恋愛と言えばフランス映画、という思いを再確認させてくれた作品。しかも、カトリーヌ・ドヌーヴ、彼女の実の娘キアラ・マストロヤンニ、シャルロット・ゲンズブールが出ている。フランス映画ファンとしては見逃せない。 舞台はフランスの中都市。最終列車に乗り遅れたマーク(ブノワ・ポールヴールド)は、バーでシルヴィ(ゲンズブール)を見かけて声を掛ける。二人は人気のない夜の街を朝まで歩き語り合い、一週間後パリでの再会を約束する。ところが約束の時間にマークは現れなかった。 その後、ある偶然からマークはソフィア(マストロヤンニ)を助けることになり、二人の関係は婚約へと発展。が、彼がソフィアの母(ドヌーヴ)の家を訪ねた際、壁に飾られたシルヴィの写真を見て愕然とする。シルヴィはソフィアの姉だったのだ。 姉妹と一人の男との三角関係、ありふれた設定だが見せ方がフランス的、恋愛至上主義的に貫かれている。シルヴィもソフィアもマークに一目惚れして、それぞれに付き合っていた男とあっさり別れてしまうが、マークを演じたポールヴールドはコメディアン出身で個性的ではあるが、三角関係の中心にいる男とは思い難い風貌。ところが、姉妹共に逡巡ゼロの確信犯ぶりで、シルヴィに至ってはたった一度会っただけのマークとパリで会えなかったことが大きな打撃となり、よりを戻した恋人と米国へ出奔してしまう始末だ。 女が大好きなのだと自認するマークは女たらしでなく、自分の情熱に忠実な男。図らずも姉妹に惹かれてしまった自分の感情をたたみ込むことが出来ない。ソフィアとの結婚式にシルヴィが現れ、彼は怖れおののくが、怖れているものの正体は家族に対する秘密ではないのである。そして、母はそんな3 人の様子に何かを嗅ぎ取っていくが、静観を続ける。これが他国の映画なら、この母はきっと危険な三角関係に口出しするに違いない。 恋愛の情熱をモラルや家族などで縛ることはできない。本人にすら止めることはできない、という確信がフランス映画をフランス映画たらしめているのではないか。 その不変なる確信に呆れることもあるが、ファンもまたフランス映画への愛を止めることはできないのである。 監督・脚本は『王妃に別れをつげて』ブノワ・ジャコー 。 上映時間:1 時間46 分。シアトルは3日からSeven Gables Theatreで上映中。 [新作ムービー]
Author: 土井 ゆみ
後味の悪い生焼けのパイ『Serena』
大恐慌時代の1929年、ノースカロライナで材木業を営んでいたジョージ・ペンバートン(ブラッドリー・クーパー)は、旅先で颯爽と馬に乗る美しいセレナ(ジェニファー・ローレンス)に一目惚れ。結婚して彼女をノースカロライナへ連れ帰る。材木業者の娘だった自信家のセレナは、瞬く間に伐採場で一目置かれるようになり、ジョージもまた溺愛する彼女を仕事上の片腕と認め、二人で材木帝国を築き上げようと誓い合う。そんな二人に嫉妬と不審を抱いた共同経営者のブキャナン(デヴィッド・デンシック)はジョージの不正経営を利用して裏切りを目論む。 と、ここまではロマンス小説風に進んでくるのだが、次第に唐突な殺人や嫉妬劇が描かれて作品のトーンが大きくターン。主人公二人、とりわけセレナの性格が歪みはじめ、その極端さについていけないまま、醜い事件へと発展していく。物語が熟成していく時間と手間を省き、事件だけを次々と描いている感じがあり、後味の悪さはまるで生焼けのパイを食べさせられたよう。一体これはどういうことなのだろう? と首をひねってしまった。 人気俳優クーパーとローレンス3回目の共演という大きな注目度もあり、二人もそれなりに熱演。監督は『アフター・ウェディング』、『未来を生きる君たちへ』で世界的に注目を集めたデンマークのスサンネ・ビア。このキャストとスタッフなら絶対に失敗はないと誰もが思うハズだが、映画に「絶対」はないようだ。 ロン・ラッシュ原作の同名小説の映画化で、原作のあらすじを読んでいると、この本は、荒々しい開拓時代風の無法と腐敗、欲望が紛々とする内容で、主人公は豪胆なセレナである。映画ではセレナをやや悲劇のヒロインとして描こうとしたきらいがあるが、原作のセレナはしたたかな女で、夫ジョージも人殺しさえ厭わない荒くれた血の臭いのする男として描かれている。主演二人はそれぞれにミスキャストだったのではないかという気がした。また致命的だったのは台詞のまずさ。英語を母国語としない筆者ですら失笑してまうほど単純な台詞のオンパレードだった。 脚本は『K-19』のクリストファー・カイル。本作は12年に完成していたが、米国での配給会社が見つからなかったらしく、お蔵入りもありだった。それでも劇場公開があるというのはローレンスとクーパーのスターパワーで、製作費だけでも回収したいという目論見だろう。だが、公開が一番うれしくないのは熱演が浮いてしまった主演二人ではないだろうか。 シアトルは27日よりGuild 45th Theatreで上映予定。上映時間:1時間49分。 [新作ムービー]
『Birdman or (The Unexpected Virtue of Ignorance)』
第87回アカデミー賞の作品賞、監督賞など4賞を獲得したダーク・コメディで、映画好きには堪らない快傑作だ。全編をワンカットで撮影したように見えるという手法が話題となっているが、手法は手段であって目的ではない。凝った作りを通して、監督/脚本アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥは何を表現しようとしたのか。 主人公リーガン・トムソン(マイケル・キートン)は、20年前に映画『バードマン』でヒーローを演じて一斉を風靡した俳優。今はヒット作もなく下り坂にいる彼は、ブロードウェイで自らが演出/主演する演劇の上演に再起を賭けていた。しかし舞台裏はカオス。アシスタントの娘サム(エマ・ストーン)は元薬物中毒で危く、恋人の女優ローラ(アンドレア・ライズボロー)は妊娠、もう一人の女優レスリー (ナオミ・ワッツ)は初舞台で緊張しまくっている。しかも急遽呼んだ人気舞台俳優マイク(エドワード・ノートン)は我が者顏でふるまい、主演リーガンを完全に食ってしまう。果たして初演の幕は無事に上がるのか……。 強烈なエゴとかつての栄光に囚われた主人公は、分裂症を起こし、もう一人の自分の声をバードマンの声として聞き、さらに不安と焦りを募らせる。 そんな彼の心象を映し出す舞台裏の混迷、狭い劇場裏の通路を右往左往しながら物語は迷走していく。どこか息を止めている感覚のあるワンカットの効果は、この迷走感を表現するための手法なのだろう。気がつくと主人公と共に混乱と妄想の世界にいる感覚があった。 全力疾走の演技を見せる俳優らの競演も本作の大きな見どころ。かつて『バットマン』を演じたキートンや、気難しい俳優で知られるノートンらに実像に近い役柄を演じさせ、誰か一人でもトチッたら最初から撮り直しという厳しい撮影を課された俳優たちは、きりきり舞いさせられたに違いない。そのピーンと張り詰めた現場の空気がそのまま画面の緊張感となり、本作を極上の娯楽作品へと引き上げている。イニャリトゥ監督(『バベル』)は寡作だが、墨痕鮮やかな一筆描きを思わせる力強い作風が特徴的な人。 本作は彼らしい一筆描きの勢いを全編ワンカットで見せた作品で、彼にとって一つの到達点となる作品と言えるだろう。 昨年の『ゼロ・グラビティ』に続いて2年連続で撮影賞を受賞した撮影監督のエマニュエル・ルベツキの才能も特筆したい。狭い空間で撮られているのにカメラの存在を感じさせなかった。メキシコ出身、監督と共にメキシコ映画人の底力を印象づけている。 上映時間:1時間59分。シアトルはシネコン等で上映中。 [新作ムービー]
時代を映した姉妹愛『Beloved Sisters』
ゲーテと親交のあったドイツの詩人フリードリヒ・フォン・シラーと妻、彼女の姉という実在した3人のユニークな愛を描き、今年のアカデミー外国映画賞にドイツからエントリーされた作品だ。 舞台は18世紀のドイツ、ワイマール。父の死後、貧窮した貴族レンゲフェルト家では、家族のために姉カロリーネ(ハンナー・ヘルツシュプルング)が愛のない結婚をしていた。母は、妹シャルロッテ(ヘンリエッテ・コンフリウス)にも裕福な結婚相手を探していたが縁談はまとまらず、シャルロッテは貧しい詩人フリードリヒ(フロリアン・シュテッター)と出会い、淡い恋こごろを抱く。妹思いの姉カロリーネは、そんな妹を見かねて2人の橋渡しをするが、文学好きな姉も優れた詩を書くフリードリヒに惹かれていく。 双子のように仲良く育った姉妹は、同じ青年に恋したことに心を沸き立たせ、3人は秘密の文通を始めるのだった。 同じ男に恋してしまった姉妹の物語だが、三角関係のドロドロ感がなく、前半は3人の間に流れる甘い恋の情感が、美しいドイツの田園風景を背景にゆったりと描かれる。家族の犠牲となって不幸な結婚をしている姉を思う妹の優しさと、妹を気遣う姉との若く清々しい姉妹愛が心地よい。 後半はフリードリヒと結婚したシャルロッテと、家を出て2人の元に寄宿するカロリーネとの関係が描かれる。小説家として作品を書き始めた姉と彼女に助言をする夫。姉の成功を祈る妹だが、3人の関係は次第に変質していく。 3時間近い作品なので、退屈するのではと懸念したが、理由のある長さだった。 18世紀のドイツ貴族の世界、愛のない結婚に縛られ情熱的な愛を渇望する女たちが何人か登場する。姉カロリーネもその一人だが、窒息しそうな閉塞感を生きた女たちは皆、その苦しみを暗黙に共有していたのではないか。だからこそ三角関係=嫉妬の構図にはならなかった。自分が得られなかった愛を妹に与えようとした姉、そんな姉が自分の夫を愛することを許した妹、という奇跡に近い関係は、そうした時代に育まれたものではないだろうか。 脚本・監督はドイツのテレビ界で活躍するベテラン、ドミニク・グラフ。ある関係を描きながら、じっくりと一つの時代とその時代感情を描いた優れた映画作品と言えるだろう。 上映時間:2時間50分。シアトルは23日よりSeven Gables Theatreで上映開始予定。 [新作ムービー]
女同士フレンドシップ・コメディ 『Life Partners』
「男の選り好みが激しいからカレシができないのよ」「だって、あなたに対してと同じぐらい気の合う人がいないんだもの」
めちゃくちゃに仲の良い二人は共に 29歳。時間があればベットの上でベタベタ、ダラダラ、気兼ねゼロの会話をしてる。こんな感じの女同士って結構多いと思うのだが、米国映画でそんな二人を「どっちが先に結婚するか」なんて塩っぱいドラマ抜きに描くものはあまりなかった。若い女同士のドジで正直な友情関係を描いたフレンドシップ コメ・ディの佳作だ。
法律事務所で働くしっかり者のペイジ(ジリアン・ ジェイコブス )はストレートで、ミュージシャンを目指しつつ昼は受付で働くサーシャ(レイトン ミースター)はレスビアン。二人は互いの恋人探しを手伝い合う程の長年の親友同士だ。だが、ペイジがオタクっぽいボーイフレンド、ティム(アダム ブロ・ディ)と付き合い始めて、二人の関係は変わってしまう。以前のようにいつでも話せる状態でなくなったペイジに不満と寂しさを感じるサーシャだが、彼女にもガールフレンドが出来てドタバタ。でも肝心な時にペイジに相談出来なくてクサってしまう。一方、ラブラブのペイジとティムの関係もちょっと暗礁に乗り上げて……というお話。
脚本は TVのコメディや『Chasing Life』の製作をしてきたスザンナ・フォーゲルとジョニ ・レフコウィツによるもので、監督はフォーゲルが担当。長年の二人の関係を反映させた内容らしく、他愛のないストーリーではあるが、嘘っぽさがなく若い女性独特の素直さや真面目さが描かれて楽しい。
年上世代から見ると、未婚 29歳は本人たちは立派な大人だと思っているかもしれないが、まだ少女っぽさが残っていて、成長や変化の余地が大きく残された時期、という風に見えた。30歳過ぎても人生はまだまだ波乱アリ、「 そういう時に力になってくれる親友を手放さないで」と声をかけたくなる。
12年の『フランシス・ハ』 も女友達にこだわる女主人公が登場して、今時の若い女性の気風を伝えていたが、本作にも共通するものを感じた。「恋人ができたら終わり」なんて女の友情を見下す人もいるが、今の若い女性は生涯続く女友達の大切さを知っている気がした。頼もしい限りだ。
上映時間 1 時間 33 分。シアトルは 9 日:よりSeven Gables Theatreで上映中。
[新作ムービー]
脳内の記憶映画館 『Boyhood』
ふっくらとした頬が次第に直線的になり、大きく見開いていた瞳に焦点が生まれ、内面の変化が映り出す。綿菓子のように柔らかだった存在がすこしずつ形を持ち始 め、自己の輪郭を作り上げていく。人はこんな風にして子どもから青年へと成長していくのか? 今年最も印象に残った映画の一つで、年末恒例の映画賞レースでも多くの映画賞や監督賞を獲得している。ある少年の6 歳から18 歳までの成長の姿を12 年掛けて追っていく劇映画で、少年の成長過程を3 時間弱で見せるという、映画にしかできない画期的な作品だ。 監督/脚本は『ビフォア・サンライズ 恋人までの距離(ディスタンス)』のリチャー ド・リンクレイター。『ビフォア』シリーズでも主人公2人を9年ごとに見せていくというユニークな映画作りを続けている。特撮や3D を多用したアクション映画が席巻する米国映画界にあって、真に映画的な挑戦を続けている数少ない米国の映画監督と言っていい。 主要な登場人物は6歳の主人公メイソンJr.(エラー・コルトレーン)と、離婚した母オリヴィア(パトリシア・アークエット)と 父メイソン(イーサン・ホーク)、そして姉サマンサ(ローレライ・リンクレイター)の4人。撮影は12年間、毎年数日間行われ、年月とともに成長していくメイソンJr.の日常の断片が点描されていく。 離婚後、祖母を頼ってヒューストンに向かう母、後部座席には姉と喧嘩をする6歳のメイソンJr. がいる。シングルマザーとしての新生活への期待と緊張が伝わる母の表情。自転車に乗って走り回るメイソンJr. と大学に通い始めた母。時折、息子と娘 を訪ねてくる父との楽しい時間、母の再婚、新しい父との馴染めない生活……。 自分の体験ではないのに、誰もがきっとこの少年の体験に自分を重ねるに違いな い。主人公は多くを語らず、次第に視線を下に向けるようになり、自分の殻に入って、その中で自己を育てていく。忘れられない子ども時代の思い出、何度も思い出す風景や出来事を、脳内の記憶映画館で観ているようだ。 また若い母も息子同様に成長し成熟していく。無理な再婚をしてハラハラさせるが、自分を取り戻して前進していく。監督はたぶん自分の母をオリヴィアに重ねていたのではないだろうか。彼女が、メイソンJr. が大学入学のために家を出る時に吐き出す言葉が母親の真実を伝える。決して止まることない時の中で、年を重ねる人の人生を俯瞰させてくれる、奇跡のような映画作品であった。 上映時間:2時間42 分。DVD、オンラインストリーミング等で視聴可能。 [新作ムービー]
『Interstellar』(邦題『インターステラー』)
宇宙への興味を駆り立てるSF 超大作
今年最も楽しみにしていたクリストファー・ノーラン監督(『バットマン』シリーズ)の最新作。期待を裏切らないSF映画で、見終わったとたんもう一度劇場に戻りたいという衝動に駆られた。 環境破壊によって瀕死状態にある近未来の地球が舞台。人間の生活はかつての農耕生活に戻っていた。農夫になった元宇宙飛行士のクーパー(マシュー・マコノヒー)は、あるヒントを得て、NASAでボスだったブランド教授(マイケル・ケイン)が秘密裏に人類の移住先となる惑星を探していることを知り、計画に参加することに。10才の娘マーフはとどまって欲しいと哀願するが、彼は家族の未来のために宇宙に飛び立っていく。 ここまではほんの導入。物語は以後、惑星探しをする宇宙飛行を通して主人公らが体験する予期せぬ出来事が次々と描かれていく。人間臭いロボットが登場、ワームホールを通って太陽系を超え、氷に覆われた惑星に着陸し……。観客を魅了するアイ ディアとそれを視覚化する緻密な製作デザインと特撮が素晴らしく、『2001年宇宙の旅』や『未知との遭遇』 などを観て胸躍らせた観客には必見の娯楽性と物理性を兼ね備えたSF映画の傑作だ。 脚本は監督と弟のジョナサン・ノーランによるもので、コンサルタントには理論物理学者のキップ・ソーンが参加した。ジョナサンは相対性理論についてソーンによる長時間の教授を受け、正確な相対性理論を脚本に生かしたという。 ノーラン作品は、『インセプション』など彼独自の創造性や意外性が特徴的な反面、感情的な人間ドラマが希薄な傾向があった。だが本作では父と娘の愛を中心に据えて、人類を救う宇宙探索の遂行と娘への愛に引き裂かれる主人公の感情体験が物語を牽引していく。相対性理論による時間を超える光速の旅が、この父と娘にとってどんな体験と なっていくのか。物理と家族愛が縦糸と横糸となって壮大な映像的タペストリーを織り出そうという意欲的な作品でもある。 後半、クーパーがブラックホールに突入し、そこで次元を超える体験をする。3次元のルールである時間と空間に縛られて生き る人類にとっては、高次元での体験を想像することは難しいが、本作ではその至難を驚異的な映像で見せてくれる。本作の白眉と言えるシーンで、この部分だけをとっても映画史に残る作品と言える。本作を観て宇宙や理論物理学への興味を持つ人も多いはずで、それが優れたSF映画を見る醍醐味ではないだろうか。 上映時間:2時間49分。シアトルではシネコン等で上映中。 [新作ムービー]
『Low Down』 父と、彼の音楽を愛した娘
実在のジャズ・ピアニスト、ジョー・オルバニーのある時期の姿を、当時12~14歳だった娘の視点で描く自伝的映画。才能豊かな父の音楽が大好きだった娘が、ヘロイン中毒から抜け出せずに苦しむ父の姿を見つめ成長していく、やや聞きなれた感のある物語ではある。
1974年、12歳のエイミー(エル・ファニング)は、怪しげな人々が住むハリウッドの安ホテルで父ジョー(ジョン・ホークス、好演)と2人暮らし。酒浸りの母は出奔したが、父が大好きなエイミーは寂しくなかった。ただ、父が隠れて麻薬を打っていることが気がかり。
遂にジョーは捕まり医療刑務所に送られ、エイミーは息子の才能を信じる気丈な祖母(グレン・クロース)と暮らし始める。そして2年後、14才になったエイミーの元に父がパリから帰ってきた……。
原作はオルバニーの娘、エイミー・ジョー・オルバニーの手記『Low Down: Junk, Jazz and Other Fairy Tales From Childhood』。長い題名だが、まさにこの題名通りの映画で、脚本も彼女がトッパー・リリエンと共に書いている。
エイミーにとって、この父はどんな風に見えたのか? 親への怒りを自覚するには幼すぎ、また愛情を持ちすぎていた多感な少女の感情体験が丁寧に描かれていく。台詞の少ないファニングが繊細な表情を見せてはまり役だが、困った父親を見つめる娘役は『SOMEWHERE』『ジンジャーの朝…』でも同じ。これ以上やらない方が良いだろう。
薬物/アルコール依存症の音楽家の映画は『バード』や『クレイジー・ハート』『レイ』など数多く作られていて、どの音楽家たちも泥沼で喘ぎ、同じ自己嫌悪の苦しみを体験している。彼らは音楽的にはとびきり個性的なのに、麻薬に苦しむ顔は皆一緒。創造性や個性、人間の尊厳すら奪っていく薬物中毒者の顔を持つ。本作に、聞きなれた感を抱くのはそのためだろう。
監督はチェット・ベイカーの記録映画を撮影したジェフ・プレイス、初監督作品だ。88年に逝ったオルバニーのライブを聴いていたジャズ・ファンで、本作では通好みと言われるオルバニーのピアノ演奏もたっぷり聞くことができる。
上映時間:1時間54分。シアトルは21日よりVarsity Theatre で上映中。
写真クレジット:Oscilloscope Laboratories
父と、彼の音楽を愛した娘「Low Down」
実在のジャズ・ピアニスト、ジョー・オルバニーのある時期の姿を、当時12~14歳だった娘の視点で描く自伝的映画。才能豊かな父の音楽が大好きだった娘が、ヘロイン中毒から抜け出せずに苦しむ父の姿を見つめ成長していく、やや聞きなれた感のある物語ではある。 1974年、12歳のエイミー(エル・ファニング)は、怪しげな人々が住むハリウッドの安ホテルで父ジョー(ジョン・ホークス、好演)と2人暮らし。酒浸りの母は出奔したが、父が大好きなエイミーは寂しくなかった。ただ、父が隠れて麻薬を打っていることが気がかり。 遂にジョーは捕まり医療刑務所に送られ、エイミーは息子の才能を信じる気丈な祖母(グレン・クロース)と暮らし始める。そして2年後、14才になったエイミーの元に父がパリから帰ってきた……。 原作はオルバニーの娘、エイミー・ジョー・オルバニーの手記『Low Down: Junk, Jazzand Other Fairy Tales From Childhood』。長い題名だが、まさにこの題名通りの映画で、脚本も彼女がトッパー・リリエンと共に書いている。 エイミーにとって、この父はどんな風に見えたのか? 親への怒りを自覚するには幼すぎ、また愛情を持ちすぎていた多感な少女の感情体験が丁寧に描かれていく。台詞の少ないファニングが繊細な表情を見せてはまり役だが、困った父親を見つめる娘役は『SOMEWHERE』『ジンジャーの朝…』でも同じ。これ以上やらない方が良いだろう。薬物/アルコール依存症の音楽家の映画は『バード』や『クレイジー・ハート』『レイ』など数多く作られていて、どの音楽家たちも泥沼で喘ぎ、同じ自己嫌悪の苦しみを体験している。彼らは音楽的にはとびきり個性的なのに、麻薬に苦しむ顔は皆一緒。創造性や個性、人間の尊厳すら奪っていく薬物中毒者の顔を持つ。本作に、聞きなれた感を抱くのはそのためだろう。 監督はチェット・ベイカーの記録映画を撮影したジェフ・プレイス。初監督作品だ。88年に逝ったオルバニーのライブを聴いていたジャズ・ファンで、本作では通好みと言われるオルバニーのピアノ演奏もたっぷり聞くことができる。 上映時間:1時間54分。シアトルは21日よりVarsity Theatre で上映中。 [新作ムービー]
パリを救った歴史的外交「Diplomacy」
1944年8月、ナチス・ドイツによって占領されていたパリは、連合軍とレジスタンスの闘いによって解放を目前としていた。しかし、ヒットラーは降伏の前にパリを焦土にせよとの命令を発し、ドイツ軍のパリ市防衛司令官コルティッツ将軍(ニエル・アレストリュプ)は、ルーヴル美術館やエッフェル塔などパリの名所旧跡に爆弾を仕掛け、破壊計画を進めていた。25日早朝、そんな彼が滞在するホテルの部屋に、中立国スウェーデンの領事のラウル・ノルドリンク(アンドレ・デュソリエ)が現れ、将軍にパリ破壊をやめるよう説得を始めた。
将軍と領事、共に実在の人物だが、本作は虚構だ。実際の交渉は2週間以上にわたったようで、さまざまが提案がなされ、パリは生き残った。本作では、刻一刻と変化する状況と次第に明かされる将軍の苦渋などが描かれ、最後までスリリングな緊張感が続く。パリを救った歴史的外交交渉を描くことで、ナチス=巨悪、狂気という米国映画的な単純さからは生まれ得ない戦争・破壊回避の可能性を示す優れた戦争映画だ。原作は11年にフランスで上演され話題になったシリル・グレイの戯曲で、本作の脚本もグレイが担当。領事の説得が、少しずつ将軍の堅い防御を解いていく過程を書き込んだ脚本が素晴らしい。加えて主演の2人は舞台劇でも同じ役を演じたフランス映画界の名優。老練な将軍を演じたアレストリュプと、優雅で粘り強い領事を演じたデュソリエの名演抜きには本作の成功はあり得なかっただろう。監督はドイツ映画の傑作『ブリキの太鼓』のフォルカー・シュレンドルフ。前作の『シャトーブリアンからの手紙』もナチス占領下のパリを舞台にした作品で、ドイツ人だがフランスで育ち学んだ監督にとって、この時期の独仏関係を描くことはライフワークなのだろう。作中、領事は将軍に「もしパリを破壊したらドイツは世界の中で孤立し、フランスとの関係は永遠に修復しないだろう」と語る。戦争はいつか終わる。終わった後のことを考え、敵国に修復不能なダメージを与えるなという金言。孫子の『兵法』にも同じことが書かれている。日本は原爆投下という破壊的ダメージを経験したが、米国との関係は修復した。否、あれは修復だったのか。私たちはただ戦勝国に従属してきただけではないのだろうか。上映時間:1時間24分。シアトルは7日よりVarsity Theatreで上映中。 [新作ムービー]
『かぐや姫の物語』(英題 “The Tale of Princess Kaguya”)
かぐや姫ってどんな女性?
竹取の翁が見つけたタケノコから生まれた女の子が、愛らしい幼児から快活で利発な少女、そして豊かな内面を持つ女性へと成長していく姿を、彼女の心の変遷と共に描くアニメーション。柔らかく温かな色彩と、アニメーターの手の温もりが伝わる生き生きとした線画による画面が美しく、見ていて心地よい作品だ。
監督はアニメ界の名匠高畑勲。スタジオジブリの宮崎駿と共に多くの作品を作ってきた人で、『じゃりン子チエ』や『火垂るの墓』『平成狸合戦ぽんぽこ』などの脚本/監督を担当し、演出家としてアニメ界に大きな影響と業績を残してきた。
本作は『ホーホケキョ となりの山田くん』以来14年ぶりの最新作で、高橋監督の「生涯の最高傑作を」という思いがこもっている。CGを排し、アニメーターの手書き線画を残すスタイルでアニメの原点に戻りつつ、同時にアニメの新しい地平を切り開こうとする力作でもある。人物造形・作画設計は監督自身が選んだ田辺修で、高畑作品であると同時に田辺修作品と呼びたい美的に優れた世界が広がる。作画が素晴らしく、海外で暮らす人や外国人には心にしみ入るアニメではないだろうか。
後半になると画面がラフなスケッチ風に変化し、かぐや姫の激しい感情が映像化される。起伏に富んだ感情を持つかぐや姫その人は、実はどんな女性だったのか。彼女の感情体験をたっぷり描き出そうとした凝った作りだ。反面、ドラマ性は少なく、上映時間の長さがやや冗長に感じられるが、エンディングは圧巻。知恩院の阿弥陀二十五菩薩来迎図を思わせる月からのお迎え場面は豪華絢爛、クラクラとなった。「やはり、かぐやは宇宙人だったのだ」と勝手に納得した筆者ではある。
平安時代初期に書かれたといわれる『竹取物語』は、唐の影響を受けていない日本最古のかなで書かれた物語。紫式部は「物語の出で来はじめの祖(おや)」と書いている。
あっという間に成長する強い生命力を持ち、節ごとに空洞、60~100年に一回花を咲かせるなど、昔の人は竹に不思議な力を感じていたようだ。そんな竹への思いがこの物語を生んだのだろう。古えの人の自由な創造力に今さらながら感服である。
上映時間:2時間17分。シアトルは24日からHarvard Exit Theatre で上映中。
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『Lilting』 最愛の人を失った母と恋人

80年代にカンボジアから英国に移民したホグ・カウ監督の初長編映画。監督自身が自分の母との関係を脚本化したパーソナルな内容で、若い映画作家のデビュー作らしい佳作映画だ。
夫に先立たれ介護施設で暮らす中国系カンボジア人のジュン(ペイペイ・チェン)は、悲しみに暮れていた。一人息子のカイ(アンドリュー・レオン)が急逝したのだ。英語を話さない彼女は施設内でも孤独をかこち、部屋で息子の幻影と語りあっては、彼の去った現実に引き戻されるという日常を送っていた。そんな彼女の元にリチャード(ベン・ウィショー)が訪ねてくる。リチャードは、カイが生前一緒に暮らしていた恋人だ。だがカイは、母にゲイであることを明かさないまま逝ってしまった。深い悲しみに暮れるリチャードは、なんとかジュンとその悲しみを分かち合いたいと願うのだが、カイとの関係を明かせないことや言葉が通じないことから、もどかしさを感じるのだった。
題名『Lilting』の通り、上り下がりを繰り返す母と恋人それぞれの感情体験を、追憶と現在を行き来しながらデリケートなタッチで見せて行く。透明感のある映像と主演二人の好演に導かれ、最愛の人を失った悲しみがヒタヒタと画面に広がり、二人のカイへの強い愛が浮かびあがる。ただただ悲しくて、身体が縮んでしまいそうなリチャードを演じたウィショーが、とりわけ素晴らしい。『007 スカイフォール』でQ役を演じた英国の若手実力派俳優で、最近になってゲイであることをカムアウトしている。本作は彼の初のゲイ役で、親密なカイとのベットシーンがナチュラルできれいだ。
母役のペイペイは、60年代の香港武術アクション映画で活躍し、『剣劇の女王』と呼ばれた名女優。『グリーン・デスティニー』で悪役を演じていた。本作のような役柄を演じる彼女を初めて観たのだが、抑えたトーンで、寡黙で芯の強い母親を好演。時折声を荒げる時の気迫は、さすが往年の剣劇スターと思わせるものがあった。
中盤から、ジュンに興味を持つ英国人男性(ピーター・ボウルズ)や通訳の若い女性(ナオミ・クリスティ)などが登場し、物語に起伏が生まれて飽きさせず、最後まで母と恋人の感情に寄り添うことができた。
最愛の人を失う悲しみはどうすることもできないが、人はこんな風にして悲しみの底から立ち上がっていくのかもしれない。
上映時間:1時間31分。シアトルは10月17日よりVarsity Theatreで上映開始。
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『A Five Star Life』

ゴージャスならおまかせのイタリアらしい設定で、40代の独身キャリアウーマンの感性と生き方を、ソフトなタッチで描いた佳作。おいしいイタリアンの軽食で小腹を満たしたような満足感があった。
美人でオシャレなイレーネ(マルゲリータ・ブイ)は、覆面調査員だ。5つ星ホテルに身元を隠して宿泊し、密かに部屋の清掃状態やサービスをチェックするのが仕事。業界では「ミステリー・ゲスト」と呼ばれる。そんな彼女を、結婚して2人の娘がいる妹シルヴィア(ファブリツィア・サッキ)は、「年を取ったらどうするの?」と心配する。だがイレーネはどこ吹く風、自信に満ちた仕事ぶりで世界中を駆け回り、ゴージャス・ライフを満喫していた。ところが、そんな彼女の生活に少しずつ変化が起きる。旅先で出会ったフェミニスト学者との会話を通して、自分の生き方を振り返ることに……。
イタリアのベテラン女優ブイが洗練されたファッションに身を包み、颯爽とホテルのロビーを歩く姿が素敵だし、モロッコのパライス・ナマスカールなど実在する5つ星ホテルが舞台というだけでも眼福だ。子どものいない独身女性の将来を家族が心配するという設定が分かりやすい。
監督のマリア・ソーレ・トニャッツィは、イタリアでも子無し独身女性が増え、同性愛カップルなど非伝統的家族形態が人口の17%を占めている現実が昨今の映画作品に反映されていないことに着目、本作を思いついたという。
ベテラン脚本家フランチェスカ・マルチャーノらとオリジナル脚本を書き、今を生きる独身女性の感性に生命感を吹き込んでいる。
イレーネの大の親友は元カレで、彼の恋愛相談に乗っているという設定が面白い。彼女の感性には旧来の家族や恋愛関係につきものとされているベタリとした依存性がなく、さっぱりとした自立性がある。一人で生きるキャリアウーマンは米国の映画にもしばしば登場し、合理的で強い女性像として描かれる傾向があったように思うが、本作では合理よりも不合理が、強さよりも成熟が際立ち、共感が持てた。イレーネの最後の言葉「人生は旅、自分の直感を信じよう」というメッセージは何度聞いても悪くない。
上映時間:1時間25分。シアトルはSeven Gables Theatreで上映中。
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『Alive Inside』
音楽を通して蘇る記憶
『Alive Inside』

認知症で10年も外界とのコミュニケーションがなく、面会人もないまま老人ホームで孤独な一日を過ごしていた94歳のヘンリーに、彼の好きだった音楽をiPodで聞かせた。その結果は……。
瞳が大きく開き、リズムに合わせて身体が動き、歌い始めた。介護師の話しかけにもきちんと返答できる彼の変化は一目瞭然。このビデオがYouTubeにアップされると、あっという間に700万回のバイラルとなり、それが本作のスタートラインとなった。音楽を通して蘇る記憶と認知症の現状を伝えるドキュメンタリー映画で、本年度のサンダンス映画祭で観客賞を受賞した作品だ。
ヘンリーの音楽を聞かせたのは、社会福祉士のダン・コーエン。認知症に音楽が有益な影響をに与えるということを知った彼は、実際に試し驚異的な結果を得て、この療法を認知症の人々に広める活動をしている。本作は、医学的に証明されていない療法を広めようとするコーエンがぶつかる障害や支援の広がりを追いながら、認知症を囲む問題点を明らかにして、多くの発見を促してくれた。
監督はマイケル・ロサト=ベネット、人間の未来へのポジティブな可能性を探るドキュメンタリー映画を製作している。3年前にコーエンと出会い、半信半疑で彼の活動を追いながらこの療法への確信を持つに至ったという。
認知症というと介護する家族の負担や老人ホームの不足などが思い浮かぶ。高齢の両親を持つ筆者にとっても、認知症は治らない病気、進行を遅らせる治療法しかない「困った」身につまされる問題としてあった。反面、実際に認知症の人々の脳の中で何が起きているのか、記憶は本当に消えてしまったのか、という患者の脳内や内面への関心は薄かった。しかし本作を通して、認知症の人々は記憶を失うことなく、内面では生きている、という事実を再確認した。
かつて老人ホームは、家庭的な構造で老人たちが共同生活をする場として運営されていたが、現在は病院と同じ構造の医療施設に変容しており、その背景に投薬による莫大な利益が潜む歴史があった。認知症は製薬会社と関連企業にとってのおいしいビジネスに利用されてきたのだ。だからこそコーエンがすすめる、一人一人に音楽を聞かせる「手間と時間のかかる」療法は施設側から敬遠される。
しかし、無表情だったヘンリーの顔に、明るい表情が浮かぶ一瞬の素晴らしさに打たれない人はいないだろう。コーエンの活動に、少しづつだが大きな支援の輪が広がっている。
上映時間:1時間13分。シアトルは22日よりVarsity Theatreで上映中。
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余震だけで大きな揺れ無し 『Happy Christmas』
シカゴ郊外で暮らす兄夫婦の家に、失恋したばかりの主人公ジェニー(アナ・ケンドリック)が転がり込んで来た。兄ジェフ(ジョー・スワンバーグ)は映画監督、妻のケリー(メラニー・リンスキー)は育児のために休筆中の作家だ。無責任なジェニーのことが苦手なケリーは、息子のベビーシッターすら彼女に頼まず、マリファナ・ディーラーのケヴィン(マーク・ウェバー)に頼むほど。落ち込み気味のジェニーには小さなトラブルが絶えず、あきれ果てるケリーに対して、すべてにイージーゴーイングなジェフはなだめ役だ。ところが、ケリーの作家業に関心を持ったジェニーは、親友のカーソン(レナ・ダナム)と共に、小説のアイディアを出し合って、ケリーを助けようとする。
平和な暮らしを送っていた若夫婦の生活にさざ波を広げる困った妹の存在を、自然なタッチで見せていくインディ・コメディーで、監督/脚本/製作は兄役のスワンバーグだ。彼の前作『ドリンキング・バディーズ』同様、仲のよい俳優を集めて即興で演じさせ、彼らの持ち味とユーモアを引き出す独自の演出法で撮影された。スワンバーグの弟が家に転がり込んできた時の体験をもとに作品のアイディア得たようで、監督自身の家を使ったり、彼のよく笑う2歳の息子を出演させて、温かい家庭的な感じを出している。
小さく揺れながらも少しずつ近づいていくジェニーとケリーの関係や、妹に怒る兄の愛情など、高等教育を受けた20代過ぎの白人たちの、独特でデリケートな感情表現のおかしみを描き出そうとした作品ではないだろうか。家族ドラマは作り込みすぎると臭みが出てくるので本作の何気なさは稀少ではあるが、余震だけで大きな揺れが絶対こない物語を見続けることにやや苦労した。これが日常というものではあるが、本作の微妙さやおかしみは主人公たちと同じ階層に属す観客にしか伝わらないような気がしてならなかった。
1年間に7作品も監督して勇名を馳せた多作のスワンバーグだが、多作イコールただの水増しとならないために、人間への観察眼をさらに深めてほしいという思いを強くした。
上映時間:1時間22分。シアトルは8日よりVarsity Theatreで上映中。
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