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Author: 土井 ゆみ

映画ライター。2013年にハワイに移住。映画館が2つしかない田舎暮らしなので、映画はオンライン視聴が多く、ありがたいような、寂しいような心境。写生グループに参加し、うねる波や大きな空と雲、雄大な山をスケッチする日々にハワイの醍醐味を味わっている。

幻想性と凶暴性が際立つ『Annihilation』

上映時間:1時間55分
写真クレジット:Paramount Pictures
シアトルではシネコンなどで上映中。

久しぶりの本格的なSF映画の登場だ。監督は、「エクス・マキナ」(2015)のオリジナル脚本と初監督で一躍注目を浴びたアレックス・ガーランド。彼の監督2作目で、原作はジェフ・ヴァンダミア著『サザーン・リーチ』3部作の1作目『全滅領域』だ。

元陸軍兵士で、大学で生物学を教えるレナ(ナタリー・ポートマン)の元に、任務で出征以来、1年も行方不明だった夫のケイン(オスカー・アイザック)が帰って来る。だが様子が変な上に血を吐いて倒れ、その後ふたりは拉致される。未知の施設で目を覚ましたレナは、そこが軍の監視施設、サザーン・リーチであることを知る。軍が監視するのは、宇宙からの飛行物が衝突して出現した謎の領域<エリアX>。「シマ―」と呼ばれる光に包まれた領域で、ケインは内部に探索に行き全滅した隊の、唯一の生き残りだったのだ。

写真クレジット:Paramount Pictures

ここまではほんの出だしで、この後、レナと4人の学者らが武装して<エリアX>を探索する方向へと物語が発展していく。異様な美しさを持つエリアの様子と想定外の出来事の数々が、サスペンスフルに、ときにホラー風に描かれていく。

探索隊5人は全て女性だが、女性であることに大きな意味はない。昨今のSF映画では女性や非白人俳優が主要な役割を演じて、性と人種の多様性を意識していることが感じられるが、本作はさらに未来的で、たまたま専門家を集めたら全て女性だったという設定。それぞれに、この探索に参加する理由を持ち、とりわけレナは夫の不在中に不倫したことを悔いながら、意識の戻らない夫に何が起きたのかを探ろうと学者・兵士としての能力をフル回転させる。しかし、「シマ―」はあらゆる生態系を変容させる。その影響が隊員にも現れ始めて、物語はさらにSF的な謎を深めていく。

写真クレジット:Paramount Pictures

<エリアX>内の描写が秀逸だ。鹿の角に花が咲く幻想性と突然変異した動物たちの凶暴性との対比が「シマ―」の得体の知れなさを際立たせている。果たして、宇宙からのメッセージは何なのか、何が目的なのか。最後まで目が離せない緊張感が続いた。配給権を持つParamount Picturesは、本作がやや難解なので変更を求めたが、監督らはこれに応じなかったために、

配給権をNetflixに売却。米国内では映画館上映があるものの、他国ではNetflixでの視聴のみとなる。アメリカにいる筆者は映画館の大画面で本作を鑑賞でき、その幸運を思った。こういう映画こそ、映画館で見るべきなのだ。

[新作ムービー]

時代が呼び込んだ待望のスーパーヒーロー『Black Panther』

上映時間:2時間14分
写真クレジット:Marvel Studios/Walt Disney Pictures、Walt Disney Studios Motion Pictures
シアトルではシネコンで2D、3D、4DX、IMAXバーションで上映中。

マーベル・シネマティック・ユニバース(以下MCU)による第18作だが、飽きられるどころか歴代5位の興行収益を上げた超ヒット作品。確かにこれまでのMCUとは異なる鮮烈な時代性と映画的な魅力に満ちていた。

舞台はアフリカの架空の国、ワカンダ。表向きは開発途上国だが、実は太古に宇宙からもたらされた鉱石を利用した高度な先進技術を有する神秘の国だ。その国で父の死後、国王になったティ・チャラ(チャドウィック・ボーズマン)は同時に、超能力を持つ「ブラックパンサー」になる儀式も受ける。ところが、鉱石の持つパワーに目を付けたふたりの男がワカンダに忍び寄る。そのひとりは元国王の過去に深いかかわりのある男、キルモンガー(マイケル・B・ジョーダン)で、王座を狙っていた。

国王でありながらスーパーパワーを持つ黒豹の化身、同時に父の過去に苦悩する主人公の陰影ある設定に加え、彼を支えるスパイ(ルピタ・ニョンゴ)、親衛隊(ダナイ・グリラほか)、天才科学者(レティーシャ・ライト)が、それぞれに賢く強く、アフリカ的に美しい女性たちというのも素晴らしい。豹のように敏捷に動くブラックパンサーの流麗さ、女性陣の格闘シーンも説得力十分で、彼彼女らがアフリカ的であればあるほど崇高、というまさに時代が呼び込んだ待望のスーパーヒーロー像と言える。

共同脚本と監督は、ライアン・クーグラー。初の長編映画「フルートベール駅で」(2013)で成功を収め、「クリードチャンプを継ぐ男」(2015)で「ロッキー」シリーズに新たな命を吹き込んだ気鋭の俊才だ。長編3作目でこの大ヒットは快挙中の快挙と言えるだろう。

映画の冒頭でカリフォルニア州オークランドが登場するが、この地はクーグラーが生まれた土地であると共に、1960年代後半、アフリカ系の民族主義運動・解放闘争を始めた急進的な政治組織、ブラックパンサー党が生まれた土地でもある。ブラックパンサーの名前といい、偶然の一致と言うにはあまりにも無理がある。

武器を持たないアフリカ系の少年たちが警官によって射殺される事件が次々と起こり、トランプ政権となって憤懣やるかたない声も上がる中で、渦巻く時代の熱気を一気に吸い込み、白人中心だったMCUの世界に新たな一石を投じた本作。なぜこれほど大ヒットしたのか?理由は簡単、時代は差別的で古いものを壊す、偽りのないパワーを渇望しているからだ。

[新作ムービー]

痛くて愛しい母親像『Lady Bird』

上映時間:1時間33分
写真クレジット:A24
シアトルではシネコンなどで上映中。

母と娘、この世界で葛藤を抱えたことがない母娘の関係なんてあるのだろうか。とりわけ、娘が少女から大人へと脱皮を図る時、独り立ちしたい強い衝動に駆られる娘の変化に、激しく動揺する母も多いだろう。

映画「フランシス・ハ」ですっかりグレタ・ガーウィグのファンになってしまった筆者。彼女の書いた自伝的内容の脚本で初監督作品、しかも主演は23歳の演技派、シアーシャ・ローナンと知り、かなり期待をしていた。この手の期待は裏切られることが多いものだが、本作は期待以上。17歳の娘と母の関係を、ガーウィグらしい独特な切り口で描き出した知的でデリケートな作品で、ひとコマひとコマ、セリフの隅々まで堪能することができた。

カリフォルニア州サクラメントが舞台。主人公はやや頭でっかちのクリスティン、自称レディ・バード(ローナン)だ。カリフォルニアは嫌い、大学は「文化のある」東海岸に行きた いと願っている。ところが、家計を支える看護師の母(ローリー・メトカーフ)は地元のコミュニティー・カレッジで十分と言い張り、ふたりの関係はギクシャク。それでも主人公は親友のジュリー(ビーニー・フェルドスタイン)と楽しいおしゃべりに明け暮れたり、演劇部で出会ったダニー(ルーカス・ヘッジズ)と恋仲になるが思わぬ事態に大泣きしたりなどなど。女子高生の日常に起きる小さな事件が、生き生きとした台詞と共に快活に描かれていく。筆者はそんな主人公を見つめながら、自身のあの頃を鮮やかに思い出していた。

世界が分かったつもりで気負っていたこと、自分は何にでもなれると思っていたこと、母は自分のことなど何も分かっていないと感じていたこと。熱い感情が体から吹き出し、さまざまな発見や思考で脳が破裂しそうになっていたあの頃。そんな娘に対して理解を示す父に反して、母は優しい言葉をかけることもできず、ただ困惑し、娘が進みたい道に立ちは だかる。なんとかそれを突破したい娘。少女が自立した大人に成長して行くために乗り越えねばならない岩礁が母なのだ。こんな痛くて愛しい母親像を描いた作品があっただろうか。観終わってみると、あの母がいたから今の自分がいるというガーウィグの母への愛と返礼の思いが心地よく伝わってきた。

本作は、アカデミー賞の作品賞、主演女優賞、助演女優賞、 監督賞、脚本賞と主要5部門でノミネートされている。

[新作ムービー]

底のある笑い『Three Billboards Outside Ebbing, Missouri』

 

上映時間:1時間55分
写真クレジット:Fox Searchlight Pictures
シアトルではシネコンなどで上映中。

本作の脚本・監督を担当したマーティン・マクドナーの脚本は抜群に面白い。劇作家出身らしい台詞・言葉へのこだわりがあるからなのだろうか、脇役のたったひと言に至るまで考え抜かれ、笑わせてくれる。それが彼の「ヒットマンズ・レクイエム」や「セブン・サイコパス」を見た感想。バイオレンスとユーモアのバランスが絶妙で、北野 武の作品みたい、と思ったら彼の大ファンだという。

ミズーリ州の小さな町が舞台。ティーンの娘を殺された母のミルドレッド(フランシス・マクドーマンド)が、警察の無能ぶりを非難する3つの巨大広告看板を道路沿いに掲げた。そこには「娘はレイプされ、恐怖の中で死んだ」「なぜ犯人は捕まらないのか」「ウィロビー保安官は何をしている?」という抗議のメッセージ。悲しみと怒りで怖いものなしになった母の暴挙とも思える行動が、町中を巻き込み、トラブル続出。先の読めない物語が描かれていく。

名指しで批判され困惑する保安官にウディ・ハレルソン、ミルドレッドを敵視する人種差別者の警官にサム・ロックウェル、若い女と暮らす不実な元夫にジョン・ホークス、ミルドレッドに無視されつつも彼女を慕う男にピーター・ディンクレイジと、癖のある役どころの脇役をベテランで固め、マクドナーらしいセンスの光る台詞と手際の良い演出で物語がトントンと進んでいく。

マクドナーの前2作は、マヌケな男たちのドタバタにケラケラ笑って、「ああ面白かった」という軽さが特徴的だったが、本作はだいぶ違っていた。頑固の塊となったマクドーマンドの圧倒的な存在感と好演が物語を牽引し、いくら物語がドタバタしても物語の核が消えない、軽くならないのだ。笑っても笑っても笑いに底がある感じ、とでも言うべきか。

最後まで小競り合いを続けるブラックな警官ロックウェルとマクドーマンドの対立を通して、ふたりを支配し続けた感情にたどり着くエンディングも秀逸。コメディーながらも人を狂わせる悲しみと怒りを描き出し、マクドナーとしては最良の作品が生まれた。ちょうど、この記事が出る直前に発表となる今年のゴールデングローブ賞の作品賞、監督賞、脚本賞など6部門でノミネートされている。

[新作ムービー]

ゴッホの死の謎を追う『Loving Vincent』

上映時間:1時間35分
写真クレジット:Good Deed Entertainment
シアトルではRegal Meridian 16、SIFF Cinema Uptownで上映中。

念願だったフィンセント・ファン・ゴッホ終焉の地、フランスのオーヴェル・シュル・オワーズを訪ねた際、彼の墓にお参りした。不思議な墓だった。弟テオの墓石が兄の墓石に寄り添うよう並んでいたのだ。

テオは理解者のいないフィンセントを、生涯にわたり経済的・ 精神的に支え続け、兄の自殺後半年で病死した。ふたつの個体に宿ったひとつの魂とも言われた特異な兄弟。ふたりの墓を見ながら、死後も共に眠る兄弟の固い絆への尽きぬ興味が湧いた。

本作は、フィンセントが自殺する前にテオに書き、配達されな かった手紙を中心に据え、彼の自死の謎を追う物語である。手法はアニメ史上初、ゴッホの絵画を模写した油絵アニメーションだ。

無為な生活を送っていたアルマン(ダグラス・ブース)は、郵便配達人の父(クリス・オダウド)からフィンセントの手紙をテオに届けるように託される。だがテオの行方は知れず、アルマンは画材商のタンギー爺さん(ジョン・セッションズ)を訪ね、テオの死を知らされる。

ゴッホのファンの方なら気付いたと思うが、アルマンや郵便配達人、タンギー爺さんはゴッホが肖像画を描いた人々。本作の見どころは、彼ら以外にも肖像画に描かれた多く人々がさまざまな 役割で登場するところにある。また、舞台もアルルからパリ、オー ヴェルへと移り、それぞれの地で彼の描いた風景画の数々がゴッホ独特の筆致と色彩でスクリーンの大画面に再現され、まぶしいほどであった。

俳優たちを実写で撮影した場面を、125人の画家たちが油絵と して描き直し、ストップモーション技法で映像化。全編で描かれた油絵6万2,450点、クラクラとめまいがしてくるような労作中の労作である。脚本・監督はポーランド出身のドロタ・コビエラとパートナーの英国人、ヒュー・ウェルチマン。ゴッホの死の謎を追うサスペンスは今ひとつ立ち上がらず、物語としてのおもしろ味に欠けたが、さほど気にはならなかった。

ファン必見と言うべきか。熱烈なファンの中にはこんな作品の扱いを好まない人もいるかもしれないが、ゴッホを演じたポーランド俳優、ロベルト・グラチークの陰影のある風貌が実に素晴らしく、筆者は至福のときを過ごした。

[新作ムービー]

人間が生命をつくり出すことが可能になったら?『ブレードランナー 2049』

上映時間:2時間43分。
写真クレジット:Warner Bros. Picture
シアトルではシネコンにて3D、2D両バー ジョンで上映中。

2度見たが、人間の未来への多くの問いかけを含んだ知的かつ詩的な作品で、まだまだ観足りない感覚が残った。映画好きを熱くさせる映画史に残る傑作と呼びたい。 1982年、フィリップ・K・ディックのSF小説『アンドロイドは 電気羊の夢を見るか?』を原作とし、「エイリアン」で注目を浴び たリドリー・スコットが監督したSFの名作「ブレードランナー」。 本作はその続編だ。

前作の舞台は酸性雨が降り、終末感漂う2019年のロス。奴隷労働を担うために造られたレプリカント(人造人間)の反乱を追うブレードランナーと呼ばれる刑事を主人公に、人間と人造人間をめぐる物語が展開する。超未来的セットデザインと斬新な映像、加えてハードボイルドな語り口のSFらしからぬフィルム・ ノアール作品で、公開後にジワジワと熱狂的なファンを獲得したきたカルト映画の代表作である。

そして35年、前作の世界観を裏切らない作品を期待されたドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の荷は重かっただろうと思うが、出来栄えは前作以上。15年の「ボーダーライン」、16 年の「メッセー ジ」と立て続けに見応えのある作品を発表しているヴィルヌーヴ監督の代表作のひとつと言える。

写真クレジット:Warner Bros. Picture

本作の舞台は2049年。人間への服従がプログラムされた新型のレプリカントのK(ライアン・ゴスリング)はロス警察に所属するブレードランナー。そんな彼が旧型レプリカントのリタイア(処分)を終えた場所で、ある骨を発見する。調べると帝王切開痕のある女レプリカントの骨と判明。あり得ない事実に驚愕した上司(ロビン・ライト)はこの事実を隠し、生まれた子をリタイアさせるよう命じる。製造ではなく生まれたレプリカントのリタイアに抵抗を感じるKだが、遺体の製造番号を調べ、その女が 30年前にブレードランナーだったデッカード(ハリソン・フォード)と恋愛関係にあったことを突き止める。

写真クレジット:Warner Bros. Picture

無理なく物語を前作とつなげながら、Kの心を捉えた大きな疑問を次第に膨らませていく展開に引き込まれる。だが、本作のテーマは人探しや謎解きにあるのではない。人間が生命をつくり出すことが可能になったときに何が起こるのか。人間の抱く尊大な野望とレプリカントに芽生える自己認識。自分は何者なのかと自問を始めるKの存在が暗示する、人間を人間たらしめる 要素についての深淵な問いかけが心に残った。 映像、音楽共に圧倒的な素晴らしさで、ぜひ映画館の大スク リーンで濃密な映画体験をして欲しい。

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格闘シーンが精彩を放つ第2作「キングスマン:ゴールデン・サークル」

Kingsman: The Golden Circle
(邦題「キングスマン:ゴールデン・サークル」)

上映時間:2時間21分
写真クレジット:20th Century Fox
シアトルではシネコンなどで上映中。

14年にヒットした英国のスパイ・アクション・コメディー映画「キングスマン:ザ・シークレット・サービス」の第2弾だ。

主人公のエグジー(タロン・エガートン)をスパイ組織「キングスマン」にリクルートしたハリー・ハート(コリン・ファース)亡き後、エグジーはハリーの称号であるガラハッドを名乗り、スウェーデンのプリセンスと暮らしていた。そんなころ、全英のキングスマンの拠点がミサイルで爆破され、エグジーと教官のマリーン(マーク・ストロング)のふたりだけが生き残る。彼らは米国のスパイ組織「ステイツマン」と手を組み、邪悪な陰謀を企むゴールデン・サークルを追いかける。

Credit: 20th Century Fox

悪玉のボスにジュリアン・ムーア、「ステイツマン」にチャニング・テイタム、ハル・ベリー、ジェフ・ブリッジスなど実力派の俳優で固め、前作をしのぐ作品を狙った本作。英語を得意としない友人と観に行ったが、ストーリーを追うのは簡単だったという。それほど分かりやすい内容と展開だったわけで、それ自体は欠点ではないが、美点とも言えない。豪華な配役陣のわりには、長いなぁという思いがよぎり、薄っぺらなストーリーをスターパワーとアクションの連続でつないだ手抜き感が否めなかった。

前作では、ボンド映画のパロディーに初挑戦したファースの意外なアクションとスマートな英国紳士スパイぶりを、適度なおふざけ感と共に見せて、ファンを獲得した感がある。新人の エガートンもよく動いて、好感度抜群。だが、第2作は前作ほど簡単ではない。作り上げた虚構の中に何を盛り込むか。そこにカーボーイハットにジーンズとういう超アメリカンな「ステイツマン」を対峙させたのは妙案だった。コテコテの南部なまりの英語で話すステイツマンと、コテコテのブリティッシュ・アクセントで話すキングスマンが会合するシーンのミスマッチがおかしく、凄腕スパイなのにどこかマヌケ、という本作の持ち味がよく出ていた。ただ、期待していたテイタムのアクションは見られず、ベリーもブリッジスも存在感に欠けた描かれ方で不満が残った。

Credit: 20th Century Fox

それでも、プロローグで見せた狭いタクシー内での格闘シー ンや、ステイツマンの凄腕スパイ、ウィスキー(ペドロ・パスカ ル)が、縄や鞭を使って見せるウエスタン・スタイルのアクション・シーンにはキレとスピード感があり、見応え十分だった。

監督は前作同様のマシュー・ボーン。前作では残酷なアクショ ンが気になったが、本作では残酷さよりも優れたコーディネートで見せる格闘シーンが精彩を放っていた。

[新作ムービー]

スマートな泥棒コメディ Logan Lucky (邦題『ローガン・ラッキー』)

Logan Lucky
(邦題『ローガン・ラッキー』)
~スマートな泥棒コメディ~

 

上映時間:1時間59分
写真クレジット:Fingerprint Releasing, Bleecker Street
シアトルはシネコンなどで上映中。

13年に映画制作から引退した米国の俊英スティーブン・ソダーバーグ監督の復帰第1作は、得意とする泥棒コメディ。舞台はウエスト・バージニア、NASCAR「第2の聖地」であるシャーロット・モーター・スピードウェイで行われる最長レース、コカ・コーラ600。その莫大な売り上げを盗んでしまおうというお話で、大ヒットした泥棒モノ『オーシャンズ』シリーズの南部版と いう趣向の作品だ。

主人公は運から見放されたローガン兄弟。高校フットボール の花形選手が負傷、今は工事現場からも解雇されたジミー(チャニング・テイタム)と、イラク戦争で片腕を失くしたクライド(アダム・ドライバー)。そもそも、この二人が全然似ていないのがおかしい。プラス計画には、美人の妹、美容師のメリー(ライリー・キーオ)に、爆破のプロで獄中にいるジョー(ダニエル・クレイグ)と彼の弟二人が加わる。それぞれに普段は冴えない男女だ が、いざ実行となるとドタバタしながらも計画は着々。コテコテの南部訛りで交わされる間の抜けた仲間同士の会話から、絶妙なタイミングで起きる計画のミスなど、笑いと緊張で強弱を 持たせた計画実行の展開が、実にソダーバーグらしい。

写真クレジット:Fingerprint Releasing, Bleecker Street

目を見張ったのはスマートな007役から一変、ぶっ飛んだ怪演を見せたクレイグ。芸域の広い人である。また脇も華やかで、ジミーの冷たい元妻にケイティ・ホームズ、ローガンらを追う FBI捜査官にヒラリー・スワンクなどが固めて、作品をしっかり支えていた。

写真クレジット:Fingerprint Releasing, Bleecker Street

実際は分からないが、彼の作品に出る俳優たちは伸び伸びと演じているように見える。さらに「軽々と」と作品が生み出されている感覚もあって、それがソダーバーグ監督のスマートで洗練されたスタイルへとつながっている気がする。多才な人で、多くの作品で撮影や編集も担当。1989年の初長編『セックスと嘘とビデオテープ』で史上最年少でカンヌ国際映画祭パルム・ドールを受賞したのを皮切りに、00年にはドラック戦争を描いた『トラフィック』でアカデミーの監督賞を受賞。08年にはチェ・ゲバ ラを描いた政治性のある力作『チェ』2部作を作ったり、12年には男性ストリッパーを主人公にした『マジック・マイク』で注目 を浴びるなど、作品群もバラエティ豊かだ。引退などと言わず、これからも面白い映画をもっともっと見せてほしい。

[新作ムービー]

『Dunkirk』映画館で見るべく作られた戦争映画

『Dunkirk』(邦題『ダンケルク』)

~映画館で見るべく作られた戦争映画~

上映時間:1時間45分
写真クレジット:Warner Bros. Pictures
シアトルはシネコンなどで上映中。

シネコンがスーパーヒーロー物に席巻されて、大人の観客が減っている気がする。HDの大型TVモニターの登場で、わざわざ映画館に足を運ばなくても、家でじっくり映画を堪能できる時代になってきたこともあるだろう。だが、本作には大人の鑑賞に耐える人間のドラマに加えて、シネコンの大スクリーンで見るべく、デジタルではなくIMAX65mmと65mmという大型フィルム(通常は35mm)を使って撮影された。映画館の大スクリーンで見てこそ、その素晴らしさが堪能できる作品と言える。

監督は、『インセプション』『インターステラー』などの先鋭的な映像と物語世界で世界中を魅了し、観客からも批評家からも高い評価を得ている英国の名匠クリストファー・ノーラン。この最新作は、第二次大戦の舞台にした実話を元にしている。

写真クレジット:Warner Bros. Pictures

1940年春、北フランスを制圧したドイツ軍は新兵器を駆使して優勢。イギリス、ベルギー、カナダ、フランスからなる連合軍兵はフランスのダンケルク海岸に追い込まれ、撤退の準備をしていた。その数約40万人。海岸には救助船を待つ兵士たちの長い列が続き、上空には彼らを狙うドイツ軍戦闘機が爆撃を続けていた。

写真クレジット:Warner Bros. Pictures

本作はダイナモ作戦と呼ばれた史上最大の撤退作戦を、一人のヒーローに焦点を当てるのではなく、陸、海、空からの3つの視点から描いていく。陸では撤退を指揮する司令官(ケネス・ブラナー)の苦渋と、若い英国二等兵トミー(フィオン・ホワイトヘッド)の必死の脱出劇。空はパイロット(トム・ハーディ)が繰り広げるダイナミックな空中戦、そして海からは自分の船で救助に駆けつけた民間人ドーセット(マーク・ライランス)と息子たちのドラマが描かれる。

特撮を極力減らし、伝統的な映画作りの手法にこだわったノーラン監督。40万人が待つ海岸の遠景には厚紙で切り抜いた人型を並べ、海には海軍駆逐艦を浮かべ、空中戦では多くの戦闘機を実際に使い、水没させた。そのクリスプな映像と音響には特撮にはない並外れた迫力とすごみ、臨場感があった。

写真クレジット:Warner Bros. Pictures

米国など第二次大戦の戦勝国は、とかく輝かしい戦果を映画として描いてきた。だが、本作はあえて撤退という負の歴史を、壮大なスケールで描くことで、戦争の虚しさを映し出していたように感じた。果敢に戦った人々が描かれたとはいえ、大成功と言われたこの撤退で1万人も戦死者が出ていたのである。

[新作ムービー]

「猿の惑星:聖戦記」戦争はなぜ起きるのか

『War for the Planet of the Apes』(邦題『猿の惑星:聖戦記』)

戦争はなぜ起きるのか

写真クレジット:20th Century Fox

 11年にリブートした『猿の惑星』シリーズ、『猿の惑星:創世記』、14年『猿の惑星:新世紀』に続く最終章が本作。68年のデビュー作から数えると9作目となるが、旧作とは全く違った内容で、三部作として作られているので、前二作を見てからの鑑賞をお勧めしたい。猿の生き方を通して人間のあり方を考えるという作品のテーマに触れることができると思う。

 前作で、人間に根強い恨みを持つ猿が人間に闘いを挑んだことが原因となり、人間から追われる状況に追い込まれた猿の一群。人間の言葉を話し、知的成長を遂げたリーダーのシーザー(アンディ・サーキス)は、戦争を望んでいないことを人間に伝える。だが、彼らを執拗に追うアルファ・オメガ隊の大佐(ウディ・ハレルソン)がシーザーの家族を殺害するに及んで、非戦を唱えていたシーザーは復讐心に囚われる。仲間たちを遠方へと逃す一方、忠実な側近らの静止も聞かず、大佐を殺すために北へ向かうシーザー。ついに彼は大佐が築いた要塞に辿り着き、驚くべき事実と光景を目にする。

 Warがタイトルなので、多くの戦闘シーンを予想していたのだが、内容はむしろ戦争がなぜ起きるのか、そのメカニズムの表現であったように思う。猿の仲間割れが起き、大佐を助ける側に回った猿たちが抱く怖れと怯えや、私怨でリーダーの責任を全うできなくなるシーザーの内面の葛藤。そして、猿がいる限り人間の未来はないと唱える大佐の狂信的行動の数々。彼が巨大な壁作りに妄執しているあたりに米国の現状を投影する時代性も感じられた。

 前半はやや重い内容で進んでいくが、後半は名作『大脱走』を思わせるテンポの良い演出で面白く見せ、2時間以上という長さを感じさせず、アップに耐える猿たちの表情が巧みに表現されていたことにも、改めて感嘆させられた。夏恒例のハリウッド大作といえば、単純なプロットを特撮と過剰なアクションの連続で見せるという作り方が近年の傾向だと思うが、本作はそんな作品群の中では語るべき内容があり、娯楽映画としては見ごたえあった。

 監督は前作と同じ『クローバーフィールド』シリーズを監督したマット・リーヴス。脚本はリーヴスとマーク・ボンバック。西部劇映画から戦争映画まで多くの名作を参考にしたというだけあって、映画ファンには特に楽しめる作りになっている。

上映時間:2時間20分。シアトルはシネコンで4DX、3D、スタンダード各バージョンで上映中。

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素朴でリアル、人間愛に溢れた名作 『I, Daniel Blake』

『I, Daniel Blake』
(邦題『わたしは、ダニエル・ブレイク』)

©Sundance Selects

昨年のカンヌ映画祭で『麦の穂をゆらす風』に次いで2度目のパルムドールを受賞した英国の名匠ケン・ローチ監督の作品。本作も社会派の彼らしい働く人を主人公とした名作であった。

舞台は英国の北東部。妻に先立たれた59歳の建具職人ダニエル・ブレイク(デイヴ・ジョーンズ)は、心臓麻痺を起こして休職中。国から援助を得ようとするが、複雑な認定規定やコンピューターが使えないなどの理由で援助を得られない。困った彼は求職センターに出かけ、そこで遅刻で面談を拒否された若いシングルマザー、ケイティ(ヘイリー・スクワイアーズ)を見かける。幼い二人の子どもを連れた彼女の必死の訴えに冷たい職員。見るにみかねたダニエルは役所の対応の酷さを大声で非難し、彼とケイティ親子は警備員によって退去させられる。

役所での出会い後、ダニエルは懸命に生きるケイティ親子を助け、彼女の部屋の修繕をしたり、得意の木工のおもちゃを作ったり。ケイティも慎ましい食事を彼に振る舞い、彼とケイティ親子は親しさを増していく。

貧しい初老の職人と若い母の出会いが描かれていくが、古めかしい人情ものにありがちな、ウエットな情緒はない。思わず泣かされる場面は多々ある。だが、ローチ監督の演出には「泣かせよう」という意図はカケラもないのだ。

題名はダニエルが求職センターの外壁にスプレーで書いた訴えの言葉。「わたしは、ダニエル・ブレイクは、餓死する前に提訴日を要求する」。様々な理由で彼への援助を阻むシステムに対して、たった一人で闘いを挑んだ主人公。本作の芯には、失職した者を冷遇する国のあり方への怒り、憤りがある。

ダニエルがケイティを助けたのはなぜか。彼女が共に求職砂漠で生きる仲間・同志だからではなかったか。だからこそ、ケイティが売春を始めたことを知って「私の心は大きく傷ついた」と彼は嘆き、信じていた仲間への失望が彼を追い詰めていく。

エンディングで語られるダニエルの提訴理由にこそ、監督が長年私たちに送り続けたメッセージが凝縮している。説教臭くも、大上段に振りかざすのでもない、素朴でリアル、ユーモアと人間愛に溢れた監督の語り口に、自分がいつも励まされて来たことを思い出し、監督と同じ時代を生きた自分の幸運を思った。

2日からAMC系列の劇場で上映中。
上映時間:1時間40分

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友情を糧とした生涯 『Cézanne et moi』

©Magnolia Pictures

『Cézanne et moi』

画家ポール・セザンヌと『居酒屋』の作家エミール・ゾラは幼なじみだった。出会いは19世紀半ば、プロヴァンス=アルプ=コートの中学で、いじめにあっていたゾラを助けたのが年長のセザンヌ。イタリア移民で母子家庭の一人息子ゾラと、銀行家の父がいる裕福なゾラ、彼らの友情は19世紀の終わりまで続く。

本作はそんな二人の出会いから、絶交で終わった起伏の多い友情を、淡く美しい映像と共に描き出したフランス映画だ。画家たちが初めて屋外に出て絵を描き始めた19世紀中期、川や木々、女性の肌などに降り注ぐ淡い光を捉えた映像が素晴らしかった。

物語は、セザンヌ(ギヨーム・ガリエンヌ)を思う中年のゾラ(ギヨーム・カネ)の回想から始まる。すでに作家として成功を納めたゾラに対して、画家としての成功を掴めず苦闘するセザンヌとの友情は疎遠だった。だが、かつて二人がパリで過ごした青年期は、共に夢と理想を分かち合い、はつらつとしていた。伝統的なフランス絵画展サロンに反旗を翻した印象派と彼らを応援したゾラ。セザンヌもマネやモネ、ルノワールなどの画家たちと交流し、画論を交わし合った日々があったのだ。

次第にそんなパリに馴染めなくなっていくセザンヌは、故郷に引きこもる。セザンヌを思うゾラは彼を経済的にも助け、才能を信じ続けるのだが。

対照的な性格の二人の交流を描くエピソードが多く描かれていくが、あまりに点描的で誰が誰かが分かりにくく、会話内容を掴むのも難しく、冗漫に感じられた。

脚本・監督は『オーケストラ・シート』のベテラン女性監督ダニエル・トンプソン。脚本家出身だけあって、二人の激しい意見の対立や、後年になってゾラの裏切りをなじるセザンヌの会話部分などは精彩を放ってはいたが、屁理屈っぽく禁欲的なゾラに対して、欲望の肯定をささやくセザンヌという対比も平凡で、いかにもフランス的という印象だ。

タイトルは「セザンヌと私」であるが、内容は「私とゾラ」という気がした。二人の出会いで登場する林檎、それを描き続けたセザンヌ。晩年、故郷のサント・ヴィクトワール山を描き続けた彼の心には何があったのか。激昂型で誤解を受けやすかった彼の晩年は、画家としての成功とは裏腹に寂しい。言葉ではゾラと対立することの多かったセザンヌだが、彼との友情を糧とした生涯だったのではないか。エンディングで見せるサント・ヴィクトワール山の連作を見ているとそんな気がしてならなかった。

上映時間:1時間56分。近日中にDVDで視聴可能。

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人と猫が共生するイスタンプール 『Kedi』

『Kedi』

©Oscilloscope Laboratories

路肩に肩肘を乗せくつろぐ猫の写真を見たことがある。横座りでまったりする猫に頬が緩んだ。この猫の名前はトンブリ。イスタンブールの路上で暮らす野良猫、いや正確には「地域猫」と言うらしい。飼い主はいないが、地元の人たちが共同で餌をやり、飼育管理をしている猫のことだ。

トルコ最大の都市イスタンブールには、街の人々と共生する何千という地域猫がいる。本作はそんな猫たちの暮らしを追ったドキュメンタリー映画。猫好きなら喉がゴロゴロ、さほど猫好きでない人でも、美しい映像と猫と人々の関わりを捉えた本作に、心和む時を過ごせるのではないだろうか。

タイトルの『Kedi』はトルコ語で猫。監督はイスタンブールで猫と共に育ったという若い女性監督セイダ・トラン。彼女の初監督作品である。

西と東の文化が微妙に混ざり合ったエキゾチックな街イスタンブール。その街を上空から捉えた映像がゆっくりと低い街並みに近づいていくと、遠景の中に小さく見える猫たち。屋根を急ぎ足で行く猫やらのびのびと寝転ぶ猫など、一目でこの街が猫天国であることが分かる。

本作は、商店街や漁港を生活地域とする7匹の猫たちを中心に展開する。ドライフードは食べず、盗みとおねだりが得意な母猫や、おしゃれなカフェに住みつくグルメ猫は、客には絶対おねだりしないが、空腹になると店の窓をスリスリ。街中で路上でのびのび暮らす個性的な猫たちの生態は、見ているだけで気持ちがゆったりとしてくる。そして、猫たちを生活の一部、家族の一員として受け入れている街の人々の素朴で飾り気のない語りも本作の大きな魅力だ。

「犬は人間を神だと思っているが、猫は違うね」と猫哲学を語る初老の男性や、毎日大量の餌を持って街中の猫に餌をやり、たくさんの子猫たちに目薬をさす男性。心を病んいた時に猫への餌やりを始めて回復したという漁師。彼に何があったのは語られないが、「薬なんていらないよ。今は猫と一緒で幸せだ」という彼の笑顔に嘘は感じられなかった。人には開けなかった心が、猫を通して開いた、ということなのだろう。

飼い猫が幸せか、地域猫が幸せか、猫ではないから分からないが、人が生きて生活する街といういう(削除)意味からすると、地域猫が暮らせる街が望ましい、そんな思いを強くした。ちなみに、わが街ヒロ市の公園にも地域猫がたくさんいるのである。

上映時間:1時間20分。シアトルは、Guild 45th Theatreなど独立系シアターで上映中。

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時代性のある反戦映画 『Land of Mine』

『Land of Mine』
(邦題『ヒトラーの忘れもの』)

© Sony Pictures Classics

第二次大戦中ナチスに占領されていたデンマークの海岸には、ナチスが埋めた200万個もの地雷が残されており、戦後、その地雷の多くはドイツ人捕虜の少年兵たちによって撤去された。デンマーク人も知らなかった史実を元に再現されたヒューマンドラマ。本年のアカデミー賞外国映画賞にデンマークからノミネートされた他、世界各国の映画賞を多く受賞している秀作だ。

ナチスを心底憎んでいるデンマーク軍のラスムスン軍曹(ローランド・ムーラー)は、地雷撤去の監督として11人のドイツ少年兵を引き連れ、海岸線に赴任した。彼は危険な作業をする少年らに憎悪をむき出しにし、食事も与えず、日々奴隷のように扱った。そんなある日、一人の少年が地雷によって吹き飛ばされた。呆然とする少年たち。それでも、リーダー格のセバスチャン(ルイス・ホフマン)は、地雷を撤去してドイツに帰ろうと仲間を勇気づけるのだった。

ほぼ全員素人の少年たちを起用し、描かれる過酷な日々。あどけない顔をした少年たちが、命と隣合わせで作業する姿が痛々しく、見続けるのが苦しくなり始めた頃、物語に変化が起きる。それは鬼軍曹の心の変化として描かれ、本作の持つ大きなテーマへと繋がっていく。

憎しみは永遠に続くのか? 憎しみが理解へと変わることは可能なのか? 鬼軍曹の少年らへの態度の変化を通して、見るものの胸に迫る問いかけの数々。本作は古い歴史的事件を扱っているのではない、今まさに私たちが直面している難民問題やテロの脅威にまっすぐ繋がる問いかけをしている、そう感じざるを得なかった。

オリジナル脚本と監督はデンマークの気鋭マーチン・サントフリート。ドキュメンタリー映画出身で、劇映画としてはアルコール依存症の女優を描いた秀作『アプローズ(Applause)』がある。地雷撤去に関する本すら書かれていない現状の中で、実際に海岸線に行き、聞き取りをして脚本を書き上げた。捕虜に地雷撤去をさせたのは明らな違法行為であり、デンマーク戦後の暗部を自ら描き出した若きデンマーク映画人の気概が伝わる。時代性のある反戦映画の名画として、ぜひ推薦したい。

シアトルは17 日からSeven Gables Theatreで上映中。
上映時間:1時間40分

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大きな余韻の輪が心に広がる 『Moonlight』

『Moonlight』

©A24

マイアミでも貧困と犯罪が集中するリバティ・シティを舞台に、麻薬中毒のシングルマザーを持ったアフリカ系少年が、多くの困難をへて自己を見出す姿を詩的に描き出した作品。タレル・マクレイニーが書いた半自伝的戯曲を、同じ町で育ったバリー・ジェンキンスが脚色、監督し、本年度のアカデミー賞で8部門にノミネート、授賞式では発表間違えというドラマをへて作品賞を受賞した。低予算、独立系で製作された作品として快挙と言えるだろう。

物語は3部構成。その1は主人公の小学生時代。痩せて内気なシャロン(アレックス・ヒバート)はいじめの標的。ある時、母(ナオミ・ハリス)が麻薬を買っているディーラー、ファン(マハーシャラ・アリ、本作で助演男優賞受賞)に助けられ、以来穏やかにシャロンを導く彼が父のような存在となり、彼と彼のガールフレンド(ジャネール・モネイ)の家がシャロンの避難場所となる。

ティーン時代、シャロン(アシュトン・サンダース)へのいじめはエスカレートし、母の中毒もかなり進み、家は荒んでいた。そんな彼には心を許せる親友ケヴィンがいたが、彼への思いは友情以上のものだった。

青年となったシャロン(トレバンテ・ローズ)は麻薬ディーラーになっていた。ある夜、思い立って高校以来会っていないケヴィン(ジャハール・ジェローム)に会いに行き、彼への思いを伝える。

シャロンの成長の軌跡は、鬼の形相で罵倒する母や容赦のないいじめと暴力、ゲイの自覚とその孤独を生き抜くことであった。ジェンキンス監督はその厳しさを、ニコラス・ブリテルの美しいバイオリンの音色と、色彩豊かな映像を通して描き出していく。残酷なリアリティの美化? 否、そんな惨さの中でも、決して壊れなかったシャロンの魂の強さを描こうしたのではないだろうか。あまり似ていない3人の俳優がシャロンを演じていたが、それぞれの瞳に込められた魂は一つだった。監督は3部構成にした着想を侯孝賢監督の『百年恋歌』から得たと言っている。

最後にシャロンがケヴィンに伝えた彼の真実。その痛々しさに強く胸が打たれ、見終わって大きな余韻の輪が心に広がった。かつて、ゲイの少年が成長する姿をこんな風に描いた作品があっただろうか。『Fence』と対をなす2016年を代表する傑作として本作を推薦したい。

上映時間:1時間51分。
シアトルはSundance Cinemas Seattleで上映中。

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ポジティブなメッセージが伝わる 『Hidden Figures』

『Hidden Figures』
(邦題『ヒドゥン・フィギュアズ』

© 20th Century Fox

米国初の有人宇宙飛行計画、マーキュリー計画に関わったアフリカ系女性計算手らの奮闘する姿を描いた伝記映画。アカデミー賞の作品賞にノミネートされ、大ヒット上映中の作品だ。

1961年有人宇宙飛行でソ連に遅れをとったNASAの前身NACA(全米航空諮問委員会)は、宇宙競争の真っ只中。グループの長アル(ケヴィン・コスナー)は所内で才能ある者を集めており、その一人に数学に優れた才を持つキャサリン・ジョンソン(タラジ・P・ヘンソン)がいた。彼女はNACAのアフリカ系女性計算手だけで組織された部門から、エンジニアのメアリー・ジャクソン(ジャネル・モナエ)と共にアフリカ系女性としては初のグループへの参加を果たした。しかし、部門に残った事実上のリーダー、ドロシー・ボーン(オクタヴィア・スペンサー)は、昇進も昇給も認められずにいた。

作家マーゴット・リー・シェタリーが著した同名ノンフィクションの映画化で、もちろん実話。舞台は「有色人種」はトイレもカフェテリア、コーヒーポットも別々、という宇宙飛行を目指す場とは思えない差別がまかり通っていた時代。そんな状況の中で、機会を与えられた3人の女性を中心に、彼女たちが差別の中で、それぞれの能力を発揮していく姿を描いていく。

ジョンソンが重いノートを持って、有色人種用トイレのある施設まで走る姿が何度も登場し、彼女らの置かれた状態の大変さが描かれるが、焦点は差別待遇よりも彼女のがんばる姿にあるので、作品のトーンは明るく快活。ポジティブなメッセージがストレートに伝わってきた。

アフリカ系女性の部門で与えられた仕事だけをしていたジョンソンは、「コンピュータ」と呼ばれ、IBMが導入されると解雇予定の使い捨て要員だった。もしこの抜擢がなけば、彼女の才能は埋もれたままだったろう。また機会を与えられても、上司の妨害や差別待遇のストレスを跳ねのけねばならない忍耐力が必要なことなど、本作を通して人種に限らず、差別の持つ非人間性や無意味さが分かりやすく描き出されていた。

ちなみに、ジョンソンは1953年から退職する86年まで宇宙開発に携わり数々の功績を残した。現在98歳。健在である。映画化に際して「なんで私のことなんか映画にするの?」と聞いたという。淡々と数式を説き続けた彼女らしい発言という気がした。

上映時間:2時間7分。シアトルはシネコン等で上映中。

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夢を追う 『La La Land』

『La La Land』

ミュージカル映画を観て、ワクワクと胸が湧き立つ体験を何度もした。『雨に歌えば』『パリのアメリカ人』『バンドワゴン』などハリウッド黄金時代を飾ったミュージカル映画の数々。本作はロサンゼルスを舞台に、売れないジャズ・ピアニストと女優の卵の出会いを描いたロマンチックなミュージカル作品で、歌も踊りも、作品のスケールも、先達の足元にも及ばない出来栄えではあるが、なぜか観るものを魅了する力があった。

まず冒頭のハイウェイのシーンでハートを掴まれた。渋滞した路上に数珠繋ぎになった車の間をぬって、歌い踊る人々をワンカットで一気に見せるシーン。軽やかな歌と複雑に構成されたダンス・ルーティーンを100人のダンサーらが見事に踊りきり、「これぞミュージカル!」の気概を見せるスタートだ。
そして、シーンの最後に主人公の二人、オーディションに向けてセリフの練習をするミア(エマ・ストーン)と、渋滞にイライラするセバスチャン(ライアン・ゴズリング)がそれぞれの車中にいて…。

その後、恋に落ちた二人は、甘く美しい時を分かち合い、見つめ合ううちに思わず歌い、踊り出す。ミュージカル映画の王道を行くたシンプルでドリーミーな物語だ。映画ファンならカラフルな衣装に『シェルブールの雨傘』を、ビタースィートなエンディングに『ニューヨーク、ニューヨーク』を思い出すかもしれない。本作は今や絶滅してしまったミュージカル映画への憧憬が
溢れている。

脚本・演出は『セッション』のデミアン・チャゼルで、32 歳の気鋭映画作家で、素晴らしい音楽の数々はチャゼルの大学同級生ジャスティン・ハーウィッツ。二人は現代を舞台にしたミュージカル映画を作ろうと奔走し、何度も挫折。14年の『セッション』の成功を得て、ようやく本作の製作が可能になった。そんなバックストーリーは、主人公ふたりの姿と重なる。

本作のためにピアノを特訓したゴズリング、ダンスの特訓を続けたストーン、共に健闘しているものの、歌も踊りもプロ級と言えない。だが、夢を追い続ける不器用な二人の真剣さはしっかりと伝わった。

本作は、ゴールデン・グローブ賞で作品賞を始め7部門で受賞後、アカデミー賞では『タイタニック』に並ぶ14部門でのノミネーションを獲得。本作でまだ3作目の新進チャゼル監督、夢の街ラ・ラ・ランドで夢を実現した人の一人と言えるだろう。

上映時間2時間8分。
シアトルはシネコン等で上映中。

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厳しい差別を生きた男の頑なさ 『Fences』

『Fences』
(邦題『フェンス』)

©️Paramount Pictures

劇作家オーガスト・ウィルソンの傑作舞台劇の映画化で、文句なしに2016年のベストワンにあげたい作品。主演は2010年に舞台でも同じ役を演じたデンゼル・ワシントンで、彼が久しぶりに監督もしている。

舞台は1950年代のピッツバーグ、清掃作業員のトロイ(ワシントン)は、彼を愛する優しい妻ローズ(ビオラ・デイビス、舞台でも同役を演じた)と慎ましく幸せな暮らしを送っている。そんな彼だが、息子たちとは対立を抱えていた。前妻との間に生まれたジャズプレイヤーのリオン(ラッセル・ホーンズビー)、そしてフットボール選手として大学からスカウトが来ているコーリー(ジョヴァン・アデポ)、彼はこの二人の夢をことごとく打ち砕いていたのだ。

音楽やスポーツなど先は見えている、地道な仕事を見つけろと主張する彼だが、その言い方には親の苦言を超えた激しさがあった。

かつて野球選手として活躍したトロイ。アフリカ系はメジャーでプレイできないという人種差別の時代に夢を砕かれた。日々清掃車に乗り、テレビすら買えない暮らしの中で家計を支えてきた彼には「何も信じない、夢など叶わない」という外界へのフェンスが作り上げられていた。

公民権運動が生まれる寸前に時間軸を合わせ、厳しい差別を生きた過去から抜け出せない男の頑なな生き方がくっきりと描き出される。見事としか言いようのない主人公トロイの造形と、饒舌な彼がまくし立てる屁理屈、ジョーク、皮肉、そして妻への甘い言葉の数々。その一言一言がワシントンから発せられる時、それはジャズでありブルースであり、音楽のような旋律を持って見るもの心に突き刺さってくる。今さらだが、彼の名優ぶりに瞠目した。いや名演は彼に限らない、夫を支えた妻を演じたディビスも、年長の清掃員を演じたスティーブン・マッキンレー・ヘンダーソンもみな素晴らしかった。

そんな彼らの名演を生み出した、優れた戯曲の持ち得る力を痛感した。言葉が生きて躍動し、嘘臭くも古臭くもならない奇跡。筆者には父権制社会の中で父性を押しつぶされたアフリカ系の男たちの慟哭が聞こえた。舞台の初演は87年でピューリッツァー賞、トニー賞、NY批評家協会賞などを受賞している。

米映画界はCGアクション映画が席巻しているが、そんな現状の中で意味深いドラマとして強い光を放つ本作。ぜひ映画館に足を運んで名作、名演の何たるかを体験してほしい。

上映時間:2時間19分。
シアトルはAMC系シネコンで上映中。

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シリーズ初めての観客も楽しめる 『Rogue One: A Star Wars Story』

『Rogue One: A Star Wars Story』

©Walt Disney Studios Motion Pictures

『スター・ウォーズ』シリーズのスピンオフ作品で、タイムラインは『スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望』の寸前。宇宙は帝国軍の闇に包まれ、反乱軍が反撃を狙っていた頃、拠点デススターの設計図を奪うために数人のローグ(ごろつき)が帝国軍に挑む。

スカイウォーカーもハンソロも登場する以前で、中心人物はデススターを設計したゲイレン・アーソ(マッツ・ミケルセン)の娘ジン(フェリシティ・ジョーンズ)と、彼女を助ける4人の男たち(ディエゴ・ルナ、ドニー・イェン、チアン・ウェン、リズ・アーメッドイ)と辛口のドロイドK-2SOで、ジェダイは登場しない。つまりはヒューマン・パワーで、この困難な戦いに挑んだ者たちの物語である。

ジェダイの登場しない作品は本作が初めてだが、『新たなる希望』に出ていた人物や戦闘機も当時のままで登場というファンサービスは徹底している。監督は14年の『Godzilla』をヒットさせたギャレス・エドワーズ。

驚いたのは帝国軍の将軍を演じた故リチャード・カニングハムが出ていたこと。彼に似た俳優を使い、その後CGで処理したようだ。高齢の俳優のシワを消して若い頃の顔を作り出すCG処理は何度も見ていたが、今や死んだ俳優も生き返らせることができるようになった。これについては倫理的疑問が投げかけられている。

特筆したいのは、主人公がシリーズ初の女性であることと、脇の俳優たちの国際性と多彩さ。デンマーク人のミケルセンに始まり、メキシコ人のルナ、パキスタン系英国人のアーメッドイ、イェンとウェンは中国人で、ゲリラ戦士にフォレスト・ウィテカーなど、人種的多様性を重視したキャスティングになっていた。スピンオフだからこそ出来た配役で、白人ばかりの77年『新たなる希望』と比べると隔世の感がある。ファンサービスに徹しているが、スピンオフなのでシリーズ全部をフォローしていない観客も楽しめる内容で、それが功を奏してか16年の興行成績第2位を記録、『スター・ウォーズ』強しを証明した。ちなみに15年に公開された『スター・ウォーズ /フォースの覚醒』は全世界で2兆ドルを稼ぎ出している。

これら全てを配給したのはディズニー。今やピクサーやルーカスフィルム、マーベルコミックを傘下に収め、16年に大ヒットした作品の大半を配給した。ディズニー、映画界の帝国軍という趣ではないだろうか。

上映時間:2時間13分 
シアトルはシネコン等でスタンダード、3D両バージョンで上映中。

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島を救う果敢な少女の物語 『Moana』

『Moana』
(邦題『モアナと伝説の海』)

©Walt Disney Studios Motion Pictures

ポリネシアを舞台にした大ヒット中のディズニー・アニメだ。主人公は海と深い関わりを持つ村のチーフの娘モアナ(アウリイ・クラヴァーリョ)。大きな瞳に褐色の肌、ふっくらとした体型が愛らしい少女だ。ある時、彼女の島の植物が枯れ、魚が消えるという生存の危機が迫ってくる。祖母(レイチェル・ハウス)から島民の歴史を聞かされたモアナは、島を救うため一人で航海へ。島の呪いを解く力を持つ半神マウイ(ドウェイン・ジョンソン)を見つけ出し、彼と共に危険な冒険の旅を始める。

吸い込まれそうな青い南太平洋の海を背景に、賢く果敢な少女と動く刺青を彫った半神が歌い、笑わせ、軽妙なアクションを見せてくれる上出来のアニメ。娯楽作品としては、文句のつけようがないが、ポリネシアの人からは、島々によって異なる伝説をゴチャ混ぜにしているという指摘も出ている。

ディズニー側は、これまでで最も現地の文化や伝統に忠実に作るべく取材し、多くの現地アドバイザーが参加して製作したと言い、確かに着衣などのディテールはよく描けていた。しかし、何人現地アドバイザーがいたとしても、作り手はディズニー。文化やジェンダーに細心の配慮をするのは、当たれば莫大な利益になるアニメ商品を作っていたからだろう。

本作が『風の谷のナウシカ』の物語とよく似ていると思ったら、監督の一人のジョン・マスカーは、ジブリのヒロインに強く影響を受けたと言っていた。だが、ナウシカとモアナは、似て非なる主人公だ。モアナの決して凹まない快活さには、果敢な少女の最大公約数的イメージが凝縮されている。つまり、誰がみても好感度抜群なのだ。それに比べてナウシカにはどこか悲痛な懸命さがあり、個性があった。それは宮崎駿という作家の想像力の中で醸成された少女の像であり、アドバイザーなどとは無縁に造形されものだ。本作は見ていて実に楽しいし、ホリディシーズンを彩る娯楽作品をクサすつもりもないが、感動という体験から遠いのは、こうした作られ方の違いがあるからなのかもしれない。

ポリネシアの少女と言えば、2002年のニュージランド映画『クジラの島の少女』がある。感動とはこういう映画を見て体験するものではないだろうか。

上映時間:1時間43分。シアトルはシネコン等でスタンダード、3D両バージョンで上映中。

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愛のための闘い 『Loving』

『Loving』

©Focus Features

1958年のバージニア州。アフリカ系のミルドレッド(ルース・ネッガ)と白人のリチャード(ジョエル・エドガートン)が恋に落ちた。だが、二人が暮らす州では異人種間の結婚は禁止。彼らはワシントンDCで結婚後、バージニア州内で新生活を始め、ミルドレッドは妊娠した。そんなある晩、警官が夫婦の寝室に現れ、二人を逮捕した。異人種間結婚の罪を犯したからだ。刑務所行きを逃れるため、二人は罪を認め、25年間の州外退去を受け入れることに。

本作は、この夫婦が1967年に最高裁で同法の違憲を勝ち取るまでを描いた実話である。だが、9年間にわたる公判の経緯をたどる法廷ドラマなどではなく、長く厳しい道のりを耐え抜いた夫婦のドラマとして描かれている。タイトルのLovingは夫婦の姓であり、本作のテーマだ。

脚本・監督は『MUD マッド』で注目を浴びたジェフ・ニコルズ。今春公開された秀作『ミッドナイト・スペシャル』では切ない親の愛を描いたニコルズが、本作では夫婦の愛をじっくりと描き出し、前作に引けをとらない優れた作品を生み出した。彼の作品群の中では拍子抜けするほど静かな物語で、南部の人種差別を描いた映画作品だが、銃撃や焼き討ちなどの暴力も一切描かれない。脚本を書くにあたって2012年の同夫妻を描いたドキュメンタリー映画『The Loving Story』を参考にし、法廷論争などの派手さを退け、できる限り夫妻の実像と日常に忠実な内容を心がけたという。

ひんぱんに描かれる3人の子どもたちの姿。小首を傾げて静かに語るミルドレッドと黙々と建築現場で働き続ける無骨なリチャード。主演二人の好演もあり、彼らの平凡な日常描写を通して、二人が守ろうとしたものがしっかりと伝わる。

離婚を勧める友人に「自分は絶対に離婚しない」と言い切るリチャード。逮捕時は恐れおののくだけだったミルドレッドは、年を経るごとに芯の強さを持ち始め、ついにケネディ司法長官に手紙を書いて、違憲裁判のきっかけを作っていくのだ。後年、歴史的な判決を勝ち取った彼女は「わたしたちは、法律を変えるために闘ったのではなく、愛のために闘っただけ」と発言している。歴史を変えてきたのはこういう人たちなのかと、目の覚める思い。大統領選後のショックから少しだけ抜け出せた気がした。

上映時間:2時間3分。シアトルはLandmark系のTheatre で上映中。

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幽体離脱するスーパーヒーロー 『Doctor Strange』

『Doctor Strange』
(邦題『ドクター・ストレンジ』)

Walt Disney Studios Motion Pictures
Walt Disney Studios Motion Pictures

『アヴェンジャーズ』などを生み出したマーベル・コミックのスーパーヒーローの一人がドクター・ストレンジだ。このラインの映画化は増え続け、今やハリウッド映画はスーパーヒーローものオンパレード。興行的にも大成功が続いている。本作もその流れの一つだが、この主人公は異色で、目を見張る特撮映像と適度なユーモアと共にかなり楽しめる作りになっていた。
天才的な脳神経外科医スティーブン・ストレンジ (ベネディクト・カンバーバッチ)が交通事故に遭い、手が自由に使えなくなった。絶望のどん底で、チベットに奇跡的な治療法があることを知り、カトマンドゥへ向かう。そこで本物の魔術を使うエンシェント・ワン(ティルダ・スウィントン)と出会い、厳しい修行の末にストレンジは3次元世界の常識を超える超常能力を身につけていく。
医師として論理的世界しか信じなかった主人公に、手が動かない理由はマインドにあると諭すエンシェント・ワン。彼女に「目を開け」と言われ、胸をひと突きされると、彼の肉体から幽体が飛び出す。幽体離脱を通して驚異的な異次元世界を体験した彼は、兄弟子バロン・モルド(キウェテル・イジョフォー)に導かれ、傲慢だった自分のあり方を振り返っていく。
『マトリックス』を彷彿とさせる意識覚醒の物語が前半で描かれ、後半はエンシェント・ワンの高弟で奥義を書いた文書を盗んだカエシリウス(マッツ・ミケル)らが使う3次元を歪める魔術との対決へと展開していく。
この映像が素晴らしかった。『インセプション』で初登場したパリの街が上下へと動き出す特撮技術がさらに進化した形で、ニューヨークの摩天楼が上下左右に動き出してエッシャーの絵画のような世界が生まれ、その中を魔術師らが縦横無尽に動き回るのだ。ワクワクする映画体験であった。
監督はホラー映画を多く手がけてきたスコット・デリクソン、製作者のケヴィン・ファイギは『マトリックス』のファン自称。意識の覚醒に関心のある人は楽しめるかもしれない。
カンバーバッチを始めメインに欧州の実力派俳優を配して、作品を引き締めていたように思うが、チベットの魔術師役に白人女性を配したのはいかがなものか。とはいえ、平然と人種差別を口にするドナルド・トランプが大統領になる米国の一面の本音を知れば、何をか言わんやである。

上映時間:2時間31分。シアトルはシネコン等で2D、3D両バージョンで上映中。

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空を飛ばないスーパーヒーロー 『The Accountant』

『The Accountant』
(邦題『ザ・コンサルタント』)

©Warner Bros. Pictures
©Warner Bros. Pictures

自閉症児が成長し、数学に天才的才能を持つ公認会計士になった。表向きは地味で平凡な町の会計士だが、本職は犯罪組織のフリーランス会計士として莫大な報酬を得、しかも凄腕のスナイパー、殺しのエキスパートでもあった。
ベン・アフレックが主人公の会計士クリスチャン・ウルフに扮したアクション・サスペンス作品だ。他者とのコミュニケーションに障害を持つ男が犯罪組織の会計士という設定がユニークで、彼がどのように危険な犯罪者らと仕事をするのか、想像しただけでも充分興味深い物語が書けたように思うが、殺しのエキスパートという側面も加えたために、かえって面白味に欠けてしまったように思う。
導入部で描かれる自閉症児だったウルフの辛い子ども時代。母の家出や軍人だった厳しい父に格闘技を仕込まれた過去を経て、細部へのこだわりの強い日常を送るウルフの孤独な日々と、そんな彼と犯罪組織との関係を追う財務省犯罪捜査部のキング(J・K・シモンズ)らの動き。同時にウルフはロボット工学企業の会計改ざん調査を請け負い、経理担当のダナ(アナ・ケンドリック)に親しみを感じていくが、真相究明が近づくと調査打ち切り。ウルフとダナに危険が迫り、暗殺組織との銃撃アクションが繰り広げられ……。ハードボイルドかと思うとコミカルだったり、ロマンチックだったり、凸凹したトーンに鑑賞疲れを感じた。

見終わってみるとコミック・アクションのジャンルの作品と合点がいった。大富豪のバットマン、数学の天才アカウンタント、空を飛ばないだけで盛りだくさんなフォーマットは同じ、だからバットマンを演じたアフレックが主演したのかと妙に納得してしまった。
オリジナル脚本は『ジャッジ 裁かれる判事』のビル・ダビューク。監督はギャヴィン・オコナー、秀作『ウォーリアー』や『プライド&グローリー』など兄弟の確執を描いた作品を2作監督している。本作にも主人公の弟が登場するが、盛りだくさんな要素の一つという物足りなさがあった。
謎を残すエンディングは次回作を予想させるが、もし作るのなら、ぜひ数字の天才と犯罪組織とのミスマッチなやり取りを描いて欲しい。

上映時間:2時間8分。シアトルはシネコン等で上映中。

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江戸を生きた若い女絵師 『Miss Hokusai』

『Miss Hokusai』
(邦題『百日紅~ Miss HOKUSAI ~』)

©GKIDS
©GKIDS

天才絵師、葛飾北斎をして「余の美人画は、お栄に及ばざるなり、お栄は巧妙に描きて、よく画法にかなえり」と言わしめた彼の三女お栄。絵師として父の代筆をしていた23歳の頃のお栄(杏)が、父(松重豊)と居候善次郎(濱田岳)と暮らす日々を背景に、葛飾一門の自由な気風に憧れる新進絵師、歌川門下の国直(高良健吾)が登場したり、不可思議な幽霊話や色街での一夜などのエピソードを散りばめた江戸情緒豊かな大人向けアニメ作品だ。
太い眉に、自分を俺と呼ぶぶっきらぼうな性格、およそ「娘らしく」ないお栄の、偉大なる絵師である破天荒な父とのデリケートな関係、目の不自由な妹への優しい思いやりなどを丁寧に描きつつ、江戸という時代をキリリと生きた一人の若い女性像が見事に描き出され秀逸だった。
原作は1983年から4年間連載された杉浦日向子の名作漫画『百日紅』で、監督は原恵一。『クレヨンしんちゃん』『河童のクゥと夏休み』などをヒットさせてきた人で、『百日紅』は連載当時から魅了されており、映画化は念願だったようだ。アニメ制作は日本のTVアニメなどを数多く作ってきているProduction I.G、脚本はベテラン丸尾みほだ。
本作を通して、お栄にダブルように見えてきたのが、生みの親である杉浦日向子の存在感。時代考証を専門的に学び、浮世絵からイメージした漫画作品で注目を浴び、漫画以外にもエッセイ、小説など多くの著作を残している江戸文化のエキスパート。江戸時代、女たちはどんな風に着物を着ていたのかを正確に再現した描写など多くの功績がある。05年に46歳で逝ったことが惜しまれてならない。
またこの機会に、父北斎の死後、葛飾応為として画業を続けたお栄の作品にもに触れてみてはどうだろうか。父の言う通り美人画に生き生きとした画才を発揮し、夜の景観『夜桜美人図』『吉原夜景図』など浮世絵としては珍しい光を取り入れた幽玄な傑作がある。
才能豊かな女性作家が再現した女絵師の物語、ジブリ以外にも優れた日本アニメがあることを再確認させてくれた。

上映時間:1時間33分、英語字幕付き。
シアトルはSIFF Cinema Uptownで28日から11月3日まで上映予定。

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頑固で不機嫌な孤老のコメディ 『A Man Called Ove』

『A Man Called Ove』
(邦題『幸せなひとりぼっち』)

©Music Box Films
©Music Box Films

最愛の妻に先立たれ失意のどん底にいる頑固な老人を主人公に、信じられないような傑作コメディが生まれた。スウェーデンで大ベストセラーになったフレドリック・バックマンの同名小説の映画化である。
公共住宅に何十年も住む59歳のオーヴェ(ロルフ・ラスゴード)が主人公。彼は自ら課した住宅地内の安全整備を点検する仕事を毎日欠かさず、異変があれば住民に注意する、という迷惑な頑固オヤジ。45年勤めた会社をクビになったばかりで、半年前に逝った妻の墓参りでは、後を追う約束をしていた。
いよいよ実行の時、窓から異変が見えた。
隣りに越してきた若い夫婦が無茶な駐車をしているのだ。思わず下手な駐車を注意しつつ、彼らを助けるはめに。以来、この賑やかな一家と親切でお節介な若い妻がをオーヴェの生活を乱し始める。
必ず中断されてしまうオーヴェの自殺とそのたびに回想される彼の過去。滅多に笑うことがなかった優しい父、やや偏屈だった彼を丸ごと愛してくれた妻との出会い、その後の幸福な暮らしとある事件。彼の回想と日常に持ち込まれるトラブルを通して、彼の心の変化が描かれていく。
「スウェーデン人なら車はサーブ」というオーヴェと、ボルボにしか乗らない親友である隣人との意地の張り合いなど、頑固オヤジらしいエピソードもたっぷり。人生に起きる悲劇と喜劇を絶妙に前後させながら、雲がすこしづつ晴れ山の全体像が見えていくように、オーヴェの人生が見えていく優れた演出で、2時間足らずで一人の男の生涯を垣間見た気にさせられた。監督・脚本を担当したハンネス・ホルムは、大ヒット小説の映画化にやや気おされたと謙虚なコメントをしていたが、これぞ映画演出のお手本と言える。
オーヴェは地域の安全監視を一人でやっていた訳で、かつてはどんな町内にも一人くらいそういう人がいたのかもしれない。原作のヒットの影には孤老を生かす地域コミュニティへの渇望のようなものある気がした。だが現実はカメラが私たちの暮らしを監視し、孤老を生かす道は荒れたまま。本作を見て泣いたり笑ったりしながら、「見果てぬ夢」という思いがよぎったことも確かだった。

上映時間:1時間56分。シアトルは25日よりLandmark’ s Guild 45th Theatreで上映中。

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「ヒーロー」の実像 『Sully』

『Sully』
(邦題『母よ』)

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2009年1月、USエアウェイズの旅客機がニューヨークのハドソン川に不時着した。あの奇跡的事件のその後に焦点を当てたスリリングなドラマで、監督は米国映画界の名匠の一人クリント・イーストウッドだ。
物語は不時着に成功、搭乗員を含めた155名全員の生存が確認された数時間後から始まる。国家運輸安全委員会が、機長チェズレイ “サリー” サレンバーガー(トム・ハンクス)と副機長のジェフ・スカイルズ(アーロン・エッカート)を呼び出し、空港に戻らず着水を選んだことに疑問を投げかけたのだ。コンピュータのシュミレートでは空港に無事戻れたとの結果、また機長らが主張する両エンジン停止も証明されず、サリーらは危険で無謀な選択をしたとの疑惑を追及され、窮地に追い込まれる。
サレンバーガーの著書を元に、トッド・コマーニキの脚本で再構成された「その後」から始まる物語。厳しい追及が続く査問会で、断固たる意見を主張するサリー。物語はレコーダーに残された不時着までの数分の再現を通して最高潮に達していく。
96分という短い時間で過不足なく見せてくれた事件のあらまし、その無駄のない演出は、86歳のイーストウッド監督の最良作の一つと言えるだろう。
また主演のハンクスも適役だった。ヒーロー好きの米国人にとって、事件は「ハドソン川の奇跡」と呼ばれ、サリーは瞬く間にヒーロー扱いされていたが、本作のサリーは違っていた。常に冷静沈着、自身の仕事に自信をもつプロで、仕事と家庭を大切にするどこにでもいる人、どこかハンクスのイメージとも繋がる。
最後に、査問会で偉業を讃えられたサリーが、自分だけでなしえた偉業ではなく、沈着に行動した搭乗員や駆け付けた船の素早い救助など、この奇跡を支えた多くの人がいたことを指摘する。それは謙遜ではなく、事実だったのだろう。
彼は著書の中で、事件がリーマンショック直後に起きて、皆人々が人間の強欲さやエゴに辟易としていた時期に、皆が力を合わせた救出劇があったことは人間への信頼を回復する機会になった、というようなことを書いている。確かにそうだった。サリーは、慧眼の人でもあったようだ。

上映時間:96分。シアトルはシネコン等でスタンダード、IMAX両バージョンで上映中。

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風化する暗い過去に立ち向う 『The People Vs. Fritz Bauer』

風化する暗い過去に立ち向う
『The People Vs. Fritz Bauer』
(邦題『アイヒマンを追え!』)

©Cohen Media Group
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1957年のドイツ、検事長のフリッツ・バウアー(ブルクハルト・クラウスナー)の元に一通の手紙が届いた。ブエノスアイレスに元ナチス親衛隊アドルフ・アインヒマンが潜んでいるというのだ。アイヒマンはユダヤ人数百万を強制収容所へ送った男で、戦後行方をくらましていた。だが、国も法曹界もナチの過去を忘れたいというムードに覆われ、犯罪追求への意欲を失い始めていた。しかし、ユダヤ人として長年国外亡命を余儀なくされたバウアーは、追求の手を緩めなかった。
実話を元にした劇映画で、ドイツ映画賞の作品・監督賞など6つの賞を得た力作だ。物語は、戦後12年、薄れていくナチ犯罪への関心に対して、執念を燃やすバウアーが、若い検事カール(ロナルト・ツェアフェルト)と共に、イスラエルの諜報機関モサッドとも手を組み、アインヒマンを特定していく様子をサスペンスフルに描いていく。その過程で、カールを通して同性愛行為を犯罪とする当時の法律のあり方も描かれ、時代の特質が立体的に浮かび上がって興味深い。監督・脚本はテレビで長い経歴を持つラース・クラウメだ。
ドイツでは、ここ数年アイヒマン裁判(『ハンナ・アーレント』『アイヒマン・ショー』)やアウシュヴィッツ裁判(『顔のないヒットラーたち』)に題材を取った秀作映画が作られている。ドイツの暗い過去と向き合おうという作品群で、本作もその一つ。バウアーの孤独な闘いを通して、古い傷は早く忘れたいという当時の空気がよく伝わってきた。
同時に、本作を見ながら、瞬く間に風化していく福島原発事故のことを思った。嫌なことは早く忘れたい、というのが人の常なのか。しかし、福島の子どもたちに甲状腺癌が増えている。起きたことをなかったことにすることはできない。
最後に、私怨でナチを追ったのではないバウアーの信念が伝わる言葉を引用したい。「我々の過去との和解は、我々自身を、我々の社会に潜む危険な要素を、とりわけ冷酷な非人間性全てを法の審理にかけることを意味する」

上映時間:1時間41分。シアトルは2日からLandmark’s Seven Gables Theatreで上映中。

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母を見送る 『Mia Madre』

『Mia Madre』
(邦題『母よ』)

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©Music Box Films

良いことなしの最悪の状態でも、目を開けば人生には必ずおかしみも喜びもある、そんなささやきが聞こえてくるような映画だった。
マルゲリータ(マルゲリータ・ブイ)は映画監督。新作映画の撮影中だが、入院した母アーダ(ジュリア・ラッツァリーニ)の容体が思わしくない。恋人とは別れたばかりで、元夫と暮らす娘も反抗的。頼りになるのは、仕事を辞めて母の看病をしている兄ジョヴァンニ(ナンニ・モレッティ)だ。問題山積の撮影現場と病院を行き来する生活の中で、母の容体は徐々に重くなっていく。
責任ある仕事を抱え、最愛の母の死を覚悟しなければならなくなった主人公の波打つ心の動きを描きだしたイタリア映画だ。厳しい試練に直面した女性の物語だが、米国人俳優バリー(ジョン・タトゥーロ)の愛嬌のある傍若無人ぶりがコミカルで、重苦しさを感じることがなかった。バランスある巧みな演出だ。
監督は兄を演じたモレッティで、しばしば自作品に俳優として出演する。初期作品はコミカルで突飛な演出が目立ったが、本作ではそんな特質が落ち着いた彼らしい作風として定着した感がある。本作でカンヌのエキュメニカル審査員賞を受賞した。
忙しいマルゲリータの日常の中に、過去の出来事や夢を差し込んでいくのでやや混乱するが、次第にそれが主人公の均衡を失った心の状態なのだと合点がいく。こんな状態で映画一本を完成させるなんて並大抵なことではないはずで、よく耐えていると感心させられた。
きっとモレッティ監督の自伝的な内容なのだろう。主人公が女性になったことで感情体験が豊かに描かれたように思う。大人の色香があり、癇癪持ちだが芯が強い、弱さと強さを併せ持つマルゲリータを、ナチュラルに演じたブイの名演が本作の見どころと言えるだろう。この役でイタリアのアカデミー賞、ダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞の最優秀主演女優賞を受賞した。
悲しみと虚脱、納得と安堵……。彼女の顔を映すラストシーンは、観るものの心を豊かに満たしてくれた。

シアトルは9月9日からSeven Gables Theatreで上映開始予定。
上映時間:1時間47分。

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科学性よりもアクション Star Trek Beyond

『Star Trek Beyond』
(邦題『スター・トレック Beyond』)

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©Paramount Pictures

シリーズ13作目、09年のリブート以来3作目に当たる本作。監督が人気復活を果たした立役者J・J・エイブラムズから、ジャスティン・リンへとバトンタッチされ、前2作とは違う作品に変貌していた。
カーク艦長( クリス・パイン)率いるU.S.S.エンタープライズ号は、宇宙の人工巨大都市ヨークタウンで上陸休暇を取っていた。そんな艦長の元に星雲に閉じ込めらた仲間を助けて欲しいという生存者が現れ、カークらは救助に向かう。ところが、星雲に近づくと群れをなす戦艦から猛攻撃を受け、エンタープライズ号は破壊され、近くの惑星に墜落。ウフーラ(ゾーイ・サルダナ)とスールー(ジョン・チョー)ら多くの乗組員は謎のエイリアンの捕虜となり、惑星に不時着した艦長スコッティ(サイモン・ペグ)、副艦長スポック(ザカリー・クイント)、医師マッコイ(カール・アーバン)らは互いを探し、惑星から全員脱出の道を探る。
米では66年からTVで放映が始まり、トレッキーと呼ばれる熱烈なファンを生んできたシリーズ。人気の秘密はNASAに考証を依頼するほどの科学性、近未来性など織り込んだ凝った内容だろう。本シリーズで宇宙への夢を広げた団塊世代も多かったはずで、50年を経た今でも新たなファンを掴み続けている傑作SFドラマだ。反面、宇宙科学や天体物理学などに関心の薄い層にはやや難解、『スター・ウォーズ』などと比べると天体オタク好みという側面もあった。その問題点を打開して、誰にでも楽しめる作品にという狙いで製作されたのが本作で、脚本もロベルト・オーチーらからサイモン・ペグらに変わり、コミカルで科学性よりも宇宙での攻防アクションをスピーディに見せる作品となっている。
『ワイルド・スピード』シリーズでアクションの演出に冴えをみせたリン監督らしく、特撮を駆使した宇宙での攻防戦は切れが良く、見応えたっぷり。大画面でみるヨークタウンの壮大さを捉えた映像には、未来世界への夢を掻き立てるものがあった。だが、トレッキーたちはどう受け止めただろう。「これでは『アベンジャーズ』『Xメン』シリーズとどこが違う?」という声も聞こえてきそう。科学性の希薄な『スター・トレック』は『スター・トレック』と言えないのかもしれない。

上映時間:2時間。シアトルはシネコン等でIMAX 3D、3D、2D各バージョンで上映中。

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海街diary

海街うみまちdiary』
(英題『Our Little Sister』)

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鎌倉の古い家を舞台に、四姉妹の一年の暮らしを丁寧に描きながら、今を生きる若い女性たちが一つの家族になっていく成長の姿を追い、去年の日本アカデミー賞の最優秀作品賞、監督賞、撮影賞など四賞の他、多くの映画賞を受賞した作品。
香田家の三姉妹、幸(綾瀬はるか)、佳乃(長澤まさみ)、千佳( 夏帆)の元に、異母妹すず(広瀬すず)がやってきた。すずは、14年前に家を出て以来音信不通だった父が再婚した女性との間に生まれた子。父が逝き、すでに母も亡くなっていたすずに「鎌倉に来て一緒に暮らさないか」と声をかけたのは長女の幸だった。
父の出奔後、母(大竹しのぶ)も三姉妹を置いて再婚。若い頃から母代わりをしてきたしっかり者の長女。そんな姉がやや煙たい男運の悪い次女と、のんびり屋の三女。そんな三姉妹の暮らしに温かく迎えられたすずが、異母姉らの気遣いと優しさに包まれて、少しづつ自分らしさを取り戻していく。
すずに香田家名物の「しらす丼」を食べさせ、彼女の反応を待つ三姉妹。何気ない日常の描写に若い女性らしい繊細な思いやりが描き出され、心地良い。反面、姉妹だからこその遠慮のない物言いもリアルで、姉妹を持つありがたさと厄介さがよく描き出されていた。
監督は『そして、父になる』などカンヌ映画祭常連の是枝裕和。自身のオリジナル脚本で撮ることの多い是枝だが、本作は吉田秋生の同名漫画に強く惹かれて監督が脚本を書き、映画化された。
是枝作品にはしばしば不在の者が登場する。デビュー作『幻の光』の夫、『歩いても…』の長男、そして本作の父。彼らの記憶を持ちつづける人々が作品の中心となり物語は語られる。幸は父の記憶と、その父を失った悲しみを分かちあえるすずと暮らそうと思い、すずを鎌倉に来るよう誘ったのだろう。気丈な頑張り屋、二人は驚くほどよく似ていた。ホームドラマの外見を通して、覗かせてくれた世界は深く、また爽やかでもあった。
春爛漫の桜、夏の花火など、海街鎌倉を瑞々しく捉えた瀧本幹也撮影監督の映像も素晴らしく、ぜひ劇場で堪能してほしい。

上映時間:2時間6分。シアトルは8月12日からSeven Gables Theatreで上映開始予定。

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