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Author: 土井 ゆみ

映画ライター。2013年にハワイに移住。映画館が2つしかない田舎暮らしなので、映画はオンライン視聴が多く、ありがたいような、寂しいような心境。写生グループに参加し、うねる波や大きな空と雲、雄大な山をスケッチする日々にハワイの醍醐味を味わっている。

Gran Turismo: Based on a true story /「グランツーリスモ」〜注目の最新ムービー

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ゲーマーが本物のレーサーに


Gran Turismo: Based on a true story
邦題:「グランツーリスモ」

1997年に日本で誕生し、世界的に大ヒットしたドライビング・ゲーム「グランツーリスモ」。そのトップ・ゲーマーが、なんと本物のレーサーになってしまった。エキサイティングな実話が、登場人物もほぼ実名で、ドライビング・アクション映画としてよみがえる。

子どもの頃からレーサーを夢見ていたイギリスの高校生、ヤン・マーデンボロー(アーチー・マデクウィ)は、ドライビング・ゲームのトップ・プレーヤー。勉強をサボってばかりのヤンを、元サッカー選手の父(ジャイモン・フンスー)は、現実と向き合えと叱る。だがある日、驚くべき幸運が舞い込んだ。日産が国際カーレースに出場するプロレーサーの育成プログラム、「GTアカデミー」を立ち上げ、ヤンにも声がかかったのだ。

仕掛け人は、ゲーマーの未知の可能性に賭けたダニー・ムーア(オーランド・ブルーム)。元レーサーのメカニック、ジャック・ソルター(デヴィッド・ハーバー)に協力を呼びかけると、初めはゲーマーに本物のレースがわかるものかと反発したが、ダニーと手を組むことを決意。ふたりはレーサーの育成に乗り出すのだった。映画みたいな本当の話。ヤンを始め、各国から若きゲーマーがアカデミーに集まり、厳しいトレーニングを受ける。そして、選抜レースを経て、ヤンがアカデミーで勝ち残っていく。

カーレーサーから、ただのゲーマーと見下されるヤンとそのチームが、粘りに粘って世界の大舞台で勝利を収める姿を描く、典型的なアンダードッグの物語。ジャックとヤンの信頼と絆など、ストーリーの展開に新鮮味は感じないかもしれないが、疾走するレーシングカーをさまざまな角度から追う映像の臨場感が素晴らしく、圧倒される。カーレース音痴の筆者も、思わず引き込まれた。

レースのシーンでは、現在もレーサーとして活躍するヤン・マーデンボロー本人がドライビングを担当。ゲーマーもカーレースのファンも楽しめる作りと言えるだろう。監督は「第9地区」で高く評価された、才気あふれるニール・ブロムカンプだ。ほとんどカメオ出演みたいにヤンの母役を担うのは、元スパイス・ガールズのジェリ・ハリウェル=ホーナー。「グランツーリスモ」を開発したクリエーター、山内一典役で平 岳大が顔を出しているのもうれしかった。

ただ、最後の製作クレジットにPlayStation Studios、日産、Sony Picturesと続くと、「なあんだ、ゲームと車の宣伝か」という気がしないでもなかった。 

 

Gran Turismo: Based on a true story(邦題「グランツーリスモ」)

写真クレジット:Universal Pictures
上映時間:3時間
シアトル周辺ではシネコなどで上映中。

Oppenheimer〜注目の新作ムービー

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広島と長崎への原爆投下は必要だったのか


Oppenheimer

「インセプション」、「インターステラー」で知られるクリストファー・ノーランは、今や世界中の映画ファンが新作を心待ちにする名監督。最新作では「原爆の父」と呼ばれた物理学者、J・ロバート・オッペンハイマーの苦悩に満ちた半生を描く。IMAXカメラを使った映像の飛び抜けた美しさと名優たちの迫真の演技に圧倒される本作。批評家や観客から傑作と絶賛され評価が定まった感がある。だが、筆者の抱いた思いは複雑だった。

大学時代から優秀だったオッペンハイマー(キリアン・マーフィー)は、マンハッタン計画の総責任者として原爆開発を指揮した米陸軍のレスリー・グローブス(マット・デイモン)に誘われ、計画を主導。苦労を重ねて原爆は完成、実験も成功し、広島と長崎へ原爆が投下される。が、終戦後しばらくして、彼を排除しようとする公聴会での厳しい追及が始まる。

そんな数々の出来事を、時間軸を前後させながら見せていく。カラーとモノクロの映像を使い分け、主人公の妻(エミリー・ブラント)と元恋人(フローレンス・ピュー)との奇妙な関係なども織り交ぜながら、入り組んだ構造を持つ大作へと見事に昇華させた。

興味深いのは、オッペンハイマーが原爆投下後に英雄扱いされるが、被害の甚大さから罪悪感を覚え、原爆使用を制限しようとしたこと。その後、米国の政治の変化に伴い、そんな彼への攻撃が始まり、かつての仲間に裏切られ、公職追放となる。

そもそもマンハッタン計画は第二次大戦中、ナチスの原爆開発を察知し、脅威を感じてスタートしたとされる。ユダヤ人である主人公もナチス打倒に賛同して開発に加わるが、原爆完成前にナチス・ドイツは降伏。原爆はもう必要ないという意見もあった。それでも、トルーマン大統領は戦争終結を早めるためとの理由で、抵抗を続ける日本への原爆投下を決める。オッペンハイマーは強く反対しなかったことで戦後苦しむことなり、水爆開発に反対。それが原因で失脚に追い込まれる。戦後の米国の敵はソ連へと移り、妻や弟が共産党員だったオッペンハイマーは、彼を嫌う保守派のルイス・ストラウス(ロバート・ダウニー・Jr.)の策略で、ソ連のスパイ扱いされていくのだ。

本作で原爆の開発とその結果としての予想外の脅威を、戦中は反ナチス、戦後は反共の政治風潮に翻弄されたひとりの物理学者を通して映し出そうとしたのだろう。1発の投下で何十万人もの人を殺せる爆弾の誕生は、国際政治の力関係を一変させただけでなく、核爆発の連鎖で地球それ自体を破壊し尽くしてしまう可能性を広げた。その恐ろしさを映像であぶり出した本作は確かに傑作と呼ぶにふさわしいと言えるのかもしれない。しかし、である。

広島と長崎に投下された原爆とその惨禍について、具体的な描写はなかったことが気になった。原爆投下は本当に必要だったのか。グローブス少将は、マンハッタン計画当初から日本への投下準備を進めていたという。原爆投下反対を大統領に進言した学者たちの中にオッペンハイマーはいなかったのだ。さまざまな疑問が湧き上がった。

今年も8月6日と9日の「原爆の日」を迎えた。日本への公開はまだ決まっていないが、必ずや原爆について考えるきっかけになる本作。日本での公開を切望せずにはいられない。

Oppenheimer

写真クレジット:Universal Pictures
上映時間:3時間
シアトル周辺ではシネコンなどで上映中。

No Hard Feelings〜注目の最新ムービー

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殻を破ったのは誰?


No Hard Feelings

ジェニファー・ローレンス主演のR指定コメディーという触れ込み。近年、話題作やヒット作がなかったローレンスが、「捨て身でお下品な役にチャレンジ?」と気になったが、なかなか良い話だった。

観光地で育った32歳の主人公、マディ(ローレンス)は、バーテンダー兼ウーバーのドライバー。ところが、税金未納で車を差し押さえられて窮地に陥る。そんな中、クレイグスリストの求人欄で見つけたのは、裕福な夫婦による広告。気が弱く引きこもりがちの19歳の息子、パーシィ(アンドリュー・バース・フェルドマン)の殻を破るのに成功したら、高級車を進呈というものだ。これに飛び付いたマディは、「殻を破るってことは要するにセックスをして欲しいってことですね」と親の希望を確認し、早速行動に。モテモテのマディは、男を陥落させるなんてお手のもの。セクシーなミニドレスでパーシィの前に現れ、グイグイと押しまくる。警戒心の強いパーシィの抵抗に手こずるも、マディの奮闘ぶりをセクシーかつ盛大に描いていく。

年上の女が年下の男に性の手ほどき、という映画はこれまでもたくさんあって、多くは男の成長が焦点に。だが本作は、成長が必要だったのはマディも同じだったという、もうひとつの物語がコミカルな展開の裏に隠されている。

自信満々、開けっぴろげで怖いもの知らず、ゲラゲラと大声で笑って困難を吹き飛ばしてきたマディは、ローレンスのイメージに重なるが、彼女にも屈託はあった。大切に守ってきた亡き母の家、その税金が払えず、この依頼を受けたマディ。なぜ、母の家がそれほど大事なのか。パーシィとの付き合いを通して、強気で生きてきたマディも、何かにとらわれていたことに気付く。壊せない殻は彼女にもあったのだ。

それにしても、ローレンスが夜のビーチで格闘する場面では度肝を抜かれた。アカデミー賞受賞女優の看板など何でもないのだろう。露骨に性的な台詞を吐き、大暴れする汚れ役を演じても、全く傷付くことのないローレンスの存在感。人気の秘密は、この類まれなる個性にある。

批評家からは、年上の女が年下の男を性的にグルーミングすることを肯定しているとの批判も出た本作。社会的強者による性的虐待が隠されてきた歴史と、被害者の背負う傷について検証が始まった現在を反映した、当然の指摘だと思う。しかも、親がグルーミングを依頼したとは、ねじれ具合もはなはだしい。筆者はグルーミングを描いた作品とは捉えなかったが、確かにこのような設定は男女の性役割の幻想を上塗りする側面があるとも考える。

No Hard Feelings

写真クレジット:Sony Pictures Releasing
上映時間:1時間43分
シアトル周辺ではシネコンなどで上映中。

Guardians of the Galaxy Vol. 3/ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー〜注目の最新ムービー

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ファン待望の娯楽大作


Guardians of the Galaxy Vol. 3

邦題「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー: VOLUME 3」

 

280億ドル(約4兆円)以上という映画史上最高の収益を上げているマーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)の一翼を担うシリーズの最終作だ。2014年に初作品が公開され大ヒット、2017年の2作目も失速せず本作に至る。結果は、期待通りのガーディアンズらしい娯楽大作だった。

本シリーズは、宇宙のごろつき集団がけんかしながらも互いを助け合い、危機を乗り越えるという設定で、「アイアンマン」などの他のMCUと比べるとスーパーヒーロー的エリート感はゼロ。グロテスクになりがちなアクションシーンを補うユーモアと明るさ、徹底した楽天性が持ち味だ。

人間の言葉を話す口の悪いアライグマや、ひと言しかしゃべらない樹木型ヒューマノイドが子どもたちを引き付け、全編に流れる70、80年代の大ヒット曲で親世代の気持ちもつかみつつ前進してきた感がある。要は年齢問わず誰でも気軽に観られるのが特徴で、これまで全作の脚本・監督を担当してきたジェームズ・ガンの作風とも言える。

登場人物がとにかく多いため、ここではあらすじを書き切れない。本作の主人公は、これまでは脇だったアライグマのロケット(声:ブラッドリー・クーパー)。負傷したロケットの命を救うためにガーディアンズが宇宙を駆けめぐるという物語だ。1、2作目の主人公はガーディアンズのリーダー、ピーター・クイル(クリス・プラット)で、自称スター・ロード。しかし、いくら彼がシリアスぶってもスター・ロードには見えないし、ポップな音楽に合わせて踊る姿はコミカル。本シリーズの軽快さはそんな彼の個性が基調になっている。

だが今回は、ロケットがいかにして人間の言葉を話すように改造されたのかが描かれ、愛らしい動物が実験に使われるエピソードは、軽さが身上の本シリーズから逸脱しているようにも見えた。いかにもお涙ちょうだい的な過剰演出にも取れる。とはいえ、2時間半を飽きずに鑑賞。ガーディアンズのファンならそれなりに楽しめる作品だと思う。

近頃、筆者の住む田舎町で上映されるのは、こうしたディズニーの大作や、特撮/大音響を満喫できるアクション、ホラーといった映画ばかりだ。自宅の大画面で映画鑑賞ができる時代、製作側もシアターで楽しめる映画作りに特化している。それがMCUの大成功につながっているのも確かだ。

シアターはこれからさらに遊園地化していくだろう。果たして、そんなアメリカ的手法がどこまで万能なのか。ゲーム業界の収益に及ばない映画業界の先行きは不透明。映画上映をするシアターの寿命もあと10年ほどかもしれない。軽いノリの作品を観たあとで、不吉な予感がよぎった。

Guardians of the Galaxy Vol. 3 

邦題「ガーディアンズ・オブ・
ギャラクシー: VOLUME 3

写真クレジット:Marvel Studios
上映時間:2時間29分
シアトル周辺ではシネコンなどで上映中。

 

AIR/エア〜注目の最新ムービー

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ナイキが運動靴の意味を変えた


AIR

邦題「AIR/エア

運動靴がファッションのアイコンになったエア・ジョーダン(以下AJ) の誕生は、スポーツ・マーケティングの革命的な出来事と言える。本作はそんなナイキの成功物語の再現で、豪華なキャストと絶妙なセリフ、80年代の大ヒット曲を全編に散りばめた上出来の娯楽映画だった。監督は俳優のベン・アフレックだ。

1984年、ジョギング・シューズをメインとしていたナイキは、バスケ・シューズのシェアで競合ブランドに圧倒的差をつけられ業界3位と低迷。ギャンブル好きなバスケ部門のソニー・ヴァッカロ(マット・デイモン)は、起死回生を狙う戦略を練る中で、NBAシカゴ・ブルズのルーキー、マイケル・ジョーダンのプレーを見てひらめく。「彼こそNBAの未来を担うスーパースター」との確信を持ち、社長のフィル・ナイト(アフレック)に、5人分で用意していた契約金の全てを注ぎ込んでもジョーダンと契約すべきと力説。だが、フィルは先もわからない新人へ、前代未聞の多額契約金を積むことに難色を示す。しかもジョーダン自身はナイキが嫌いで、競合ブランドのアディダスが好きという情報も入っていた。

果たして、ソニーはどのようにナイキ社内をまとめ、ジョーダンを説得したのか? そして、AJは誰のネーミングで、どのように生まれたのか? そんな観客の好奇心を満たすエピソードがてんこ盛り。男たちの機転と粘りで、負けゲームを奇跡的に勝利へと導いていくプロセスは、結果がわかっていても大いに楽しめる。

AJは、当初の販売目標額が3年間で300万ドルだったところを、なんと1年目にして1億2,600万ドルを売り上げるという驚異的な大ヒットとなる。本作を通して、AJがジョーダンのシグネチャー・ラインとして生まれ、1足の売り上げごとにロイヤリティーを払う契約であることや、その条件を母親が契約時に提示したことを知った。息子を信じ、彼の偉大なる未来を予見していた母、デロリスをビオラ・デイビスが力強く演じ、作品に重みが出たように思う。

ちなみに「ジョーダン」シリーズは昨年だけでも50億ドルを売り上げる怪物ブランド。まさにマーケティングのお手本だが、成功のカギはジョーダン自身のたぐいまれなるスター性にある。全盛期の動画を見ると、並外れた身体能力を持つことは一目瞭然。ファンでなくてもワクワクさせられる。90年代のジョーダンの活躍についてはNetflixのドキュメンタリー「The Last Dance」が詳しく、原作を書いたアレックス・コンヴェリーもこの作品に触発されて脚本を書き上げたと聞く。NBAには信じられないような多くのドラマが潜んでいる。

 

AIR

邦題「AIR/エア

写真クレジット:Warner Bros.
上映時間:1時間52分
シアトル周辺ではBig Pictureなどで上映中。

 

Living /「生きる LIVING」〜注目の最新ムービー

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生きるとは何かを問う


Living

邦題「生きる LIVING

黒澤 明監督の名作「生きる」を、イギリスを舞台に作り替えたドラマ作品。名作のリメイクが成功する例はあまり多くないと思うのだが、本作はオリジナルの物語をほぼ踏襲しながら、生きるとは何かという問いかけを見事に今によみがえらせた秀作であった。

時代は第二次世界大戦後の1953年。毎日同じ列車に乗って役所に通うウィリアムズ(ビル・ナイ)は、市民課の課長ではあるが、持ち込まれる市民の陳情を適当に受け流し、仕事への意欲も持てないまま働くふりをする生活を続けていた。部下や家族から疎まれ、自分の人生のむなしさを自覚するウィリアムズ。しかし、がんで余命半年と医師から告げられると、役所を休んでさまよい、生きることの意味を問い始めるのだった。

後の展開もほぼオリジナルと同じ。黒澤版で主人公が歌う「ゴンドラの唄」と、本作で歌われるスコットランド民謡「The Rowan Tree」が実によく似ていて驚いた。それでも、日本と英国の役人の設定の違いから、独自の作品に仕上がっている。

真面目だが臆病に生きてきた日本の役人を、志村 喬がドラマチックに演じたモノクロの黒澤版。それと比較すると、本作は50年代の色彩を反映させた柔らかなカラー映像が印象的で、山高帽をかぶった孤独な英国紳士を演じたナイの抑えた演技が光る。とりわけウィリアムズが、元部下のマーガレット(エイミー・ルー・ウッド)に自分の余命を告白し、生きる意味とは何なのかを振り返る場面が圧巻。決して難解ではないシンプルな言葉が、強く胸に刺さった。

脚本はノーベル文学賞受賞作家のカズオ・イシグロ。ナイに主役をやらないかと誘い、彼を念頭に置いて当て書きしたとのことだ。イシグロの中でのイメージは、志村ではなく笠 智衆だったと知って、なるほどと合点がいった。本作で、ナイは本年アカデミーの主演男優賞、イシグロは脚色賞にノミネートされている。監督は、南アフリカ出身のオリヴァー・ハーマナス。「英国映画っぽくない作品にしたい」というイシグロによって選ばれた。

黒澤版の公開は1952年、本作の舞台は1953年、国は違えど共に戦後を生きた男たちの人生への真摯な問いかけが描かれていた。ふと、戦後に青年期を過ごした亡き父が、80歳の時に大手術を生き延びて言ったことを思い出した。「自分が死ぬかもしれないとわかった時、自分がどれだけ人の目を気にして生きてきたか、わかったんだ。だから、おまえは好きなことをやりなさい」

大真面目にそう語った父と志村やナイの姿が重なり、「好きなことをやりなさい」という言葉がエコーのように響いてきた。

写真クレジット:Sony Pictures Classics

LIVING

邦題「生きる LIVING

再生時間:1時間42分
近日中にオンライン・ストリーミング開始予定。

Fire of Love /ファイアー・オブ・ラブ 火山に人生を捧げた夫婦〜最新の注目ムービー

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マグマのように熱い生涯


Fire of Love

邦題「ファイアー・オブ・ラブ 火山に人生を捧げた夫婦

本年度のアカデミー賞ドキュメンタリー部門でノミネートされた作品を紹介しよう。フランス人火山学者のカティア・クラフト、モーリス・クラフト夫妻の火山調査・研究活動を追ったユニークなドキュメンタリー映画だ。夫妻は1991年の雲仙・普賢岳噴火の際、大火砕流に巻き込まれ亡くなった43人の中の2人で、カティア享年49、モーリス享年45。世界中の火山噴火を調査したふたりの生涯は想定した通り、同じ場所、同じ時間で幕を閉じたのである。

本作はドキュメンタリーには珍しく、友人や学者らへの新たなインタビューなどが一切入らない。ふたりが1970年代から始めた映像による記録200時間分と、50時間にわたるメディアのアーカイブ映像のみを編集して製作されている。膨大な記録映像と写真を残したクラフト夫妻は火山写真・映像のパイオニアと言われ、それまで誰も近付くことをしなかったオレンジ色に吹き上げる巨大な噴火の様子や、ドロドロと流れる真っ赤な溶岩を間近で撮影した映像の数々は、今でも貴重な火山研究記録として扱われている。その映像は文句なしに迫力満点。監督は、多くの社会派のドキュメンタリー映画を製作してきたサラ・ドーサだ。ナレーションを担当するミランダ・ジュライのもの静かな語りが、作品にリリカルな印象を持たせて味わい深い。

前半はふたりが強く引かれていた赤色の火山の調査風景を描く。というか、無邪気に戯れているようにすら見える。急流のごとく流れる溶岩の脇をウキウキと歩き、吹き上げる溶岩が今にも降り落ちてきそうな場所でも、好奇心いっぱいにその様子を観察するカティアとモーリス。一見、無謀にも思えるが、専門家が見ると十分な注意が払われていたと言う。

その後、ふたりの研究は灰色の火山へと移っていく。赤色火山は動きの予想が可能で、見た目ほど危険性はないと話すモーリス。だが、灰色火山は動きの予測が不能で、噴火後のスピードも速く、危険度が高いと警鐘を鳴らしていた。そんな彼らの警告を無視したコロンビア政府は、1985年のネバド・デル・ルイス火山の噴火で2万3,000人もの犠牲者を出してしまう。そして、普賢岳の噴火はまさに灰色だったのである。

昨年11月、私が住むハワイ島の火山で噴火が始まり注目を浴びた。それもあって、噴火に熱狂する気持ちは少しだけわかる。噴火が始まるとワクワクするのだ。クラフト夫妻の熱狂はその何十倍ものものだったろう。カティアが溶岩の淵を歩くシーンにかぶるのは、ダリダの歌う「Je me Sens Vivre」。「あなたを愛しているから生きられる」と情熱的に歌い上げているのだが、その愛はモーリスへのものなのか、火山へなのか、むしろ両方のように思えてならない。「怖いけれど噴火の近くに行くと全て忘れてしまう」と語るカティア。普賢岳で「明日死んでも構わない」と口にするモーリス。ふたりのこれ以上ない濃密な関係と生涯に、心はマグマのように熱くなった。

Fire of Love

邦題「ファイアー・オブ・ラブ 火山に人生を捧げた夫婦

写真クレジット:National GeographicDocumentary Films、Neon再生時間:1時間33分Disney+、Huluで視聴可能。

The Fabelmans/フェイブルマンズ〜注目の最新ムービー

注目の最新ムービー

映画界の巨匠によるパーソナルな作品


The Fabelmans

邦題「フェイブルマンズ

スティーブン・スピルバーグ監督の映画を観たことのない人っているだろうか。彼の名前を知らなくても、「ジョーズ」、「E.T.」、「インディ・ジョーンズ」や「ジュラシック・パーク」の人気シリーズ、そして「シンドラーのリスト」、「リンカーン」など、きっと1本くらいは観ているに違いない。冒険ものからSF大作、歴史ドラマまで実にさまざまなジャンルの映画を世に送り出し、大ヒットを飛ばし続けてきた。2018年には総興行収入が100億ドルを超えた初めての映画監督となった。まさにアメリカ映画界が産んだ巨星。そんなスピルバーグが、映画に魅せられた自身の過去を描いているのが本作だ。

主人公、サミー・フェイブルマン(ガブリエル・ラベル)は、5歳で初めて観た映画に強い衝撃を受ける。その列車脱線の場面を再現しようと、自分の鉄道模型を使って何度も脱線させるサミー。母(ミシェル・ウィリアムズ)は父の8ミリカメラを渡し、撮影すれば何度も観られることを教える。

カメラを手にしたサミーは動画撮影に魅了される。小遣いを貯めてはフィルムを買い、妹たちを出演させて8ミリ映画を撮る日々。そんなサミーをコンサートピアニストの母は応援し、コンピューター技師の父(ポール・ダノ)は映画なんかにかまけていないで勉強に励むよう忠告するのだった。

両親は経済的に恵まれた仲の良い夫婦に見えた。しかしサミーは、ティーンになった頃に母の変化に気付いてしまう。最大の理解者である母の裏切りに失望するが、その試練を乗り越えていくしかなかった。

ボーイスカウト仲間を集めて西部劇を撮影するサミーの映画への没頭ぶりに、才能の開花とその後の活躍が見て取れる。ユダヤ人差別を受けた高校時代なども描かれるが、本作は両親との関係の経緯を振り返ることに重点を置いていたように思う。明るく天真爛漫てんしんらんまんな母と、勤勉で有能な優しい父。両親それぞれの美点を受け継ぎ、大きな夢を抱くサミーにとって、両親の離婚は人生最大の打撃だったに違いない。そして、それを76歳の今になって映像化した監督の真意はどこにあったのだろうか?

初期の作品、「未知との遭遇」や「E.T.」では、父不在の母子家庭の寂しさが描かれていた。一方、本作では親の離婚を受け止めざるを得なかった少年の複雑な思いが前面に押し出されている。映画にのめり込むきっかけを作ってくれた母の、彼女なりの選択を理解できるまでの境地に達したことで生まれたのが本作ではないだろうか。

あのスピルバーグが、こんなパーソナルな映画を作ったことに驚いた。そして、初めて「E.T.」を観た時の感動を思い出した。あれから40年、たくさんのスピルバーグ作品を観続け、今になって家族の打ち明け話を聞かせてもらったような気がする。大監督だが、映画好きにとっては近くにいる友人を思わせる存在である。

写真クレジット:Universal Pictures

The Fabelmans

邦題「フェイブルマンズ」

再生時間:2時間31分

シアトルではシネコンなどで上映中。

 

Black Panther: Wakanda Forever/ブラックパンサー:ワカンダ・フォーエバー〜注目の最新ムービー

注目の最新ムービー

最後の最後まで楽しめる


Black Panther: Wakanda Forever

邦題「ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー」

2018年に世界中で大ヒットした「ブラックパンサー」だが、ブラックパンサーを演じたチャドウィック・ボーズマンが2020年に他界し、期待されていた続編は絶望的という状況となった。しかし、マーベル・スタジオと監督のライアン・クーグラーは諦めなかった。果たして、主人公を演じた俳優亡きあと、どんな続編が可能なのだろうか?

物語はワカンダの王であるティ・チャラ/ブラックパンサー(ボーズマン)が重病で、妹のシュリ(レティーシャ・ライト)の懸命な治療法研究にもかかわらず亡くなってしまう、という場面から始まる。その後、国を治めることになった母のラモンダ(アンジェラ・バセット)は、貴重な鉱石のヴィブラニウムを世界と共有すべきだと西欧諸国から迫られ、拒否する。彼女は悪用を恐れていたのだ。そんな頃、同じヴィブラニウムを持つ未知の王国、タロカンの王、ネイモア(テノッチ・ウエルタ・メヒア)がラモンダとシュリの前に現れる。自分たちのヴィブラニウムも狙われているので一緒に闘おうと持ちかけるが、「それは世界戦争を意味する」とラモンダは拒むのだった。

ヴィブラニウムを有する新たな国の登場で、物語は大きく動き始める。ネイモアの案内で海の王国、タロカンを訪ねたシュリは、その見事な先端技術と水中でも自由に動き回れる驚異的な能力に感心し、ネイモアのタロカンを守りたい思いにも共感するが……。

後半はヴィブラニウムを有する国同士の対立と発展し、ハラハラしてしまった。なぜなら、架空の国ではあるが、ワカンダはアフリカの小国で、新登場のタロカンは西欧列強の植民地化によって消滅したマヤ文明を発祥とするユカタン半島の王国。共に西欧諸国によって資源を搾取されてきた両国が敵対するのだ。複雑な物語は、アクション映画としても見応えもたっぷりだった。クーグラーの脚本家としての発想力と監督としての演出力が並外れている。主演俳優の死を経て、代役を立てることなく、ブラックパンサーの世界観を守りながら新たな物語を作り出したクーグラーに拍手を送りたい。

また、気になっていたブラックパンサーの後継者問題もしっかり描かれてエンディングへ。ただし、最後のクレジット後にサプライズがあるので、早々に席を立たずに観賞して欲しい。最後の最後まで楽しませてもらった満足感を得られるに違いない。

写真クレジット:Marvel Studios/Walt Disney
Pictures

Black Panther: Wakanda Forever
邦題「ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー」

上映時間:2時間41分

シアトルではシネコンなどで、標準、3D、IMAX、

IMAX3D、4DXにて上映中。

 

The Women King〜注目の最新ムービー

注目の新作ムービー

カッコいいけど、史実をゆがめ過ぎ?

The Women King 

観終わった時、本作に登場する女たちが本当に実在したのだろうか?という疑問が浮かんだ。あえて下調べをしないで観た感想なのだが、あまりにカッコ良かったため、にわかには信じられなかったのだ。

舞台は1823年、西アフリカのダホメ王国。勇猛果敢な女戦士軍団、アゴジエのナニスカ将軍(ヴィオラ・デイビス)を主人公とした物語である。ただし、ナニスカは架空の人物。

発端は、近隣のオヨ帝国が奴隷貿易のため、ダホメの女性たちを誘拐したことから始まる。ナニスカ率いるアゴジエは武力で彼女らを解放。以降、ダホメ王国とオヨ帝国の間に緊張が高まる。同じ頃、結婚を拒否したために父親によってアゴジエへ連れてこられた年若いナウィ(スソ・ムベドゥ)は、戦士の訓練を受け始めた。心優しい先輩女戦士に見守られて、メキメキと力を付けていく。

そして、ポルトガル語を話すヨーロッパの奴隷商人が上陸し、オヨ帝国のオバ・アデ将軍(ジミー・オドゥコヤ)と共に、ダホメ王国のゲゾ国王(ジョン・ボイエガ)に面会し、奴隷貿易を活発化しようと持ち掛ける。ナニスカは、奴隷貿易は非人道的なのでパームオイルの生産を貿易の中心にすべきだとゲゾ国王に忠言するのだが、アデ将軍は着々とダホメを攻撃する準備を進めていた。

やがて、オヨ軍対アゴジエの大合戦が始まり、女戦士の何人かはアデ将軍に捕まる。そんな彼女たちを解放しようとナニスカはひとり敵地に赴くのだった。

本作の見どころは57歳のデイビスの熱演だろう。かなり訓練したと思うが、刀を使った容赦のないアクションシーンを力強く演じ、同時に複雑な過去を持つ孤高の戦士としても説得力のある演技を見せていた。演技派で知られるデイビスは製作にも関わっており、本作への強い思い入れが伝わる。

また、監督のジーナ・プリンス=バイスウッドを始め、脚本、製作、撮影監督、衣装、美術、メイクに至るまで、ほとんどの部門のトップに女性が起用されていることでも画期的な映画として特筆したい。ハリウッドではこれまで、アフリカの女性を主人公にした映画自体がなかった。本作の持つ意味は大きいと言えるだろう。

とはいえ歴史を調べてみると、ダホメ王国はそもそも奴隷貿易によって富を得ており、アゴジエも協力的であったこと、女戦士が生まれた背景には男の多くが奴隷として売られてしまったことがある、などとわかってきた。そのため、ネット上ではボイコットを呼びかける声も多い。

本作は奴隷貿易と戦った女戦士たちの正義の戦いという勧善懲悪の物語になっているが、ちょっと史実をゆがめ過ぎという思いは否定できない。アクションシーンも見応えがあり、女戦士を演じた俳優たちも素晴らしく、娯楽映画としての完成度は高い。興行的にも成功している作品だが、アフリカの女戦士の映画なら、大ヒットした「ブラック・パンサー」のような架空の物語でも良かったのでは、という考えも頭をよぎってしまった。

The Women King

上映時間:2時間15分

写真クレジット:Sony Pictures Releasing、

        TriStar Pictures

シアトルではシネコンなどで上映中。

Thirteen Lives/13人の命〜注目の最新ムービー

注目の最新ムービー

あの「現代の奇跡」を描く


Thirteen Lives

邦題「13人の命」

2018年にタイで少年サッカーチームのコーチと選手の計13人が、洞窟に閉じ込められてしまった「タムルアン洞窟の遭難事故」の救出作戦を描いた劇映画。この遭難事故に関しては、「ケイブ・レスキュー: タイ洞窟決死の救出」、「ザ・ケイブ レスキューダイバー決死の18日間」などのドキュメンタリーや劇映画がこれまで何作もあり、救出作戦がいかにあり得ない状況下で実行されたのかを再認識させられた。昨年公開されたドキュメンタリー映画「THE RESCUE 奇跡を起こした者たち」は、実際に救出をしたダイバーたちの証言を集め、とりわけ印象深い作品になっていた。

さて、そのハリウッド版と言える本作の監督は、「アポロ13」など実話の映画化に手腕を発揮してきたベテラン、ロン・ハワードだ。複雑な救出作戦の過程を手際良くまとめ、単なるサバイバル作品を超える出来栄え。タイ文化と西欧文化の違いや、軍人とダイバーたち、政治家と家族など、救出に関わった多くの人々の思いを反映させている。

11歳から16歳のサッカー少年たちが洞窟に遊びに行き、豪雨で水没した洞窟に閉じ込められてしまう。タイの特殊部隊が洞窟にダイブするが、少年たちは見つからなかった。救援隊に絶望感が広がる中、趣味で洞窟ダイビングをしていたイギリス人のリチャード・スタントン(ヴィゴ・モーテンセン)とジョン・ボランセン(コリン・ファレル)のふたりに声がかかる。

現地に到着して早々に、ふたりは洞窟の何キロも奥にいる少年たちを発見。家族、多くの救援部隊は歓喜する。だが、いかにしてこの子たちを、プロのダイバーでも数時間かかる狭くて暗い洞窟の中から連れ帰ってくるのか? 誰も何のアイデアを出せないでいた。その時、リチャードがダイバーで麻酔医でもあるリチャード・ハリス(ジョエル・エドガートン)をオーストラリアから呼ぼうと言い出す。誰しも猛反対した絶対にあり得ないその方法とは?

麻酔で子どもたちを眠らせて救出というのは、事件当時、報道されていなかった。成功した今だから語れるのだろう。もし失敗していたら、多くの人が重い責任を負っていたに違いない危険な賭けだった。だが、大成功したのである。

ダイバーや救援部隊の活躍が主に描かれた本作。願わくは、どのように取り残された少年たちが空腹と恐怖に打ち勝って、18日間も静かに救援を待つことができたのかをもっと知りたかった。コーチは仏教修行の経験を持つ若者で、彼が12人の子どもたちに瞑想や呼吸法を教えたという。洞窟前の仏像に供物する人々、祈りを捧げる親たち、仏僧に清めてもらったブレスレットを渡す母親など、ダイバーだけが英雄なのではない、という思いも強くした。

子どもたちを助けるために世界中から人が集まり、推定1万人が貢献したと言われるこの救出作戦。まさに現代の奇跡と呼べるだろう。

Thirteen Lives
邦題「13人の命」

上映時間:2時間29分

写真クレジット:United Artists Releasing、Amazon Studio

Amazon Prime Videoで独占配信中。

 

NOPE/ノープ 〜注目の新作ムービー

注目の最新ムービー

怖いのに笑えてしまう


NOPE
(邦題「ノープ」)

     

2017年の脚本/監督作品「ゲット・アウト」で、アカデミー脚本賞を受賞したジョーダン・ピールが、脚本/監督を担当した最新作。ジャンルはホラーだが、血まみれグロテスクと言うより、状況の変化と共に怖さがヒタヒタと盛り上がっていく、彼が得意とする作り。スピルバーグ監督の名作「未知との遭遇」と似てはいるが、この「未知」は結構怖くて、上出来の娯楽映画となっている。

郊外にある馬牧場で奇怪な事件が起きた。突然、異物が空から降り落ち、それが命中した牧場主は死亡。その場にいた息子のOJ・ヘイウッド(ダニエル・カルーヤ)は、空に飛行物体を目撃する。そのことを牧場嫌いの妹、エメラルド/エム(キキ・パーマー)に伝えると、貧乏牧場に降って湧いた金もうけのチャンスとばかりに、カメラを設置して映像を撮ろうと提案。電器店の店員でテックに強いエンジェル(ブランドン・ペレア)の協力を得てカメラを設置するも、トラブル続き。だが、3人は動かない雲に隠れた存在を確信していく。

そんな頃、牧場近くの小さなテーマパークで、オーナーの元子役“ジュープ”(スティーブン・ユァン)が催していたアトラクションでも大事件が起きた。徐々にその全貌を現す未知の飛行物体はヘイウッド牧場の上空を動き回り、OJとエム、そしてすっかり仲間となったエンジェルは映像も取れないまま、翻弄される。果たしてこの物体は何か? どのような形態なのか? それは見てのお楽しみとしよう。

謎が少しずつ明かされいく過程で見えてくる飛行体の全体像とその変化が卓抜。先がどうなるのか見当もつかない展開で、怖いのにひねったアイデアで笑わせ、最後まで楽しませてくれる。コメディアンでもあるピール持ち前のユーモアが脚本に反映され、寡黙で熟慮する兄OJと、大声でまくし立てる妹エムとのやり取りが絶妙で、本作の魅力になっていた。とりわけエムの破天荒な活躍ぶりは、新しい女性像の誕生として特筆すべきだろう。

作品の冒頭、動画の始まりとなるエドワード・マイブリッジによる1878年の疾走中の馬の連続写真についてエムが話し出し、この馬に乗っていたのが曽曽祖父だったと誇らしげに宣言する。たぶん、誰もあの馬に乗っていたのが黒人男性だと気付かなかったのではないだろうか。SFホラーの一大スペクタクル映画に、さりげなく黒人の歴史を入れ込むのもピール監督ならでは。初めから飛ばしてくれるなあ、とワクワクしてしまった。

NOPE
邦題「ノープ」

上映時間:2時間15分

写真クレジット:Universal Pictures

シアトルでは標準上映のほか、シネコンで4DX、IMAXでも上映中。

 

Elvis「エルヴィス」〜注目の新作ムービー

注目の新作ムービー

エルヴィス・プレスリーの真価

Elvis
(邦題「エルヴィス」)

大ヒット中の「トップガン マーヴェリック」を抜いて、興行成績第1位に躍り出たエルヴィス・プレスリーの伝記映画。監督は「ムーラン・ルージュ」、「華麗なるギャツビー」など、ド派手な映像で知られるバズ・ラーマンだ。出だしからグリッターキラキラのまばゆい映像でラーマン世界へ引きずり込み、2時間半はあっと言う間。観終わるとプレスリーを演じたオースティン・バトラーのスター誕生を確信した。

物語は、テネシー州メンフィスの貧しい子ども時代から始まる。ゴスペルやアフリカ系アメリカ人音楽に強い影響を受けたプレスリー(バトラー)が、白人と黒人の間で分断されていた音楽を融合し、新しいジャンル、ロックンロールで50年代の全米の音楽シーンを嵐のように席巻していく。

そんな彼の将来性を見抜いたトム・パーカー大佐(トム・ハンクス)はマネジャーを名乗り出て、その後のプレスリーにおける全てをコントロール。当初はパーカーを父とも慕っていたプレスリーだが、彼の徹底したプレスリー商品化のやり口と賭博癖によって、ふたりの関係は悪化の一途をたどる。下半身を大きく揺らし歌う姿は不道徳という人種偏見による攻撃を受け、軍に入隊する経緯、そして未成年のプリシラ(オリヴィア・デヨング)との結婚騒動や、パーカーに勝手に契約されてしまったラスベガスのショーに出演し続けて薬物依存となり、死へと向かっていく悲劇的な姿が描かれる。

ソロアーティストとしてのレコード売り上げは、いまだトップを譲らない。42歳の若さで亡くなったロックのレジェンドではあるが、筆者はプレスリーに対してどこか泥臭いイメージを持っていた。しかし、そんな偏見は本作を観て払拭された。

とにかくバトラーのステージが圧巻なのだ。前半の歌はバトラー自身が歌っているというのも驚いたし、こんなエキサイティングなステージを生で見られたら……と、思わず身を乗り出してしまった。本作の出演のために発声法から歌唱まで、3年間の厳しいトレーニングを受けたと聞く。彼がいなければ、本作の成功はあり得なかっただろう。

ラーマン監督の狙いは、薬物中毒死という忌まわしさやものまねで戯画化されてきたプレスリーのアーティストとしての真価を、バトラーによってよみがえらせることではなかったか。メンフィスのビール・ストリート(Beale Street)で、ビッグ・ママ・ソーントン、B.B.キング、リトル・リチャードなどの音楽と出合い、アフリカ系アメリカ人音楽に救いを見出したプレスリーのステージ・パフォーマンスは、彼のルーツでありハートであり、彼そのものだった。その渾身の姿をバトラーがステージで再現する。

プレスリーのファンでもそうでない人でも、映画館の大画面でプレスリーの世界を体感して欲しい。「映画は映画館で観るべき」と再確認させてくれるはずだ。

Elvis
邦題「エルヴィス」

上映時間:2時間39分

写真クレジット:Warner Bros. Pictures

シアトルではシネコンなどで上映中。

Downton Abbey: A New Era〜注目の新作ムービー

注目の新作ムービー

極甘とわかって食べる豪華なケーキ

Downton Abbey: A New Era
(邦題「ダウントン・アビー:ア・ニュー・エラ」)

「ダウントン・アビー」は、英国の架空の地方にあるダウントン・アビーの邸宅を舞台に、20世紀初頭のエドワード朝時代後における階級社会のあり方を、貴族であるクローリー家とその使用人たちを通して問い大ヒットしたドラマシリーズ。本作は映画化第2弾で、2019年の第1弾からの未解決案件その後を追う内容だ。

ドラマを観ていない友人に、「映画だけでも面白い?」と聞かれて返事に窮した。とにかく登場人物が多い群像劇。そのひとりひとりが抱える孤独や秘密、不遇などを6シーズンかけてじっくり描いてきた。登場人物それぞれの去就が気になる巧みな作りもあり、背景を理解していないと面白味は半減する。何人かの不遇はシリーズ中に解決しファンをホッとさせつつ、積み残し案件はあり、本作でも何人かに幸せが訪れる仕掛けだ。

脚本は原案者でもあるジュリアン・フェロウズ、監督はドラマと同じサイモン・カーティスなので、作品のトーンにブレはない。本作は1928年、クローリー家の主、ロバート(ヒュー・ボネヴィル)の母である伯爵未亡人のバイオレット(マギー・スミス)が突然、フランスの別荘の相続を受けたと家族に告げるシーンから始まる。バイオレットはその別荘を曽孫娘のシビー、ロバートの三女・故シビルとトム・ブランソン(アレン・リーチ)の若い娘に遺贈すると宣言。早速、相続のためにフランスに向かうクローリー家の人々と使用人たち。到着してみると、別荘の持ち主である侯爵の妻(ナタリー・バイ)はこの相続に納得がいかないと伝えるのだった。

ダウントンに残ったロバートの長女で実質的当主、メアリー(ミシェル・ドッカリー)は、邸宅の維持にかかる膨大な費用に頭を悩ませていた。そんな中、邸宅で映画を撮りたいとの依頼があり、使用料を修繕費に充てようと承諾する。あっと言う間に撮影隊が邸宅に到着して、使用人たちは邸宅の華やかな変化に色めき立つ。

南フランスの別荘といつもの邸宅での映画撮影という場面転換が効果的で、いくつかのトラブルやロマンスも生まれ、最後まで飽きさせない。英国のベテラン陣による手堅い演技と、多くの登場人物がいながらも手際の良い演出手腕に成功の秘訣があるのだろう。古い時代に固執する辛口な登場人物も、甘くなりがちなドラマを引き締めている。

ただ、陽光降り注ぐ南フランスで優雅な時間を過ごす貴族の姿や、映画撮影のために使用人たちに訪れた幸運など、やや過剰とも言える観客サービスには辟易。ドラマにリアリティーを求める人には不向きかもしれない。同じ貴族と使用人を題材とする作品でも、1939年製作のジャン・ルノワール監督による「ゲームの規則」は、相容れない規則を持つふたつの世界と人間社会の構造を深く見つめた傑作である。

つまり本作は、極甘とわかって食べる豪華なケーキみたいなもの、かもしれない。

Downton Abbey: A New Era
邦題「ダウントン・アビー:ア・ニュー・エラ」

上映時間:2時間5分

写真クレジット:Focus Features

シアトルではシネコンなどで上映中。

THE BATMAN-ザ・バットマン- 〜注目の新作ムービー

注目の新作ムービー

2022年のバットマンは?

THE BATMAN
(邦題「THE BATMAN-ザ・バットマン-」)

バットマン映画は、これまでに何作あっただろう。1966年に最初の長編映画が作られて以来、80年代から始まったティム・バートン版2作、90年代のジョエル・シュマッカー版2作、2000年代のクリストファー・ノーラン版3部作、2010年代はDCエクステンディッド・ユニバース版が2作あり、さらにはレゴ版も2作と、数えながら息切れしそう。根強い人気を再確認した。

筆者の推しはノーラン版「ダークナイト」(2008年)。素晴らしい出来栄えだったので、これで打ち止め、この作品を超えるなんてあり得ないだろうとタカをくくって本作を見た。ところがところが、である。「このバットマンも良し」という感想を抱いてしまった。油断ではなく予断大敵だ。大ヒットした楽曲をさまざまな音楽家たちがカバーすることがある。それと同じように、本作もまた、他のバットマン映画とは違ったリアルでダークな音色を奏でる、上出来のミステリーに仕上がっていた。

舞台は、悪がはびこるゴッサムシティ。何者かに両親を殺された若き大富豪のブルース・ウェイン(ロバート・パティンソン)は、バットマンに変身し復讐(ふくしゅう)を誓う。街の有力者が次々に殺され、現場には犯人のリドラー(ポール・ダノ)からバットマン宛ての「なぞなぞ」が残される。だが、リドラーの正体は不明。事件に巻き込まれていくバットマンは、彼をサポートするゴードン警部補(ジェフリー・ライト)と共に解決に乗り出す。その過程で、シリーズおなじみのキャットウーマン(ゾーイ・クラヴィッツ)や裏社会の大ボス、ファルコーネ(ジョン・タトゥーロ)の右腕となるペンギン(コリン・ファレル)などと絡んでいく。

本作の面白さは多々あるのだが、まずはブルースの人物像。他作品のブルースは、美女と登場する金持ちのプレイボーイという設定だが、本作での彼は若く禁欲的でバットマンとしての修行も足りない。復讐心にとらわれた若者のストイックさが際立ち、フィルムノワール的な孤独感が漂って魅力的だった。脚本/監督のマット・リーヴスはパティンソンを念頭に脚本を書いたとのことで、実に適役。主題曲に使われたニルヴァーナの「Something In The Way」も効果的に本作のムードを表していた。

また、キャットウーマンに始まりリドラーまでが他作品のような奇抜な衣装ではない。現実的な姿で登場することで、物語に「連続殺人犯を追う探偵もの」という様相を持たせることに成功している。最後に手繰り寄せた犯人の激しい怒りにも、驚くほどのリアリティーがあった。

これぞ、2022年のバットマンではないだろうか。コロナ禍の閉塞の中、ロシアとウクライナの情勢もあり、さらに先行きが見えない。そんな現実を生きる私たちにとって、この暗く、どこか幼いスーパーヒーロー像はしっくりくるし、悪くなかった。

THE BATMAN
邦題「THE BATMAN-ザ・バットマン-」

上映時間:2時間56分

写真クレジット:Warner Bros. Pictures

シアトルではシネコンなどで上映中。

Drive My Car「ドライブ・マイ・カー」 〜注目の新作ムービー

注目の新作ムービー

ふたつの作家世界が混在

Drive My Car
(邦題「ドライブ・マイ・カー」)

今、世界中で最も注目を浴びている邦画と言えば本作に違いない。監督/脚本の濱口竜介は、村上春樹の短編小説を脚色して昨年のカンヌ映画祭で脚本賞を受賞。その後も多くの映画賞を受賞し、本年のアカデミー賞では、作品賞・監督賞・脚色賞・国際長編映画賞の4部門にノミネートと、快挙尽くめである。妻を亡くした中年男と若い女の喪失と悔恨、そして再生への道程を描いていく。

俳優で舞台演出家でもある家福(かふく)(西島秀俊)は、脚本家の妻、音(おと)(霧島れいか)と充実した暮らしを築いていたが、その音が急逝してしまう。ふたりの習慣として、家福が演じる役の相手役の台詞を音が録音するというものがあった。彼はそのテープを聴きながら車を運転し、台本を体にたたき込んでいた。その習慣は音の死後も続く。

2年後、家福は広島で上演される「ワーニャ伯父さん」の演出家として招請される。かつて何度も演じた作品で、今回は多言語演劇という。世界各地からの配役決めも家福の役割だった。自分の車で広島に到着すると、主催者側から演劇祭の決まりとして若い女性運転手のみさき(三浦透子)を紹介される。初めは抵抗感を覚える家福だったが、寡黙な彼女の運転は実に安定していた。リハーサルの行き帰りにみさきの運転する車に乗り、音が録音した「ワーニャ伯父さん」の台詞を何度も聴く家福。口の重いみさきと少しずつ会話を持ちながら、家福は妻の暗い秘密を思い出していくのだった。

50ページほどの短編を3時間の映画として作り上げた脚本が素晴らしく、カンヌの脚本賞も納得であった。家福の内面が、音の「ワーニャ伯父さん」の録音テープを通して推察される仕掛けや、9カ国の俳優たちの本読みとリハーサルを通してさらに明かされていく本作のテーマ。苦い後悔を生きる初老のワーニャ伯父と彼を助ける若いソーニャが次第に家福とみさきにダブっていく構成などが巧みである。とりわけソーニャ役を手話で演じる韓国出身のイ・ユナ(パク・ユリム)の豊かな表現力に魅了された。

また、音の過去に関わる若い俳優、高槻(岡田将生)の登場によって、平穏がかき乱されていく家福が見もの。みさきの運転する車の中で、高槻が家福に迫る長いワンショットは本作の白眉であった。

優れた脚本や独特なテンポを持つ演出に感服しつつ、気になったのは村上春樹節とでも言うのだろうか、音の女性像だ。彼女が物語を生み出す方法が明らかになるのだが、そんな簡単に脚本が書けるはずもないことは、村上も小説家なら百も承知であろう。女性の「神秘性」の強調は、女は自分と同等の人間ではないと言っていることに等しい。作家、中村うさぎの「村上春樹は一見女性に理解のある物わかりの良さを偽装しているがその底には女性蔑視がある」との指摘に同感せざるを得なかった。

エンディングで気付いたことがある。妻の謎にとらわれて、そのことから目をそらし続けた家福の苦悩は村上的であり、自分を解き放とうと静かにもがくみさきの女性像は濱口独自のものではないか。ふたつの作家世界が混在する本作のユニークさを再確認した。

Drive My Car
邦題「ドライブ・マイ・カー」

上映時間:2時間59分

写真クレジット:Janus Films

シアトルではAMC Pacific Place 11などで上映中。

The Tragedy of Macbeth「マクベス」 〜注目の新作ムービー

注目の新作ムービー

総合芸術としての映画の真髄を見せる

The Tragedy of Macbeth
(邦題「マクベス」)

『マクベス』は、11世紀中期に実在したスコットランド王、マクベスの史実を元に、17世記初頭にウィリアム・シェイクスピアが書いた戯曲。『ハムレット』、『オセロー』、『リア王』に続く4大悲劇のひとつで、オペラや映画などで何度も上演、製作されてきた名作中の名作である。

筆者は子どもの頃、黒澤 明監督の『蜘蛛巣城』(『マクベス』を戦国時代に置き換えた1957年の作品)を観ており、山田五十鈴演じるマクベス夫人が手に付いた血を洗い落とせず、次第に正気を失っていく場面に釘付けになった。あの恐ろしさとおぞましさ。観た夜は怖くて眠れなかった記憶がある。では、ジョエル・コーエン版の本作はどうか。『ファーゴ』(1996年)や『ノーカントリー』(2007年)などのように弟のイーサンとの共同監督ではなく、今回はひとりで監督をこなし、脚本も書いた。妻のフランシス・マクドーマンドがマクベス夫人を演じ、製作にも参加している。この作品もまた、穏やかな眠りを妨げる悪夢的な傑作であった。

戦闘に勝利したスコットランド将軍のマクベス(デンゼル・ワシントン)は、帰路の荒野で魔女と出会い、次の王になるという予言を告げられ、野心の火を灯される。その後、ダンカン王(ブレンダン・グリーソン)はマクベスを称えるが、王位は息子に継承させると宣言。憤りを感じたマクベスは王位を奪う決意をして、妻(マクドーマンド)に手紙で伝える。同じ野心を持った妻は、王がマクベスの城を訪ねた際に殺害すべきだと夫の決意を強く支持。まだ迷いのあるマクベスを叱咤し、暗殺計画を推し進めるのだった。

王暗殺後のマクベス夫婦の悲劇も原作に忠実に、舞台劇のように描かれていく。原作の文学的要素を色濃く残す、シェイクスピア劇に特徴的な台詞回しながら、重苦しさは感じられなかった。主演のワシントンとマクドーマンドらが台詞(せりふ)を理解し、十分咀嚼(そしゃく)して日常用語のような自然さで語っていたからだろう。さすが、ベテラン俳優の会心の演技と感心した。魔女を演じたキャサリン・ハンターの悪魔的怪演の素晴らしさも大きな見どころとなっている。

ほぼ室内で撮影された各場面のセットのシンプルで直線的なデザイン、ドイツ印象派を意識したという撮影監督、ブリュノ・デルボネルの白黒映像の圧倒的な美しさなど、最高技術を結集させた総合芸術としての映画の真髄が詰まっていた。秀作の多い監督と名優、夫婦ふたりの映画人としての高い芸術性を再確認する作品として、人々の記憶に残っていくだろう。

The Tragedy of Macbeth
邦題「マクベス」

上映時間:1時間45分

写真クレジット:Apple TV+、A24

シアトルではAMC Pacific Place 11などで上映中。またApple TV+で日本語吹き替え版、日本語字幕版含め視聴可能。

The Matrix Resurrections「マトリックス レザレクションズ」 〜注目の新作ムービー

注目の新作ムービー

人種、ジェンダーの多様性、女性のエンパワーメントが際立つ

The Matrix Resurrections
(邦題「マトリックス レザレクションズ」)

2003年に3作目が上映された「マトリックス」シリーズが18年ぶりに帰ってきた。本シリーズは「バレットタイム」と呼ばれる最先端のアクションシーンや「Free Your Mind」などのメッセージと共に世界中に熱狂的なファンを生んだSFの超人気作。最新作では、3作目で死んだはずの主人公、ネオ(キアヌ・リーブス)とトリニティー(キャリー=アン・モス)の復活の物語が描かれる。

時はネオがマシンワールドで命を落としてから60年後。人間たちはいまだに機械の奴隷としてポッドの中で眠り続け、マトリックスと呼ばれる仮想現実の中で夢を見続けていた。だが、荒廃し切った現実世界で地下生活をし続ける人間たちも存在し、そんな世界に生きるバッグス(ジェシカ・ヘンウィック)とその仲間たちは、ネオが生きているという伝説を信じて、マトリックスへの侵入を続けていた。

同じ頃、トーマス・A・アンダーソン(リーブス)は「マトリックス」というゲームのクリエーターとして大成功。ただ奇妙な夢に悩まされ、精神科アナリスト(ニール・パトリック・ハリス)のセッションを受け、青いピルを飲み続けていた。ある日、カフェでティファニー(アン・モス)と名乗る女性を見かけて既視感と親近感を覚え、彼女もまた何かを感じている様子だった。

ついにアンダーソンを見つけたバッグスらと変貌を遂げたモーフィアス(ヤーヤ・アブドゥル=マティーン2世)は、彼に赤いピルか青いピルか選択を迫り、アンダーソンはネオとして現実世界に戻ることを選ぶ。そして、ポッドから解放される過程で隣のポッドに眠っているトリニティーを見た彼は、どうしても彼女を解放したいとバッグスたちに懇願するのだった。

後半は夫と子ども2人がいるトリニティーがどのように解放されていくかを焦点に物語が展開し、ネオらを排除しようとするエージェントらとの激しいアクションも見られる。

マインドコントロールに関する新たな指摘や分析、シリーズおなじみのど派手なアクションを期待しているファンは、やや失望するかもしれない。しかし、本作は確実に進化していた。3作目終了後にトランス女性となった監督のラナ・ウォシャウスキーが、前3作で描き切れなかった多様なジェンダーのあり方を自在に描いている。

グループのキャプテンでネオをガイドし続けるバッグス、地下世界を統率するナイオビ(ジェイダ・ピンケット・スミス)、ネオをポッドから救うサティー(プリヤンカー・チョープラー・ジョナス)と、主要な場面で活躍するのは女性もしくはノンバイナリー(第3の性、自身の性認識が男女のどちらにも当てはまらない人)、しかも非白人だ。近年のSF映画で女性が活躍するのは珍しくはないが、後半のトリニティーの変貌ぶりは予想を超えていた。反面、ネオたちをマトリックスに縛り付けようとするアナリストによる女性を蔑視した発言の数々に、マトリックスとの戦いの意味が明確に提示されている。

ウォシャウスキー監督が本作で見せるのは、女か男かという固定した二者択一(バイナリー)のジェンダー概念が消えてしまった世界、ジェンダーの枠組みにとらわれない個の選択が尊重される世界、ではないだろか。映像の力は大きい。エンディングの解放感は、新型コロナで覆われたホリデー・シーズンの暗さを吹き飛ばす起爆力があった。

The Matrix Resurrections
邦題「マトリックス レザレクションズ」

上映時間:2時間28分

写真クレジット:Warner Bros. Pictures

シアトルではシネコンなどで上映中。また、HBO Maxで視聴可能。

King Richard「ドリームプラン」 〜注目の新作ムービー

注目の新作ムービー

世界最強のプレーヤーはいかにして育ってきたか?

King Richard
(邦題「ドリームプラン」)

初めてセリーナ・ウィリアムズのプレーを見た時の衝撃は忘れられない。それまで細身の白人女性たちが多くプレーする女子テニス界で、屈強な筋肉を全身にみなぎらせ、声を上げながらパワフルにプレーをするセリーナ。思わず「ワオ!」。しかも、姉もトッププレーヤーで名前はビーナス。なんてすごい姉妹が現れたのだろうと、ふたりの登場に瞠目(どうもく)した。

本作は、そんなふたりを育てた父親兼コーチのリチャード・ウィリアムズを主人公とした劇映画だ。彼がいかにしてこの姉妹を世界一のプレーヤーに育て上げたのか。そのユニークな教育/コーチ方針を中心に、ビーナスが14歳でプロに転向する直前までの家族の姿を描いていく。

リチャード(ウィル・スミス)は、ビーナス(サナイヤ・シドニー)とセリーナ(デミ・シングルトン)が生まれた時から、ふたりをテニス選手にしようという計画を持っていた。テニスが白人のスポーツとされていることや優勝賞金の大きさなどが彼の決意を固くさせていた。決して豊かとは言えない暮らしの中で、リチャードは昼には近所の公園でみっちりふたりをコーチし、夜には夜警を続け、自分の計画への揺るぎない確信を持ち続けていた。しかし、ふたりの技術が上がっていくにつれ、独学でコーチを続ける限界を感じ、有名テニスクラブに出かけてプロのコーチを探すことに。結果、ふたりのプレーに可能性を見たジョン・マッケンローの元コーチ、ポール・コーエン(トニー・ゴールドウィン)が、ひとりだけならという条件付きでビーナスのコーチを無料で引き受ける。厳しい練習を続けるビーナスはメキメキと力を付けて、ジュニアのトーナメントで連戦連勝を続けていくのだった。

ないない尽くしだったアンダードッグが成長し、トップに上り詰めるという物語は何度も語られ尽くしたクリシェではある。しかし、ふたりの実際の活躍を知る観客には説得力を持ち、見ていてある種の快感があった。姉妹を演じた少女たちの健康的な愛らしさ、5人姉妹の下ふたりの活躍をわがことのように喜ぶ姉たちや、教育を第一とするリチャードが姉妹のトーナメント生活にブレーキをかけていく強引さに毅然(きぜん)と立ち向かう母(アーンジャニュー・エリス)の姿もきちんと描かれている。父だけでなく家族全員に支えられて、ふたりが最強のプレーヤーに育っていったことが無理なく納得できる。

実在のリチャードは強面の初老の男性で、姉妹の現役中は自信満々な発言を続けて、傲慢(ごうまん)だと不興を買ったこともあったようだ。そんな彼を知る人は、好感度抜群のスミスが演じたことに違和感を覚えるかもしれない。本作のリチャードは頑固に自分のやり方を押し通すが、自信にあふれ、大きな愛を姉妹に注いだ人という印象で、そのことにたぶん大きな間違いはないのだろう。だが、実在の彼はもっと複雑な個性、人間性を持つのではないだろうか、という気がした。とは言え、本作を通してウィリアムズ姉妹の残した偉業の揺るぎなさを再確認できた。

King Richard
邦題「ドリームプラン」

上映時間:2時間24分

写真クレジット:Warner Bros. Pictures

シアトルではシネコンなどで上映中。また、HBO Maxで視聴可能。。

Dune「DUNE/デューン 砂の惑星」 〜注目の新作ムービー

注目の新作ムービー

圧倒的な造形美、映像美で描く壮大なSFファンタジー

Dune
(邦題「DUNE/デューン 砂の惑星」)

1965年に米国の作家、フランク・ハーバートが書いたSF大河小説の映画化であり、原作はその後のSFファンタジー映画に多大な影響を与えたと言われる。今年、最も公開が待ち望まれていたSF大作で、その期待を裏切らない壮大な物語世界と圧倒的な造形美、映像美にすっかり魅了された。

時は10191年、海の惑星を管理するレト・アトレイデス公爵(オスカー・アイザック)は、宇宙帝国の皇帝の命によって、砂漠の惑星アラキスの管理権を受け入れる。アラキスは「メランジ」と呼ばれる、寿命を伸ばし、人間の惑星間旅行を可能にする希少なスパイスの唯一の採取場で、アトレイデス家の宿敵であるハルコンネン家が採掘権を持っていた。この委譲で対立が激化することは不可避であり、皇帝の命令は陰謀であることを知りつつも、アトレイデス家はアラキスへ向かう。

同じ頃、レトの息子であるポール(ティモシー・シャラメ)は、青い目をした謎の女が何度も出てくるビジョンを見続けていた。母のレディ・ジェシカ(レベッカ・ファーガソン)は、高度な肉体的・精神的能力を持つ女性だけの宗教結社、ベネ・ゲセリットのメンバー。ポールにもその力が備わっており、母から能力の訓練を受け、同時にレトの補佐官、ガーニイ・ハレック(ジョシュ・ブローリン)やダンカン・アイダホ(ジェイソン・モモア)などに、父の後継者となるべき武術の訓練を受けていた。

レトはハルコンネン家を嫌うアラキスの先住民、フレメンの首長であるスティルガー(ハビエル・バルデム)と手を結んで、皇帝の陰謀に立ち向かおうとするが、ハルコンネン家の急襲を受けアトレイデス家は四散。ポールとジェシカはフレメンと合流し、ポールはそこでビジョンに登場した女、チャニ(ゼンデイヤ)と出会う。エンディングでは、ビジョンの意味を通してポールが宇宙の命運を握る救世主であることが予感される。

ここまでが駆け足でまとめた前編のあらすじ。物語は始まったばかりの感があり、後編への期待が湧いてくるが、背景はかなり複雑で登場人物も多く、原作を全く知らないで観るとちょっと戸惑うかもしれない。だが「スター・ウォーズ」のファンなら、多くの共通点を見つけることができるだろう。事実、ジョージ・ルーカスは脚本を書く時、この原作小説をかなり読み込んだらしい。本作の砂丘に現れる巨大な砂虫は、「風の谷のナウシカ」を想起する人もいるかもしれない。筆者はさまざまな立場の登場人物を配した「もののけ姫」を思い出した。

そんなSFファンタジーの生みの親とも言うべき原作小説は、あまりの壮大さと先見性で映画化は難しいとされ、1984年のデビッド・リンチ監督の同名映画は本人が失敗作と公言しているほどだ。確かに多くの登場人物が交錯し、ポールの母が属する女性集団のベネ・ゲセリットが宇宙の未来をコントロールすることを目指している様子などがチラリと描かれ、興味津々。娯楽性の強い「スター・ウォーズ」などと比べて、かなり複雑で重厚な物語構造になっている。

監督は「メッセージ」、「ブレードランナー 2049」と独特な世界観を持つ優れたSF作品を撮ってきたドゥニ・ヴィルヌーヴ。原作小説ファンの彼にしか撮れなかった高い完成度を持つ映画作品と言える。主役のポールを演じたシャラメは、少年のようなしなやかさと美しさを兼ね備えたプリンス役にぴったり。後編も楽しみだが、ひょっとすると「スター・ウォーズ」に匹敵するシリーズになるのではないか。そんなワクワクする気持ちにさせてくれる作品だ。

Dune
邦題「DUNE/デューン 砂の惑星」

上映時間:2時間35分

写真クレジット:Warner Bros. Pictures

シアトルではシネコンなどで2D、3D、4DX、IMAX、RPXの上映システムで公開中。

In the Same Breath「COVID-19 2つの大国の過ち」 〜注目の新作ムービー

注目の新作ムービー

中国と米国、政府が作り上げたうそ

In the Same Breath
(邦題「COVID-19 2つの大国の過ち / IN THE SAME BREATH」)

 

いまだに先行きが見えない新型コロナウイルス感染症(COVID-19)によるパンデミック。2019年末の発生が伝えられている中国武漢で何が起きていたのか、そして米国では。当時の武漢の様子とトランプ政権のパンデミックへの対応などを伝えるニュース映像を比較しながら2政権のうそを暴き出す、優れたドキュメンタリー映画を紹介したい。監督は中国生まれのナンフー・ワン。中国の一人っ子政策の現実を追ったドキュメンタリー映画「一人っ子の国」で、2019年のサンダンス映画祭ドキュメンタリー部門グランプリを受賞した気鋭の監督だ。

2020年1月1日、武漢は全市を挙げて新年の祝賀行事が行われ、テーマパークを思わせる壮大なイルミネーションに彩られていた。テレビでは朝から習 近平(シー・ジンピン)首相が中国の平和と繁栄を宣言。同じ日に、未知の肺炎についてうわさを広げたとして8人が罰せられたニュースも流れたが、誰も注意を払わなかった。ところが1月23日になると、武漢市は突如ロックダウン。街の様相は一変した。同じ頃、SNSには、病院が立錐の余地もないほど患者で埋まり、ある人はその場で倒れ、道端で死亡する人もいる映像の数々が投稿された。だが、それも政府によってあっという間に消されてしまう。

そんな導入で始まる本作は、報道が厳しく規制された中国で実際に何があったのかを、武漢の病院内部の様子やクリニックの防犯カメラの映像などを多用して、立体的に見せていく。驚くことに武漢では2019年12月時点ですでに新型コロナウイルスがまん延していたこと、そして重症化しても治療法がなく、病院が入院を断っていたこと、死者数も10分の1ほどに少なく報道していたことなどが、次々と明らかにされていく。にもかかわらず、中国政府は警鐘を鳴らした医師たちを罰し、「人から人への感染はない」と、うその報道を繰り返させていたのだ。

たまたま中国に帰省していたワン監督はまん延に危機感を抱き、映画化を決意。アメリカに戻った後、中国にいる撮影監督たちの協力の下、リモートで監督を続けるというユニークな方法で貴重な映像が集められた。中国で生まれ、アメリカで暮らすワン監督のような立場でなければ作れなかった作品だろう。

そして彼女は、米国の状況にも目を向ける。2020年初頭、「COVID-19は完全に抑え込んだ」などと言い続けていたトランプ前大統領や、3月に入ってすら「マスクは必要ない」と発言しているファウチ首席医療顧問の映像もある。トランプ前大統領については、COVID-19を軽視する言動が米国での驚異的なまん延につながったこと、チャイナウイルスと呼んでアジア系へのヘイトをあおったこと、そして現在進行中のマスク論争やワクチン論争という国民の分断を招いたことなどが、作品を通して苦々しく思い起こされる。

検閲がかかり、表現の自由がない中国に対し批判的なワン監督は、9年前に自由を標榜する米国へ移住した。だが、銃を持ってワクチン反対のデモに集まる人々を見て、誤った情報に操られている米国の人々の主張する自由を問う。果たして、中国と米国のプロパガンダにどれほどの違いがあるのだろうか。これは重要な提起である。

中国への批判的な映画を作るたびに中国の家族がトラブルに巻き込まれていると明かすワン監督。それでも真実に迫ろうとする勇気には脱帽だ。

In the Same Breath
邦題「COVID-19 2つの大国の過ち / IN THE SAME BREATH」

上映時間:1時間38分

写真クレジット:HBO

HBO Maxで視聴可能。

CODA 〜注目の新作ムービー

注目の新作ムービー

キラキラとみずみずしい

CODA

本年度のサンダンス映画祭でAppleとNetflixが争奪戦を繰り広げ、映画祭史上最高額でAppleが配給権を取得した話題作。CODAはChild of Deaf Adultsの略で、聴覚障害者を親に持つ子どもという意味だ。家族でひとりだけの健聴者として育った少女を主人公にした秀作コメディーである。

漁師町の高校に通うルビー・ロッシ(エミリア・ジョーンズ)は、聴覚に障害のある漁師、父のレオ(ダニエル・デュラント)と兄のフランク(トロイ・コッツァー)に付き添って漁に出かける家族思いの少女。ひそかに憧れているマイルズ(フェルディア・ウォルシュ=ピーロ)がコーラス部に入ったので、自分も入部することに。ところが人前で歌ったことがないため、初回の練習で逃げ出してしまう。教員のバーナード(エウヘニオ・デルベス)から発声指導を受けて歌声を披露すると、ルビーの優れた才能を確信したバーナードにコンクール出場を提案される。マイルズとデュエットを組むように言われ、ふたりはギクシャクしながら練習を始める。

マイルズとの恋が芽生え、歌も大好きと自信を深めるルビー。聴覚のない家族に歌の道に進みたいと訴えるが、彼女の歌唱力を見極められない家族は心配し、困惑する。しかも父と兄の漁に大きな困難が持ち上がり、ルビーは問題を理解するために手話通訳として家族を助けねばならない。歌の練習もおろそかになり、ルビーのフラストレーションはたまっていく……。

ラブラブの両親には隠し事がなく、問題が起きると猛スピードの手話で大論争をする家族の姿がすがすがしい。ルビーはそんな家族への愛を自覚しているのだが、旅立ちの時は目前。というわけで、詳しく語らなくてもエンディングまでは想像通りの展開である。普段ならこういう映画はあまり評価できない気になるのだが、なぜか本作は違った。

2014年公開のフランス映画 「エール!」のリメイク。新進の女性監督、シアン・ヘダーが脚本も担当し、前作で聴覚障害者役を障害のない俳優が演じたことへの批判を踏まえて、本作では聴覚障害のある俳優が演じ、通訳も全てCODAが担当した。そんな作品へのポジティブな姿勢や、ルビーの歌声の素晴らしさもあったと思うが、困難を乗り越えて前へ前へと進んで行こうとする若さのエネルギーがキラキラとみずみずしく描かれ、心地良かった。

思えばなんと暗い夏だったろうか。あえて何がとは言わないが、こんな時期に明るさがあり、直球で希望を感じられる映画作品に触れることは悪くなかった。日常が平穏だからこそ、ホラーもクライムもどんでん返しも娯楽として楽しめるのではないだろうか。大谷翔平のホームランにも心躍るが一瞬に過ぎず、この暗さは拭えない気がしている。

CODA

上映時間:1時間51分

写真クレジット:Apple

Apple TV+で視聴可能。

Black Widow「ブラック・ウィドウ」 〜注目の新作ムービー

注目の新作ムービー

フェミニズムの到達点のひとつ

Black Widow
(邦題「ブラック・ウィドウ」)

ほぼ1年ぶりに劇場で観た映画が本作。そのせいか、娯楽性のあるアクション映画の楽しさはシアター鑑賞にこそあり、と感慨深かった。もういくつ作られたか追うのが難しい「マーベル・シネマティック・ユニバース」作品。「アベンジャーズ」シリーズで活躍した謎の元女スパイ、ブラック・ウィドウことナターシャ・ロマノフ(スカーレット・ヨハンソン)の過去をたどる物語だ。「シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ」で描かれたアベンジャーズ分裂事件後に、罪を問われ逃亡者となっていた時期からストーリーは始まる。

ノルウェーの山に潜伏中のナターシャ。謎の合成ガスが送られてきた直後、顔を隠した暗殺者の急襲を受ける。辛くもガスを守り抜いたナターシャは、送り主のいるブタペストに向かう。そこで彼女は20年ぶりに「妹」エレーナ(フローレンス・ピュー)と再会を果たす。かつてふたりは、レッドルームというソビエトのスパイ組織の潜入スパイとして、家族を装ってオハイオで暮らしていた。姉妹を演じたふたりと、父役のアレクセイ(デヴィッド・ハーバー)はレッド・ガーディアンと呼ばれたスーパーソルジャー、母役のメリーナ(レイチェル・ワイズ)も先代のウィドウで科学者だった。任務が済むとバラバラになった4人。幼かったエレーナも、ナターシャと同じ暗殺者として訓練を受けたが、アレクセイらを本当の両親だと思っていた。

エレーナから、レッドルームが今も健在で、ドレイコフ(レイ・ウィンストン)が少女たちを洗脳してブラック・ウィドウという暗殺者に育て上げ、世界を陰から操っていることを知らされるナターシャ。合成ガスで洗脳から覚醒したエレーナは、ドレイコフとの因縁を持つ姉と共に、レッドルームの壊滅とウィドウたちの解放を目指すのだった。

バイクを使った合成ガスの争奪アクションを経て、レッドルームの所在を求める擬似家族4人の再会が果たされる。だが、父役は自己中だし、母役はドレイコフとのつながりが切れておらず、関係はギクシャク。ここで家族関係の屈託や失望などがしっかり描かれている点が面白く、アクション映画経験のないオーストラリアの女性監督、ケイト・ショートランドの演出が光っていた。単なるアクション大作ではなく、擬似家族しか持てなかった孤独なナターシャの過去の過ちなども描かれ、彼女のファンとしてはそれなりに満足。また、明るくコミカルな妹のキャラクターも姉との対比で際立ち、愉快な掛け合いを続ける擬似姉妹は息もぴったり。ドレイコフへの復讐へと突き進む姿が頼もしい。

姉妹が極悪男にマインドコントロールされる若い女たちを救うために闘う、というプロットが、#MeToo運動が吹き荒れたハリウッドを反映している気がした。娯楽アクションとはいえ、映画は時代を映す鏡。フェミニズムの考えが米国社会やハリウッドに与えた影響は大きく、本作はその到達点のひとつの形なのかもしれない。

Black Widow
邦題「ブラック・ウィドウ」

上映時間:2時間14分

写真クレジット:Walt Disney Studios、Motion Pictures

シアトルではシネコンなどで上映中。

In the Heights「イン・ザ・ハイツ」 〜注目の新作ムービー

注目の新作ムービー

ラティーノの夢と体験を高らかに歌い上げる

In the Heights
(邦題「イン・ザ・ハイツ」)

マンハッタンの北部、ワシントン・ハイツを舞台にしたミュージカルの映画化だ。2005年の初演に始まり、2008年からのブロードウェイ上演以降は世界中で大ヒットを続け、トニー賞4冠、グラミー賞最優秀ミュージカルアルバム賞も受賞。原作は「ハミルトン」の大ヒットで知られるリン=マニュエル・ミランダのデビュー作である。

ハイツで生きるラティーノの夢と恋、失望と挫折、差別体験などを、サルサ、メレンゲ、ボレロ、フラメンコなどのラテンのリズムにヒップポップを融合させた独自のミュージカル・スタイルで聴かせてくれる。加えて、ダンス映画「ステップ・アップ」シリーズで実力を磨いてきたジョン・M・チュウ監督によるカラフルでスピード感のあるダンス・シーンなど、見応えはたっぷりだった。

主人公は町の食料品店を営むウスナビ(アンソニー・ラモス)と、タクシー会社で配送係として働くベニー(コーリー・ホーキンズ)、美容サロンに勤めるヴァネッサ(メリッサ・バレラ)、そしてハイツの希望の星、スタンフォード大学に入ったニーナ(レスリー・グレース)の4人。

ある日、浮かない顔でニーナがハイツに里帰りをする。恋人のベニーは心配しつつも彼女が帰ってきたことがうれしい。だが、ニーナに大きな夢を託した父のケヴィン(ジミー・スミッツ)は、彼女を認めない。一方、ウスナビはハリケーン被害を受けたドミニカに帰ることを決めたものの、ヴァネッサのことが気になって仕方がない。ヴァネッサはファッションデザイナーになることを夢見ているが、貧しくてダウンタウン進出が夢のまた夢だった。

実際のワシントン・ハイツは主にドミニカ出身者が占めるらしいが、本作ではプエルトリコ、メキシコ、キューバなどさまざまなラテン系バックグラウンドを持つ人々が登場。それぞれの夢が各国の伝統音楽に乗せて描かれていく。

本作はラティーノの排斥を狙ったトランプ政権の頃に製作され、昨年公開の予定がコロナ禍で1年延期となった経緯がある。ラティーノの存在を高らかに主張し、ラテン・カルチャーを謳歌する作品を世に送り出す意味は大きかったと思う。実に豊かで華やかだった。

だが、今観るとやや違った思いも浮かんできた。作中強調される家族とコミュニティーの大切さ、貧しくともコミュニティーでは歌って踊ってみんな仲良しという閉塞感、父親の夢を重圧と感じるできの良い娘の苦悩、そんな描かれ方にやや古めかしさを感じた。

そうした感想も、トランプ政権が過去のものとなった今だから言えることなのかもしれない。音楽の天才、ミランダが生み出した全く新しいミュージカルのスタイルを、舞台が観られなかったファンのひとりとして映画館で鑑賞できたことの幸運を思わずにはいられない。

In the Heights
邦題「イン・ザ・ハイツ」

上映時間:2時間23分

写真クレジット:ワーナー・ブラザース映画

シアトルではシネコンなどで上映中。

Minari「ミナリ」 〜注目の新作ムービー

注目の新作ムービー

語られるべき移民の物語

Minari
(邦題「ミナリ」)

80年代に移民として米国に来た韓国人一家がこの地に根付こうとして遭遇する困難、そして家族の関係を、幼い少年の目を通して描いた秀作だ。脚本/監督の韓国系アメリカ人、リー・アイザック・チョンの半自伝的な内容で、ゴールデン・グローブ賞外国語映画賞ほか多くの賞を獲得し、アカデミー賞では祖母役を演じた韓国俳優のユン・ヨジョンが助演女優賞を受賞して話題になった。

大望を抱いてアーカンソー州の田舎に土地を手に入れ、農場を始める父のジェイコブ・イ(スティーブン・ユァン)と、家を見た途端、落胆を口にする妻のモニカ(ハン・イェリ)。責任感の強い姉のアン(ノエル・ケイト・チョー)とヤンチャな弟のデビッド(アラン・キム)がうれしさの余り広大な大地を走り回る中、前途多難に見える一家の生活はスタートする。韓国野菜で大もうけを夢見るジェイコブは農業に不慣れで、近所に住む風変わりなクリスチャンの農夫、ポール(ウィル・パットン)を雇い、野菜を作り始める。生活のために養鶏場で働くモニカは、夫の夢には冷淡で、韓国から母のスンジャ(ユン・ヨジョン)を呼び寄せ、子守を頼むことに。だが、この母は英語を一切話さず、思ったことを韓国語でまくし立て、たばこスパスパ、花札大好きおばあちゃん。デビッドは早々に大嫌いだと言い出す始末だが、スンジャはそんな彼を溺愛する。

父の夢がそう簡単に実現するはずもなく、生活に困窮し、夫婦仲も悪化していく。そんな両親を不安な気持ちで見つめるデビッドの視線を通して、家族内で起きるごく平凡で小さな事件が積み重ねられていく。

ある日本のメディアで「ドラマ『北の国から』みたいで、なぜ米国でこんな高い評判なのか」と疑問を呈していた記事を見かけたが、移民体験のない人から見ると単なる家族のドラマにしか見えないのかもしれない。強引に夢を追う父と引き止める母、なす術のない子どもたちのドラマは、確かに多く語られてきた。だが親が移民世代、または自身が移民という人たちには、理解不能な米国文化への戸惑いや言語の壁、モニカの表情からついに消えることのなかった他国で生きる人間の緊張感などが見えてくる。それが、韓国系、アジア系を超えて米国人口を支える「移民」たちの心を捉えたのはないだろうか。

余談だが、祖母のスンジャが筆者の祖母にそっくりで驚いた。弟を溺愛し、どこか不良っぽい祖母に、筆者も花札を教わったものだ。彼女も仕事で精一杯の両親をよそに、よく酒を飲んでいたが、本当に無頓着を決め込んでいたのだろうか。本作中、スンジャが教会で英語の説教がわからず、ほうけたような顔つきで寝入ってしまうシーンがある。そこに、彼女の孤独を見た気がした。ひょっとすると私の祖母も……と振り返る。そんな見方もできる映画だった。

苦境の中の無頓着はただの装いかもしれない。スンジャが水辺に韓国料理には欠かせないミナリ(芹)を植えるエピソードには、この地に根付き、そして繁栄するようにとの願いが込められていたのだろう。ややきれいにまとめられた感があって、深く大きな感動までには至らなかったが、米国でアジア系へのヘイトが広がる今だからこそ、移民の物語はもっと語られるべき、という思いを強くした。

Minari
邦題「ミナリ」

再生時間:1時間55分

写真クレジット:A24

シアトルではRegal Meridian & 4DXとArk Lodge Cinemasで上映中。

My Octopus Teacher「オクトパスの神秘:海の賢者は語る」

注目の新作ムービー

タコと心の交流をした男性の物語

My Octopus Teacher
(邦題「オクトパスの神秘:海の賢者は語る」)

タコと聞くと何を思うだろうか。まず寿司や刺身、酢ダコなどを思い浮かべる人がいるかもしれない。本作は日本ではもっぱら食用として知られるマダコと心の交流を持った男性の記録映画だ。今年のアカデミー賞ドキュメンタリー映画賞を受賞した秀作で、監督/脚本はピッパ・エアリックとジェームズ・リード。

舞台は南アフリカ、ケープタウンに近い鬱蒼たる藻が繁殖する海である。その目の前に住む記録映画作家のクレイグ・フォスターは、長年の過重な仕事から燃え尽き症候群に陥っていた。何もする気がしない、父として息子に何もしてやれない、そんな自分にいら立つ日々。ふと思い立ち、子どもの頃に慣れ親しんだ海で毎日のようにフリーダイビングを続けるうちに、美しい藻が広がる海の森の海洋生物に興味を引かれ、その生態に触れていく。とりわけ奇妙な行動を取る雌のマダコの姿に夢中になるフォスター。海底で貝殻を体中に散りばめたり、海藻をリボンのように巻き付けて体を隠してみたりと、驚異的な能力、想像以上の賢さを次々に発見し、敬意すら持ち始める。

1年近く経つと、毎日訪ねてくるフォスターをタコが認識し、彼の手に巻き付いてくるほど親しい関係が育っていた。そんな頃、共にダイブする息子と海の素晴らしさを共有するフォスターの心は確実に快方へと向かっていた。

タコは自分を守るために体の色を自在に変化させる軟体動物、ということは知っていたが、人と交流する能力があるとは思わなかった。フォスターがやって来ると、彼の体にまとわりついて喜びを表現する様子にはびっくりだ。フォスターもまた、タコがサメに狙われる様子にハラハラしたり、姿が見えなくなって慌てたりして、友人や家族のように感じていることがわかり、微笑ましかった。

正直、タコを美しいとは思い難いところがあったのだが、最後は優雅に泳ぐタコの姿に見とれている自分がいた。たった18カ月の寿命しかないタコの生涯に、温かい涙が止まらなかった。自然は弱肉強食の厳しい世界であると同時に、誰にでも平等にその恵みを与え、人は自然から生命力を得る。何度も言われ続けてきたことを改めて思い出せてくれた本作は、年齢に関係なく多くの人に推薦したい。

フォスターはこの体験を通して、2012年に「シーチェンジ・トラスト」を仲間と設立。南アフリカの海洋保護区を持続的に保護するため、映画や本、展示会や生物科学による海洋生物学の研究など、活発にキャンペーンを行っている。

My Octopus Teacher
邦題「オクトパスの神秘:海の賢者は語る」

再生時間:1時間25分

写真クレジット:Netflix

Netflixで視聴可能。

Nomadland「ノマドランド」〜注目の新作ムービー

注目の新作ムービー

孤独だが決して寂しくない

Nomadland
(邦題「ノマドランド」)

最愛の夫に逝かれ、仕事も家も失い、ひとり残された高齢の女が、キャンピングカーに家財道具を積んで旅に出た。行き先のある旅ではない、ただ、生き続ける旅。そんな主人公をアカデミー賞女優のフランシス・マクドーマンドが演じ、近年まれに見る秀作映画が生まれた。若き気鋭の中国出身監督、クロエ・ジャオが指揮を執り、昨年のベネチア国際映画祭では金獅子賞、今年のゴールデン・グローブ賞映画部門では作品賞や監督賞など最多受賞、4月に予定されているアカデミー賞でも作品賞、監督賞、主演女優賞など主要6部門でノミネートされている。

ファーン(マクドーマンド)が長年夫と暮らした町は消失してしまった。町を支えていた企業が不況でつぶれ、住民全員が立ち退きを余儀なくされたのだ。代用教員をしていた当時の教え子と出会って「ホームレスになったの?」と聞かれ、「いいえ、ハウスレスよ。違いがわかる?」と優しく問い返すファーン。ホームは毎日暮らすキャンピングカーだ。

漂流生活はAmazon配送センターでの短期の仕事から始まり、季節労働を求めて雪降る極寒の地から砂漠地帯へ、全米を転々とする生活。タイヤがパンクして、たまたま近くにいたシャーリーン・スワンキー(本人)に助けを求めたファーンは、「タイヤ交換ぐらい自分でできないとこんな生活はしていけないよ」と叱咤される。スワンキーは移動生活の大先輩だ。広大なアメリカの大地には、定住地を求めない現代のノマド(遊牧民)が多くいた。別の地では明るいリンダ・メイ(本人)と知り合い、彼女の勧める大先輩、ボブ・ウェルズ(本人)が主催するノマドの集まりに参加。漂流生活のスキルを学び、移動生活を続ける高齢者の生き方に触れ、次第にノマドの自覚を持っていくファーンだった。

実際にノマドとして生活をした作家、ジェシカ・ブルーダーのノンフィクション『ノマド:漂流する高齢労働者たち』を読んでほれ込み、映画化権を取得したマクドーマンドが、ジャオにぜひ監督をと声をかけた。つまり、本作はマクドーマンドが作りたかった映画である。実際に彼女はファーンを生き生きと演じ、実在のノマドの女性たちと語らい、笑い、共に働く姿は自然で違和感がなかった。ロケ先で仕事を紹介されたというエピソードもある。

移動生活を美化することなく、その厳しさがきちんと描かれていることも良かった。だが、本作にはノマドの背景にあるこの国の高齢者棄民問題を訴えるトーンはない。焦点は、大きな喪失を体験した女が高齢になって自らを再生させていく姿にある。作中、ファーンが夫の写真を見つめる一瞬のシーンがある。「思い出すことばかりに時間を使い過ぎたわ」と言うファーン。彼女のそれまでの人生は、きっと夫の愛やコミュニティーの温かさに囲まれたものだったのだろう。その全てを失った時、果たして人はどのように再生していけるか。

ファーンはそもそもノマドのハートを持った人だったのではないだろうか。ただ、夫と出会って長く定住をしてしまっただけ。だが、彼女のハートはいつも広大な大地にあった。そんな気がしてならなかった。

定住より漂流、安定より自由を選ぶ人々。スワンキーらの語るノマド暮らしにある豊かさと美しさ、実に孤独だが決して寂しくない生き方に、心の深い部分が共鳴した。

Nomadland
邦題「ノマドランド」

上映時間:1時間48分

写真クレジット:Searchlight Pictures

シアトルではLandmark’s Crest Cinema Centerで上映中。

ジューダス・アンド・ザ・ブラック・ メサイア

注目の新作ムービー

カリスマ・リーダーと裏切り者を描く

Judas and the Black Messiah
(邦題「ジューダス・アンド・ザ・ブラック・ メサイア」)

1969年12月4日、ブラックパンサー党のリーダー、フレッド・ハンプトンがアパートで寝ているところを14人の警官による急襲によって殺害された。同時に党員1人死亡、党員4人と2人の警官が負傷。警察側から発射された銃弾90余り、パンサー側からはたった1発という惨劇だった。この襲撃に至る経緯に何があったのか、その軌跡を追っていくのが本作。登場する人々や事件は全て実在する。

FBIと偽って車泥棒をして逮捕された若者、ウィリアム・オニール(キース・スタンフィールド)は、FBI捜査官のロイ・ミッチェル(ジェシー・プレモンス)に「事件をもみ消してやるからシカゴのパンサー党に潜入しろ」と持ちかけられる。たった17歳だったオニールは是非もなく、取り引きに応じる。

当時パンサー党イリノイ州支部長だったハンプトン(ダニエル・カルーヤ)は社会主義革命家として、力強いスピーチと強い信念をもってスラムの黒人ギャングやプエルトリコ人、貧しい白人層、大学生など人種や階層を超えて共闘を呼びかけていた。カリスマ的リーダーとして、コミュニティーでの信頼と力を広げていく彼に「黒人救世主」となる脅威を感じたFBI長官フーバー(マーティン・シーン)は、パンサー党は国家に対するテロ組織であるとし、党の動きを封じようとしていた。

入党したオニールは信頼を得てハンプトンの警備役となって内部情報をFBIに流し続け、報奨金を得ていた。捜査官のミッチェルを父のように思い、親しみすら感じていたオニールは、詭弁を弄す彼の言いなりだった。だがそんな関係も長くは続かない。パンサー党と警察との緊張の高まりから、内通者を辞めたいと申し出るが、ミッチェルから「内通者がバレたらどうなるか知っているか」と脅され、ついにはハンプトンの暗殺計画を助けるまでに追い詰められていくのだった。

本作の面白さは、裏切り者のオニールの視点から描かれているところにある。同時にハンプトンの革命家として光り輝く魅力がパワフルに描かれてもいて、そんな彼に影のように張り付き、恐れおののく若者を対峙させ、題名通り、ユダと救世主の物語になっている。歴史的カリスマ・リーダー、ハンプトンの英雄譚としてストレートに描くこともできただろう物語を、裏切り者の目線から語り、脅しに屈する人間の弱さ、変化を踏みつぶす権力の醜さを際立たせることに成功している。それにしてもハンプトン21歳、オニール19歳、共になんという若さだろう。

何度もこの事件の映画化が試みられたが実現に至らず、今回が初の映画化。原案はルーカス兄弟(ケニー&キース・ルーカス)が書き、監督のシャカ・キングとウィル・バーソンが脚本を仕上げた。30代、40代の黒人映画人が力を持ち始めていることは頼もしい限りだ。

作中、パンサー事務所を銃撃する警察に向けて窓から発砲し続けた女や、警察の急襲時、眠り続けるハンプトンに覆いかぶさり、臨月の身で彼を守ろうとした婚約者のデボラ・ジョンソン(ドミニク・フィッシュバック)の姿などが強く印象に残った。パンサー党には命を賭して闘った女たちもいたこと、その勇気ある姿が描かれたことの意味は大きい。

Judas and the Black Messiah
邦題「ジューダス・アンド・ザ・ブラック・ メサイア」

上映時間:2時間6分

写真クレジット::ワーナー・ブラザース映画

シアトルではAMC系シアターで上映中。HBO Maxでストリーミング視聴可能。

「レット・ゼム・オール・トーク」名優3人が競演、ほろ苦い友情物語

注目の新作ムービー

名優3人が競演、ほろ苦い友情物語

Let Them All Talk
(邦題「レット・ゼム・オール・トーク」)

スティーブン・ソダーバーグ監督の最新作は、メリル・ストリープ、キャンディス・バーゲン、ダイアン・ウィーストというベテランを中心に据えたゴージャスなロードムービー、ほろ苦い友情ものだ。舞台がクルーズ客船「クイーン・メリー2」なので、オーシャンムービーと呼ぶべきか。

高い人気を誇る小説家のアリス・ヒューズ(ストリープ)が、英国の文学賞を受賞した。彼女の新作完成を待つ新しい編集者のカレン(ジェンマ・チャン)は、授賞式には絶対に行くべきと諭すが、飛行機は絶対ダメ。それなら船ではどうかと持ちかけ、アリスは旧友ふたりと甥っ子同伴なら行っても良いと条件を出す。そして、大学生のタイラー(ルーカス・ヘッジズ)と、30年ぶりの再会となる大学時代の親友、ロベルタ(バーゲン)とスーザン(ウィースト)の3人が豪華客船に招かれた。アリスは会った早々、自分は作品を書くことに集中したいので、会うのはディナーの時だけよ、あとは好きに時間を過ごしてねと宣言して自室にこもる。

弁護士として安定しているスーザンはのんびりと豪華な船旅を楽しむ予定。だが、裕福な夫との離婚後は慣れない仕事に苦労していたロベルタは、なぜアリスが自分を呼んだのかわからない。しかも、自分をモデルに書いた小説でアリスが人気を博したと信じており、アリスの謝罪が欲しい。そのいら立ちをスーザンにぶつけるが、「考え過ぎ。あの主人公があなただと思う人はいない」と軽くいなされる。しかし、ロベルタの怒りは収まらない。そんな頃、アリスに内緒で乗船したカレンはタイラーと介して、アリスの本の進み具合を知らせて欲しいと頼むのだった。

それぞれの思惑をよそに、アリスの筆は進まない。彼女がリラックスできるのは朝食を共にする若いタイラーとの時間だけ。ディナーの席では、きれいに着飾ってはいても、4人の会話はいつもギクシャクしていた。

新しい試みを好むソダーバーグ監督らしく、撮影は実際に2週間余りのクイーン・メリー2航海中に行われ、最小限のスタッフを伴い、監督自ら最新の小型カメラを回した。台詞の多くも演者たちの即興と言われる本作だが、脚本家のデボラ・アイゼンバーグが乗船して脚本のアウトラインなどを練り上げ、撮影されたという。たぶん、ベテラン演者たちがいたからこそ可能だったアプローチで、多くの即興の場面を選別しながら、編集段階でかっちりした作品作りが行われたのではないだろうか。スローなスタートだが、作り過ぎず、リアルなのに軽快なテンポが保たれていた。

コロナ禍で家にこもっている身としては、超豪華客船という背景は目の保養にもなって悪くなかったが、老境に入った白人女性3人が互いに抱えた屈託と未解決な感情については、とても親身には思えなかった。本作の撮影が行われたのは2019年の夏。新型コロナや大統領選など劇的な出来事が多かった2020年を振り返ると隔世の感がある。あの頃はこんな旅をして、こんなことに言い合っていられる時代だったのかもしれない、と何か遠くのものを見ている気がしてならなかった。

 

Let Them All Talk
邦題「レット・ゼム・オール・トーク」

上映時間:1時間52分

写真クレジット::HBO Max

HBO Maxで視聴可能。

『マ・レイニーのブラックボトム』最高のキャストとスタッフで映画化された名作舞台劇

注目の新作ムービー

最高のキャストとスタッフで映画化された名作舞台劇

Ma Rainey’s Black Bottom(邦題「マ・レイニーのブラックボトム」)

黒人のプライドと野心、秘められた怒りが全編にほとばしるパワフルな作品だった。オーガスト・ウィルソンが1982年に発表した同名戯曲の映画化で、最高のキャストとスタッフにより名作舞台劇が見事に映像に焼き付けられた。

舞台は1927年の夏、シカゴ。当時「ブルースの母」と呼ばれ、南部の黒人の間で絶大なる人気を誇った実在のブルース・シンガー、マ・レイニー(ビオラ・デイビス)が、バンドと共にレコーディングにやって来た。バンド・メンバーは、マの音楽に忠実なベテラン、ピアノのトレド(グリン・ターマン)、トロンボーンのカトラー(コールマン・ドミンゴ)、ベースのスロー・ドラッグ(マイケル・ポッツ)と、彼らとは一線を画す若く才気にあふれたトランペットのレヴィー(チャドウィック・ボーズマン)の4人。自分の才能を信じるレヴィーは事あるごとに白人プロデューサーに自分を売り込み、いつか自分のバンドを持って成功してみせると豪語。マの音楽の古くささを公言し、彼女が同伴した女性パートナー(テイラー・ペイジ)に色目を使う傍若無人ぶりであった。

一方、ブルースを金もうけの道具としか思っていない白人マネジャーやプロデューサーに不信感を持つマは、彼らに無理難題を投げ、衝突を繰り返す。何度も中断するレコーディング。しかもマは、勝手な音を出すレヴィーへいら立ちと共に、若い才能に追われる焦りを感じていた。蒸し暑いスタジオに充満する緊張感は次第に高まっていく。

マの強烈なプライドとレヴィーの激しい野心は、どこから来るものなのか。白人は私の声だけが必要、ずっとそうやって扱われてきたと話すマと、過酷な人種差別体験を明かすレヴィー。そんな彼が白人に媚を売ることを揶揄する年長のバンドマン。小さな地下スタジオで語り、叫び、ぶつけ合う言葉のずしりとした重みに暗黒の歴史が凝縮されていた。

今やアメリカの至宝と呼びたいデイビスがよみがえらせたブルース・シンガーの不逞な存在感。そして本作が遺作となったボーズマンの渾身の演技と叫びに、彼の早過ぎる旅立ちが悔やまれてならかった。監督はブロードウェイで長い経験と受賞歴を持つジョージ・C・ウルフ、これ以上はないベストの布陣だろう。

原作は「アメリカの黒人シェイクスピア」と呼ばれた劇作家、ウィルソンが初めてブロードウェイ進出した記念碑的な舞台。彼はその後、20世紀の100年にわたるアメリカ黒人年代記を連作劇として10年ごとに1作ずつ執筆し、ピュリッツァー賞、トニー賞など数々受賞。逝去した2005年に全10作を完成させた。20世紀のアメリカ史の再解釈を目指した作品群は「ピッツバーグ・サイクル」と呼ばれ、本作のプロデューサーであるデンゼル・ワシントンはウィルソンによる10作全ての映画化を目指していると言う。その第1作は2016年公開の「フェンス」。ワシントン自身が主演、監督を務めた。演劇を鑑賞できる機会は、映画と比べると少ないかもしれないが、演劇と映画の違いを踏まえつつ、ワシントンにはぜひ全作を映画化して欲しいと強く願わずにはいられなかった。

 

Ma Rainey’s Black Bottom
邦題「マ・レイニーのブラックボトム」

上映時間:1時間34分

写真クレジット::Netflix

日本語字幕版、日本語吹き替え版も含めてNetflixで視聴可能。