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Author: 中出 修

福井県出身。1985 年、北海道医療大学歯学部卒業。1993年、同大で博士号を取得後、講師に就任。 2003年、ロマリンダ大学歯学部卒業。歯科医勤務を経て2005年、タコマ近郊に開業。2006年10月にサウスセンターモール近くに移転。 パンパシフィック歯科医院 Panpacific Dentistry 411 Strander Blvd. Suite 207, Tukwila, WA 98188 ☎ 253-243-7748

:: 最終回 :: 抹茶が歯周病に効くかもしれない〜健康な歯でスマイルライフ

日本では北海道医療大学歯学部で博士号を取得。米国でもロマリンダ大学歯学部を卒業し、2005年にPAN-PACIFIC DENTISTRY(パンパシフィック歯科医院)を開業した中出修先生に、アメリカで生活する日本人へ向けて歯や口腔について、説明していただきます。

2007年4月から始まったこのコラムも今回が最終回となりました。長年に渡り、お付き合いくださった読者の皆さま、また、このコラムを連載する機会を与えてくださり、毎月、校正、編集にご尽力くださいましたソイソースのスタッフの方々、誠にありがとうございました。心より感謝申し上げます。皆さまの益々のご健勝を心より祈念申し上げます。

抹茶が歯周病に効くかもしれない

歯周病は、人類史上で最も広まっている感染症と言われており、糖尿病、高血圧、心筋梗塞、脳梗塞、肺炎、妊婦の早産や低体重児出産等のリスクを高めるため、歯周病を抑制することが全身の健康維持にとっても重要であることはこのコラムで何度となく取り上げてきました。緑茶に含まれる抗菌成分は、歯周病に有効である可能性があることもこのコラムで取り上げました。しかしながら、緑茶の一種である抹茶に絞った研究はこれまでほとんどありませんでした。最近、日本大学松戸歯学部と国立感染症研究所らの研究チームは、抹茶が歯周病の原因菌の中で一番重要と言われているポルフィロモナス・ジンジバリス(Porphyromonas gingivalis)という細菌の活性を抑え、また臨床的にも歯周病に効く可能性があることを発表し注目されています。今回は、この研究(Microbiology Spectrum2024;DOI:10.1128/spectrum.03426-23)を中心に抹茶と歯周病との関係について述べていきたいと思います。

緑茶と抹茶の違いについて 

緑茶は、発酵していないお茶(非発酵茶)の総称。それに対し、紅茶は発酵茶に、ウーロン茶は半発酵茶に分類されます。さらに、緑茶には育成方法や加工法の違いによって、煎茶、玉露、かぶせ茶、番茶などに分類されますが、現在では「緑茶=煎茶」として使われる場合が多いようです。抹茶は緑茶の一種ですが、茶葉を摘む前にわらや専用の黒いシートを約20日間被せて日光を遮り蒸して乾燥させた碾てんちゃ茶というお茶を使用します。これを石臼で粉末状にしたものが抹茶です。

抹茶の成分の特徴 

緑茶に比べ、抗酸化作用のあるカテキンを約2倍含み、うま味成分であるテアニンが豊富で、緑茶には含まれないルテインやビタミンKを含むのが特徴。

今回の研究(Microbiology Spectrum 2024;DOI:10.1128/spectrum.03426-23)

①.抹茶液が口腔内の16種類の細菌に及ぼす影響について調べ、抹茶液は、歯周病の最有力菌であるポルフィロモナス・ジンジバリスとほか2種の細胞増殖を抑制したが、そのほかの無害な細菌には影響を及ぼさなかった。
②.さらに抹茶のマウスウォッシュを歯周病患者に使用し、その臨床的な効果を調べたところ、唾液中のポルフィロモナス・ジンジバリスの数を減少させた。また統計学的有意差は出なかったが、歯周ポケットの数値を改善させる傾向を示した。
③.これらの結果から、抹茶には歯周病の予防および治療効果がある可能性が示唆された。

まとめ 

今後、抹茶成分を使った他の口腔細菌に悪影響の少ない、歯磨き剤、洗口剤や歯周病治療薬が開発されるかもしれませんね。楽しみに待ちたいと思います。

 
 

参考文献


▪️第3パラグラフ: Microbiology Spectrum 2024;DOI:10.1128/spectrum.03426-23 
https://www.niid.go.jp/niid/ja/basic-science/bacteriology/12687-bac-2024-04.html 

 

フッ化ジアミン銀 vs シーラント〜健康な歯でスマイルライフ

健康な歯でスマイルライフ

日本では北海道医療大学歯学部で博士号を取得。米国でもロマリンダ大学歯学部を卒業し、2005年にPAN-PACIFIC DENTISTRY(パンパシフィック歯科医院)を開業した中出修先生に、アメリカで生活する日本人へ向けて歯や口腔について、説明していただきます。

フッ化ジアミン銀 vs シーラント

日本の歯科医の間ではサホライドの商品名で知られ、1970年ぐらいから虫歯の進行止めとして使われているフッ化ジアミン銀ですが、虫歯の患部に液体を塗るだけで比較的簡単に虫歯の進行を防ぐというメリットがあります。しかしながら、虫歯の箇所が黒くなるというデメリットのせいか、アメリカでは今まであまり普及していませんでした。ところが最近では、そのメリットに注目する歯科関係者がアメリカでも増えてきており、このフッ化ジアミン銀に関して、非常に興味深い研究がニューヨーク大学歯学部から発表されました(JAMA Pediatrics, 2024)*。歯の溝をラスチック樹脂などで埋めて虫歯予防をするシーラントと比較して検証されています。今回はこの研究を中心にフッ化ジアミン銀について解説します。

研究の目的: フッ化ジアミン銀の虫歯予防効果は、シーラントに匹敵するかどうかを調べる。

研究方法:

期間:2018年2月~2023年6月
対象年齢:5~13歳
対象児童:ニューヨークのマイノリティ人口の比率が高く、虫歯になるリスクが高い学区の児童    7,418人がランダムに選ばれ、そのうち、4,100人のデータが最終的な分析に用いられ、フッ化ジアミン銀とシーラントの虫歯予防効果を比較した。


結果:
研究開始前の全体の虫歯罹患率は27.2%だった。フッ化ジアミン銀を
用いたグループの虫歯罹患率は1,000歯当たり10.2本だった。一方、シーラントを用いたグループの虫歯罹患率は1,000歯当たり9.8本だった。フッ化ジアミン銀とシーラントの間には、統計学的な有意差は見られなかった。

結論:
フッ化ジアミン銀には、シーラントに劣らない虫歯予防効果がある。 

補足として、フッ化ジアミン銀の主な作用は、虫歯の進行止めです。フッ化ジアミン銀を虫歯に塗ると、リン酸銀やタンパク銀などの銀化合物とフッ化カルシウムが作られます。これにより、歯の象牙細管が封鎖され、歯質が強化されます。また、細菌の細胞膜や酵素を阻害し、殺菌効果を発揮します。さらに、コラゲナーゼという酵素を阻害して象牙質コラーゲンを保護することで、虫歯予防、初期虫歯の進行抑制、知覚過敏の抑制効果が期待できます。加えて、安価で施術が簡単というメリットもあります。しかしながら、生成された銀化合物が黒くなるため歯が黒く変色し、審美的ではなくなるというデメリットがあります。

まとめ 

コストを抑えたい方や見た目を気にしないという方には、良い虫歯予防法の一つと言えるでしょう。

 


参考文献


第1パラグラフ:JAMA Pediatrics, 2024 
https://jamanetwork.com/journals/jamapediatrics/fullarticle/2815515 

肥満の薬が歯周病予防に?〜健康な歯でスマイルライフ

健康な歯でスマイルライフ

日本では北海道医療大学歯学部で博士号を取得。米国でもロマリンダ大学歯学部を卒業し、2005年にPAN-PACIFIC DENTISTRY(パンパシフィック歯科医院)を開業した中出修先生に、アメリカで生活する日本人へ向けて歯や口腔について、説明していただきます。

肥満の薬が歯周病予防に?

肥満率が世界一と言われる肥満大国アメリカでは、ここ最近、GLP-1受容体作動薬が2型糖尿病薬および肥満症治療薬としてFDA(米国食品医薬品局)により承認されてきており、使用する人が爆発的に伸びています。われわれ歯科関係者にとっても肥満は歯周病にマイナスに働くことがわかっており、その効果は気になるところです。一方で、比較的新しい薬のため長期的な安全性に疑問を呈している専門家も少なくありません。今回は、GLP-1受容体作動薬と歯科との関連について書いていきたいと思います。
 
GLP-1 (Glucagon-like peptide-1) 受容体作動薬について
 
食事をとると小腸から分泌され、インスリンの分泌を促進するホルモンをインクレチンといいますが、GLP-1はインクレチンの一種。GLP-1受容体作動薬はGLP-1に類似した働きをする薬物で、膵臓のβ細胞上に存在しているGLP-1受容体に選択的に結合し、インスリンの分泌を高め血糖値を下げる働きがあります。そのため2型糖尿病薬として使われてきました。同時に、脳の食欲中枢に作用して食欲を抑制し、胃の運動を低下させることから胃に食物が長時間停滞し満腹感が持続、その結果、体重が減少することがわかってきました。最近では食事療法や運動療法を受けている肥満、過体重患者の肥満治療薬としても認可されてきています。注射薬のウゴービ(Wegovy)、オゼンピック(Ozempic)、マンジャロ(Mounjaro)等や経口薬のリベルサス(Rybelsus)があります。
 
GLP-1受容体作動薬と歯科との関連
 
科への影響については十分に解明されているとは言い難い段階ですが、現時点で、以下のようなメリットとデメリットが報告されています。
 
1.歯科におけるメリット
GLP-1受容体作動薬には、古い骨を壊す破はこつさいぼう骨細胞の働きを低下させることで骨吸収量を抑制し、骨の形成を促進する作用が報告されています(Medicina 2022, 58 (2) )。実際にラットを使った歯周病モデルの実験において、骨吸収量の抑制が認められ、歯周炎に対す抑制効果が示唆されたという報告(Journal of Diabetes Research, vol. 2020, 20 Nov. 2020 )があります。また、肥満および血糖値の改善自体が、歯周病の予防につながると考えられます。
 
2.歯科におけるデメリット
(1)口臭の増加:食物が胃に長時間停滞することから、口臭が強くなる可能性が考えられます。オゼンピックの使用で実際に口臭がひどくなったとの報告もあります。
(2)歯の酸さんしょくしょう蝕症の増加:胃に食物が停滞すると口腔内へ逆流する胃酸が増え、歯が溶ける酸蝕症のリスクが高まるため、歯が弱くなり虫歯になる可能性が考えられます。
 
まとめ 
 
ヘルスケアの分野で注目が高まっているGLP-1受容体作動薬ですが、歯科への影響については現在のところ良い面、悪い面の両方が考えられます。この薬を使用している方は、歯科医に知らせましょう。
 

参考文献


 
■FDA
www.fda.gov 

■第2パラグラフ: Medicina 2022, 58 (2)  
www.mdpi.com/1648-9144/58/2/224 

 ■第2パラグラフ: Journal of Diabetes Research, vol. 2020, 20 Nov. 2020  
www.hindawi.com/journals/jdr/2020/8843310

マウスウォッシュで2型糖尿病が防げる?〜健康な歯でスマイルライフ

健康な歯でスマイルライフ

日本では北海道医療大学歯学部で博士号を取得。米国でもロマリンダ大学歯学部を卒業し、2005年にPAN-PACIFIC DENTISTRY(パンパシフィック歯科医院)を開業した中出修先生に、アメリカで生活する日本人へ向けて歯や口腔について、説明していただきます。

マウスウォッシュで2型糖尿病が防げる?

歯周病がアルツハイマー病や2型糖尿病と関連することは、これまでもこのコラムで何度か取り上げてきました。歯周病が多くの全身疾患のリスクを上げるという研究論文は、年々増え続けています。最近、大阪大学の研究グループが、殺菌作用のあるマウスウォッシュが2型糖尿病を改善する可能性について興味深い論文を発表し、注目されました。今回はこの論文を中心に書いていきたいと思います。
 
研究の内容 
 
殺菌作用のあるマウスウォッシュが、口腔内の歯周病菌で特に毒性の高いもの(Porphyromonas gingivalis、 Treponema denticola、Tannerella forsythia)と2型糖尿病に及ぼす影響については、十分解明されているとは言えません。研究は、それについて調べることを目的に行われました。 
 
調査対象ですが、最初は350人から始まり、最終的に患者総数は173人(男性115人、女性58人)で、平均年齢は66.5歳(34~84歳)となりました。歯周病菌が6種以下で血糖値の指標であるHbA1cが6.5%以下、BMIが30.0kg/m²以上の人は調査の対象から外れ、また、途中で調査に協力できなくなった31人、あるデータが足りなかった21人も除外されたからです。 
 
その方法には、最初の6カ月は1日1~3回、水で口腔内をゆすぎ、次の6カ月は1日1~3回、クロルヘキシジンという高い殺菌成分が入っているマウスウォッシュで口をゆすぐという研究デザインが用いられました。調査期間中は、1、2カ月置きに唾液を採取。歯周病細菌のDNAを調べ、存在する歯周病菌を同定しました。同時に、2カ月置きに血液を採取し、血糖値の指標となるHbA1cレベルをチェックしました。
 
研究の結果、わかったこと
 
(1)水でゆすいだだけの最初の6カ月間 は、口腔内の歯周病菌およびHbA1cに 影響を及ぼさなかった。
(2)その後6カ月間、マウスウォッシュで 口をゆすぐと、1日2回以上の場合、統 計学上有意な細菌叢の減少が見られた。
(3)HbA1cの変化においては全体のバラつきが大きく、マウスウォッシュで口を ゆすいだ場合でも、統計学的に有意な 効果が認められなかった。年齢の若いグループ(68歳以下)と老いたグルー プ(69歳以上)に分けて、水でうがいし た場合と比較すると、マウスウォッシュ でうがいした若いグループでより大きな 細菌叢とHbA1cの減少が認められた。
 
まとめ 
 
殺菌力の高いマウスウォッシュで1日2回以上、口をゆすぐと、特に年齢が若い場合、歯周病菌の減少と2型糖尿病の改善が期待できるかもしれません。2型糖尿病で血糖値がなかなか落ちない方は、マウスウォッシュを試すのもいいオプションとなるでしょう。

入院患者の歯磨きが肺炎の発生予防に〜健康な歯でスマイルライフ

健康な歯でスマイルライフ

日本では北海道医療大学歯学部で博士号を取得。米国でもロマリンダ大学歯学部を卒業し、2005年にPAN-PACIFIC DENTISTRY(パンパシフィック歯科医院)を開業した中出修先生に、アメリカで生活する日本人へ向けて歯や口腔について、説明していただきます。

入院患者の歯磨きが肺炎の発生予防に

 

これまでも本コラムで、口腔清掃は高齢者において誤嚥性肺炎の予防になることに触れてきました。しかしながら、そのデータ分析は非常に限られたものでした。最近、マサチューセッツ州のブリガム・アンド・ウィメンズ病院(Brigham and Women’ s Hospital)の研究グループが、過去の文献を検索し、入院患者の歯磨きが院内での肺炎減少につながっていると報告しました(JAMAIntern Med. 2024 Feb 1;184(2):131-142)。今回は、この研究を中心に書いていきたいと思います。

研究の目的と方法 

研究の目的は、毎日の歯磨きが院内感染による肺炎の発症、集中治療室(ICU)の使用、抗生物質の利用などに関係しているかどうかを調べることでした。調査に使用したのは、PubMedを始めとする研究論文検索サイトです。 

入院患者を対象に、歯磨きが治療の一環として組み込まれたグループと組み込まれなかったグループの院内での肺炎発生頻度について、2023年3月までの文献を大規模に検証しました。計15の研究トライアルが調査対象となり、総患者数は1万742人、そのうちICU患者は2,033人、非ICU患者は8,709人でした。

研究によりわかった歯磨きの効果 

調査の結果、入院患者の歯磨きが、院内での肺炎リスクとICU患者の死亡率を統計学上、有意に低くしていることが明らかに。肺炎の減少は、人工呼吸器を使用する患者においても有意に見られ、人工呼吸器を使っていない患者では、有意な減少は認められませんでした。 

ICU患者は歯磨きの徹底により、人工呼吸器の使用日数が減り、ICU滞在期間も少なくなっていました。一方で、非ICU患者の入院日数と抗生物質の使用において、歯磨きが影響することはありませんでした。歯磨きの頻度に関して、1日2回と3回以上で有意差は確認されていません。

まとめ 

結論としては、入院患者の歯磨きの徹底によって、院内での肺炎発症を減らし、特にICUで人工呼吸器を使用している患者の致死率を下げ、人工呼吸器の使用期間を減少させ、ICU滞在日数を減らし得ることがわかりました。これらの結果は、特に免疫力の低下した入院患者だと口腔内の細菌が肺炎を誘発しやすいことを示しています。入院患者の歯磨きを推進する取り組みをさらに広げていくことが、今後の課題と言えます。 

歯磨きは、健康な人にももちろん大切ですが、入院患者では重症であればあるほど命を守るくらい絶大な効果を生むようです。皆さんも知り合いや身内で入院している方には、まずは毎日の歯磨きを勧めるのが良さそうです。

歯科医院でのフッ素塗布は、子どもの虫歯予防に有効?〜健康な歯でスマイルライフ

健康な歯でスマイルライフ

日本では北海道医療大学歯学部で博士号を取得。米国でもロマリンダ大学歯学部を卒業し、2005年にPAN-PACIFIC DENTISTRY(パンパシフィック歯科医院)を開業した中出修先生に、アメリカで生活する日本人へ向けて歯や口腔について、説明していただきます。

歯科医院でのフッ素塗布は、子どもの虫歯予防に有効?

定期的に歯科健診を受けている方なら、歯のクリーニング後に行われるフッ素塗布についてご存じでしょう。特に子どもの虫歯予防に推奨されています。 
 
ただ、フッ素に抵抗がある方も少なくなく、また、皆さんの中には本当に虫歯予防に有効なのかと疑う方もいるかもしれません。そんな疑問に答えるような研究結果が最近出ましたので、詳しく紹介していきたいと思います。
 
研究の背景 
 
虫歯は子どもに影響を与える最もありふれた疾患のひとつで、WHO(世界保健機関)の報告によれば、学齢期の小児における1本以上の虫歯を持つ割合は60~90%とのことです。一方、フッ素は、口腔内が酸性になって歯のミネラル成分が溶け出す「脱灰」を防ぐ作用が知られ、フッ素の局所塗布は虫歯予防に有効な方法のひとつとされています。 
 
米国の小児歯科学会では、子どもに年2回の歯科でのフッ素塗布を推奨しています。しかしながら、歯科でのフッ素塗布がその後の虫歯治療に及ぼす影響については、これまでほとんどわかっていませんでした。
 
研究の目的と概要 
 
果たして、フッ素の局所塗布は、その後の虫歯治療を減らしているのでしょうか? 謎を解明すべく、インディアナ大学歯学部により研究が開始されました(JADA 2023,1(2010年1月から2018年12月まで)にわたり大規模に調べたのです。総人数67万2,889人、平均年齢5.3歳、そのうち女児が41%、男児が43%、不明が16%おり、フッ素の局所塗布を受けていた割合は55%でした。 
 
その結果、フッ素の局所塗布を受けていた子どもは、受けていない子どもに比べて、その後の虫歯治療および抜歯の数が統計学的に有意に低く、また、フッ素塗布から虫歯治療あるいは抜歯に至るまでの期間が有意に長いことが判明。歯科におけるフッ素の局所塗布は、その後の治療に至るまでの期間を長くし、将来的な治療を回避できる可能性があることが明らかになりました。 
 
つまり、局所のフッ素塗布は虫歯予防に有効で、総合的に治療費の低減にも貢献すると考えられます。54(10):876-884)。フッ素の局所塗布とその後の虫歯治療、抜歯の有無の関係について、9年間

まとめ 

もちろん、毎日のプラークコントロールや食生活の見直しも大切ですが、今回の研究結果から、歯科でのフッ素塗布は虫歯予防に効果ありと言えそうです。アメリカの歯科保険がフッ素塗布をカバーするかどうかは、大人だと保険プランによりますが、11歳以下の場合は大体カバーされますので、ぜひ活用したいものですね。

歯科とAI〜健康な歯でスマイルライフ

健康な歯でスマイルライフ

日本では北海道医療大学歯学部で博士号を取得。米国でもロマリンダ大学歯学部を卒業し、2005年にPAN-PACIFIC DENTISTRY(パンパシフィック歯科医院)を開業した中出修先生に、アメリカで生活する日本人へ向けて歯や口腔について、説明していただきます。

歯科とAI

 

2023年にちまたで注目された事象のひとつに、人工知能(AI)の普及があるのではないでしょうか。特に生成AIの「チャットGPT」は、質問に対する興味深い回答によって話題を集め、多くの企業で生成AIの開発競争が始まっています。 

このブームは歯科にも影響し、歯科業務のサポートや効率化への寄与が期待されているところです。今回は、歯科の分野でのAI活用について紹介していきたいと思います。

AIの定義 

まず、AIの定義について確認しておきましょう。人によって多少異なるものの、一般的な認識としては、「人間の知能を、コンピューターを用いて人工的に再現したもの」と言えます。そのうち生成AIは、AIが自ら答えを探して学習する「ディープ・ラーニング」をベースに構築され、比較的新しく生まれたAIモデルです。文章、楽曲、画像、動画など、クリエーティブな成果物を生み出すAIを指し、人間の仕事や作業をサポートするツールとして人気が高まっています。

歯科でのAI利用 

歯科におけるデータのデジタル化と生成AIの出現により、歯科医療でのAI活用が現実化しつつあります。それに伴い、AIをテーマにした歯科の学術論文数も増えてきているようです。主な活用例としては以下が挙げられます。

1.歯科教育

バーチャル患者を用いた前臨床教育(実際に患者さんを診療する前段階の教育)にAIが有効利用されている。

2.X線診断

歯科のレントゲン像、CTスキャン像、MRI像などの膨大なデータを元にAIが診断し、歯科医の最終診断を補助。

3.病理診断

同じように病変組織像からAIが診断。歯科医の最終診断の補助として使われる。

4.補綴ほてつ 治療

患者の顔、人種、年齢等のデータを元に、クラウンや義歯の設計から作製までをAIが担う。

5.矯正歯科

レントゲン像、CTスキャン像、3D歯型模型等から、AIが治療計画を策定。

6.小児歯科

食・生活習慣を分析し、将来の虫歯のリスクをAIで予測。

生成AIの正確性 

生成AIの歯科における正解率に関する研究も出てきています(JADA154(11):970-974)。カナダと米国の研究グループが、チャットGPT 3.5、GPT 4を用いて、歯科教育での有用性を評価するため、各々の正解率を広範囲に調べました。その結果、チャットGPT 3.5では61.3%、GPT 4では76.9%でした。

まとめ 

今後のAI技術の進歩は、歯科にとっても有益でしょう。歯科の研究および臨床でAIが正しく有効利用されていくことで、飛躍的な歯科の発展が望めるかもしれませんね。

アルギニンで虫歯予防〜健康な歯でスマイルライフ

健康な歯でスマイルライフ

日本では北海道医療大学歯学部で博士号を取得。米国でもロマリンダ大学歯学部を卒業し、2005年にPAN-PACIFIC DENTISTRY(パンパシフィック歯科医院)を開業した中出修先生に、アメリカで生活する日本人へ向けて歯や口腔について、説明していただきます。

アルギニンで虫歯予防

虫歯は、感染症の中で歯周病と共に最もありふれたもののひとつですが、いまだ克服できず、確実に有効とされるのはフッ素くらいです。そんな中、近年の研究で免疫を高めるとされ、サプリメントとして注目を集めるアミノ酸のアルギニンが、虫歯予防にも効果がありそうだということがわかってきました。

アルギニンとは?

アルギニンは自然界に存在し、唾液にも含まれる塩基性アミノ酸です。非必須アミノ酸ではありますが、成長期には摂取することが望ましく、条件付き必須アミノ酸に分類されています。 

アルギニンは、一酸化窒素産生やオルニチン回路の活性化を担い、成長ホルモンの分泌を促します。免疫力を上げ、動脈硬化の防止、筋肉組織の強化、脂肪燃焼促進、持続力向上、疲労軽減が期待できるため、特に筋トレ中の方に好まれるサプリメントとして知られます。

アルギニンの虫歯予防効果について

アルギニンは塩基性アミノ酸であるため、酸を中和し、pHを上昇させ、歯が再石灰化しやすい環境を整えます。また、虫歯に関わる菌の減少をもたらします。アルギニン入り、フッ素入りの歯磨き剤を用いた、2年にわたる臨床研究により、1.5%のアルギニンには、フッ素濃度1,100ppmと同等の虫歯予防効果があることが明らかになりました(D Cummins;journal of dentistry, 2013)。

アルギニン入り歯磨き剤の種類

アルギニン入り歯磨き剤は、市販品もありますが、そう多くはないようです。代表的なものとしては、トムズ(Tom’s of Maine Rapid Relief Sensitive Toothpaste)、ウェルデンタル(Weldental Chewtab Sensitive Whit ening NHAP Too thpas t e Tablets with L-arginine and Nano Hydroxyapatite)の製品が挙げられます。 

アルギニンの虫歯予防効果は、アメリカ歯科医師会(ADA)でまだ認可されていないため、これらの製品も虫歯予防とはうたっていません。知覚過敏対策やエナメル保護などもアピールしています。フッ素が嫌いという人は少なからずおり、フッ素入りの歯磨き剤に抵抗がある方がこれらの製品を試してみるのは良いかと思います。

まとめ 

フッ素の代替として、アルギニンの虫歯予防効果への関心が高まっています。今後のさらなる研究を見守りたいところです。 

しかし、虫歯予防での歯磨き剤はあくまで補助的なもの。毎日のプラークコントロールを徹底し、定期的な歯科健診を欠かさないことが重要です。健康な口腔を維持し、全身の健康につなげていきたいものですね。

投薬に関連した顎骨の壊死〜健康な歯でスマイルライフ

健康な歯でスマイルライフ

日本では北海道医療大学歯学部で博士号を取得。米国でもロマリンダ大学歯学部を卒業し、2005年にPAN-PACIFIC DENTISTRY(パンパシフィック歯科医院)を開業した中出修先生に、アメリカで生活する日本人へ向けて歯や口腔について、説明していただきます。

投薬に関連した顎骨の壊死

骨粗しょう症治療薬による顎骨の壊死については、このコラムでも以前取り上げました。その後も新薬が開発されており、情報をアップデートする必要があると思われます。今回は、合併症として顎骨壊死を引き起こす可能性が指摘されている薬剤を、それぞれ解説していきます。

1.骨吸収抑制薬

骨粗しょう症は、若い人や男性にも見られますが、閉経後の女性に多い疾患です。閉経によるエストロゲン分泌の減少で、骨形成と骨吸収のバランスが崩れて後者が優位になると、骨を壊す破骨細胞が活発化し、骨は徐々にスカスカに。そこで、以下の骨吸収抑制薬を投与して両者のバランスを整えるわけです。 

しかし、破骨細胞の働きが鈍ることで、骨の再生がうまくいかず、顎骨の部分的な死(壊死)を招くことがあります。歯が埋まっている顎骨は感染にさらされやすく、ほかの骨より脆くなるため、抜歯やインプラントの手術の際は、より注意を払うべきでしょう。投薬による顎骨壊死のリスクを軽減するには、口腔清掃の徹底、虫歯や歯周病の治療、歯の神経治療、抜歯などで顎骨の感染源を取り除いておくことが重要です。

(1)ビスフォスフォネート(Bisphosphonates)
骨と親和性が高く、骨吸収抑制薬として一般的に広く使われています。長期間、骨に沈着して破骨細胞に作用し続けることが特徴です。

(2)デノスマブ(Denosumab、抗RANKL抗体)
骨芽細胞から産生され、破骨細胞の形成、機能を促進するRANKリガンド(RANKL)に対する抗体。RANKLとくっ付き、その働きを阻害することで破骨細胞の活発化をくい止めます。

(3)ロモソズマブ(Romosozumab、抗スクレロスチン抗体)
最近承認された骨粗しょう症薬。骨細胞から分泌される糖タンパク質、スクレロスチンは、骨芽細胞による骨形成を低下させて破骨細胞による骨吸収を高めますが、そのスクレロスチンと結合することで、骨量増加を阻害する働きをブロックします。

2.血管新生阻害剤

血管形成を防ぎ、がんの増殖を抑えることが期待される血管新生阻害剤には、顎骨壊死を引き起こす合併症のリスクも。毛細血管の新生および破骨細胞の機能をストップさせる働きから、骨の治癒が進まないことが要因と考えられます。

まとめ 

このように、骨粗しょう症で使われる薬剤のごく一部ではありますが、顎骨壊死の合併症のリスクが報告されています。合併症を減らすうえでも、日頃の口腔ケアは大切。また、投薬、服用薬の情報を歯科医と共有することも、安全な歯科治療のために欠かせません。

発掘された中世のヒトの歯に抗体成分〜健康な歯でスマイルライフ

健康な歯でスマイルライフ

日本では北海道医療大学歯学部で博士号を取得。米国でもロマリンダ大学歯学部を卒業し、2005年にPAN-PACIFIC DENTISTRY(パンパシフィック歯科医院)を開業した中出修先生に、アメリカで生活する日本人へ向けて歯や口腔について、説明していただきます。

発掘された中世のヒトの歯に抗体成分

歯は身体の中でいちばん硬い組織で、死後も最後まで残ることは、皆さんもご存じでしょう。災害時など、組織の損傷が激しい遺体の身元確認にも歯は重要視されています。個々に異なる歯並び、顎の位置、虫歯の治療跡などから、指紋のように個人の特定に有効だからです。最近の研究で、歯は死後何百年が経過しても、内部に抗体を保持し続けることが明らかになりました。これは、歯が免疫研究に役立つ可能性を意味します。歴史のロマンを感じさせますね。

今、古代のタンパク質の研究に熱視線 

こ の 研 究 は、英 ノッ テ ィン ガ ム 大 学の研究グ ループによる論 文(iScience, 2023; 107575 DOI:10.1016/j.isci.2023.107575)で発表されました。研究の背景には、パレオプロテオミクス(Paleoproteomics)と呼ばれる古代のタンパク質の研究分野が、古代学や進化学において注目を浴びていることがあります。 

タンパク質は、遺伝子DNAよりも長期にわたり安定して残ることが多く、特に骨や歯といった、いわゆる硬組織に閉じ込められたタンパク質がその代表です。骨や歯の主成分であるコラーゲンなどの組織の構造をなすタンパク質は、16万年前の中国のミイラからも検出されています。このコラーゲンのアミノ酸配列を解析すると、進化の過程などが推察できるというわけです。研究の方法と結果 今回の研究の目的は、中世のヒトの歯の中から抗体が抽出できるかどうかを調べることです。2016年に発掘された中から、3人の歯石の少ない古代人(推定:13~15世紀の女性2名、男性1名)が選ばれました。各々の臼歯部の歯を取り出し、エナメル質、象牙質、歯髄など歯の全部を用い、液体窒素の中で粉砕。粉末にしたものを低温下でエチレンジアミン四酢酸(EDTA)溶液に入れてカルシウムやリン成分を溶かし、抽出した全タンパク質から、抗体成分を吸着させるプロテインG という物質を使い、IgG抗体を検出しました。 

このIgG抗体は、ウエスタンブロットという方法で、ヘルペスウイルスのひとつ、EBウイルスの抗原と反応。EBウイルスは、ヒトにおける最もありふれた感染症ですが、伝染性単核球症という疾患を引き起こします。今回の研究により、13~15世紀にはEBウイルスが存在し、人類はEBウイルスに感染していたと考えられます。

まとめ 

化石中の歯には、抽出可能な抗体やタンパク質が残っており、これらを調べれば、人類の進化や当時の感染症の状態など、わかっていなかったことも解明されるかもしれません。今後、歯は考古学の分野でも重宝されそうです。

歯周病とアルツハイマー型認知症〜健康な歯でスマイルライフ第196回

健康な歯でスマイルライフ

日本では北海道医療大学歯学部で博士号を取得。米国でもロマリンダ大学歯学部を卒業し、2005年にPAN-PACIFIC DENTISTRY(パンパシフィック歯科医院)を開業した中出修先生に、アメリカで生活する日本人へ向けて歯や口腔について、説明していただきます。

歯周病とアルツハイマー型認知症

歯周病とアルツハイマー型認知症の関係については、本コラムでもたびたび取り上げてきましたが、それを裏付ける最新研究がフォーサイス研究所から発表されました。今回はこれまでの研究を含め、知見をまとめてみたいと思います。

アルツハイマー型認知症とは

認知症で最も多いタイプがアルツハイマー型です。アミロイドβ(ベータ)と呼ばれる異常なタンパク質の蓄積と神経原線維変化(過剰にリン酸化されたタウというタンパク質がたまっていく)、そしてミクログリア細胞(脳内の清掃細胞)の活性化による脳内炎症を特徴とします。

歯周病の影響は?

歯周病は、口腔内の歯周病菌群によって引き起こされる歯の周囲組織、歯肉、歯根膜、歯槽骨の炎症および破壊を引き起こす炎症性疾患。歯周病菌が直接的あるいは間接的に全身に影響し、多くの全身疾患のリスクを高めるとされています。例えば、アルツハイマー型認知症のほかにも、高血圧、糖尿病、大腸がん、脳梗塞、心筋梗塞、未熟児出産などに歯周病が関係していることが知られます。 

アルツハイマー型認知症に関しては、次のような研究があります。
(1)統 計 的 研 究(PLoS ONE April 30, 2021 https://doi.org/10.1371/journal.pone.0251056):データベースを用いて、日本で60歳以上の約400万人の歯周病患者を調査した結果、残存歯が少ないほど、アルツハイマー型認知症の発症率が高い傾向があることが明らかになりました。
(2) 実 験 的 研 究(PLoS ONE 2018;m 13(10):e0204941):マウスに歯周病の有力な原因細菌であるポルフィロモナス・ジンジバリス菌(Porphyromonas gingivalis)を22週間、口腔内に毎日塗り、脳の海馬に及ぼす影響を調べたところ、その菌が海馬から検出。また、海馬の組織にアルツハイマー型認知症で特徴的な神経炎、神経変性、細胞外のアミロイド沈着などの所見が認められました。なお、何も細菌を塗らないグループのマウスには、このような海馬の病変はなかったとのことです。

フォーサイス研究所などによる新たな発見

フ ォ ー サ イ ス 研 究 所 な ど の 研 究(J Neuroinflammation 2023,20:142)では、アルツハイマー型認知症の特徴のひとつ、脳内のミクログリア細胞の活性化についてマウス実験を試みました。マウスの臼歯間に糸を入れて歯周病環境を作り、ミクログリア細胞に及ぼす影響を、1、10、20、30日と経時的に調べると、日数の経過と共にミクログリア細胞がより活性化していました。 

また、ミクログリア細胞と口腔内の細菌を共存させた状態で培養した細胞実験においても、ミクログリア細胞が活性化することがわかりました。つまり、この研究は、歯周病がアルツハイマー型認知症と関係する可能性をより強力に示唆したことになります。

まとめ 

統計的にも実験的にも歯周病とアルツハイマー型認知症との関係を示す研究が増えてきました。口腔内洗浄をおろそかにせず、歯周病を予防して全身の健康につなげたいものですね。

虫歯の原因はミュータンス菌だけじゃない?〜健康な歯でスマイルライフ

健康な歯でスマイルライフ

日本では北海道医療大学歯学部で博士号を取得。米国でもロマリンダ大学歯学部を卒業し、2005年にPAN-PACIFIC DENTISTRY(パンパシフィック歯科医院)を開業した中出修先生に、アメリカで生活する日本人へ向けて歯や口腔について、説明していただきます。

虫歯の原因はミュータンス菌だけじゃない?

最近、虫歯の成り立ちに関して、とても興味深い事実がペンシルべニア大学歯学部とノースカロライナ大学チャペルヒル校歯学部の研究グループにより発表されました(Nature Communications (2023)14:2919)。今回は、歯科の教科書を書き換えるかもしれない、無限の可能性を秘めたこの最新研究を中心に書いていきたいと思います。

これまでの虫歯研究

長年のさまざまな研究により、虫歯の主な原因はミュータンス菌(S. Mutans)であるとされてきました。ミュータンス菌が糖質(主に砂糖)をエサにして、ネバネバした水に溶けにくいグルカンという物質を作り、歯の表面に付着するというものです。 

このグルカンは粘着性が強いため、多くの細菌がくっつき合い、大きな塊に成長していきます。これがプラーク(歯垢)です。プラークの中で、ミュータンス菌は砂糖を分解(代謝)して乳酸などを作ります。この酸によって歯の表面のカルシウムが溶け出し(脱灰)、やがて虫歯ができると考えられていました。

虫歯の原因菌の概念を変える

今回の研究では、3歳から5歳までの計 416人(男女、各208人)からプラークを採取し、虫歯の有無と、そこに含まれる細菌の種類や構造について、遺伝子解析およびイメージング解析という手法で調べました。そして、虫歯のある子どもに関連した細菌として、セレノモナス・スプティゲナ(Selenomonas sputigena)の存在が判明しました。 

実際のプラークの構造においても、ミュータンス菌の周りにセレノモナス・スプティゲナが取り囲む像が多く見られました。セレノモナス・スプティゲナは、ミュータンス菌が作り出すネバネバ物質、グルカンの中に閉じ込められて動けなくなりますが、そのような環境下では細胞増殖をし、蜂の巣のようなカプセル状の構造を形成することがわかったのです。

セレノモナス・スプティゲナが与える影響

その知見を元に、実験用マウスや人間の歯の表面を覆うエナメル質を用いた細菌培養において、ミュータンス菌単独の場合、そしてミュータンス菌とセレノモナス・スプティゲナが共存した場合の違いについて比較検討しました。気になる結果ですが、ミュータンス菌単独の場合より、ミュータンス菌とセレノモナス・スプティゲナが共存した場合のほうが、プラークは密に形成。pH(ペーハー)の低い酸をよく産生し、脱灰によりエナメル質の表面を粗くすることが明らかになりました。 

これらのことから、セレノモナス・スプティゲナという細菌は、自ら酸を作ることはないものの、ミュータンス菌が増えやすい環境を提供し、虫歯の重症化に大きな役割を果たしていると言えます。

まとめ

セレノモナス・スプティゲナは、虫歯の発生において重要な細菌でないとの位置付けでした。それが一転、虫歯の成り立ちに大きく関わっていることが確認されました。 将来、虫歯予防のアプローチを考えるうえで新たな手がかりとなりそうなセレノモナス・スプティゲナ。この細菌を少なくすれば、虫歯の発生を減らすことができるかもしれません。

歯が黒く着色しやすい子ども〜健康な歯でスマイルライフ第194回

健康な歯でスマイルライフ

日本では北海道医療大学歯学部で博士号を取得。米国でもロマリンダ大学歯学部を卒業し、2005年にPAN-PACIFIC DENTISTRY(パンパシフィック歯科医院)を開業した中出修先生に、アメリカで生活する日本人へ向けて歯や口腔について、説明していただきます。

歯が黒く着色しやすい子ども

最近、ある患者さんから「子どもの歯がすぐに黒くなるのですが、どうしてなんでしょう?」と相談を受けました。確かに定期健診のたび、永久歯の前歯が黒く着色しているのです。聞けば、お茶、コーラ、コーヒーなど、歯が着色しやすい飲み物はほとんど飲まず、飲食由来の着色とは考えづらいとのことでした。また、虫歯はないため、フッ化ジアンミン銀など虫歯の進行を止める薬の類を使っておらず、薬剤による着色でもありません。では、着色の原因は何でしょうか。今回は、子どもの歯の黒い着色について書いていきたいと思います。

歯の着色はどうして起こる?

この患者さんの子どもは、毎日よく歯磨きをしても2、3日で黒く着色してしまい、最初は歯ブラシやガーゼなどで比較的簡単に着色を落とせるものの、徐々に着色が増えると取りづらくなるとのことです。そのせいで、6カ月健診の際にはかなりの着色が見られます。審美的な問題とあって、心理面からも悪影響が出るのではないかと心配しておられました。 

歯の着色の場合、体の外から摂取される外因性、例えば、お茶、コーヒー、コーラ、赤ワイン、タバコなのか、あるいは体の中で作られる内因性なのか、着色由来をまず考えます。お茶、コーヒー、コーラなどで起こる着色は一般的に茶色で、このケースと異なります。また、このような飲み物を好んでもいませんので、否定して良いでしょう。特に鉄分の多い薬やサプリメントなども着色の原因になり得ますが、これらも使用していません。つまり、外因性の色素由来とは考えにくいのです。子どもなので赤ワインや喫煙などの影響も除外でき、内因性の色素由来と見て間違いないでしょう。

今回のケースで考えられる歯の着色の原因

内因性となると、口腔内に常在している細菌叢さいきんそう の中で黒い色素を産生する細菌が異常に増加している可能性が疑われます。そうした細菌の種類には、アクチノマイセス(Actinomyces)やバクテロイデス・メラニノジェニカス(Bacteroides melaninogenicus)が挙げられます。色が黒くなるのは、これら細菌が産生する黒色の硫化鉄が原因とされています。 

歯の黒い着色を有する子ども、有しない子どもを比較した研究では、着色を有する子どものプラークやだ液の中にアクチノマイセスが多く見られる傾向があると報告されています。また、一般的に歯の着色は、エナメル質の表面が平滑でない場合に起こりやすく、実際に今回のケースでもエナメル質が平滑ではない印象を受けました。 

どれくらいの小児にこのような歯の黒い着色が見られるのでしょうか。統計によって異なりますが、全体の2.5~20%程度と考えられています。しかしながら、子どもの成長と共に細菌叢が変化し、次第に歯の黒い着色が消失するケースも少なくないと言われます。もちろん、大人になっても似たような黒い着色を起こすことはあります。

黒い着色が起こりやすい人はどうしたらいい?

歯の黒い着色を防ぐには、歯磨き粉を使い、歯磨きを徹底することです。歯磨きの回数を増やすのも効果的。必ずしもホワイトニング用の歯磨き粉でなくて良く、使っても問題ありません。 

それでも黒い着色が気になる場合は、歯科医院での歯のクリーニングも、例えば年2回のところを4回にと、増やしていく必要があるかもしれません。同じような悩みを持つ方は、かかりつけの歯科医に相談してみましょう

抗うつ薬で歯ぎしりが増える?〜健康な歯でスマイルライフ第193回

健康な歯でスマイルライフ

日本では北海道医療大学歯学部で博士号を取得。米国でもロマリンダ大学歯学部を卒業し、2005年にPAN-PACIFIC DENTISTRY(パンパシフィック歯科医院)を開業した中出修先生に、アメリカで生活する日本人へ向けて歯や口腔について、説明していただきます。

抗うつ薬で歯ぎしりが増える?

われわれ歯科医にとって、患者さんの病歴や服用薬を確かめることは、安全な歯科治療を行ううえでとても重要です。例えば、抗うつ薬(MAO阻害剤、三環抗うつ剤)を服用している場合、血圧上昇を引き起こすことがある血管収縮薬の入っていない局所麻酔薬を使わなければなりません。また、選択的セロトニン取り込み阻害剤(SSRI)の服用で歯ぎしり(Bruxism)が増加したという症例が報告されています。多くの抗うつ薬は口腔乾燥症を伴うことも知られており、歯科医にとって特に注意が必要な薬と言えます。 

うつ病大国のアメリカでは、2020年時点で約4,500万人が抗うつ薬を服用すると言われ、とてもありふれた薬となっています。今回は、その中でも代表的なSSRIと歯ぎしりの関係を中心に書いていきたいと思います。

セロトニンとSSR

セロトニンは、腸管、血小板、脳内などで作られる神経伝達物質で、その生物学的機能は多岐にわたります。脳の働きに限定すると、精神の安定、安心感や平常心に関与し、頭の回転を良くして直感力を高めるなど脳の活発化にも大きな役割を果たします。うつ病は、ある種の脳内物質、特にセロトニンが少なくなった結果、起こるとする説が有力です。 

SSRIは、神経のつなぎ目のシナプスにおいてセロトニンの取り込みを阻害することにより、脳内のセロトニンのレベルを高める目的で開発された薬で、結果としてうつ症状を改善させるというものです。多幸感をもたらし、「ハッピー・ドラッグ」と呼ばれるほど人気を集めています。一方で、下痢、疲労、体重の増減、頭痛、神経痛、過激な行動につながりやすく、逆に自殺を誘発することもあります。

SSRIが歯ぎしりを引き起こす理由

近年、SSRIの副作用として認知される歯ぎしりですが、その症例で報告されている具体的な薬品としては、フルオキセチン(Fluoxetine)、セルトラリン(Sertraline)、ベンラファキシン(Venlafaxine)などが挙げられます。これらの薬品が投与されてから2、3週間以内に歯ぎしりが増えたとのことです。 

なぜ、SSRIが歯ぎしりを誘発するのか、そのメカニズムについては、まだ十分に解明されているとは言えません。ただ、SSRIが間接的にドーパミンという別の脳内物質を減らすためという説が有力視されつつあります。このドーパミンは、顎の動きを抑制するので、ドーパミン値が低下すると歯ぎしりが増えるというものです。

まとめ

アメリカでとてもポピュラーな抗うつ薬のSSRIですが、その副作用で歯ぎしりが増えると考えられています。歯ぎしりにより口を開けるのが困難になると、顎関節症のリスクも高まります。また、歯がすり減ったり壊れたりするケースも見られます。 

歯ぎしりの多くは自覚症状がなく、睡眠時あるいは日中、無意識に強く食いしばってしまいます。思い当たる方は歯科医に相談すると良いでしょう。

デンタルフロスと歯間ブラシの使い分け〜健康な歯でスマイルライフ第192回

健康な歯でスマイルライフ

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デンタルフロスと歯間ブラシの使い分け

虫歯や歯周病の予防に、歯ブラシ、デンタルフロス、歯間ブラシなどを用いたプラークコントロールが重要であることは、このコラムでもたびたび触れてきました。虫歯や歯周病のリスクを下げるには、プラークの除去率を80%以上にすることが望ましいと言われます。 

しかしながら、歯ブラシのみで除去できるプラークは個人差が大きく、統計にもよりますが平均で60%程度とされています。そのため、デンタルフロスと歯間ブラシに代表される補助的清掃用具を使用し、歯ブラシでは届きにくい部位もきれいにすることが望まれます。2005年発行の『日本歯科保存学誌』によると、歯ブラシとデンタルフロスの両方を使うとプラークの除去率が79%までアップし、加えて歯間ブラシも使うと85%近くにまで上昇するそうです。では、補助的清掃用具はそれぞれ、どのように使い分けをすべきでしょう? よくわかっていない方も少なくないと思いますので、今回はデンタルフロス、歯間ブラシを中心に、その違いを説明していきます。

デンタルフロスは幅広い人に使える!

デンタルフロスは、ブリッジ治療などのように歯と歯の間をくっつけている場合を除いて、幅広く使えるメリットがあります。一般的に、糸のみのタイプと、ハンドルが付いたいわゆる糸ようじタイプに分かれます。糸ようじはどちらかと言えば、歯の形状が比較的シンプルな方に向いており、使い方も簡単なので、子どもの乳歯に適しています。より複雑な大人の永久歯には糸のみのものを用い、歯の湾曲に合わせたクリーニングが実践できると良いですね。

歯間ブラシは年を重ねてから

一方、歯間ブラシは、歯肉が下がって歯と歯肉の隙間が大きくなった場合に使います。まだ若く、歯と歯肉の隙間が大きくないのであれば、歯間ブラシは必要ないでしょう。高齢の方では、例えば奥歯のみに歯間ブラシを使うといったケースも出てくるかと思います。そのほか、歯と歯の間がくぼんでいる、デンタルフロスが入らないブリッジ部分がある、ワイヤーによる矯正治療をしている場合なども、デンタルフロスより歯間ブラシのほうが効果的にプラークを除去できるようです。その際、歯の隙間に合う、最適なサイズのものを選択するのが重要なポイントです。

まとめ

歯の状態に応じ、補助的清掃用具としてデンタルフロスと歯間ブラシを上手に使い分けましょう。歯と歯肉の隙間が大きい方は、デンタルフロスと歯間ブラシの両方を使うのが理想です。慣れると、両方を2分程度で終わらせることができます。 

前述した通り、プラークコントロールは虫歯と歯周病の予防の基本。歯磨きの補助的清掃用具として、デンタルフロスや歯間ブラシを毎日の習慣に取り入れたいものですね。そのほか、ウォーターピックなど、水流を使った補助的清掃も効果的です。ぜひ、歯科医や歯科衛生士に相談してみてください。


参考
■https://doi.org/10.1111/idh.12262 

人工関節の感染症予防における抗生物質投与の是非〜健康な歯でスマイルライフ第191回

健康な歯でスマイルライフ

日本では北海道医療大学歯学部で博士号を取得。米国でもロマリンダ大学歯学部を卒業し、2005年にPAN-PACIFIC DENTISTRY(パンパシフィック歯科医院)を開業した中出修先生に、アメリカで生活する日本人へ向けて歯や口腔について、説明していただきます。

人工関節の感染症予防における抗生物質投与の是非

高齢や病気のために股関節・膝関節などを損傷し、手術で人工関節に置き換える人は、全世界で年間290万人に上り、2030年には400万人まで増えると予想されています。 

2011年以前、米国整形外科学会および米国歯科医師会は、人工関節保護を目的に、歯科治療前の抗生物質投与を推奨していました。血液中から細菌が検出される菌血症が起きると、その細菌が人工関節に付着して感染症につながり、人工関節が使えなくなる懸念があったからです。それが2012年には、菌血症と人工関節の感染症を関連付けるエビデンスに乏しく、抗生物質投与は必ずしも行われるべきものではないとして、ガイドラインを改訂しました。 

最近、英国と米国の共同研究チームが人工関節の感染症予防に、歯科治療前の抗生物質投与がどれくらい有効なのかを大規模に調査 し た の で(JADA 154(1):43-52, 2023, M.H.Thornhill et al.,)、今回はこの研究を中心に書いていきたいと思います。

研究の概要

この研究での調査対象は、2,344件の後期人工関節感染(術後感染ではないケース)の患者です。入院前の15カ月間、1,821人が外科的な歯科治療を含む4,614件の歯科処置を受け、そのうち18.3%が歯科治療前に抗生物質を術前投与されていました。 

しかし、手術を伴う侵襲的歯科治療と後期人工関節感染発症との間に有意な正の関連性は見られず、また抗生物質投与による有意な影響も確認されませんでした。つまり、人工関節置換手術を受けた患者へ、歯科治療前に抗生物質投与を継続することは、副作用や抗生物質耐性の増加など不要なリスクをもたらす恐れがあると言えます。

研究結果から考えられること

今回の研究は、人工関節を持つ患者さんへの歯科治療前の抗生物質投与を推奨しないとする、2012年の米国整形外科学会および米国歯科医師会によるガイドライン改訂を支持する結果となりました。 

しかしながら、免疫機能が極端に低下している患者さんなどは、担当医と連携を取り、場合によっては抗生物質の処方も検討すべきでしょう。人工関節置換手術を受けたことがあり、歯科治療に不安のある方は、担当医に相談してみてください。

歯科インプラントの場合

歯科インプラントもまた、人工関節に類似する歯科治療と思われます。実際、インプラントを埋め込む手術では、抗生物質の事前投与が推奨されることがあります。口腔内ということで、股や膝の人工関節よりもむしろ、歯科インプラントのほうが感染しやすい状況だと言えるかもしれません。 

歯科インプラントの術前、術後、どちらにしても、近隣の歯に感染がある場合は、感染源を取り除くための歯の神経治療や歯周病治療が望まれます。ただし、インプラントを埋め込んで安定した状態であれば、ほかの歯科治療を行う前の抗生物質投与は特に推奨されていません。

歯周病は、不整脈のリスクファクター?〜健康な歯でスマイルライフ第190回 

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歯周病は、不整脈のリスクファクター?

歯周病が全身疾患に及ぼす影響については、これまでも本コラムで話題にしてきました。歯周病に関係するかもしれないとされている疾患は、脳梗塞、誤嚥性肺炎、心筋梗塞、心内膜炎、動脈硬化、糖尿病、未熟児・低体重出産と多岐にわたり、年々研究が進んでいます。最近は獣医学においても同様に、歯周病予防がペットの健康維持につながるとの認識が広がっているようです。今回は、広島大学の研究チームが発表した、歯周病と心臓疾患に関する新しい論文を取り上げます。

心房組織の線維化による不整脈、心房細動とは

不整脈の中でも頻度が高いのは、心房細動と呼ばれる心臓疾患です。その発症には、心房組織の線維化が関与するとされています。心房細動が慢性化すると、血栓や脳梗塞、心不全につながることも。そうならないためにも、心房組織の線維化を抑制し、心房細動を予防することが重要です。 

歯周病は最もありふれた感染性の炎症疾患であり、さまざまな全身疾患を悪化させることで知られます。しかし、心房の線維化、心房細動との関連については明らかにされていませんでした。そこで広島大学の研究チームは、手術で摘出された左心房の病的突起物を調べることで、その解明を試みました(J Am Coll Cardiol EP. 2023 Jan,9 (1)43-53)。

歯周病と心房細動との関連性

調査の対象は、左心房の病的突起物の除去手術を予定していた心房細動患者の76 名です。まず、全患者に対して口腔内検査を行い、それぞれの残存歯数、歯周ポケット検査時の出血の有無、歯周ポケットの深さ、歯周病の炎症の表面積を調べ、評価の指標としました。 

そして、年齢、糖尿病など、さまざまなファクターを調整のうえ調査した結果、歯周ポケット検査時の出血の有無、歯周ポケットの深さ、歯周病の炎症の表面積はいずれも、左心房の線維化と統計学的有意差をもって正の相関関係を示すことがわかりました。また、10 以上の残存歯を有する患者における歯周病の炎症の表面積は、左心房の線維化と強く正の相関関係が認められました。 

つまり、こうした研究成果を踏まえると、歯周病は心房細動のリスクファクターである可能性が高いと言えます。論文の著者らは今後、歯周病治療が心房細動の発症を減少させ、心臓病患者の健康を向上させることができるかどうか、臨床治験を行っていくとのことでした。

まとめ

歯周病菌が心臓に到達することで、不整脈などの心臓疾患を招く可能性がありそうです。口腔内を健康に保つことは、心臓のみならず、全身の機能維持に大切。毎日の口腔ケアと定期的な歯のクリーニングを欠かさず、いつまでも元気に暮らしたいものですね。

脳疾患に口腔内細菌が関連?〜健康な歯でスマイルライフ第189回

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脳疾患に口腔内細菌が関連?

脳膿瘍のうのうよう は脳内に膿がたまる病状を指し、致死率 15 ~ 20% の深刻な疾患です。発生率は先進国で 10 万人に1人未満と、頻繁に見られるわけではありませんが、脳に炎症が起こって脳神経にダメージが及び、てんかんを始めとする深刻な後遺症が出るなど、厄介な病気です。 

脳に隣接する耳、鼻、口腔、または頭部の外傷などから細菌が入り込み、感染が波及して発症する場合が多いと言われます。心臓や肺などの離れた臓器で感染症を起こした場合でも、血流に乗って脳にまで感染が及び、脳に膿がたまることがあります。  

最近、英国のプリマス大学の研究により、この脳膿瘍と口腔内細菌の関連を示す可能性が示され、注目を浴びています。今回はこの研究について詳しく解説していきたいと思います。

脳膿瘍患者を調査してわかったこと

英国のプリマス大学の研究グループは脳膿瘍と口腔内細菌の関連を調べ、論文(J Dentistry 128 (2023)104366)を発表しました。2002 年 6 月から2018 年 6 月までの12 年間、英国内で脳膿瘍により入院した87 名について、脳膿瘍および末梢の細菌培養から得られた細菌学的データを調べたものです。  

対象となった 87 名中、女性は 34 名、男性は53 名で、平均年齢は55 歳でした。感染源がわかった 35 名のグループ、感染源を同定できなかった 52 名のグループに分け、各々において口腔内に常在する細菌が検出されるかどうかを調査しました。  

その結果、 2 グループを比較すると、 感染源を同定できなかったグループにおいて、口腔内細菌が検出されたケースが多いのに対し、感染源がわかったグループでは、口腔内細菌が検出されないケースのほうが目立ったとのことです(口腔内細菌の検出率で、統計学的な有意差あり)。ちなみに、感染源を同定できなかったグループで圧倒的に多く検出された口腔内細菌は、ストレプトコッカス・アンギノーサス(S. Anginosus)と呼ばれる種類でした。

研究結果が意味することは?

脳膿瘍の感染源を同定できなかったグループにおいて、口腔内細菌がより多く検出されたことは、何を意味するのでしょうか。  

この研究結果は、これまで脳膿瘍の感染源がわからないとされたケースでも実は、口腔内の感染症が原因として隠れている可能性を示すものです。口腔ケアおよび口腔清掃の全身への健康における大切さを、よりいっそう際立たせることになったと言って良いでしょう。

まとめ

このほかにも、口腔を健康に保つことが全身の健康につながるという研究報告は増えています。日頃の口腔ケアを怠らず、健やかな暮らしにつなげたいものですね。


参考:口腔内に常在する細菌
anginosus, Porphyromonas oris, Veillonella stypica, Porphyromonas gingiviti, S. viridas, Fusobacterium, Aggregatibacter, Actinomuces

電子タバコと口腔の健康〜健康な歯でスマイルライフ第188回

健康な歯でスマイルライフ

日本では北海道医療大学歯学部で博士号を取得。米国でもロマリンダ大学歯学部を卒業し、2005年にPAN-PACIFIC DENTISTRY(パンパシフィック歯科医院)を開業した中出修先生に、アメリカで生活する日本人へ向けて歯や口腔について、説明していただきます。

電子タバコと口腔の健康

近年は、電子タバコ利用者が年々増えているようです。しかし、口腔の健康に及ぼす影響はタバコほどよくわかってはいません。今回は、電子タバコと口腔の健康について書いていきたいと思います。

喫煙と電子タバコの違い

そもそも喫煙とはどう違うのでしょうか。喫煙(Smoking)は、タバコの葉を乾燥・発酵などの工程を経て加工した物に火をつけ、くすぶるように燃焼させて発生する(不可視な)燃焼ガスと煙を吸引する行為です。一方、タバコの葉に火をつけないで加熱のみを行い、吸引するタイプは加熱式タバコと呼ばれ、喫煙と区別されています。  

電 子 タ バ コ (Electronic cigarettes/E-cigarettes)は2006年から2009年にかけて増え出したニコチン製品で、タバコの葉を使用せず、装置内もしくは専用カートリッジ内のリキッドと呼ばれる液体を電気加熱させ、発生する蒸気(ベイパー)を味わいます。そのことから、電子タバコを使用することをベイピング(Vaping)とも言います。  

アメリカにおいては一般的に、リキッドはニコチンを含み、プロピレングリコール、グリセリン(グリセロール)、水、香料からできています。ただし、日本国内で市販される電子タバコの場合、リキッドにニコチンは含まれません。現在、世界中で5,500万人以上の愛用者がおり、禁煙に役立つツールとしてFDA(米国食品医薬品局)から認可もされています

口腔の健康への影響

喫煙は口腔がんと歯周病のリスクを上げることがわかっており、このコラムでも何度か取り上げました。長期の喫煙は唾液の分泌減少を招き、口腔乾燥症を引き起こします。65歳以上に限ると、喫煙者は非喫煙者に比べて未処置の虫歯が2倍多く、現喫煙者の43%が全ての歯を失っているというデータもあります。  

歴史が浅い電子タバコにおいても、気になる研究報告がすでに出ています。細胞培養では、口腔の細胞含めさまざまな細胞に毒性が認められること、また、電子タバコは口腔の細さいきんそう菌叢や炎症伝達物質を変える可能性があることが明らかになっています。  

実際に、電子タバコで咳、口腔乾燥、喉や口腔粘膜がヒリヒリする症状などを訴える人は少なくありません。ただ、口腔粘膜細胞を観察した限りでは、タバコほど細胞のダメージが見られないようです。タバコから電子タバコに切り替えると、いくぶん歯周病の改善が認められるケースもあります。しかしながら、電子タバコの装置の爆発事故によるけがも報告されており、誤った装置の使用には注意が必要です。

まとめ

口腔の健康との関係は、長期に渡る影響を含め、まだ十分にわかっているとは言えません。現時点では、電子タバコは従来のタバコほどは悪くなく、タバコも電子タバコも吸ったことがない人よりは良くない、と考えるのが妥当と言えそうです。電子タバコは、タバコをやめるための手段としては有益である一方、手軽に利用できることから若い人たちに普及しやすく、健康リスクが高まることも懸念されています。

麻酔なしのレーザー治療で虫歯が治る?〜健康な歯でスマイルライフ第187回

健康な歯でスマイルライフ

日本では北海道医療大学歯学部で博士号を取得。米国でもロマリンダ大学歯学部を卒業し、2005年にPAN-PACIFIC DENTISTRY(パンパシフィック歯科医院)を開業した中出修先生に、アメリカで生活する日本人へ向けて歯や口腔について、説明していただきます。

麻酔なしのレーザー治療で虫歯が治る?

レーザーでの虫歯治療は30年以上前から行われていますが、歯科全般への普及はまだ先のようです。今回は、レーザーによる虫歯治療の最新事情をお伝えしたいと思います。

麻酔ができない患者には夢のような治療法だが……

実は、筆者はレーザーによる虫歯治療に懐疑的でした。今から20年以上前、日本の歯学部に研究者として在籍していた頃、知り合いの歯科医からの依頼で検証したことがあります。抜いた歯をスライス状にしてレーザー(炭酸ガスレーザー)を当て、標本を作り、走査型電子顕微鏡で観察しました。

虫歯のレーザー治療のメリットは、麻酔が要らず、虫歯をレーザーで蒸発(蒸散)させて無菌化してから詰め物ができることです。恐怖心が強いなどの理由で麻酔の注射が打てない方には、夢のようなうたい文句でした。しかしながら、その観察結果はとても満足できるものではなかったのです。  

歯の表面のエナメル質は変色もほとんどなく、まあ良かったのですが、内部の象牙質は黒く焼け焦げ、顕微鏡で見ると無数のヒビが走っていました。これは非常に歯に好ましくない所見でした。象牙質が焼け焦げたのは、レーザーによる熱の発生が強度であることを意味し、急激な歯の乾燥が起こってヒビを生じさせたと解釈できたからです。熱に弱い、歯の神経(歯髄)はひとたまりもなくやられてしまうでしょう。

現在のレーザーでの虫歯治 

そのレーザーのテクノロジーも年々進化し続けています。日本では2008年、レーザーでの虫歯治療が保険で認められました。これはエルビウムヤグレーザーという種類のレーザーを使った治療です。前述の炭酸ガスレーザーなどと比較すると、熱の発生が少なく、深部にまでレーザーが及ばないという特徴を有します。注水技術も進歩し、熱の発生を最小限に抑え、虫歯治療に有効だとする論文がいくつもあります。  

ただ、レーザーで麻酔なしの虫歯治療は可能という論文は多いのですが、麻酔をして削る通常の歯科治療に比べて、レーザーが格段に優れているという論文はほとんど見当たりません。今後、さらに調べていく必要があると感じました。

虫歯治療以外にもレーザーを応用

近年注目されているのが、ネオジウムヤグレーザーです。虫歯の治療ではなく、歯の結晶構造を変えることにより歯を強くするレーザーとして有効だとする論文が多数あります。前述のエルビウムヤグレーザーもまた、虫歯治療だけでなく、いびきの軽減ほか、睡眠時無呼吸症候群の治療において手術と同程度の効果があるとする論文が最近発表されました。これは喉(軟口蓋)にレーザーを照射し、狭くなった気道を手術なしで治療できるというものです。  

ほかにも、口内炎の疼痛とうつう 緩和、組織の切開、歯周ポケット内の消毒、歯石の除去、歯の神経治療における洗浄など、レーザーの種類、条件設定により、さまざまな臨床応用がなされています。

まとめ

レーザーによる虫歯治療は、まだまだ全てに適しているとは言い難い段階ですが、麻酔が難しい場合など、一部の歯科治療には恩恵があると考えられます。今後に期待したいものです。

歯周病を改善するジェルができるかもしれない?〜健康な歯でスマイルライフ第186回

健康な歯でスマイルライフ

日本では北海道医療大学歯学部で博士号を取得。米国でもロマリンダ大学歯学部を卒業し、2005年にPAN-PACIFIC DENTISTRY(パンパシフィック歯科医院)を開業した中出修先生に、アメリカで生活する日本人へ向けて歯や口腔について、説明していただきます。

歯周病を改善するジェルができるかもしれない?

歯周病は人類において最もありふれた炎症性疾患のひとつで、30代以降では半数近くが歯周病を有していると言われます。歯周病の要因は多岐にわたりますが、最大の要因として挙げられるのは、口腔内の細菌叢さいきんそうと、われわれ自身の免疫力です。最近、ニューヨーク州立大学歯学部において、コハク酸(Succinate)という体内で作られる物質のレセプター(受容体)をブロックする薬剤を含んだジェルで歯周病を改善する研究が発表され、注目を集めています。今回は、この研究を中心に書いていこうと思います。

コハク酸が歯周病に関与している?

生物学で習った方もいるかもしれませんが、コハク酸は主に細胞のミトコンドリア内でクエン酸(TCA)回路経由で作られます。それ以外の経路においても産生され、細胞外のシグナル伝達、遺伝子制御など、生物学的に重要な役割を担っていることがわかってきました。  

一方で、コハク酸は炎症過程においてもレセプターを活性化させるため、炎症がひどくなることが明らかになっています。コハク酸が歯周病に関与している可能性を示唆する過去の研究もあります。「歯周病で炎症がひどくなると、歯周ポケット内の滲出液(GCF)の中にコハク酸などのカルボン酸と言われる物質が増える」(日歯周誌:30(4):985-995, 1987)、「コハク酸値の上昇に伴い、コハク酸のレセプターの遺伝子発現率も上昇し、歯槽骨の吸収を刺激する」(Nature Communication 8, 15621, 2017)というものです。

ニューヨーク大学歯学部の研究の概要 

従来の歯周病治療では、炎症を抑えながら口腔内の細菌叢にも影響を与えず、なおかつ歯槽骨の吸収を抑える方法がありません。そのため、ニューヨーク大学歯学部ではそれをかなえるべく、研究・開発に着手しました。  

まず、ヒトのプラークの分析およびマウス実験を行いました。コハク酸のレセプターの遺伝子をなくしたマウス(ノックアウトマウス)を用意し、通常の野生タイプのマウスとノックアウトマウスの各々において臼歯間に糸を挿入して実験的に歯周病を作り、歯周病の程度などを比較検討しました。さらに、コハク酸のレセプターをブロックする薬剤が入ったジェルを作製し、その歯周病抑制効果について検討しました。  

その結果、ノックアウトマウスのほうが、歯肉の炎症の程度や歯周病の悪玉菌の比率が低く、骨吸収も抑制されていました。これは、コハク酸のレセプターをなくすと、歯周病を抑制できる可能性を示唆するものです。次にコハク酸のレセプターをブロックするジェルを歯肉に局所的に塗布し、同様の結果が得られるかどうかを調べました。すると、このジェルの局所塗布でも、歯肉の炎症の程度や歯周病の悪玉菌の比率が低く、骨吸収を抑制する効果が確認できました。

まとめ  

研究結果を踏まえると、増加したコハク酸のレセプターをブロックする薬剤が入ったジェルは、歯周病治療に有効である可能性が考えられます。これまでの歯周病の薬剤は、口腔内の善玉菌を含めた全ての細菌を死滅させるものがほとんどでした。このジェルでは全ての菌を死滅させることなく歯周病を改善できるため、とても興味深い研究だと思います。今後の研究の進展に期待したいものです。

マリファナが口腔の健康に及ぼす影響〜健康な歯でスマイルライフ第185回

健康な歯でスマイルライフ

日本では北海道医療大学歯学部で博士号を取得。米国でもロマリンダ大学歯学部を卒業し、2005年にPAN-PACIFIC DENTISTRY(パンパシフィック歯科医院)を開業した中出修先生に、アメリカで生活する日本人へ向けて歯や口腔について、説明していただきます。

マリファナが口腔の健康に及ぼす影響

このコラムではこれまで、タバコが口腔に及ぼす害について言及してきましたが、大麻(マリファナ)に関しては取り上げたことがありませんでした。アメリカでは2000年代前半に、若者の間でマリファナの使用がタバコの使用を上回ったと言われます。現在では、医療目的のマリファナが合法なのは37州で、嗜好用でも合法となっているのが19州あり、今後も合法な州が増えると見られています。 

今回はそうした現状を踏まえて、マリファナが口腔を含め健康に及ぼす影響について書いていきたいと思います。

マリファナの薬理作用  

まず、マリファナの有効成分について説明します。カンナビノイドと呼ばれる3大成分として、THC(デルタ -9- テトラヒドロカンナビノール)、カンナビノール、カンナビジオールが挙げられます。 

最大の成分は THC であり、脳内のカンナビノイド CB1受容体を刺激することで、快楽、幻覚、鎮静、抗不安、鎮痛などの薬理作用を発揮します。

マリファナ使用に伴う健康リスク  

マリファナの全身への影響ですが、以下の少なくとも7つのリスクを高めるとされています。

1.精神依存性(耽溺性)および幻覚作用

2.脳の萎縮による痴呆症

3.呼吸器疾患

4.受動喫煙による他人への健康被害

5.統合失調症など精神疾患

6.免疫力低下の恐れがあり、HIV(ヒト免疫不 全ウイルス)など、さまざまなウイルス疾患に かかりやすくなる

7.女性の月経周期を乱し、生殖機能が低下

口腔の健康への影響  

マリファナは、タバコの喫煙よりも害が少ないと考えている方がいるかもしれません。調べてみますと、決してそんなことはなく、マリファナもタバコも口腔の健康にはすごぶる良くないことがわかります。 

マリファナは、全身の免疫にマイナスに働くせいか歯周病にかかりやすく、歯周病の進行が加速します。また、口腔乾燥症になりやすいため、虫歯も増加傾向に。さらには白板症という口腔がんの前段階の状態に陥ることで、口腔および頭頸部のがんのリスクを上げてしまいます。

まとめ  

アメリカではマリファナを合法化する州が増え、われわれ歯科医も以前よりマリファナを使用する患者さんに遭遇する頻度が高いように思います。マリファナの健康への影響について、タバコほどはまだまだ解明されていませんが、全身および口腔の健康においてマイナス面が大きいと言わざるを得ません。  医療で一定の効果が期待できるとはいえ、心身全体の健康を考えると、とても勧められるものではないと言えそうです。使用される方はこれらのリスクを十分に考慮する必要があるでしょう。


参考文献

1 Nutt et al., Lancet 369:1047, 2007 

2 Battistella et al., Neurosychopharmacology 39:2041, 2014

3 Manish et al., Curr Opin Pulm Med. 2014 Mar

4 Berthet et al., Forens Sci. Int. 269:97, 2016

5 Diamond et al., J Child & Adolescent Substance Abuse 15:37-54, 2006 

6 Viruses 13: 1099, 2021

7 Brents, YJBM 89:175-191, 2016

8  Prestifilippo et al., Exp Biol Med. 2006 Sep.

9   Le et al., J Subst Use 2019, 24:61-65

10  Int. J. Mol. Sci. 22:8329, 2021

11  Int. J. Mol. Sci. 22:8329, 2021

糖尿病で歯が弱くなる?〜健康な歯でスマイルライフ第184回

健康な歯でスマイルライフ

日本では北海道医療大学歯学部で博士号を取得。米国でもロマリンダ大学歯学部を卒業し、2005年にPAN-PACIFIC DENTISTRY(パンパシフィック歯科医院)を開業した中出修先生に、アメリカで生活する日本人へ向けて歯や口腔について、説明していただきます。

糖尿病で歯が弱くなる?

糖尿病と歯科疾患との関係については、これまでもこのコラムで何度か取り上げてきました。糖尿病があると、歯周病、口腔乾燥症、虫歯などになりやすくなります。逆に重度の歯周病がある場合も、インスリン抵抗性が出てくるため、糖尿病につながりやすいことがわかっています。  糖尿病には大きく1型糖尿病と2 型糖尿病があり、最近は実験的に1型糖尿病にさせたマウスを使い、興味深い研究も行われています。今回はこの研究について書いていきたいと思います。

1型糖尿病と2型糖尿病

1型糖尿病は主に自己免疫によって引き起こされる病気で、比較的若年層から発症するのが特徴です。すい臓の内分泌腺にあるランゲルハンス島β細胞はインスリンを作り出す細胞ですが、これを体が異物だと誤認し、破壊してしまうことでインスリンの分泌量が低下し、発病します。

一方、2型糖尿病は主に生活習慣病の関係から発症しやすく、インスリンの分泌量と言うよりは、インスリンの感受性の低下(インスリン抵抗性)が原因で起こります。中年以降に見られることが多いのも特徴です。

研究の概要 

1型糖尿病の動物モデルには大きく、自然発症型と薬物発症型があります。今回の研究(Archives of Oral Biology, 2022; 139: 105434)では、ストレプトゾトシン(STZ :Streptozotocin)という抗生物質を投与することにより、実験用マウス(C57BL/6 型)の35匹を1型糖尿病状態にして、薬物を投与していないコントロール群 35 匹と比較検討しています。

実験期間は0、1、4、8、12、20、28週、調査対象は第二大臼歯(奥歯)のエナメル質および象牙質の硬さ(マイクロビッカース硬度)です。その結果、エナメル質ではSTZによる1型糖尿病のモデルマウスの12週以降(12、20、28 週)において、コントロール群よりも統計学上の有意差を持って、エナメル質の硬度が低くなっていました。また象牙質では、1型糖尿病のモデルマウスの20 週以降(20、28 週)において、コントロール群よりも硬度が低い傾向に。ただし、統計学上の有意差が出たのは28週のみでした。  

つまり、1型糖尿病になると、歯自体の強度が弱くなる可能性があり、その影響は象牙質よりもエナメル質でより顕著だと言えます。

まとめ  

この研究結果が、そのままヒトの歯に当てはまるかどうかはまだわかりません。しかし、今回の研究は、高血糖、口腔乾燥症、あるいは免疫力低下を介して虫歯になりやすいと思われた従来の概念を覆し、糖尿病が直接、歯の強度に影響を及ぼしている可能性を示唆する点でとても興味深いものです。  

これは何を意味するのでしょうか? 1型糖尿病になると、カルシウム代謝にもマイナスに働き、唾液中のカルシウム濃度が下がることで歯の再石灰化を妨げ、歯の強度を弱くするのではないかと想像します。われわれ現場の歯科医も、この結果を臨床に生かしていきたいと思います。

肥満と歯周病 〜健康な歯でスマイルライフ第183回

健康な歯でスマイルライフ

日本では北海道医療大学歯学部で博士号を取得。米国でもロマリンダ大学歯学部を卒業し、2005年にPAN-PACIFIC DENTISTRY(パンパシフィック歯科医院)を開業した中出修先生に、アメリカで生活する日本人へ向けて歯や口腔について、説明していただきます。

肥満と歯周病

州によって事情は異なりますが、アメリカ全体で言うと、成人で肥満に分類される人の割合が41%と非常に高いことがよく知られています。一方、日本で肥満に分類されるのは成人男性の30%、女性では20%。肥満は、2型糖尿病、心筋梗塞、脳梗塞のリスクを高めるなど、健康面、社会経済面でのマイナス面が指摘されています。

歯科においても、肥満の人は歯周病になりやすいとの研究結果がいくつも発表されており、筆者も臨床での経験上、そう感じています。今回はそうした研究の一部を紹介したいと思います。

これまでの研究例

①臨床統計学的研究:20~59歳の日本人241人(女性172人、男性69人)を肥満の程度により4段階に分類し、歯周病との関係について調査したところ、肥満の程度と歯周病の程度には統計学上、有意な相関関係が見られた。(N Engl J Med 1998; 339:482-483)

②肥満と口腔細菌:成人女性の肥満度と唾液中の細菌における種類の変化を調べ、肥満度が増すと唾液中のある種の細菌が増えることを明らかにした。(J of Dent Res 2009; 88 vol. 88; 519-523)

③TNF-α血中濃度との関係:肥満になると腫瘍壊死因子-α(TNF-α)という物質の血中濃度が上昇。TNF-α値の上昇が、歯周組織の炎症の悪化と骨破壊につながり、歯周病を悪化させる可能性がある。歯周病を治療するとTNF-αの血中濃度が低下した。(J Periodontology 2003; 74: 1231-1236)

④ラットによる実験:実験的に歯周病を起こしたラットに高脂肪食を与えると、正常食のラットと比べて歯周病が悪化し、歯槽骨の骨吸 収 が 進 ん だ。(J. Appl. Oral Sci. 2012;20 2•https://doi.org/10.1590/S1678-77572012000200016)

肥満で歯周病が悪化する要因とは? 

肥満が歯茎に影響を与えるメカニズムの一端を解明するため、生後8週のラットを用いて、肥満が血中のマイクロRNAに及ぼす影響について調べた研究(J Periodontology 2022 ;57:502-509)もあります。  

高脂肪食を与えた8匹のグループと通常食を与えた8匹のグループについて、8週間後に評価しました。高脂肪食のグループにおいて、歯を支える歯槽骨の溶け具合を比べたところ、平均で0.16ミリも歯茎が下がっており、また4種のマイクロRNAの発現が如実に増えていることがわかりました。  

ちなみにマイクロRNAとは、ゲノム上にコードされ、20から25塩基長の微小RNAとなる機能性核酸のこと。他の遺伝子の発現を調節するという、生命現象において重要な役割を担っています。4種のマイクロRNAの標的となる遺伝子を解析すると、「P2ry13」という骨代謝に関わる遺伝物質(メッセンジャーRNA)の低下に関与していることが判明しました。  

論文の筆頭著者である岡山大学予防歯科の丸山貴之助教は、肥満によるP2ry13の減少が歯槽骨の減少にも関わり、歯周病悪化を引き起こすと考察しています。

まとめ  

太り過ぎは、糖尿病、高血圧などの健康リスクを上げるだけでなく、歯周病を悪化させる要因のひとつです。気を付けたいものですね。

日本で「国民皆歯科健診」が義務化? 〜健康な歯でスマイルライフ 第182回

健康な歯でスマイルライフ

日本では北海道医療大学歯学部で博士号を取得。米国でもロマリンダ大学歯学部を卒業し、2005年にPAN-PACIFIC DENTISTRY(パンパシフィック歯科医院)を開業した中出修先生に、アメリカで生活する日本人へ向けて歯や口腔について、説明していただきます。

日本で「国民皆歯科健診」が義務化?

 最近の報道などによれば、日本政府が「国民皆歯科健診」の導入を検討しているとのことです。
 現在、日本で歯科健診が義務付けられているのは、1歳半と3歳、および学校に通う高校生までの子どもですが、年齢にかかわらず全国民が1年に1回、歯科健診を受けることを義務化しようというものです。実際に義務化の法案が可決されたとしても、実施は数年先になるだろうと言われていますが、今回はこの話題を中心に書いていきたいと思います。

歯科健診義務化構想の背景

 厚生労働省の報告書によれば、日本の歯科健診の受診率は高いとは言えない現状がまずあります。2016年度の調査において20歳以上の過去1年間の受診率は52.9%であり、また歯周疾患検診に至っては、2018年度の調査において40歳以上の過去1年間の受診率は5%に過ぎません。
 近年、日本でも歯科の重要性に対する認識が高くなってきていますが、まだまだ問題が起きないと歯科を受診しないという人は一定数根強く残っているものと思われます。日本政府による歯科健診義務化の最大の狙いは、少子高齢化が進む中で国民の口腔環境を改善し、医療費全体の高騰を抑制することにあります。

口腔環境と医療費の関係

 医療費に関して口腔環境が与える影響については、サンスターグループの研究データ(2021年6月30日発刊の日本歯科医療管理学会雑誌 第56巻第1号)が参考になります。20歳から74歳までの労働者約25万人の定期健康診断結果と医療機関の診療情報(診療報酬明細書=レセプト)を基に、歯の本数、かみ合わせと、医科医療費の関係を分析したものです。
 その研究結果により明らかになったのは、歯の本数が多いこと、上下の歯がそろいかみ合わせが良好なこと、歯の本数が同程度でも上下の歯がかみ合う領域が多いことで、より医科医療費が抑えられているということです。つまり、なるべく多くの歯を残し、上下の歯でかめる状態を保持することが、医科医療費の抑制と全身の健康維持に重要であると示唆されたわけです。
 同研究が今回の政府の提言につながっているかどうかは定かではありませんが、その可能性は大いに考えられます。

まとめ

 これまで本コラムでも紹介してきましたが、高齢者において歯の残存数が多いと認知症が少ないとの研究報告(BMC Geriatrics 18; 48, 2018)も出ており、歯の健康は全身の健康につながるという認識は世界的に一般化しつつあります。毎日の歯磨き、フロスの使用など口腔清掃を徹底し、定期的な歯科健診を続けることで、全身の健康と医療費全体の削減を実現できるかもしれません。皆さん、地道に頑張りましょう。 

保護者の喫煙、その子どもの歯にどう影響する? 〜健康な歯でスマイルライフ

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日本では北海道医療大学歯学部で博士号を取得。米国でもロマリンダ大学歯学部を卒業し、2005年にPAN-PACIFIC DENTISTRY(パンパシフィック歯科医院)を開業した中出修先生に、アメリカで生活する日本人へ向けて歯や口腔について、説明していただきます。

保護者の喫煙、その子どもの歯にどう影響する?

 喫煙が、喫煙者本人の歯周病や虫歯に良くないというのは、ご存じの方も多いことでしょう。このコラムでも幾度となく取り上げてきました。さらに最近では、保護者の喫煙がその子どもの歯にまで悪影響を与えるかもしれないとの研究結果もあり、注目されています。今回は、そのアメリカのシンシナティ大学を中心とした研究グループによる発表(JADA153(4):319-329, 2022)を中心に書いていきたいと思います。 

研究の背景    

 アメリカにおいては、38%の子どもが保護者のタバコの煙にさらされている、いわゆるTSE (tobacco smoke exposure)の状況にあります。保護者の喫煙により、その子どもは呼吸器の問題と感染症を引き起こすリスクが高まり、同時に虫歯にもなりやすいという研究報告が出ています。 

 TSEは、保護者が家の中で喫煙する二次的なものを指すSHS (secondhand smoke exposure)と、保護者が家の中で喫煙しない(家の中では吸わないが外で吸う)三次的なものを指すTHS(thirdhand smoke exposure)に分けられます。たとえTHSであっても、タバコの煙の成分は家の中に入り、空気中や家具の表面などに存在するため、子どもは呼吸や皮膚からの吸収で体内に取り込んでいます。これまでTSEが虫歯と歯科受診に及ぼす影響についての大規模な調査はなく、またTHSのみの場合について、虫歯に及ぼす影響を調べた研究はありませんでした。

 研究の方法と結果   

 研究には、アメリカの2018-2019年における子どもの健康データの国家統計を用いました。子ども(1歳から11歳まで、3万2,214人)のTSEが、歯科的な健康状態と歯科受診の状況に及ぼす影響について、重回帰分析という手法(年齢、性別、人種、未熟児、保護者の学歴レベル、家族構成、貧困度との関連)を取り、調べました。 

 すると、TSEの子どものグループは、ひとつかそれ以上の歯科的問題を抱えている率、および虫歯の数が、保護者がタバコを吸わない子どものグループに比べ、統計学的に有意に増加していました。また、歯科受診の回数も、保護者がタバコを吸わない子どものグループより統計学的に有意に少なかったのです。ただし、THSのみの子どものグループに限ると、上記の要因に統計学的な有意差は認められませんでした。  

まとめ   

 この研究結果からわかるのは、保護者の喫煙がその子どもの歯の健康にも悪影響を及ぼす可能性があるということです。われわれ歯科治療に従事する立場の人間も、それを踏まえて治療に生かさなくてはいけないと考えています。   

子どもの幼弱な永久歯がルートキャナルにならないように〜健康な歯でスマイルライフ

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子どもの幼弱な永久歯がルートキャナルにならないように

 歯科臨床に従事していて思うのは、永久歯が生えて数年以内のルートキャナルは、なるべく避けるべきだということです。ルートキャナルとは、歯の神経治療・根管治療のことで、生えてから間もない時期に行われた場合、歯の寿命にも関わります。  

ルートキャナルになる原因   

 ルートキャナルになってしまう最大の原因は、やはり虫歯です。それも歯の中心部にある歯髄(いわゆる歯の神経と呼ばれる部分)に達する深い虫歯になればなるほど、ルートキャナルになる確率は高いと言えます。 

 その次に多いのが、歯の外傷によるものです。これは上顎の前歯が代表的な例で、歯髄部分まで達して歯が折れた場合や、歯は折れないけれども歯がグラグラになるほどの強い力が加わった場合に、歯の神経が死んでしまうことがあります。 

 そのほか、若い人ではほぼ見られないのですが、重度の歯周病も考えられます。歯周ポケットが極端に深い場合は、歯周ポケットから歯髄に細菌感染が及び、ルートキャナルになるケースが増えます。 

永久歯は生えてからも変化し続ける 

 永久歯は、生えてしばらくは歯根が完成していません。歯髄は、歯根の先端部でも大きく開いた状態になっています。歯髄は時間の経過と共に小さくなり、歯根の先端部分も狭く閉じていくのですが、歯根にその狭窄部が出来上がるのは、生えてから数年以内とされています。歯根が完成後、歯髄はその容積を徐々に減らしていき、象牙質という硬い組織を増やします。 

 また、歯自体が、外側からも内側からも唾液、血などから、カルシウム、リン、フッ素などを取り込んで、結晶構造を密にします。このようにして、より強い歯になっていくのです。これを歯の成熟化と呼びます。 

永久歯が未完成のうちにルートキャナルになるとどうなる?    

●ルートキャナル自体の成功率が下がる 

 ルートキャナルでは、歯髄を取り除いて最後に密閉するという治療を行います。歯根に狭窄部がなく、歯髄が大きく開いている状態でのルートキャナルは、この密閉が難しいため、成功率が低くなる可能性があります。 

●ルートキャナル後の歯根が折れやすい 

 歯髄がなくなった歯は栄養が得られなくなり、乾燥も進み、もろくなります。支柱(ポスト)を入れて歯を補強しても、早い時期に歯髄をなくした歯の歯根は、歯髄が大きかった分、厚みが十分にありません。人生の早い段階でそのような状態になってしまうと、その歯を長年使い続けるうちに、歯根が折れてしまう確率もおのずと上がることは容易に想像できるでしょう。 

まとめ  

 永久歯が生えてすぐ、大きな虫歯などでルートキャナルになるようなことは避けたいものですね。子どもの歯を健康に保つためにも、乳歯が生えた時期から定期的に歯科医へ通い、口腔清掃指導を受け、フッ素塗布、シーラントなどの予防処置を続けることが大切と言えます。  

歯周病はメンタルの健康にも悪影響?〜健康な歯でスマイルライフ

健康な歯でスマイルライフ

日本では北海道医療大学歯学部で博士号を取得。米国でもロマリンダ大学歯学部を卒業し、2005年にPAN-PACIFIC DENTISTRY(パンパシフィック歯科医院)を開業した中出修先生に、アメリカで生活する日本人へ向けて歯や口腔について、説明していただきます。

歯周病はメンタルの健康にも悪影響?

昨年、かかりつけの獣医さんから、わが家の老犬の心音に雑音(Heart murmur)があると指摘されました。その際、獣医さんは犬の歯周病が心臓疾患リスクを高める可能性についても言及。人間のみならず、ペットにおける歯周病の全身疾患へのリスクまで認識されていることに、正直驚きました。

 これまで本コラムでも取り上げてきた歯周病と全身疾患の関連性ですが、英国のバーミンガム大学でかつてない規模の疫学調査が最近行われ、リスクがより明らかになってきました(BMJ open 2021:11:e048296.)。今回は、この研究を中心に書いていきたいと思います。   

バーミンガム大学の研究内容     

 英国の一般医の記録で歯周病(歯肉炎あるいは歯周炎)の記載のあった6万4,379人について、追跡調査を行いました。内訳は、歯肉炎が6万995人、歯周炎が3,384人、平均年齢は44歳、男性43%、喫煙者30%です。これらの患者について、歯周病の記載のない25万1,161人の患者(年齢、性別、人種、喫煙、肥満度などをマッチさせたグループ)と、全身疾患との関係において比較しました。 

 その結果ですが、歯周病のグループでは、以下の疾患リスクが上昇していることがわかりました。 

(1)心血管障害(心不全、脳梗塞など)18%↑ 

(2)心代謝障害(高血圧、2型糖尿病など)7%↑(2型糖尿病では26%↑) 

(3) 自己免疫疾患(関節炎、1型糖尿病、乾癬(かんせん)など)33%↑ 

(4)精神疾患(うつ病、不安症状など)37%↑   

結論および考察      

今回の疫学調査により、歯周病は多くの慢性疾患および精神疾患のリスクを高める可能性があることが明らかになりました。ここまで大規模な疫学調査はこれまでになく、また歯周病と精神疾患への影響を調べた研究もほとんど見られないので、貴重な研究と言えます。 

 一方で、歯周病の評価に歯周ポケットのデータを用いているわけではなく、ただ単に一般医の問診によるものなので、歯周病と疾患の関係について論じるには限界があるのも事実です。しかしながら、英国ではリウマチ性関節炎患者が40万人いて、そのうち歯周病患者はそうでないグループと比較して4倍にも上ります。リウマチ性関節炎の症状に関しても、歯周病患者では、その症状が重い傾向にあるようです。 

まとめ     

今まで数々の研究が歯周病と全身疾患の関連性を示唆しています。バーミンガム大学の研究結果からも、口腔内の健康が全身の健康維持に直結することは明白です。毎日の口腔ケアおよび定期的な歯科検診と歯のクリーニングを欠かさず続け、全身の健康につなげていきたいものですね。  

氷食症とその歯科的問題点〜健康な歯でスマイルライフ

健康な歯でスマイルライフ

日本では北海道医療大学歯学部で博士号を取得。米国でもロマリンダ大学歯学部を卒業し、2005年にPAN-PACIFIC DENTISTRY(パンパシフィック歯科医院)を開業した中出修先生に、アメリカで生活する日本人へ向けて歯や口腔について、説明していただきます。

氷食症とその歯科的問題点

 暑くもないのに氷をバリバリ食べるのを止められない人は身近にいませんか? 氷を異常に食べる習慣が1カ月以上続く場合、氷食症と言われ、思わぬ病気が潜んでいる場合が少なくありません。今回は氷食症とその歯科的問題に焦点を当てていきたいと思います。   

氷食症は異食症の一種     

 氷食症を始め、栄養が取れず通常食べることのないものを1つ以上、少なくとも1カ月間、継続して口にしてしまう摂食障害のことを、異食症と言います。 摂取の対象物としては、氷、土、毛髪、チョーク、ガラス、歯磨き剤などが挙げられます。特に氷、土、毛髪を食べることが知られており、氷食症、土食症、食毛症という個別の症状名もあります。

氷食症の原因      

 関連性の高い疾患とされるのが、鉄欠乏性貧血です。これは女性に多い疾患で、氷食症も20〜40代の女性に多く見られます。 

 どうして鉄欠乏性貧血が氷食症の原因になるのかはよくわかっていないのですが、貧血による口腔内の炎症を和らげようとするのでは、という説があります。確かに鉄欠乏性貧血では、舌が炎症で赤くツルッとした感じになる、平滑舌という症状を呈しやすくなります。 

 また、氷をかむことによって、反射的に脳の血流を上げようとしているという説を唱える人もいます。その他、ストレスなどによる精神疾患、ある種のがんが引き金になることもあり、氷食症の症状が出現したら、ただちにかかりつけ医や内科を受診するのがベターと言えます。貧血などの基礎疾患が改善されると、氷食症も回復することが少なくないようです。

貧血には氷?     

 ラットで貧血状態を作ると、より氷をかむようになるという有名な研究もあります(Science 169: 1334-1336, 1970)。ラットをあらかじめ、水と氷の両方で水分を摂取するように習慣付けておきます。半数のラットからは血を抜き、貧血状態を作ります。そうすると、血を抜いていない(貧血状態でない)普通のラットは約45%の水分を氷から摂取するのに対し、なんと貧血ラットは96%の水分を氷から摂取するという結果になりました。両群の水分摂取量に差はありませんでした。 

 驚くことに、この研究では、貧血のラットについては氷をなめるより、かじるほうが多く見られたとの報告もあります。また、この傾向はラットの貧血が改善するにつれ消失し、貧血がなくなったラットは氷には見向きもしなくなったとのこと。とても興味深い研究です。

氷食症の歯科的問題点     

 氷食症は歯科においても好ましいものとは言えません。氷をガリガリかむことによって、歯にヒビが入ったり、歯が欠けたり、壊れたりというリスクが出てきます。また、顎関節症のリスクも高くなります。 

 歯科の観点からも、氷食症の症状が見られた場合はすぐにかかりつけ医などを受診し、原因の解明と根本的な治療を行うことが望まれます。 

胸焼けの薬が歯周病の悪化を防ぐ?〜健康な歯でスマイルライフ

健康な歯でスマイルライフ

日本では北海道医療大学歯学部で博士号を取得。米国でもロマリンダ大学歯学部を卒業し、2005年にPAN-PACIFIC DENTISTRY(パンパシフィック歯科医院)を開業した中出修先生に、アメリカで生活する日本人へ向けて歯や口腔について、説明していただきます。

胸焼けの薬が歯周病の悪化を防ぐ?

 最近のニューヨーク大学バッファロー校の研究で、胸焼け、胃酸逆流、胃潰瘍の治療や予防で使われる薬に歯周病の悪化を防ぐ作用がある可能性があることが示され、注目を浴びています。今回はこの研究を中心に書いていきたいと思います。         

プロトンポンプ阻害薬と歯周病     

 その薬は、プロトンポンプ阻害薬(PPI:Proton Pump Inhibitors)と呼ばれる種類で、胃壁の胃酸分泌細胞に強く作用して胃酸の分泌を抑制します。今や胃食道逆流症(GERD)や消化性胃潰瘍などの治療になくてはならない存在であり、胃酸を弱めるために世界でも最もよく使われている薬剤のひとつとなっています。 

 プロトンポンプ阻害薬は骨を吸収する破骨細胞にも作用し、破骨細胞が骨吸収する際に出される酸の分泌も阻害するため、骨吸収を抑制します。しかしながら、これまでプロトンポンプ阻害薬が歯周病に及ぼす影響については、今回の研究が行われるまでほとんどわかっていませんでした。  

調査方法と結果      

 ニューヨーク大学バッファロー校は同校の歯周病専門外来を対象にプロトンポンプ阻害薬が歯周病に及ぼす影響について調べました。

 プロトンポンプ阻害薬(Omeprazole、Esomeprazole、Lansoprazole、Rabeprazole、Pantoprazole、Dexlansoprazoleのいずれか)を投与されているグループ(18歳以上、31人、平均年齢61歳)と投与されていないグループ(18歳以上、713人、平均年齢56歳)を、歯周ポケットの深さを指標として比較検討しています。ただし、喫煙者、糖尿病患者は、調査対象から除外されました。結果は以下の通りです。 

  歯周ポケット 5ミリ以上の歯(%) 歯周ポケット 6ミリ以上の歯(%)
非投与群 40.5 24.2
プロトンポンプ 阻害薬群 27.8 13.9

 

値が大きいと歯周病がより進行していることになります。つまり、プロトンポンプ阻害薬群では、深い歯周ポケットの歯の比率が少ないことがわかります(統計学的に有意差あり)。プロトンポンプ阻害薬には、歯周病の進行の程度を遅くし、歯周病予防に有用な作用がある可能性があるかもしれません。 

まとめ     

 この研究はまだ始まったばかりで、歯周病においてどのように治療効果を及ぼすかなどの作用機序を知るには、さらなる調査を続ける必要があります。また、プロトンポンプ阻害薬は肺炎、骨折、腸管感染症等の副作用を伴うため、それを考慮すると、歯周病治療への応用にはいくつものハードルがあることは間違いないと言えます。 

 しかしながら、作用機序を明らかにすることで、将来的には歯周病に効く新薬の開発等、面白い展開が待っているのかもしれません。