなくカンアオイ(wild ginger)であることを発見した

シアトルで開かれたアラスカ・ユーコン太平洋博覧会に金沢の九谷焼商が出店する際、当時16歳だった徳久さんはその販売助手を務めることになる。

この博覧会は、太平洋沿岸諸国の発展を世界にアピールすべく、1909年に現在のワシントン大学所在地にて開催された万国博覧会。海外参加国のうち日本とカナダは大規模な展示を行った。日米間の経済交流を図るため、日本資本主義の父と呼ばれた渋沢栄一男爵率いる実業団も訪れていた。徳久少年はシアトル滞在中、アメリカ初の日系人プロ野球チームでピッチャーとして大活躍。その腕前は「黄金の腕」と呼ばれるほどだった。このように野球にどっぷりはまった徳久少年は、1年に及ぶ博覧会が終了したあともアメリカに残ることを決意する。

シアトルの日本人野球チームでピッチャーを務めた松平徳久(トーマス)さん

シアトルでは、宝石商のハーディー・トレーディングやリンカーン・ホテルで働く日々。野球選手としてのキャリアは、事故で片目を失ったことを機に幕を閉じた。そして渡米から10年以上が経った1921年(大正10年)、徳久さんは帰省時に金沢で縁談が成立し、結婚する。妻となったほとるさんは同じ石川県の出身。使命感が強く、行動力に長けた人物であった。ほとるさんは高校を卒業して金沢の銀行に勤務後、看護師に転身。1918年から1919年にかけてスペイン風邪が大流行した際は、患者の家まで自ら足を運び、薬を届けたという。

シアトルに移住した日系1世は、キリスト教に改宗する者が少なくなかった。徳久さんとほとるさんも渡米後にカトリック教徒となり、ほとるさんは、1952年に「ナショナル・カトリック・マザー・オブ・ザ・イヤー」を受賞した。夫婦の間には1948年までに14人の子どもが誕生したが、マツダイラ親子が生きたのは、日系人の歴史の中で非常に過酷な時代。1941年、日本軍による真珠湾攻撃を受け、マツダイラ一家を含めた12万人に及ぶ日系人が強制収容所での生活を強いられた。

松平ほとる(テレサ)さん。徳久さんと結婚したのは19歳の頃だった

マツダイラ家2世の男子9人は、全員米軍に従事した経験を持つ。長男であるジョン・タケヒサ(武久)さんは、第二次世界大戦中、第100歩兵隊および第442連隊戦闘団に自ら志願。イタリア戦線で致命的な傷を負い、米軍の戦傷章であるパープル・ハート章を授与された。その後、ジョンさんは画家として活躍。地元ノースウエストにおけるトップアーティストのひとりとして知られるようになった。次男であるマイケル・ヨシヒサ(吉久)さんは、陸軍情報部に入り、米占領軍として東京に駐在後、三男のフランシス・テルヒサ(照久)さんと共に、横浜駐屯地に配属された。8番目の子であるマーティン・ミッチ(光行)さんは、ボーイングでエコノミストとして勤務。また、ワシントン州のアジア太平洋問題委員会(CAPAA:Commission on Asian Pacific American Affairs)の初代事務局長を務め、日系コミュニティーにおける生活の質の向上に尽力した。

現在、シアトルに暮らすマツダイラ・ファミリーは、2世から5世まで。一家の歴史は、ほとるさんが生前記した手記に収められ、代々大切に受け継がれている。夏には盆踊り、正月にはおせちや雑煮と、日本の伝統文化も世代を超えて継承されている。

加賀藩側近、松平康定と松平大弐

元康(のちの家康)は松平家9代目当主となったが、1566年に三河国主になると名を徳川家康と改めた。他の分家は松平の姓を受け継いだと言われている。江戸時代初期、加賀藩主の前田家に仕える武士の中に、松平康定という男がいた。康定は、家康と同じく三河国の出身であったが、三河国伊保城主であった父親が戦死。その後、母と兄、妹ふたりを連れて加賀藩に落ち延び、前田家に仕官することとなった。徳川家と血筋を共にするという理由から、参勤交代で江戸に行く際には、松平家は藩主である前田家の殿さまよりも上座に座ることが許されたという逸話が伝わっている。
幕末になると、加賀藩の世子、前田慶寧(よしやす)は康定の五男の家系から本家の養子となった側近、松平大弐(だいに)を引き連れ、天皇に忠誠を誓う勤王派の中心、京都で長州藩と合流。幕府打倒に向けて協力したが、この企ては徳川家の知るところとなり、前田家は大混乱に。責任を取るべく大弐は切腹し自害。大弐の首は石川県金沢市の妙慶寺に祀られ、首から下はかつて加賀藩の飛地領だった滋賀県海津の正行院に埋葬されている。

 

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日本の魅力と言えば?訪れる人を慈しみ歓迎する「おもてなし」

心のこもった丁寧な振る舞いは、古来受け継がれる日本の宝。日本に根付くこの独特の文化を、世界の人たちはどう感じているのでしょう? 日本全国に英語教師や国際交流員を派遣する「JETプログラム」に参加した帰国者たちに、日本で印象的だったおもてなし体験について聞いてみました!

サービス精神旺盛! 粋な計らいに感謝

ダニエル・ウィンさん
(シアトル出身、東京都足立学園中学・高等学校に派遣)

2年間勤務する中で最も感動したのは、派遣先の学校の校長先生が休日にいろいろなところを案内してくれたこと。昔から日本の伝統芸能に関心があり、銀座の歌舞伎座に連れて行ってくれたことが何よりもうれしかった。ほかにも、居酒屋でおいしい日本酒を一緒に味わったり、校長先生の故郷である新潟県を案内してくれたり。僕が十分楽しめるよう、プライベートの時間を使ってまで日本各地を案内してくれた。おかげで日本のさまざまな文化を肌身で体験することができた。

「アットホーム」で「フレンドリー」

デヴィン・コーチさん 
(ニュージャージー州出身、群馬県玉村中学校に派遣)

街の人たちは裏表がなく、まるで家族のように私を受け入れてくれた。街を歩いているだけで誰かが必ず声をかけてくれて、ホームパーティーなどのイベントにもたくさん誘ってもらった。中でもいちばんの思い出は、街の人たちと楽しんだお花見。アメリカという異国からやって来た私をコミュニティーの一員として迎え入れてくれた街の人たちの気持ちがうれしく、その親しみやすさがとても印象的だった。

きめ細やかな心遣い

ニック・マッケーさん
(カリフォルニア州出身、佐賀県嬉野中学校、塩田中学校に派遣)

僕の心をつかんだのは、旅館のきめ細かなサービス。旅館のスタッフは、常にゲストを気遣う。細かなところにまで注意を払う様子は、アメリカではなかなか見ることができない。積極的にコミュニケーションを取りながら、その人に合った最適なサービスを提供しようと努める点に感銘を受けた。客のニーズを汲み取るための丁寧な会話に加え、何事にも心を込めて対応する姿勢に、日本ならではのおもてなしを感じた。

心からの祝福、そして協力

ムニバ・ムシュタクさん
(パキスタン出身、青森県各地の小・中学校に派遣)

滞在中、地元のコミュニティーセンターで挙式。町の人から借りた着物をまとい、「和装で結婚式」というユニークな体験ができた。会場の手配や当日の司会進行、ヘアメイクなど、ほとんど全ては地元の人たちが手がけてくれた。たくさんの協力の下、みんなで作り上げた結婚式の様子は、地元の新聞にも掲載された。挙式のために、町中の人が力を貸してくれたことに感動! 私の結婚を心から祝福し、協力してくれたことがうれしい。

 

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「ボストンキャリアフォーラム」に初参加!

日英バイリンガル向け就活フェア
「ボストンキャリアフォーラム」に初参加!

11月1日からの3日間、日英バイリンガル向け就活フェアに参加するため、ボストンに向かいました。今年のイベントの様子と共に、就職活動の一部始終をお伝えします。

取材・文:小川祐理子 写真提供:ディスコ インターナショナル

ボストンキャリアフォーラムとは

ボストンキャリアフォーラム、通称「ボスキャリ」(以下BCF)は、毎秋3日間開かれる世界最大規模の日英バイリンガル向け就活フェア。参加求職者は、北米の大学に通う学生や日英バイリンガルの転職希望者などで、その数は毎年3日間で1万人を超える。アメリカ国内に留まらず、中国やカナダ、フィンランド、日本など世界各地から就活生が集結する。国際感覚を身に付けたグローバルな「人財」を求め、大手日系企業や国内外のベンチャー企業、外資系企業など、今年は241社が出展し、1万2,031人の求職者が参加した。

会場となったボストン・コンベンション・アンド・エキシビジョン・センター

日本国内で開かれる一般的な就活フェアとの最大の違いは、イベント開催中に選考が行われること。求職者向けの企業説明会のみならず面接会なども実施され、開催中の3日間で内定獲得の可能性がある。それこそがBCF最大の魅力と言えよう。

ボスキャリ名物「ディナー」

BCF開催前日の朝、シアトルを発ち、夕方にはボストンに到着。ホテルのチェックインを済ませ、そのまま急いで「ディナー」へと向かった。

このBCF特有のイベントは、その名の通り「企業の社員と一緒に食事をすること」。企業から直接、誘いを受けた求職者だけが参加できる食事会だ。筆者の場合、BCF開催1週間前に日系企業A社の採用担当者から招待メールが届いた。食事会の目的は、「選考の一部」、「自社のアピール」、「内定者との懇親会」など企業によって異なるようで、そのスタイルや規模もさまざまだ。

ボストン市内のレストランに、A社社員、そして参加求職者数名がそろい、共に食事をした。少人数だったので、席の両隣にA社社員が座り、非常に近い距離で会話が進む。社会人経験があり、転職者として参加した筆者は、前職での経験や転職活動の状況などについて尋ねられることが多かった。終始肩の力が入りっ放しであったが、そのレストランの高級ステーキは素晴らしく、至福の時間を過ごした。食事会後、ホテルに戻ると、採用担当者から早速「明日、社長と面接をして欲しい」との連絡が! BCFならではのスピード感を味わった瞬間だ。

イベント当日

開場30分前にはすでにたくさんの参加求職者の姿が

いよいよBCF初日。受付後すぐに、A社の会社説明を聞いた後、面接を受けるべく指定されたインタビュールームへと向かった。密室の中、かなり近距離で行われた社長面接。和やかな雰囲気であったが、選考結果はわからぬままその日は会場をあとにした。

2日目は、会場に到着すると同時にA社から昨日の選考通過連絡が来た。翌日に面談をすることになったため、その日は日系企業B社のウォークイン(当日受付)に応募した。ブースにいた社員に履歴書を手渡すと、その場で1次面接をしてもらえることに。インタビュールームに移動し、面接を行ったが、その後何の連絡もないので、残念ながらB社とは縁がなかったようだ。

「たった3日で内定が出る!」人もいれば、長期にわたるケースも

最終日の朝、約束の時間にA社のブースへと向かった。すると、入社時期や職種の希望などについて確認されたあと、「一時帰国の際に日本で最終面接をしましょう」とのオファーが。BCFでは「ボストンで選考を進めるが、最終選考は日本で」というパターンは少なくないようだ。

また、イベントの数カ月前にエントリーシートを提出した後、スカイプで面接して本面接をボストンで行うという会社も多数。確かにイベント期間内に内定を得る求職者はいるため、「選考から内定までの全プロセスが3日間で終わる」というのも本当だ。一方で、それが全てではないことも知っておいたほうが良いだろう。

終わりに

当日は体力勝負。エナジードリンクやシリアルバーを持参する人も

イベント期間中の選考は非常にスピード感があり、3日間のうち気が休まる暇は一時もなかった。参加前に抱いていた「空いた時間でボストン観光も!」という楽しみは実現することなく終わり、帰りのフライトでは疲労のあまり離陸前に眠りに落ちてしまうほど。しかしながら、BCFには歴史ある大手グローバル企業、これから世界での事業展開を目指すエネルギッシュな企業と、さまざまな企業が出展しており、3日間の中で新たな発見や出会いを経験することができた。

数カ月後に控える最終面接までもうひと踏ん張り。ボストンでの頑張りを結果につなげたいところだ。


ディスコ インターナショナル キャリアフォーラム
https://careerforum.net

この店この味 Vol.9 パーティーの主役はフライドチキン

Vol. 9

甘口レビュー、辛口コメント、なんでもござれ! ソイソース食レポ班が、シアトル近郊のレストランの1品を主観フルスロットルでご紹介。

フェイマス・チキン2ピース、パン付き $5.89

パーティーの主役はフライドチキン

アメリカのソウルフードと言えば、フライドチキンが思い浮かぶ。がっつりお腹を満たせる、どんな場面にも持ってこいの一品だ。おいしいフライドチキンを提供する店はごまんとあれど、エゼルズは格別。店頭でカリッときつね色に揚げられた衣の香ばしい風味と、厚みのある鶏肉のしっとりとした食感は、1度味わうとヤミツキになってしまう。できたてをザクリとかぶりつくと、鶏肉のうま味がぎゅっと凝縮された肉汁が口の中にじゅわ〜! この至福の瞬間を求める人があとを絶たず、店は連日大にぎわいだ。味は好みで辛口に変更可能。ピリリと利いたアクセントに、食欲がさらにそそられる。オリジナルと辛口、どちらも捨てがたい!と迷う場合は、2種類入った「ハーフアンドハーフ」をお試しあれ。そして、何と言っても付け合わせのパンがたまらない。ほんのりとした甘みとふかふかの食感が特徴的なこの名脇役、コクのあるフライドチキンとの相性は抜群だ。計14店舗あり。(Y)

Ezell’s Famous Chicken
2300 N. 45th St., Seattle, WA 98103
営業時間:月〜水10:30am〜10pm、木10am〜12am、
金土10:30am〜2am、日10:30am〜12am
☎︎206-453-5250
www.ezellschicken.com

メジャーリーグサッカーカップ決勝戦【SNAPSHOT 2019】

SNAP SHOT 2019 November

メジャーリーグサッカーカップ決勝戦

11月10日にセンチュリー・リンク・フィールドで行われたMLS杯決勝戦。シアトル・サウンダースFCは、トロントを3対1で倒し、2016年に続き2度目の優勝を果たしました。観客動員数は史上最高の6万9,274人。サポーター大熱狂で盛り上がりました。(Y)

SNAP SHOT 次回もお楽しみに!

料理教室@パイクプレイス・マーケット イート・シアトル

料理教室@パイクプレイス・マーケット
イート・シアトル

(取材・文:小川祐理子)

シアトルの魅力のひとつは、食の豊かさ。市場やスーパーマーケットには地元の食材、ダイナミックな大きさのシーフードがズラリと並んでいる。シアトルの食材を自宅でもおいしく調理したい、ローカルな食文化にもっと密着したいと思い立ち、イート・シアトル主催の料理教室に参加した。

▲▼ 参加者と楽しくコミュニケーション取りながらデモンストレーションをするシェフ

この日、パイクプレイス・マーケットの中のアトリウム・キッチンで行われている3時間のクラスを受講したのは、筆者を含めて12名。デモンストレーション+調理+試食+フード・ツアーと盛りだくさんの内容で、しかも受講中は好きなだけワインが飲めるという、うれしい特典まで! ワイングラスを片手に、前菜のベリーとルッコラのサラダ、主菜のキングサーモンのロースト、デザートの自家製キャラメルソース添えチョコレートブラウニーと、3品を作った。使用する食材のほとんどは、実際にパイクプレイス・マーケットで売られているものだ。

シェフによるデモンストレーションでは、「焼く前に15分以上常温で寝かせる」、「中身がまだ透き通っているタイミングで温度を変える」といったサーモンの焼き方から、包丁の正しい使い方やソースの混ぜ具合など基本的なことまで、丁寧に教わった。その次はいよいよ調理の実践。各参加者で役割分担をし、力を合わせて料理を仕上げる。付け合わせの担当になった私は、12人分のジャガイモをひたすら切りまくった。そして、仕上げた料理をみんなで試食。ワインと一緒に3コースをがっつり味わった。

今回の主菜、サーモンのロースト。ラベンダー風味のアイオリソースとローストポテトを添えて

シメは、シェフのガイド付きフード・ツアー。パイクプレイス・マーケットをシェフが案内してくれるのだが、その間、市場に関するうんちくや食材の選び方など、普段はあまり知ることのない情報を教えてくれた。

お腹いっぱい、シアトルの食を学んだ今回のクラス。次回のメニューも楽しみだ。

ホットヨガで気持ちの良い汗を流そう シェファヨガ

ホットヨガで気持ちの良い汗を流そう
シェファヨガ

エココンシャスな店が集まるルーズベルトに立地

ストレスや運動不足の解消となるのはもちろん、代謝アップ、柔軟性向上、筋力強化も期待できるとして人気のホットヨガ。体験しにやって来たのは、シアトル市内のルーズベルトとクイーンアンに店舗を構えるホットヨガ・スタジオ、シェファヨガだ。開講しているレッスンは4種類ある。呼吸を意識した動きで血行を促進し、内臓機能の調子を整える「ホットハタ」、瞑想しながら心と身体をリラックスさせる「リストラティブ」、長い間ゆっくりとポーズを取り続けることで身体の経路を刺激しストレスを緩和する「イン」、絶え間なく動き、筋力・柔軟性・デトックス効果を高める「パワーヴィンヤサ」だ。

ヨガを行うスタジオ内部。高めの室温設定の中、音楽を聴きながら身体をゆっくり動かしていく

今回受講したのは、60分のパワーヴィンヤサ。およそ32℃に設定されたホカホカのスタジオ内で途切れることなくポーズを取り続ける。思ったより運動量が多い。腹部や腕、脚などいろいろな部位で身体を支えながらバランスを保つポーズでは、プルプルと自分の筋肉が震え、じわっと汗が出てくるのがわかる。しかし、ゆっくりと流れるように動くため、ハードな筋トレとは違う。インナーマッスルを鍛えるだけではなく、筋を伸ばして身体をリラックスさせることもヨガの特徴だ。首筋や脇の下、太ももの裏など、疲れが溜まって硬くなった部分を、息を吸いながらじっくりと伸ばし、吐く息と共にストレスを発散した。

ロビーにはブティックもあり、ウエアやマット、ドリンクが購入できる

明るくしんとした教室は、せわしない日常から切り離されたような空間。思考をいったん止めて体を動かし、自分の心身と静かに向き合うことができた。レッスン後は身も心もスッキリ! 次の日からまた頑張ることができそうだ。

Shefayoga Roosevelt

場所:6521 Roosevelt Way NE., Seattle, WA 98115
スケジュール:変動するため下記ウェブサイトで確認
料金:1回$19、2週間パス$25(新規生のみ)、1カ月パス$140など
問い合わせ:☎206-729-2561、info@shefayoga.com
詳細:www.shefayoga.com

 

虹色のラテ【SNAPSHOT 2019】

SNAP SHOT 2019 AUG 

虹色のラテ


ルーズベルトにあるアーバン・リュクス・カフェでは、カラフルなラテが人気となっています。細かい曲線で描かれる鮮やかなグラデーションは、まさに芸術そのもの。飲むのがもったいないくらいです。(Y)

SNAP SHOT 次回もお楽しみに!

メキシコの魅力が凝縮された街 オアハカ(メキシコ)

メキシコの魅力が凝縮された街
オアハカ(メキシコ)

メキシコらしいポップな色で彩られた街並み。歩いているだけで気分が上がる

メキシコで最も先住民比率が高いと言われ、伝統文化が色濃く残るオアハカ。スペイン植民地時代を思わせるコロニアル様式の建物などもあり、メキシコの魅力がぎゅっと詰まった場所です。

(取材・文:小川祐理子)

あのディズニー/ピクサー映画の世界が目の前に!

メキシコ南部、標高約1,500メートルに位置するオアハカ。最近では、映画「Coco(邦題:リメンバー・ミー)」の舞台となったことでも有名だ。街を歩いていると、気のせいか女性の観光客が多いように見える。それもそのはず、女子のハートを動かす条件「かわいい」と「おいしい」を兼ね備えている場所なのだ。

街中では、伝統衣装を着た人たちのパレードが行われることも

「美食の街」として知られているオアハカは、コーヒー豆やカカオ豆、長〜く伸びるチーズなどが特産品。これらをふんだんに使ったローカル・フードをお腹いっぱい味わえる、まさに食文化の宝庫である。街中はまるで屋台天国。至るところに店が並び、おいしそうな香りが広がる中で、地元の人たちが黙々と食事をしている。

しゃれたカフェも多い。コーヒー好きの私は、いろいろな店をめぐりながら、それぞれのコーヒーの味の違いを楽しんでいるだけで1日を過ごせてしまう。

さすがはコーヒーの一大産地!街中にはオシャレなカフェがたくさんある

現地で生活するように旅する醍醐味

どの国に行っても現地で生活するように旅したい私は、地元の生活をもっと肌身で感じられるよう、古代メキシコ文明の時代から続く「ティアンギス」という先住民の市場を訪れた。食材や衣類、日用雑貨といった生活必需品が売られており、まさに暮らしの中心と言える。生きた鶏までいた! ここではメキシコの大地の恵みを味わうべく、大量に積み重なって売られていたパイナップルを購入。ザクザクとその場で角切りにしてもらったパイナップルを頬張りながら、市場の中を練り歩いた。

安くておいしい屋台での食事。ふらっと寄ってサクッと食べ、また別の店に行くという楽しみ方も

民芸品でも有名なオアハカ。街中には多くの雑貨屋があり、織物や刺しゅう、陶器、雑貨などが売られている。これらは先住民の人々が受け継いだオアハカの伝統工芸だ。カラフルでかわいらしい品物を前に、普段は存在感の薄い私の女子的一面が思わず顔を出す。

露店で売られている雑貨。見事な刺繍に思わず足が止まる
マリーゴールドやライムなど自然のもので色染め
毛織物工場にて。ひとつひとつ丁寧に人の手で織り込まれる

秘境、イエルベ・エル・アグア

もちろん、素晴らしい自然もある。スペイン語で「沸騰した水」という意味を持つイエルベ・エル・アグアではミネラル濃度の高い冷水が湧き出ており、長い年月をかけて独特の地形が生まれた。湧き出る透明な水と、周囲に広がる山の緑とのコントラストが見事で、ずっと眺めていたくなる。

オアハカ中心地から約65キロ南東にあるイエルベ・エル・アグア

食事にショッピングはもちろん、こうした美しい大自然もオアハカの魅力。旅を楽しむには欠かせない要素が盛りだくさんの場所だ。今回は4泊5日の滞在だったが、見どころがあり過ぎて、何日いても足りないと感じるほどだった。これからもずっと、メキシコの古き良き伝統文化が残る街であって欲しいと思う。

庶民の生活感が漂う市場。売り手を見ると、先住民比率の高さが感じられる

 

┃シアトルからの行き方

直行便はないが、アメリカ南部の都市やメキシコシティなどを経由して早ければ9時間前後で着く。航空券はメキシコシティとの往復で取り、そこからは高速バスで移動するのも一般的だ。約7時間かかるが、メキシコは高速バスのサービスが充実しており、車内は快適そのもの。

シアトル航空博物館特別展「デスティネーション・ムーン:アポロ11号計画」

「デスティネーション・ムーン:アポロ11号計画」
シアトル航空博物館特別展

圧倒的なスケールで飛行機や宇宙船を展示するシアトル航空博物館。人類初の月面着陸50周年を記念した巡回展が開催中です。この夏休み、親子で出かけてみませんか?

取材・文:小川祐理子 写真:ハントシンガー典子

 

7月20日(土)、人類初の月面着陸から50年を迎える。アポロ11号は1969年、アメリカ人のニール・アームストロング、バズ・オルドリン両飛行士を月に送り、地球に帰還させることに成功した宇宙船だ。テキサス州ヒューストンにあるアメリカ航空宇宙局(NASA)により、歴史的なミッションを達成した。

会場には、ソ連による宇宙船ソユーズに加え、スミソニアン博物館から提供された貴重なコレクションがずらり。アームストロング氏の宇宙名誉勲章や月に持参したライト兄弟による初号機の欠片、オルドリン氏が実際に着た宇宙服、アポロ計画のミッション・コントロール管制室、アポロ12号が採取した月の岩石など、この特別展だからこその展示物もあった。

オルドリン氏が月面で着用したヘルメットとグローブ
アポロ11号司令船、コロンビア。現物を細部まで間近で鑑賞できる、またとない機会だ

そして目玉は、アポロ11号のパーツのうち唯一地球に戻った「コロンビア」だ。前述のふたりとマイケル・コリンズ飛行士の3名を乗せ、1969年7月16日に宇宙へと打ち上げられたサターンVは、司令船、機械船、月着陸船の3つのパーツで構成される多段式ロケット。その司令船に当たるコロンビアはコリンズ氏が操縦し、アームストロング、オルドリン両氏の月面着陸中に月を周回していた。その後、3名と共に月面で採取した貴重な試料も地球へ届けた。会場では、月から帰還し太平洋に着水した当時の映像も公開されている。

世界最大規模のコレクションを誇る常設展と合わせて、この機会に空と宇宙の歴史を体験してみてはいかがだろう。

175を超える航空機や宇宙船が並ぶ常設展も見逃せない! 有料のオーディオガイドは日本語も

案内してくれたシアトル航空博物館のテッド・ フエッターさん

 

Destination Moon: The Apollo11 Mission

日程:開催中〜 9 月 2 日(月)10am 〜 5pm
場所:The Museum of Flight
   9404 E. Marginal Way S., Seattle, WA 98108
料金:一般 $35、65 歳以上 $31、5〜17 歳 $26、5 歳未満無料
問い合わせ:☎︎206-764-5700
詳細:www.museumofflight.org
※第1木曜日は10am〜9pm開館、5pm〜9pm常設展無料(特別展 $10)

月面着陸 50 周年をシアトルでお祝いしよう

宇宙にちなんだイベントや商品など、シアトルの街全体がお祝いムード一色に!
以下、その一部をご紹介します。

ルーナー・ブロック・パーティー
Lunar Block Party

7月19日(金)から21日(日)まで、シアトル航空博物館入館者は、ビアガーデンやフード・トラック、ファミリー向けゲームなど盛りだくさんのアクティビティーが楽しめる。宇宙開発の展望について、NASAの科学者、エンジニア、宇宙飛行士ら専門家と生でディスカッションできるイベントも。金・土曜日の午後6時から11時までの夜の部は、ビートルズのトリビュートバンドであるブリティッシュマニアや、アメリカのオーディション番組「アメリカン・アイドル」のファイナリスト10組によるコンサートも開催(別途チケット購入が必要)。

シアトルズ・サマー・オブ・スペース
Seattle’ s Summer of Space

9月2日(月)までの特別展示期間中 、シアトルのローカル・ビジネスが宇宙にちなんだ特典や商品を提供する。フォー・シーズンズ・ホテルは、宇宙をテーマにしたアメニティや特製カクテルを用意。また、スカイビュー展望台では、特別展チケットの提示で入場料が25%オフに!人気アイスクリーム店のモリー・ムーンズでは7月1日(月)〜29日(月)に夏季限定「スペース・サンデー」が登場。エリジアン・ブリューイングの「スペース・ダスト」7月限定パッケージにも注目だ。このほかにも協賛企業はたくさん! 詳細は公式サイト(https://seattlessummerofspace.org)にて。

シアトルの県人会~あふれる郷土愛! 

シアトルの日本人コミュニティー

さまざまな日本人のグループやサークル、日系団体が集まるシアトルでは、日本人/日系人コミュニティーの中で、異国にいながらも日本を身近に感じることができます。同じルーツを持つ者同士、新しい出会いや体験を一緒に楽しんでみませんか?

※2019年6月1日現在の情報を記載。内容は変更される場合があります。

取材・文:磯野 愛、室橋美佐、小川祐理子、加藤 瞳、田中美和、ハントシンガー典子 写真提供:各団体/グループ

県人会 歴史、文化から「ゆるキャラ」まで、あふれる郷土愛

シアトル熊本県人会

1907年に設立されたシアトル熊本県人会。「熊本県にルーツを持つ日系人を始め、留学や駐在を機に渡米した熊本県出身の日本人、くまモンが好きな人、熊本県出身者の友人など、いろいろな人が所属しています。会員の年齢も、1歳の赤ちゃんから90歳を超えるお年寄りまでとさまざま。新年会、夏のピクニック、バス旅行の3つのイベントを毎年行っています」と、カルビン・テラダ会長は紹介する。

テラダ会長は日系4世で、2児の父。熊本県出身のソイソース記者インターン(左)と共に

活動の目的のひとつは、日系移民の歴史や日本とのつながりを次世代に伝え、継承すること。バス旅行ではこれまで、米国西海岸で最初に日系人強制収容の標的となった土地として知られるベインブリッジ・アイランドや、長崎に投下された原爆のプルトニウムが生産されていたリッチランドにあるハンフォード核施設などを訪れたという。

また、熊本県の美しさや、歴史、人、食べ物の素晴らしさなど、その魅力を広める活動も行う。「会員の皆さんが、そうした取り組みを通して、より興味を持ったり、歴史的な結び付きに誇りを抱いたりしています。熊本県を通じて人と人がつながることが非常にうれしい」と、テラダ会長は笑顔を見せる。そして、熊本県から移り住み、ここアメリカの地で私たちの生活を築いていった祖先への感謝を示すこと、自分の子どもたちに熊本県とのつながりについて教えることが自分の使命とも語る。「常にそう感じながら、熊本県人会の活動に取り組んでいます」

参加条件:熊本県出身者、熊本出身者を先祖に持つ人、JETプログラム同窓生、熊本県に友好的な人、くまモンが好きな人
会費:年間$20(家族)、個人$10
問い合わせ: calterada@comcast.net(カルビン・テラダ)

 


その他の県人会

シアトル福島県人会

1918年に活動を開始。昨年に創立100周年を迎え、東日本大震災および福島第一原発事故からの福島の復興に尽力している。
問い合わせ:seattlefukushima@gmail.com(パトリシア・ヤマダ)

シアトル山梨郷友会

1920年頃に発足。戦前、シアトル日系財閥で古屋商店を経営していた古屋政次郎氏も幹部を務めた。毎年の新年会が盛況。
問い合わせ:keiko.iwai9822@gmail.com(岩井恵子)

シアトル静岡県人クラブ

1902年に設立。年に1度、新年会で集まり、会員やその家族・友人との親睦を深めている。静岡県に興味を持つ方の入会も歓迎。
問い合わせ: lilhay@frontier.com (リリアン・ハヤシ)

ワシントン州京都人会

京都府出身あるいは在住経験のある人たちの親睦会として、定期的に交流。加柴司郎さんが現会長を務める。
問い合わせ:kyotoshi64@gmail.com(松本加奈子)
詳細:www.kyotojinkai.org

シアトル紀州クラブ

1905年に設立され、現在会員は35名。紀州祭りや忘年会、旅行などの催しを実施。他の県人会と共同で活動を行うこともある。
問い合わせ:wakayama@earthlink.net(佐々木タヅエ)

シアトル広島県人会

1900年に設立したシアトル最古の県人会。年に5、6回のアクティビティーのほか、毎年8月にシアトル浄土真宗西本願寺別院と合同で原爆犠牲者特別法要を実施。
問い合わせ:namekata@comcast.net(行方なめかた つかさ
詳細:http://seahiro.org

シアトル・タコマ福岡県人会

1907年設立。親睦会やバス旅行のほか、福岡県国際交流センターと通じた交流事業も毎年行っている。
問い合わせ:swadener8sea2fuk@yahoo.com(クリスティーナ・スウェドナー)
詳細:https://fukuokaseattle.jimdo.com

シアトル鹿児島県人倶楽部

今年で創立112周年を迎える県人会。新年会やピクニックなどを実施している。会長は今年度から田渕勝男さんが新しく務める。
問い合わせ:nanshiyu@gmail.com(田渕勝男)、minae5151@gmail.com(末次美苗)

ワシントン州沖縄県人会

毎年、新年会やピクニックを開催。太鼓集団「沖縄県人会鼓衆」として、地元のイベントで琉球芸能を披露する活動も行っており、タコマで月1回、合同練習を行う。
問い合わせ:tomo.u.oki@gmail.com(上原朝之)
詳細:http://okkwa.org

シアトル宮崎県人会

有志による小規模なミートアップを中心に活動を重ね、2025年より宮崎県との正式な連携を開始。現在はオフィシャルな県人会として、宮崎県出身者や宮崎にゆかりのある人々の交流を広げている。
問い合わせ:wamiyazakikenjinkai@gmail.com(長友 裕子)
詳細:https://www.seattlemiyazakikenjinkai.com
※2026年1月追記

シアトルで日本を感じよう 日本人コミュニティー
 ・日系団体 日本とシアトルをつないで
 ・県人会 歴史、文化から「ゆるキャラ」まで、あふれる郷土愛
 ・学友会 懐かしい母校から広がる縁
 ・大学生コミュニティー 文化交流とキャリアアップ
 ・スポーツ・サークル この夏、一緒にプレーしながら爽やかな汗を!
 ・音楽グループ みんなを元気にする音楽の力

 

アーティスト 太田翔伍さん 言語にとらわれず伝えるアートの魅力

言語にとらわれず何かを伝えられるのが アートの魅力のひとつ

アーティスト 太田翔伍さん

シアトルを拠点にデザイン活動を行う太田翔伍さんが、6月9日、フリーモントにあるライトハウス・ロースターズで、ポップアップ・イベントを開催しました。太田さんのバラエティーに富むスタイルはどのようにして生まれるのでしょうか。作品づくりの秘密に迫ります。

(取材・文:小川祐理子)

売れっ子の「スタイリスティック・カメレオン」

アイダホ大学に進学し、そのままアメリカでアーティストとしてのキャリアを築いた太田さん。これまでに手がけた作品は、セブン・コーヒー・ロースターズ、シアトル水族館、スターバックスなど、多くはシアトルの地元ビジネス向けだ。たった1本の線で複雑な絵を描くこともあれば、ダイナミックな壁画を作り上げることもある。時には、野菜や木、デニム生地といったユニークな材料を使用することも。このように、あらゆるクライアントのニーズに応じつつ独自のテイストを打ち出す太田さんは、「スタイリスティック・カメレオン」とも呼ばれている。「さまざまなスタイルを取り入れ、いろいろな分野のアートやデザインに携わっていることが強み。常日頃から、さまざまなジャンルのアーティスト作品を見て勉強し、次の作品につながるようアンテナを張っています」


ライトハウス・ロースターズにある展示作品。「自分が見た時に欲しいと思うかどうかを考え、恥ずかしくないものができるまで人には見せない」。それが、アーティストとして絶対に譲れない、太田さんのこだわりだ

そんな太田さんの仕事のスタンスは、「スケジュールとニーズさえ合えば、来るもの拒まず引き受ける」というもの。レストランのブランディングから、自転車やパズル、ビーチタオルのデザインまでをこなす。ジャンルは違えど「アイデアを出してカスタマイズする過程が楽しい」と言う。デザインだけではない。展示会やイベントなどにも積極的に参加。今回のライトハウス・ロースターズとのコラボレーションもそのひとつだ。リクエストされた絵をコーヒー豆袋に描くという、楽しさいっぱいのポップアップ・イベントは多くの地元客を笑顔にした。

 

作品を通じてポジティブなメッセージを伝えたい

アパレル・ブランドであるフェイラーのロゴや、ルラ・サラダのフード・トラックなど、太田さんの作品はシアトルの日常に溶け込んでいる。独創的でついつい興味をそそられるデザインは、シアトルで生活している人であればきっと1度は目にしたことがあるだろう。「シアトルの人が日常の中で自分の作品を目にし、少しでもハッピーな気持ちになってくれたらうれしい。写真を撮ったり、子どもに見せてあげたり、それだけでポジティブなメッセージが十分伝わると思います。『お、かっこいいな!』くらいの感じで、チラッと見てくれたら僕としては大満足」と、太田さんは語る。

2016年に期間限定で提供されたスターバックスの「グリーンカップ」のデザインは代表作のひとつ。多種多様な人々が1本の線で描かれているデザインは「結束(Unity)」を表す。大統領選挙を目前に控えた米国で、このカップは反響を呼んだ。ひとりのおばあさんから「あなたの作品のように、これからもっとたくさんの人々が助け合う時代になっていって欲しいわ。ありがとう」と、感想を受けたことが印象的だったと話す太田さん。「アートの魅力のひとつは、文字や音がなくても何かを伝えられること。作品を通じて、言語にとらわれることなく、良いメッセージをどんな人にも伝えることができます。それができているのなら、それこそが自分の作品の魅力だと言いたい」

ライトハウス・ロースターズでは6月いっぱいの予定で、太田さんの作品10点を展示・販売している。この機会にぜひ足を運んで、作品のメッセージを感じてみて欲しい。

太田翔伍◼️岐阜県出身。日本の高校を卒業後、アイダホ大学でアートを専攻。シアトルのデザイン・スタジオ、モダン・ドッグ・デザイン・カンパニーに勤務した後、2012年11月にタイヤマン・スタジオを立ち上げ独立。www.tiremanstudio.com

 

ライトハウス・ロースターズでのポップアップ・イベントにて。店内には、太田さんの作品を目当てに訪れた、たくさんの日本人客の姿も


Lighthouse Roasters

400 N. 43rd St., Seattle, WA 98103
営業時間:月〜金6am〜7pm(土日6:30am〜)
☎206-633-4775
https://lighthouseroasters.com
※店舗での作品の展示・販売は6月30日(日)まで。購入の場合、受け取りは展示会終了後。

 

 

「一生を捧げ悔いなし 阿波踊り」娯茶平7代目連長 岡 秀昭氏にインタビュー

「一生を捧げ悔いなし 阿波踊り」
娯茶平7代目連長 岡 秀昭氏にインタビュー

取材・文: 小川祐理子 写真提供:娯茶平

由緒ある阿波踊り連、娯茶平(ごぢゃへい)。連とは、踊り子グループのことで、毎年8月に徳島市で開催される阿波踊り大会では、それぞれの連が異なる特徴の踊りを披露する。娯茶平7代目連長を務める岡 秀昭氏がジャパンフェアに参加し、メインステージで29日に阿波踊りレッスンを、30日に阿波踊りコンテストを行う。イベントに先駆け、岡氏に娯茶平の活動と奥深い阿波踊りの世界について話を聞いた。

娯茶平で踊り続け60年余り

1946年に「オール前川娯茶平倶楽部」という名前で誕生した娯茶平。まだ戦争の傷跡が残る中、「ひと時でも憂さを忘れて踊りたい」という思いから、徳島県の方言で「でたらめな人」を意味する「ゴジャ」からその名を取り結成された。結成当時、連員は28名。男性のみだったという。それから70年以上が経った現在、連員数は385名に上り、男女問わず5歳の子どもから80歳を超えるお年寄りまでが所属している。

「入連するなら娯茶平と初めから決めていた」と、岡氏。入連から20年後に連長に就任し、今も現役の踊り手として活躍する。徳島県の阿波踊り本番を控えた夏季は週に5日練習に打ち込み、それ以外の時間では体力維持のためスポーツジムに通うなど、まさに阿波踊りに身を捧げている。

人生の大半を阿波踊りと共に歩んできた岡氏であるが、これまでの活動で特に印象的だったのは、天皇陛下に天覧踊りを披露したことだと話す。1970年の大阪での日本万国博覧会や、2014年の皇居での天皇陛下傘寿祝いなどにおいて、昭和天皇に2度、現在の上皇に2度、経験を持つ。その功績が評価され、2013年には徳島県表彰も受けた。まさに「阿波踊り界のレジェンド」。今後の目標は、「2020年の東京五輪の開会式で、大規模の人数で踊ること」だ。

参加して楽しむのが阿波踊りの醍醐味

地を這うように低く落とした腰にゆっくりとしたテンポ、能のようなすり足が特徴の踊り方は「娯茶平調」と呼ばれ、阿波踊りの主流のひとつになっている。また、漁師の投網を模した男踊りの技法「網打ち」は1981年に岡氏自身が命名し、一躍有名となった。娯茶平は、日本全国はもとより、欧米・アジア・南米など海外公演も行う。

阿波踊りの魅力を世界に発信している娯茶平だが、「国内でも海外でも気持ちは一緒。1人でも多くの人たちに本場徳島の阿波踊りに足を運んで欲しいという思いで公演している」と、岡氏。観光客数ワースト1位である徳島県を、阿波踊りを通じて盛り上げたいと、精力的に活動を続けている。

今は亡き日本の名俳優、津川雅彦氏も、娯茶平の踊りに魅せられたひとりだ。「阿波踊りは実際に見るより、踊ったほうが良い。参加型の民謡ですね」。そう感想を述べた津川氏が忘れられないと岡氏は語る。

今回のジャパンフェアも、29日の岡氏による阿波踊りレッスン、30日のコンテストと、まさに参加型の祭典。見て楽しい、一緒に踊ってより楽しい阿波踊りの魅力を、ぜひ会場で味わってみて欲しい。


「同じ阿呆なら、踊らにゃ 損そん!」
阿波踊りコンテストの連募集 
優勝連にはマリナーズボックス席10枚!!
8人以上の連(チーム)を組んで、阿波踊りコンテストに参加しよう。岡氏が選んだ優勝連には、 マリナーズのボックス席チケット10枚が贈られる。 
登録はこちらから: japanfairus.org/page/awa-odori

 

岡 秀昭氏によるプログラム

会場メインステージ:
6月29日(土)2pm~2:45pm    「阿波踊りレッスンとデモンストレーション」

6月30日(日)2pm~2:45pm 「阿波踊りコンテスト」

フレンズ・オブ・ジャパン・ガーラ:
6月29日(土)フレンズ・オブ・ジャパン・ガーラで踊りの披露

岡 秀昭 ■ 娯茶平7代目連長。1960年に入連し、1980年連長に就任。これまでに47都道府県、海外約20カ国で阿波踊りを披露している。


ジャパンフェア 2019
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日程:
6月29日(土) 10:00am – 6:00pm
6月30日(日) 10:00am – 5:00pm

場:
メイデンバウアー・センター
11100 NE. 6th St., Bellevue, WA 98004

ウェブサイト:
http://japanfairus.org

フリーモント・サンデー・マーケットに初参戦!

フリーモント・サンデー・マーケットに初参戦!

肌寒い季節も過ぎ、快晴が続く中、ソイソース記者インターンが初めてのフリーモント・サンデー・マーケットを楽しみました。

ペットのワンちゃんも入場可能!ドッグフード専門店もあり

(取材・文:小川祐理子)

手作りの工芸品や味のある古着、アンティークのグッズと、この場所ならではのオシャレな店が勢ぞろい。ひと際目立つ巨大なフラッグを越えれば、そこから先は歩行者天国だ。道の両脇にはかわいいジュエリーなどがずらりと並び、目はハートに!ついつい全部の店に足を運びたくなり、マーケットの中を右へ左へとジグザグと進んだ。

ストリート・フードも充実している。タコスやピザ、アイスクリームなど、地元食材を使ったその店自慢の味がずらり。この日私が購入したのは、搾りたての冷えたパイナップルジュースとアツアツのたい焼き。たい焼きの中には、ベーコン、卵、ネギ、チェダーチーズが入っていてランチにぴったりだ。

マーケットのすぐ隣には、きらきらと輝くフリーモント運河と、緑が茂るトレイルが広がる。ひとりでのんびりするも良し、友人やペットと楽しむも良し。ぜひ散歩がてらお気に入りの1品を探しに足を運んでみては。

シアトルスタイルってどんなファッション?

歴史産業博物館
「シアトルスタイル ファッション/ファンクション」展

シアトル地域を中心に歴史や産業に関する展示がそろう歴史産業博物館、通称MOHAI(モハイ)。5月4日から新しく始まった特別展に、ソイソース記者インターンが早速行ってきました!

取材・文:小川祐理子

1951年のツーピースのドーム型ドレス(左)と1937年のシルクのイブニングドレス(右)

シアトル発の大型百貨店、ノードストロームがスポンサーとなり実現した今回の特別展。1800年代半ばから現代に至るまでにシアトルの人たちが身にまとったファッションが紹介されている。そのスタイルは、オートク チュールからグランジまでとさまざまだ。

会場は4つのテーマごとに分かれている。まず「自然と空間」をテーマとした展示では、自然に囲まれ雨の多いシアトルだからこそ発展した、機能的かつオシャレな服装を見ることができる。「成長と熱望」の展示では、かつて未開拓の地であったシアトルが、都市へと成長するにつれ、人々のファッションも変化してきた様子がわかる。そして「ノースウェスト・カジュアル」の展示は、20 世紀後半からカジュアルウエア産業がシアトルで浸透し、フォーマルとカジュアルの要素を兼ね備えたシアトルならではのファッションが確立するまでの流れを振り返る。

最後に訪れた「革新者と異端者」の展示は、ほかとはちょっと趣が異な る。組織であっても個人であっても、主流のファッション・スタイルが表現するものとは違う信念やアイデンティティーを持つことがある。このセクションでは、社会の規範を超え、個人の創造性や多様性を反映したファッションを鑑賞できる。

80年代に大流行したユニオンベイは、シアトルに本店を構えるカジュアルウエア・ブランド

これらの展示品は、MOHAIで衣装や生地を取り扱うコレクション・スペシャリストのクララ・バーグ氏によって厳選されたもの。幅のある大きなサイズの衣服もあり、「ファッションは、モデルのようにほっそりとした体型の人だけが楽しむものではない」というバーグ氏のポリシーが垣間見える。

特別展は10月14日(月)まで開催中。シアトルのファッションを、いつもとは違う目線で楽しんでみてはいかがだろう

 

 

Museum of History & Industry

Seattle Style: Fashion/Function

日程:開催中〜 10 月 14 日(月)10am 〜 5pm
※第 1 木曜日、7・8 月の毎週木曜日は10am 〜 8pm
場所:860 Terry Ave. N., Seattle, WA 98109
料金:大人$21.95、シニア$17.95、学生$16.95、子ども(14歳以下)無料
問い合わせ:☎︎ 206-324-1126
詳細:https://mohai.org