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Author: 松浦 有佑

米国小児科専門医。ワシントン大学シアトル小児病院小児発達行動専門フェロー。日本医師免許取得後、日本国内初期研修を経て米海軍病院で勤務。アメリカ医師免許を取得し、2021年からニューヨークのマウントサイナイ病院で小児科専門医レジデンシーを開始。同時にジョンズホプキンス大学で公衆衛生修士課程を専攻。ともに修了し、2024年より現職。NHKワールドや在米邦人チャンネルさくらラジオでラジオドクター等の出演歴あり。共著には『全く英語が話せなかった私のとっておき医療英語勉強法』『ぼくらのリアル!メディカル英会話フレーズ集』がある。2026年に『発達障害を正しく知る』(幻冬舎新書)を刊行。

第14回 子どもの食べムラをどう見守る?〜Dr.松浦の診察室から

小児科医が臨床経験と知見をもとに、子育て中の皆さんの不安や迷いに寄り添う情報をお届けします。

第14回 子どもの食べムラをどう見守る?

子どもの食事について、「昨日まで食べていたものを急に食べなくなった」「好き嫌いが激しく、野菜をほとんど食べない」と心配になる保護者は少なくありません。今回は、子どもの好き嫌い、食べムラについてお話しします。

子どもの食欲は毎日同じではない

まず知っておきたいのは、子どもの食欲は一定ではないのが自然だということです。乳児期は成長が速いためいつも食欲旺盛に見えるかもしれません。しかし1歳を過ぎるころから成長のスピードはゆるやかになり、ミルクから一般食への移行も進むため、食欲や食事量が不安定になりやすくなります。また、風邪や胃腸炎といった軽い体調不良でも、数日間食欲が落ちることは珍しくありません。

好き嫌いは発達の一部でもある

小さい子どもに好き嫌いが出てくることは、発達の段階でよく見られ、特に2歳を過ぎた頃から表れやすくなります。「いらない」と自分の意思を示せるようになることも関係しています。そのため、昨日は食べたのに今日は食べない、同じ食品でも切り方や盛り付けが変わると食べない、といったことが起こりえます。また、幼児期は新しい食べ物に対して警戒が強く、見た目、におい、食感が少し違うだけで拒否することもあります。多少の好き嫌いや食べムラはあまり心配する必要はありませんが、数カ月単位で体重が増えない、または減っていく場合には慎重に見ていく必要があります。

食べる・食べないを4つの視点で考える

専門外来では、子どもの食べムラや食事の困難を考えるとき、「医学」「栄養」「食事能力」「社会心理」の4つの視点から整理することがあります。

  •  1つ目は、医学的な問題です。胃食道逆流、便秘、呼吸の問題、神経や筋肉の病気など、食べること自体を難しくする身体の問題がないかを考えます。
  •  2つ目は、栄養の問題です。体重や身長の伸び、鉄分やビタミンなどの不足、必要なカロリーや水分がとれているかを見ます。
  •  3つ目は、食事能力の問題です。噛む、舌を動かす、飲み込むといった食べるために必要な口やのどの機能に問題がないかを確認します。
  •  4つ目は、社会心理面の問題です。食事への興味の薄さ、食事中にむせた経験や、知らない食べ物への恐怖や不安、食卓でのプレッシャーなどを評価します。

これらの領域のいずれかに明らかな困難が認められると、小児摂食障害(PFD: Pediatric Feeding Disorder)という診断がつくことがあります。また、4つ目の社会心理によるものが大きな原因で生活に困難をきたす場合には、回避・制限性食物摂取症(ARFID:Avoidant/Restrictive Food Intake Disorder)という診断が検討されることもあります。

つまり、「食べムラ」といっても、本人の努力や保護者のしつけだけで解決するものばかりではありません。強い不安やパニックがある、食べた物を飲み込むときにむせる、飲み込みにくさがある、といった場合には、医学的な背景が隠れている可能性もあります。

無理に食べさせないことも大切

1歳前後から幼児期の子どもがいつも食べていた物を急に食べなくなったとき、保護者からすると不安になるでしょう。しかし、嫌がっている子どもの口元に何度もスプーンを持っていく、泣いているのに口に入れようとする、といった対応は避けたいところです。食事が「怖い」経験になると、かえって食べ物への拒否感、いわゆるfeeding aversionが強くなることがあります。毎回の食事が戦いのようになっている場合には、いったん食卓のプレッシャーを下げることが大切です。例えば、食べることを急がせず、まずは食べ物を手で触る、においをかぐ、なめてみるだけでもよいと考えます。子どもが自分のペースで食べ物に近づく機会を作ることで、食事への興味につながることがあります。

食事は、ただ栄養をとるためだけでなく、安心して家族と過ごし、新しい経験を広げる時間でもあります。子どもの好き嫌いや食べムラの多くは発達の中でよく見られるものですが、心配であれば早めに小児科医に相談しましょう。アメリカでは、小児科の健診でも食事や成長の様子を確認し、必要に応じて助言を行います。困ったときは気軽に相談してみてください。

『発達障害を正しく知る』(幻冬舎新書)
松浦有佑さんの新刊が3月25日に発売されました。発達障害をめぐる誤解や不安について、最新の研究や世界の知見をもとにわかりやすく解説した一冊です。シアトルの紀伊國屋書店ほか、オンライン書店でも購入できます。
詳細:www.gentosha.co.jp/book/shinsho

第13回 子どもの運動発達を知る〜Dr.松浦の診察室から

小児科医が臨床経験と知見をもとに、子育て中の皆さんの不安や迷いに寄り添う情報をお届けします。

第13回 子どもの運動発達を知る

子どもは生まれてから、驚くほどのスピードで多くの運動機能を身につけていきます。初めて首がすわった日、そして初めて歩いた日。こうした目に見える成長の瞬間は、家族にとっても強く記憶に残る出来事ではないでしょうか。

赤ちゃんの体の使い方は、実は、決まった順番や方向性があり、その流れを知っておくと、子どもの成長をより深く理解する手がかりになります。今回は、子どもがどのように運動スキルを身につけるのかをお話しします。

運動機能には2種類ある

子どもの運動機能は、医療や発達の分野では大きく2つに分類されます。一つは粗大運動、もう一つは微細運動です。

粗大運動とは、体全体を使う大きな運動のことです。例えば、首がすわる、寝返りをする、歩く、走るといった動きがこれにあたります。

一方、微細運動とは、主に手先を使う細かな運動のことです。物をつかむ、スプーンを使うといった動きが含まれます。

粗大運動は「頭から足へ」発達する

粗大運動には、体の機能が頭から足へと発達していくという特徴があります。

赤ちゃんの粗大運動で最初に目立って発達するものの一つが、首がすわることです。一般的には、生後3カ月から4カ月ごろまでに首が安定してくる赤ちゃんが多いとされています。これは、頭や首を支える筋肉や神経の働きが育ってくることで起こります。

その後、赤ちゃんは寝返りをするようになります。首だけでなく肩や胸、体幹の動きが少しずつ加わってくるためです。さらに成長すると、お座りができるようになり、はいはいを始めます。骨盤まわりの力がより発達し、自分の体を支えられるようになることで可能になります。

そして、つかまり立ち、ひとり立ち、歩行へと進んでいきます。この頃になると、足の力やバランスを取る力が発達し、全身を使って移動できるようになります。

この流れを見てみると、子どもの粗大運動は、首から体幹、そして足へと、まさに頭から足に向かって発達していくことがわかります。

微細運動は「体の中心から指先へ」発達する 

微細運動にも、発達の方向性があります。体の中心に近い部分から、より末端である手首や指先へと発達していきます。

赤ちゃんはまず、自分の手を口に持っていくようになります。これは、肩や上腕の動きが発達してくることで見られる動きです。その後、目の前にあるものに手を伸ばすようになります。腕や前腕を、目的に合わせて動かせるようになってきたサインです。

その後、手首や指の動きが発達してくることで、物をつかんだり離したりできるようになります。やがて、片手から反対の手へと物を持ち替えることもできるようになります。

さらに成長すると、指先の動きがより精密になり、小さな物を指でつまむ、スプーンやフォークを使う、箸を使うといった、より高度な手先の動きへとつながっていきます。

のように、微細運動は体の中心に近い肩や腕の動きから始まり、少しずつ手首、指先へと発達していくのです。

運動発達で注意して見ておきたいこと

子どもの運動発達のスピードには大きな個人差があります。一つの目安だけで過度に心配する必要はありませんが、注意して観察しておきたいポイントがいくつかあります。

明らかな左右差

一般的に、1歳を過ぎる前の赤ちゃんでは、右利き・左利きがはっきりしていることはほとんどありません。両手両足を同じくらい使うことが自然です。そのため、生後数カ月の時点で、いつも片方の手しか使わない、片方の足だけ動きが少ない、体の向きに強い偏りがあるといった場合には、少し注意して見ておくとよいでしょう。気になる場合は、小児科の先生に相談してみてください。

できていたことができなくなる

医療の世界では、これを発達の退行(developmental regression)と言います。一度身につけた運動スキルは、基本的にはその後も保たれていきます。しかしながら、ある時期を境に、それまでできていたことが急にできなくなった場合には、注意深く観察する必要があります。例えば、以前は座れていたのに座れなくなった、といった変化がある場合には、小児科で相談することをおすすめします。

運動発達を正しく理解することは、子どもの体の成長を安心して見守るための大切な手がかりになります。発達の方向性を知っておくだけでも、子どもが今どの段階にいるのか、そして次にどのような力が育っていくのかを予測しやすくなります。気になることがあるときは一人で悩まず、かかりつけの小児科医や発達の専門家に相談してみましょう。

『発達障害を正しく知る』(幻冬舎新書)
松浦有佑さんの新刊が3月25日に発売されました。発達障害をめぐる誤解や不安について、最新の研究や世界の知見をもとにわかりやすく解説した一冊です。シアトルの紀伊國屋書店ほか、オンライン書店でも購入できます。
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第12回 発達や行動の相談、その後どうつながる?〜Dr.松浦の診察室から

小児科医が臨床経験と知見をもとに、子育て中の皆さんの不安や迷いに寄り添う情報をお届けします。

第12回 発達や行動の相談、その後どうつながる?

子どもの発達や行動について、「少し気になるけれど、どこに相談すればよいのだろう」と悩む保護者は少なくありません。言葉の発達がゆっくり、落ち着きがない、かんしゃくが強い、そのような心配があるとき、多くの場合、最初の相談先になるのは、かかりつけの小児科医や家庭医です。では、かかりつけ医に相談した後、子どもはどのように専門医療や支援につながっていくのでしょうか。今回は、その一般的な流れについてお話しします。

検診で行われるチェック

アメリカでは、Well-Child Visitと呼ばれる乳幼児・小児健診の中で、子どもの成長や健康状態だけでなく、発達や行動についても確認されます。生後3日から5日ごろの健診から始まり、1、2、4、6、9、12、15、18、24、30カ月、3歳以降は毎年の健診で、身長・体重、予防接種、栄養、睡眠などとあわせて、発達の様子も見ていきます。この中で行われるのが「発達スクリーニング」です。短時間の問診や質問票を通して、言葉、運動、人との関わり、遊び方、日常生活での困りごとなどを大まかに確認します。スクリーニングは診断ではなく、「もう少し詳しく見たほうがよいか」「支援につなげたほうがよいか」を判断するために行われます。

スクリーニング後の3つの道筋
 

①かかりつけ医で経過を見る場合  
今すぐ専門機関に紹介するほどではないものの、少し注意して見ていきたい場合には、かかりつけ医がそのままフォローします。通常の健診より短い間隔で再診することもあります。言葉が増えているか、園や学校での様子がどう変わったか、家庭での困りごとが続いているかなどを確認します。

②療育や学校支援につなげる場合  
かかりつけ医で経過を見ながら、同時に療育や学校支援につなげることもあります。0歳から3歳未満までは、Early Interventionと呼ばれる早期支援プログラムがあり、言葉、運動、食事、社会性などについて評価を受けます。支援の必要性が認められれば、必要に応じた支援サービスにつながります。  

3歳以降は、学区を通した評価が行われ、必要に応じて、IEP(Individualized Education Program、個別教育プログラム)につながることがあります。ちなみに、ワシントン州では、Early Interventionや学区でのIEP評価は、医師の紹介がなくても保護者が直接申し込め、評価や支援の多くは無償ですが、一部のサービスについては保険請求ができる場合もあります。  

また、上記の公的な支援とは別に、または同時に、かかりつけ医が理学療法、作業療法、言語療法などの民間の療育施設へ紹介状(Referral)を出すこともあります。この場合は、保護者が療育施設に連絡して予約を取り、基本的には医療保険、場合によっては自費で療育を受けます。

③専門医療機関へ紹介される場合  
発達の遅れが明らかな場合、行動面の困りごとが強い場合、自閉スペクトラム症やADHD(注意欠如・多動症)などが疑われる場合には、専門医療機関へ紹介されることがあります。専門外来では、より詳しい問診、観察、発達検査、心理検査などを通して、診断や支援方針を検討します。

専門医療機関では誰が診るのか

③で紹介を受けた場合、発達や行動を専門に診る医師には、いくつかの専門があります。

発達行動小児科医は、小児科の中で発達や行動を専門に診る医師です。私自身もこの領域に所属しています。自閉スペクトラム症、ADHD、知的発達症、学習面の困難に加えて、言葉、運動、食事、睡眠など、子どもの体も含めた発達を広く見ていきます。必要に応じて、発達検査、遺伝検査、血液検査、画像検査などを検討することもあります。

児童精神科医は、子どものこころ、感情、それに伴う行動を専門に診る医師です。自閉スペクトラム症やADHDも診ますが、不安症、うつ病、双極症、強迫症、トラウマ関連の症状など、メンタルヘルスの問題が目立つ場合に関わることが多く、薬物療法の調整に長けています。

そのほか、脳性まひがある場合にはリハビリテーション科、てんかんがある場合には小児神経科、自閉スペクトラム症の評価や支援に特化したセンターなど、子どもの状態に応じて別の専門機関につながることもあります。

スクリーニングと専門検査の違い

かかりつけ医のスクリーニングは、限られた診察時間の中で、発達や行動の気がかりを拾い上げるためのものです。一方、専門外来での検査は、子どもの特性をより詳しく理解し、診断や、その後の支援方針につなげるために行われます。例えば、自閉スペクトラム症の評価では、専門検査に数時間かかります。つまり、かかりつけ医での評価は「入り口」、専門外来での評価は「より詳しく理解するための評価」と考えるとわかりやすいでしょう。

困ったときは、まず相談を

発達や行動の相談をしたからといって、すぐに診断がつくわけではありません。地域や時期によっては、専門外来の受診までに半年以上かかることもあります。また、専門外来に紹介されたからといって、必ず大きな問題が見つかるわけでもありません。もし気になることがあるときは、抱え込まず、早めにかかりつけの小児科医や家庭医に相談してみましょう。早めに相談することで、経過を見守るだけでよいのか、療育や学校支援につなげたほうがよいのか、専門医療機関で詳しく見たほうがよいのかを、子どもの様子に合わせて考えていくことができます。

『発達障害を正しく知る』(幻冬舎新書)
松浦有佑さんの新刊が3月25日に発売されました。発達障害をめぐる誤解や不安について、最新の研究や世界の知見をもとにわかりやすく解説した一冊です。シアトルの紀伊國屋書店ほか、オンライン書店でも購入できます。
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第11回 子どもの行動の背景を探る〜Dr.松浦の診察室から

小児科医が臨床経験と知見をもとに、子育て中の皆さんの不安や迷いに寄り添う情報をお届けします。

第11回 子どもの行動の背景を探る

外来で「どうしてうちの子はこんな行動をするのか」と相談を受けることがあります。かんしゃくを起こす、何度注意しても同じことを繰り返す。そのような行動に戸惑い、つい叱りたくなる場面もあるかもしれません。しかし子どもの行動は多くの場合、何らかの理由に基づいています。それを知ることで、子どもをより深く理解し、適切な声かけや支援につなげることができるとされています。行動分析学や教育の現場では、こうした行動の背景を考える枠組みとして、「行動機能」という考え方が用いられています。今回は、子どもの行動を理解するための4つの行動機能を見ていきます。

行動機能の4つのタイプ

行動の4つの機能は、SEATという略称で紹介されることがあります。これは、Sensory(感覚)、Escape(回避・逃避)、Attention(注目)、Tangible(物・活動の獲得)の頭文字を取ったものです。

Sensory(感覚)
感覚刺激を得る、あるいは整えるための行動です。例えば、授業中にいすをゆらゆら揺らし続ける子どもがいます。一見すると「落ち着きがない」と見えるかもしれませんが、本人にとっては体の感覚を整えたり、気持ちを落ち着かせたりするために必要な行動である場合があります。また、私が外来で出会った子どもの中には、狭いところに入りたがる子どももいました。体が周囲からぎゅっと包まれるような、いわゆる深い圧刺激を感じるのが好きだったのだと思われます。何でも口に入れたがるといった行動もこれにあたります。

Escape(回避・逃避)
苦手なことや不安な状況から逃れようとする行動です。例えば、難しい計算プリントが配られた途端に席を立ってしまったり、プリントを破ったりすることです。大人から見ると困った行動に映りやすいですが、本人にとっては、「難しすぎて学習についていけない」という強い不安から、自己防衛のために起こしている場合があります。別の例では、嫌いな食べ物を前にして泣きじゃくるといった行動がこれにあたります。親が「もういいよ」と言って許すと、子どもは「泣けば嫌いなものを食べなくて済む」と学習するため、大人が意図せず回避行動を強めてしまうことにもつながります。

Attention(注目)
周囲の関心や反応を得るための行動です。例えば、先生がほかの子と話しているときに、急に大きな声を出して邪魔したり、ふざけたりする子どもがいます。こうした一見迷惑に見える行動の裏には、実は「自分を見てほしい」という気持ちが隠れている場合があります。また、家でスプーンを床に落とし、大人が「やめなさい」と言っているにもかかわらず、何度も同じことを繰り返す。これは、ただ相手を困らせたいわけではなく、人とのつながりを求めていて、「関わってほしい」という気持ちの表れである場合があります。このように、注目を得るための行動の背景には、「関わりたい、つながりたい」という深層心理が隠れていることがあります。

Tangible(物・活動の獲得)
欲しい物や好きな活動を得るための行動です。YouTubeの動画を終わりにすると伝えたときに泣いて怒る、おもちゃを取り上げられて怒る、順番を待てないといった行動がこれにあたります。逆に、「嫌いなニンジンを食べたら、あとでデザートが食べられるよ」と言われると頑張れる子どもがいるかもしれません。これも、報酬として得られるものがあることで行動が促される例と考えることができます。

アメリカには、こうした行動の背景を専門的に評価し、支援につなげる仕組みがあります。認定行動分析士(BCBA:Board Certified Behavior Analyst)は、行動分析の大学院レベルの認定資格で、行動分析に基づく支援を行います。また、自閉スペクトラム症やそのほかの発達・知的障害のある子どもに対しては、行動分析に基づく療育として応用行動分析(ABA:Applied Behavior Analysis)が用いられています。これはエビデンスのある支援の一つとして医療現場でも広く取り入れられています。ワシントン州では、診断名や保険によってはこのABAがカバーされる場合があります。

さらに、公立学校では、機能的行動アセスメント(FBA:Functional Behavioral Assessment)と呼ばれる評価が行われることがあります。行動面の困りごとが学習や学校生活に影響している場合、保護者が学校に評価の実施を求めることができます。対象や進め方は学区や子どもの状況によって異なりますが、学校が必要と判断した場合には、BCBAをはじめとした専門家が子どもの行動の背景や機能を評価し、その結果をもとに学校や家庭での支援方法が検討されます。

子どもに「困った行動」が見られるとき、立ち止まり、その意味を理解して対応することが、子どもの安心と行動改善につながります。気になる行動が続くときは、一人で抱え込まず、学校やかかりつけ医、心理士などの専門家に相談してみましょう。

『発達障害を正しく知る』(幻冬舎新書)
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第 10 回 ADHDを正しく知る〜Dr. 松浦の診察室から

小児科医が臨床経験と知見をもとに、子育て中の皆さんの不安や迷いに寄り添う情報をお届けします。

第 10 回  ADHDを正しく知る

子どもでも大人でも、「ADHD」という言葉を耳にする機会が非常に多くなりました。園や学校で集団生活が始まると、「落ち着きがない」「先生の話を最後まで聞けない」といった様子が気になり、ADHDではないかと心配になることがあるかもしれません。また大人でも、「やるべきことが分かっているのに手につかない」「締め切り直前にならないと動けない」「物をよく失くす」といった経験から、「自分はADHDなのでは」と考えることもあるのではないでしょうか。今回は、ADHDとは何か、その診断の考え方、そして支援の実際について整理します。

ADHDとはどのような状態か
 
ADHDは「注意欠如・多動症(Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder)」の略称です。「SNSの『ADHDあるある』を見て自分もそうかもと思った」といった声をよく聞きます。確かに、誰にでも多少の不注意はあるためADHDを身近に感じやすい一方で、実態を正しく把握しづらいのも事実です。医学的には、ADHDの診断は明確な基準に基づいて行われます。その基準が記載されているのが、アメリカ精神医学会が発行する『精神障害の診断・統計マニュアル 第5版(DSM-5)』 です。DSM-5では、症状は大きく以下の2群に分けられています。
 
①不注意症状(一部のみ紹介)
細かいミスが多い、課題や活動に集中し続けることが難しい、物をよく失くす、上の空でよく話を聞いていないように見られる、など

②多動・衝動性症状(一部のみ紹介)
じっと座っていられない、不適切な場面で動き回る、順番を待つのが苦手、他人の会話に割り込む、など 
 
これら2群の症状が一定項目数以上みられ、かつ生活に明らかな困難が生じている場合に診断が検討されます。
 
 
診断で特に重要なポイント
 
ADHDの診断において重要な条件が二つあります。 一つ目は、「12歳以前から上記のような症状が存在していること」です。ADHDはあるタイミングで突然発症するものではありません。生まれつきの脳の特性であり、幼少期からその傾向がみられます。ですから、ADHDは「しつけの問題」で起こるようなものではありません。 
 
二つ目は、「二つ以上の環境でみられること」です。例えば、特定の人との相性やストレス負荷が大きい職場のみで症状がある、といったものではなく、学校や家庭、他のコミュニティーなど別の環境でも同様の症状や困難がみられる必要があります。ただし、環境との相互作用や、不安症やうつといったメンタルヘルスの症状が重なると、ADHDの特性による困難さがより顕著になることはあります。 
 
また、興味深い点として、ADHDは遺伝的要因の影響が非常に大きいことが分かっています。研究では遺伝率は70%から80%にのぼると報告されています。つまり、子どもがADHDの場合、親にも同様の特性がある可能性は決して低くありません。
 
ADHDへの三つのアプローチ
 
ADHDの支援には、大きく分けて三つの柱があります。
 
①ペアレンタルトレーニング(親への支援)
特に未就学児や小学校低学年の子どもでは、最も重要とされるのがペアレンタルトレーニングです。先述のように、親自身もADHDの特性を持っていることが少なくありません。その場合、家庭内ルールが一貫しない、感情的に叱ってしまうといったことが起こりやすくなり、子どもが混乱したり、行動を改善しづらくなったりすることがあります。ペアレンタルトレーニングでは親が子育てに関わるスキルを体系的に学びます。これにより子どもへの関わり方が安定し、行動も改善しやすくなります。
 
②薬物療法
学童期以降になると薬物療法が選択肢に入ります。代表的な薬は中枢神経刺激薬や非刺激薬です。親としては「子どもに薬を飲ませること」に抵抗を感じるのは自然なことです。しかし、現在使用されている薬は長年の研究と安全性評価を経て処方されています。適切に使用された場合、学習への集中力向上や衝動性の軽減、対人関係の改善などの効果をもたらすことがあります。その結果、子どもの自尊心や意欲が守られ、長期的な成長に良い影響が期待できると報告されています。不安を感じることは当然ですが、「薬も一つの選択肢」として柔軟に考えることも大切です。
 
③認知行動療法(Cognitive Behavioral Therapy: CBT)
これは小学校高学年以降や大人に有効とされる心理療法です。ADHDでは、先延ばし、ネガティブな自己評価、計画の立てにくさといった問題が生じやすくなります。CBTでは、物事の捉え方(認知)と行動のパターンを整理し、より機能的な方法を身につけていきます。単独でも一定の効果はありますが、薬物療法と併用することで、より高い効果が期待できるとされています。 
 
ADHDは、神経発達特性に基づく発達障害の一つであり、明確な診断基準があります。本人の努力不足や育て方によるものではありません。一方で、適切な支援によって生活の質を大きく改善できることも事実です。特性を正しく理解し、環境を整えることは、子どもにも大人にも大きな助けになります。私の外来でも小児のADHD診療を行っています。もし不安を感じた場合は、かかりつけ医や専門家に相談してみましょう。

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松浦有佑さんの新刊が3月25日に発売されました。発達障害をめぐる誤解や不安について、最新の研究や世界の知見をもとにわかりやすく解説した一冊です。シアトルの紀伊國屋書店ほか、オンライン書店でも購入できます。
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第9回 「発達」について知っておきたいこと〜Dr.松浦の診療所から

小児科医が臨床経験と知見をもとに、子育て中の皆さんの不安や迷いに寄り添う情報をお届けします。

第9回 「発達」について知っておきたいこと

子育てをしていると、「同じ月齢の子と比べて少しゆっくりな気がするが、このまま様子を見ていて大丈夫だろうか」と、子どもの発達について悩む瞬間が誰にでも訪れます。特に海外での子育てでは、医療や支援の制度が日本と異なるため不安を感じやすいかもしれません。このような場面でよく耳にする「発達」という言葉ですが、実際にはどのような意味を持つのでしょうか。今回は、「発達の遅れ」と「発達障害」、またアメリカでの評価の考え方や支援体制について解説します。

発達は5つの領域から成り立っている
 

子どもの発達は一つの側面だけで評価されているのではなく、現在の臨床現場では以下の五つの領域に分けて総合的に評価されます。

運動スキル : 寝返り、歩行、手先の操作など
認知スキル : 考える力、問題解決、理解力など
言語スキル : 話す・聞く・理解する力など
社会情緒スキル : 人との関わり、感情のコントロールなど
適応スキル : 食事や着替え、トイレなど日常生活を送る力

発達を専門家が評価する際には、これら五つの領域が同じ月齢の子どもたちの集団の中でどの位置にいるかを見ています。自治体や州によって運用に違いはありますが、各領域において同月齢の子どもの約75%が達成している発達段階にまだ十分到達していない場合、何らかの支援を検討する対象となることが多いです。これは遅れているから問題であるという意味ではなく、適切なサポートがあれば発達をさらに伸ばせる可能性があるという判断です。アメリカでは、この考え方に基づき、比較的早い段階で専門的支援につなげることが推奨されています。

アメリカの健診とスクリーニングの仕組み
 
それでは、誰が発達を最初に評価する役割を担っているのでしょうか。アメリカでは、定期健診(Well-check)が発達を見守る重要な機会となっています。日本と比べて健診の頻度が高く、また集団健診ではなく、医師と一対一で行われる点が特徴です。一般的な健診の時期は、生後2カ月、4カ月、6カ月、9カ月、1歳、15カ月、18カ月、2歳、2歳半、3歳、その後は毎年行われます。特に18カ月と2歳には、自閉スペクトラム症のスクリーニングが行われます。このスクリーニングは診断を目的としたものではなく、「より詳しい評価が必要かどうか」を判断するためのチェックです。気になる結果が出た場合には、早期に次のステップへ進むことができます。
 
「発達の遅れ」と「発達障害」は同じではない
 
混乱しやすいところですが「発達の遅れ」と「発達障害」は基本的には異なる概念です。発達の遅れとは、本来その年齢で期待される発達段階に、まだ到達していない状態を指します。一方で、発達障害は発達の進み具合というよりも、発達の特性の質の違いによるものと考えられています。ただ、実際の診療では、「言葉が遅い」「集団行動が苦手」といった発達の遅れをきっかけに専門外来を受診し、詳しい評価を行った結果、発達の遅れのみではなく発達障害であることが分かるケースもあります。このように、遅れと障害は別の概念ですが、重なることがあるという理解が重要です。
 
発達の専門的な評価は誰が行うの?

一般小児科医が健診の中で発達に気になる点を認めたとしても、比較的軽度の遅れの場合、乳幼児期(0歳から3歳)であればEarly Interventionと呼ばれる早期支援プログラムに紹介されることが多いです。ワシントン州では、乳幼児早期支援制度(Early Support for Infants and Toddlers、ESIT)が運用されており、発達の遅れやリスク等の一定の基準を満たす場合、言語療法、作業療法、理学療法などの支援を原則として家族の費用負担なしで受けることができます。また保護者が直接申請することも可能です。申請後、専門家による評価を受け、一定の基準を満たすと判断された場合は療育を受けることができます。

一方、著しい発達の遅れや発達障害が疑われる際には、早期発達支援制度の紹介と並行して、より詳しい評価と診断、そして支援につなげる目的で専門医へ紹介されることがあります。発達障害の精密な評価は、発達行動小児科医、小児精神科医、あるいは小児を専門とする臨床心理士などが行います。外来予約の状況によっては、評価を受けるまでに時間を要することがありますが、詳しい評価と診断を経て、その後の個別支援につなげることができます。なお、日本語で対応が可能な発達専門外来はアメリカ全体でも限られています。私はシアトル小児病院の発達専門外来を担当しています。希望される場合はかかりつけ医を通じて紹介を受けることで、私の外来を受診することができます。

まとめ

子どもの発達は個人差が大きく人と比べて不安になることも少なくありません。困ったときは、医師をはじめとした専門家と早めに情報を共有することが、子育てをする上での心強い支えになります。

 

第8回 思春期外来を学ぶ〜Dr.松浦の診療所から

小児科医が臨床経験と知見をもとに、子育て中の皆さんの不安や迷いに寄り添う情報をお届けします。

第8回 思春期外来を学ぶ

アメリカにおける小児医療と思春期診療
 
アメリカで子育てをしていると、日本とは大きく異なるアメリカの小児医療の特徴に気づくでしょう。日本では一般的に子どもが病気になると小児科を受診します。一方、アメリカでは3歳以降、小児科または家庭医による毎年の健康診断(Well check)を受けることが標準的な医療として定着しています。検診では身長・体重の測定、視力・聴力の確認、ワクチン接種に加え、生活習慣やメンタルヘルスに関わる相談など、幅広い領域を継続的に診ていきますが、これは十代になっても変わりません。本来18歳までは毎年の診察が推奨されていますが、思春期に入ると恥ずかしさや忙しさ、面倒くささなどから受診が途絶えるケースも少なくありません。しかし実際には、思春期こそ医療・心理面での支援を必要とする時期であり、定期的な受診の重要性はむしろ高まります。
 
心と体が大きく変化する時期に必要な支援とは
 
アメリカの思春期診療では、「HEADSSSアセスメント」と呼ばれる問診が広く用いられています。H – Home(家庭)、E – Education(学校生活)、A – Activities(部活・習い事など)、D – Drugs(飲酒・喫煙・薬物)、S – Sex(性についての健康)、 S – Suicidality(自殺念慮)、S –Safety(家庭内外での安全)を指します。 
11歳から12歳頃になると、診察の途中で保護者に席を外してもらい、医師が子どもと一対一でHEADSSSに沿った問診を行います。命に関わる危険がない限り、本人の同意なく診察内容を家族や他機関に共有できません。そのため、子どもは安心して相談できます。
 
医療情報のプライバシーを守る仕組み
 
ワシントン州を含む多くの州では、13歳になるとMyChartなどのオンライン医療ポータルでの保護者アクセスが制限されます。診察や検査により得られた性やメンタルヘルスに関わる情報は本人のみが閲覧できるようになり、保護者アカウントには表示されません。これは子ども自身のプライバシーを守りつつ医療を利用できるようにするという医療倫理に基づいています。
 
思春期専門外来
 
一般的には小児科と家庭医で思春期診療が行われますが、さらに一歩進んだ思春期専門外来(Adolescent Medicine)という分野が存在するのをご存知でしょうか。シアトルこども病院(Seattle Children’s Hospital)とワシントン大学 ハーバービュー・メディカルセンター(UW Medicine – Harborview Medical Center)には、思春期専門外来が設けられています。シアトルこども病院の公式サイトでは12歳から21歳を対象とした診療が行われていることが確認できます。そこでは、メンタルヘルス、月経トラブル、摂食障害、性に関わる健康、LGBTQ+サポートといった、思春期に特徴的な心身の問題に幅広く対応しています。 
また、シアトル・キング郡公衆衛生局(Public Health – Seattle & King County)が運営するティーンクリニック(Teen Clinic)という思春期対象の外来も利用できます。このクリニックでは、避妊サービス、妊娠検査、性感染症 (STI) や HIV の検査・治療、無料コンドームの配布など、性や妊娠に関する健康サポートを提供しています。特筆すべき点は、保険の有無にかかわらず、保護者の同伴や同意がなくても受診でき、対象年齢の若者が自分自身で医療サービスにアクセスできることです。予約制に加え、診療時間内であれば予約なしでも対応しています。
 
思春期は気持ちが揺れやすい時期ですが、適切な支援があれば、その後の人生の基盤を築ける大切な時期でもあります。シアトルで子育てをしている家庭にとって、医療制度や利用できる外来を知っておくことは大きな助けになるはずです。気になることがあれば、遠慮なく医療従事者に相談してみましょう。
 

 
参考文献

ワシントン大学 ハーバービュー・メディカルセンターUW Medicine – Harborview Medical Center
https://www.uwmedicine.org/locations/adolescent-medicine-harborview

シアトル・キング郡公衆衛生局(Public Health – Seattle & King County)
https://kingcounty.gov/en/dept/dph/health-safety/health-centers-programs-services/teen-clinics 

第7回 予防接種を深掘りする〜Dr.松浦の診察室から

小児科医が臨床経験と知見をもとに、子育て中の皆さんの不安や迷いに寄り添う情報をお届けします。

第7回 予防接種を深掘りする

秋から冬にかけて、さまざまな感染症が流行する季節がやってきます。職場や学校で「インフルエンザの予防接種を受けましょう」といった案内を目にすることも多いのではないでしょうか。けれども、「そもそも予防接種とは何のために必要なのか?」を改めて考える機会は意外と少ないかもしれません。今回は、子どもから大人まで、予防接種の意味と重要性についてお話しします。
 
予防接種とは何なのか 
 
予防接種(ワクチン接種)とは、感染症にかかる前に体に「免疫」をつくる方法です。ワクチンには、病原体を弱めたものや一部の成分だけを使ったものが含まれています。それを体内に取り込むことで、免疫が「敵である病原体の特徴」を覚え、次に本物の病原体に出合った際に素早く対応し、感染を防いだり、感染しても症状を軽く抑えたりできるようになります。歴史からの教訓 今でこそ当たり前のように行われている小児予防接種ですが、その背景には多くの教訓があります。例えば MMRワクチン(麻疹はしか・おたふくかぜ・風しん) が普及する前は、麻疹で命を落とす子どもが世界中で数多くいました。麻疹は空気感染するため、同じ部屋にいるだけで感染することもあります。重症化すると肺炎を起こし、命に関わるケースも少なくありません。さらに恐ろしいのが、治ってから6年から8年ほど経った後に、一定の割合でSSPE(亜急性あきゅうせい硬化性こうかせい全脳炎ぜんのうえん)という特殊な脳炎を発症する人がいることがわかっています。これを予防するすべはなく、ほとんどの人が致命的な経過をたどります。世界ではワクチン導入前の時代と比較して、麻疹による死亡率が90%以上減少しているというデータもあります。
 
予防接種の種類は国によって異なる 
 
予防接種のスケジュールや内容は、国によって異なります。これは感染症の流行状況や気候、公衆衛生上の優先順位が地域によって違うためです。例えば日本では、結核(BCG)と日本脳炎のワクチンが定期接種として含まれていますが、アメリカでは含まれていません。アメリカで生まれ育った人を見ると気づくかもしれませんが、いわゆるハンコ注射の痕が体にないはずです。日本でBCGが予防接種に指定されている理由は、今でも毎年一定数の結核感染者がいるためです。一方、アメリカでは、髄膜炎菌やA型肝炎ワクチンなどが標準的に推奨されていますが、これらは日本では定期接種には含まれていません。このように、各国で自国の感染リスクに合わせた予防接種プログラムが設計されています。
 
大人にも必要な予防接種 
 
予防接種は子どもだけのものではありません。アメリカでは思春期以降、大人になってからも接種が推奨されているワクチンがあります。代表的なものをいくつか挙げてみましょう。
 
•破傷風:けがをした際に菌が体に入ると発症します。10年ごとの追加接種が必要です。
•HPVワクチン:子宮頸がんの原因となるヒトパピローマウイルスを防ぐワクチンで、男女ともに推奨されています。日本では2022年から接種推奨が再開されました。厚生労働省は、16歳までに接種することが最も効果的とされていますが、大人になってからの接種でも有効性があることが国内外の研究で示されていると公表しています。
•髄膜炎菌ワクチン:寮生活を予定している学生は、学校の決まりで接種が義務づけられている場合が多くみられます。
 
なぜインフルエンザワクチンは毎年打つのか MMRワクチンはアメリカでは1歳と4歳の接種後、基本的に打ち直す必要はありません。しかし、なぜインフルエンザなどのワクチンは定期的に打ち直す必要があるのでしょうか。それは、インフルエンザウイルスをはじめとする一部の病原体が、毎年少しずつ姿を変える(変異する)ためです。それによって、前年のワクチンでできた免疫が十分に働かなくなります。研究機関が、どの型のウイルスが流行しそうかを毎年監視しており、その予測に基づいて新しいワクチンが作られるため、毎年の接種が推奨されています。 
 
予防接種は、私たち自身の身を守るのはもちろんのこと、周りの家族や社会全体を守ることにもつながります。このタイミングに、今一度予防接種の大切さを見直してみましょう。

第6回 感染症から身を守る〜Dr. 松浦の診察室から

小児科医が臨床経験と知見をもとに、子育て中の皆さんの不安や迷いに寄り添う情報をお届けします。

第6回 感染症から身を守る

子どもの健やかな成長を見守る中で、「感染症から体を守る」ことは欠かせません。秋から冬にかけては、インフルエンザやRSウイルス、ライノウイルスといったさまざまな上気道感染の原因となるウイルスが流行することが予想されます。冬に感染症が広がりやすいのは、気温の低下や乾燥によってウイルスが活発になるためです。 
 
ここでは、2025年10月現在注目されている感染症を例に、家庭でできる予防のヒントを紹介します。
 
最近注目される感染症・流行の傾向
 
麻疹(Measles):小児ワクチンで防げる感染症ですが、国内外で集団感染がたびたび発生しており、対策強化が呼びかけられています。最近もアメリカ国内で集団発生が報告されました。麻疹は感染力が非常に強く、空気感染する点が特徴で、同じ空間にいるだけで感染するリスクがあります。感染すると高熱や全身の発疹のほか、脳炎など重い合併症を起こし命に関わる場合もあります。ワクチン接種率の低下が近年の集団発生の大きな要因といわれています。
 
新型コロナウイルス感染症(COVID-19):アメリカ国内では8月以降、感染者の増加が報告されています。新たな変異株が出現しており、その一つである「ニンバス(Nimbus)」は特に激しい喉の痛みを引き起こすことがあるとされています。
 
子どもも大人も、みんなでできる予防・感染対策の基本
 
ここからは、感染症を予防するための方法を説明します。
 
1.推奨されるワクチン接種を受ける 
感染症予防に対する社会的な関心が高まる中、ワクチン接種によって予防できる感染症は数多くあります。多くの研究からも、死亡率や後遺症を減らす効果があることは揺るがない事実です。小児健診で定期予防接種をきちんと受けましょう。子どもだけでなく、高校・大学進学や就職の際に必要となるワクチンもありますので、定期的に医師に確認することが大切です。
 
2.日常の衛生習慣を徹底する
手洗い:石けんやハンドソープを使い、20秒以上かけて洗うことが推奨されています。特に食事前、トイレ後、帰宅後は必ず手洗いを心がけるようにしましょう。
 
こまめな消毒: 鼻水を拭いた手で触ったような扉や机にもウイルスは存在します。アルコール消毒は多くの細菌やウイルスに効果的とされていますので、おもちゃ、手すり、ドアノブなどよく触れる場所をこまめに消毒しましょう。
 
3.マスク着用や換気をする
マスク:咳で飛んだウイルスは数メートル先まで到達し、長時間空気中に漂うことがあります。風邪の症状があるときや、流行期の人込みではマスクを着用しましょう。
 
換気:特に多くの人が集まる場では、窓をこまめに開けるなどして空気を循環させ、空気感染のリスクを下げましょう。
 
4.体調管理を万全にする
睡眠:極端な睡眠不足(6時間未満)と感染リスク増加に関連があるという論文も報告されています。大人であれば最低7時間以上の適切な睡眠時間を心がけましょう。
 
栄養:栄養と免疫の関係も重要視されており、特定のビタミン不足と感染リスクの関連を示すデータもあります。無理にサプリメントを取る必要はありませんが、日頃からバランスの取れた食事を意識しましょう。
 
5.集団生活のルールを守る 
園や学校、職場は感染が広がりやすい環境です。施設ごとの感染対策ルールを理解し、体調不良時には登園・登校や出勤を控えましょう。
 
6.最新情報を常に把握する 
住んでいる地域の自治体や保健所の発表をこまめに確認し、流行中の感染症やワクチン情報を把握しておきましょう。特定の感染症の流行が拡大しているときは、人混みを避けるなど予定を柔軟に変更する判断が自分や家族を守ることにつながります。 
 
日々の心がけや予防接種で、感染症にしっかり備えることができます。家庭でできることを無理なく続けながら、健やかな秋をお過ごしくだ
 

第5回 二言語で育つ子ども 一言語発達はどう進むの?〜Dr.松浦の診察室から

小児科医が臨床経験と知見をもとに、子育て中の皆さんの不安や迷いに寄り添う情報をお届けします。

第5回 言語で育つ子ども ― 言語発達はどう進むの?

海外で子育て中の家庭では、「日本語と現地語の2つを学ぶと混乱して言葉が遅れるため、片方に絞った方がいいのでは」と心配する声が少なくありません。しかし実際には、バイリンガル環境(二言語環境)でもモノリンガル(一言語)の子どもと同じ言語発達のステップをたどります。多くの研究で幼い頃から複数言語を同時に学ぶことによる悪影響はないと示されています。
 
言葉の通常発達の流れ
 
0歳:
言語の発達は生後すぐの泣き声から始まります。生後2カ月から3カ月には母音的な「あー」「うー」といった「クーイング」が見られます。生後4カ月から6カ月頃には「だだだ」「ままま」のように子音と母音を繰り返す音声が出せるようになります。0歳時では基本的に意味のある発語はありません。
 
1歳前後から1歳半:
1歳になると初語(意味のある最初の言葉)が出始めます。日本語なら「まんま」「わんわん」、英語なら「mama」「dada」などが挙げられます。バイリンガル環境の子どもも同様に1歳半ごろには数語を話せるようになり、身振りを使わなくても1段階指示( One-step command )を理解できるようになります。例としては「ボール持ってきて」「come here」といった簡単な指示です。
 
2歳:
語彙が一気に増える時期です。2歳から2歳半で語彙が50語程度に到達する子が多く、2語文(「ママきて」「more juice」など)が出始めます。この頃には2段階指示 ( Two-step command )も理解できるようになります。例としては「ここに来てボールを取って」「Come here and grab the ball」のような2つの動作の指示です。
 
3歳前後:
文法が発達し、3語文を使えるようになり、簡単な会話が成立します。この頃には数百語を使えるようになっています。バイリンガル環境の子どもに、両言語を混ぜて話す「コードスイッチング」という現象が見られることがありますが、これは自然な発達過程で成長に伴い場面に応じて言語を切り替えられるようになります。
 
4から6歳(就学前):
物語を聞いて理解できる、過去や未来について語るなど、抽象的な思考に言語が結びつきます。二言語のバランスは環境によって差がありますが、「遅れている」というより「どちらの言語を多く使っているか」の違いと考えられます。
 
獲得する単語数はモノリンガルとバイリンガルでどう違う? 
 
バイリンガル環境で子育てをしている家庭から「言葉が少ない気がする」とよく相談を受けます。日本語だけ、あるいは現地語だけで語彙を数えると、モノリンガルの子より少なく映り「発達が遅れているのでは」と心配になるのは自然なことです。 
 
語彙数の捉え方には「総語彙」と「概念語彙」があります。発達専門医はこのうち総語彙を重視して評価します。例えば、日本語で「犬」、英語で「dog」を理解していれば総語彙では2語ですが、同じ意味(概念)を別の言語で言う概念語彙では「犬/dog」を1語とみなします。幼児期にはモノリンガルの子より概念語彙数は少なく見えるかもしれませんが、総合語彙数ではモノリンガルの子と同様に発達しているということが多くの研究で示されています。むしろ2つの言語を使えることは、言語的・認知的な柔軟性を高める大きなメリットにもなりえます。
 
家庭でできる工夫 ― 読み聞かせと親の姿勢 
 
言葉の発達を支える大きな力は、日常生活での言語環境です。家庭での読み聞かせは子どもの語彙や表現力を豊かにする重要な要因であると研究で明らかになっています。子どもは言葉を話す前から周囲の言語を吸収しており、読み聞かせや積極的な語りかけは言語の発達をサポートします。また、親がバイリンガル環境で育てたいと願う場合は、その環境に積極的な姿勢を持つことも大切です。例えば、家庭内では日本語で話したり日本語の絵本を読んだりすることは、家庭での言語維持と発達にもつながります。
 
心配なときは相談を 
 
繰り返しになりますが、「二言語で育つと遅れる」というのは誤解です。安心して子どもとの会話を楽しんでください。ただし、もちろん発達には個人差があります。発語がない、発音が極端に不明瞭、意思疎通が難しい、といったように子どもの言語発達に不安を感じる場合には、小児科や発達専門医に相談することをおすすめします。

第 4回 夏から秋にかけてみられる感染症〜Dr.松浦の診察室から

小児科医が臨床経験と知見をもとに、子育て中の皆さんの不安や迷いに寄り添う情報をお届けします。

第 4回 夏から秋にかけてみられる感染症

アメリカでは、9月の新学期を迎える頃に感染症が広がり始める傾向があります。デイケアや幼稚園、学校などで子ども同士の交流が増えることで、ほかの児童から感染したり、逆にうつしたりするケースが多くなります。子どもが体調を崩すのは決して珍しくなく、そこから兄弟や親など家族に感染が広がることもあります。 
 
一般に感染症といえば冬のイメージがありますが、実は夏から秋にかけても注意が必要な病気がいくつかあります。体調の変化にいち早く気づき、適切に対応するためにも、今回はこの時期によくみられる感染症の中から代表的なものをいくつかご紹介します。これらは主に子どもに多い病気ですが、大人にも起こり得ます。
 
1)手足口病(Hand-foot-mouth disease)
 
手足口病という病名は聞いたことがある方も多いかもしれませんが、どのような病気かご存じでしょうか。 これはエンテロウイルス属、特にコクサッキーウイルスによって引き起こされるウイルス感染症です。日本では夏によくみられる病気で、アメリカでも同様に、気温と湿度が高い季節に流行しやすいとされています。主な症状は、発熱とともに、手のひら、足の裏、口の中などに赤い発疹や小さな水ぶくれ(水疱)が現れます。手の甲や腕に発疹がみられることはよくありますが、手のひらや足の裏に出るのは比較的珍しく、手足口病など限られた病気に特徴的な症状です。お尻に発疹が出ることがあります。 
 
もっとも注意が必要なのは口の症状です。口の中に潰瘍かいよう(ひどい口内炎のようなもの)ができ、強い痛みを伴うことがあります。痛みのため、飲み物すら受けつけられなくなる子どももいます。基本的には自然に治るウイルス感染症ですが、水分が取れないことで脱水を起こすリスクがあるため、痛みが強い場合には痛み止めを使ったり、早めに医師に相談したりしましょう。
 
2)食中毒(Food poisoning)
 
夏から秋にかけては、食中毒のリスクも高まります。夏場は細菌が繁殖しやすくなるうえ、人との交流が増えることで、手を介した調理(手作りのおにぎりなど)や野外での調理(バーベキューなど)によって感染が広がりやすくなります。 
 
特に日本人にとって注意が必要なのが、黄色ブドウ球菌による食中毒です。この菌は人の皮膚や鼻の中に存在していることがあり、手作りのおにぎりなどを素手で作る際に食品へ付着することがあります。問題となるのは菌そのものではなく、菌が出す毒素です。この毒素は耐熱性があり、電子レンジで加熱しても分解されません。食後、数時間以内に嘔吐や下痢といった症状が急に現れることがあります。手作りおにぎりによる食中毒は日本の医師国家試験でも出題されるほど有名な例です。予防策としては、調理前にしっかり手を洗うこと、可能であれば手袋を使うことが挙げられます。 
 
また、肉類や卵にも注意が必要です。カンピロバクター、大腸菌、サルモネラなどの細菌は、特に豚肉、鶏肉、加熱が不十分な卵から感染することがあります。これらの菌は、摂氏70度以上で1分以上加熱すれば死滅するとされています。肉は表面だけでなく中までしっかり火を通すようにしましょう。これらの細菌による症状は、感染してから発症するまで数日かかることもあります。 
 
なお、日本では生卵を食べる習慣があるため、日本国内で販売される卵には殺菌処理がされていますが、アメリカで販売されている卵の多くは殺菌されておらず、生食には適していません。実際、私の知人もアメリカ国内のホームパーティーで、生卵を使ったすき焼きを食べたことが原因で集団食中毒を起こしたケースがありました。アメリカで卵を食べる際には、必ず十分に加熱するよう心がけてください。
 
3)流行性結膜炎(Conjunctivitis)
 
流行性結膜炎、いわゆる「はやり目」は、アデノウイルスによって引き起こされる非常に感染力の強いウイルス感染症です。年間を通して発生しますが、特に夏場のプールやキャンプなど、子ども同士の接触が増える場面で感染が広がりやすくなります。直接目に触れなくても、目を拭いたタオルや洗面用品の共有などを通じて感染することがあります。英語では「pink eye」としてよく知られています。主な症状は、目の充血、目やに、異物感などがあり、片目から始まって数日後に両目に広がることが多いです。アデノウイルスには複数の型があり、結膜炎のみを引き起こすものもあれば、喉の痛みや発熱、腹痛などの全身症状を伴うものもあります。この病気もウイルス感染症であるため自然に治るのが一般的です。抗生剤は基本的に効果がありません。症状がひどい場合は医療機関を受診し、タオルなどの共有を避けることでほかの人への感染を防ぐことが大切です。 
 
まだ暖かく楽しい季節が続きますが、冬以外にもこうした感染症があることを知っておくことで、予防への意識を高めることができます。少しでも体調の変化に気づいたら、医療機関に相談することも選択肢のひとつに入れておきましょう。

第 3回 子どもの「しつけ」医師の視点から〜Dr.松浦の診察室から

小児科医が臨床経験と知見をもとに、子育て中の皆さんの不安や迷いに寄り添う情報をお届けします。

第 3回 
子どもの「しつけ」医師の視点から

夏休みに入り、子どもと一緒に過ごす時間がいつもより増えているのではないでしょうか。一緒に過ごす時間が増える分、言動が気になり、対応に迷う場面も多いと思います。日本語には「しつけ」という言葉がありますが、これは単に子どもに言うことを聞かせてコントロールするものではありません。社会生活を送る上で必要なルールやマナーを説き、子どもの健やかな発達を促すために必要なものです。今回は「しつけ」に関して医療の観点から支持されているアプローチをいくつか紹介します。
 
1)ABCモデル(ABC Model) 
 
子どもの行動には必ず背景があります。ABCモデルとは、Antecedent(先行条件)、Behavior(行動)、Consequence(結果)の因果関係を分析する方法です。例えば、子どもが欲しいものを見つけたときの行動を例にとって分析してみましょう。

A(先行条件):欲しいゲームをおもちゃ屋さんで見つけた
B(行動):欲しいとわめき、ダメというとかんしゃくを起こして店で泣き叫んだ
C(結果):困った親が代わりに安いおもちゃを買ってなだめた 

 
表面的には親がその場でかんしゃくを収めたように見えるかもしれませんが、この対応は逆にかんしゃくを悪化させます。なぜなら、かんしゃくを起こせば何かを買ってもらえるというBCのつながりを学習してしまうからです。このような場合、Aの段階で、そもそもおもちゃ屋さんに連れて行かなければこの行動は起こりませんでした。Cで、断固として買わないという決断をすれば、かんしゃくを起こしても変わらない親の姿勢を子どもは理解し、次第にかんしゃくは減っていきます。このように、Bの行動の前後を深く観察することで、「なぜその行動が繰り返されるのか」が見えてきて、望ましい行動を促す工夫ができるようになります。これは小児発達領域の専門家からも支持されているアプローチです。特に行動の課題が生じやすい自閉症の子どもに対しては、ABCモデルに基づいた療育(ABA: Applied Behavior Analysis)が行われており、ワシントン州では医療保険の対象にもなっています。
 
2)正の強化(Positive Reinforcement) 
 
子どもが望ましい行動をした際に、それを積極的に認めて褒めることでその行動が強化されます。これにより脳の報酬系が刺激され、自然とその行動を繰り返すようになります。例えば、兄弟がおもちゃでもめているときに「じゃあ先に貸してあげるね」と兄が譲った場面で、親が「今の言い方、とても優しかったね。自分から譲るなんてなかなかできることじゃないよ、素敵な行動だね」と具体的に褒めると、子どもは自分の行動が評価されたと感じ、次からも同じような行動をとろうとします。ポイントは、単に「えらいね」といった抽象的な褒め方ではなく、「どの行動がよかったか」を具体的に伝えることです。一方、この強化は望ましくない行動に対しても起こり得ます。例えば、子どもが「ばーか!」と家で叫ぶとします。これを毎回親が「やめなさい!」と反応してしまうと、子どもは「ばーか!」と叫べば親の注意を引くことができると学び、それが報酬となって行動が強化されてしまうのです。つまり、望ましくない行動を、家族が助長してしまうこともあるのです。こうした行動には、危険がない限りは「無視」し、まったく関心を示さないようにします。さらに気を引くために一時的に悪化することもありますが、無関心を貫くことでやがてその行動は収まります。その代わり、少しでもよい行動をとったときには、できる限り具体的にしっかり褒めましょう。子どもの報酬系を刺激することで、正の強化が促されます。
 
3)一対一時間(One-on-one Time) 
 
忙しい毎日の中で、子どもと一対一で向き合う時間を意識的につくることは、大きな意味を持ちます。テレビやスマートフォン、ほかの兄弟や家族からの干渉を断ち、その子だけに100パーセントの意識を向けて過ごします。この時間は子どもが主役です。親が何かを教えたり注意したりする親モードになってはいけません。子どもがやりたいことに全力で応える姿勢が大切です。たとえ1日10分でも、定期的にこうした時間を設けることで、子どもは「自分は大切にされている」と感じることができます。特に忙しい家庭や、最近弟や妹ができた子どもに効果的です。赤ちゃんの世話で家族の関心が下の子に向かいやすい中、上の子は「自分にはもう関心を向けてもらえない」と感じることがあり、それが先述のような親の興味を引くための望ましくない行動につながることもあります。だからこそ、「あなたのことを大切にしているよ」という気持ちを示す手段として一対一時間を意識的に設けることが勧められています。実際、小児、児童精神領域のペアレント・トレーニングでも推奨されているアプローチです。 
 
紹介したのはあくまで一例ですが、さらに詳しく学びたい方は、上記の言葉を英語で検索すればインターネット上で簡単に見つけることができます。もちろん育児はセオリー通りにいくものではなく、うまくいかないこともたくさんあると思います。ただ、このようなアプローチがあることを頭の片隅に留めておくことで、迷ったときのヒントになるはずです。

第 2回 夏本番、知っておきたい水辺の危険と安全対策〜Dr.松浦の診察室から

小児科医が臨床経験と知見をもとに、子育て中の皆さんの不安や迷いに寄り添う情報をお届けします。

第2回 
夏本番、知っておきたい水辺の危険と安全対策

いよいよ夏が始まり、川や海、プールなどで遊ぶ機会が増えてきます。こうした場所にはたくさんの危険が潜んでいます。特に5月から8月にかけては水難事故が多く、1歳から4歳の子どもの死因の中では溺死が大きな割合を占めているのです。では、どのようにすれば子どもたちの安全を守ることができるのでしょうか? 

皆さんは溺れている人をイメージするとき、沖に流されバタバタと手足を動かしながら水しぶきを上げて助けを求めているような姿を想像するかもしれません。しかし、実際の溺水はそれとは大きく異なります。多くの場合、声を上げることもできず、激しい動きも見られません。静かに、そしてほんのわずかな時間で起こりうるのです。その特徴を、いくつかのポイントに分けて見ていきましょう。

1. どんな浅瀬でも溺れる 
まさかと思うかもしれませんが、溺水はたった3センチほどの水たまりでも起こるとされています。寝返りが打てない赤ちゃんの顔がごく浅い水がたまった場所についてしまうだけで、顔を持ち上げられず溺れてしまうことがあるのです。例えば、浅く水を張った簡易プールで赤ちゃんと遊んでいて、少し目を離したすきにうつ伏せになってしまう、それだけで命に関わることがあります。これは水遊びに限らず、お風呂場やトイレ、水道まわりでも同様に注意が必要です。

2. 溺れるときは一瞬で、極めて静か 
溺れるときは、驚くほど一瞬です。わずか20秒ほどで命に関わる事態になるというデータがあります。公共プールのように大人の目が多くある場所も、例外ではありません。むしろ「人がたくさんいるから誰かが見ているだろう」という思考こそが最も危険です。例えば、3歳や4歳の子どもがプールサイドを走っていて、足を滑らせて落ちてしまったとします。混雑したプールでは、水しぶきも目立ちにくく、すぐに気づくことができません。実際に「1分もしないうちに気づいて探し始めたのに、見つけたときにはすでに水中だった」という事例も報告されています。

3. 泳げる人でも安心はできない 
溺水した子どもの約6割が「泳ぎ方を知っていた」という驚くべきデータがあります。また、5歳から13歳の子どもの不慮の事故による死因の第2位は溺死であり、自動車事故に次ぐ多さです。泳ぎ方を学んだらより深いところに行ってみたい、より流れがあるところに行ってみたい、と思うのは子どもの自然な好奇心ですが、泳げるからといって安心してしまうのはとても危険なのです。

では、どうすれば溺水や溺死を防げるのでしょうか?

▪️ 環境調整 
家庭用プールがある場合は、必ず高さのあるフェンスを設置しましょう。足場となるものがなく、横桟よこざんのないタイプを選び、子どもが登れないように工夫します。プール全体をぐるりと囲み、どこからも勝手に入れないようにすることが大切です。 

また、できるだけ目立つ明るい色の水着を着せることも有効です。人が多い水辺では、自分の子どもを見失ってしまう可能性があります。水面と見分けがつきにくい青い水着は避け、遠くからでも目を引く色を選ぶことで、視認性を高めましょう。 

さらに、ライフジャケットの着用も重要です。全ての子どもに着用が望まれますが、特に5歳以下の場合は必ず着用させるよう推奨されています。

▪️ 保護者の監視 
子どもはほんの一瞬で溺れてしまいます。そして、静かに溺れていくのです。何があっても目を離さないでください。混雑している場所では、子どもを見失うリスクがあります。できるだけ監視しやすいエリアを選び、常に注意を払いましょう。「一瞬たりとも目を離さない」、これが基本です。

▪️ 水泳教室と安全教育 
先述した溺水した子どもの6割が泳ぎ方を知っていたというデータの裏を返せば、残りの4割は泳げないことが要因だったともいえます。泳ぎ方を学んでおくことに越したことはありません。水泳教室の指導内容に、水の安全に関する指導も含まれているとベストです。英語圏では「Water Safety Code」という溺水防止のガイドラインが知られています。ぜひ、以下に挙げる4原則を覚えておきましょう。

⚫︎ Stop and Think(立ち止まって危険な場所を察知する)
⚫︎ Float(浮く)
⚫︎ Stay Together(一緒に行動する)
⚫︎ Call 911(緊急時には通報)
 
日本では「ういてまて」というスローガンがあります。万が一、水難事故にあっても無理に泳ごうとせず、背中を下にして浮くことで溺水のリスクを減らし、救助の可能性を高めることができるとされています。楽しい夏の水遊びは危険が隣り合わせです。正しい知識と万全な準備で、思い出に残る夏を過ごしましょう。

::新連載:: ー成長と発達のヒント集ー Dr.松浦の診察室から

小児科医が臨床経験と知見をもとに、子育て中の皆さんの不安や迷いに寄り添う情報をお届けします。

第1回 
れって緊急? こんなときどうする? 
家庭でできる観察ポイント

アメリカで子育てをしていると、当日予約が取りづらく、日本にいるときのように気軽に小児科を受診できないケースもあるのではないでしょうか。「うちの子がこんなとき、どうすればいい?」という疑問に、小児科医の視点から大切なポイントをいくつかご紹介します。

風邪症状

小児科で最もよく見られるのが風邪の症状です。鼻水、咳、くしゃみ、発熱など。どれも避けたいものですが、起こってしまったときに注目すべき赤信号(レッドフラグ)となるサインを知っておくと安心です。

  1.  生後3カ月以内の発熱(摂氏38度以上、または華氏100.4度以上)  
    赤ちゃんは、生後3カ月まではお母さんからの免疫で守られていますが、それでも非常に繊細です。大人にとっては軽い症状でも、命に関わることがあります。38度以上の熱を出した場合は、迷わず救急外来へ。問題のないことが多いですが、ときに重篤な感染症が隠れていることもあります。体温を数回測定し、38度を超えていたら翌日まで待たずにすぐ受診してください。

  2. 発熱が5日以上続く 
    子どもが熱を出すことは珍しくありません。ほとんどの発熱は3、4日以内に自然に治まります。5日以上続く場合は、「川崎病」など、治療が必要な病気でないかを確認するために、専門医による直接診察が必要です。できれば当日、難しければ翌日までに受診をおすすめします。

  3. 呼吸困難 
    鼻づまりによる呼吸のしづらさであれば心配はいりません。しかし、呼吸数が通常より明らかに多く苦しそうにしている、胸の上下動が激しい、息をするときに肋骨が浮き出て見える、ゼーゼー・ヒューヒューと音がするなどの症状があれば、肺や気管支に炎症が起きている場合があります。すぐに救急外来を受診しましょう。医療機関では「酸素飽和度」で体内の酸素状態をすぐに確認できます。

胃腸風邪のような症状

嘔吐、腹痛、下痢は子どもによくある症状です。多くは自然に治りますが、水分が摂れず、12時間以上おしっこが出ていない場合には注意が必要です。 

年齢によって排尿回数は異なりますが、基本的には1日4回以上が目安です。子どもが病気になると食欲がないことはよくあり、それを心配される保護者の方も多いですが、もともと健康体であれば体には血糖値を保とうとする働きがあるため実はあまり心配はありません。最も大事なのは「水分が摂れているか」です。排尿の有無がその判断材料になります。もし12時間以上おしっこが出ていない場合は脱水症状を起こしている可能性があるため、医療機関の受診をおすすめします。また、子どもは喉が渇くと一度に水を飲みがちですが、胃腸が弱っている状態だと吐いてしまうこともあります。水分補給のコツはペットボトルのキャップ1杯分程度をこまめに与えることです。

神経の症状(けいれん) 

神経に関わる症状も、見逃してはいけない緊急のサインのひとつです。 

乳幼児期には「熱性けいれん」といって、発熱時や解熱時に一過性のけいれんが起こることがあります。たいていは1回きりで数分以内に治まり、命に関わることはほとんどありません。とはいえ、けいれんが見られた場合は救急外来へ。病院に連れて行く前に特に次の点に注意しましょう。

  • 顔を横向きに寝かせる
    吐いたときに窒息しないよう、顔を横向きにして寝かせましょう。

  • 口の中に物を入れない・口周りを触らない 
    舌をかまないようにと口にタオルなどを入れるのは絶対に避けてください。窒息やかまれるリスクがあります。

  • 録画する 
    意外かもしれませんが、これは保護者にお願いしたい最も大切な行動のひとつです。目の前でけいれんしている子どもを見るのはつらいことですが、医師にとってけいれん発作のビデオ記録は診断や治療方針を判断するうえで非常に重要な情報源となります。けいれんが初めて起きたときは多くの家庭でパニックになり記憶が曖昧になることがあります。実際には10秒程度しか続かなかったにもかかわらず、「1分以上続いていた」と感じてしまうことも珍しくありません。だからこそ、録画することが大切です。大人が複数いる場合は、1人が撮影し、もう1人が救急対応をすると理想的です。 

今回は見逃してはいけないポイントの一部をご紹介しました。判断に迷ったときに、家庭で観察できる「緊急のサイン」を知っておくだけでも、判断の助けになります。紹介した症状に該当しない場合でも、不安なときは迷わず病院を受診してください。これからも、小児科医としてお伝えできることをシェアしていきたいと思います。