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Author: 土井 ゆみ

映画ライター。2013年にハワイに移住。映画館が2つしかない田舎暮らしなので、映画はオンライン視聴が多く、ありがたいような、寂しいような心境。写生グループに参加し、うねる波や大きな空と雲、雄大な山をスケッチする日々にハワイの醍醐味を味わっている。

『燃ゆる女の肖像』ハッとするほど美しい恋愛映画

注目の新作ムービー

ハッとするほど美しい恋愛映画

Portrait of a Lady on Fire
邦題「燃ゆる女の肖像」

友人知人の間で人気を博している韓国ドラマ「愛の不時着」。未見なので何も言えないが、年末に筆者がおすすめしたい恋愛映画は文句なしに本作で決まりだ。18世紀後半のフランスを舞台に、画家と貴族の女性の熱く短い恋を描いた秀麗な作品。2019年のカンヌ映画祭で「パラサイト 半地下の家族」とパルムドールを争い、その後も世界中の映画祭で数々の映画賞を受賞した話題作である。

物語は、画家のマリアンヌ(ノエミ・メルラン)が、絵画クラスの生徒から彼女が描いた「燃ゆる女の肖像」について聞かれ、その絵が描かれた過去を追想する、という古典的な出だしで始まる。

その数年前、マリアンヌはイタリアの貴族との結婚を控える花嫁の肖像画を描いて欲しいとの依頼を受け、厳しい航海の末にある小島にたどり着く。そこで花嫁、エロイーズ(アデル・エネル)と出会うが、彼女は肖像画を拒んでいた。結婚を嫌って自殺した姉に代わって嫁がされることに抵抗していたのだ。そこでマリアンヌは画家であることを隠し、友だちを装って海岸への散歩を通して彼女を観察することにした。

初めはマリアンヌすらも拒絶していたエロイーズだが、ふたりは散歩で交わす短い会話により親しさを増していく。ふたりの仲を察知する若いメイドの妊娠中絶を助けたり、海辺の女たちの集いがあったり、初めてのキスなど小さなエピソードを重ねながら、1回目の肖像画を破棄し、2度目の肖像画を描き始める頃には、ふたりの仲は熱く官能的なものに育っていた。

恋の始まりを、画家としてのまなざしから描いた点が優れている。スケッチをする画家の手先から徐々に描き上がっていく肖像画完成の過程と、恋の高まりを対峙させたことで、このロマンスに品格が生まれたように思う。恋愛映画につきもののロマンチックな音楽を一切排し、画面に広がるのは波音と共にドレスの裾を翻して海岸を歩くふたりの姿、そして互いを見つめ合うクローズアップだ。画家としてエロイーズを観察していたマリアンヌのまなざしが恋するまなざしへと変化しながら、固く心を閉ざしていたエロイーズの瞳が恋する色に染まっていく。映像でしか描けない、まなざしの持つ力を存分に描いた作品となっている。

相手への思いが深まり、息をするのも苦しくなっていく。その息苦しさがエンディングの音楽会のシーンで頂点に達する。あの激情的な旋律に感情の高ぶりを覚えない人がいるだろうか?

脚本/監督はレズビアンであることを公表しているフランスのセリーヌ・シアマ。LGBTを主人公にした「水の中のつぼみ」や「トムボーイ」などの秀作が多いが、本作はハッとするほど美しく彼女の最高作と言えるだろう。裾広がりのドレスを着たふたりの白く長い首や、ノーメイクに見える素顔の透明感は澄んだ水をのぞくようでもあるのだが、その下には激流が流れていた。女性監督が描いた女同士の恋はひたすら美しく、生涯忘れられない恋の追憶を見事に描き切った恋愛映画のクラシックとなっていくはずだ。

Portrait of a Lady on Fire
邦題「燃ゆる女の肖像」

上映時間:2時間

写真クレジット: Pyramide Films

Hulu、Amazonなどで視聴可能。

「シカゴ7裁判」タイムリーなポリティカル映画

注目の新作ムービー

タイムリーなポリティカル映画

The Trial of the Chicago 7
邦題「シカゴ7裁判」

米国民にとって1968年は忘れられない年だろう。4月に公民権運動家のキング牧師が暗殺され、6月には大統領予備選挙を戦う民主党有力候補だったロバート・F・ケネディも銃弾に倒れた。当時の米国ではベトナム戦争に向けた徴兵制がしかれ、戦地に送られる学生による反戦運動やブラックパンサー党の活動など社会変革への大きなうねりが広がっていた。

そして8月、大統領候補を選ぶ民主党全国大会が開催されるシカゴに、反戦を叫ぶ学生や市民1万5,000人が結集。学生らの多くが大会会場へと行進を始め、それを阻止しようとする警官隊が警棒を振るい、催涙ガスを発射するなどして争乱状態となった。多くの逮捕者と負傷者が出て、デモの煽動者として8人が謀略・扇動の罪で起訴された。青年国際党(イッピー)の共同創立者であるアビー・ホフマンとジェリー・ルービン、民主主義社会を求める学生連合のトム・ヘイデン、非暴力・平和主義者のデービッド・デリンジャー、反戦活動家のレニー・デイビス、ジョン・フローイネス、リー・ウィンナー、そして後に被告から除外されたブラックパンサー党創立者、ボビー・シールの8人だ。

本作は全米が注目したこの8人の裁判の様子を描いた劇映画で、脚本・監督は「ソーシャル・ネットワーク」などのヒット作が多い脚本家の第一人者、アーロン・ソーキン。司法長官から何がなんでも有罪にせよと指示された検察と、保守的で偏見に満ちたホフマン裁判官(フランク・ランジェラ)らによって、不当にゆがめられた裁判が展開する。迎え撃つ急進派弁護人、ウィリアム・クンスラー(マーク・ライランス)らと独自の信念を持つ被告間の内部論争などを挟みながら、激動する時代の空気を映しつつ娯楽性も備えた見応えのある作品だった

法廷でジョークを飛ばすアビー(サシャ・バロン・コーエン)とジェリー(ジェレミー・ストロング)が、もとよりこの裁判が茶番であると見抜いていたことを始め、「判事の心象を良く」を主張していたトム(エディ・レッドメイン)がキレる一幕や、一貫して事件と無関係だと主張し続けたボビー(ヤーヤ・アブドゥル=マティーン2世)が「自分のような無関係な黒人を被告に入れて事件の凶悪性を強調しようとしている」と指摘する場面、彼の発言を止めようと猿ぐつわをかませ、椅子に縛り付けた姿も再現された。

観終わってみると古い歴史のひとコマというよりも、今年全米を席巻したBLM(ブラック・ライブズ・マター)運動との共通性が見えてくるタイムリーな作品。コロナ時代を反映してNetflixで日本語吹き替え版や字幕付きでストリーミング配信されているので、ポリティカルな映画でも観やすく感じる人も多いのではないだろうか。

The Trial of the Chicago 7
邦題「シカゴ7裁判」

上映時間:2時間10分

写真クレジット: Netflix

Netflixで視聴可能。

「TENET テネット」1回の鑑賞では理解不能のSFアクション

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1回の鑑賞では理解不能のSFアクション

TENET
邦題「TENET テネット」

「ダークナイト」や「インセプション」、「インターステラー」などを大ヒットさせてきた英国の名匠、クリストファー・ノーラン監督の最新作だ。期待して見たのだが、「逆行する時間」という不慣れなコンセプトが1回の鑑賞では理解不能。2回観たが未だ不消化という異色のSFアクション作品であった。

ジャンルはスパイ映画だ。特殊部隊に参加していた主人公(ジョン・デヴィッド・ワシントン)が謎の組織「TENET」のテストにパス。「逆行する弾丸」を科学者から見せられ、この物質の出どころを突き止めようと動き出す。その結果、ロシア人の武器商人であるアンドレイ・セイター(ケネス・ブラナー)が、未来から送られてきた時間を逆行させる装置「アルゴリズム」を探し出し、全人類の滅亡をたくらんでいることをつかむ。これを阻止するため、主人公はセイターの妻のキャット(エリザベス・デビッキ)に近付き、有能な工作員のニール(ロバート・パティンソン)の協力を得て、順行する時間と逆行する時間が同時に存在するという超絶アクションを展開しながら任務を続けるという話だ。

見どころはアクションシーンに詰まっている。ノルウェーやエストニアなどを舞台に繰り広げられる、壮大で凝りに凝った順行逆行同時進行のスリリングなアクションに度肝を抜かれた。カーチェイスでは、目の前をバックしながら疾走する車がボコボコになりながら回転し、回転を終えると車の凹みがなくなっていたり、同じ人物が同じ場面でふたり存在したり、過去のミッションの場面に別の目的でもう1度戻ってみたり。えええ、今、何が起きているの???の連続。だが、全編を貫く不安定な時間感覚の意外性と、さえわたる映像美に魅了される2時間半だった。ノーランのファンなら何度も観て不可解な場面の謎を解きたくなる、そんな仕上がりの作品。苦手な人は1回でギブアップかもしれない。

醍醐味にあふれる本作で気になったのは、長身スリムな美女、キャットの設定だ。幼い息子をセイターに人質に取られ、彼からの虐待も運命と受け入れ、目を潤ませ弱々しく「私には子どもしかいないの」と語る。いかにもはかなげな美女は、主人公の奔走の動機付けに必要なのだろうが、何やら古めかしい。アルゴリズムやエントロピーなどの最先端理論を駆使し、自在に時間を行き来する男たちの中で、なぜ彼女は自由を求めず、過去の女性像に閉じ込められているのか。女が危うげを装うのは男を取り込む手段ともなり、前世紀の女はそんな技に長けていた。それは女が自らの力を実感できない時代だったからだ。キャットだけが前世紀の遺物然とし過去に置いてきぼりでは、納得できない。そんないら立ちを禁じ得なかった。

TENET
邦題「TENET テネット」

上映時間:2時間30分

写真クレジット:Warner Bros. Entertainment

シアトルではシネコンおよびIMAXシアターで 上映中。

「はちどり」韓国で生きる少女の現状への問いかけ

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韓国で生きる少女の現状への問いかけ

House of Hummingbird
原題「벌새」、邦題「はちどり」

本作を見て、少女時代がビビッドによみがえり、胸苦しくなった。たぶん、多くの女性が同じように感じるのではないだろうか。韓国の若い女性監督、キム・ボラのオリジナル脚本による長編デビュー作で、シアトル国際映画祭審査員大賞を始めとして、世界中の映画祭で作品賞や監督賞などを受賞した話題作だ。

舞台は1994年の韓国。主人公である14歳のウニ(パク・ジフ)は、忙しい餅菓子屋を営む両親と兄姉のいる5人家族の末っ子。兄(ソン・サンヨン)はソウル大を目指して猛勉強中、姉(パク・スヨン)は父(チョン・インギ)を嫌い夜遊びし続けている。ウニはおとなしく、学校が苦手。他校にいる親友とだけ語らい、下校時にはボーイフレンドと帰宅する。一見ごく平凡に見えるウニだが、彼女の日常には小さな事件やドラマが頻発する。

ウニをなぐる兄、そんな兄だけに期待を傾ける父、伯父のために大学進学をあきらめた悔恨を持つ母(イ・スンヨン)、父に叱られ泣くしかない姉。ウニをとりまく環境は平穏とは程遠いのに、日常は何事もないかのように過ぎていく。そんなウニが、初めて自分に関心を持ってくれる大人の女性、漢文塾の女性教師であるヨンジ(キム・セビョク)と出会い、自分の環境に疑問を持ち始めるのだった。

少女期に多くの女性が体験するであろう日常に向けられた視線は、フェミニストの視線である。優しくデリケートにウニに語りかけたヨンジは、まさに韓国で生きる少女の現状に問いかけるボラ監督自身なのだろう。なぜ兄だけが期待されるか。なぜ姉の自由は父から否定されるのか。母はなぜ悲しそうなのか。なぜウニは家族から忘れ去られているのか。無言で大きく目を見張るしかないウニ、ぼんやりと車窓から外を見つめるウニ、みずみずしい映像を通して描かれていくのは、個としての尊厳を少しずつ削り取られていく少女の姿であり、そんな少女が1年を経て少しだけ力を付けていく姿である。

自身の体験を元に脚本を書いたというボラ監督は、今韓国で盛り上がりを見せているフェミニズム運動の中から生まれた優れた才能だ。本作の持つ静かなパワーと説得力に、多くの女性の共感を得ることができると思うが、男性にもぜひ観て欲しい。14歳のウニが沈黙の中で、何を感じ、どんな風に傷付いていったのか、ウニを自分の娘、妹、姉、母の少女期など身内の女性に置き換えて観てみてはいかがだろう。そうすれば、父の期待の重圧から妹を殴る兄の暴力的衝動、家父長制度が根強く支配する家族の不幸を実感できるのではないか。フェミニズムは女性だけの問題ではないのだ。

House of Hummingbird
原題「벌새」、邦題「はちどり」

再生時間:2時間18分

写真クレジット:Well Go USA Entertainment 

Amazon、YouTubeなどで視聴可能。

「ファースト・カウ」リアルなアメリカの開拓史

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リアルなアメリカの開拓史

First Cow
邦題「ファースト・カウ」

夏に予定されていた大作や話題作の公開が次々と延期となり、映画館で映画を鑑賞するという楽しみが遠のいていく。最近はスマホで映画を観る人も多いようだ。ミステリーの犯人探しや恋の行方、刺激的なホラーなど、ついつい引き込まれてしまうメリハリの効いた映画なら画面が小さくても楽しめるのだろう。映画は映画館で観なくては意味がない、とは思わないが、本作をストリーミングで視聴しながら、この映画こそ映画館で観たかったなとコロナを恨めしく思った。

ケリー・ライヒャルト監督の最新作だ。90年代から米国で一貫としてインディーズ映画を撮り続けている女性映画作家のひとりで、「ウェンディ&ルーシー」や「ミークス・カットオフ」など作品への評価は常に高い。

本作の舞台はオレゴン、時は1820年代の西部開拓時代である。気の荒い毛皮ハンターたちの中に紛れ込んだ気の優しい料理人であるクッキー(ジョン・マガロ)は、ある時、ロシア人に追われていた中華系移民のルー(オリオン・リー)を助ける。ふたりはそれぞれに商売を始めて成功する夢を語り、互いに助け合いながら友情を育てていく。そんな頃、開拓地の地主が良いミルクを出す牛を購入。それを知ったルーはクッキーに、牛のミルクを使い、うまいもの作って売ろうと持ちかけ、ふたりは夜中にこっそり牛の乳搾りに。案の定、クッキーの作った菓子は開拓地で飛ぶように売れ、ふたりは小金を貯めていく。しかし、そんなことは長く続かない。

導入部が良い。時は現在で、骸骨の頭を見つけた若い女が手で土を掘り起こすと、仲良く並んだ2遺体が現れる。このふたりに何が起きたか? そんな謎から始まるのだ。しかし、本作に謎解きのサスペンスはほぼ皆無。物語はキノコを採ったり木の実を潰したり、川で洗濯したり、そして優しく牛に語りかけながら乳を搾る男たちの姿を淡々と追っていくだけなのだ。

本作をスマホで観ていたら、飽きてしまう人がいるかもしれない。だが、もし映画館で観たらどうか。深い森のヒンヤリとした空気感や木々の香り、夜の静けさなどを堪能することができただろう。そして、荒くれたハンター、パン屋を夢見たクッキーと、無一文から必死に何か生み出そうとした移民、そんな彼らをじっと見つめる先住民、そうした人々の総体がアメリカという国を作ってきたのだという本作のテーマらしきものが見えてくるはずだ。

かつての西部劇映画ならヒーローの脇役と相場が決まっていた人々を主人公に、リアルなアメリカの開拓史を意欲的に描いた本作。静かな大作と呼ぶにふさわしいと思う。

First Cow
邦題「ファースト・カウ」

再生時間:2時間2分

写真クレジット:A24

Amazon、Vudu、iTunesなどで視聴可能。

「13th -憲法修正第13条」システマティック・レイシズムについて考える

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システマティック・レイシズムについて考える

13th
邦題「13th -憲法修正第13条」

I Am Not Your Negro
邦題「私はあなたのニグロではない」

5月25日に起きた警察官による黒人男性殺害事件を機に大きく広がった人種差別への抗議運動は、今や世界中に広がっている。「ブラック・ライブズ・マター(黒人の命は大切だ)」をスローガンとするこの運動の中で、しばしば耳にする言葉が「システマティック・レイシズム(体系的人種差別)」。私たちはこの意味をどれほど理解しているだろうか。米国に根深く残る人種問題への理解を深めるために、ぜひ観て欲しいドキュメンタリー映画を2作品紹介したい。

「13th(邦題:13th -憲法修正第13条-)」は、「セルマ」を監督したエイヴァ・デュヴァーネイによる2016年の作品。オバマ前大統領の「米国の人口は世界全体の5%に過ぎないが、米国人受刑者は世界全体の受刑者数の25%を占めている」の発言から始まる。その受刑者の多くは黒人で、2009年の収監者に占める黒人の割合は39.4%にも上る。米国人口比12.6%に過ぎない黒人が、なぜこれほど大量に投獄されているのか。本作はその背景にある体系的人種差別について、奴隷解放から現在までを歴史的に追いながら実証していく。現在の監獄の一部は企業によって運営され、受刑者数が増えれば企業がもうかるシステムになっており、受刑者の労働も低賃金で搾取されている。収監経験のある活動家・学者のアンジェラ・ディヴィスはこれを「産獄複合体」と呼び、「新たな奴隷制度である」と長年指摘し続け、本作でも貴重な発言をしている。4月、Netflix が誰もが観られるようにとYouTubeにアップ。無料のうえ、日本語字幕のオプションもある。必見の力作だ。

「I Am Not Your Negro(邦題:私はあなたのニグロではない)」は、作家のジェームズ・ボールドウィンが1979年に書いた未完のメモワール『Remember This House』を下地として、2016年に作られた異色のドキュメンタリーだ。内容はボールドウィンの友人であった公民権運動の活動家、メドガー・エヴァース、マーティン・ルーサー・キング・ジュニア、マルコムXの3人の主張と活動、そして暗殺までを、60年代のアーカイブ映像やTVインタビューなどを通して回想していくもの。パワフルなボールドウィンの言葉で次々と紡ぎ出される友への追憶、人種差別の歴史への鋭い分析を通して、米国という国そのもののあり方に迫っていく。抑えた口調で語るサミュエル・L・ジャクソンのナレーションも秀逸。監督はハイチ出身のラウル・ペックだ。最後にボールドウィンの言葉を引用しよう。

「私はこの国で起こっている道徳的無関心、心の死を恐れている。人々は長い間、自分を欺いてきた。私のことを本当は人間だと思ってはいない。これは彼らの言動ではなく、彼らの行動に基づいている。そして、これは彼ら自身が道徳的なモンスターになったことを意味する」

13th
邦題「13th -憲法修正第13条」

再生時間:1時間40分

写真クレジット:Netflix

YouTubeなどで視聴可。


I Am Not Your Negro
邦題「私はあなたのニグロではない」」

再生時間:1時間33分

写真クレジット:Magnolia Pictures

Amazonなどで配信中。

「アメリカン・ファクトリー」コロナ後の世界を俯瞰する

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コロナ後の世界を俯瞰する

American Factory
邦題「アメリカン・ファクトリー」

The Great Hack
邦題「グレート・ハック:SNS 史上最悪のスキャンダル」

長い自粛生活を経て、誰もが生活の激変を体験したかと思う。今、新しい生活様式が作り出されつつあるが、これから先、私たちの暮らしはどうなっていくのか。こんな時期だからこそ、必見のドキュメンタリー映画を2作紹介したい。共にNetflixが日本語字幕付きで配信している作品だ。

「American Factory」は、オハイオ州で撤退したGM(ゼネラルモーターズ)の自動車工場施設を買い取った中国の自動車ガラス工場、フーヤオで起きた労使の軋轢を2015年から2017年末まで追った作品。失業していた元GMの労働者たちはフーヤオでスムーズに再スタートを切ったが、彼らを待っていたのはGMとは比較にならない低賃金と過酷な労働だった。ところが共に働く中国からの労働者の効率や生産性は圧倒的に高く、元GMの労働者は怠け者扱いされていく。同時に、家族を中国に残し、合宿生活しながら黙々と働く中国人労働者の実態なども描かれ、米中の相容れない就業意識の落差がリアルに浮かび上がってくる。

だが、ここまでは悲劇的だが想定内の展開。驚くのはこの落差を企業がどう解決したか。フーヤオはこの変革の結果、2018年に初めて黒字となる。効率と収益を追求する生産業の実態と未来を見せてくれる苦く優れた作品だった。本作は、オバマ前大統領夫妻が立ち上げた映画製作会社の第1作で、今年のアカデミー賞で最優秀ドキメンタリー賞を受賞している。

「The Great Hack」は、FacebookやGoogleの個人データを違法に利用し、トランプ大統領当選や英国EU離脱のキャンペーン戦略を立てた選挙コンサルティング企業、ケンブリッジ・アナリティカ (以下CA) の違法な個人データ利用の全容と内部告発を追っていく内容。毎日、何気なくクリックするFacebook上の「Like」や「Share」、Googleを使った検索など個人の利用履歴は全て膨大なデータとして残る。CAはそのビッグデータを基に、個人の嗜好や未来行動などのプロファイリングを行い、選挙戦略を立てていた。つまり、利用者は知らずにCAに個人情報を提供し、トランプ当選に貢献していたかもしれないのだ。CAのデータ取得の違法性を追う英国のジャーナリストや、CAに自分のプロファイリング開示を求めた学者、内部告発する若者などから集められた証言は、まさに目からウロコの衝撃的な内容だった。

コロナ後の生活の中で、ネットやSNSへの依存度がより高まっていると思う。SNSはタダだし、気ままにクリックして自由な表現を楽しめるが、ネットは本当に私たちを自由にしたのだろうか。本作を観た後、SNSをやめようと思う人も多いかもしれない。内部告発者の「データは今、最も価値のある資産」という発言が、今という時代を象徴しているように思えてならなかった。

American Factory
邦題「アメリカン・ファクトリー」

再生時間:1時間50分

監督:スティーブン・ボグナー、ジュリア・ライカート

Netflixで配信中 (日本語字幕付き)


The Great Hack
邦題「グレート・ハック:SNS 史上最悪のスキャンダル」

再生時間:1時間54分

監督:カリム・アーメル、ジェヘイン・ ヌージャイム

Netflixで配信中 (日本語字幕付き)


「WAVES/ウェイブス」今、家族を見つめる映画が面白い。

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今、家族を見つめる映画が面白い。

Waves
邦題「WAVES/ウェイブス」

Little Woods
邦題「リトル・ウッズ」

Luce
邦題「ルース・エドガー」

前回、もっと骨太な映画が観たいと書いた。今回はストリーミング三昧の中で見応えのあった3作を紹介したい。気が付くとのっぴきならない事情を抱える家族のドラマばかり。この時期、偶然ではないのだろう。

1作目は「Waves(邦題:WAVES/ウェイブス)」。裕福な黒人家庭で父(スターリング・K・ブラウン)の期待を一身に受ける優秀な高校生(ケルビン・ハリソン・Jr)が起こした事件を描く前半と、事件後、崩壊の危機に陥っていく家族の中で、兄の事件の衝撃から抜け出せない妹(テイラー・ラッセル)の体験を描く後半の2部構成。対照的な前後半を通して、成功した黒人の父と息子の関係の難しさ、そして取り残された妹の孤独と再生に向かう姿を力強くかつ清々しく描いて秀逸だった。オリジナル脚本・監督はトレイ・エドワード・シュルツ。

2作目、「Little Woods(邦題:リトル・ウッズ)」は、貧困のどん底にいる黒人と白人の姉妹の物語だ。前出の「Waves」とは真逆となる。不法な手段で生計を立て、家族を支えてきた養女の姉(テッサ・トンプソン)と、トラブル続きのシングルマザーの妹(リリー・ジェームズ)。病身だった母の死後、家の立ち退きや妹の妊娠がふたりを追い詰めるが、果敢な姉は妹を引っ張ってトラブルに立ち向かう。固い絆で結ばれた姉妹の、危険をはらんだサバイバルの行方は……。スリリングな展開の中にも姉妹の互いへの愛と優しさが作品を支える秀作だ。オリジナル脚本・監督は30歳のニア・ダコスタで、彼女の初長編作品。

最後に紹介するのは「Luce(邦題:ルース・エドガー)」。7歳の頃、アフリカから裕福な白人家庭(ナオミ・ワッツ、ティム・ロス)の養子となった高校生(ケルビン・ハリソン・Jr)のルースが主人公だ。ルースはスポーツ万能、成績優秀、好感度抜群の若者に育ったが、無断で彼のロッカーを検査した担任の黒人女性教師(オクタヴィア・スペンサー)が許せない。

危険な花火の不法所持に気付いた教師は彼の母親に伝えるが、母親は取り合わず、真正面から息子を問いただすこともしない。彼の教師への怒りは収まらず、彼女を追い詰める不審な事件が次々と起きていく。状況は謎とダークさを増し、真実は見えない。果たしてルースは邪悪な知能犯なのか。優秀な息子を信じたい善意の親と、親の期待が重い息子、黒人の生きる厳しさを知る教師など、さまざまな立場の苦悩や欺まんが描かれる。極め付きの問題作と呼びたい。J・C・リーの舞台劇を映画化した作品で、監督・脚本はジュリアス・オナー。

新型コロナウイルス感染予防のために家族と何週間も家で過ごすことになり、普段見えないものも見えてくるのではないだろうか。今、家族のドラマが面白いのは、そのためだろう。3作品を比べると、裕福な家庭ほど豊かさに隠れて見えないものが多かった。

仲の良い家族像、理解ある親像、揺るぎない父権が崩れていくのもこういう時なのかもしれない。厳しさもあるが、互いの真の姿に触れる好機だと思えてならない。

Waves
邦題「WAVES/ウェイブス」

配給:A24

再生時間:2時間15分

YouTube、Amazon、Vudu、Google Playなどでストリーミング可。


Little Woods
邦題「リトル・ウッズ」

配給:Neon

再生時間:1時間43分

YouTube、Amazon、Vudu、Google Playなどでストリーミング可。


Luce
邦題「ルース・エドガー」

配給:Neon

再生時間:1時間49分

YouTube、Amazon、Vudu、Google Playなどでストリーミング可。

注目の新作ムービー「黒い司法 0%からの奇跡」

注目の新作ムービー

こんな時だからこそ……

Just Mercy
邦題「黒い司法 0%からの奇跡」

Clemency
邦題「クレメンシー」

新型コロナウイルス感染者が増える中、映画館も閉鎖され、オンラインで映画三昧の日々だ。暗い気分になりがちなので、アクションものの「ジョン・ウイック」3部作ほか、大好きな「スター・ウォーズ」や「トイ・ストーリー」のシリーズを一気見していた。それなりに楽しいのだが、いくら見ても気分が晴れない。感染拡大への不安に加え、消えたマスクやトレペ争奪、ソーシャル・ディスタンシング(社会的距離戦略)による孤立感など、心に広がるウイルスは消えていかないのだ。やれることは全部やっているのに、どこか気持ちがフラフラして落ち着かない、なんとかならないものか。そんな時にこの2作の映画に出合った。ストリーミングが始まったばかりの新作映画で、偶然にも死刑囚と死刑執行人を扱い、共に主人公はアフリカ系アメリカ人だった。こんな時期に死刑なんて、と思われるかもしれないが、こんな時期だからこそかえって響くものがあったのだと思う。

1作目は「Just Mercy(邦題:黒い司法 0%からの奇跡)」。1988年にアラバマ州で実際にあった事件を土台にしている。白人の少女を殺した容疑でアフリカ系の男(ジェイミー・フォックス)が逮捕され、ろくな証拠もないまま死刑囚となった。それを知った若い弁護士( マイケル・B・ジョーダン)が、再審などあり得ないと心閉ざした死刑囚を説得し、再審を勝ち取っていく。80年代の話とはいえ、これが実話かと驚愕する根深い人種差別が冤罪の背景にあるのだが、センセーショナリズムを抑えた演出と主演ふたりの好演が際立つ秀作だった。監督・脚本はハワイのマウイ島出身で、「ショート・ターム」で高い評価を受けたデスティン・ダニエル・クレットン。

2作目は死刑執行を職務とする刑務所長を描いた「Clemency(邦題:クレメンシー)」。主演はベテラン、アルフレ・ウッダードだ。法規に従い粛々と死刑執行をしてきた所長は、その重圧から私生活を台無しにしていた。そして、処刑の決まった死刑囚の弁護士が冤罪を主張し始めると、彼女はさらに大きな葛藤を抱え苦悩を深めていく。死刑について何も語らない主人公だが、彼女の抱える痛みを通して、死刑制度そのものを考えさせられる極めて優れた作品。ウッダードの会心の名演が本作の大きな見どころでもある。オリジナル脚本・監督はナイジェリア出身の若き女性監督、チノナイ・チュクー。彼女の初長編作品だ。昨年のサンダンス映画祭ではグランプリを獲得した。

この2作品を通して、フラついていた足が地に着く感覚があった。わが身に降りかかるさまざまな怖れや不安から1歩離れ、他者の運命や苦悩を思う心のバランスを取り戻すことができたから、なのだろう。こんな時だからこそ、普段の生活ではできない、じっくりと物事を考えるチャンスを持ちたい。骨太な人間ドラマに出合いたい。

アクション映画や明るい娯楽映画は、平穏な日々があってこそ楽しめるものなのかもしれない。

Just Mercy
邦題「黒い司法 0%からの奇跡」

写真クレジット:NEON

上映時間:1時間52分

オンライン動画配信サービスなどでレンタル可。


Clemency
邦題「クレメンシー」

写真クレジット:Warner Bros

上映時間:2時間17分

オンライン動画配信サービスなどでレンタル可。

注目の新作ムービー「ハーレイ・クインの華麗なる覚醒」

注目の新作ムービー

女が楽しむアクション映画の極め付き

Birds of Prey (and the Fantabulous Emancipation of One Harley Quinn)
邦題「ハーレイ・クインの華麗なる覚醒」

全く期待しないで観た。前作「スーサイド・スクワッド」に登場したハーレイ・クイン(以下クイン)がひどかったからだ。映画自体も良くなかったが、露出度の多い衣装をまとい、わけもなく叫びまくるバイオレントなクインは無残で見るに耐えなかった。演じたマーゴット・ロビーもあの衣装は気に入らなかったようで、本作では自ら製作者となって仕切り直し。主な登場人物は女のみで、脚本、監督も女性で固め、前作とは似ても似つかぬアクション映画をつくり上げた。

物語はこうだ。ジョーカーと別れ、覚醒したクインは自由を謳歌していたのだが、過去の暴挙のツケが回って街の悪党に狙われるハメに。しかも、ゴッサムシティの黒幕であるブラック・マスク(ユアン・マクレガー)にも借りのあるクインは、彼のダイヤモンドを盗んだ少女、カサンドラ(エラ・ジェイ・バスコ)を追うことになる。だが、紆余曲折を経て彼女を守る側となり、その過程でブラック・マスクの元手下のクラブ歌手、ブラック・キャナリー(ジャーニー・スモレット=ベル)や彼への復讐を誓うハントレス(メアリー・エリザベス・ウィンステッド)、果てはクインを追っていた刑事のレニー(ロージー・ペレス)とも手を組むことになり、共通の敵である残忍なブラック・マスクに立ち向かっていく。

かなり強引で荒削り、こじつけ感が否めないストーリー展開だが、昨年公開された「チャーリーズ・エンジェル」と比べると格段に楽しめた。共にアクションが見せ場の両映画で、「チャーリーズ・エンジェル」の場合はかっこ良過ぎてリアリティー・ゼロ。美人ぞろいのエンジェル同士の関係も上っ面だけで嘘臭い。一方、本作に登場する女たちは人種、年齢も多様で、それぞれ違った目的を持ち、簡単には手を組まないのだ。

アクションシーンでは、銃をぶっ放すとカラフルな煙が出たり、キラキラ紙吹雪が炸裂したり。露出度を抑えた衣装で、のびのびと大暴れするクインは、ロングヘアのキャナリーにポイと髪留めを貸してやるガーリーな気配りまで見せて快調。軽快でユーモアたっぷり、女が楽しむアクション映画と感心した。前作のクインが無残に見えたのは、男に見せるために造形された女だったから、と合点もいった。

監督は本作で長編2作目というアジア系の新進、キャシー・ヤン。DCコミックスのスーパーヒーローものを演出した2人目の女性監督だ。ちなみに1人目は「ワンダーウーマン」のパティ・ジェンキンス。正義のワンダーウーマンに比べると、クインは毒々しく暴力的だが、ジョーカーと別れて大正解だった。本作を通して巨悪と戦う「Birds of Prey(食肉鳥)」と名乗る女のスーパーヒーロー集団を結成し、パワーアップ。次回作が少しだけ楽しみになるエンディングだった。

Birds of Prey (and the Fantabulous Emancipation of One Harley Quinn)
邦題「ハーレイ・クインの華麗なる覚醒」

写真クレジット:Warner Bros. Pictures

上映時間:1時間49分

シアトルではシネコンなどで上映中。

注目の新作ムービー「パラサイト 半地下の家族」

注目の新作ムービー

どんなジャンルにも収まらない魅力

Parasite
邦題「パラサイト 半地下の家族」

昨年のカンヌ国際映画祭で最高賞パルムドールを受賞したのを皮切りに、世界の映画祭で作品賞などを総なめにした話題作だ。脚本・監督は「殺人の追憶」「グエムル-漢江の怪物-」などで知られる韓国のポン・ジュノ。今年のアカデミー賞でもアジア人としては2人目となる監督賞を始め、非英語作品として初の作品賞など計4部門で受賞した。ダーク・コメディーと紹介されることが多いが、どんなジャンルにも収まらないのが本作の魅力。鋭い社会批評を提示しつつ、明快でコミカル、先の読めないスリルと不気味さ、そして悲劇性を秘めた不思議な映画となっている。あまりの面白さにぐんぐんと引き込まれた。

舞台は現代の韓国。半地下で暮らすキム家は、のんびり屋の父・ギテク(ソン・ガンホ)、パワフルな母・チュンスク(チャン・ヘジン)、浪人生の息子・ギウ(チェ・ウシク)、美大志望の有能な娘・ギジョン(パク・ソダム)の4人で、全員失業中だ。ある時、ギウは友人の紹介で、IT企業社長であるパク・ドンイク(イ・ソンギュン)の娘の家庭教師をする仕事を紹介される。ギウは学歴を詐称。美貌の夫人、ヨンギョ(チョ・ヨジョン)との面接で嘘八百を並べて、職を得ることに成功した。高台の豪邸で働くことなった彼は、脳天気なヨンギョに付け入り、ギジョンをパク家のひとり息子の絵画教師として雇わせる。勢い付いたキム家は、続いて、父も母もパク家で雇ってもらえるように計画を進める。題名のパラサイトとはまさにこの意。キム家は富豪であるパク家に「寄生」していくのだ。しかし、こんな話が上手く進むはずもなく、物語は見る者の予想を超えながら迷走を深めていく。

同じ家族構成のキム家とパク家だが、この2家族の生活は天と地。それを対比する描写がリアルで鮮烈だ。大雨の中、家が水浸しとなり、大慌てするキム家の惨状と、広い庭でおもちゃのテントにこもって遊ぶ息子を大きな窓からのんびり見守るパク夫妻。どこかコミカルな描写に笑いながら、フツフツと憤りが湧き上がる。目前のシーンの背後に別の意図が隠されているのだが、読み解きの必要なしにスルリと意図が伝わってくる。なんという巧みさだろう。そんな重層構造が全編に張りめぐらされ、最後まで緩むことはなかった。

本作は1月に、米国での2019年興行収入第1位の外国映画と報道された。つまりは娯楽映画なのだ。その枠組みを保ちつつ、格差社会で生きる人間を俯瞰し、その喜劇性と悲劇性という両面を描き出した。リッチなパク家の間抜けさと無神経、プアなキム家のたくましさと激しさ、さまざまな思惑と感情が錯綜し、大混戦の中で迎えるエンディング。そこに何を見るのか。すでに3回も観ているのだが、そのたびに感じることが違った。こんな豊かな映画に出合えるのは数年に1回あるかないか。失敗のないジュノ監督作品の中でも最高作と言えるだろう。

Parasite
邦題「パラサイト 半地下の家族」

写真クレジット:Neon

上映時間:2時間12分

シアトルではAMC系シアター、
SIFF Cinema Uptownなどで上映中

注目の新作ムービー「ア・ビューティフル・デイ・イン・ザ・ネイバーフッド」

注目の新作ムービー

柔らかな語り口で真実に向き合う

A Beautiful Day in the Neighborhood
邦題 ア・ビューティフル・デイ・イン・ザ・ネイバーフッド

1968年の放送開始から2000年まで続いた児童向け長寿番組「Mister Rogers’ Neighborhood」を背景に、番組司会者であるミスター・ロジャースとジャーナリストの出会いの実話を元にしたヒューマン・ドラマ。見終わって、これほど清々しい気分になったのは久しぶりのことだった。

雑誌『エクスワイヤー』誌のベテラン記者、ロイド・ヴォーゲル(マシュー・リス)は、編集長からフレッド・ロジャース(トム・ハンクス)のインタビューを命じられる。たった400文字の短い記事、しかも関心のない子ども番組の司会者への取材に嫌々向かったヴォーゲル。だが、ロジャースと会ったとたん、何か心に痛みを抱えているのではないですか、と優しく指摘される。調査報道を専門とする硬派のヴォーゲルは、彼の指摘に反発。だが、何度かロジャースと会ううちに、長年見ないようにしていた父への激しい怒りと向き合うことになっていく。

実際の番組を、米国に来た頃に見たことがある。私もヴォーゲル同様に懐疑心が強いほうなので、ロジャースのソフトな語り口と善意の塊のような登場人物たちの非現実性にタジタジとなって、敬遠したひとりである。ところが本作を見た後、ロジャースが出ている動画をインターネットで探し、次々と観ている自分がいた。実在のロジャースに強い関心を持ったのだ。

中盤でロジャースがヴォーゲルに「1分間だけ、自分を愛してくれた人を思い出してみて」と言うシーンがある。画面には内観するヴォーゲルの静寂の1分間が映し出され、気が付くと筆者も彼と同じ1分間を過ごしていた。映画館内もシーンと静まり返り、多くの観客が同じ時を過ごしている気配。長い1分だったが、豊かな1分でもあった。

神学校で学んだロジャースだが、神や許しといった宗教色のある言葉を使わずに、キリストの教えを実践した人ではなかったか。彼と出会った人々が皆、自分だけを見つめ、話を聞いてくれたと感じたという逸話も伝わるが、きっと本当なのだろう。ロジャースは、子ども番組ではタブーとされてきた戦争や暗殺、離婚、死などについても取り上げた。柔らかな語り口だが、真実に向き合う姿勢は真摯で鋭く、躊躇がない。ヴォーゲルが長年まとった怒りの鎧を解くことができたのも納得であった。

ハンクスは自分なりのロジャース像を作り上げ、まさに適役。リスは強面のジャーナリストの顔にかすかな痛みをにじませる会心の演技を見せて本作を牽引した。監督は40歳の女性監督、マリエル・ヘラー。前作「Can You Ever Forgive Me?」(邦題「ある女流作家の罪と罰」)でも主人公の心理変化を丁寧に追って、映画的でない物語を映画として見せる才気を発揮している。本作でもそんな彼女の演出力が見事に生かされた。

A Beautiful Day in the Neighborhood
邦題「ア・ビューティフル・デイ・イン・ザ・ネイバーフッド」

写真クレジット:Sony Pictures Releasing

上映時間:1時間49分

シアトルではシネコンなどで上映中。

注目の新作ムービー「フォードvsフェラーリ」

注目の新作ムービー

王者を打ち破った技術者たち

Ford v Ferrari 邦題「フォードvsフェラーリ」

車のエンジン音はわずらわしいと感じるほうだった。だが、本作を通してレーシングカーの爆音が、なぜか心地良く体に響いてきた。

年配の米国人の多くが知っている伝説的なカーレース、1966年のル・マン24時間レースの実話を下地にした物語。結果のわかっている話であっても、イタリアと米国、企業と技術者の対立、そして技術者の矜持と友情などを巧みに盛り込み、最後まで飽きさせない。スリリングなドラマに仕上がっていた。

第二次世界大戦後、大衆車を造って成功したフォード社は、60年代になって失速。レース部門で新展開しようとイタリアのフェラーリ社に買収を持ちかけるが、レーシングカー部門は売れないと拒絶される。ところがその後、フェラーリがフィアットに身売りしたことを知って、社長のヘンリー・フォード2世は激怒。ル・マン24時間レースの不動の王者であるフェラーリ打倒を誓い、フォードでのレーシングカー開発を始める。

レーシングカー造りのノウハウはゼロだったフォードから開発を任されたのは、元レーサーでレーシングカーを造っていたキャロル・シェルビー(マット・デイモン)だ。トラブルが多く、業界から敬遠されていたメカニック兼レース・ドライバーのケン・マイルズ(クリスチャン・ベール)を仲間に引き入れるシェルビー。過去に因縁のあったふたりだが、フェラーリ打倒で手を組み、厳しいテストを何度も繰り返しながら最速最強のGT40 MKIIを造り上げていく。

カー・レーサーは高度な知識を持つメカニックでもあることを、本作で初めて知った。何度も高速でドライブしながら、車の欠点や改良点を見つけていく。その過程を通して、車とドライバーが一体となることが、ベールの名演もあってよく理解できた。

名門フェラーリを破るのは新参者フォードにとって悲願。単なる企業間の競争を超え、物語はイタリアと米国とのプライドをかけた戦いという様相になっていく。通勤などでフォード車に乗っていた米国人にとって、ル・マンでフェラーリを破るというのは、どれほど痛快な体験だったろうか。まさに「America is Great」を実感したに違いない。

トランプが「Make America Great」を連呼するが、他国民の入国制限、移民への差別、他国製品の高関税などを通して、この国がGreatになれるのか。本作に登場した技術者たちの情熱と努力、研さんがこそが、王者を打ち破るGreat生み出し、その競争力こそがGreatの源ではないか。そう痛感させてくれる物語であった。環境問題を考えると、有頂天にカーレースを応援する気になれないのも正直なところではあるが、エンジンの爆音に心奪われる人々の気持ちは少しわかる気がした。

Ford v Ferrari 邦題「フォードvsフェラーリ」

写真クレジット:Twentieth Century Fox

上映時間:2時間32分

シアトルではシネコンなどで上映中。

注目の新作ムービー「ジョーカー」

注目の新作ムービー

時代の暗雲を投影した主人公

Joker 邦題「ジョーカー」

映画「バットマン」に何度も登場した悪役、ジョーカーをモデルにしたサイコ・スリラー。壊れ落ちていくクラウンを、ホアキン・フェニックスが怪演し、従来のDCコミックスとは似ても似つかない異色な作品に仕上がっている。第76回ヴェネツィア国際映画祭で最高賞の金獅子賞を獲得したが、この映画祭は作家性の強い作品が選ばれることで知られる。マイナーでダークな本作が公開以来、全世界で大ヒットを続けていることに、時代の重い空気を実感した。

舞台は80年代のゴッサムシティ。カウンセリングを受けながら、認知症の母の介護を続けるアーサー・フレック(フェニックス)は、売れない大道芸人。突然笑い出すという奇病を持ち、生活は苦しく友もいない孤独な日々を送っていた。ある日、街頭での仕事中に少年たちに襲われ、ケガをする。それを知った芸人仲間が護身用にと銃を貸してくれるが、これが彼の運命を大きく変えてしまう。ある事件をきっかけに、謎の男「ジョーカー」が貧困層を代表するヒーローに祭り上げられ、一時の高揚感を持つアーサーだが、同時に自分の出生の秘密を知って衝撃を受け、人格の崩壊がさらに進んでいく。

異様な高笑いと崩れ流れるジョーカーのメイク、無理やり笑顔を作るグロテスクさとクネクネと踊る不気味な肉体表現などを通して、物語は加速度的に暗さを増していく。そのほとんどはフェニックスの正気の沙汰スレスレ演技に負うところが大きく、役者としてはかなり危険区域に踏み込んだのではないだろうか。おかげでこのジョーカー像は、極太の彫刻刀でガリガリと脳内に刻み込まれ、たぶん生涯忘れられないだろう。2度目を見るのはだいぶ先だ。

脚本・監督・製作は「ハングオーバー!」シリーズのトッド・フィリップス。軽快なバディー・コメディーでヒット作を連発したきた彼にとっては、人間観察と心理に主眼を置いた意欲的な作品だ。映画ファンならマーティン・スコセッシ監督の「タクシー・ドライバー」「キング・オブ・コメディ」と酷似していることに気が付くだろう。フィリップス自身も影響を語っているが、スコセッシ作品が公開された70年代後期から80年代前期と比べると、たぶん現在のほうが希望の見えにくい荒廃した架空都市、ゴッサムシティにより近い時代と言えるような気がする。そんな時代の空気感をDCコミックスの世界に再現したフィリップスの慧眼は卓抜している。

貧困と病いで取り残された家族、頻発する発砲事件、格差社会、救いのない孤独感、いじめなど、世界を覆う時代の暗雲をそのままひとりの男に投影したかのような本作。ヒットして当然と言えるだろう。

Joker (邦題「ジョーカー」)

写真クレジット:Warner Bros. Pictures

上映時間:2時間2分

シアトルではシネコンなどで上映中。

注目の新作ムービー「アド・アストラ」

注目の新作ムービー

有能で孤独な男の心の軌跡

Ad Astra (邦題「アド・アストラ」)

ブラッド・ピット主演のSFスリラー大作。壮大な宇宙を背景に、アクションと人間ドラマのバランスが取れた秀作だった。

舞台は近未来。主人公は有能な宇宙飛行士、ロイ・マクブライド(ピット)だ。地球に宇宙からの強力な電力サージが襲いかかり、多くの死者が出て、地球は存亡の危機に陥る。原因は太陽系の果て、海王星にあるらしく、冷静沈着なロイがその原因探査を任命される。実は16年前、ロイの父である高名な宇宙飛行士、クリフォード・マクブライド(トミー・リー・ジョーンズ)は、地球外生命体探査「リマ計画」のために海王星に送られ、以来消息を絶っていた。クリフォード生存の可能性もあると聞かされたロイは、多くの障害が待ち受ける海王星へと旅に出かける。そして彼は、長い旅の中で、別れた妻(リヴ・タイラー)との記憶や断片的に残された父の映像などに触れながら、自らの生き方を振り返っていく。

圧倒的な映像美で魅せる海王星への旅が、なかなか独創的だ。月から火星を経由して海王星へという長旅である。月旅行は一般化し、空港も混雑しているが、資源をめぐり、月面では戦争状態という設定が何やらリアル。また、火星コロニーは荒れたムードで閉塞感もある。オリジナル脚本・監督を担当したジェームズ・グレイの生み出すユニークな未来像は、卓抜して飽きさせない。

そんな特異なSF背景の前面で描かれるのは、宇宙旅行の厳しさだ。次々と起きる船員とのトラブルや予期せぬ事態などがスリリングに描かれ、緊迫感が増していく。果たして、ロイは父を見つけ出すことができるのか。さらにその問いかけは、なぜロイが父にこだわるのかという疑問へと向かう。

勇敢な父に憧れて宇宙飛行士になったロイだが、あまりに任務に忠実だったために妻は去っていった。父もまた同じように地球外生命体の存在に固執し、家族からも地球からも遠く離れていった。独白を通して語られるロイの孤独と後悔、父への思いをピットが抑えた演技で演じ切り、作品に奥行きが生まれた。本作でピットのアカデミー賞ノミネートの可能性が見えた、そんな会心の演技だった。

SF好きは、「?」と思うような天体物理学的エラーがあれこれ気になるかもしれない。しかし、筆者はそれが作品自体を大きく歪めているとは感じなかった。本作で描かれた、有能で孤独な男の心の軌跡。それは1本の太い線で作品を貫いていた。

Ad Astra (邦題「アド・アストラ」)

写真クレジット:Walt Disney Studios/Motion Pictures/20th Century Fox

上映時間:2時間3分

シアトルではシネコンで、スタンダード、IMAX、RPXの3バーションを上映中。

注目の新作ムービー「ワイルド・ローズ」

注目の新作ムービー

悔しさを積み重ねて

Wild Rose (邦題「ワイルド・ローズ」)

障害を乗り越え、自分の夢を叶える。誰もが夢をつかめるわけではないからこそなのだろう、映画で何度も描かれてきたテーマのひとつだ。ジャンルとしては「スター誕生もの」。その中で英国作品はとりわけ出来が良い。バレエダンサーに憧れた少年が主人公の「リトル・ダンサー」(2000)やサッカー選手に憧れたインド系少女の物語「ベッカムに恋して」(2002)、少女が家業のプロレスを引き継いでいく「ファイティング・ファミリー」(2019)など、パッションとユーモアいっぱいの名作は多数。本作もそんな英国のお家芸的スター誕生ものの秀作だった。

舞台は、現代のスコットランドのグラスゴー。若きシングルマザーのローズ=リン(ジェシー・バックリー)の夢は、ナッシュビルに行ってカントリー歌手になること。コテコテのグラスゴー訛りで話す主人公が、アメリカの「演歌」、カントリーの歌手を目指す設定がおかしい。

抜群の歌唱力があるのだが、アメリカへの渡航資金を手っ取り早く手に入れようと、麻薬売買に手を出したのがイケナかった。1年近いムショから出所してみると、専属だったカントリー・バーには別の歌手がいて、ひと悶着の末に追い出される。そのうえ、幼い子どもふたりを預かっていた母(ジュリー・ウォルターズ)からも、親の自覚を持てとどやされる。仕方なしに、嘘を並べて金持ちの家の清掃をすることになるのだが……。その後、主人公は「アリー/スター誕生」(2018)のようなハンサムな先輩歌手に認められる都合の良い展開もなく、シビアな紆余曲折に苦闘する。果たして、彼女は夢をつかめるのか?

英国作品の良さは、家族との関係が丁寧に描かれている点だ。本作では母親がピカイチ。がむしゃらに夢を追う娘にガミガミと厳しいのだが、娘の夢を潰すつもりもない。厳しさと愛を持つ厚みのある母親像を名優、ウォルターズが巧みに演じている。

そして何よりも本作の魅力は、破天荒な主人公をはつらつと演じたバックリーの素晴らしさである。圧倒的な歌声もさることながら、ムショ帰りという負の出発から、悔しさをたくさん積み重ねて、自分の場を見出していくという主人公を、ユーモアと説得力を持って見せてくれた。まさにスター誕生の主演作と言えるだろう。

ニコール・テーラーによるオリジナル脚本も優れていた。英国で女性主人公のドラマや映画の脚本を多く手がけてきたテーラーならではの、ただ泣かせるだけではない、リアルな母娘像が書き込まれていた。英国は才能豊かな女性ライターの宝庫だ。

Wild Rose (邦題「ワイルド・ローズ」)

写真クレジット:Entertainment One

上映時間:1時間41分

シアトル周辺では9月10日で上映終了。

注目の新作ムービー「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」

注目の新作ムービー

ディカプリオとブラピ、
最高コンビでハリウッド黄金時代がよみがえる

Once Upon a Time in…Hollywood (邦題「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」)

クエンティン・タランティーノ監督の映画に出てくる、ドライブ・シーンが好きだ。前を見据えるドライバーを正面から撮ったショット、制限速度無視で疾走する車を追うスピーディーなショットなどに60年代のフランス、イタリア映画が重なる。あの頃のドライブ・シーンは、過去やしがらみ、犯罪からの逃走、自由そのものを象徴していたと思う。本作にもブラッド・ピットがハリウッドを疾走するシーンがある。まさに自由!と見とれてしまった。タランティーノは、映画好きの記憶に眠る映像とその意味を、ビビッドによみがえらせる天才だ。

タランティーノの脚本・監督による4年ぶりの最新作、その舞台は1969年のハリウッドである。ちょうど、女優のシャロン・テートが犠牲になった忌まわしき殺人事件が起きた年。しかも、主人公は事件の起きた家の隣に住む俳優、リック・ダルトン(レオナルド・ディカプリオ)と、彼のスタントマン兼ドライバーのクリフ・ブース(ピット)のふたり。西部劇ドラマで人気を博したが今や落ち目となったリックと、彼を支える朋友、クリフの固い友情を中心に据えながら、殺されたシャロン(マーゴット・ロビー)の派手な暮らしぶりも描かれていく。果たしてこの3人は、物語のどこでクロスし、殺人事件にどうかかわっていくのか? そこに観客の関心が向かう中で訪れる、意外な結末……。

主人公のリックは、複数の俳優たちから造形されたようだが、スティーブ・マックイーンやブルース・リーなど出演者の多くが実在俳優となっている。同時に、殺人事件を起こしたマンソン・ファミリーの共同生活の様子もしっかり描かれ、ハリウッドとヒッピーというふたつのカルチャーが混在したあの時代と場所の異様な空気が立ち上がる演出は、さすがタランティーノとうなった。

とは言え、2時間半超えの長丁場。監督独特の、謎解きとは無縁なグダグダの会話やエピソードは本作でも健在で、冗漫さはいつも通り。この寄り道がなければ1時間は短くなるのでは?と、思わぬこともないが、何度か見直していると、このグダグダがなかなか面白い、というのが彼の脚本である。

特筆したいのは、4年ぶりの主演を務めたディカプリオの名演。凋落ちょうらくして自信を失った中年俳優の虚勢と焦りを巧みに演じて瞠目どうもくさせられた。また、腕っぷし自慢のスタントマンを演じたピットの敏しょうな肉体と華やかさに、ふとスティーブ・マックイーンを彷彿。このふたりの好対照が最高のペアリングとなって本作を引っ張り、映画作品としての成功に導いたことは確かだろう。公開後3日間の興行収入は4,035万ドルで、タランティーノ作品として最高額のオープニングを記録したのもうなずけた。ほんの数シーンしかない脇にも、アル・パチーノなど有名俳優を配して、豪華な作品という印象も醸し出している。

Once Upon a Time in…Hollywood (邦題「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」)

写真クレジット:Sony Pictures Releasing

上映時間:2時間41分

シアトルではシネコンなどにて上映中。

注目の新作ムービー 『Toy Story 4』おもちゃたちへ贈る最高のエール

注目の新作ムービー

おもちゃたちへ贈る最高のエール

Toy Story 4 (邦題「トイ・ストーリー4」)

ピクサー製作の大ヒット映画「トイ・ストーリー」の第4作で、本作でシリーズ最後となる。結末も気になるが、さすがに第4作で失速するのではとの心配は杞憂に終わった。上映会場は、子どもの声よりも大人の笑い声が多く聞こえる盛況ぶり。公開1週目の週末で、トップの1億2,000万ドルを売り上げる好成績を残した。

本シリーズがスタートしたのが24年前の1995年。子どもの頃に親しんだ観客の多くはもう30歳を超えているわけで、大人の笑い声に合点がいった。子ども同伴の親だけでなく、本シリーズと共に成長してきたファンも多くを占めていたに違いない。

おもちゃ仲間の誰かがいなくなって、それを仲間が力を合わせて救出、というのがシリーズの基本ストーリー。本作で失踪するのは、フォーキー(トニー・ヘイル)だ。3作目でアンディに代わってウッディ(トム・ハンクス)たちおもちゃの持ち主となったボニーが、幼稚園で先割れスプーンを使って作った人形である。ゴミ箱から拾われてきたスプーンなので、自分がおもちゃという自覚がなく、ゴミ箱を見るとうれしそうに飛び込むのが癖。深読みすれば、おもちゃとゴミの間で「揺れるアイデンティー」の持ち主という設定が面白い。

休暇で出かけたカーニバルで、逃げ出したフォーキーを助けようと外に飛び出したウッディが、かつてアンディの家にいた陶器の羊飼少女、ボー・ピープ(アニー・ポッツ)と再会し、彼女の助けを借りてフォーキー探しに奔走する。今回はスカートではなくパンツ・スタイルのボーが、カーニバルや骨董品店に迷い込んだウッディと、助けに駆け付けたバズ・ライトイヤー(ティム・アレン)らを先導して、大活躍を見せる。

カーニバルを根城とする一匹狼のボーは、喜ばせる子どものいないおもちゃは辛いという枠を突き抜け、見事に自立している。そんな凛々しいボーにウッディは心引かれ……結末を迎える。こんな終わり方もあるのか。子どものために存在してきたおもちゃたちへ贈るエールとしては、最高のエンディングと言えるだろう。

奇人変人ぞろいの異色な仲間同士が、互いに誰も排除せず仲間として助け合うのが、おもちゃ世界の大前提。同時に、いつか捨てられるという怖れやトラウマもしっかり描かれて、甘いだけじゃないおもちゃのリアリティーもある。本シリーズは、そんな難しいバランスを保ちながら、愉快でスリリングな世界を24年間も色あせることなく描き続けてきた。3Dアニメ映像も第1作とは比較にならないほど美しく洗練され、映画館の大画面で観る醍醐味も十分。スピーディーなアクションと笑いがてんこ盛りの極上アクション・コメディーとして、ファン以外の方にもおすすめしたいアニメ作品だ。

Toy Story 4
(邦題「トイ・ストーリー4」)

写真クレジット:ウォルト・ディズニー・スタジオ・モーション・ピクチャーズ

上映時間:1時間40分

シアトルではシネコンにて3D、2D両バージョンで上映中。

注目の新作ムービー 『Booksmart』ガリ勉フェミニストの極上コメディー

注目の新作ムービー

ガリ勉フェミニストを主役に据えた極上コメディー

Booksmart (邦題「ブックスマート」)

全く新しいティーン女子バディ・コメディーが生まれた。ゲラゲラと明るく笑えて、続けて2度も見てしまった。監督は本作が長編デビューの女優、オリヴィア・ワイルドだ。舞台はロサンゼルスの高校。明日に卒業式を控えたモリー (ビーニー・フェルドスタイン)とエイミー(ケイトリン・ディーヴァー)のふたりは大の付く親友で、共にフェミニスト。それぞれに有名大学への進学が決まってウキウキだ。

高校時代は一切遊ばず、ガリ勉ひと筋で成績はA+。遊びまくっている同級生などは完全無視だった。ところが、そんな同級生らが進学する大学もアイビーリーグ の有名校ばかりだと、ひょんなことから知る。「え〜、私の高校生活は何だったの !?」と愕然。失われた時を取り戻そうと、モリーはエイミーに話を持ちかける。

卒業式前夜のパーティーで盛り上がり、あわよくば好きな子と楽しい一夜を過ごそうと誓い合うふたり。ところが、パーティー会場すらわからず、スマホ片手に会場探しのトホホな展開となってしまった。

本作最大の魅力は固い友情で結ばれた主人公のふたりだ。 ちょっと太めのモリーは、知識と機転、肝っ玉が詰まったハツラツ女子。彼女にリードされ気味のエイミーはレズビアンで、彼女がいくら否定しても両親はモリーが恋人だと思い込んでいる。ふたりの大真面目な超スピード会話のおかしさが、フェルドスタインらの好演もあって本作をグングン引っ張っていく。

脇を固めるクラスメートも良い。博識をひけらかす嫌味なゲイ男子、男好きでシニカルな女子、神出鬼没のドラマチック女子、人の良い金持ち男子、超クールな担任教師などなど、パターン化されたひとり勝ちのイジメっ子などは登場しないのだ。それぞれに多面的な個性を持つ高校生として描かれている点が今っぽく、頭脳もハートもキラキラの高校生の実像に近い感覚があった。

オリジナル脚本は、映画界の第一線で活躍するスザンナ・ フォーゲル、エミリー・ハルパーン、サラ・ハスキンズ、ケイト・ シルバーマンの4人の女性ライターが共同執筆。脇役のひと言も疎かにしない、よく練られた脚本で、本作の大成功につながっている。そして、何よりも本作のビジョンをしっかりと映像化したワイルド監督の功績こそ大きい。

「レディ・バード」で脇役を演じた地味キャラのフェルドスタインを主演に据えた慧眼や、弾ける高校生のエネルギーを生き生きとした映像に収めた力量は、初監督作品とは思えないものがあった。ガリ勉フェミニストを主役に、笑いたっぷりに見せてくれたのは、今を懸命に生きる女の子たちの心意気。親友は絶対裏切らない、自分の夢は自分で守る、そんな熱い熱いメッセージが胸に届く極上のコメディーであった。

 

 

Booksmart

(邦題「ブックスマート」)

上映時間:1 時間 42 分

写真クレジット:United Artists Releasing

シアトルではシネコンなどで上映中。

 

注目の新作ムービー 『High Life』人間と宇宙、何ひとつ省略されない本格SF映画

注目の新作ムービー

人間と宇宙、何ひとつ省略されない本格SF映画

High Life (邦題「ハイ・ライフ」)

久しぶりに知的興奮を覚えるSF映画だった。こんな体験はアンドレイ・タルコフスキー監督の名作「惑星ソラリス」を観て以来かもしれない。脚本・監督はフランスのクレール・ドゥニで、アニエス・バルダ監督亡き後、フランスの女性監督を代表する名匠のひとりである。

舞台はブラックホールの探査に向かう宇宙船。乗員は死刑を免れることを条件に乗船した囚人の男女と女性科学者の9人。船内はこの科学者による生殖の人体実験が行われていた。

船内に暮らす赤ん坊と青年・モンテ(ロバート・パティンソン)のふたりだけでゆっくりと始まる冒頭。一体、この船内で何が起きたのか。彼の目的は?次第に明かされていく船内の過去。だが、その描写は断片的で、見る者に集中力を求めてくる。黙々と船内農園で働いていたモンテ、科学者・ディブス(ジュリエット・ビノシュ)の妄執とも思える生殖へのこだわり、性行為を禁止された若い乗員たちのための快楽ボックスなど異様な船内生活が描かれていく。長い航海と厳しい管理下、欲望、支配、妄執などに疲れた乗員たちがさまざまな事件を起こしていく。

本作の主眼は密室に閉ざされた人間の性と生殖の観察にあり、宇宙は単なる背景なのだろうか。いや、本作は本格的SF作品である。冒頭、孤独の中で宇宙をさまようモンテと赤ん坊のふたりは、新しいエネルギー源を求めて、ブラックホールへの突入を目指しているのだ。

前面で登場する人間たち、背後にある宇宙とブラックホール、それぞれに緻密に描きこまれ、何ひとつ省略されない世界が見事に構築されていく。その張り詰めた世界に目と心を奪われ、最後まで緊張が解けることがなかった。

ドゥニ監督は71歳。その一貫性と独自性を再認識した。アフリカのフランス植民地で12歳まで育った彼女の作品は、初期の「ショコラ」「ホワイト・マテリアル」など植民地や植民地体験を描いたものが多い。本作のタイトル「High Life」も、アフリカの言葉で白人入植者を指しているという。であると同時に、密室で性を管理された白人乗員たちの暮らしは奴隷同然である。白人入植者の子として、アフリカ人使用人に囲 まれ育った彼女の体験と見たものが、宇宙船という舞台で再構築されたのではないだろうか。自由を奪われるということ、孤独を生き抜くこと、その先の未来には何があるのか。彼女の問いかけは続いている。

 

 

High Life

(邦題「ハイ・ライフ」)

上映時間:1時間50分

写真クレジット:A24

シアトルではSIFF Cinema Uptown、AMC Seattle 10で上映中。

 

注目の新作ムービー 『Us』鋭い時代性を感じさせるホラー

注目の新作ムービー

鋭い時代性を感じさせるホラー

Us (邦題「アス」)

17 年に脚本・監督を担当した異色ホラー映画「ゲット・アウト」が大ヒットし、アカデミー賞脚本賞も受賞したジョーダン・ピールの長編2作目。本作もユニークなホラー作品で、公開1週目で興業成績第1位と、最高のスタートを切った。

サマーハウスに休暇でやって来た仲の良いウィルソン一家の前に、彼らとそっくりな4人組が現れた。赤いジャンプスーツを着た彼らドッペルゲンガーは、まず父そっくりな男が父・ゲイブ(ウィンストン・デューク)を襲い、母そっくりな女「レッド」は母・デレード(ルピタ・ニョンゴ)に手錠をかけ、自分たちが彼らのダブルとして、いかに惨めな暮らしをしてきたかという恨みがましい話をする。強靭な体力を持つ彼らは、一家を殺して自分たちが取って代わろうとしていたのだ。逃げ出した娘・ゾーラ(シャハディ・ライト=ジョセフ)と息子・ジェイソン(エバン・アレックス)らは近くに滞在するタイラー一家の屋敷にたどり着き、この現象が世界中で起きていることを知る。

後半は命からがら生き延びた一家が、執拗に追いかけるドッペルゲンガーらと知恵を絞って闘う様子がスリリングに描かれていく。闘いの中心は母のデレードで、彼女が一連の謎のカギを握っているのだ。冒頭で描かれるデレードの 1986年のトラウマ体験と、当時の米国を熱狂させたチャリ ティー・イベント「Hands Across America」などが次第に意味を持ち始め、ドッペルゲンガーらがどこから来たのかという背景も明かされていく。

前作のような人種差別の現在を明確に描き出す方向には向かわず、裕福なアフリカ系一家を主人公に設定にすることであえて人種を透明化し、むしろ今の米国のライフスタイルや価値観そのものへと視点を大きく広げた感があった。

ドッペルゲンガーはホラー向きなのだろう。自分とそっくりな人間と出会う気味の悪さは想像しただけでゾッ。私の好きな映画に、黒沢清監督、役所広司主演の「ドッペルゲンガー」があるが、本作は出会いの心理的衝撃よりも、なぜ彼らが存在していたのかについての仮説を提示して卓抜していた。

コメディアン経験の長いピールはアイデアの玉手箱のような人なのだろう。本作にもさまざまなアイデアやひねりの効いた笑いなどが全編に散りばめられいて、観客によって見えてくるもの、感じるものが違う気がした。

 

Us

(邦題「アス」)

上映時間:1時間56分

写真クレジット:Universal Pictures

シアトルではシネコンなどで上映中。

 

注目の新作ムービー 『ROMA』重層的な豊かさを持った物語

注目の新作ムービー

重層的な豊かさを持った物語

ROMA (邦題「ROMA/ローマ」)

観るたびに、多くのことが見えてくる映画だ。
初回は主人公をたどるドラマに気を取られがちだが、2回3回と観ていくうちに、丁寧に描き込まれた主人公を囲む背景を通して、時代のうねり、白人と先住民との階級差を内包するメキシコの社会構造が浮かび上がる。秀麗な映像と重層的な豊かさを持った作品で、本年度のアカデミー賞外国映画賞、監督賞など受賞した。

舞台は1970年から71年にかけてのメキシコシティ、コロニア・ローマ地区。若いメイド、クレオ(ヤリッツァ・アパリシオ)と、雇い主である裕福な白人家族の物語である。メキシコ先住民で働き者、口数の少ないクレオは、子どもたちに優しく、女主人のソフィア (マリーナ・デ・タビラ)との関係も良好。

だが、ソフィアの夫が家を出て以来、彼女はしばしばクレオに当たるようになる。一方、クレオは恋人のフェルミン(ホルヘ・アントニオ・ゲレーロ)の子を妊娠、それを伝えた途端、フェルミンは消えてしまう。困り果てたクレオはクビを覚悟でソフィアに相談をするが、彼女はクレオの苦境を理解し、健診に付き添ってくれるのだった。

ドキュメンタリー・タッチで描かれるクレオとソフィア一家の生活。白黒画面で映し出される世界は、甘く懐かしい記憶をたどるようなイメージの連続で、その美しさにまず魅了される。子どもたちは、毎朝優しく起こしてくれるクレオを素直に愛し、テレビを囲んだ一家の団らんは実に和やかである。

さりげない演出を通して見えてくるのは、そんな一家の日常を支えるクレオら使用人の働きである。黙々と犬のフンを掃除し、食卓を片付け、洗濯をするクレオ。子どもたちがどんなに彼女を愛しても、クレオは使用人。彼女が破水して救急診療の受付に行った際、ソフィアの母はクレオの姓も生年月日も知らないのである。

脚本・監督は「天国の口、終りの楽園。」「ゼロ・グラビティ」などで知られるメキシコの名匠、アルフォンソ・キュアロンで、クレオは実在の女性。彼が生後9カ月の頃から家で働き、彼を育ててくれたメイドをモデルにした半自伝的映画である。

父の出奔後の母の苦悩や、71年にメキシコシティで起こった学生運動弾圧・虐殺「血の木曜日事件」を目撃するクレオの姿なども映し出され、家族も社会も激動の時期を経ていく様子が描かれる。

監督にとって、このクレオとの思い出は愛に満ちたものだったろうと想像がつくが、反面、先住民の献身の上の成り立っていた自己の特権的生活を振り返るという意図も感じられた。思い出べったりに回顧するのではなく、自分を育んだ女性を当時の社会構造、歴史の渦の中に置くことで自分と彼女を俯瞰する、そんな視点を持った作品である。

格差や不平等をこれ見よがしに描くことを避けて、それがあたかも自然の一部であるかのように物語に溶け込んでいた点も優れていた。それはクレオが否応もなく受容せざるを得なかった人生だったからだろう。彼女の体験を彼女が生きたように描くことで、返って彼女のしなやかな強さが際立つ。それこそがキュアロン監督が彼女に伝えたかった感謝のメッセージに思えてならなかった。

本作を映画館で観る機会を逃したのは残念だった。Netflixのストリーミングで鑑賞する場合、日本語字幕のオプションもあるので、英語が苦手の方にはおすすめしたい。

 

 

ROMA

(邦題「ROMA/ローマ」)

上映時間:2時間15分

写真クレジット:Netflix

シアトルではLandmark’s Crest Cinema Centerなどで上映中。Netflixでのストリーミングでも視聴可能。

 

愚かしくなれる自由な女たち『The Favourite』

The Favourite
(邦題「女王陛下のお気に入り」)
上映時間:1時間59分
写真クレジット:Fox Searchlight Pictures
シアトルではシネコンなどで上映中。

映画ファンなら、本作の主人公であるアン女王を演じたオリヴィア・コールマンがゴールデン・グローブの主演女優賞を受賞したこと、アカデミー賞でも作品賞、監督賞、主演女優賞、助演女優賞など最多の10部門でノミネートされていることはご存じだろう。確かに本作へのこの注目度は納得。特異なスタイルで見せる極上のコメディーだった。

舞台は18世紀初頭、フランスと戦争中とは思えない優雅な生活を送っていた英国王室。統治者のアン女王は半病人状態で、重大な意思決定は幼なじみの側近、サラ・チャーチル(レイチェル・ワイズ)がひとりで担っていた。そこへ、サラを頼って没落貴族の従姉妹、アビゲイル(エマ・ストーン)がやって来て、召使いとして働き始める。

ある晩、女王とサラの親密な様子を目撃したアビゲイルは、野心を芽生えさせる。彼女は巧みに女王に近付き、サラとは正反対に甘い言葉で包み込み、次第に信頼を得ていく。そして、王室内で権力を失い始めたサラを、徐々に追い詰めていくのだった。

この3女性は実在し、女王とサラの間で交わされたラブレターなども存在する。デボラ・デイヴィスがそれらの手紙を元に脚本を書き上げたという。だが、本作が描くのは恋のさや当てなどという甘い話ではない。17人もの子を死なせて鬱となった女王の過食、肥満、わがまま放題な日々と、彼女の心を掴んで権勢を得ようと躍起になる女2人。そんな女の権力闘争を特大カツラと厚化粧の政治家の男たちが遠巻きに見守る。その滑稽さを、ある時は辛辣に、ある時はエレガントに描き、卓抜した面白さである。

かつてこんな映画があっただろうか。女3人の愛憎劇ならゴマンとあるが、この三角関係に愛など存在しない。ここで描かれるのは権勢を渇望するリアルな女、その知的ドタバタ・ゲームである。

監督はギリシャ出身のヨルゴス・ランティモス。09年の「Dogtooth」(邦題「籠の中の乙女」)がカンヌ映画祭で「ある視点賞」を受賞して世界の注目を集め、その後「The Lobster」(邦題「ロブスター」)「The Killing of a Sacred Deer」(邦題「聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア」)と続けて発表してきた奇才中の奇才である。自作脚本を元に、得体のしれない怖さとオフビートなユーモアという難しいバランスを持った映画世界をつくり上げてきた彼だが、本作では初めて演出だけを担当し、成功している。

近年多くの映画の中で、女は正義や愛、反面の邪悪を表現する存在として描かれてきた。だが、なぜいつも愛の側なのか、善悪なのか。それはどこか息苦しい。なりふり構わず愚かしくなれるのも女の選択、それもまた自由な女の姿なのではないか。ふと、そんな思いに得心する新時代の女性映画という気がした。

 

ポピュラリティ/愛を求め続けた孤独な天才『ボヘミアン・ラプソディ』

Bohemian Rhapsody
(邦題「ボヘミアン・ラプソディ」)
上映時間:2時間14分
写真クレジット:20th Century Fox
シアトルではシネコンなどで上映中。

公開以来、米国でもヒットはしたが、日本では公開後から観客数が右肩上がりで、異例の大ヒットだという。50代の観客が多い。いや、クイーンを知らなかった20代の観客も多い。6回以上観ている人がたくさんいる。筆者も公開直後に観たのだが、また観たい衝動に駆られる。なぜなのだろう?

伝説のロックバンド、クイーンの伝記映画というより、天才音楽家であるフレディ・マーキュリーの短い生涯を描いた作品である。正直なところ、映画作品としてあまり上出来とは言えない。70年代の英国で、インド系移民でゲイだったフレディが受けた差別と父との確執、成功後の音楽的選択をめぐるレコード会社との対立、そして、その後のフレディが託った孤独などが描かれていくのだが、表面だけサラーッとひとなでしたという印象は否めない。フレディの苦悩はこんなものではなかったろう、ちゃんと描いて欲しい、という不満は残るのだ。だが、それ以上にまた観たくなる。クイーンの楽曲が持つ、誰をも引き付けるポピュラリティと、どこかしら通底する気がした。

クイーンが活躍した70年代、彼らは特異な存在だった。75年に発表された「ボヘミアン・ラプソディ」は、ロックにバラードやオペラを組み込んだ6分の楽曲ということでマスコミや批評家は酷評したが、予想外の大ヒット。批評家の評価などを超えて、聴く者を捉えていく圧倒的な音楽性と大衆性、リアルタイムでクイーンを聴いた世代が、50代60代になってもまだ胸を躍らせて聴ける楽曲の数々、それがクイーンの魅力だ。

楽曲「ボヘミアン・ラプソディ」の歌詞は辛く難解だが、この曲を聴いたことのある人は全世界にいる。難解とポピュラリティ、ロックなのにエモーショナル、その落差はフレディ・マーキュリーという孤独な天才の持つ二面性にも通じる。自分のセクシュアリティーを隠し続けるという孤独を抱えながら、パワフルなステージ・パフォーマンスで観客を魅了。自分らしさを全開放し、ポピュラリティ/愛を求め続けたフレディの生き方が、まさにステージ上にあったのではないだろうか。だからこそ、本作のステージ・シーンは圧巻、また観たい衝動に駆られる理由なのだ。

フレディを演じたラミ・マレックの神がかり的演技をまず特筆したい。専門コーチをつけ、1年をかけてフレディの体の動き、パフォーマンスを学んだというが、何度もフレディが画面上にいる錯覚を持った。本作成功の80%は彼の演技によるものと言って良いだろう。彼はこの役でゴールデングローブ主演男優賞に輝いた。

実はエンディングで落涙して「まさか、クイーンで泣くなんて」と驚いた。ロックにエモーションを持ち込んだのがクイーンだとすれば、日本的感性と水脈が通じ、それが日本での異例のヒットにつながったのではないだろうか。ハードコアなクイーン・ファンには不満の残る本作だろうが、クイーンを知らない世代にこのバンドの素晴らしさを見せつけた功績は大きかったと言える。

悲しみを振り切った女の見たもの『Widows』

Widows(邦題「妻たちの落とし前」)

上映時間:2時間9分
写真クレジット:20th Century Fox
シアトルではシネコンなどで上映中。

凄腕4人組による強盗が失敗し、強盗犯の男たちは全員死亡。しかも、彼らが盗んだ金は地元ギャングのものだった。ギャングは強盗犯の妻、ウィドウ(未亡人)たちに金を返せと迫り、追い込まれた女たちは初めての強盗を企てる。

映画史の中に多くの名作秀作が残る「Heist(強盗)もの」のジャンル映画だ。監督は、「それでも夜は明ける」でアカデミー作品賞を受賞した英国の俊才、スティーブ・マックイーン。つまりは、通り一遍のジャンル映画ではない。

銃など持ったこともない女たちが計画実行する強盗という異色さだけでなく、犯行の背後にワケあり、ひねりあり、時代性も描きこまれた極上エンタテインメントだ。原作は英国刑事ドラマの名作「プライム・サスペクト」を書いたリンダ・ラ・プラント。男社会を生き抜く、賢くしぶとい女を描かせたら彼女の右に出る作家はいないだろう。ドジって命を落とした男たちの後始末から始まる強盗計画の中で、悲しみを振り切った女たちが何を見るのか?

プラントの女性像を象徴するリーダーは、強盗団のボス(リーアム・ニーソン)の妻・ヴェロニカ(ヴィオラ・デイヴィス)だろう。彼女が他のウィドウたちに声をかけ、計画を牽引していく。ギャングに店を荒らされ、やる気になった子持ちのリンダ(ミシェル・ロドリゲス)、美貌のアリス(エリザベス・デビッキ)ははかなげで危うい存在だったが、次第に自分の力を自覚していく。

事件の背後にあるシカゴ地元政治家とギャング兄弟との勢力争いが、計画を二転三転させていく展開もスリリングで、女たちが確信犯へと変貌を遂げていく姿が見ものだ。そして、最後に明かされるヴェロニカの執念の理由。時代性の矢が見事に的を射る感覚があった。

Heistものは歴史が古く、ジャン・ギャバンが渋い強盗を演じた「暗黒街のふたり」や胸のすく強盗技を見せる痛快な「オーシャンズ」シリーズなど多種多様。一攫千金を狙った男たちの夢が仲間の裏切りで頓挫、または難攻不落を落として大金ゲットなど、結末は明暗を分ける。欲望の果てに強盗たちは何を得るのか。失望の苦味か成功の歓喜か、まさに人生そのものを感じさせる不朽のジャンルと言える。本作はそんな歴史の中に必ず残る秀作と確信した。

ラブコメの王道を行く娯楽作品

Crazy Rich Asians
(邦題「クレイジー・リッチ!」)

上映時間:2時間 写真クレジット:Warner Bros. Pictures シアトルではシネコンなどで上映中。

劇場公開後2週間連続で興行収入ナンバーワンという大ヒットを続けているロマンチック・コメディーだ。しかも、メイン・キャストが全てアジア系。これは93年の「ジョイ・ラック・クラブ」以来という。ラブコメ苦手派ではあるが、楽しめる作品だった。

ニューヨーク大学で経済学を教えるレイチェル(コンスタンス・ウー)が、恋人のニック(ヘンリー・ゴールディング)の親友の結婚式に誘われ、彼の母国であるシンガポールに行くことに。着いてみると、彼の一族ヤング家はシンガポールを代表する大富豪で、超セレブなライフスタイルに仰天。しかも、初対面のニックの母(ミシェル・ヨー)に見下され、ニックを狙う女たちの嫉妬といじめの標的となって、レイチェルは落ち込んでいく。だが、大学時代の親友(オークワフィナ)の心強い応援を得て、レイチェルは誇りを取り戻し、次第にヤング家の富と家柄重視の影に触れていく。

愛し合うふたりの障害となる頑固な母と狡猾な元カノ、主人公を応援する親友とその家族やゲイのデザイナー、美貌のニックの従姉妹などなど、かなり多くの脇役が登場。悩める主人公の物語と同時に、セレブ暮らしに慣れきった彼らのクレイジーなエピソードも多く描き出されていく。

ラブコメの主人公は最後に必ず結ばれる。そんな謎のない作品の命題は、その結末までをどう見せていくか。本作はその紆余曲折にラブコメの王道を行く見慣れた脇役を登場させ、多くの笑いの要素を加えていくのだが、よく整理されていて、混乱がなかった。これはなかなか至難の技である。

また、へこんでいた主人公が自分を取り戻していく過程も、ウーの好演のおかげで説得力十分。舞台がシンガポールという新鮮さに加え、ゴージャスな設定、よく書けた脚本と手際の良い演出など、全てがうまく機能して、作品の成功につながった。監督はダンス映画やアクションを手がけてきたジョン・M・チュウで、無駄のない演出が軽快で特筆したい。

原作はシンガポール出身のケビン・クワンの同名小説。たぶん、この原作が大ヒットのカギではなかったか。クワン自身のよく知った世界、巨大な富を持つことの不遇な側面を実際に体験、見聞きした人だからこそ書けた物語で、このシンデレラのような非現実的物語にリアリティーという重しを加えていた。

家族全員スーパーヒーロー、アクション・コメディーの快作

Incredibles 2
(邦題「インクレディブル・ファミリー」)

上映時間:2時間5分 写真クレジット:Walt Disney Studios Motion Pictures シアトルではシネコンなどで上映中。

大の映画ファンなのに、アニメとなると敬遠する人が意外と多い。アニメは子ども向けという先入観があるようで残念だ。アニメと言っても、子ども向けにテレビアニメを量産していた数十年前とは、かなり様変わりしている。今、劇場公開されるアニメ作の多くは、アクション・コメディーやファンタジーのジャンルなら、下手な実写ものよりよほど娯楽性に秀でている。

そんなアニメ界で、歴代最高の興行収入5億ドルを稼ぎ出したメガヒットがある。それが今公開中の「インクレディブル・ファミリー」だ。ピクサー製作で大ヒットした「Mr.インクレディブル」から14年、ファン待望の続編である。

物語は前作のエンディング直後から始まる。地下に住む凶暴な怪物と闘ったスーパーヒーロー(以下SH)・ファミリー、パー一家だが、街を破壊したということでSH活動を禁止されてしまう。しかし、SHの復活を願う富豪の要請で、「体が伸縮自在のイラスティガール」こと、母・ヘレン (ホーリー・ハンター)だけがSH活動を始めることに。「怪力の持ち主、Mr.インクレディブル」である父・ボブ(クレイグ・T・ネルソン)はお留守番で、家事育児の一切を引き受けるが、赤ん坊のジャック・ジャックが未知数のスーパーパワーを使い始めて大慌て。そんな頃、不可解な事件が頻発する。

家族全員SHというオリジナルのアイデアが卓抜していて、前作の大ヒットにつながったのだと思うが、本作では大活躍する妻の陰で主夫となるボブの苦労がコミカルに描かれる。赤ちゃんにおしっこをかけられたり、娘の思春期の悩みや息子の算数の宿題に手を焼いたり。平凡な日常を丁寧に描き、後半の一大アクション・シーンと好対照。家族全員がそれぞれの持つ力を出し切って、トラブル解決という納得のエンディングへと向かう。予想通りの展開ではあるが、くっきりと描き分けられた家族のキャラクターと強烈な個性が光る脇役、彼らが交わすスマートでコミカルな台詞のやり取り、そしてスピーディーなアクション・シーンの連続に、あっという間に時間が経つ。ジャック・ジャックの愛らしい笑い声と傍若無人ぶりも作品の大きなアクセントになって、本作の大成功につながったのだろう。脚本・監督は前作と同じブラッド・バードで、「ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル」など実写アクション映画などもヒットさせてきた。アニメ苦手派でも、食わず嫌いはもったいない快作である。

目に見えない人のつながりと人への思い

上映時間:2時間1分 写真クレジット:Magnolia Pictures、ギャガ

5月のカンヌ映画祭で最高賞のパルムドールを受賞した是枝裕和監督の最新作だ。邦画としては21年ぶりのパルムドール受賞とあって、日本ではちょっとした是枝ブーム、米国での配給先も決まった。

都会の谷間にあるボロ屋に住む、祖母の初枝(樹木希林)と、初枝の年金を当てにして転がり込んだ治(リリー・フランキー)と妻の信代(安藤サクラ)、その息子の祥太(城 桧吏)、信代の妹の亜紀(松岡茉優)の5人家族。年金で足りない分は、治が祥太と組んで万引きをしては生計に当て、言葉使いは荒いが、一家は狭い家で仲良く暮らしていた。

そんな一家に幼い女の子がやって来る。治が、寒空の夜、外にいた女の子を連れてきてしまったのだ。早く返しておいでよ、という信代だったが、体中に傷あとが残る少女は、あっと言う間に家族の一員になっていく。かわいい、かわいいと愛に包まれる少女だった。

本作には拍子抜けするほどドラマが起きない。前半描かれるのは、この一家が食べたり、入浴したり、花火を見たりする日常の断片。祖母に甘える亜紀、少女の母だと思い決める信代など、互いへの愛が培われいく様子が、まるで懐かしい記憶のような美しい映像で切り取られていく。そして、観客は次第にこの家族の秘密に行き当たっていくのだ。

震災以降、世間で家族の絆が連呼されることに居心地の悪さを感じていた、という是枝監督。ドラマチックな物語展開を避け、俳優らの力に任せて描き出そうとしたのは、目に見えない人のつながりと人への思い。血縁ではない人々の絆、選び合った関係が「家族」同等の結び付きを持ち得る、という問いかけではなかったか。さらに言えば、本作の背後には、婚活、家族の絆だと政権が声を大にする反面、格差は拡大し、貧困家庭、母子父子家庭が忘れ去られている現実と、そのことへの憤りがあるのだと思う。

監督は自身のブログで、政権等からの受賞を顕彰したい意向を断り、公権力とはきっぱり距離を置きたいと書く。「『大きな物語』に回収されていく状況の中で映画監督ができるのは、その『大きな物語』(右であれ左であれ)に対峙し、その物語を相対化する多様な『小さな物語』を発信し続けることであり、それが結果的にその国の文化を豊かにするのだ」本作の米国での公開日は決まっていないが、近日中に是枝監督の前作『三度目の殺人』の米国公開も控えている。是枝ファンにとって今年は当たり年と言えるだろう。

情熱から芽生えた抵抗の精神『Disobedience』

上映時間:1時間44分
写真クレジット:Bleecker Street
シアトルではSeattle 10、Pacific Place 11で上映中。

今年、トランスジェンダーの女性を主人公にした「ナチュラルウーマン」で、アカデミー外国映画賞を受賞したチリのセバスティアン・レリオ監督の最新作。彼にとっては初の英語作品で、本作の主人公はレスビアンのふたりである。

ロンドンの敬虔なユダヤ教徒の家で育ったロニート(レイチェル・ワイズ)は、その暮らしを嫌い、ニューヨークで写真家として生活していた。そんな彼女の元に、父の訃報が届く。父はラビと呼ばれるユダヤ教聖職者であった。急ぎロンドンに帰ったロニートは、かつて恋愛感情を抱いていたエスティ(レイチェル・マクアダムス)と再会するが、彼女が父の後継者でラビとなるドヴィッド(アレッ
サンドロ・ニヴォラ)と結婚をしていることを知り驚く。

何年も前に父ひとりを置いて突然ロンドンを去ったロニートに対して、ユダヤ教コミュニティーの人々は冷たかった。しかし、エスティは違っていた。ロニートを見つめる熱い視線、短い会話を通
して、ふたりは瞬く間にかつての情熱を取り戻していく。

ワイズ、マクアダムスという実力派女優ふたりへの注目度に加え、ポスターから抱くのは女同士の情熱的な恋愛映画というイメージ。確かに恋愛映画ではあるのだが、物語はその情熱を通してふたりの女たちの中に芽生えていく抵抗、反抗の精神である。

ふたりの関係がコミュニティーの噂となり、夫のドヴィッドに詰め寄られたエスティは、ロニートをニューヨークから呼び寄せたのは自分であると告白。その後、ユダヤ教コミュニティーに適応しようとしてできなかったエスティの苦悩と自由への希求がいくつかのドラマを通して描かれていく。

不従順という視点から見ていくと、初めはロニートに、中盤からエスティへ、そして次第にドヴィッドへと焦点が移っていく。幼なじみだった3人が互いの真実をぶつけ合う姿に、愛とは何か、自由とは何か、という大きな問いかけがあり、静かな小作品だが、前作に引けを取らない優れた映画作品に仕上がっていた。

レリオ監督は、性的少数者が受ける偏見や差別を通して、彼彼女らの内面で起きる大きな心理的、感情的うねりを描くことに長けている。俳優らの役柄への深い理解力もあると思うが、それを引き出した監督の映画術を超えた人間への洞察力と共感力こそが彼の本領なのだろう。欧米の映画にはない独自の知性を感じさせる映画世界を、ぜひ堪能して欲しい。

犬と日本文化へのラブレター『犬ヶ島(Isle of Dogs)』

上映時間:1時間41分
写真クレジット:Fox Searchlight Pictures
シアトルではシネコンなどで上映中。

ウェス・アンダーソンの作風を「バロック・ポップ」と評した批評家がいる。クラシックの要素をロック・ミュージックの作曲や録音に持ち込む音楽用語だが、納得である。何かに偏執するオタクっぽい主人公と彼を助ける仲間、そして彼らを追う者たちの物語を、独特のユーモアと奇想、ロマンチシズムに包んで見せるアンダーソン作品。まさにクラシカルな響きを持つロックンロールだ。

彼の最新作は、日本を舞台にしたストップ・モーション・アニメ(以下SMA)。監督にとっては「ファンタスティックMr.FOX」(2009年)以来となる2作目のSMAで、長年の日本映画やアートへの憧憬を本作にギューッと詰め込んだ大労作だ。今年のベルリン国際映画祭で銀熊賞(監督賞)を受賞している。舞台は20年後の架空の都市「メガ崎市」。犬インフルエンザが猛威を振るい、危険を感じた小林市長(野村訓市)は全ての犬をゴミの島へと隔離してしまう。ところが市長の養子であるアタリ少年(ランキン・こうゆう)は、愛犬スポッツ(リーヴ・シュレイバー)を探しにひとりで島にやって来る。そんな少年を助けるチーフ(ブライアン・クランストン)、ボス(ビル・マーレイ)、デューク(ジェフ・ゴールドブラム)、レックス(エドワード・ノートン)らアルファ・ドッグの一群。ゴミの島を舞台に、彼らを追撃しようとする市警察と犬たちの一大攻防が始まる。

1本1本アルパカの毛を植え込んで作られた個性的な犬マペットの表情の変化が卓越し、まるで生きているよう。また、ドラマチックな太鼓演奏に乗せて描かれるメガ崎市の相撲や歌舞伎、危機を伝えるTVニュースなど、メインの物語を彩るサイド・シーンの丁寧さにも瞠目した。細部へのこだわりが本作の底力で、多少のちょっと変?があったとしても、愛と熱意を無視はできない。本作は完璧に日本を再現しようとする作品ではなく、アンダーソン監督の脳内にある日本のイメージを再現している作品なのだ。

実は猫好きという市長が送り出す犬狩り隊のイコンが猫の顔だったりと、アンダーソン独特の笑える要素もぎっしり。彼のファンは無論のこと、犬好き、マペット好きにはたまらない作品と言えるだろう。ファンのひとりとしては、DVDが出たら必ずゲットするつもり。何回も何回も見直し、凝りに凝った犬たちの表情やセットのディテール、キラ星のごとく登場する声の出演者ら(オノ・ヨーコ、渡辺 謙、夏木マリ、山田孝之、松田翔太、松田龍平などなど)のひと言ふた言を楽しむ予定。本作もまた、ファンを熱くさせるアンダーソン作品であった。