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Author: 土井 ゆみ

映画ライター。2013年にハワイに移住。映画館が2つしかない田舎暮らしなので、映画はオンライン視聴が多く、ありがたいような、寂しいような心境。写生グループに参加し、うねる波や大きな空と雲、雄大な山をスケッチする日々にハワイの醍醐味を味わっている。

『Tickled』ネットの深海に住む怪魚

ネットの深海に住む怪魚
『Tickled』

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©Magnolia Pictures

インターネットを使った悪質ないじめ/サイバー・ブリーイング。本作に出てくる「いじめ」もその一つなのだろうが、敵の正体も理由も見えない新手の個人攻撃で、ネットの深海に住む毒性のつよい怪魚のような不気味さがある。ニュージーランドのジャーナリスト、デヴィド・ファリアーがこの怪魚に触れてしまった。
彼はエンタメや風変わりなニュースを専門にするリポーターで、「くすぐりガマン競技(Competitive Endurance Tickling)」というビデオをネット上で発見。手足を拘束された若い着衣の男性一人に対して、数人の若い男性が彼をくすぐるという、スポーツ性のない競技風の動画に首を傾げた。どことなくセクシュアルなのである。ファリアーは興味を抱き、主催者にインタビューを申し入れた。ところが返事は、ファリアーがゲイであることをあざけり、訴追の準備があるという陰険な内容。その異様な攻撃性には何かあると直感した彼が、この「競技」の実態を追っていくドキュメンタリーが本作だ。監督はジャーナリスト本人であるファリアーと、ITに精通した友人ディラン・リーブの2人。共に映画作りは始めてで、超のつく低予算でカメラワークはブレブレだったりするが、謎だらけの「競技」の真相に迫っていく手探り感がスリリングで新鮮だった。
競技に参加したスポーツマンタイプの青年の証言にゾッとなる。公募に応じると2000ドルの金と旅費が送付され、ロスに集合。高級ホテルに宿泊しながらのスタジオ撮影には変な感じは全然なかった。撮影理由が「軍事目的」と聞いて嘘だと思ったが、金に困っていたので応じた。そして一年余後、彼はその時の動画をYouTubeで発見して驚愕、差し止めてもらった。すると主催者側から脅迫メールが届き、ありとあらゆる動画サイトに彼のビデオがアップされ、仕事先へも「彼はくすぐりフェチのゲイ」というメールが送られてきた、というのだ。
なぜ? 何のため? 金のためではない。個人的に関係のない青年を追い詰めて何の得になるのだろう? 当然誰もが思うことであり、ファリアーらは、次々と送られてくる陰険な脅迫メールや訴追通知に屈せず、黒幕を追いかける。そして見つけた怪魚の正体は?
金で人を釣り上げ、弱みをつかみ、それをネタに彼らを脅し、窮地に追い込む。そのパワーとコントロールに自己確認と快感があり、それらを得るための金に糸目はつけない。そんな怪魚がネットの深海に潜んでいる。ちなみに競技主催者のJane O’ Brien Media のサイトは現在も堂々とアップ中。くれぐれも怪魚に触れないことだ。

上映時間:1時間32分。
シアトルは1日よりLandmark’ s Guild 45th Theatreで上映中。

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『マネーモンスター』スッキリし過ぎなクライム・サスペンス

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スッキリし過ぎなクライム・サスペンス
『Money Monster』
(邦題『マネーモンスター』)

©Sony Pictures Releasing
©Sony Pictures Releasing

ジョディ・フォスターが監督し、ジュリア・ロバーツとジョージ・クルーニーが共演という豪華な顔ぶれで注目を集めているクライム・サスペンス。ニューヨークの金融街が舞台なので、フォスターの出た『インサイド・マン』やクルーニー『フィクサー』を思い出しつつ観たのだが……。
コミカルなトークで人気のある司会者リー・ゲイツ(クルーニー)の財テクTV番組が、銃を持った若い男(ジャック・オコンネル)に乗っ取られた。ディレクターのパティ(ロバーツ)は、犯人の要求通り番組を続行、前代未聞の人質事件が生放送されることに。犯人は、リーが推薦した株が暴落し全財産を失ったと視聴者に訴え、急激な暴落の理由を明かせとリーに迫るのだった。
銃を振りかざして激昂する犯人と爆弾チョッキを装着させれ縮こまるリー、そんな彼のイヤフォーンに冷静な声で指示を囁くパティ。有能な彼女のリードで放映される一触即発の事件のあらましが、緊迫感をもって描かれる導入部に釘付け。中盤から「急激な暴落」の理由が、コンピュータの誤動によるものだったという投資会社側の説明への疑惑が浮かびあがり、事件は思わぬ方向へ。意図的に株式操作をした投資会社のダークサイドへと迫っていく。
トントン拍子で明かされる投資会社の汚いやり口。「生放送なのにこんなに早く謎が解けちゃうの?」という疑問に目をつぶり、それはそれで胸のすく感覚。だが同時に、スッキリし過ぎてリアリティに欠けるのだ。金融業界を舞台にしながら、クルーニーと犯人は善玉で、投資会社は悪玉という色分けはやや単純ではないか。
こんな感想を持つのも、『マネー・ショート 華麗なる大逆転』を観たせいだろう。一見複雑そうで実は欲望だけで動いている金融業界の真実を暴きだした快作『マネー・ショート……』の透徹した視点と比べると、本作には判官贔屓的ツメの甘さがあり、脚本にかなり問題アリとみた。フォスターがサスペンス映画の監督としても優れた手腕を見せているだけに残念だ。

シアトルはシネコン等で上映中。
上映時間:1時間38分。

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『ロブスター』独身者は生きていけない?

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独身者は生きていけない?
『The Lobster』
(邦題『ロブスター』)

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もしも社会が独身者の存在を許さず、カップルであることを強要するとしたら? そんな仮想世界を舞台とした物語。去年のカンヌ国際映画祭で審査員賞
を受賞した。SFっぽい設定を通して、ピュアなロマンスが描かれる異色中の異色、奇作コメディである。
時は近未来か。妻に捨てられたデイヴィッド(コリン・ファレル)は、あるホテルに送られる。ホテルには独身の男女が宿泊しており、それぞれ45日以 内に伴侶を見つけないと自分の希望する動物に変えられてしまう。支配人らの厳しい管理下で伴侶探しをするデイヴィッドだったが、ある事件をきっかけ にホテルを逃げ出し、森で隠れて暮らす独身者のグループに身を寄せる。グループのリーダー(レア・セドゥ)は、彼にグループ内の恋愛禁止を伝えて仲 間入りを許すが、森の生活を続ける中で仲間の女性(レイチェル・ワイズ)に恋心を抱いてしまう。
監督・脚本はギリシア人のヨルゴス・ランティモスで、彼の前作『籠の中の乙女』同様、特異なルールを強要される生活環境を舞台に、その中で人間がど のように振るまっていくかを追う、どこか動物観察風の作品だ。
主人公らの感情から距離を置きながら、脱力系ユーモアとギョッとする残酷さ、機能的なセックスなどを盛り込んだ物語が、ユルユルしたテンポで展開す る独特の映画世界。ワイズのモノトーンなナレショーンと、単純でドラマチックな音楽が仮想世界の輪郭を際立たせて、前作より見やすい作品にはなって いるが、好みが大きく分かれるタイプの映画であることは確かだろう。
前半の起床から食事まで管理され、監獄で暮らしているようなホテル生活の珍妙さ。しかし、宿泊者らはさして不自由を感じる風でもなく、主人公が親し くなる二人の男(ベン・ウィショー 、ジョン・C・ライリー)らも極めて従順。伴侶探しに疑問や反抗心を抱かない。この感じは森の生活でも変わら ず、従順に独身者の規則を守っていこうとする。そんな中で恋をした二人は「反逆者」ではあるのだが、これまた実に大人しい反逆者で、ヒソヒソとコソ コソと愛を育んでいく。この様子には工夫があって、おかしみがあった。
ランティモス作品を見ていると、「人は厳しい管理を強要されることで、思考能力の一部が壊わされるのでは?」と思わされるが、強要された従順には必 ず破綻が生じる。自己と自分の感情を自覚した時、従順は崩れていくのだ。本作が奇妙な語り口を通して伝えていることは、実にまっとうなことだった。 このような映画と出会えることは、映画好きにとって僥倖と言えるのではないだろうか。
上映時間:1時間58分。シアトルは20日からSundance Cinema Seattle で上映中。

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『ミッドナイトスペシャル』親の切なさ

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親の切なさ
『The Midnight Special』
(原題『ミッドナイトスペシャル』)

©Warner Bros. Pictures
©Warner Bros. Pictures

ジェフ・ニコルズ監督作品は断然面白い。映画を撮り始めてまだ10年未満、自ら書いたオリジナル脚本で撮った彼の作品リストには、『テイク・シェルター』『MUD – マッド- 』などの秀作が並ぶ。本作は新境地に挑戦した意欲的作品で、期待を裏切らない出来栄えであった。
あるカルト集団から9歳の息子を連れ出した父(マイケル・シャノン)と彼を助ける親友の州警察官(ジョエル・エドガートン)。3人はカルトを離れた母(キルステン・ダンスト)と落ち合い、息子を決められた期日にある場所へと連れていく計画を練る。そんな彼らを追うFBIとNSA。さらに少年を取り返そうとするカルトメンバーが絡み、緊迫した追跡劇が展開するSFドラマだ。
彼らが必死に追うこの少年は何者なのか。目から強力な光を放つ超能力者、カルトでは神の代弁者と崇められ、政府からは国家機密の解読者として危険視される。どこかスピルバーグ監督作品を思わせる内容だが、SFファンタジー的なムードはなく、焦点は我が子を追っ手から守ろうとする親の必死な姿にある。
逃避行の最中「もう僕のことを心配しないで」という息子に「子どもを心配するのが親の役目なんだよ」という父。3次元世界では理解出来ない圧倒的な力を持つ息子でも父とっては最愛の子、守ってやりたい。シャノンとダンストの好演もあり、自分の子でありながら彼の運命を理解することも出来ず、無力である親の切なさが、ヒシヒシと伝わってきた。
少年はどこから来たのか、目から放たれる光は何なのか、なぜカルトと関わるようになったのか、多くの謎に包まれて物語が進んで行くが、謎が気にならない。
たぶん、謎が明かされないからこそ親の困惑と必死さが現実感を持って伝わってくるからだろう。この親たちと同様に人間が知っていることは、宇宙のほんの一部に過ぎないのだ。
目から光を放つ少年という非現実的な設定でありながらファンタジーに流れず、しっかりと人間の体験と感情を描きだした手腕に感心した。ジェフ・ニコルズ、これから米国映画を牽引する実力のある監督として注目を続けたい。

シアトルはSIFF Cinema Uptown, Sundance Cinemasなどで上映中。上映時間:1時間41分。

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The First Monday in May

ファッションはアートか
『The First Monday in May』

©Magnolia Pictures
©Magnolia Pictures

 

毎年5月にニューヨークで開かれるメトロポリタン美術館(以下Met)コスチューム・インスティテュート(以下CI)のガラと呼ばれる特別な催し 。CIへの寄付集めを目的とした華やかなファッションの祭典で、世界の著名デザイナーが贅を尽くしたドレスをまとった女優やモデル、セレブが集まり、メディアも「世界一ゴージャスなパーティ」と大きく取り上げる。

本作は去年開催され、これまで最高の入場者数80万人を集めた『China: Through the Looking Glass(「鏡の国の中国」)』 展を記念するガラと、展示会開催に向けた8カ月に及ぶ準備の過程を追ったドキュメンタリー映画だ。

展示会は、中国をテーマとした世界のデザイナーの過去のコレクションを一堂に集め、西洋が受けた中国文化の影響をファッションの歴史を通して振り返るという企画。70年代のサンローランからシャネルやディオールなどのオートクチュール300着が集められ、Metの中国美術展示場内で仏像や壁画と共に展示された。むろん単に服を並べるわけではなく、さまざなな意匠を凝らした空間デザインの中で展示され、本作を通してその長い製作過程を知る事が出来る。ファッションに興味のある人なら必見、ない人には「フーン、なるほど」な作品かもしれない。

展示会の仕掛け人はCIのキュレーター、アンドレア・ボルトンで、静かにヴィジョンを固めていく彼を影の顔とすると、表の顔はアナ・ウィンター。映画『プラダを着た悪魔』で一躍有名になった『VOGUE』の編集長。展示会も彼女の企画であり、もっぱら人集め、金集めで烈腕をふるい、文化面で中国側との調整にあたる。芸術監督は香港の映画監督ウォン・カーウェイ。準備資金を出したのはyahoo、どうやらファッションとネットの繋がりを太くしたい狙いがあったようだ。

「ファッションはアートか」という問いかけで始まる本作。アートと金の密接な関係から紐解いてみると、ミケランジェロは教会の壁画を描き、レンブラントは裕福な人々の肖像画を描き、北斎や広重も浮世絵屋の依頼で作品を描き続けた。名画とパトロン・金は切っても切れない関係にあり、金が彼、彼女らの製作やヴィジョンを支えた側面は否定できない。莫大な金をかけて催したガラは結果的に1,250万ドルの寄付が集め大成功、まさにエビで鯛を釣った形。ファッションは歴としたアート、21世紀の芸術表現の一形態なのだと納得した。

監督は『Page One: Inside the New York Times』のアンドリュー・ロッシ。前作でも感じたが、本作でも対象に近づき過ぎて客観性に欠け、CIの宣伝映画を見ているような気にさせられた。

上映時間:1時間31分。シアトルは15日からLandmark Seven Gablesで上映中。

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『10 Cloverfield Lane』

ネット世代が作るジャンル映画
『10 Cloverfield Lane』
(邦題『10 クローバーフィールド・レーン』

©Paramount Pictures
©Paramount Pictures

08年にヒットした『クローバーフィールド/HAKAISHA』の続編、と言っても、内容的には直接の繋がりのないSFパニック・アクション映画。製作費をかなり抑えて登場人物はたった3人だが、謎のモンスターがニューヨークで暴れ廻った前作より凝った内容とスリリングな演出で、出来栄えは本作の方が数段良かった。
交通事故を起こしたミッシェル(メアリー・エリザベス・ウィンステッド)が目を覚ますと、怪我をして見知らぬ部屋で足を繋がれていた。そこはシェルターで、主であるハワード(ジョン・グッドマン)は、「何者かの攻撃があり、空気は汚染されているので外には出られない」と告げる。そこには怪我をしているエミット(ジョン・ギャラガー・Jr.)という若い男もいて、ハワードの発言をサポート。ほぼ監禁状態のミッシェルは、彼ら二人と奇妙なシェルター生活を始める。
ハワードの言っていることは本当なのか。エミットは信じられるのか、人類は本当に滅亡してしまったのか。狂信的で威圧感のあるハワードを見ていると、誰もが抱く疑惑であり、前半は密室で疑心暗鬼になる主人公と男たちとの心理劇風に進んでいく。だが中盤でトーンはガラリと変わる。
製作は前作同様、『スター・ウォーズ フォースの覚醒』を監督、大ヒットさせたJ・J・エイブラムスで、彼らしいスリルとスピーディなアクションで見せるピュアなジャンル映画である。監督は本作がデビューのダン・トラクテンバーグで、『The Totally Rad Show』というややオタク感あるネットTV番組を作ってきた。脚本には『セッション』を監督したデイミアン・チャゼルなど3人が名を連ねている。
主人公に何度も危機が訪れ、観客は最後の最後までハラハラさせられるが、ユーモアもあって、よく出来ているな、と感心。同時にこの鑑賞後のスッキリ感は、ゲームをプレイした後の感覚に近いのではないかという気がした。
トラクテンバーグ監督の喋りを聞いていると、身内で通ずる専門知識の豊富さと軽さが身上のネット世代の印象を強くした。真面目に考え込んだり、延々と粘ったり、という気質は旧世代の遺物なのだろうか。善悪も謎もかなり単純化された架空世界で起きるパニック、瞬発力や攻撃性こそが生存の鍵という世界観である。
賢い女性主人公が、知恵を絞って危機を乗り越えていく快感はあるのだが、劇場を一歩出たとたん、彼女の名前すら思い出せなかった。
上映時間:1時間43分。シアトルはシネコン等で上映中。

前回紹介の『The Little Prince』は、Netflixで近日中にオンラインストリーミングで視聴可能の予定。

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『The Little Prince』

紙人形のストップモーション・アニメが秀逸
『The Little Prince』
(邦題『リトルプリンス 星の王子さまと私』)

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©Paramount Pictures

『星の王子さま』が、少女を主人公にした新たな物語として蘇った。製作はCG・3Dアニメを専門としてきたフランスON Animation Studio。英語版のオリジナルにはベテラン・人気俳優らが声の出演をして、作品に親しみ易さを加えている。
新しい家に引越してきた女の子(マッケンジー・フォイ)は、有名校の受験に備え、教育熱心なシングルママ(レイチェル・マクアダムス)の指導の下、毎日勉強に励んでいた。そんなある日、紙飛行機が飛んできて、紙には小さな王子さまの物語が書かれていた。送ってきたのは、隣人の老人(ジェフ・ブリッジス)。好奇心に駆られた少女は彼の家を訪ね、飛行士である彼がかつてアフリカの砂漠で星の王子(ライリー・オズボーン)と出会った話を聞かされ、魅了される。
原作に登場する砂漠に不時着した飛行士がこの老人であったという設定で、彼を通して『星の王子さま』が語られる趣向。しかも、この部分は紙人形を使ったストップモーション・アニメ(以下SMAと略)として作られ、紙のゴワゴワした質感を活かしたSMAの映像が秀逸だ。ファンタジーに溢れた『星の王子さま』世界にぴったりで、ツルリとした3Dで描かれる少女の現実との対照をなしている。
物語は後半、規則正しかった少女の世界が、ガラクタに囲まれて生きる不思議な老人との出会いを通して変化していく様子を描き、シャンソン歌手カミーユのソフトな歌声が、2人が育む友情に軽ろやさを添えて心地よい。監督は『カンフー・パンダ』のマーク・オズボーン。

『星の王子さま』は1943年に出版されて以来、全世界1億5千万以上の人々に読まれてきたベストセラー。著者は飛行士でもあったアントワーヌ・ド・サン=テグジュペリで、童話というよりファンタジーノベルとして大人の愛読者も多い。
本作は、計画性や成功を重視する現代を舞台に、大切なものは目に見えないという原作のテーマを描こうとした試みで、それはある程度成功しているが、原作の持つ壮大な夢想世界はかすれ、目に見えるものが多くなってしまった。『星の王子さま』はあの本の中で完結している。原作のファンにはやや物足りない感覚が残るかもしれないが、本作を別物と思って見れば楽しめるはずで、マリオン・コティヤールのバラの花や、ベニチオ・デル・トロのヘビなどの声で再訪する『星の王子さま』の世界は悪くはなかった。
上映時間:1時間48分。近日中に劇場公開予定。

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『Room』 (邦題『ルーム』)

小さな空間に広がる大きな想像力
『Room』 
(邦題『ルーム』)

©A24 Films
©A24 Films

小さな部屋で生まれ、テレビ以外の外界を知らずに育った5歳のジャック(ジェイコブ・トレンブレイ)の声で語られる世界。ジャックの母ジョイ(ブリー・ラーソン)は19歳の時に誘拐され、犯人の家の裏庭にあるこの部屋に閉じ込められた。以来7年、彼女はママになり、ジャックを育ててきた……。犯罪サスペンスのような設定だが、本作の狙いはまったく違っていた。本年度アカデミー賞の作品賞、監督賞、脚色賞、主演女優賞4部門でノミネートされ、ラーソンが主演女優賞を受賞した作品だ。
犯罪によって作り出された異様な空間で、母と息子はどのように生きてきたのか? ジャックにとって世界はどのように存在するのか? 天窓から射す光を通して見える部屋のほこりが動く様や、ママと作り出したゲームで遊ぶ楽しさ、豊かな想像力を持つジャックの世界は少しも小さくない。
狭い部屋を舞台に描かれる息子と母を描く前半から、後半は一転、二人の脱出後の世界が描かれる。ジャックとジョイはどのように外界での暮らしに向き合ったのか。対照的な二人の反応、後半になって初めて、長年自由と尊厳を奪われた続けたジョイの精神的打撃の大きさが際立ってくる。
同名小説の原作者であるエマ・ドナヒューが脚色した脚本が素晴らしく、対比を見せる前半と後半を巧みに書き分けた手腕に感心。非人間的状況に置かれたジョイが知性と忍耐を保ち、息子への愛を糧に生き延びる姿に人間の持ちうる可能性と強靭さを垣間見せてくれた。
監督は不可思議なコメディ『マイケル』を撮ったレニー・アブラハムソン。ジャックが生まれて初めて階段を上る時の不器用な様子など、外の世界と初めて出会った子供の目線で描く世界に卓抜した演出力を見せている。またノーメイクでジョイを演じたラーソンの渾身の演技と、幼いトレンブレイの生き生きとした子供らしさが愛らしく完成度の高い映画作品に仕上がっている。
上映時間:1時間58分。シアトルは Crest Cinema Centerなどで上映中。

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『Rams』 (邦題『ひつじ村の兄弟』)

こういう映画をもっと観たい
『Rams』 (邦題『ひつじ村の兄弟』)

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©Cohen Media Group

「昔々、寒い国の小さな村に、羊を育てる兄弟が隣同士に暮らしておりました。二人は仲が悪く40年も口をきいていません。ある時、羊が疫病にかかり村全部の羊を殺すことになって、兄弟も先祖代々育ててきた大切な羊を殺すように言われます。ところが、二人はどうしても殺すができませんでした」
こんな紹介がしっくりする童話のようなドライコメディ。昨年のカンヌ映画祭でユニークな視点をもった作品に贈られる「ある視点部門」グランプリを獲 得した。

脚本・監督は、本作が長編劇映画2作目のグリームル・ハゥコーナルソン。アイスランド生まれだ。国柄と土地柄、人々の生活、意地っ張りで頑固な人々 の気質などをオフビートのユーモアと共に描き出し、アイスランド人にしか作れない映画を生み出した。不仲な兄弟グミーとキディを演じたシグルヅル・ シグルヨンソンとテオドル・ユーリウソンは共にアイスランドを代表する名優で、二人の素朴な風貌も眼福(編注:目に心地よいの意味)であった。

本作の舞台となる雪に覆われたアイスランド北部は、羊で生計を立てる牧場が大多数を占め、彼らにとって羊は重要な生活の糧だ。主人公二人は品評会で 優勝するほどの優良種を育てており、共に独身一人暮らしの二人にとって羊はプライドであり家族でもある。ところが、その愛する羊を殺処分せねばなら なくなって……というお話だが、実際に殺処分をした羊飼いの中にはそれがトラウマになって心を病んでしまう人もいるという。本作ではその深刻さをリ アルに描いており、後半の物語とハッとなる見事なエンディングへと繋げていく。

グミーが、雪の上で酔いつぶれたキディーをパワーショベルですくい上げ、病院へ運ぶシーンの大真面目な滑稽さなど、全編に絶妙な味わいが広がり、こ ういう映画をもっと観たいという思いを強くした。

上映時間:1時間33分。シアトルは19日からLandmark’s Seven Gablesで上映中。

 

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いつまでも見ていたい『Brooklyn』

いつまでも見ていたい

『Brooklyn』 (邦題『ブルックリン』)

©Fox Searchlight Pictu
©Fox Searchlight Pictures

 映画を観ていていつも思うのは、これは誰の映画なのだろうということだ。誰が一番作りたかった映画なのか? まず監督の名が浮かぶことが多いが、主演俳優や脚本家、製作者の名が浮かぶこともある。本作で浮かんだのは女性製作者フィノラ・ドワイヤーとアマンダ・ポージーだった。見終わった時の心 地よい清々しさが、2人が製作した秀作『17歳の肖像』を観た時と同じだったからだ。共に、若い女性を主人公に彼女らが自分を信じ、困難を自分の力で 乗り越え成長していく姿を描き、観る者に人間への信頼と自身の最良の部分を思い起こさせくれる。今年のアカデミー賞で作品賞、脚本賞、主演女優賞に ノミネートされている。

 1952年、アイルランドの小さな町で母と姉と3人で暮らす大人しい娘エイリシュ(シアーシャ・ローナン)は、姉にすすめられ、新天地を求めて1人で ニューヨークへ向かう。ブルックリンで暮らし始めた彼女は仕事も見つけ、若い女性を預かるちょっと厳しい下宿の女主人(ジュリー・ウォルターズ)や 優しい神父(ジム・ブロードベント)に見守られながら、希望に満ちた新生活をスタート。そんな頃、イタリア系のトニー(エモリー・コーエン)と出会 い、2人は親しさを増していく。だが彼女は一時帰国して、そのまま祖国に残るか米国へ帰るかの大きな選択を迫られることになる。

 原作はアイルランド作家コルム・トービンの同名小説、脚本は『17歳の肖像』を書いたニック・ホーンビィだ。秀作『わたしに会うまでの1600キロ』も 彼が脚本を手がけており、若い女性を主人公とした作品で秀でた脚本を書いている。

 米国に1人で来た移民女性の話ではあるが大きなドラマはなく、作品の焦点は、誰もが経験する人生上の出会いや事件を経て、主人公が迷い、決断し、成 長していく姿にある。その過程を奇をてらわず、オーソドックスな手法でストレートに見せていく演出で、深く主人公の心に寄り添うことが出来た。監督 は英国の『BOY A』のジョン・クローリー、彼もアイリシュだ。

 特筆したいのは、主演のローナン。子役からスタートした若干21歳だが、舌をまく演技派で本作はまさに適役。若さの持つ純粋さと輝き、力を瞳にたた えて美しく、いつまでも見ていたい気にさせてくれた。本作は女性製作者2人の映画でもあるが、ローナンの代表作、彼女の映画として人々の記憶に長く 残っていくだろう。

上映時間:1時間52分。シアトルはSeven Gables Theatreで上映中。

 

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甘さよりも不安が伝わる 『Carol』

Carol(邦題『キャロル』)
 
女同士の恋愛を描き、去年のカンヌ映画祭でLGBT映画に贈られるクィア・パルプ賞および主演のルーニー・マーラが女優賞を受賞した作品。
 
©The Weinstein Company
1952年のニューヨーク、デパートの人形売り場で働くテレーズ(マーラ)は、クリスマスショッピングで賑わう店内で、毛皮を着た美しい客のキャロル(ケイト・ブランシェット)と言葉を交わし、それがきっかけとなって二人の逢瀬が始まる。キャロルは幼い娘を連れ夫と別居中、写真家を目指すテレーズには彼女との結婚を望むボーフレンドがいたが、密やかに進行する二人の関係は次第に親密さを増していく。だが、二人の恋愛の前には障害が立ちはだかっていた。
 
丁寧に再現された50年代のセットとサンディ・パウエルがデザインした洗練されたファッション、夢を見ているような淡く美しい映像。恋愛映画らしい設えで女同士の恋愛が描かれていく。だが、さほどロマンチックではない。50年代という時代のホモフォビアもあったとは思うが、キャロルの硬い表情やどこか無理をしているような立ち居振る舞いに不安や危うさが潜み、テレーズもまた初めての体験に魅惑されながら、戸惑いもあるのだ。全編を通してロマンスの甘さよりも不安と緊張が伝わってくる異色な恋愛映画だ。
 
原作は米の小説家パトリシア・ハイスミス『The Price of Salt』で、1952年に刊行された際はクレア・モーガンの名で出版され、100万部を超えるヒット作だった。自身の体験を元に書いたようで、実際多くの女性と浮名を流した。『太陽がいっぱい』などリプリー3部作などで知られ、多くの推理小説賞を受賞している。前述の不安感はハイスミスの作品に特徴的なもので、そんな彼女の作風をトッド・ヘインズ監督は本作で生かそうとしたのではないだろうか。「ゲイを自認している彼には、6人の俳優にボブ・ディランを演じさせた『アイム・ノット・ゼア』などユニークな作品もあり、本作でも彼ならではの恋愛世界を作り出した。脚本はハイスミスとの親交があったフィリス・ナジー。彼女が脚本を書き上げたのは96年だった。
 
ハイスミスの作品はほとんど日本語訳になっているが、『キャロル』だけは未翻訳なので、本作の公開によってきっと日本語訳が出版されるに違いない。上映時間:1時間58シアトルはAMC RIVER EAST 21で上映中。
 
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鯨に食われたドラマ 『In the Heart of the Sea』 (邦題『白鯨との闘い』)

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1851年に出版された、米文学を代表すると言われる『白鯨』は、どのようにして書かれたのか。そして『白鯨』のモデルとなった米国捕鯨史上最悪の海
難事故はどのように起き、乗組員たちはどのような体験をしたのか。本作は、事件の全容を再現して2000年の全米図書賞を受賞した歴史家ナサニエル・フィルブリックの同名の著書(邦題『復讐する海 捕鯨船エセックス号の悲劇』)の映画化である。
物語は、『白鯨』を書いたハーマン・メルヴィル(ベン・ウィショー)が、1820年に起きた事故から30年後、唯一の生存者であるトマス(ブレンダン・グリーソン)を訪ねるところか始まる。酒浸りで、事件については誰にも語ったことのなかったトマスは、メルヴィルの懇願を受けて重い口を開き、悪夢のすべてを初めから語り始める。彼の話の中心にいたのは当時14歳だったトマス(トム・ホランド)が敬愛した一等航海士のオーウェン・チェイス(クリス・ヘムズワース)だった。
経験豊かなチェイスと捕鯨未経験の船長(ベンジャミン・ウォーカー)の対立から、巨大なマッコウクジラに襲われ船が沈没。3カ月以上も漂流を余儀なくされ、船員らが死亡した仲間を食べた、という厳しい生存体験が順次描かれていく。しかし、これが問題だった。最初から最後まで省略なしに事件の顛末が描かれているために、冗漫で陰鬱な印象なのだ。原作に忠実に描いたのかもしれないが、ヤマ場に欠け、漂流する船員らを追いかける鯨の不気味さの演出も盛り上がらず、一体何を描こうとしたのか掴みかねた。
監督は『ビューティフル・マインド』でアカデミー賞受賞、『アポロ13』や『ダ・ヴィンチ・コード』など秀作、ヒット作の多いロン・ハワード。実在した事件を描くことを得意としたハリウッドのベテラン監督なので首を捻ってしまった。彼は、無残な事件を経て深く傷を負った男たちのドラマとして本作を描くつもりだったのではないか。英国の実力派俳優を配した理由、鯨があまり登場しない理由もそこにあったのだろう。だが、鯨の巨大さと力強さを表現する場面がダイナミックで、船員らをのせた小舟の下を泳ぐ鯨を捉えた俯瞰のシーンなどは見応えがあり、鯨にドラマが食われた感は否めない。怒り狂い、人を襲う鯨という設定も、多くの鯨を殺して高価な鯨油を採取した19世紀の捕鯨者らの心象の反映ではないか、という気がした。ホリデー・シーズンにはやや重く古めかしい物語ではあった。
上映時間:2時間1分。シアトルはシネコン等で上映中。[新作ムービー]

『Creed』 (邦題『クリード チャンプを継ぐ男』)

蘇ったハングリー・スピリット
『Creed』
(邦題『クリード チャンプを継ぐ男』)

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©Metro-Goldwyn-Mayer Pictures、Warner Bros. Pictures

 

ボクシング映画は、主人公のボクサーが負け犬である方が断然に面白い。厳しい訓練の末にリングに上り、勝利することで逆転できる負の歴史。負荷が大きければ大きいほど、勝利の意味も大きい。さもなければボクシングはただの殴り合い、誰も主人公の戦いぶりに手に汗を握ったりはしない。

76年の映画『ロッキー』はその典型的な作品で、3日間で脚本を書き、主演に固執した無名の俳優シルヴェスター・スタローンと作品の大ヒットが、主人公ロッキーのありえない勝利と重なって「伝説的」な映画作品になった。 あれから40年弱、終わる終わると宣言しながらなかなか終わらないシリーズのスピンオフが本作。だが実はこれが、オリジナル第1作に迫る最上の出来栄えだった。

喧嘩ばかりしていた孤児アドニスは、彼が生まれる前に死んだ実父で偉大なプロボクサー、アポロ・クリードの妻メアリー・アン・クリード(フィリシア・ラシャド)に育てられた。成長したアドニス(マイケル・B・ジョーダン) は安定した職を辞め、メアリー・アンにボクサーになると宣言して家を出る。 彼が目指したのはフィラデルフィア、父の親友ロッキー・バルボア(スタローン) の元だった。ロッキーはボクシングを引退、亡くなった妻の名をつけたレストランを経営していた。そんな彼にアドニスはトレーナーになってくれと頼むのだった。

シリーズのファンなら第1作でロッキーを鍛えたトレーナー、ミックとの関係を想起するだろう。古ぼけたジムの看板も健在、有名なロッキースッテプでの走り込みから、ペットの亀まで登場し、物語はデジャブのように展開していく。だが二度塗り感は全然なかった。

引退したボクサーが彼を救うために死んだ朋友の息子をボクサーとして育てる。ロッキーの男気を見せる設定に加え、父を知らない孤独な若者が偉大なる「クリード」の姓を名乗る重圧と闘いながら成長していく物語で、『ロッキー』の持っていたハングリー・スピリットが鮮やかに蘇っている。

原案/脚本/監督は若干29歳のライアン・クーグラーで、前作で初長編『フルートベール駅で』で注目を浴びた気鋭の新星。 加州オークランド出身の彼は、実際に起きた殺人事件、同市のフルートベール駅で警官に射殺されたアフリカ系の若者の死に至るまでの姿を、あつい同胞愛をもって描いている。 『フルート…』で殺された若者を演じたジョーダンを、本作で再び起用し、俳優としての可能性を見事に引き出した。 『ロッキー』を見て育ったという監督が、原案を書きスタローンにアプローチ。 まさか、こんなバトンタッチがあるとはスタローンも予期していなかっただろう。 今や第1作のミックと同年齢となった彼の枯れた演技が素晴らしく、40年も同じ人物を演じ続けることで見せてくれた「あるボクサーの生涯」に喝采を送りたい。

上映時間:2時間13分。シアトルはシネコン等で上映中。

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見応えあるロバーツとキッドマンの競演 『Secret in Their Eyes』

 

 アカデミー賞外国語映画賞を受賞した2009年の同名アルゼンチン映画のリメイクで、ジュリア・ロバーツとニコール・キッドマンの初共演で注目を集めている犯罪スリラーだ。

4-min FBI捜査官のジェス(ロバーツ)の最愛の娘が無残な遺体で発見された。ショックで呆然となるジェスに対して、犯人逮捕を約束する同僚レイ(キウェテル・イジョフォー)。彼は恋愛感情を抱くエリートの地方検事クレア(ニコール・キッドマン)と共に容疑者を特定するが、逮捕には至らなかった。そして13年後、FBIを辞めたレイが犯人を見つけたと言って、クレアとジェスの前に現れる。

 主人公は執念の男レイで、彼は13年後もクレアへの感情を色あせずに持ち続けている。友への信義と恋愛という二つの強い感情に突き動かされる男の物語で、大枠ではオリジナルに近いが、本作では被害者家族でもあるジェスの物語が膨らんでいる。そのためオリジナルで貫かれていた犯罪捜査とロマンスの分けがたい緊張感と悲しみが希薄になってしまい散漫な印象。やはりハリウッドのリメイクはダメだな、と再確認した次第だ。

 脚本/監督は『ニュースの天才』や『消されたヘッドライン』など政治スリラーの脚本/監督を手がけてきたビリー・レイ。ハリウッドの脚本家として第一線で書いてきた人だが、この脚本には首を捻ってしまった。犯人が釈放された理由があまりに不合理なのだ。たとえ時代設定が911直後で、テロの脅威が吹き荒れていた(現在もまた似たような状況になっているが)とは言え、ご都合主義感は否めない。現実感のある物語なのでこの小さな綻びは致命的で、衝撃的なエンディングの説得力にも影響が出ていたように思う。これはオリジナルにはなかったことだ。

 とは言え見どころがないわけではない。共演場面は多くはないが、ロバーツとキッドマンが登場する場面には、互いに一歩も引けを取りたくないというライバル意識が感じられ、それが画面にしっかり映し出されている。美貌や親しみやすさで知られる二人だが、ベテラン俳優としての自負と本領を発揮する競演として見応えがあった。ちなみにキッドマンに共演の声をかけたのはロバーツ。好敵手こそが自分を高めてくれるということなのだろう。

上映時間:1時間51分。全米のシネコンで上映中。

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旧作に近い印象の新生ボンド 『Spectre』 (邦題『007 スペクター』)

 映画史上最長のスパイアクション・シリーズ『007』の第24作目にして、ダニエル・クレイグを主演に据えたリブート・シリーズの4作目だ。

 
007ボンドは生家スカイフォールで死亡した前任M(ジュディ・デンチ)の遺言に従い、ある男を探すためメキシコで単独行動をしていた。同じ頃ロンドンでは、国家安全保障局の新任トップ、C(アンドリュー・スコット)が膨大な監視システムを使った組織再編を始め、M16のM(レイフ・ファインズ)は、ボンドの暴走などを理由に00部門閉鎖の危機に直面していた。帰国したボンドはMから自宅待機を命じられるが、Q(ベン・ウィショー)とMの秘書マネーペニー(ナオミ・ハリス)の密かな助けを得て、ローマへと向かい、そこで探していた男スペクターのトップ、ブロフェルド(クリストフ・ヴァルツ)を見つける。

 ファンならブロフェルドはお馴染み、初期の『ロシアより愛をこめて』など7作に登場した世界征服を狙う犯罪組織スペクターのトップ、ボンドの宿敵である。『オースティン・パワーズ』のDr. イーブルは彼がモデルで、パロディ化されるほど荒唐無稽な人物でもあり、ブロフェルドの登場によって新シリーズの中では最も旧作『007』に近い印象の作品になっている。

 前作『スカイフォール』はイアン・フレミングの原作から離れたオリジナル脚本で作られ、ボンドの生い立ちやMとの関係などドラマとしての面白さが魅力となって大ヒットしたと思うが、本作では再びスピディーなアクションとカー(アストンマーティンDB10、ジャガーC-X75)チェイス、美女(レア・セドゥ、モニカ・ベルッチ)で見せるボンドに立ち戻っており、これが失望につながった。

 どんな美女もボンドにコロリ、乱闘をしていたかと思うと次のシーンではタキシード姿、どこからともなく飛行機に乗って現れる、という無茶苦茶さはボンド映画の決まり事だが、なぜか非現実性が気になった。それは前作がボンド映画としては上出来だったから出てきた当然の不満だ。監督は前作と同じサム・メンデス、脚本も前作を書いたジョン・ローガンなので人間的ボンド像が描かれていた前作を継承する内容を期待していたのだが……。車と美女が同列であるような旧態依然としたボンド映画ならもう見なくても良いという気にさせられた。

 蛇足だがネットで本作について調べていたら、ベルッチがボンドガールとしては最年長であったという記事が何度も出てきた。こういうことがニュースになるということ自体もゲンナリである。

上映時間:2時間28分 シアトルはシネコン等で上映中。

 

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『Bridge of Spies』

冷戦時代を振り返る意味
『Bridge of Spies』
(邦題『ブリッジ・オブ・スパイ』)

©Walt Disney Studios Motion Pictures
©Walt Disney Studios Motion Pictures

スティーブン・スピルバーグ監督の最新作は、13年の『リンカーン』に続く実話に基づいた歴史ドラマだ。
米ソ冷戦下の57年、保険専門の弁護士ジェームズ・ドノバン(トム・ハンクス)は、ソ連のスパイとして逮捕されたルドルフ・アベル(マーク・ライランス)の弁護を任される。戸惑うジェームズだったが、検察側が被告の権利を無視した公判を強行するのに対して、断固とした弁護をし、死刑から被告を救う。だが、スパイを弁護したとして世論の轟々たる非難を浴びてしまう。
60年、ソ連を偵察飛行していた米のスパイ機U-2が撃墜され、パイロットが捕虜となる。これを機に米ソ二国は秘密裏に、服役中のルドルフとパイロットの交換交渉を始め、またしてもジェームズが交渉の矢面に立つことになる。
前半ではジェームス自身が書いた弁論が再現され、被告の権利を守るという彼の弁護士として立場と主張を見せていき、後半はベルリンに舞台が移り、厳しい環境下でスパイ交換交渉に当たるジェームスの様子が描かれていく。政治的スリラーの側面も持った作品だが、過度にスリルに陥ることなく、軽いユーモアを交えながら最後まで歴史ドラマとしての枠を保ち、安定感のある作品となった。本作のハンクスははまり役過ぎて面白みに欠ける嫌いがあったが、彼だからこそ演じられる誠実な弁護士の説得力は否定できないものがあった。
全編を通して背景からセット、通行人の衣服や仕草に至るまで50~60年代という時代が丁寧に再現されていることもあり、シドニー・ルメット作品などの懐かしいハリウッド映画を見ているよう。米国の良心を描いた名作『アラバマ物語』を思い出してしまった。
スピルバーグ監督は、SFやアクションなど娯楽映画で大ヒットを飛ばしてきた人だが、近年はドラマをじっくり描く、手堅くオーソドックスな演出で見せる作品が多くなり、映画監督として演出の幅を広げている感がある。この変化が「円熟」などではないことを祈りたい。脚本はマット・チャーマンの書いたオリジナル脚本に、ジョエル&イーサン・コーエンが改訂を加えている。
ソ連の原爆投下を想定して米国の子どもたちが机の下に隠れるなどの避難訓練をする映像が登場するが、それがバカバカしい空騒ぎに見えるのは半世紀という時を経たせいなのだろう。今はISILの脅威。この脅威にはかなりのリアリティがあるが、果たして半世紀を経たらどうなのだろう。米国では「冷戦に米は勝利した」と言う人がいるが、勝ったのではなくソビエトの崩壊は内部から起きたのだ。そんなことを振り返ってみると、今、ヒットメーカーであるスピルバーグ監督が冷戦時代を描く意味は大きいと言えるのではないだろうか。

上映時間:2時間21分。シアトルはシネコン等で上映中。

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終わりの見えない戦い『Sicario』(邦題『ボーダーライン』)

終わりの見えない戦い

『Sivcario』

(邦題『ボーダーライン』)

 

『Sicario』 (邦題『ボーダーライン』) 『灼熱の魂』で世界の注目を集めたカナダのドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の最新作。『Sicario』の意はヒットマン、殺し屋だ。米国とメキシコの国境地帯 を舞台に、麻薬カルテル捜査のダークな実態を描いた犯罪スリラーの秀作だった。

FBI捜査官ケイト・メイシー(エミリー・ブラント)は、自分の追っていた事件がメキシコの麻薬カルテルと深い関係にあったことを知る。カルテルのボ スを追うCIAのマット・グレーバー(ジョシュ・ブローリン)は、麻薬捜査に無知のケイトを彼の特殊部隊に呼び入れ、コロンビア人のコンサルタント、 アレハンドロ(ベニチオ・デル・トロ)と合流。彼の指示に従って、メキシコの犯罪地帯フアレスに乗り込んでいく。だが、捜査の実態は国境も法律も無 視する無謀極まりないもので、理想家肌のケイトはマットらのやり方に抗議。怪しげなアレハンドロの存在にも疑問を抱いていく。

物々しい重装備でフアレスに乗り込むオープニング20分が秀逸だ。未知の捜査に挑むケイトと共に、いつ何が起きるのか予想がつかない、現地の警察さ え信用できない無法地帯に向かう。バックに流れるアイスランドの音楽家ヨハン・ヨハンソンの重い旋律が張り詰めた感覚を盛り上げ、この部分だけでも 犯罪映画としては第一級の出来栄えだ。

脚本はTV俳優でもあるテイラー・シェリダンが、自分が育ったテキサス国境地帯でリサーチをして書き上げた。カルテル同士が覇権を争う熾烈な闘争が 続くフアレスの現状は凄惨さを極め、ほぼ本作で描かれている通りらしい。一人のボスを捕えても、別のカルテルが台頭するだけの話で、水際で麻薬組織 を追う米国側の捜査も、組織の撲滅ではなく麻薬の流れを掴み、監視する程度のことしかできないようだ。

そんなグレーエリアに迷い込んだケイトは、捜査官としてのモラルの葛藤を続け、アレハンドロの正体も分からず、法も犯罪も、善も悪も境目が見えなっ ていく。ブラントが激しいアクションを切れよく見せる一方で、葛藤する内面的演技にも冴えを見せ、去年の『オール・ユー・ニード・イズ・キル』より さらに演技の幅を広げた感がある。

ヴィルヌーヴ監督は人間のグレーな部分に関心があると言う。衝撃的な『灼熱の魂』や前作『プリズナーズ』でも、善悪判断が下せない領域に入りこんで いく人々を描いていた。そんな彼にとって、終わりの見えない麻薬カルテルとの闘いの現実は、まさに彼らしさが生かされる題材で、才気を充分に発揮し た作品になっている。

上映時間:2時間1分。シアトルはシネコン等で上映中。

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営業公募隊に起きた惨事『Everest』

movie_Everest1996年に日本の女性登山家、難波康子を含む8人の犠牲者を出したエベレスト大量遭難を題材にした劇映画だ。エベレストは世界最高峰、映画『Meru』で紹介したような強靭な登山家らが挑む山と思っていたが、現状はビジネス化が進み、営業公募隊に参加するとプロの登山家の指導下、アマチュアでも登頂が可能だという。この遭難はそんな公募隊に起きた惨事だった。
ニュージーランドで公募隊を募る会社に属するプロの登山家ロブ・ホール(ジェイソン・クラーク)は、一人65,000ドルを払ったアマチュア登山家9人(難波も参加)からなる公募隊を引率。世界中から集まった公募隊で混雑する中継キャンプで、米国の公募隊を率いるスコット・フィッシャー(ジェイク・ジレンホール)の隊と共同登頂することになる。参加者は現地で数日間の厳しい訓練を受けた後、いよいよ登頂を始めるが、体調不良等で数人が下山。だが、ペースの遅い医師のベック(ジョシュ・ブローリン)や前年に登頂に失敗した郵便局員のダグ(ジョン・ホークス)は登頂に固執し、ホール隊長は下山時間を過ぎても山頂近くに残り続けていた。そんな頃、猛烈なブリザードが接近、キャンプで登頂のサポートをするヘレン(エミリー・ワトソン)は、早い下山を呼びかける。
雄大なエベレストの景観を上空や遠景、仰角などさまざまな視点から見せるクリスプな映像が圧巻で、3D映像は見応えがあった。同時に登頂に胸躍らせる公募隊の様子から遭難に至る経緯までを緻密にスリリングに追って飽きさせない展開。山頂近くで動けなくなったホールと家で待つ妊娠中の妻(キーラ・ナイトレイ)が衛星電話で会話した実話も描かれるが、さほど感傷的ではなく、焦点は登頂者一人一人の遭難/生還に至る厳しい闘いに当てられている。
多くの公募隊が同時期に登頂を目指す際、成否が天候に左右されるため隊同士のコミュニケーションは不可欠。本作では、天候を睨みながらどの隊が先か、協力が得られるのかなどの調整の難しさも描かれている。また、ホールはなぜ下山時間を過ぎても山に残ったのか。隊長である彼にとって隊員は顧客。彼らを満足させねばという意識があったのではないか。この遭難が、ある部分人災という印象を持った。

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常識の帽子を脱いで…『Art and Craft』

どこかスノッブなイメージがある美術界は、奇妙で滑稽な事件が起きやすい業界のようだ。本作の中心人物は贋作家のマーク・ランディス。彼は自分の描いた贋作画を富豪の慈善家を装って、無償で美術館に寄贈し続けた男である。15世紀の聖画像からピカソ、スヌーピーの線画まで多種多様なテクニックをマスターした彼の贋作は完璧。偽物の疑いを持つ美術館や学芸員がいないまま、なんと過去30年間、米国20州にわたる中型美ARTANDCRAFT_4館にさまざまに身分を偽って、寄贈を続けていたのである。ところが、FBIは彼を逮捕することが出来ない。なにせ彼は一度も自分の贋作で金銭を得たことがなく、犯罪に当たらないと言うのだ。

彼はなぜこんな行動をし続けたのか? 天才詐欺師か、愉快犯か、それともパフォーミング・アートティストか。大方の予想を裏切るランディスの行動の謎をひも解いていく異色のドキュメタリー映画で、美術好きの人なら特に楽しめる作品だろう。

監督のサム・カルマンとジェニファー・グラウスマンは、2011年にランディスを取り上げたニューヨーク・タイムス紙の記事を読んで強い関心を持ち、彼へのインタビューを皮切りに、贋作作りに没頭する日常と彼の贋作を見つけた元美術館員の執念、ランディスの作品を集めた展示会に至るまでの過程を見せていく。

ランディスはティーンの頃に分裂症や人格障害などの精神疾患を患い、長年入院生活を続けた。退院後に写真や美術の勉強をし、画商をしていた時期もあったようだが、再度の入退院後に贋作製作と寄贈にハマってしまった。「寄贈すると美術館の人に敬意をもって扱われるのが良かった」と言う。現在は教会の神父を装って贋作寄贈を続けているが、誰も彼を止めることが出来ない。

精神科に通院を続ける彼には贋作寄贈への罪悪感はゼロ、理屈で正当化しようという意思もない。彼は自宅ベッドの上で、古い映画のビデオをつけたまま、力むことなく贋作を量産する。そんな楽し気な彼を見ていると、贋作贋作と騒ぐのは高名な画家の作品が権威と金を生み出す美術界の理屈であり、ランディスにとってこれは、単なるクラフトでホビーに過ぎない。出来たものを人にあげて喜ばれるならどこが悪い、という気にもさせられる。常識の帽子を脱いで、ちょっとクラクラしながら彼の話に耳を傾けてはどうだろう。

限りなくグレーなセクシュアリティ 『The New Girlfriend』 (邦題『彼は秘密の女ともだち』)

movie_20150925『8人の女たち』や『スイミング・プール』『しあわせの雨傘』などサスペンスからコメディ、ロマンスまで多様な作品を独特の語り口で描いてきた異才フランソワ・オゾン。今やフランス映画界を代表する監督と言えるだろう。
そんな彼の最新作は揺れ動くジェンダー・アイデンティティと限りなくグレーなセクシュアリティをめぐるロマンス。いつもながら常識などを着地点としない華麗でコミカル、スリリングなオゾン・ワールドであった。
クレール(アナイス・ドゥムースティエ)は、大の親友ローラ(イジルド・ル・ベスコ)が生まれたばかりの娘を残して逝き、悲しみにくれていた。しかし、娘と夫を頼むと言い残したローラとの約束を守るため二人を訪ねると、なんと夫のダヴィッド(ロマン・デュリス)が女装していた。ローラの服を着ると赤ん坊が喜ぶのだと説明するダヴィッドだが、次第に彼の女装癖は生前のローラも知っていたことが分かる。戸惑うクレールに対して、ダヴィッドは女装した別人格ヴィルジニアと一緒に外出してくれと頼み、二人は頻繁に買い物や食事に出かけるようになっていく。
クレールには夫がいるが、彼女のローラへの思いは友情よりも恋愛に近く、ローラを失った深い悲しみをダヴィッド/ヴィルジニアと分かち合っているうちに……というお話。モラルを優先する米国映画などでは絶対ありえないフランス映画ならではの展開が面白い。
原作は英国のミステリー作家ルース・レンデルの短編『女ともだち』。オゾンが脚色して結末などは変えたようだ。レンデルの作品には社会的規範から外れたセクシュアルな女がよく登場し、そんな女を主人公にクロード・シャブロル監督は『沈黙の女/ロウフィールド館の惨劇』『石の微笑』、ペドロ・アルモドバル監督が『ライブ・フレッシュ』を映画化している。オゾン監督はサスペンスのシャブロルと多様なセクシュアリティのアルモドバルらと同様に、得意分野をノビノビと描ききっている。
なんでもアリのフランス映画という言い方があるが、なんでもアリの核には「個」の尊重がある。ことセクシュアリティに関してはなおのこと。人間が個体である以上まさに十人十色。倒錯という枠づけは大きな意味を持たないのではないだろうか。

上映時間:1時間48分
シアトルはLandmark’s Seven Gables Theatreで上映中。

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Think Different なドキュメンタリー『Steve Jobs : The Man in the Machine』

3今やiPhoneに依存し、手放せなくなってしまっている人も多いのではないだろうか。今この原稿をiMacで書いている筆者もアップル依存度の高い人間の一人。生まれて初めて手にしたPCはMacintosh 512K。親しみやすいアイコンとマウスを使って絵が描けることに感動、以来アップル以外のPCを使ったことがない。

本作は、そんな私たちとこの機械との関係について考えさせてくれるドキュメンタリー映画だ。フォーカスはアップルの創業者、天才的起業家スティーブ・ジョブズ。アップルカルトと呼ばれる献身的利用者を惹きつけた彼のカリスマ性と、反面の独善性や冷酷さなどについては、すでに多くの本や映画、ドキュメンタリーなどで知られている。本作は語り尽くされた感のある彼の物語の二度塗りを極力避けながら、ジョブズの人間的暗部、起業からの足跡、そして彼の生み出した製品と企業倫理の関係を追って実に興味深いものがあった。

監督はアレックス・ギブニー。アフガニスタンのタクシー運転手の拷問死を扱った『Taxi to the Dark Side(邦題:「闇」へ)』でアカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞を受賞したベテランの社会派ドキュメタリー映画監督だ。本作では山崎裕が撮影監督を担当し、ジョブズが愛した日本の風景が美しい映像として何度も登場し目を癒してくれる。

 

ジョブズは復帰後の97年、移民労働者の組合を作ったシーザー・チャベスやキング牧師などを使った広告「Think Different」で企業イメージを決定づけ、アップル社は大躍進を続ける。だが、近年になってiPhoneを作る中国の工場での劣悪な労働状態や労働者の頻繁な自殺が報道された。ジョブズは禅に興味を持ち何度も訪日、その影響は彼の製品の持つシンプルなデザインに反映されているが、鏡のように美しいiPhoneの画面を実現するために使われる毒性のある薬品とそれを扱う労働者たち。これは「Think Different」のキャンペーン・イメージと相反するものだ。

他国の若者の奴隷的労働の上に成り立つ私たちの手の平の自由iPhone。そしてiPhoneのリングトーンに無意識に反応して依存度を高める利用者。私たちはiPhoneやiPadで信じられないほどの自由を得たが、その反面どんな自由を奪われてきたのだろう? その問いかけこそ「Think Different」なのではないだろうか。

ジョブズの娘を産んだが長年認知を拒否された女性が「彼は人間と関係を作るのが難しい人だった」とコメントしていた。彼には人と自分を繋げるものとして機械が必要だったのかもしれない。目の前にいる人との会話をせず、iPhoneを見続ける人々を大量に生み出したジョブズ、彼ら彼女らこそジョブズの子どもたちに見えてくる。

上映時間:2時間7分。シアトルはSeven Gables Theatreで上映中。

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登山家という強靭な生き方『Meru』

08-Meru - 3_optヒマラヤ山脈の中でも切り立つ頂上と垂直の壁で知られる7000m級のメル-中央峰シャークスフィン(形がサメのヒレに似ている)。その登頂に2度に渡って挑んだ3人の登山家、コンラッド・アンカー、ジミー・チン、レナン・オズタークを追ったドキュメンタリー映画だ。撮影はナショナル・ジオグラフィックなどに寄稿する著名な山岳写真家でもあるジミーとレナン自身が担当、2人が自らの登山の様子を追った厳しい様子と、息をのむ絶美のメルの映像に圧倒される山岳映画だった。

メルへの登頂は日本の馬目弘仁率いる鱶鰭同人会など世界中の登山家によって成し遂げられているが、頂きへ直上する最難ルートは複雑で危険性が高く未登峰だった。08年に最初の登頂に挑んだ3人は8日分の食料だけで17日も登頂を続けた。

当時20代だったレナンは、素手で岩登りをするフリークライマーとして知られ、高山登頂は未経験だったが、ベテラン登山家でエベレスト登頂を何度も経験しているコンラッドの誘いを受けて参加。厳しい初登頂に苦戦を強いられる。ジミーは06年にエベレストに登頂し、頂上からスキー滑降をした経験もあるほどのアスリートでコンラッドにとっては命を預けあうパートナー。この2人が若いレナンを支えつつ登頂を続けたが悪天候に見舞われ、頂上100mを目前にして断念。そして11年に再度挑戦をすることになるのだ。

この3年間にジミーとレナンの身に降りかかった悲惨な事故。奇跡としか言いようのない生還の記録も克明に撮影されており、身体的心理的障害を乗り越えていく登山家という強靭な生き方が描かれていく。監督はジミー・チンと彼の妻でドキュメンタリー映画作家のエリザベス・チャイ・バーサリー。登山家を支える妻たちの毅然たる心情も記録されている。

登山家には必ずメンターが必要であること。コンラッドもメンターと共に登山することで経験を積んだ。そのメンターの事故死、信頼するパートナーの事故死を乗り越えて今のコンラッドがいる。事故と死と隣り合わせに生きるのが登山家なのだろう。そんな彼らを見ていると、なぜ登るのか?は愚問と感じられた。

ちなみに、ヒマラヤ山脈はブータン、中国、インド、ネパール、パキスタンにまたがり、カラコルム、ヒンドゥークシュ、天山、崑崙などの山脈を含み、7,200m以上の山が100峰もある一大山脈。エベレストは最高峰ではあるが、未登峰の困難を極める頂きは多い。登山家が後を絶たないわけである。

上映時間:1時間30分。シアトルはLandmark’s Guild 45th Theatreで上映中。

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ジレンホールを観る映画 『Southpaw』

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ライト・ヘビー級のチャンピオン、ビリー・ホープ(ジェイク・ジレンホール)の盛衰の物語。

タイトルを防衛し、彼を支える美しい妻モーリン(レイチェル・マックアダムス)と一人娘レイラと豪邸に暮らすビリーは、成功の頂点にいた。しかし、あるパーティーで新進ボクサーの挑発を受けて乱闘となり、その騒ぎの中でモーリンが銃弾を受けて死亡。失意のどん底に落ちたビリーは酒浸りの自暴自棄となり、狡猾なマネージャー (50セント)からも見放され、破産へ。レイラは児童保護施設に預けられ、文無しになったビリーは、トレーナーのティック(フォレスト・ウィテカー)のジムを訪ねるのだった。

ここから先は予想通り。頂点からどん底へ、そしてまた頂点を目指す……。『ロッキー』などで語り尽くされたボクシングものの王道と呼べるストーリー展開で、やや拍子抜けしてしまった。なぜなら、ジレンホールは作品選びがうまいからだ。去年の『ナイトクローラー』に始まり『ミッション: 8ミニッツ』『ゾディアック』など、犯罪もの、心理サスペンス、SFまで意欲的な話題作に多く主演、本作にもクリシェ(月並み)以上のドラマを期待していた。

とはいえ、渾身の力を込めてボクサーを演じたジレンホールの演技は特筆に価する。前作『ナイトクローラー』で激やせの後、腹筋くっきりの見事なボクサー体型に体を作り、パンチングボールからフットワークまで敏捷なボクサーの動きを見せ、主人公の物語よりもジレンホールの役に傾ける情熱に打たれてしまった。

最近、『Champs』という米国のボクシング業界のドキュメンタリー映画を見たが、マイク・タイソンなどこの業界にはビリーのような盛衰の物語が後を絶たない。この傾向は、野球やフットボールなど他のプロスポーツと比べても顕著で、プロモーターが強大な力を持ち、選手が業界によって保護されていないことに理由があるらしい。選手の9割はかつかつの生活、反面1試合で何百億ドルという金が動く落差。テニスなどと比べて貧しい階層の出身者が多いのも特徴で、ハングリーなボクサーの盛衰の物語は現実であり、クリシェと言われようと繰り返し映画として描かれていくに違いない。

監督は『トレーニングデイ』などハードなアクション映画を得意とするアントワーン・フークア。ラストのファイトでビリーがカメラに向けてパンチを打つシーンが秀逸だ。脚本はTVドラマ『サン・オブ・アナーキー』の脚本や監督を担当してきたカート・サッター。

上映時間:2時間3分。シアトルはシネコン等で上映中。

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若い女性が体験した戦争 『Testament of Youth』 (邦題『テスタメント・オブ・ユース』)

1914年、上流家庭で育った21歳のヴェラ・ブリテイン(アリシア・ヴィキャンデル )は、女子の高等教育に否定的な父の反対を押し切って念願のオックスフォードのサマーヴィル・カレッジへ入学する。だが、その直後に第一次大戦が勃発し、恋人のロナルド(キット・ハリントン)、弟エドワード(タロン・エガートン)、幼馴染のジェフリー(ジョナサン・ベイリー) が次々と軍隊に志願。ヴェラも大学を辞め、看護師として志願して前線の病院へ。そこで多くの悲惨な負傷兵を目撃/看護し、戦争の実態を知る。そんな頃、エドワードが病院に運ばれて来た……。

-1ブリテイン(1893年~1970年)が書いた自伝的同名小説(邦題『青春期の遺言:1900-1925年の自伝的記録』)の映画化。オーソドックスな語り口で、戦争の衝撃と胸が張り裂ける喪失の悲しみを描いた優れた反戦映画として推薦したい。監督はTVでの経歴が長いジョン・ケント。ヴィキャンデルなど人気の高い欧州の若手俳優たちが好演している。

原作は第一次大戦後、反戦平和主義者として活動したブリテンの原点となる痛恨の体験を綴ったもので、英国では反戦文学として今も読み継がれているようだ。戦争の実態を若い女性の視点で語っており、郷静子が書いた小説『れくいえむ』を思い出した。立派な軍国少女が空襲で家族や友人たちを続けて失い、絶望と孤独の中で死を待つ姿を透明感のある筆致で書いた反戦文学の傑作で、1973年の芥川賞を受賞している。

本作でやや驚いたのは、第一次大戦の勃発で英国の上流家庭の青年たちが「戦地に行くことは名誉」と即志願をしていたこと。米がイラクに侵攻した時も、多くの若者が志願=名誉と感じて戦地に向かった。兵士として戦地に赴くことを名誉と感じる感性は、教育によって刷り込まれるものだろう。ヴェラ自身も弟の志願を支援して父を説得、この体験が彼女にとって生涯にわたる悔恨へと繋がっていく。

筆者は日本の平和憲法の下、戦争放棄を謳う日本の憲法は世界に誇るべきものと思い、戦争=悪と感じてきた。今、そんな日本が安全保障関連法案を通して大きく変わろうとしている。「国際平和支援法」など、いかにも平和貢献という羊の衣を被っているが、下に何が隠れているのか。戦争によって富を得ようとする狼の姿が見えて仕方ない。

上映時間:2時間9分。シアトルはGUILD 45TH TWIN THEATRES、MERIDIAN 16で上映中。

©Sony Picture Classics

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オタクなアフリカ系高校生のコメディ 『Dope』

今年のサンダンス映画祭でプレミア上映され、観客の人気を集めたインディーズの作品。ノリの良いヒップホップの楽曲にのせて、ロス郊外イングルウッドの犯罪多発地区で暮らすアフリカ系の高校生が巻き起こす事件をユーモアたっぷりに見せる出色のコメディ作品だった。maxresdefault バス運転手のシングルマザーと暮らすマルコム(シャメイク・ムーア)はハーバードを目指す高校生。オール A の成績を自慢するうぬぼれ屋でかなりなオタク、学校ではいじめっ子の標的だ。そんな彼とつるむ気弱なジブ(トニー・レヴォロリ)と、鼻っ柱の強いレスビアンのディギー( キーアージー・クレモンズ)の 3 人はパンクバンドを組んでいた。 たまたま行ったパーティで銃撃戦が始まり、近所にウヨウヨいる麻薬ディラーの 1人ドム(エイサップ・ロッキー)の扱う麻薬をある重要人物に届ける羽目になるが、その男から受け取りを拒否されて愕然。しかし、頭の良いマルコムたちは、金の経路が掴めないビットコインを使ってネットで麻薬を売ることを思いつき……というお話。 成績優秀でもハーバードなどには絶対行けないと教師から釘を刺されたマルコムだが、ぜんぜん負けていない。窮地をチャンスに変えようと奮闘する彼とダチ公たちの関係が気持ち良く、物語もテンポよく動いて軽快だ。 貧しいアフリカ系高校生のステレオタイプを打ち壊す型破りなキャラクターばかりで、マルコムは 90 年代のヒップホップ音楽とファッションにハマっているし、彼らを助ける白人ハッカーが親しみを込めて「niggas」と言うとディギーから平手打ちが飛ぶし、ディーラーが集まれば戦争とオバマ政権への不満タラタラ、などディテールに新鮮な時代性が反映されて楽しいことこの上ない。エンディグではしっかり作り手のメッセージも伝わってきた。 脚本/監督は 99 年の『T h e Wo o d』でデビューしたリック・ファミュイワ。一貫して独立系、アフリカ系の若者たちの堅い絆で結ばれた友人関係をコメディタッチで描いてきた。本作はその中でも最良の出来栄えではないだろうか。 ナイジェリア出身の一世で、本作の舞台となるイングルウッドで育った。マルコムは監督自身の分身でもあるのだろう。寡作の人だが、作る作品ごとに全米黒人地位向上協会から作品賞にノミネートされてきた。製作者にはアフリカ系シンガー、ファレル・ウィリアムス、ショーン・コムズ、俳優のフォレスト・ウィテカーの名が並び、彼の作家性をしっかり支えている。 上映時間:1時間 43 分。シアトルはシネコン等で上映中。 [新作ムービー]

自虐ギャクなしの楽しい笑い 『Spy』

spy-1 公開1週目で興行 成績一番に躍り出たメリッサ・マッカーシー主演のスパイ・コメディで、批評家の評価も上々。ヒットした『ブライズ メイズ 史上最悪のウェディングプラン』で注目を浴びて以来、主演作でベストワンは本作が初なので、彼女の代表作になるだろう。 主人公は、ハンサムなスパイ、ブラッドリー(ジュード・ロウ)を助ける凄腕のアナリスト、スーザン・クーパー(マッカーシー)。しかし、ブラッドリーは核兵器を隠し持つ武器商人のレイナ(ローズ・バーン)に殺されてしまう。彼の亡き後、核兵器の所在を探すため、レイナに顔の知られていないスーザンが覆面スパイとなってパリへ。ところが、自信満々のハードコア・スパイ、リック(ジェイソン・ステイサム)は、彼女の潜入に不満を持ち、潜入先に出没しては嫌味を言いまくるのであった。 オープニングから『007』シリーズの臆面もないパクリで始まるが、本作の大きな見どころはマッカーシーとステイサムの丁々発止の舌戦だ。無口なアクション・スターのイメージが定着しているステイサムだが、本作では自らをパロって「オレは怖いものなしなのダ」の大ボラ話を吹きまくってマヌケぶり全開、たぶん彼の主演作5本分ぐらのセリフを喋っていたのではないだろうか。絶妙な配役だ。 絶妙と言えばお高く止まった嫌味な女役が板についてきたバーンも適役で、スーザンに意地悪爆弾を炸裂させる。しかし、どの舌戦も邪気がないところが本作の良さで、こういう笑いは希少。監督のポール・フィグの脚本に負うところが大きいだろう。 マッカーシーとフィグのタッグは『ブライズメイズ……』に始まって3作目。毒気ゼロの舌戦の楽しさは前ヒット作『デンジャラス・バディ』でも証明済だが、マッカーシーを荒っぽい刑事として描き過ぎて楽しさが半減していた。しかし、本作はグレードアップ。彼女を有能で洗練されたスパイと設定し、周囲からはボコボコにされても自虐に陥ることなくはね返し、最後まで楽しく笑わせてくれる。 また、スーザンの塩辛いボス役を演じたアリソン・ジャニーや、すっとんきょうな同僚を演じた英国の人気コメディアン、ミランダ・ハートも共にベテランらしい達者な笑いを提供、マッカーシーを盛り上げていた。 主人公の大きな体の滑稽さで笑わせるドタバタ・コメディが多い中で、フィグの演出はその難を避け、マッカーシーのコメディアンとしての最良の部分を引き出すことに成功したと言えるだろう。二人の次回作が待たれてならない。 上映時間:1時間57分。シアトルはシネコン等で上映中 [新作ムービー]

『Results』

ゆるゆると動く三角関係 1米国インディ映画らしいラブ・コメディで、脚本/監督はアンドリュー・ブジャルスキ。この名前で「ほーっ」と思う人はかなりの映画通だ。 舞台はヘルス・ジム、主人公は3人。離婚後、突然大富豪になってしまったダニー(ケヴィン・コリガン)と、彼の美人トレーナーのキャット(コビー・スマルダーズ)、そしてジムのオーナーでキャットの元カレ、トレヴァー(ガイ・ピアース)だ。 豪邸に一人で住み、金の使い方が分からないダニーは、健康的な身体を作ろうとキャットを個人トレナーとして雇うが、ピザなど食べてやる気を見せない。やる気まんまんのキャットは我慢強くダニーの元に通うが、ある晩ダニーの誘いに乗って一夜を共に。その後、トレーニングよりも彼女に執着を見せるダニーに嫌気がさしたキャットは逃げ出し、彼女とは元よりワケありだったトレヴァーは客である富豪のダニーを逃したくないし、キャットの気持ちも気になって仕方がない……。 キャットをめぐる三角関係の話だが醜い嫉妬劇はなく、恋の行方というよりは3人の関係がゆるゆると動くロープのように変化していく様子が描かれていく。「ねえ、メイクアウトしない?」と大声でトレヴァーに声をかけるキャットのサバサバした様子など、今時のジムを舞台にした大人同士の出会い/関係ってこんな感じかもしれない。セリフのおかしみ、リアリティこそが本作の身上だ。 ブジャルスキは「マンブルコア(台詞をもごもご喋る映画のスタイル)の父」と呼ばれ、2000年代のインディ系映画の一つのジャンルを代表する監督だ。マンブルコアの特徴は低予算で素人の役者を使い、若い主人公らの狭い日常世界を描くというもので、莫大な予算と特撮を駆使して作られるハリウッド映画のアンチとして、生まれるべくして生まれたジャンルと言えるだろう。 本作はそんな彼の作品の中ではベテラン俳優を使っている点で新境地と言えるが、主人公たちがマンブルしている感じは初期の作品と驚くほど似ている。なるほどブジャルスキはこういう世界を描きたかったのか、と納得。巧い役者を使ったことで、彼の作品世界がくっきり立ち上がった。 ブジャルスキは、インディ系でスタートしてハリウッドの大作へと「ステップアップ」していく監督が多い中で、独自の世界を守りつつ、少しづつ自分の世界を広げていくタイプのようだ。先輩には『6才のボクが、大人になるまで。』のリチャード・リンクレイターがいる。好みが明確に分かれるジャンルであるが、これからのブジャルスキ監督がちょっと気になってきた。 上映時間:1時間45分。シアトルは5日からSundance Cinemas Seattleで上映中。 [新作ムービー]

スーパーヒーローの満漢全席

『Avengers: Age of Ultron』 ndLdLEaFRay5vU9Hot9m_211ox9s マーベルコミックスのスーパーヒーローを集めて、地球破壊を目論む敵と闘うという内容で全世界で大ヒットとなった 2012年の『アベンジャーズ』の続編だ。内容は変わらず、前回の敵はロキという宇宙人だったが、今回の敵は高度に発達した人工知能ウルトロン(声:ジェームズ・スペイダー)だ。 地球の危機を救うためアイアンマン(ロバート・ダウニー・J r)、キャプテン・アメリカ(クリス・エヴァンス)、ハルク(マーク・ラファロ)、ソー(クリス・ヘムズワース)、ブラック・ウィドウ(スカーレット・ヨハンソン)、ホークアイ(ジェレミー・レナー)が結集。と、聞こえは良いが、ヒット作を連発しているマーベル・スタジオズもネタ切れ、スーパーヒーローの叩き売りか、という先入観をもった 1 作目だったが、意外と面白かった。

各ヒーローのキャラクターが明確に描き分けられ、互いのエゴの張り合いやウィットに富んだセリフのやり取りを挟みなが ら、連発花火さながらのアクションシーンを繋げていく脚本と演出が成功を生んだ。脚本/監督は『トイ・ストーリー』を共同執 筆したジョス・ウィードンで、本作も彼が脚 本/監督を担当している。 本作ではヒーローたちに恨みを抱く双子の姉弟(アーロン・テイラー=ジョンソン、エリザベス・オルセン)などを加えているが、登場人物が増えれば増えるほどスーパーヒーローの満漢全席の趣。メニューの多さ、登場人物の名前と俳優名だけで本稿が一杯になる過剰さに、食傷の感は否めなかった。しかし、ストーリー的にはきちんと整理され、混乱がなかったのはさすが。 この手の映画はスタート時点から、世界でどれだけヒットさせることができるかという目的と、総製作費 280 億ドル (3 兆3600 億円 !)を回収できる映画でなくてはならない運命を背負っている。だからこそ、ハリウッドの有名実力派俳優を配し、最新鋭の特撮技術を駆使してアクションを満載。ちょっとだけロマンスと家族愛のテイストを加味し、観客を飽きさせない巧みな脚本と演出で映画を完成させる。結果は、公開 2週目にして全世界での興行収益875億ドル、商品としては上出来、大成功である。 それにしてもこの大成功、ファーストフードが世界を席巻している状態とそっくりで、少しもうれしくない。 上映時間:2時間 21 分。シアトルはシネコン等で上映中。 [新作ムービー]

 

チャドルをまとったバンパイア

『A Girl Walks Home Alone at Night 』

スタイリッシュな白黒の画面で描かれる若い女バンパイアの物語だ。 舞台はイランの架空の町、バッドシティ。黒くて長いチャドルを頭部からすっぽり羽 織った謎の女(シェイラ・ヴァンド)が夜の町を徘徊する。いや、彼女は何かをジーッと見つめている。売春婦を車に連れ込む男や深夜の路上で遊ぶ少年、街角に佇む売春婦アティ(モズハン・マーノ)など。AGirlWalksHomeAloneAtNightそんなある晩、彼女は、父の介護をしながら愛車を友に生きる若者アラシュ(アラシュ・マランディ)と出会い、2 人は恋に落ちていく……。 物語を語ろうというより、出口のない小さな町で生きる閉塞感や憂鬱を、優れた映像感覚とレトロなムードたっぷりに見せていく作品だ。バンパイアを主人公に据えることで鮮烈でホラーっぽいテイストも加味されてはいるが、ホラー映画とは言えないだろう。 若い女は、ウェイトレスでも住んでいそうな貧しげな部屋で、ヒップなポスターや装飾に囲まれ一人暮らし。夜な夜な太いアイラインを引き、ストライプの Tシャツを着て夜の町へ出かける。バンパイアは昼間、棺桶で 寝ているはずだが、イランのバンパイアはアパート住まいだ。 それにしてもイラン女性がまとうチャドルをバンパイアの衣装に使ったアイディアは卓抜している。あの真っ黒で大きな布の下に何が潜んでいるのか? 想像力がぐんぐんと広がり、飛躍していく。 脚本/監督は英国生まれで米国育ちアナ・ リリー・アミルプールで、本作が初長編作品。イラン女性が初めて作ったバンパイア・ウェスタンという触れ込みだが、私見を言えばフェミニスト・バンパイア・ウェスタンである。彼女の餌食になるのは、女に暴力を振るう男や買春をする男で、孤独な売春 婦アティには親近感を抱き彼女の部屋まで ついていく。この先どうなるだろうと思ったあたりで男との恋へと転じて、平凡な着地点にストン。これはちょっと残念だった。せっかくチャドルをまとったバンパイアを造形したのだから、あの布の下にため込まれてきたイランの女達の思いをもっと表現して欲しい気がしてならなかった。 イランの女性監督作品というとパリ在住のマルジャン・サトラピの『ぺルセポリス』が以前話題になったが、作品としては本作の方がオリジナリティがあって刺激的ではあった。 上映時間:1 時間 44 分。DV D もしくはiTune Movie などのオンライン・ストリーミング視聴可能。 [新作ムービー]  

兄と妹の幻想的な冒険 『Song of the Sea』

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現代を舞台に古いケルトの民話を描いた幻想的アニメーション。10 年に『ブレンダンとケルズの秘密』を作ったアイルランドの監督トム・ムーアの作品で、 アイルランド、ベルギー、デンマークのアニメスタジオが参加している。脚本はウィル・コリンズとムーア。 兄ベンと妹シアーシァは灯台守りの父(声:ブレンダン・グリーソン)と3人暮らし。優しい母親はシアーシァを産んですぐに海に消え、以来寂しいベンは、まったく喋らない妹に意地悪ばかりだ。シアーシァの6歳の誕生日の晩、彼女は白い光に誘われて母が残した白い毛皮を見つけ、それを身につけ海に。アザラシたちと楽しい時間を過ごしたのち、岸辺に打ち上げられる。それを見た祖母(声:フィオヌラ・フラナガン)は心配し、自分の住む町に兄妹を強引に引き取ってしまう。海が恋しいシアーシァが巻貝の笛を吹くと3人の風変わりな妖精が現れ、シアーシァがアザラシの妖精セルキーだと言うのだった。 ここから先は白い光を追いかける兄と妹の幻想的な冒険が、目に優しい色彩と不思議な造形と共に描かれていく。語りかけるように歌うアイルランドのリサ・ハニガンが歌う主題歌も作品世界にぴったり。水彩画の滲みを生かした空や雲を背景に、平面的な線画で描かれる大きな目の子供たちやアザラシが愛らしく、良質の絵本を読んでいる感覚。同時にジブリアニメの影響を強く感じた。 白い光の粒は『となりのトトロ』や『もののけ姫』を、夜の海は『崖の上のポニョ』を、空を疾走する犬は『千と千尋の神隠し』など数え上げるとキリがない。しかし、その表現が単なるマネではなく、ジブリを愛する作り手の中で消化され、まったく別のケルトの物語として生まれ変わっているところが素晴らしい。 人間の男に皮を盗まれて、彼の妻になるというアザラシの妖精セルキーの伝説は、アイルランドに今でも伝わるようで、羽衣を隠した男の妻になって子をなす日本の天女伝説「羽衣伝説」を重ねることもできて面白い。 後半になって、ケルト神話に登場する女神マッハや海神マナナーン・マクリールも登場して、伝説世界がさらに拡がり、想像力の翼を大きく広げた美しいエンディングへと向かっていく。大人と子どもが一緒に見て楽しめるアニメとしてぜひ推薦したい。 上映時間:1 時間 34 分。 iTuneMovieなどストリーミングで視聴可能。 [新作ムービー]