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Author: FLAT・ふらっと

2013年から続く乳がん・婦人科がん患者サポート団体のJapanese SHAREが、2023年4月1日より、ニューヨークを拠点とした非営利団体、FLAT・ふらっとに活動の場を移行。乳がん・婦人科がんのほか全てのがん患者、高齢者、スペシャルニーズのある子どもの保護者を対象とし、在米日本人コミュニティーを健康と医療の面から支える。問い合わせ:info@flatjp.org

日本語で参加できる乳がんサバイバーの心と体の臨床研究〜私たちの命を守るヘルスケア

がん患者だけでなく、悩める人たちの心身の健康をサポート。現在のアメリカの医療環境で今、私たちができることを探ります。

日本語で参加できる乳がんサバイバーの
心と体の臨床研究

「臨床研究」や「治験」と聞くと、新薬開発のためのものという印象を持たれる方も多いかもしれません。でも病気の治療や療養に必要なのは、治療薬そのものだけではありません。治療中や治療後の人がより健やかに過ごせるよう、どのような支援が有効かを探る研究もあります。

テキサス大学オースティン校看護学部の研究チームもその一つで、在米日本人を含むアジア系の乳がん患者やサバイバーを対象に、痛みや抑うつ症状のセルフマネジメントを支援する研究に取り組んでいます。今回は、この研究に参加した「FLAT・ふらっと」の乳がん患者ミーティングでファシリテーターを務めるロング容子さんと研究チームの服部知子さんに、この研究について教えてもらいました。

はじめて臨床研究に参加してみて −ロング容子

私は2014年にアメリカで初めて受けた乳がん検診でステージ3のがん宣告を受けました。化学療法、放射線治療、手術を経て、昨年ようやく10年にわたるホルモン治療が終わりました。がん治療は思っていた以上に長丁場で、患者は身体的にも精神的にもアップダウンを経験することが少なくありません。

「FLAT・ふらっと」には、治療中に同じ乳がんを経験している方々と日本語で交流したくて参加し、最近では乳がん患者ミーティングのファシリテーターも務めています。アメリカでは患者会活動がさかんで、患者やサバイバー同士が助け合ったり、最新治療について学んだり、医学研究に協力したりしています。

数々の乳がん治療法が確立されてきたのは、これまで多くの乳がん体験者、いわゆるピンク・シスターズが臨床研究に協力してくれたおかげです。私も何らかの形で貢献したいと思っていましたが、研究や治験に参加することには抵抗がありました。がんの治験は標準治療が効かなくなったときに検討するものだけだと思い込んでいたからです。でも、紹介されたテキサス大学オースティン校の研究は、それとはまったく違いました。

この研究は、在米アジア人(日本人・中国人・韓国人)の乳がんサバイバーを対象に、乳がんを経験した後の心と体のケアに関する支援を探るものです。「頑張る」ことや「耐える」ことを美徳とするのは日本人の国民性でしょうか? 私自身、治療中は痛くても我慢したり、体調が思わしくなくても笑顔で対応したりと、今思うと心身ともに無理をしていたと思う時があり、この研究は私にぴったりだと思いました。

参加方法も簡単でした。インターネットで登録し、1時間ほどの選択式の質問に回答しました。参加条件を満たしていることが確認されると、Fitbit(腕時計型のウェアラブル端末)が送られてきました。Fitbitで参加者の毎日の活動量を記録するそうです。

その後、担当の方と毎週約1時間、チャットで治療中の様子や健康管理についてやりとりをしました。チャットも日本語なので、友人と話しているような感覚で楽しく参加できました。「FLAT・ふらっと」もそうですが、母国語を使える安堵感は大きいもの。アメリカで日本人を含むアジア系女性に焦点を当て、母国語で参加できる研究が行われていることを非常に心強く感じました。

研究参加の期間は3カ月で、3回に分けて合計150ドル分のギフトカードとFitbitをいただきました。Fitbitは今でも毎日着用しており、健康管理にとても役立ってます。

在米日本人乳がんサバイバーに適した支援を探る −服部知子

この研究は、テキサス大学オースティン校看護学部の研究チームが、米国国立衛生研究所(NIH)の支援を受けて行っている健康研究プロジェクトの一環です。主要研究者は、ウノク・イム教授らです。

在米アジア系の乳がんサバイバーの中には、文化的背景や言語の違いなどにより、症状をうまく伝えられなかったり、痛みを我慢したりして、十分なサポートにつながりにくい方がいます。そのため、それぞれの背景に合った支援が必要だと考えています。この研究では、パソコンやモバイル機器を使い自宅から気軽に参加できる「情報提供・サポートプログラム」を開発しています。参加者一人一人のニーズに合わせて情報提供や目標設定を行い、痛みや抑うつ症状の軽減を目指します。

私も研究チームの一員として介入看護師を務めています。本研究では、参加者の方の母国語で文化的背景を大切にした一対一の対話を通して、日常生活に良い変化が生まれることを期待しています。

在米日本人の乳がん体験者から、100人分のデータを集めたいと考えています。よりよいサポートづくりに向けて、乳がん体験者の方は、ぜひお気軽にお問い合せ、ご参加ください。

この研究に関する問い合わせ・申し込みは、以下のサイトでご確認ください。https://cai.research.nursing.utexas.edu

ロング容子■FLAT・ふらっとの患者ミーティング・ファシリテーター。1987年に渡米し、米国の大学を卒業後、働きながらMBA取得。金融機関勤務、会社設立を経て、現在は専業主婦を満喫中。


服部知子■看護師。1998年に渡米し、米国の大学・大学院を卒業。テキサス大学にて脳科学研究に携わった後、2016年に看護の道へ転身。現在は同大学看護学科のCAI研究において介入看護師を務めるとともに、外来消化器クリニックでクリニカルナーススペシャリストとして勤務している。

 
 
 

新しい食事ガイドライン、どう読み解く? 「良い点」と「要注意な点」〜私たちの命を守るヘルスケア

がん患者だけでなく、悩める人たちの心身の健康をサポート。現在のアメリカの医療環境で今、私たちができることを探ります。

新しい食事ガイドライン、どう読み解く? 「良い点」と「要注意な点」

適切な食生活を送ることは、健康管理に欠かせません。「メイク・アメリカ・ヘルシー・アゲイン(MAHA)」を掲げる米保健福祉省によれば、アメリカ成人の7割以上が体重過多または肥満であり、12歳から17歳の若者の約3人に1人が糖尿病予備軍とされています。こうした状況を受け、米保険福祉省と米農務省は「アメリカ人のための食事ガイドライン2025年から2030年版」を発表しました。

新ガインドラインの発表にあたり、ケネディ保健福祉省長官は、タンパク質、乳製品、野菜、果物、健康的な脂質、全粒穀物など、栄養価の高い食品を中心にし、超加工食品を大きく減らすことが大切だと説明しています。

ただし、専門家の目からみると、一見すると体に良さそうなことが書かれていますが、実は「素晴らしいアドバイス」と「少し首をかしげたくなるアドバイス」が混在している部分もあるそうです。

FLAT・ふらっとの代表理事で、マウントサイナイ医科大学の山田悠史医師に、新たな食事ガイドラインについて、健康のために取り入れるべき「良い部分」と、鵜呑みにしないほうがよい「要注意な部分」を教えてもらいました。

2026年1月にアメリカ政府が発表した新たな食事ガイドライン。野菜や果物だけでなく、肉や乳製品の存在感が目立つ構成になっている(米保健福祉省・米農務省作成)

ここは参考にしたい! ガイドラインの良い点

このガイドラインが推奨している以下の2点は、私たちの健康を守るうえで大正解です。

•「自然に近い食品」を選ぶ
加工されすぎた食品、いわゆる超加工食品や、着色料・人工甘味料などの人工的な添加物を多く含む食品を避け、できるだけ自然に近い「リアルフード」を食べることをすすめています。

• 砂糖は控えめに
食品や飲料に後から加えられる糖、いわゆる添加糖について、1食あたり10グラム以下を目安にするなど、甘いものの摂り過ぎに注意を促している点も、とても良い目標です。

ここは要注意! 鵜呑みにしないでほしい点

一方で、以下の点については、従来の医学的な考え方とずれがあったり、受け取り方によって誤解を招いたりする可能性があるため、注意が必要です。

• 脂質のアドバイスに矛盾が見える(バターや牛脂の推奨)
ガイドラインでは「飽和脂肪酸、いわゆる体に悪い脂は控えましょう」としているのに、その一方で「料理にはバターや牛脂を使い、牛乳は脂肪分を減らしていないもの、つまり全乳を飲みましょう」とすすめています。バターや牛脂をたっぷり使いながら飽和脂肪酸を控えるのは、普通の生活ではかなり難しいでしょう。

心臓や血管の健康を考えると、バターや牛脂よりも、オリーブオイルなどの植物性油を選ぶのが現在の医学の常識です。

• タンパク質を強くすすめすぎている
一般の人に対して、これまでの約1.5倍から2倍ものタンパク質を取るようにすすめています。確かに、筋肉をつけたいアスリートや足腰が弱ってきた高齢者には多めのタンパク質が必要なこともありますが、全員に当てはめるには多すぎるでしょう。

気づかないうちに腎臓が弱っている人が高タンパクな食事をすると体に負担がかかります。また、目標を達成するために牛肉や豚肉などの赤肉ばかり食べると、大腸がんや心臓病のリスクが高まる心配もあります。

なぜ「ちぐはぐ」な内容になっているのか

通常、こうした食事のガイドラインは、専門家が科学的なデータをもとに何年もかけて作成します。しかし今回は科学的な根拠だけでなく、国内の農業や畜産業を重視する政策的な方向性も強く影響していると考えられます。

また、牛などの畜産は温室効果ガスの排出とも関係が深く、食事と地球環境のつながりは近年ますます重要なテーマになっています。そうした環境面への配慮が十分に扱われていない点も、専門家の間で指摘されています。

結論:私たちはどう受け止めればいい?

このガイドラインは、「超加工食品や砂糖を減らし、できるだけ自然に近い食品を選ぶ」という良い部分を、上手に取り入れるのが現実的です。肉やバター、全脂肪の乳製品を、ガイドラインの印象だけで無理に増やす必要はありません。極端な情報に振り回されず、バランスの良い食事を心がけましょう。

FLAT・ふらっとの健康に関する過去のウェビナーは、YouTubeチャンネルアーカイブから視聴できる。www.youtube.com/@FLATjpNY

山田悠史■米国老年医学専門医。マウントサイナイ医科大学、老年医学・緩和医療科所属。臨床医として活躍する傍ら、ニュースメディアや音声コンテンツなど多岐にわたって活動中。『最新科学か覆す 体にいいのはどっち?』(サンクチュアリ出版)など、科学的根拠に基づく健康関連の著書多数。在米日本人の健康と医療を支える「FLAT・ふらっと」の代表理事。X:@YujiY0402

 
 
 

ハッピージョイント ―「関節トレーニング」という新習慣〜私たちの命を守るヘルスケア

がん患者だけでなく、悩める人たちの心身の健康をサポート。現在のアメリカの医療環境で今、私たちができることを探ります。

ハッピージョイント ―
「関節トレーニング」という新習慣

筋トレだけでは不十分

みなさんの中にも筋トレを習慣にしている人は多いと思います。筋肉量を増やすことは、基礎代謝の向上によるダイエット効果や、引き締まったボディーラインづくり、生活習慣病の予防など、心身にさまざまな健康効果をもたらします。その一方で、関節そのものを意識してトレーニングしている人は決して多くありません。筋肉ばかりを鍛え、関節の可動性や安定性をおろそかにすると、かえって不調やけがの原因になることがあります。若い人にも、そしてシニア世代にも、関節トレーニングは欠かせない要素です。

関節とは、骨と骨をつなぎ、体を動かす要となる部分です。そこには軟骨、靭帯じんたい、腱、滑液などがあり、体のスムーズな動きを助けます。膝や肘は曲げ伸ばしを主とする関節ですが、股関節や肩関節は多方向に動かせるため、体のさまざまな動きを支える反面、負担もかかりやすい部位です。筋肉が強くても、関節が硬く不安定であれば、本来のパフォーマンスは十分に発揮できません。

けがを予防し、自立した生活を

若い世代にとって、関節トレーニングの大きなメリットは、けがの予防とパフォーマンスの向上です。スポーツやジムで高負荷のトレーニングを行う際、関節の可動域が狭いと特定の部位に負担が集中し、捻挫や靭帯損傷を招きやすくなります。例えば、股関節や足首の可動性が低いと膝に過剰なストレスがかかりやすくなり、肩関節の安定性が不足すると、肩の痛みや不調につながることがあります。関節トレーニングはこうしたリスクを下げる助けになります。

一方、シニア世代にとっての関節トレーニングは「自立した生活の維持」に直結します。多くの高齢者が経験するのが、加齢に伴う滑液分泌の減少や関節軟骨の摩耗によって生じる関節の痛みや炎症です。動かさない時間が長いほど関節は硬くなり、可動域も狭くなります。その結果、歩幅が小さくなって運動量が減り、筋力も低下し、転倒リスクが高まるという悪循環に陥ります。関節を優しく動かし続けることは、日々の活動量を保つうえでも大切です。

では、関節トレーニングを行わないとどのような影響があるのでしょうか。第一に可動域が狭まり関節が不安定になることで、慢性的な痛みにつながる可能性があります。本来動くべき関節が十分に動かないと、別の部位に負荷がかかり、腰痛や肩こり、膝の痛みを招きます。第二に姿勢の崩れです。胸椎や股関節が硬くなると猫背や反り腰につながり、呼吸機能や内臓にも負担をかけることがあります。第三に転倒や大きなけがのリスクです。バランス能力が低下すると、瞬時に体を支えられなくなります。特に高齢者では、骨折が寝たきりの一因になることもあります。

一方、現役世代の多くも長時間のデスクワークやスマートフォンの操作など、座りっぱなしの生活を送りがちです。特にキーボードやマウスの使用時間が長いと、手首や指、肩関節はほとんど同じ姿勢のままになりやすくなります。また、座位姿勢では股関節が常に曲がった状態となり、胸椎の動きも制限されやすくなります。

90分に1度は動こう

このような「動かさない習慣」は、関節の滑らかな動きを奪い、知らないうちに可動域を狭めてしまいます。だからこそ、日常生活の中で、固まりやすい関節を意識して動かす時間が必要です。90分に1回程度は椅子から立ち上がり、簡単なストレッチや関節をほぐす動きを5分から10分ほど行うだけでも効果があります。気分をリフレッシュすることで、集中力の向上も期待できます。

関節トレーニングは、決して難しいものではありません。例えば、つま先から首までの関節を呼吸に合わせてゆっくり動かす「ジョイント・フリーイング」があります。これは関節の可動域を広げるだけでなく、呼吸を意識することで深いリラックス効果をもたらします。

また、陰ヨガは一つのポーズを数分間保つことで関節に適度な負荷をかけ、筋膜をストレッチして腰痛などの痛みを緩和します。大切なのは、単に筋力を鍛えることだけでなく、関節をスムーズに動かし、骨格を正しく支える力を養うことです。筋トレに加えて関節トレーニングを日々の習慣に取り入れることで、けがの予防や運動能力の維持・向上が期待でき、高齢期においても動ける体を保ち、自立した生活を支えます。

FLAT・ふらっとでは毎月第1水曜日に、「ジョイント・フリーイング」や「リラックス・ヨガ」の無料オンライン・クラスを開催しています。
申し込み・詳細:www.flatjp.org/health-and-excercise-programs-1

高森英治■1989年よりニューヨーク在住。日米の金融機関での勤務を経て、現在はヨガセラピスト、ヨガ講師、ストレス軽減スペシャリスト、ストレッチおよびマインドボディ・ウェルネスコーチとして日米で活動中。心身のバランスを整え、健康寿命の延伸をサポートするプログラムを対面およびオンラインにて提供している。個々の状態や目的に合わせ、安全で無理のないアプローチを大切にする。www.inhalenyc.com
問い合わせ: iamyouryogateacher@gmail.com

 
 
 

スペシャルニーズの療育支援「親が頑張りすぎないで!」〜私たちの命を守るヘルスケア

がん患者だけでなく、悩める人たちの心身の健康をサポート。現在のアメリカの医療環境で今、私たちができることを探ります。

スペシャルニーズの療育支援
「親が頑張りすぎないで!」

重度の障がいを持つ娘と共に 

みなさん、こんにちは。在米日本人の医療と健康を支えるコミュニティー「FLAT・ふらっと」で、スペシャルニーズの療育支援を担当している倉本美香です。2003年にニューヨークで誕生した長女には、両眼性無眼球症と、知的障がいを含む重度の重複障がいがあります。 

娘の子育てで、いちばんつらかったこと。それは、当時のアメリカで、同じ悩みを抱える保護者になかなか出会えなかったことでした。「頑張らなきゃ」気がつくと、いつもそう思っていました。特別なニーズのある子どもを育てていると、親は自然と「強くなること」を求められます。泣かないこと。弱音を吐かないこと。迷わないこと。そして、誰にも頼らずに立ち続けること。療育の情報を探し、病院に通い、学校と話し合い、子どもの将来を考えながら、今日をなんとか乗り切る毎日。「私が頑張らなければ、この子は守れない」そんな思いが、知らず知らずのうちに自分自身を追い詰めていました。 

けれど、アメリカで療育と向き合うなかで、私はある考え方に出合いました。それは「親がすべてを背負わなくてもいい」ということ。

療育支援制度の利用 

アメリカの療育支援は、個々の善意や特別な配慮によるものではなく、法律に基づいた公的制度として提供されています。 

代表的なものに、個別教育プログラム(Individualized Education Program、IEP)があります。これは就学前後の障がいのある子ども一人一人に対して、無償で適切な公教育を保障するための個別教育計画です。必要な教育・療育・関連サービスについて多職種チームで話し合い、学校が責任をもって実施します。 

アメリカで娘の療育を受け始めた当初、私は正直、戸惑いの連続でした。学校、セラピスト、カウンセラー、ソーシャルワーカー。これほど多くの大人が、一人の子どものために集まることに、どこか落ち着かない気持ちがあったのです。「ここまで手厚くしてもらっていいのだろうか」「私がもっと頑張れば、必要ないのではないか」そんな思いが、心のどこかにありました。 

IEPミーティングの席で、専門家たちが当たり前のように言いました。「この支援は、あなたの娘さんの権利です」その言葉を聞いたとき、私ははっとしました。それは「配慮」でも「好意」でもなく、制度として社会が担う役割なのだと、初めて理解した瞬間でした。

支援を受けるのは子ども本人の権利 

それでもしばらくの間、私は「親として、何かしていなければ」という気持ちを手放せずにいました。療育の時間、廊下でただ待っている自分に、どこか後ろめたさを感じていたのです。 

けれど、少しずつ気づいていきました。私が前に出すぎないとき、娘は案外、落ち着いてその場に身を委ねていること。専門家と向き合うことで、彼女自身のペースがきちんと守られていること。私が「頑張る母親」でいることをやめたとき、娘は初めて「娘自身の世界」を持てるようになったのかもしれません。 

アメリカでは、支援を「お願いするもの」ではなく、子ども本人の権利として受け取るという考え方が制度設計の前提にあります。そのため、保護者が全てを背負い込むことを前提としない支援体制が整えられています。制度を使うということは、親が楽をするためだけのものではありません。それは、子どもを社会全体で育てていくという意思表示なのだと思います。

「一緒に育てよう」という社会 

FLAT・ふらっとでは、「ひとりで抱えなくていい」という前提のもと、こうした制度の仕組みや考え方を、在米日本人の家族に日本語で安心して共有できることを大切にしています。 

親が孤立せず、支援者と対立せず、「一緒に育てる」関係を築くための橋渡しが、私たちの役割だと考えています。完璧な親でなくていい。頑張りすぎなくていい。そのことを、そっと確認できる場所でありたいのです。 

制度を知り、制度を使い、そして人に頼る。それもまた大切な療育の一部なのだと、私は自分自身の経験から感じています。親が制度を知ることは、専門家になることでも、強くなることでもありません。ただ、選択肢を持つということです。知らなければ、すべてを自分で抱え込んでしまいます。けれど、知っていれば、「今は頼っていい」「ここは任せていい」と、一歩引くことができます。その一歩の余白が親の心を守り、結果として子どもの安心につながっていくのだと、私は感じています。

スペシャルニーズの療育支援ウェビナー
FLATスペシャルニーズの療育支援部門では、不定期にウェビナーを開催し て い ま す。2025年 12月 5日 に 開催された小児科医松浦有佑先生(弊誌連載「Dr. 松浦の診察室から」執筆中)の講演を公開しています。ぜひご覧ください。www.youtube.com/watch?v=5DwKzG5Z1NM

FLAT・ふらっとの健康に関する過去のウェビナーは、YouTubeチャンネルアーカイブから視聴できる。www.youtube.com/@FLATjpNY

倉本美香■「FLAT・ふらっと」理事メンバーで、重複障害を持つ長女を含め二男二女を育てるワーキングマザー。世の中で埋もれている「助けて」の声を拾い上げる一般社団法人「TruBlue」理事も兼任。著書に『未完の贈り物』(産経新聞出版)、『生まれてくれてありがとう』(小学館)がある。

 

参考ウェブサイト

▪️一般社団法人「TruBlue」 https://tru-blue.org 

 
 

若くてもご用心、45歳から大腸がん検診を〜私たちの命を守るヘルスケア

がん患者だけでなく、悩める人たちの心身の健康をサポート。現在のアメリカの医療環境で今、私たちができることを探ります。

若くてもご用心、
45歳から大腸がん検診を

3月は大腸がんの啓発月間です。運動不足や超加工食品の多い食事、体重過多などさまざまなリスク要因によって、大腸がんを発症することがあります。最近では若年での大腸がん発症が増えてきたことから、アメリカでは45歳から定期的な大腸がんのスクリーニング検査が推奨されています。 

FLAT・ふらっとのサポートミーティングに参加しているニューヨーク在住の伊藤さんも、若年で大腸がんを体験しました。アメリカでの治療を経て、現在はフォトグラファーとしての仕事を再開し、妻とともに2児の子育てに励みながら元気に活躍しています。今回は、伊藤さんに大腸がん体験を語ってもらいました。

突然の大腸がん発覚

2024年の夏、私は1年ぶりに日本に一時帰国をした。妻は仕事の都合で休みが取れれず、娘と2人での帰国となった。滞在中、私の住んでる地域で無料で健康診断が受けられると知り、家からも近かったので受診することにした。その際、久しぶりに検便も行った。1週間後、検診結果を聞きに病院を訪れると、検便に血液が混ざっていることが分かり、念のため大腸内視鏡検査を受けるよう勧められた。まだ40代半ばで、痔の影響だろうと高をくくっていた私は、気が進まなかったものの、検査を受けることにした。 

事前に下剤などで準備をして、いざ検査に臨んだ。開始から30分ほどたった頃だろうか。麻酔で意識が朦朧とする中、医師が画面を見ながら言った。「大腸がんがあります。おそらくステージ3くらいでしょうかね。まあ、あなたの場合は若いので、手術すれば問題ないでしょう」 その場では言われたことをすぐに飲み込めなかった。しかし帰宅後、徐々にその深刻さが身にしみてきた。どうしていいか分からず、あたふたしながら両親と妻に告げた。みんなショックを隠せない様子だった。

がんに人生を支配されない

翌日から娘とタイ旅行する予定だった。こんな時に旅行に行っている場合かとも思ったが、生検の結果が出るまで何もできない。お盆を挟むため結果は3週間後だという。そこで、ここはひとまずがんのことは頭から追い出し、旅行を楽しむことにした。 

旅の前半は特に異変を感じなかったが、後半になると、謎の倦怠感に襲われるようになった。がんの告知を受けた影響なのかは分からない。その後、便の異常にも気付くようになった。

米国でがん治療に臨む

生検の結果を待たずにアメリカに戻らなければならなかった。日本で治療を受けることも考えたが、長期に及ぶ可能性を考え、家族のいるアメリカで治療を受ける決断をした。 

アメリカに帰国後、主治医を決め、状況を説明するところから始めた。時間はかかったものの、主治医から腫瘍内科医(オンコロジスト)、そして外科医へとつないでもらい、比較的スムーズに手術日が決まった。 

手術は7時間に及び、術後、麻酔が切れた時の痛みは強烈だった。2、3日は身動きもつらい状態が続いたが、1週間後に退院し、その後2週間ほどリハビリを行った。体が動けるようになってきた頃、約3カ月の抗がん剤治療が始まった。治療はそれで一区切りとなったが、抗がん剤は、私にとって決して楽な経験ではなかった。

がん体験での心の変化

診断を受けてからの心の変化を振り返ると、最も不安だったのは、手術が決まるまでの時期だった。手術後は、あとは踏ん張るだけだという思いで、比較的落ち着いていたように思う。 

治療が全て終わった後は、CTスキャンなどで経過を確認してもらいながら、体をいたわって過ごしている。私の場合、幸い排便障害などはなかったので、比較的早く以前の生活に戻れたのだと思う。 

がんを経験し死と向き合う中で、命の尊さを真摯に感じた。これからは惰性で日々を過ごすのではなく、やりたいことに全力で向き合う人生を送りたいとより強く思うようになった。 

抗がん剤の治療を始めた頃、FLATの存在を知り、がん患者のサポートミーティングに参加するようになった。同じ経験をした人にしか分からない思いや、治療中の工夫、ささいな出来事を気兼ねなく語り合い、情報交換できる場は心強かった。治療を終えて1年が過ぎた今も、率直に語り合えるこの温かなグループへの参加を続けている。

FLAT・ふらっとの健康に関する過去のウェビナーは、YouTubeチャンネルアーカイブから視聴できる。www.youtube.com/@FLATjpNY

伊藤純一■2005年に渡米。ニューヨークを拠点にフォトグラファーとして活動している。2児の父。自身のがんの経験をきっかけに、FLATなどがん患者のサポートミーティングに定期的に参加している。
Instagram:@byjunichiito

 
 

FLAT・ふらっと 今年も在米日本人の健康サポートに取り組みます

がん患者だけでなく、悩める人たちの心身の健康をサポート。現在のアメリカの医療環境で今、私たちができることを探ります。

FLAT・ふらっと 
今年も在米日本人の健康サポートに取り組みます

正しい医療情報を日本語でわかりやすく 

私たちが運営するFLAT・ふらっとは、「在米日本人の健康や医療をサポートしたい」という思いから設立された非営利団体です。在米日本人や医療従事者がボランティアで運営する小さな組織ですが、2025年は大きな転機と成長の一年となりました。 

まずFLAT・ふらっとの代表理事に老年医学専門医の山田悠史先生が就任し、より専門的かつ実践的な医療情報を在米日本人コミュニティーへ届ける体制が整いました。「海外に暮らす日本人が安心して正しい医療情報にアクセスできる社会をつくる」という山田先生の思いは、活動をさらに前へ押し進める原動力となっています。 

4月にはニューヨーク日系人会(JAANY)と邦人医療支援ネットワーク(JAMSNET) 共催の「サクラ・ヘルスフェア」において、山田先生を講師に認知症予防をテーマにした無料オンラインセミナーを開催。「海外生活では、日本語による健康情報が本当に助かる」という声が多く寄せられました。

在米日本人が気軽に出会える場 

一方、FLAT・ふらっとの活動の中心となっているのが、がんや膠原病などの自己免疫疾患の患者・体験者やシニアの方々が、全米から無料で参加できるオンライン・ミーティングや、ヨガなどのオンライン・クラスです。 

米国各地に暮らす日本人や、似たような悩みを持つ人たちが気軽に出会い、おしゃべりを楽しんだり、無理なく体を動かしたりしています。日本人の医療専門家がボランティアとして参加することも多く、健康や医療について直接質問できるのも魅力です。 

特に9月には、フジサンケイ・コミュニケーションズ・インターナショナル(FCI)の 日本語放送で、シニアを対象とした取り組み「シニアカフェ」が紹介されました。「こんな活動があるとは知らなかった」「一人ではないと感じられた」といった反響が寄せられ、全米各地から多くの問い合わせがありました。私たちの活動が、より多くの方々に届いたことは大きな収穫でした。

在米日本人のニーズに応えたい 

米国の大学には、在米日本人の健康や福祉に関する研究に取り組んでいる研究者もいます。FLAT・ふらっとは、イリノイ大学シカゴ校看護学部やテキサス大学オースティン校看護学部などの研究プロジェクトに参加し、在米日本人が抱える医療上の困り事やその解決策について研究者とともに考えてきました。 またFLAT・ふらっとの臨床アドバイザーらも出席する日米オンコロジー・カンファレンスにも参加し、全米で活躍する日本人医師や研究者と出会い、ネットワークを広げる機会も得ました。こうした取り組みは、米国に暮らす日本人の声を社会に届け、助け合えるコミュニティーを広げていくことにつながるはずです。 

医療費の高い米国では、日頃から健康に気をつけてきたいものです。FLAT・ふらっとでは2025年も、医療専門家によるさまざまな無料ウェビナーを実施しました。日米の検診制度の違いを分かりやすく解説した「アメリカで知っておきたいがん予防検診」や、高齢者が気をつけたい薬の飲み合わせや市販薬のリスク、日本人薬剤師による薬局利用のコツなど、身近な薬をテーマとした二つのウェビナーも行いました。さらに小児専門医を講師に迎え、子育て世代に向けて「子どもの発達と発達障害」をテーマに開催したウェビナーは、海外での育児特有の悩みに寄り添う内容で、多くの保護者から反響がありました。 

一方、8月には対面イベントとして、ニューヨークで共催イベント「夏の特別企画・左手セラピー」を実施。オンラインだけでは得られない「人が集う場」の力を改めて実感する機会となりました。

在米日本人の輪を広げよう 

振り返ると2025年は、「認知症」「がん予防」「薬の安全性」「子どもの発達」といったテーマを通じて、さまざまな世代の在米日本人が日々直面する課題に寄り添ってきた一年でした。2026年もより多くの方に「日本語で、安心して正しい医療情報にアクセスできる環境」を届けることを目指しています。また医療情報の発信に加え、対面イベントにも力を入れ、ボランティアや参加者の輪をさらに広げていきたいと考えています。 

同じ時代に米国で生活している私たちのコミュニティーが、より健康に暮らしていけるように、FLAT・ふらっとの活動にぜひ参加してみてください。無理のない範囲でのボランティア参加も歓迎しています。本年も、FLAT・ふらっとをよろしくお願いいたします。

FLAT・ふらっとの健康に関する過去のウェビナーは、YouTubeチャンネルアーカイブから視聴できる。www.youtube.com/@FLATjpNY



清水佐紀■
FLAT・ふらっと理事。薬学学士、医学博士。東京科学大学(旧:東京医科歯科大学)大学院にて医学博士を取得後、カリフォルニア大学ロサンゼルス校AIDSインスティチュートでエイズの遺伝子治療開発に関する研究に従事。現在はサンフランシスコ・ベイエリアのバイオテック企業で遺伝子治療研究者として勤務。

 

町の薬剤師さんに聞いてみよう〜私たちの命を守るヘルスケア

がん患者だけでなく、悩める人たちの心身の健康をサポート。現在のアメリカの医療環境で今、私たちができることを探ります。

町の薬剤師さんに聞いてみよう

街角のあちらこちらにあるドラッグストア。今回は薬剤師として働いてきた立場から、その役割や薬について気をつけたいことを説明します。

一番身近な医療従事者は?

アメリカでは薬剤師は一番身近な医療従事者です。薬を出したり、服薬指導をしたり。急な病気やケガの際、市販薬を使ったカウンセリングも行います。さらに患者さんが加入する医療保険会社との連絡や、薬が不正に流通しないようにモニタリングをするなど、仕事内容は多岐にわたります。

処方薬、理解して飲んでいますか?

皆さんは自分が何のために、どのような薬を飲んでいるのか、また服用のタイミングや期間についてきちんと理解できているでしょうか。例えば抗生剤一つとっても種類は多く、食後に飲むもの、空腹で飲む方が良いもの、ミルクと一緒に飲むと効果が下がってしまうものなど、さまざまです。 

また服用中に副作用が出た際の対処法、飲み続けていいのか、すぐに中止すべきかなどのカウンセリングも薬剤師のとても重要な役割です。服薬指導、副作用の説明はもちろん、ドクターの診察を待つ間の症状を和らげる簡単なアドバイスなど,幅広い質問に答えていますので、気軽に薬剤師に相談してください。

ワクチン接種も薬局で手軽に

日本と違い、アメリカでは薬剤師がワクチン投与も行います。薬局では予約なしで接種できる場合もあり、取り扱いワクチンの種類も豊富です。私が居住しているジョージア州では、3歳から薬局でのワクチン接種が可能です。接種ガイドラインは米疾病予防管理センター(CDC)により随時変更されるため、毎年インフルエンザのワクチンを打つ際に、打ち忘れがないか薬剤師に確認してもらうことをお勧めします。

家庭に用意しておくべき常備薬

急な頭痛や風邪症状の緩和、軽いケガの際に備え、ある程度の常備薬があると安心です。頭痛には解熱鎮痛剤(Tylenol/Advil)、風邪薬には総合風邪薬(DayQuil/NyQuil)。ケガには消毒薬(Wound Spray)や絆創膏、化膿止めには抗生物質軟膏(Neosporin)が便利です。体温計も家庭に常備しておきましょう。

処方された薬が保険でカバーされないときは?

医師は診察時に患者さんに最善の薬を処方しますが、保険でカバーされない場合があります。アメリカの保険は複雑で、各保険会社でカバーされる薬のリストが異なります。ブランド薬だから適用外というわけでもありません。 

そのようなときは、自己負担で購入するか、薬剤師を通じて保険適用のある代替薬に変更する、あるいは医師が保険会社へ申請して特例承認を受ける、という対応が考えられます。主治医と同様に信頼できる薬局を決めておくことで、医師と薬剤師が連携し薬の飲み合わせや副作用を適切に管理してくれるため、安全で最適な治療につながります。

不要になった薬の廃棄方法

家庭の救急箱やキャビネットには市販薬や処方薬が意外と多く眠っているかもしれません。アメリカではバスルームに薬用キャビネットがある家庭も多いですが、湿気は薬の保存に適さないためバスルームでの保管はお勧めしません。 

まずは年に一度、市販薬・処方薬の棚卸しをしましょう。期限切れの薬は効果が落ちるだけでなく、腎臓や肝臓に負担を与えることもあります。潔く廃棄しましょう。 

大手チェーン薬局では、薬局のカウンターの外に薬の回収ボックスが設置されています。液体薬はジップロック等に入れ、漏れないようにして投入してください。容器に名前など個人情報が記されている場合は、ラベルを剥がすかマーカーで消しましょう。 

なおインシュリン注射針、EPIPEN(エピネフリン自己注射薬)、血糖測定用LANCETS(穿刺針)などは回収ボックスには入れず、専用容器 SHARPS(針・鋭利廃棄ボックス)を使用します。自治体で定期回収が行われているため、廃棄方法を各機関に確認してください。



タリム景子■
米国薬剤師。2007年にオレゴン州で薬剤師免許を取得後、病院、製薬会社、ホスピスなど多様な現場で経験を積む。現在はジョージア州アトランタの薬局で町の薬剤師として地域医療に携わる。病気にならない、お薬に頼らない体づくりをめざし、アロマセラピスト資格を取得し、Functional Medicine(機能医学)に関する専門トレーニングを受講している。

 

日米オンコロジー・カンファレンスより良いがん医療に向けて〜私たちの命を守るヘルスケア

がん患者だけでなく、悩める人たちの心身の健康をサポート。現在のアメリカの医療環境で今、私たちができることを探ります。

日米オンコロジー・カンファレンス
より良いがん医療に向けて

毎年ワシントンDCの旧日本大使公邸で、がん医療に携わる日米の医療者や研究者が集うオンコロジー・カンファレンスが開催されています。米国で30年以上にわたり血液腫瘍内科医として活躍し、このカンファレンスをけん引してきた武部直子医師に、その意義と経緯を伺いました。

がん治療を統括する血液腫瘍内科医

筆者はオンコロジーの専門家を志し、1990年代初めにアメリカに渡りました。オンコロジーはギリシャ語で「腫瘍が膨れる学問」、すなわち「がんの学問」です。アメリカでは血液腫瘍内科医をオンコロジストと呼び、循環器、呼吸器などと並ぶ内科学の大きな柱となっています。 

日本ではまだ血液腫瘍内科医の歴史は浅く、2018年にようやく学会で認定されましたが、アメリカでは外科医や消化器内科医ではなく、血液腫瘍内科医が、がん治療を統括しています。

 30年前、ニューヨークのメモリアル・スローン・ケタリングがんセンターでの研修では、「オンコロジー=臨床試験」という考えをまずたたき込まれました。再発して標準治療の効果が及ばなくなったときには、臨床試験中の新薬という選択肢があることを正しく患者さんに伝えることが、血液腫瘍内科医の責務です。

新たな治療は治験から

薬剤の承認には企業治験や医師が自ら計画する医師主導治験と呼ばれる臨床試験が必要です。アメリカでは米国国立がん研究所(NCI)が国を挙げて医師主導治験を支援しています。一方、日本には当時、臨床試験を支援する国の仕組みがなく、腫瘍内科医も不足していたため、アメリカで承認された抗がん剤が日本では未承認で使用できない、いわゆるドラッグラグ(日米の薬承認格差)が長く続きました。 

筆者がNCIでがん治療評価部門の上級主任研究員を務めていた2007年頃、グローバルオンコロジーを統括していた同僚から「日本の医師主導治験を支援し、日米共同試験を活発化したい」と協力を求められました。そこで、厚生労働省や衆議院議員の勉強会、内閣府、米国大使館をはじめ各国大使館主催のシンポジウムで講演するため何度も日本へ出張しましたが、費用や時間の負担が課題でした。

日米交流で日本の臨床試験を後押し

こで発想を転換し、NCIに近いワシントンDCで、在米の日本人医療関係者や政府関係者を対象に、日本大使館主催のカンファレンスを企画しました。目的は、アメリカで得た知見を帰国後に日本で生かし、臨床試験のインフラ整備を政府に働きかけてもらうことでした。 

日本大使館経済班の一等書記官の支援をいただき、NCIの研究者スタッフと協力して、2009年、ついに旧日本大使公邸で第1回日米オンコロジー・カンファレンスを開催することができました。

医療でもAIが大きなテーマに

の後、このカンファレンスは日本大使館と日本医療研究開発機構(AMED)との共催で続き、今年で12回目を迎えました。9月には「未来を形作る:AIでがん研究を飛躍させる」をテーマに開催。基調講演では、ジョンズ・ホプキンズ大学の教授が、人種や地域による格差を踏まえたがんの早期発見と予防について講演しました。 

また、AIを使った解析により、治療効果の予測精度が上がり、予後改善につながる事例も紹介されました。AIは膨大な臨床・遺伝子・画像データを解析でき、個々の患者に最適な治療法を探るうえで欠かせないツールになりつつあります。 

日米の専門家が異なる視点を持ち寄ることで、新たな発想が生まれます。このカンファレンスを通じて、AIは人間の医師や科学者を置き換えるものではなく、その能力を高める存在であることを再確認しました。AIが患者さんに希望をもたらす可能性を信じ、今後も医療現場や研究に積極的に取り入れていくべきだと感じています。


9月に開催された日米オンコロジー・カンファレンスでは、在米の日本人医療関係者や研究者が多数登壇しました。


武部直子■ 血液腫瘍内科専門医。弘前大学医学部を卒業し、横須賀米海軍病院、慶應義塾大学内科研修を経て1991年に渡米。サンフランシスコで内科レジデント、メモリアル・スローン・ケタリングがんセンターで血液腫瘍内科フェロー、ポスドクを経て、メリーランド大学医学部内科助教授、米国国立がん研究所でがん治療評価や早期臨床治験プログラム責任者を歴任。現在はオクラホマ大学医学部内科教授、同大学スティーブンソンがんセンター臨床研究副所長を務める。
 

あなたの睡眠リズム、整っていますか?〜私たちの命を守るヘルスケア

がん患者だけでなく、悩める人たちの心身の健康をサポート。現在のアメリカの医療環境で今、私たちができることを探ります。

あなたの睡眠リズム、
整っていますか?

睡眠は1日の約3分の1の時間を費やす大事な活動です。睡眠中は受動的な状態に見えますが、実は能動的にさまざまな活動を行っています。睡眠時間の重要性への注目は年々高まっていますが、もう一つの大事な要素、「睡眠リズム」については、まだ見過ごされがちです。そこで今回はこの睡眠リズムについて説明します。

睡眠リズムの重要性 

睡眠リズムは体内時計に基づいて制御されています。体内時計は脳だけでなく全身に存在するため、それが狂うと眠気、集中力低下、消化器機能の低下、免疫の低下、そして精神の不安定化など、さまざまな形で悪影響が現れます。 多くの方が夜に眠って日中に起きているので、リズムについては問題ないと思われているかもしれません。しかし、人間の体内時計は私たちが想像しているよりもずっと敏感です。わずか30分から60分程度の睡眠リズムの変化ですら、体に悪影響を及ぼすことが知られています。

睡眠リズムの制御 

睡眠リズムは運動、食事、入浴などさまざまな活動の影響を受けます。その中でも圧倒的に影響が大きいのは「光」です。太陽が出ている時間帯、つまり朝から昼は光を浴び、夕方以降は光を浴びないようにするのが原則になります。特に睡眠リズムへの影響が強いのは起床前後と就寝前後です。朝起きたら日光をしっかり浴び、就寝中および就寝前は光を減らすことが大切です。 

起床しても暗い部屋で過ごしたり、就寝直前までパソコンやスマホを使っていたりすると、一見リズムが整っていても体内時計に悪影響があります。北欧など緯度が高い地域で、うつ病や不眠が増えやすい原因の一つは、日照量の少なさによる睡眠リズム障害と考えられています。現代は人工物による日光の遮蔽しゃへいが容易なため、日照量が多い地域でも光への暴露が不十分になりかねません。そこで意識的に朝しっかりと光を浴びることは特に大事です。 

適切な睡眠リズムのためには、(1)就寝時刻と起床時刻の日ごとのズレを30分以内に抑える、(2)起床後に日光浴をする、(3) 就寝前と夜間は光を極力浴びないようにすることを心がけてください。

睡眠リズムの阻害因子 

とはいえ、アメリカで生活をしていると、いや応なく睡眠リズムが乱されることがあります。原因の一つは時差ボケです。時差ボケというと眠気や疲れだけを意識される方が多いですが、消化器機能、精神機能、免疫など全身に影響します。眠気や疲労は翌日に出やすいのに対して、消化器症状は数日遅れて現れるともいわれています。そのため日中の眠気が解消しても数日は時差ボケの影響が体に残っていることを忘れず、解消するまでは起床後の日光浴を意識するといいでしょう。 

一般的に時差ボケの解消は、睡眠リズムを遅らせる方向(西への移動、例:シアトルから日本)では1日あたり最大1.5時間、前進させる方向(東への移動、例:日本からシアトル)では1時間程度の速度で進むといわれています。 

もう一つの大きな問題は夏時間です。1時間のズレなので軽視されがちですが、睡眠リズムを前にずらす夏時間開始のタイミングは特に注意が必要です。夏時間開始後には、交通事故や労災、心血管イベント(心臓や血管の重篤な病気)、自殺率の増加など、さまざまな問題が報告されています。そのため夏時間が始まる2、3日前から15分/日程度のスピードで少しずつ起床時刻を早めておくと影響を減らせるでしょう。

ブルーライトの影響 

光が睡眠リズムを調節するにあたって最も重要なのは、ブルーライトと呼ばれる光です。近年、ブルーライトはスマホやパソコンから放出される光にも含まれるため、ブルーライトをカットする眼鏡が注目を集めています。上述の通り、夜間に浴びるブルーライトは睡眠リズムに悪影響を及ぼします。しかし最近では「夜間に」という点を省き、ブルーライトそのものが悪いかのように誤解させる商業的な宣伝が増えています。日中に浴びるブルーライトは体にとってむしろ重要であり、それをカットすることは大きな悪影響につながります。 

子どもにとっては睡眠リズム障害だけでなく、体の成長の阻害や小児近視のリスクを高める可能性も指摘されているため、ブルーライトをカットする眼鏡を使用する場合は使い方に十分注意してください。 

睡眠リズムの重要性と調整の仕方を知ることで、少しでも皆さんの睡眠が改善され、仕事や生活の質の向上につながれば幸いです。



和田真孝■精神・神経科専門医。2015年慶應義塾大学医学部卒業。日本で精神科専門医およびPhDを取得。精神科のサブスペシャリティーとして睡眠障害の臨床に従事する。2024年4月にスタンフォード大学の博士研究員として渡米。精神疾患に対し電気や磁気などを使い神経の働きを調整するニューロモデュレーション(Neuromodulation)を用いた新規治療法の開発に携わっている。

 

婦人科がんの治療法はどう決まる?〜私たちの命を守るヘルスケア

がん患者だけでなく、悩める人たちの心身の健康をサポート。現在のアメリカの医療環境で今、私たちができることを探ります。

婦人科がんの治療法はどう決まる?

婦人科がん治療では、主に手術、化学療法(抗がん剤や分子標的薬)、放射線療法、免疫チェックポイント阻害剤の4つで、単独もしくは併用して行われます。手術にも化学療法にもさまざまな種類がありますが、本稿では治療法がどのように決定されるのかを大まかに説明します。

1)患者さんの全身状態と治療希望  

治療選択は、できるかぎり安全で効果があると根拠づけられた治療法を医師が提案し、患者さんが希望することから始まります。適切な治療法を選べるか心配になるかもしれませんが、長年の経験がまとめられたガイドライン(標準治療)があり、医師も患者さんもそれを参考にして決定します。多くの場合、適切な初回治療は1つに決まっているか、2つか3つの同等の治療から選びます。混乱するほど多くの選択肢があることはまれです。

2)がんの由来はどの臓器か  

名前は似ていても子宮体がんと子宮頸がんの治療戦略は全く異なりますし、当然ながら卵巣がんと胃がんの治療も異なります。がんの由来臓器を明確にすることは、治療に向けた重要な第一歩です。 複数の臓器に進展したがんでは、由来がわかりにくいことがあります。例えば胃がんや大腸がんが卵巣に転移すると、卵巣がんと非常に似ることがあります。診断に時間がかかって患者さんを不安にさせてしまうこともありますが、適切な治療のためには正しい診断が不可欠です。

3)初回治療か、再発治療か  

一般的に、初回治療と再発治療の目的は異なります。初回治療は治癒を目的とすることが多く、体に負担がかかっても短期間に手術や化学療法を行い、がん根絶を目指します。ただし、初回治療でも進行がんの場合には、後述する再発治療に近い方針をとります。 

再発治療は治癒を目指す場合もありますが、初発よりも治りにくいのは事実です。進行を抑え、がんと長く付き合っていくことも目的となり、副作用との兼ね合いをみながら長期的に体調を維持していくことを目指します。また、再発治療ではこれまでに受けた治療内容とその効果が重要な指標になります。 

卵巣がんではプラチナ製剤への感受性(薬が効きやすいこと)・抵抗性(薬が効きにくいこと)が、次の化学療法への効果や患者さんの予後を予測します。子宮頸がんでは、放射線を照射した範囲内に再発した場合、以降の治療に抵抗性があるとされています。

4)どの程度進行しているか  

がんの大きさや進展度合いで決まる病期(ステージ)は、予後を予測する重要な指標です。初期や早期のがんであれば局所治療である手術や放射線療法が選ばれ、他臓器に進展・転移している進行がんであれば全身治療である化学療法や免疫チェックポイント阻害剤が選ばれる傾向があります。

5)がんの病理診断  

一言で卵巣がんや子宮体がんといっても顕微鏡で観察するとさまざまな細胞型に分類されます。卵巣の漿液しょうえき性がんと明細胞がんは、どちらも「卵巣がん」と呼ばれますが多くの点で異なります。卵巣漿液性がんは、厳密には卵管から発生することが多く、早い段階で腹腔ふくくう内に転移するため進行がんが多いです。卵巣明細胞がんは子宮内膜症由来とされ、初期がんが多いです。 

両者は化学療法への感受性も異なります。進行がんが多く、化学療法に感受性が高い卵巣漿液性がんは化学療法が治療の中心となりやすい一方、初期がんが多く化学療法に抵抗性がある卵巣明細胞がんは手術療法や免疫チェックポイント阻害剤が重視されます。

6)治療法に直結する遺伝子マーカー  

がん治療は以前に比べて複雑化しています。以前は「ステージ3の卵巣がんならこの治療」と決定していました。しかし医学の進歩に伴い、BRCA遺伝子の変異、相同組換え修復の欠損(HRD)やマイクロサテライトの不安定性(MSI)など、患者さんそれぞれのがんのマーカー(特性)を踏まえて治療を選択するようになりました。複雑化していく治療決定の過程で重要なのは、医師の説明力だとも感じています。特に分子標的薬や免疫チェックポイント阻害剤は特定の分子を利用するため、マーカーによってその治療が有効な患者さんを絞る試みが進められています。 

婦人科がんの中には卵巣明細胞がんのように治療選択肢が限られているタイプもあります。私はアメリカでそうした患者さんに役立つよう、PPP2R1Aという遺伝子をマーカーとした治療法の開発に取り組んでいます。


矢野光剛 ■ 大分県佐伯市出身。産婦人科専門医、医学博士。大分大学医学部卒業後、大分大学で産婦人科医として勤務。2019年から埼玉医科大学国際医療センターで婦人科病理学研究に従事。2023年から米国MDアンダーソンがんセンター博士研究員として婦人科がん治療開発研究を行っている。またFLAT・ふらっとの婦人科癌臨床アドバイザーも務めている。

 

体内の「働き」を可視化する検査とは? 核医学の世界へ〜私たちの命を守るヘルスケア

がん患者だけでなく、悩める人たちの心身の健康をサポート。現在のアメリカの医療環境で今、私たちができることを探ります。

体内の「働き」を可視化する検査
とは? 核医学の世界へ


スタンフォード大学核医学・分子イメージング部門の客員研究員、尾谷知亮おたにともあきです。日本では放射線診断科医として14年間、臨床と研究に従事し、2024年4月に渡米しました。専門は核医学という分野で、代表的な検査に、ブドウ糖に似た物質フルオロデオキシグルコース(FDG)を用いたPET/CT検査があります。近年では、核医学は診断と治療を組み合わせた新たな医療技術にも応用されています。核医学検査は身体への負担が少なく、安全性の高い検査です。この記事では、その特徴や仕組みについて分かりやすくご紹介します。
 
核医学検査ってなに? 
 
核医学検査とは、微量の放射性物質(放射性医薬品)を体内に投与し、それが体内でどのように分布・移動するかを専用のカメラで撮影・評価する検査です。X線やCTは主に「かたち(構造)」を捉えるのに対し、核医学は「はたらき(機能)」を画像として可視化できます。放射性医薬品は、特定の臓器や代謝活動、受容体などに親和性を持っており、体内の生理機能や病的変化が活発な部位に薬剤が多く集まり、それを画像で捉えることができるのです。
 
核医学検査は痛い? 
 
検査そのものに痛みはありません。放射性医薬品は点滴や注射で投与されますが、その後は機械の下で静かに横になるだけです。MRIのような閉塞感もなく音も少ないため、リラックスして受けられる検査です。
 
どんな種類があるの? 
 
核医学検査にはさまざまな種類があります。例えば、γ線を放出する薬剤による画像検査のほか、α線やβ線を放出する薬剤を使った治療も行われています。画像検査には、SPECT(スペクト)検査とPET(ペット)検査といった方法があり、いずれも放射性医薬品を用いて体の「はたらき(機能)」を画像として捉える技術です。ここでは、SPECT検査より微細な病変を検出することができるPET検査の代表例をご紹介します。
 
PET検査の例

FDG PET/CT:がん細胞が通常の細胞よりも多くの糖を取り込む性質を利用して、全身のがんの広がりや再発の有無を調べます。ただし、この薬剤は炎症のある部分にも集まるため、画像に写ったからといって、必ずしもがんであるとは限りません。

アミロイドPET:
アルツハイマー病の原因物質であるアミロイドβタンパクを標的とする薬剤を使って、脳内への蓄積の有無を確認します。近年では、アルツハイマー病の進行を遅らせる治療薬「疾患修飾薬」の適応を判断する検査として注目されています。

PSMA PET/CT:前立腺がん細胞に特異的に発現するタンパクであるPSMA(前立腺特異的膜抗原)を標的としたPET検査です。従来の検査では初期の前立腺がんの広がりを把握することは困難でしたが、この検査の導入により病変検出能力が劇的に向上しました。

セラノスティクスによる治療への応用 

セラノスティクス(Theranostics)とは、治療(Therapy)と診断(Diagnostics)を組み合わせた医療技術です。同じ標的分子を利用して診断と治療を行うことが可能です。例として、前述のPSMAを標的とする薬剤にγ線を放出する放射性同位元素を結合させることで、PETなどの画像検査でがんの位置や広がりを可視化できます。一方、同じPSMA標的にα線やβ線を放出する放射性同位元素を結合させると、がん細胞を破壊する治療に応用できます。α線やβ線が周囲の細胞に強いエネルギーを与え、DNA損傷を引き起こすことで、がん細胞を効果的に死滅させるのです。 

このように、病気の場所を診断し、同じ標的を使ってそのまま精密な治療まで行えることがセラノスティクスの大きな特徴です。近年では、がんの個別化医療においても注目されています。

放射線って危険じゃないの? 

核医学検査で使われる放射性医薬品はごく微量で、放射線による影響は限られています。さらに、体内に長くとどまらず、数時間から数日以内に体外に排出されるよう設計されています。検査の種類にもよりますが被ばく量は、一般的なCT検査と同程度かそれ以下です。病気の早期発見や治療効果の評価といった「得られる利益」が「被ばくリスク」を大きく上回ると判断されたうえで使用されています。 

核医学検査は、体内の機能を可視化する画像技術であり、がんや認知症の診療において重要な役割を担っています。痛みも少なく、安全に受けられる検査ですので、必要になった際には、安心してご活用ください。

尾谷知亮■奈良県生駒市出身。京都大学医学部卒業。日本医学放射線学会放射線診断専門医、日本核医学会核医学専門医、日本インターベンショナルラジオロジー学会(IVR)専門医。現在はスタンフォード大学の核医学・分子イメージング部門で客員研究員として研究に従事。趣味は将棋、水泳、ランニング、経済の勉強。

 

アメリカ生活で気をつけたい心臓と血管の健康習慣〜私たちの命を守るヘルスケア

がん患者だけでなく、悩める人たちの心身の健康をサポート。現在のアメリカの医療環境で今、私たちができることを探ります。

アメリカ生活で気をつけたい心臓と
血管の健康習慣


 

私が渡米してまず驚いたのは、アメリカに住む人々の肥満の深刻さでした。実際、厚生労働省によると日本人の平均BMI(ボディマス指数)は約23.6と標準範囲内ですが、米疾病予防管理センター(CDC)のデータによるとアメリカ人の平均は約29.1と肥満に近い水準にあります。その結果、心筋梗塞の罹患率は日本では約0.06パーセントとされる一方、アメリカでは約4.8パーセントと高いのです。 

こうした背景には生活習慣の違いが大きく関与しています。心臓病をはじめ生活習慣が発症や進行に影響する疾患は、生活改善と早期対応で予防できます。今回は、そのための5つのポイントをご紹介します。

1)高血圧症  

高血圧は血管に持続的な負荷をかけ、血管壁を傷つけて動脈硬化を進行させます。アメリカでは高血圧の基準は130/80ミリメートル・エイチジー以上(アメリカ心臓協会(AHA)ガイドライン)、日本では140/90ミリメートル・エイチジー以上(日本高血圧学会)です。 

アメリカ人の約47パーセントが高血圧といわれていますが、日本人でも男性の約60パーセント、女性の約41パーセントが高血圧とされています。原因の一つは塩分の摂りすぎで、日本人は1日平均約10グラム、アメリカ人は約8.5グラムの食塩を摂取しています。日本高血圧学会は1日の食塩摂取量を6グラム未満に、AHAはさらに少ない2.3グラム未満を推奨しています。 

もともと塩分摂取量が多くなりがちな私たちは、意識的に減塩を心がける必要があります。外食や加工食品は塩分が多く含まれているので注意しましょう。

2)糖尿病  

持続的な高血糖は血管内皮を傷つけ、動脈硬化を進行させます。 糖尿病の診断基準はアメリカ・日本ともに、空腹時血糖126ミリグラム・パー・デシリットル以上、またはヘモグロビン・エー・ワン・シー(過去1~2カ月の平均血糖値)6.5パーセント以上です。 

アメリカでは成人の約11.6パーセントが糖尿病であり、未診断分を含めると約15.8パーセントと報告されています。一方、日本では男性が約7.1パーセント、女性が約4.5パーセントとされています。 塩分だけでなく、糖分の過剰摂取にも注意が必要です。例えば、500ミリリットルの炭酸飲料(ソーダ等)には約55グラムの糖分が含まれ、角砂糖13~14個分に相当します。日本のポテトチップス1袋(60グラム)には角砂糖約7~8個分、アメリカのラージサイズ(170グラム)には約23個分が含まれています。糖分摂取を抑えるには水や無糖茶、小分けスナックの利用が有効です。

3)脂質異常症  

悪玉コレステロール(LDL)の増加は血管内にプラーク(脂の塊)を形成し、動脈硬化を進行させます。一方、善玉コレステロール(HDL)には、血管壁の余分なコレステロールを回収して肝臓に戻し、動脈硬化の進行を抑制する働きがあります。 

米国心臓病学会(ACC)の2018年のガイドラインでは、LDLが100ミリグラム・パー・デシリットル以上であれば、心血管リスクをふまえて治療の検討がなされます。特に高リスク群(すでに心筋梗塞の既往がある方や糖尿病の方など)では、LDLを70ミリグラム・パー・デシリットル未満に抑えることが治療目標とされています。日本のガイドラインもこれに準じた内容です。一般的にHDLは40ミリグラム・パー・デシリットル以上が正常値とされています。 

アメリカの成人の約53パーセント、日本は男性の40パーセント、女性の48パーセントが予備群を含め脂質異常の状態にあります。 

脂質異常を改善するには、バランスの良い食事、適度な運動、禁煙といった生活習慣の見直しが必須です。特に赤身肉や加工肉を控え、魚やオリーブオイル、ナッツ類を中心とした「地中海式食」が推奨されています。

4)喫煙  

喫煙は血管を収縮させ、酸化ストレスを高めることで動脈硬化を加速させます。また、肺がんをはじめとしたがんや呼吸器疾患のリスクも高まります。 アメリカでは成人の喫煙率は約11パーセントにまで低下しました。一方、日本では男性25.6パーセント、女性6.9パーセントが喫煙しています。電子タバコも心血管系に悪影響を及ぼすとされており、禁煙の代替手段としての使用には慎重さが求められます。ニコチンガムやパッチといった補助製品に加え、禁煙外来などの支援を活用することも効果的です。

5)運動  

運動不足は代謝や血流を低下させ、動脈硬化のリスクを高めます。肥満の要因にもなります。 

日本人の1日の平均歩数は男性6,628歩、女性5,659歩。アメリカでは約5,900歩とされます。ただし車の移動が中心の地域では、それより大きく下回る人もいるでしょう。日本の「アクティブガイド」では1日8,000歩以上、AHAは中強度の運動(息が弾むが、会話はできる程度)を週150分(1日30分×週5日)行うことを推奨しています。 

「朝夕の散歩」「YouTubeの短い運動動画の活用」といった形で、まずは日常生活に運動を取り入れてみましょう。ジムを利用できる方は、ランニングマシンやエアロバイクなど、有酸素運動を取り入れるとさらに効果的です。適度な運動は骨粗鬆症の予防にもつながり、健康増進の重要なカギになります。 

最後にアメリカでは年に1回、医療保険でプライマリケア医による定期健康診断(Annual Wellness Visit)を自己負担なしで受けることができます。健康の維持のため、気になる点があればぜひ主治医に相談してみてください。

相馬真子■
日本循環器学会循環器専門医。2024年に渡米し、現在はメリーランド大学大学院にて生命情報学を学ぶ。FLAT・ふらっとでは、患者サポートミーティングのファシリテーターなどを務める。

 

ふらっと立ち寄れるサポートミーティングへようこそ〜私たちの命を守るヘルスケア

がん患者だけでなく、悩める人たちの心身の健康をサポート。現在のアメリカの医療環境で今、私たちができることを探ります。

ふらっと立ち寄れる
サポートミーティングへようこそ


全米どこからでもオンラインで気軽に

「FLAT・ふらっと」は、日本語を話す在米の医療従事者と患者をつなぐNPO法人です。米国で深刻な病気になったり、高齢期を迎えたりしたときの不安を和らげるべく、毎月、カテゴリー別に無料オンライン・サポートミーティングを開催しています。 

今回はファシリテーター(進行役)を務めるFLATのボランティアと参加者の声を通して、ミーティングの様子を紹介します。

ファシリテーターの声
乳がん経験者の憩いの場 

乳がん患者向けのミーティングは、診断されたばかりの方や治療経験者が日本語で情報や体験を共有できる場です。日米の保険や医療制度の違い、治療の選択から日常生活のことまで、さまざまなおしゃべり交わされます。 

FLATではミーティングの内容は他言しないという前提のもと、オンライン上ですがお互いに顔を見て、安心して話せる環境を提供しています。参加者の都合や体調に合わせ、途中参加・退室も自由。臨床アドバイザーの日本人医師から専門的な情報も得られます。(MA在住、フランク博子)

元気の秘訣シニアカフェ 

シニアカフェは60歳以上の方が集う交流の場です。「今日食べたもの」など身近な話題から、日々の関心ごとや困り事を気軽に語り合っています。老年科医師による相談タイムでは、血圧測定のタイミングなど健康上の気になる疑問に答えてもらえます。安心とつながり、そして笑顔が生まれる場所。どなたでも参加できるオンラインの「リラックスヨガ」クラスも人気です。(CA在住、中澤佳奈生)

膠原病こうげんびょうなど多様な自己免疫疾患経験者をサポート 

自己免疫疾患は80種類から100種類あるといわれ、症状や治療法は人それぞれですが、病気とうまく付き合いながら前向きに暮らしたいという思いは共通です。病気のことをオープンに話す機会が少ない中で、診断を受けたばかりで不安を抱える方と長年治療を続けている方が情報を交換し、励まし合える場を目指しています。(CA在住、モーガンあゆみ)

参加者の声
情報交換と交流で前向きに 

▪️同じカテゴリーの疾患を持つ人たちと気持ちを分かち合えるのがうれしいです。月1回のミーティングは大切な情報交換の場であり、ほっとひと息をついてリラックスできるひとときでもあります。皆さんの元気な顔を見ると、前向きな気持ちになります。(東海岸在住、Mさん) 

▪️僕は抗がん剤治療を始めて数週間後に、初めてミーティングに参加しました。当時は副作用がどんなものなのかと恐る恐る日々を過ごしていましたが、同じように治療中の方や経験者の生の声が励みになりました。何より皆さんがとてもポジティブであることに安心しました。現在は治療を終え健康を取り戻し、出会った皆さんとの交流を楽しんでいます。(NY在住、Jさん) 

▪️渡米13年目で突然、自己免疫疾患を発症し、昨年から参加しています。自分と同じ病名の方にはまだ出会っていませんが、異なる症状や環境の中でも共通する何かを見いだし、生きる力になればと、毎回楽しみにしています。日本語で気持ちを細やかに表現でき、話せることがどれほど精神面で大きな助けとなっているか。心の支えとなってくれるサポートミーティングの存在は大変貴重です。(東海岸在住、Kさん)

日本人専門医と話す機会も 

▪️2021年末に卵巣がんの診断を受け、不安に押しつぶされそうになっていたときに初めて参加しました。必要としていた情報を得ることができ、まさに救いでした。同じ経験を持つ方々と気持ちや知識を共有できただけでなく、在米の日本人医師がアメリカで治療を進めるうえでの質問に答えてくださり、本当に助けられています。(HI在住、Cさん) 

▪️さまざまな地域からの参加者との何気ない語らいの中には、日々の生活に役立つヒントがあふれています。健康に関するちょっとした疑問にも、医師が医学的な根拠に基づいた助言をくださるので、とてもためになります。(NY在住、Mさん) 

▪️2021年に乳がんの診断を受け、昨年サポートミーティングの存在を知りました。治療経験者の話を日本語で聞き、日本人医師にも直接質問できる機会もあるので、英語が苦手な私にとって心のよりどころです。乳がん治療中にこの存在を知っていたらどれほど助けられたかと思うので、多くの在米日本人の方に「FLAT・ふらっと」の存在を知ってほしいです。(WA在住、Hさん)

 

 

転倒予防のすすめ〜私たちの命を守るヘルスケア

がん患者だけでなく、悩める人たちの心身の健康をサポート。現在のアメリカの医療環境で今、私たちができることを探ります。

転倒予防のすすめ


ちょっと転んだだけ、では済まないことも!

転倒は「つまずいただけ」と侮れない深刻な問題です。米国では毎年65歳以上の約3割が転倒を経験しているといわれています。また、高齢者の事故による死亡原因の中でも最も多く、毎年3万人以上の人が転倒に関連して亡くなっているという報告もあります。 

特に股関節(脚の付け根の骨)を骨折してしまうと、半数の人が元通りに歩けなくなるともいわれており、要介護の大きな要因となります。さらに重症化した場合は長期の入院や寝たきりの状態になることもあります。転倒が原因で寝たきりになると、ご本人の生活の質(QOL)が大きく低下し、家族の介護負担も増えてしまいます。一度ひどい転倒を経験すると「また転ぶのでは」と不安になり、外出を控えてしまいがちです。その結果、筋力が低下し、社会的に孤立するという悪循環に陥ることもあります。たかが転倒と軽視せず、日頃から予防策を講じることが大切です。

実は身近に潜む転倒リスクを高める薬 

実は普段服用している薬の中にも、転倒のリスクを高めるものがあります。代表的なのはベンゾジアゼピン系と呼ばれる安定剤や睡眠薬、抗コリン作用のある薬(頻尿を抑える薬や抗ヒスタミン薬など)、神経痛やけいれんの治療に使われるガバペンチンなどです。これらの薬には眠気やめまい、筋力の低下などの副作用があり、高齢者にはこうした影響が特に出やすい傾向があります。その結果、ふらつきや判断力の低下を引き起こし、転びやすくなってしまうのです。また、市販の風邪薬の中にも同様の作用をもつ成分が含まれている場合があるので注意が必要です。  

高齢になると複数の病気の治療により薬の数が増えること(多剤併用)が多く、薬の飲み合わせによって副作用が強まることもあります。転倒を防ぐためにも、かかりつけの医師に相談し、必要のない薬を減らしたり、安全な薬に見直したりすことが大切です。ただし、自己判断で薬を中止するのは危険です。必ず医師と相談のうえで対応してください。

転倒予防に役立つ手軽なエクササイズ

転倒を防ぐためには、日々のちょっとしたエクササイズが効果的です。これまでの研究でも、バランス感覚や下肢の筋力を鍛える運動が転倒予防につながることが分かっています。例えば、中国由来の「太極拳」はゆっくりとした動きでバランス能力を高め、高齢者の転倒を減らす効果があるとされています。また、片足立ちや(つま先立ち、椅子からの立ち座りを繰り返す運動も、無理なく取り組めて足腰を鍛えることができます。関節を柔らかく保つストレッチも効果的です。 重

要なのは、安全に継続することです。手すりや椅子につかまりながら、毎日少しずつ続けてみましょう。地域のシニア向け運動教室や太極拳のクラスに参加するのもおすすめです。友達と一緒なら楽しみながら取り組むことができます。テレビを見ながら行うなど、日常の中に取り入れることで無理なく習慣化できます。運動によって足腰がしっかりしてくると「自分で動ける」という自信が生まれ、外出や趣味に前向きになり日々の楽しみも広がっていきます。転倒を防ぐだけでなく、生活がより豊かになる効果も期待できます。

転倒予防クリニックについて

転倒による健康被害の大きさを受け、最近では転倒予防を主な目的とした「転倒予防クリニック(fall prevention clinic)」も広まっています。これらのクリニックでは、患者さんの既往歴、服薬状況、身体機能、住環境などを多面的に評価し、それに基づいて最適な対応を行うことができます。例えば、薬剤の見直し、必要に応じた専門医や太極拳、理学療法などの運動プログラムの紹介、靴の選び直し、視力検査や矯正、住宅環境改善のアドバイスなどが挙げられます。過去1年以内に2回以上転倒した人、転倒によるけがを経験した人、転倒を恐れて外出を控えるようになった人は、ぜひ一度受診を検討してみてください。

シアトルには、ワシントン大学のハーバービュー・メディカル・センターに、「シニアケア・クリニック(Senior Care Clinic at Harborview | Seattle | UW Medicine)」があります。ここでは65歳以上を対象に、転倒予防クリニックを含めた老年内科の診療を受けることができます(☎️206-744-4191、West Clinic, 325 9th Ave., Fl3, Seattle WA 98104)。また、シアトルを除くキング郡の50歳以上の在住者で、過去6カ月以内に転倒して911に通報したことがある人を対象に、公的な転倒予防プログラムもあります。詳しくは kingcounty.gov/ems/fallsを参照してください。
七条由佳
内科医、老年医学専門研修医(予定)。防衛医科大学卒業後、ニューヨークのマウンサイナイ医科大学モーニングサイド・ウエスト病院内科レジデントとして研修中。2025年7月よりマウントサイナイ病院で老年内科専門研修を開始予定。
 
参考文献

▪️Senior Care Clinic at Harborview | Seattle | UW Medicine 
https://www.uwmedicine.org/locations/senior-care-harborview

 

 

「ふらっと」立ち寄れる安心を:FLATが目指す日本人コミュニティー支援〜私たちの命を守るヘルスケア

がん患者だけでなく、悩める人たちの心身の健康をサポート。現在のアメリカの医療環境で今、私たちができることを探ります。

「ふらっと」立ち寄れる安心を:
FLATが目指す日本人コミュニティー支援


在米日本人を結ぶFLAT

「FLAT・ふらっと」は、2023年 4月にニューヨークで設立されたNPO法人です。日本語を話す在米の医療従事者と患者をつなぐネットワークづくりを通して、日本人コミュニティーを支援することを目的としています。FLATという名称には、「誰もが同じ(flat=平らな、均一な)目線で、ふらっと立ち寄れる場所にしたい」という思いが込められています。 

このNPOを共同で創設したブロディー愛子さんがこれまで代表理事を務めてこられましたが、2025年からは私、山田悠史が後を引き継ぎ、代表を務めることとなりました。私は、ニューヨーク市内の大学病院で老年科医として勤務しています。日々、高齢の患者さんと向き合う中で、アメリカに暮らす日本人の中には、社会とのつながりが薄く、孤立していたり孤独を抱えたりしている人が少なくないことを知りました。 

同世代の友人が日本に帰国したり、配偶者を亡くしたり、子どもが結婚して別の州に移り住んだりといった出来事が重なり、気づけば人間関係が減っていたという話をたびたび耳にしたのです。

日本語で助けあう場をつくりたい

現在、ニューヨーク市内には少なくとも2000人の日本人高齢者が暮らしており、そのうち約1000人は英語で自由にコミュニケーションを取ることができないといわれています。少し視野を広げると、ニューヨーク全体で約5万人の日本人が住んでいるとも推計されます。実際には、もっと多い可能性もあるでしょう。その中のどれだけの人がアメリカの医療システムや保険制度を十分に理解し、医療機関で安心して意思疎通できているのでしょうか。 

日常会話では問題なく英語を使えていても、医療の場面となると難しさを感じることもあるかもしれません。世界中から人が集まる大都市ニューヨークですが、日本語による医療リソースやサポートは限られています。日本人コミュニティーにとっては「都会の顔をした村」のような場所なのかもしれません。電車やUberで物理的には移動しやすくても、困ったときにどこに相談すればよいのかがわかりにくい情報面での不便さを抱えた場所なのです。 

地域によっては、さらに日本語で受けられる医療や相談のリソースが限られていることも考えられます。そうした現状を受け、私たちは「困ったときに、少しでも医療リソースとの架け橋になれたら」という思いで、活動を続けています。

アメリカでの暮らしを支えあうために

人はどこに住んでいても時に病気になります。がんのような深刻な病にかかると、多くの人が「まさか自分が」と思うものですが、成人の3人に1人ががんを発症する時代です。ただし、医学の進歩により、適切な治療を受けることで、長期にわたって生活を続けられるようにもなっています。実際、アメリカでもがんの治療を受けながら生活する方や、ほかの慢性疾患を抱えながら日々を送る日本人の方が多くいます。また、年齢を重ねれば、誰もがやがて高齢者となり、高齢者ならではの悩みや困り事を抱えるようになります。  

現在FLATでは、がん患者や、膠原病などの自己免疫疾患患者のためのサポートミーティング、高齢者が気軽に集まっておしゃべりできるシニアカフェ、ストレス軽減に役立つ陰ヨガなど、さまざまなプログラムを提供しています。いずれも参加費は無料で、医療専門家の話を聞く機会もあります。全てオンラインですので、全米のどこからでも参加可能です。たとえ住んでいる地域が違っていても、同じような体験をした在米日本人同士が、知識や情報を日本語でシェアしたり、ざっくばらんな会話を楽しんだりすることで、日々の暮らしを支える力になれるのではと考えています。 

また、医療専門家による日本語のオンラインセミナーや、アメリカで発行する日本語情報誌への寄稿を通して健康情報の発信も行っています。こうした活動を通じて、少しでも病気や不安を抱える人の力になりたいと願っています。まずはぜひ、FLATのウェブサイト(www.flatjp.org)を訪れて、役立ちそうなサービスがないかご確認ください。また、「このようなプログラムがほしい」といった提案、ボランティアへの参加も大歓迎です。どうぞお気軽にご連絡ください!

山田悠史
米国老年医学専門医。マウントサイナイ医科大学老年医学・緩和医療科所属。在米日本人の生活と医療を支えるNPO「FLAT・ふらっと」代表。ニューヨークで臨床医として活躍する傍ら、日本のメディア「NewsPicks」公式コメンテーター、新型コロナワクチンの正しい知識の普及を行う「コロワくんサポーターズ」の代表を務める。また、講談社ウェブマガジン「mi-mollet(ミモレ)」での連載や、音声コンテンツ「医者のいらないラジオ」配信など、多岐にわたって活動。2023年1月に上梓された『健康の大疑問』(マガジンハウス新書)が絶賛発売中。
 

 

自分の呼吸を意識していますか?〜私たちの命を守るヘルスケア

がん患者だけでなく、悩める人たちの心身の健康をサポート。現在のアメリカの医療環境で今、私たちができることを探ります。

自分の呼吸を意識していますか?


ポーズを長く維持することで自分と向き合い、ストレスの軽減や心身のリラックスにも役立つ陰ヨガ。FLATのオンライン・クラスの講師を務める高森英治さんに、「呼吸法」について教えてもらいました。

「呼吸」で心身のバランスを保つ

呼吸は体内に酸素を取り入れ、二酸化炭素を排出する生命維持に欠かせないプロセスです。私たちは24時間呼吸を続けていますが、普段は無意識のうちに行っていることがほとんどでしょう。 

呼吸は自律神経の調整にも深く関わっています。特にリラックスした呼吸を意識すると、心拍数が安定し、血圧を低下させる効果があります。また、呼吸によって二酸化炭素が排出されることにより、体内の老廃物が浄化され、デトックス効果も高まります。 

さらに、深呼吸や意識的な呼吸法は筋肉の緊張を和らげ、全身をリラックスさせるとともに、柔軟性の向上にもつながります。このように、呼吸は心身のバランスを保つうえで、非常に重要な役割を果たしているのです。

「息」が意味すること

「息」という漢字をよく見ると、心の上に「自分」という文字がのっています。つまり、「息を見つめること」は、「自分の心」と向き合い、心と体の結びつきを高める行為ともいえるでしょう。 

私は、「呼吸は心と体をつなぐ橋である」とよく表現します。実際に、呼吸は私たちの心理状態に大きな影響を与えています。「息」を使った表現がたくさんありますが、いくつか例を挙げてみましょう。

息が詰まる……圧迫感や息苦しさ、精神的なプレッシャーを感じること
息をつく………ひと息つくこと、休息を取ること、緊張をほぐすこと
息をのむ………驚きや恐怖で息を止めること

深く穏やかな呼吸はリラックス反応を促し、ストレスや不安を和らげます。逆に、浅く速い呼吸は緊張や焦りを引き起こすことがあります。

子どものワクチン

子どもの場合、出生直後からさまざまなワクチン接種が推奨されています。定期接種のスケジュールは各国や地域ごとに詳細に策定されており、子どもが確実に免疫を得られるよう計画されています。代表的なワクチンには、ジフテリア、百日せき、破傷風、ポリオ、ヒトインフルエンザ菌感染症(Hib感染症)、肺炎球菌、麻しん、風しん、おたふくかぜ(ムンプスウイルス)、水痘(みずぼうそう)、ロタウイルス、日本脳炎、B型肝炎などがあります。また、子宮頸がんや中咽頭がんの予防に有効なヒトパピローマウイルス感染症(HPV感染症)ワクチンも、近年、その重要性が再認識されています。 

こうした定期接種は、学校生活や集団行動において非常に効果的で、感染症による長期欠席や後遺症のリスクを低減します。また、子どもが免疫をしっかりと獲得することで、周囲の大人や高齢者、免疫力の低下している人々を間接的に感染から守る効果も期待できます。つまり、乳幼児期のワクチンは、個人の健康を守るだけでなく、地域社会全体の健康を支える基盤ともいえます。

大人のワクチン

大人にとってもワクチン接種は重要です。インフルエンザワクチンは毎年の流行株に合わせて更新され、接種することで重症化を防ぎ、長期欠勤を回避できます。また、破傷風やジフテリア、百日咳などは成人期に再接種が必要な場合があります。特に破傷風は怪我をした際に免疫が不十分だと重篤な症状を引き起こす可能性があります。さらに、一定年齢以上の成人に肺炎球菌ワクチンや帯状疱疹ワクチンが推奨されています。これらは高齢化社会において、長寿と健康的な生活を支える重要な要素です。 

また、近年の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的な流行は、ワクチン接種の重要性を改めて認識させる契機となりました。COVID-19ワクチンは追加接種や変異株対応ワクチンが用意され、重症化や感染拡大を防ぐ重要な手段として広く活用されています。加えて、最近では新生児や乳児・高齢者が肺炎などを発症するリスクを軽減することが期待されるRSウイルスワクチンも開発されました。このワクチンは一定数週以上の妊婦や高齢者への接種が推奨され始めています。こうした新たなワクチンの登場も、感染症から身を守るための手段として注目されています。

SNSの普及と誤情報

ワクチン接種は、信頼できる情報源から正確な知識を得て、適切なタイミングで受けることが重要です。インターネットやSNSの普及により、ワクチンに関する情報があふれていますが、中には科学的根拠が乏しい情報も混在しています。そのため、公的機関が提供する信頼性の高い情報を参考にし、自身や家族に合った接種計画を立てることが肝要です。ワクチンは病気や感染症の予防策としてだけでなく、罹患後の重症化や合併症を防ぐ点でも非常に効果的で、費用対効果の高い予防策といえます。 

総じて、ワクチン接種は子どもから大人まで、日常生活を安心で豊かなものにするために不可欠な感染症予防手段です。乳幼児期の定期接種は、学校生活や社会活動における健康基盤を築き、成人期のキャッチアップ接種や追加接種は、健康寿命を延ばし、社会全体の医療負担軽減にもつながります。私たち一人一人が正しい情報を収集し、計画的にワクチンを接種することで、感染症による混乱や不安を減らし、より安全で豊かな生活を実現させていきましょう。

■ワクチン接種時期の詳細を参照できるサイト
CDCのホームページ www.cdc.gov/vaccines/index.html
■日本小児科学会が推奨する予防接種スケジュール
www.jpeds.or.jp/modules/activity/index.php?content_id=138
大橋祐介医師
新潟大学卒業。手稲渓仁会病院で初期研修修了後、横須賀米国海軍病院、飯塚病院感染症科、聖路加国際病院感染症科を経て、2024年7月よりUniversity of Texas Science at Houstonで臨床感染症フェローとして勤務中。

 

 

子どもと大人に必要なワクチンとその重要性〜私たちの命を守るヘルスケア

がん患者だけでなく、悩める人たちの心身の健康をサポート。現在のアメリカの医療環境で今、私たちができることを探ります。

子どもと大人に必要なワクチンと
その重要性


感染症とワクチン

ワクチンは、感染症を予防し個人の健康を守るだけでなく集団免疫をも高め、社会全体の健康を維持する重要な役割を果たします。ここでは、子どもと大人に必要なワクチンとその意義について解説します。

ワクチンで予防可能な病気

私たちの生活にはさまざまな病気の脅威が常に潜んでいます。中でも伝染性の高い感染症は、一度流行すると社会全体に大きな影響を及ぼす可能性があります。特に、免疫が未発達な子どもや高齢者、持病を持つ人々は重症化しやすい傾向があるため、予防が非常に重要です。ワクチンは、病原体に対する免疫を事前に獲得させることで、発病や重症化を予防します。麻しんや風しんなど、ワクチンを接種することで罹患りかんを防げる感染症(Vaccine preventable diseases/(VPDs)は多く存在します。定期的なワクチン接種は、個人のみならず集団全体で免疫を強化し、感染症の流行を抑える「集団免疫」の形成にもつながります。

子どものワクチン

子どもの場合、出生直後からさまざまなワクチン接種が推奨されています。定期接種のスケジュールは各国や地域ごとに詳細に策定されており、子どもが確実に免疫を得られるよう計画されています。代表的なワクチンには、ジフテリア、百日せき、破傷風、ポリオ、ヒトインフルエンザ菌感染症(Hib感染症)、肺炎球菌、麻しん、風しん、おたふくかぜ(ムンプスウイルス)、水痘(みずぼうそう)、ロタウイルス、日本脳炎、B型肝炎などがあります。また、子宮頸がんや中咽頭がんの予防に有効なヒトパピローマウイルス感染症(HPV感染症)ワクチンも、近年、その重要性が再認識されています。 

こうした定期接種は、学校生活や集団行動において非常に効果的で、感染症による長期欠席や後遺症のリスクを低減します。また、子どもが免疫をしっかりと獲得することで、周囲の大人や高齢者、免疫力の低下している人々を間接的に感染から守る効果も期待できます。つまり、乳幼児期のワクチンは、個人の健康を守るだけでなく、地域社会全体の健康を支える基盤ともいえます。

大人のワクチン

大人にとってもワクチン接種は重要です。インフルエンザワクチンは毎年の流行株に合わせて更新され、接種することで重症化を防ぎ、長期欠勤を回避できます。また、破傷風やジフテリア、百日咳などは成人期に再接種が必要な場合があります。特に破傷風はケガをした際に免疫が不十分だと重篤な症状を引き起こす可能性があります。さらに、一定年齢以上の成人に肺炎球菌ワクチンや帯状疱疹ワクチンが推奨されています。これらは高齢化社会において、長寿と健康的な生活を支える重要な要素です。 

また、近年の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的な流行は、ワクチン接種の重要性を改めて認識させる契機となりました。COVID-19ワクチンは追加接種や変異株対応ワクチンが用意され、重症化や感染拡大を防ぐ重要な手段として広く活用されています。加えて、最近では新生児や乳児・高齢者が肺炎などを発症するリスクを軽減することが期待されるRSウイルスワクチンも開発されました。このワクチンは一定数週以上の妊婦や高齢者への接種が推奨され始めています。こうした新たなワクチンの登場も、感染症から身を守るための手段として注目されています。

SNSの普及と誤情報

ワクチン接種は、信頼できる情報源から正確な知識を得て、適切なタイミングで受けることが重要です。インターネットやSNSの普及により、ワクチンに関する情報があふれていますが、中には科学的根拠が乏しい情報も混在しています。そのため、公的機関が提供する信頼性の高い情報を参考にし、自身や家族に合った接種計画を立てることが肝要です。ワクチンは病気や感染症の予防策としてだけでなく、罹患後の重症化や合併症を防ぐ点でも非常に効果的で、費用対効果の高い予防策といえます。 

総じて、ワクチン接種は子どもから大人まで、日常生活を安心で豊かなものにするために不可欠な感染症予防手段です。乳幼児期の定期接種は、学校生活や社会活動における健康基盤を築き、成人期のキャッチアップ接種や追加接種は、健康寿命を延ばし、社会全体の医療負担軽減にもつながります。私たち一人一人が正しい情報を収集し、計画的にワクチンを接種することで、感染症による混乱や不安を減らし、より安全で豊かな生活を実現させていきましょう。

■ワクチン接種時期の詳細を参照できるサイト
CDCのホームページ www.cdc.gov/vaccines/index.html
■日本小児科学会が推奨する予防接種スケジュール
www.jpeds.or.jp/modules/activity/index.php?content_id=138
大橋祐介医師
新潟大学卒業。手稲渓仁会病院で初期研修修了後、横須賀米国海軍病院、飯塚病院感染症科、聖路加国際病院感染症科を経て、2024年7月よりUniversity of Texas Science at Houstonで臨床感染症フェローとして勤務中。

 

 

異国の地でメンタルヘルスを保つ方法〜私たちの命を守るヘルスケア

がん患者だけでなく、悩める人たちの心身の健康をサポート。現在のアメリカの医療環境で今、私たちができることを探ります。

異国の地でメンタルヘルスを保つ方法


異国の地での孤独感 

未就学児の子ども4人を連れてアメリカに住んで1年が経ちました。そのうちの1人は小学生となり、時間の流れを感じます。右も左もわからなかった渡米当初のアメリカ生活から、ようやく少し抜け出せた気がします。それは特にメンタル面での変化が大きいように思います。  

振り返ると、異国の地での生活は想像以上にストレスを感じるものでした。言葉の壁はもちろん、日本では意識しなかった「移民である」という事実、市民権や永住権がもたらす意味についてもアメリカに来て初めて考えるようになりました。また、アメリカで日本人に出会えても、ビザの条件が異なっていたり、日本のように同じ境遇とは限りません。心の隅に「全てを理解してくれる人はいないのでは」という孤独感を抱えることもありました。 

そんな私が意識したことは、「受け入れること、許すこと」。自分の弱さを受け入れ、うまくいかない自分を許すようにしました。自分を責めても良い結果にはつながらず、その雰囲気は子どもにも伝わり、家族の空気まで悪くなってしまいました。「こんなことならアメリカに来なければよかった」という言葉を何度、唱えたことでしょう。自虐的になり、人と関わるのが怖い日もありました。

今の自分を受け入れる  

しかし、結局のところ、ありのままの自分を受け入れなければ答えは出ません。「うまくできなくてもいい、人と比較せず、今の自分ができることを一つずつやろう」と自分に言い聞かせました。自分が疲れない範囲で、1歳の長男と少しずつ行動範囲を広げていきました。近くの公園に行き、慣れたら徒歩圏内の少し遠い公園へ。最後はバスに乗って図書館に行くようにもなりました。 

そうするうちに出会う人が増え、息の合う友人もできました。友人に頼ったり頼られたりする中で信頼関係が生まれ、心の中の思いを吐き出す場所ができ、孤独を感じる時間が減りました。もし自分の思いを受け入れず、無理をしていたら、荷物をまとめて日本に帰っていたかもしれません。もしくは、心身を病んで動けなくなっていたかもしれません。

人に頼るという勇気 

自分を守れるのは自分だけです。それは、自分を追い詰めるのではなく、むしろ「主人公は自分。そして不安定なときはそれを認めて、いろいろな人に頼ればいい」と私は考えるようにしています。言葉に書くと簡単に聞こえますが、案外難しいのがメンタルヘルスの奥深いところ。すぐに実行するのは難しくても、どんな時に落ち込みやすいか、など意識して自分の性格を知ることが鍵だと思います。 

人に頼ることは自分の弱みを見せることであり、「人に迷惑をかけてはいけない」という知らず知らずのうちに根付いた考えが影響し、なかなか勇気がいるものです。しかし、最近思うのは自分が心を開かなければ、なかなか頼ってももらえないということです。例えば、少し距離を感じていた人が悩みを打ち明けてくれると、一気に距離が縮まるような経験はないでしょうか。もちろん、誰にでも頼れるわけではありません。私は「どうしても自分で悩みを抱えきれない時に頼れる人リスト」を作っています。 

特に異国の地では、何が起こるかわからない毎日です。防災グッズのように準備をしておくことが大切です。また、自分が困ったときに助けてもらう姿を子どもに見せることも、「困った時は一人で抱え込まなくてもいい」という社会勉強になるのではないかと考えています。

新たな1年に向けて 

人生にはさまざまな出来事がありますが、どんな時でも雨が止む日は必ず来ます。良い時も悪い時も自分を受け入れながら、生きていくことを学んだ1年でした。こんな私の経験を「精神科医でもメンタル維持が難しい時があるんだな」と思っていただき、少しでも励みにしてもらえたらうれしいです。 

このコラムが掲載される頃には、新しい年が始まっているでしょう。昨年うまくいかなかったことも一つの思い出として受け止め、皆さまにとって今年は少し前に進める年になりますように!

井窪 薫

医学博士 精神科専門医 産業医。2023年に渡米し、現在アメリカにて7歳、5歳、4歳、2歳の4人の子育てに奮闘中。日本とアメリカの子育ての違いや共通点など、自身の経験をもとに発信。神戸市『こどもっとkobe』の専門家コラムを2021年より執筆中。また神戸新聞子育てクラブ『すきっぷ』の「専門家に聞く」にて産後うつや発達の悩みについての相談先を紹介している。
 

 

「FLAT・ふらっと」の1年の活動を振り返って

がん患者だけでなく、悩める人たちの心身の健康をサポート。現在のアメリカの医療環境で今、私たちができることを探ります。

「FLAT・ふらっと」の
1年の活動を振り返って


「FLAT・ふらっと」は、「在米日本人の健康や医療を支えたい」という思いで集った在米日本人ボランティアや医療者らで活動している非営利団体です。活動2年目を迎えた2024年、私たちは「団体の存在や活動を知ってもらうこと」を重視しつつ、さまざまな取り組みを行ってきました。

全米からオンラインで集う定期ミーティング

 活動の柱である、がんや自己免疫疾患経験者向けのオンライン・サポートミーティングは、ボランティア・ファシリテーターの協力を得て毎月開催されています。デリケートな話題がでる際もファシリテーターは中立を保ち、全米から集う参加者が「話ができてよかった」と感じられるよう心掛けています。アドバイザーとしてミーティングに参加している専門性の高い日本人医師とも意見交換ができる点は、定期ミーティングの大きな特徴です。参加者からは「日本語で医療者と話すことができる安心感は大きい」との声を多くいただいています。また、日本語でおしゃべりを楽しめるシニア向けの活動も好評です。憩いの場としてだけでなく、老年科医師への質問時間を設け、孤立から起こりやすい健康問題について学ぶ場としても充実した会を提供しています。
 これからも英語社会で仕事や子育てをしながら治療を受ける人々やシニアが抱く心の荷物をひととき下ろすことのできる場として、オンラインではありますが、「互いに顔を合わせてつながる場」を提供していきたいと考えています。

医療改善に向けて声をあげる

患者アドボケートとしての活動も、国内外で積極的に行っています。まず2024年2月には名古屋で開催された日本臨床腫瘍学会学術集会の市民講座で講演を行い、10月には日本でのアメリカ企業主催のイベントで、他国で使用可能な薬が日本では手に入らない「ドラッグラグ」をなくすための討論会に参加しました。また、7月には国際婦人科癌学会(IGCS)に加盟し、 8月には世界大腸がん協会(GCCA)にも加盟。そのコラボレーション企画として日本語の大腸がん啓発のパンフレットを制作しました。

さらに、地域市民の臨床試験への理解を深めるべくニューヨークのコロンビア大学、アルベルト・アインシュタイン大学、マウントサイナイ医科大学の3つの大学病院とニューヨーク市立大学が共同で取り組む「DISRUPT」プロジェクトにも、唯一のアジア人団体として参加しています。がん研究や治療における人種、性別、地域による格差を減らすため、日本語でのウェブページやパンフレットを作成し、来年のイベントなども計画しています。また、在米日本人が健康に暮らしていく上で役立つ健康・医療情報についても専門家の協力を得て在米日本語メディアやSNSで発信しています。

つながり、支え合い、さらなる飛躍を

「FLAT・ふらっと」のサポート利用者には、在米の日系企業に勤める従業員やその家族も多く、生活に慣れるだけでも大変な中で、日本とは医療制度が全く異なるアメリカで病気の診断を受けて強い不安を抱える方も少なくありません。渡米して間もない方も、長年住んでいる方も、安心して暮らせる日本人コミュニティを作るためには、在米日本人がつながり情報交換をし、支え合っていく必要があります。

7月にシアトルのベルビューで開催した活動紹介イベントでは、シアトル在住の多くの方々から賛同していただきました。また、アメリカの団体に交じって、在米日本人特有の事情について声をあげたことで、私たちの取り組みに協力したいと考える団体や企業との話し合いが始まろうとしています。来年は、今年蒔いた種を育てる活動を続け、パートナーやスポンサー企業を見つけ、実を結ぶ日が来ることを期待しています。
 アメリカで暮らし、さまざまな苦労を経験してきた日本人ボランティアと医療者が集う「FLAT・ふらっと」は、日本人コミュニティの環境や文化的背景を理解しています。在米日本人の生活向上のために、来年も引き続き、皆さまの温かいご支援とボランティア協力をお願い申し上げます。

ブロディー・愛子 「FLAT・ふらっと」代表

■患者アドボケート。2001年に乳がんを経験。
2013年より乳がん患者への支援活動を開始し、これまでに11,000人以上の在米日系人をサポートしている。ICF認定ライフコーチ、アーキタイパル・コンサルタントとしても活躍中。
alliswellcoaching.com
 

 

認知症を予防するには?〜私たちの命を守るヘルスケア

がん患者だけでなく、悩める人たちの心身の健康をサポート。現在のアメリカの医療環境で今、私たちができることを探ります。

認知症を予防するには?


科学的根拠の乏しい「脳トレ」 
 
「認知症予防」と聞くと、何を思い浮かべるでしょうか。サプリメントや脳トレという言葉が思い浮かぶ人も少なくないかもしれません。しかし、世に多くある「認知症に効く脳トレ」といった広告の多くは製作者や販売者の仮説でしかなく、科学的根拠に乏しいものが多いのが実情です。特定のアプリやゲームが認知症予防に効果的とする証拠は現時点では見つかっておらず、仮説に基づく主張に過ぎないケースも多々あります。そのため、こうした商品やサービスを過信するのではなく、冷静に捉える姿勢が大切です。特定の方法に頼りすぎると、本来取り組むべき大切な要素を見逃すことにつながりかねません。
 
修正可能な認知症リスク  
 
世界保健機関(WHO)は、認知症リスクに関わる修正可能な要因を14項目挙げています。具体的には、教育の欠如、聴力低下、高LDLコレステロール、うつ、頭部のけが、運動の欠如、糖尿病、喫煙、高血圧、肥満、過度の飲酒、社会的孤立、大気汚染、視力低下です。これらに対処することで、理論上は認知症の半数近くを予防できる可能性があるとされています。例えば、頭部のけがを防ぐために自転車やバイクのヘルメットを着用する、運動習慣をつける、飲酒量を1日ビール2缶(350ミリリットル/缶)程度に抑える、禁煙を心がける、肥満の人はダイエットに取り組むといった生活改善が効果的です。また、人間関係を大切にすることや視力や聴力のケアを心がけることも大切です。日常的にさらされている騒音や大音量のテレビ・音楽も少しずつ耳を傷つけています。音量を少し控えめにすることが将来のあなたの耳を守ることにつながります。 
 
また、大気汚染などは個人の努力では変えられない思うかもしれませんが、実は大気よりも家庭内の空気の方が汚染されている場合もあります。特にガスコンロ使用後の換気不足は問題です。換気は感染症対策の一環として語られることが多いですが、認知症予防としても重要な役割を果たしているかもしれません。
 
生活習慣病にも注意 
 
認知症リスクに関わる14項目には、高血圧、糖尿病、高コレステロールといった生活習慣病も含まれています。健康診断を定期的に受け、異常があれば医師の指導のもとで治療に取り組む、こうした医師との二人三脚が認知症予防のためにも大切なのです。認知症予防は、一見魅力的に見えるサプリメントや脳トレにあるのではなく、あなたの身近なライフスタイルに密接に関連します。 
 
先の14項目を見直し、日々できる範囲で改善していくことが将来の認知症予防につながります。効果がすぐに目に見えなくても、「ちりも積もれば山となる」。少しずつ積み重ねていくことが将来の自分への投資になるのです。
 
アメリカでの相談先 
 
米国在住で「認知症が心配」「認知症かもしれない」と感じた場合、まずはかかりつけ医師(プライマリケア医)に相談するのが最初のステップです。かかりつけ医が認知症の初期症状を評価し、必要に応じて専門医を紹介します。認知症の診断や治療には神経科医(neurologist)や私のような老年科医(geriatrician)が精通しています。また、アルツハイマー協会(Alzheimer’s Association)や地域の医療機関が提供するサポートサービスも有効に活用できるかもしれません。心配であればまずかかりつけ医に相談しましょう。
 

健康の大疑問著者:山田悠史出版社:マガジンハウス新書

山田悠史■米国老年医学専門医。マウントサイナイ医科大学老年医学・緩和医療科所属。ニューヨークで臨床医として活躍する傍ら、日本のメディア「NewsPicks」の公式コメンテーター、新型コロナワクチンの正しい知識の普及を行う「コロワくんサポーターズ」の代表を務める。また、講談社ウェブマガジン「mi-mollet(ミモレ)」での連載や、音声コンテンツ「医者のいらないラジオ」配信なども行い、多岐にわたって活動。2023年1月に上梓された『健康の大疑問』(マガジンハウス新書)が絶賛発売中。在米日本人の生活と医療を支えるNPO、FLAT・ふらっとの代表メンバー。
 

参考文献
世界保健機関(WHO)  https://japan-who.or.jp 

10月の乳がん月間によせて〜私たちの命を守るヘルスケア

がん患者だけでなく、悩める人たちの心身の健康をサポート。現在のアメリカの医療環境で今、私たちができることを探ります。

10月の乳がん月間によせて


 
米国では女性の8人に1人が乳がんを発症すると言われています。乳がん啓発月間の今月は、FLAT・ふらっとのボランティアで乳がんサバイバーのロング容子さんと、臨床アドバイザーの田原梨絵先生からのメッセージをお届けします。
 
ステージ3から長期サバイバーへ
-ロング容子 
 
「ステージ3の乳がんです」と診断された日は、私たち夫婦の結婚20周年記念日でした。 
 
私は若くしてアメリカに渡り、大学卒業後に結婚、仕事と、ごく普通の生活を送りながら、3人の子どもの子育て真っ最中でした。子どもとの時間を増やせればと仕事を辞め、先送りになっていた健康診断と、初めての乳がんのマンモグラフィーの検査に行ったのです。 
 
まさか、その1週間後に乳がん宣告を受けるとは思いもしませんでした。その晩、帰宅した主人にステージ3の診断結果を伝え、2人で泣きました。主人は大学時代に母と姉をがんで失っているため、私のがん宣告は彼にとっても大きなショックだったと思います。今から10年前のことで、末っ子はまだ8歳でした。「この子が成人するまでは元気でいなきゃ」と誓いました。 
 
腫瘍内科医から、まず標準治療を行うと説明されました。なぜ標準治療が私にとって最適なのかを丁寧に説明してくれましたが、それでも「本当に標準治療で治るのだろうか?」という不安は消えませんでした。他州の大学病院でセカンドオピニオンも受けましたが、やはり同じような標準治療を勧められ、結果的に化学療法・両胸全摘・放射線療法・子宮卵巣摘出を受けることになりました。自己組織で胸の再建も行い、10年間続けたホルモン療法も来年で終了予定です。治療後の後遺症はありますが、子どもたちの成長を見守れる自分がここにいることを考えると、それも受け入れられます。 
 
幸運にも「サバイバー」として生き延びた今、同じように闘病する患者さんに恩送りしたいと考えていた時に、「FLAT・ふらっと」の前身となる患者支援団体と出会いました。 
 
現在、私はボランティアとしてZoomミーティングを通じ、さまざまな状況のがん患者さんとお話しする機会をいただいています。私の経験だけでなく、参加者の皆さんの経験もまた、お互いの心の支えになっています。日本にいる家族に心配をかけたくないと思う一方で、日本語で気持ちを分かち合いたいという在米日本人患者さんたちの思いは切実です。そんな時に、日本語でお手伝いできることが、サバイバーとしての私の使命だと感じています。
 

 
乳がん治療で最初に知っておいてほしいこと
-乳腺科医師・田原梨絵 
 
FLAT・ふらっとの乳がん臨床アドバイザーの田原梨絵です。皆さんは「標準治療」という言葉からどのようなイメージを思い浮かべますか? 「標準」と聞くと、「標準以上の特別な治療があるのでは?」と考える方も多いかもしれません。しかし、がん治療における「標準治療」とは、現時点でエビデンス(科学的根拠)によって有効性が証明されている、最良の治療法を指します。多くの臨床試験の結果を基に専門家が検討を重ね、最善であると合意されている治療法なのです。つまり、標準治療以上に有効な治療は存在しません。 
 
この「標準治療」という言葉に対するイメージと、その真の意味とのギャップから臨床現場では誤解が生じることが多々あります。容子さんの体験談でも「本当に標準治療で治るのだろうか? との不安が残りました」とあるように、標準治療は並の治療で最良の治療ではないのでは? という不安が生じてしまうのです。容子さんはセカンドオピニオンでも標準治療を勧められたことで、その治療法を選択し、今の素晴らしいサバイバーとしての活動につながっています。 
 
さまざまな医療情報があふれる中、専門家から見れば間違った情報や、根拠のない治療も多く存在します。自分や家族ががんと診断された時には、正しい情報を選び、最良の治療である「標準治療」を選択することがとても大切だということを、ぜひ皆さんに知っていただければと思います。
 

ロング容子■FLAT・ふらっとの患者ミーティング・ファシリテーター。1987年に渡米し、米国の大学を卒業後、働きながらMBA取得。金融機関勤務、会社設立を経て、現在は専業主婦を満喫中。

 
田原梨絵■FLAT・ふらっとの乳がんプログラム臨床アドバイザー、一般社団法人BC Tube理事を務めるアメリカ在住の乳腺科医、MD。ダナファーバがん研究所研究助手、MDアンダーソンがんセンターのリサーチ・インターンを経験。

第48回 患者アドボケートの将来と役割〜私たちの命を守るヘルスケア

がん患者だけでなく、悩める人たちの心身の健康をサポート。現在のアメリカの医療環境で今、私たちができることを探ります。

患者アドボケートの将来と役割


患者アドボケートとは 
 
健康な日常生活を送っていた人が、突然がんのような深刻な病に直面すれば、誰でも戸惑うことでしょう。医療用語が混じる医師の説明を理解することは困難で、アメリカの複雑な医療制度の前で途方に暮れてしまうこともあります。病院には患者対応の窓口があるものの、何を聞けばいいのかさえわからないこともあるのではないでしょうか。そんなとき、頼りになるのが患者の立場を理解し、擁護(アドボケート)する患者団体です。 
 
患者アドボケート活動は、多くの場合、患者自身や家族、友人が病気を経験したことで、同じ境遇にある人々を支援したいという思いから、非営利団体として始まります。私たちFLATもその一つです。病気だけではなく、慣れないアメリカの医療制度に戸惑う在米日本人の不安に耳を傾け、お互いの経験をシェアしながら話し合い、支え合うために集まったボランティアが活動しています。個人レベルで患者を支援するだけでなく、アメリカの患者団体のように広く社会から支援を受けて、在米日本人の健康を支えられる活動へと発展させたいという夢もFLATにはあります。
 
日米で異なる活動環境 
 
医療にかかわるさまざまな団体や企業、日本を含む他の患者団体とどのように連携し、活動を発展させていけるのか。今年7月、アメリカの患者アドボケート団体が東京で「アドボケートの将来と役割」をテーマに、日本の製薬企業や患者団体を交えた話し合いの場を設けました。私もコンサルタントとしてその会合に参加しました。 
 
この話し合いで、製薬企業と患者サポート団体との関係や、日本における患者団体の運営がアメリカとは大きく異なることを再認識しました。アメリカでは、治療方針を決める際に医師と患者が共に検討する「シェアード・ディシジョン・メイキング」が重視されるようになってきています。また、より良い治療法や治療薬の開発には患者の協力が欠かせません。新型コロナ対策の経験から、マイノリティ住民への働きかけや公平性の確保も重視されつつあります。このため、アメリカでは患者を支える患者団体の役割が大きく、医療や製薬企業との連携も強まっています。 
 
しかし、日本では産業界の規制や患者団体の規模や運営形態など、さまざまな背景からアメリカとは全く異なる環境が存在しています。東京での会合では、新薬を患者に届ける流れを作るには、企業や医療者だけでは不十分な時代が来ていることが明らかになりました。しかし今のところ、日本の製薬企業は自社のルールを守りつつ、どのように患者団体とつながっていけるのかを模索している段階にあるようです。
 
非営利団体も財政基盤が必要
 
日本の患者団体は、地域ごとに個別に活動する小規模団体が多く、無償での活動によって試行錯誤しながら患者支援に取り組んでいます。「情熱だけで動けるのは3年」という切実な声もあり、継続性という点で課題が浮上している様子もうかがえます。これは130万を超える非営利団体が存在し、多くは企業のスポンサーやパートナーシップで財政基盤を確立し、専従職員を雇用して運営されているアメリカとは大きく異なります。 
 
今回、私が同行した団体は日本以外の国々も訪れていますが、必要な医療を行き届かせる上で、それぞれの国の文化や慣習が障壁となる場合があると指摘しています。実際、私たちFLATもアメリカで活動する中で、寄付文化が希薄な日本の影響を受けています。在米日本人を対象としているためか、個人レベルの寄付を頼りにボランティアが手弁当で運営しているのが現状です。 
 
多様性や人種間の公平性が注目され始めましたが、在米アジア人、とりわけ日本人はアメリカでの存在感は薄く、資金を提供する側からはコストパフォーマンスが低いと見られる傾向があります。しかし、患者参加型の治療が進む中で、医療者との距離を縮めるためには、患者アドボカシー団体の役割が一層重要になっていくでしょう。FLATは今後も、多方面に働きかけ、日本人コミュニティーの中で支え合っていけるよう活動を続けていきたいと考えています。
 
 
ブロディー・愛子 FLAT・ふらっと」代表

■患者アドボケート。2001年に乳がんを経験。2013年より乳がん患者への支援活動を開始し、これまでに11,000人以上の在米日系人をサポートしている。ICF認定ライフコーチ、アーキタイパル・コンサルタントとしても活躍中。alliswellcoaching.com
 

がん治療における臨床試験について(後編)〜私たちの命を守るヘルスケア

がん患者だけでなく、悩める人たちの心身の健康をサポート。現在のアメリカの医療環境で今、私たちができることを探ります。

がん治療における臨床試験について 
ー後編 ー


 
前回は、研究から臨床試験を経て「標準治療」となるまでのがん治療開発の流れについて説明しました。今回は、誤解されがちな「先端治療」と「標準治療」という言葉の意味の違いを解説します。また前回、がん治療の開発は研究者が研究室の中だけで行うのではなく、たくさんの患者さんの協力を必要とする「臨床試験」が不可欠なことにも触れました。今回は、臨床試験に参加する患者さん側のメリットや臨床試験の課題について取り上げていきます。
 
「先端治療」VS「標準治療」 
 
前回お話しした通り、がんの「標準治療」となるためには3相の試験をクリアする必要があります。第I相試験で試された薬のうち第III相試験までくぐり抜け、標準治療候補となるのは10%以下といわれています。 
 
「先端治療」という言葉の響きから、「標準治療」の先を行く、より効果の高い治療と誤解する人がいるかもしれません。しかしこれは単に「試験的な新しい治療」という意味で、臨床試験をクリアして有効性と安全性が証明された「標準治療」ではありません。 
 
もちろん、現在の「標準治療」も10~15年ほど前には「先端治療」として第I相試験で試されていたことになりますが、「先端治療」といわれる薬剤や技術には、臨床試験を実施する中で効果を実証できなかったり、重篤な副作用が認められたりして開発が中止され、「標準治療」にならないものが多くあります。つまり、実際のところ、現在の「先端治療」が将来的な「標準治療」となる確率は高くはないのです。言い方を変えれば「標準治療」とされているものは、多くの試験をくぐり抜けた結果最も有効とされ、安全性も確立された治療といえるのです
 
臨床試験に参加する意義 
 
一方で、臨床試験を実施中の「先端治療」は、確率は高くはないながらも成功すれば将来の標準治療になる可能性を秘めています。そのため、臨床試験への参加を通して先端治療を受けてみることは、将来の標準治療を現時点で受けられる機会となる可能性もあります。 
 
どのようながん患者さんが臨床試験への参加を検討すべきかは、難しい問題です。すでに効果の高い標準治療がある場合と、残念ながら今ある標準治療の効果がほとんどない場合とでは、臨床試験を通して「先端治療」を受けてみることへの考え方も異なるでしょう。
 
臨床試験に参加するには 
 
臨床試験への参加については担当腫瘍内科医と相談することが最も重要ですが、セカンドオピニオンも非常に有意義だと考えます。担当医が把握している臨床試験もありますが、クリ二カルトライアルズ・ドット・ガブ(https://clinicaltrials.gov)のウエブサイトでは、全米で行われている臨床試験を閲覧できます。病名や地域での検索も可能です。
 
臨床試験は「標準治療」と違い、その試験に参加している施設でのみ受けられます。「新たな治療法の効果を安全で倫理的に認められた形で検証」するため、試験ごとに対象患者や治療スケジュール、治療効果、副作用評価の頻度や方法を細かく定めたプロトコールに厳格に従って実施されます。 
 
このため参加を希望しても、条件を満たすかどうかを判断するスクリーニング結果によって参加できない場合もあります。また、試験開始後にプロトコール通りに受診や検査を受けられない状況が続けば、試験への参加継続は難しくなります。 
 
臨床試験では、「試験」として行われる投薬や検査での患者さんへの経済的負担は基本的にはありませんが、定期的な画像検査や基本的な血液検査などは保険診療となる場合があります。臨床試験は患者さんの同意に基づいて行うので、患者の意思により途中で臨床試験から抜けることは可能です。 
 
最後に、大きな臨床試験などは欧米を中心に行われていることが多く、参加者の人種に偏りがあったり、マイノリティーの参加が非常に限られているなど、今後解決すべき課題は多く残ります。 
 
臨床試験について腫瘍内科専門医として私が考える最も大切なことは、患者さん自身が目の前にある治療選択肢に対して「良い点」「悪い点」を医療者に十分に確認し、自身でも情報収集した上で、医療者や家族と共に納得のいく治療選択をすることだと思います。
 

藤井健夫 腫瘍内科専門医 ■
信州大学医学部卒業、沖縄米国海軍病院、聖路加国際病院にて研修後に渡米。ハワイ大学、ノースウェルヘルス、MDアンダーソンがんセンターで内科、腫瘍内科のトレーニングを終え、現在はアメリカ国立衛生研究所(NIH)内の米国国立がん研究所(NCI)で診療を行いつつ自身の研究室を主宰。専門は乳がん。
 

がん治療における臨床試験について(前編)〜私たちの命を守るヘルスケア

がん患者だけでなく、悩める人たちの心身の健康をサポート。現在のアメリカの医療環境で今、私たちができることを探ります。

がん治療における臨床試験について 
ー 前編 ー


がん治療に関して「標準治療」、「先端治療」、「臨床試験」といった言葉を耳にしたことがある方は多いと思います。これらの意味とどのようにがんの治療法が開発、確立されていくのかを説明します。
 
研究室から臨床現場へ
 
新たな治療薬の発見や初期段階試験の多くは研究室で行われます。例えば、エリブリンという乳がんなどの治療薬として使われる抗がん剤は、もともとは神奈川県の三浦海岸に生息するクロイソカイメン(黒磯海綿)に含まれる「ハリコンドリンB」という天然物から作られています。皆さん、研究室の中で研究者が「海綿から最新の抗がん剤を発見した! これはがんに効くに違いない!」と言っているところを想像してみてください。この時点では、「海綿から作られた抗がん剤」を体内に注射することに不安を覚えませんか? まずは、これが安全かつ有効かどうかを確かめてほしいと思うことでしょう。ではこの「新たな発見」が、どのようにして臨床の現場で使われるようになるのでしょうか。 
 
新たな治療薬やその組み合わせは、最初に研究室内でその効果と安全性がテストされます。具体的には、がんを持ったネズミなどの動物に薬になる可能性のある新規物質を投与し、がんに効果があるかどうか、副作用が強く出過ぎないかなどを試します。ここで効果や安全性が確認できない場合は、人に投与することは倫理的に認められません。この段階で開発がストップすることも多くあります。
 
ネズミなどでの効果、安全性が確認された「新規治療薬候補」が一般の人が使用できる「標準治療」として認可されるためには、全部で「3相」の試験を段階的にクリアする必要があります。
 
第I相試験で安全性の確認
 
第I相試験の主な目的は、「人における安全性、安全な用量・用法の発見(毒性や副作用の確認)」です。詳しい効果は、安全が確認された後の臨床試験で試されることになります。ここでは、数人から数十人程度の患者さん、もしくは健常な人に薬を少量から投与し、段階的に増減を繰り返し、安全かつ最適な用量・用法を見つけ出します。当然、この段階で脱落する治療薬もあります。
 
第II相試験で有効性の確認
 
第II相試験では、第I相試験で決められた用量・用法で、数十人から数百人(200~300人)程度の患者さんに投薬して、効果と安全性を確認します。副作用は第I相でも試験されていますが、第I相では極少人数での試験であるために、発生頻度の低い副作用などは検出されないことがあるからです。この第II相試験でがんに対する有効性が確認され、安全性に懸念がなければ、いよいよ最終の第III相試験へと進みます。
 
第III相試験で「標準治療」との直接対決
 
第III相試験では、第II相で有効性が確認された治療が、「標準治療」に勝るものかどうかを確認します。「第II相で有効だと認められたのにまだ試験があるの?」と、不思議に思うかもしれません。
 
例えば「XXがん」と診断されたら、まずはA抗がん剤を使うという標準治療があるとします。新たに試験されている薬剤は、XXがんに有効である以上に、効果もA抗がん剤に勝る必要があります。がんを縮小するけど、A抗がん剤ほどは効かないというのでは、新たに標準治療にする価値がないからです。 
 
したがって第III相試験の目的は、第I相、第II相試験を勝ち残った治療が、現在の標準治療より効果的かどうかを、数百人から千人規模の患者さんを対象に直接比較することです。この第III相試験でより有効かつ最終の安全性にも問題がないと確認された後に、ようやく「標準治療」として認可されるのです。 
 
次回は「先端治療」とは何か、臨床試験に参加する利点や課題などについてお伝えします。
 

藤井健夫 腫瘍内科専門医 ■
信州大学医学部卒業、沖縄米国海軍病院、聖路加国際病院にて研修後に渡米。ハワイ大学、ノースウェルヘルス、MDアンダーソンがんセンターで内科、腫瘍内科のトレーニングを終え、現在はアメリカ国立衛生研究所(NIH)内の米国国立がん研究所(NCI)で診療を行いつつ自身の研究室を主宰。専門は乳がん。
 

米国の医療を安心して受けるために〜私たちの命を守るヘルスケア

がん患者だけでなく、悩める人たちの心身の健康をサポート。現在のアメリカの医療環境で今、私たちができることを探ります。

米国の医療を安心して受けるために


フロリダ州在住の総合内科医、安川康介です。日本の医学部を卒業し、15年間アメリカの医療現場で働いてきた立場から、アメリカで医療を安心して受けるうえでのポイントをお伝えします。
 
英語が不安な場合は医療通訳を頼もう 
 
医療現場においては正確な情報のやり取りが非常に大切です。アメリカの医療を受けるにあたり英語に不安がある場合は、ぜひ「医療通訳」を利用してください。アメリカでは人種や国籍などによる差別を禁ずる連邦法の公民権法*①を法的根拠に、医療通訳サービスを提供しています。2000年の大統領令第13166号*②により、英語が得意でない(LEP:Limited English Proficiency)患者への無料の医療通訳サービス提供がより明確に義務化されました。手間をとらせて申し訳ないと思うかもしれませんが、特に多様な人種がいる都市で働く医師は、LEP患者の診療には慣れているので心配ありません。
 
プライマリ・ケア医を持つ大切さ 
 
アメリカに滞在する全ての日本人におすすめしたいのが、自分のプライマリ・ケア医(かかりつけ医)を持つことです。大人であれば内科医・家庭医(女性には産婦人科医が加わることも)、子どもであれば小児科医を指します。日本では健康な時に自分の健康を管理する「かかりつけ医」を持つことは少ないかもしれませんが、アメリカでは一般的です。プライマリ・ケア医は、持病の管理だけでなく、定期的な健康診断、ワクチン接種、がんのスクリーニングなどの予防医療サービスも提供します。必要に応じて専門医への紹介など、医療サービスの調整役・司令塔としても機能してくれます。プライマリ・ケアによる年に一度の健康診断(annual physical exam)や予防医療サービスは、通常保険でほぼ全額カバーされます。地域によってはプライマリ・ケアの予約が数カ月先まで埋まっている場合もありますので、早めに探してみてください。
 
自分の医療情報をきちんと把握する 
 
アメリカでは「医療保険の相互運用性と説明責任に関する法律」(HIPAA:Health Insurance Portability and Accountability Act)*③や「21世紀の治療に関する法律」(21st Century Cures Act)*④といった法規制により、患者が自分の健康情報にアクセスできる権利がしっかりと保障されています。日本と異なり、患者は簡単に自分の健康情報にオンラインでアクセスできるようになっています。クリニックや病院で診療してもらうと、その医療機関の患者ポータル(Patient Portal)で自分の血液検査、処方、画像検査結果などだけでなく、医者の診療記録を読むことができます。自分の健康情報を把握しておくためにも、こうしたポータルの活用をおすすめします。医者としても、普段から自分の健康状態や処方されている薬について正確に把握している患者へは円滑な医療サービスを提供できるため、より良い医療につながると感じています。
 
不満がある場合は病院の患者サービス部門に相談を 
 
多くの病院には患者アドボケート(Patient Advocate)や患者リレーションズ(Patient Relations)などと呼ばれる患者サービス部門があります。もし入院中の医療サービスやコミュニケーション等に強い不満がある場合は、このような部門に相談すると早急に解決するよう、担当の医療従事者に連絡がいくことがあります。病院にこうした部門があることを知っておくと、問題が生じた時に役に立つことがあると思います。
 
アージェント・ケアとエマージェンシー・ルームの違い 
 
プライマリ・ケア医を持たないで病気になった場合は、アージェント・ケア(Urgent Care)かエマージェンシー・ルーム(ER:Emergency Room)のどちらに行けば良いか迷うことがあるかもしれません。命に関わりかねない重い病気の場合は、エマージェンシー・ルームに行くことをおすすめします。アージェント・ケアは、主に軽症な病気(例えば、インフルエンザや風邪、咳やのどの痛み、捻挫等)を診てくれますが、エマージェンシー・ルームに比べてできることは限られています。血液検査ができない、できても結果が同じ日にわからない、X線検査ができない等、場所によっても対応にバラつきがあるため、気になる場合はあらかじめ確認した方が良いでしょう。一方、アージェント・ケアは、予約なしでの診療やオンライン予約で待ち時間の短縮が可能で、通常はエマージェンシー・ルームよりも待ち時間が少ないことが多いです。
 
安川康介 ■
米国内科専門医・米国感染症専門医。2007年慶應義塾大学医学部卒業。日本赤十字社医療センターにて初期研修後、渡米。米国ミネソタ大学医学部内科研修、テキサス州ベイラー医科大学感染症研修修了。南フロリダ大学医学部助教。YouTubeで医療情報を配信。2024年2月に『科学的根拠に基づく最高の勉強法』をKADOKAWAから出版(8万部超え)。 @kosuke_yasukawa

参考文献

① 第2パラグラフ:公民権法 
https://ocrportal.hhs.gov/ocr/cp/complaint_frontpage.jsf?lang=ja 

2パラグラフ:大統領令第13166号 Executive Order 13166 
https://www.justice.gov/crt/executive-order-13166 

4パラグラフ:「医療保険の相互運用性と説明責任に関する法律」(HIPAA:Health Insurance Portability and Accountability Act) 
https://ocrportal.hhs.gov/ocr/cp/complaint_frontpage.jsf?lang=ja 

4パラグラフ「21世紀の治療に関する法律」(21st Century Cures Act) 
https://www.fda.gov/regulatory-information/selected-amendments-fdc-act/21st-century-cures-act 

 

がん患者体験記「米国で突然がんになった」(後編)〜私たちの命を守るヘルスケア

がん患者だけでなく、悩める人たちの心身の健康をサポート。現在のアメリカの医療環境で今、私たちができることを探ります。

がん患者体験記
「米国で突然がんになった」
ー 後編 ー


前編では米国での突然のがん告知に続き、手術の結果、進行が早く予後が悪いがんだと告げられたと書いた。入院先の医師たちは、本当に優しく、私のいろいろな選択を否定することなく接してくれた。手術の数日後には、執刀医とは別の医師、看護師、ソーシャルワーカー、牧師などから構成される緩和ケアチームが用意された。私は特定の宗教を信仰しているわけではないので、牧師は不要だと告げたところ、すんなり受け入れてくれた。緩和ケアチームのミーティングには、私だけでなく友人たちも参加できた。 
 
入院患者の朝は早い。朝4時頃に起こされ採血。その結果を見て医師が病室に来るのは朝食前である。朝食はゼリー2つとカリフラワースープ。まずいと先生に文句を言うと差し入れの許可がおり、友人が近くのスーパーで買ったものや手作りのお弁当を届けてくれた。40cm近く腹部を切開したためか、1週間前には当たり前にできていたことが全くできなかった。リハビリで歩行訓練をし、階段の上り下りの練習もした。小さな合併症で入院は延びたが、それでも1週間で退院した。 
 
確定診断が出て両親に伝えると、すぐにでも日本に帰国し、治療をするよう言われた。だが、私は迷っていた。最先端の治療はアメリカの方が選択肢が多く、日本でまだ認可されていない治療方法もアメリカにいれば試せる。しかし、現実問題として、これからの治療に一人で耐えられるのだろうか。それに今後も長く続くだろう治療に、友人たちの手を煩わせたくないとも思っていた。
 
最終的には家族のいる日本に帰って治療を受けることに決めた。アメリカに残る選択をして、新型コロナウイルスの状況がさらに悪化し、家族に会えずに私の人生が終わってしまったら、日本にいる私の家族たちは後悔して立ち直れないかもしれないと思ったからだ。日本に帰って治療を受ける考えを医師に伝えると、医師も賛成してくれた。 
 
アメリカの病院から自分の医療記録を入手するのはとても簡単だ。書類にサインするだけで全ての情報がすぐにもらえる。新型コロナウイルスの影響で窓口対応が困難な時期だったが、帰国前に100ページ以上にのぼるカルテ情報はオンラインで送ってくれ、また、CTスキャンの画像データはCDにして郵送してくれた。さすがに英語で書かれた大量のカルテ情報をそのまま日本の医師に渡すのは迷惑だと思い、簡単に自分で要約、翻訳し、セカンドオピニオンを受診するときに持参した。 
 
セカンドオピニオンの過程で、手術時の検体をアメリカから取り寄せ、再度、日本で病理診断をすることになった。その結果、アメリカでの当初の見立てほど、予後は悪くないがんだとの再診断がでた。セカンドオピニオンで診断が変わるとは思っていなかった私はかなり驚くとともに、アメリカでセカンドオピニオンを受けなかったことを後悔した。 
 
私の抗がん剤治療は8回で、最初の1回は 2泊3日の入院だった。アメリカと違って日本の病院に入院する時は手ぶらというわけにはいかない。病院内を歩くための内履き、お箸、コップ、着替えの下着など、ちょっとした旅行並みの荷物が必要である。病院内で洗濯も可能だったが、パジャマやタオルはレンタルし、その当時、病室にはWi-Fi環境がなかったので、ポケットWi-Fiもレンタルした。 
 
そして、幸運なことに、日本の医師の診断通り、抗がん剤治療がうまく行きNED(ノー・エビデンス・オブ・ディジーズ:疾患の所見がない)という状態に回復。10カ月後にはアメリカに戻り、翌月から仕事に復帰できた。新型コロナウイルスで世界が翻弄される中、アメリカで突然がんになった私だが、幸運なことに素晴らしい友人、家族に恵まれて、がんと戦うことができた。 
 
米国という異国の地で、がんなどの病気に直面した日本人を支える「FLAT・ふらっと」を立ち上げる機会に恵まれた時、私がこの活動をすることは、友人たちへの恩返しにもなるのではないかと思った。そして、私の友人たちが私に手を差し伸べ、助けてくれたように、「FLAT・ふらっと」が在米日本人の皆さまの健康を助け、寄り添う役目を果たせることを切に願っている。
 
清水佐紀 ■

FLAT・ふらっと理事。薬学学士、医学博士。東京科学大学(旧:東京医科歯科大学)大学院にて医学博士を取得後、カリフォルニア大学ロサンゼルス校AIDSインスティチュートでエイズの遺伝子治療開発に関する研究に従事。現在はサンフランシスコ・ベイエリアのバイオテック企業で遺伝子治療研究者として勤務。

 
 

がん患者体験記「米国で突然がんになった」(前編)〜私たちの命を守るヘルスケア

がん患者だけでなく、悩める人たちの心身の健康をサポート。現在のアメリカの医療環境で今、私たちができることを探ります。

がん患者体験記
「米国で突然がんになった」
ー 前編 ー


金曜日の夕方、仕事から自宅に帰る車の中で携帯電話が鳴った。病院からだった。いつにも増してひどい渋滞で、電話に出ることもできたが、やめておいた。約10分間隔で2回ほどかかってきた。金曜日の夜だし、早く話を終わらせて、医師も家に帰りたいのだろうと思い、3回目の電話は取ることにした。私の名前と生年月日を確認したあと、医師は静かに言った。 
 
「I’m sorry. You have cancer」 
 
予想もしていなかった告知であったけれど、意外と落ち着いて聞いていた。そして医師は、私のことをいろいろと尋ねてきた。どこに住んでいるの? 仕事は? 家族はいる? こういった患者情報はカルテ記入後、医療者間で共有される。患者もまた、どんな情報が医療者間で共有されているのかを知ることができる。 
 
病院によるのかもしれないが、私の通う病院ではいつも予約時間ぴったりに診察が始まる。たまに待つことはあっても数十分。日本のように何時間も病院の待合室で待たされることは絶対にない。これは、医師が患者1人にかける時間が決まっており、忠実に守られているからだ。私が告知前に診察を受けた時、なかなか処置がうまくいかず、規定時間内に終わらせることができなかった。そのため、救急治療室で処置を受けるように指示された。自分で歩いて受付に行くと、すでに準備は整っており、待たされることなく個室に案内され、すぐに処置の続きが行われた。これが、アメリカの病院で待ち時間がない理由なのかと納得した。日本で同じように救急へ自分で行き、処置の続きを受けるように指示されたら、患者は怒るのだろうか。それとも、待ち時間をなくすために当たり前のこととして受け入れるのだろうか。少し、興味深い。 
 
がん告知後は、多くのことが恐ろしいほどのスピードで決まっていく。金曜日に告知を受けて、翌週の水曜日には外科医と会い、詳しい手術の計画を聞いた。ちょうどアメリカでも新型コロナウイルス感染症が流行り出した頃。日本に住む家族を呼ぶことにはためらいがあった。というか、高齢の両親には、私ががんになったことさえ伝えることはできなかった。兄弟と話し合い、確定診断が出るまで、がんのことは両親に伏せることにした。ロサンゼルスに住む親友に相談すると、ありがたいことに仕事を休んで手術に付き添ってくれると言う。アメリカに家族がいない私にとって、彼女らの協力はとてもありがたかった。英語を話さない日本の家族と、アメリカの医師との連絡を取り持ってくれて、とても安心できた。 
 
昼過ぎに手術が始まり、終わって目覚めた時はもう夜。翌日、執刀した外科医がベッドに来て状況を説明してくれたが、あまり良い内容ではなかった。進行が早く、予後の悪いがんであること、がんはすでに散らばっており、全部を取り切れなかったこと、あまり治療方法の選択肢がないことなど、丁寧にわかりやすく、隠さずに話してくれた。ショックを受けるというよりも、私の脳は理解することを拒否するかのように思考を停止したと言うほうが正しかったかもしれない。外科医から言われる言葉はきちんと理解していたし、今でもはっきりと覚えている。ただ、人ごとのように聞いていた。
 
1週間前まで、私はがんどころか病気とは無縁の生活を送ってきた。夏にはトライアスロンの競技に出たし、マラソンも走っていた。病院でのチェックアップも怠らなかった。それなのに突然、世界が変わった。当たり前のように過ごしていた日常が突然、遮断された。このまま当たり前のように年を取って、白髪やシワの増えた仲間たちといつまでも仲良く過ごせるものだと、勝手に思っていたのに。それは一瞬で崩れるのだと思い知った。(次回に続く)
 
清水佐紀 ■

FLAT・ふらっと理事。薬学学士、医学博士。東京科学大学(旧:東京医科歯科大学)大学院にて医学博士を取得後、カリフォルニア大学ロサンゼルス校AIDSインスティチュートでエイズの遺伝子治療開発に関する研究に従事。現在はサンフランシスコ・ベイエリアのバイオテック企業で遺伝子治療研究者として勤務。

 
 

家族に贈る最大のプレゼント「アドバンス・ケア・プランニング」〜私たちの命を守るヘルスケア

がん患者だけでなく、悩める人たちの心身の健康をサポート。現在のアメリカの医療環境で今、私たちができることを探ります。

家族に贈る最大のプレゼント
「アドバンス・ケア・プランニング」


皆さんはアドバンス・ケア・プラニング(ACP)をご存じですか? 日本では「人生会議」とも呼ばれています。私は緩和ケア医として大学病院で働いていますが、具合が悪くなって入院する患者さんの中には、もうどうやっても助からない、いわゆる終末期の患者さんもたくさんいます。自分でどういう治療を受けるか決められれば良いものの、あまりに具合が悪いと、まともにコミュニケーションが取れないこともあり、医師は家族など近しい人と相談しながら治療方針を決めなくてはなりません。そういったときに備えて、あらかじめ話し合っておきましょう、というのがACPです。 
 
具体的には以下の3つが含まれます。
 
① 本人の人生観、価値観をシェアする会話
② 意思決定代理人(Health Care Agent)の指定
③ 具体的な治療に関する希望を記した事前指示書(リビング・ウイル)の作成 
 
この中でいちばん大切なのは①です。アメリカで生活している場合は②も重要。例えば、ある高齢者に子どもが3人いる場合、意思決定代理人を決めておかなければ、3人全員が合意しないと物事が進みません。しかし、そのうち誰か1人を指定しておくと、その1人が同意するだけで良いわけです。日本と違い、アメリカでは意思決定代理人が法的な決定権を持つため、事前に指定しておきましょう。 
 
問題は③です。「万一の時は延命治療を望みますか?」とか、「食べられなくなったら胃ろうを希望しますか?」とか、何らかの治療に関して決断を下すことがACPであり、言い換えると、それができなければACPが完了しない、と考えている医療者をよく目にします。ところが、これは大きな間違いです。 
 
確かに、将来に受ける治療の希望について、書類に残しておくに越したことはない、そんな気がしてしまいます。でも実際には、①がしっかりと共有されていない中で③の書類だけあっても、あまり役に立ちません。いくつもの研究で、家族が③の書類に従って治療の方針を決めることはできないと報告されています。 
 
例えるなら、1年後の夕食に何を食べるのか、あらかじめ決めることに似ている、とも言えます。1年後のその日は、暑いかもしれないし、寒いかもしれない。その時に何を食べたいか、なんて決められないですよね? 
 
それよりも、その手前の段階を明らかにしておくほうが良いのです。例えば、「洋食よりも和食が好き」とか「夕食に麺類はあり得ない」とか。大まかな好みを知っているほうが役に立ちます。それに当たるのが①です。 
 
ただ、人生観、価値観、と言われても、何を話していいのかよくわかりません。私がよくおすすめするのは次の4つの質問です。
 
1)自分が楽しみにしていることって何ですか?
2)自分の生きがいって何ですか?
3)今後、状態が悪くなったときに、いちばん気がかりなことって何ですか?
4)「〇〇になったら生きていたくない(死んだほうがまし)」という考えはありますか? 
 
皆さんは、この4つの質問に答えられますか? もし答えられるのであれば、それを自分の大事な人と共有しておくことは非常に大切です。これは自分のためと言うよりむしろ、周りの人のためにこそ必要。家族の気持ちになってみてください。あなたの生死がかかった決断を下さなくてはいけないときに、何の手がかりもない。そのプレッシャーたるや生半可なものではありません。一生残る深い傷を家族に刻むこともあるのです。 
 
「ACPで自分の思いを共有することは、自分が周りの人に贈る最大のプレゼントである」と、私は信じています。これを読んだら今日にでも、家族と会話を始めてみてください。

中川俊一■内科医、老年医学医、ホスピスおよび緩和医療医。北海道大学医学部卒業後、クリーブランド・クリニックの肝移植フェロー、同クリニック内科レジデント、マウント・サイナイ医科大学老年内科フェローなどを経て、現在はコロンビア大学医学部で緩和医療科入院部門のディレクターを務める。 
@snakagawa_md

 

見過ごさないで! 卵巣の病気とがんの知識〜私たちの命を守るヘルスケア

がん患者だけでなく、悩める人たちの心身の健康をサポート。現在のアメリカの医療環境で今、私たちができることを探ります。

見過ごさないで! 
卵巣の病気とがんの知識


卵巣がんは、世界の女性のがん死亡で第5位と、婦人科がんの中でも難しい病気のひとつです。今回は、そんな卵巣がんのあれこれについてお伝えします。
 
▪️「卵巣がん」にもいろいろある 
 
卵巣がんとひとくくりにされがちですが、実は、がん細胞や組織の形態によって細かく分類され、これを病理組織型と言います。以下のように、それぞれ特徴が異なり、MRIなどの画像検査や手術中の腫瘍の見た目から予測していき、最終的には病理組織診で診断します。

高異型度漿液性がん:卵巣がんの約3分の1を占め、半数以上が進行した状態で発見されます。一方で、手術、抗がん剤、分子標的薬などの組み合わせ次第で劇的に治療が奏効することもあります。このタイプのほとんどは卵巣ではなく、卵巣のすぐそばにある卵管から発生すると言われています。

明細胞がん:子宮内膜症患者に発生しやすいことがわかっています。また、人種差があり、アジア人に多いとされます。米国では卵巣がんの5%ほどと少数ですが、日本では約4分の1を占めます。進行した状態で発見されると、化学療法が効きにくく、とても厄介です。
 
粘液性がん:腫瘍の中に大量の粘液を含み、しばしば肥大化します。早期発見も多いのですが、化学療法が効きにくいので、きちんと切除できるかどうかが重要です。
 
その他:類内膜がん、低異型度漿液性がんなど、多くの病理組織型があり、それぞれに合わせた治療が必要です。
 
▪️卵巣がんの検診、早期発見、予防は? 
 
卵巣がんは検診や早期発見の難しさで知られます。卵巣はお腹の中の奥深くにあり、体の表面から触ることができません。卵巣を観察する際に頻用されている超音波検査にしても、正常の大きさの卵巣はうずらの卵ほどのサイズしかなく、がんが発生しているかどうかを見分けるのは極めて困難です。超音波検査で十分見えるような大きさになる頃には、すでに進行してしまっている、ということが起こりやすいのです。 
 
また、卵巣は、広いお腹の空間に浮かぶように位置しています。そのせいで、卵巣がんが発生して多少大きくなっても特に症状がなく、いよいよ腹水がたまってきてお腹がパンパンになって初めて病院を受診するというケースも多いのが実情です。 
 
卵巣がんには、残念ながらワクチンのような予防法も存在しません。予防や早期発見がかなう方法の開発が待ち望まれています。
 
▪️遺伝性乳がん卵巣がん症候群 
 
卵巣がん、特に高異型度漿液性がんの約10~15%程度に遺伝が関与しています。BRCA1あるいはBRCA2という遺伝子は、傷が付いた他の遺伝子の修復に関わっていますが、これらのBRCA遺伝子の変異があると、遺伝子の傷をうまく修復できず、がん化しやすくなってしまいます。 
 
このBRCA遺伝子の変異が親から子に遺伝するのが遺伝性乳がん卵巣がん症候群(Hereditary Brest Ovarian Cancer:HBOC)です。親が保因者の場合、50%の確率で子に遺伝します。 
 
遺伝子変異があると、生涯に卵巣がんを発症する率がBRCA1変異で約 40~60%、BRCA2変異で20~30%程度と報告されています。これは、一般の人の卵巣がん生涯発生率が約1%であることを考えると、とてつもなく高い数字です。HBOCでは、乳がんが若年で発症しやすく頻度も高いため、卵巣がんはその陰に隠れがちです。しかし、前述の通り、卵巣がんは早期発見しにくく、非常に問題となります。 
 
最近は、HBOCの方への手術による予防的卵巣卵管切除も普及しつつあります。遺伝が関与するため、子どもを含む身近な血縁親族への影響が心配されます。十分なカウンセリング体制の構築が課題と言えるでしょう。
 
村上幸祐■兵庫県神戸市出身。FLAT・ふらっとの臨床アドバイザーで、医師、医学博士。2022年7月よりメリーランド州ボルチモアのジョンズ・ホプキンス大学で博士研究員を務める。日本では婦人科腫瘍を専門とし、手術、化学療法、緩和医療などに携わる。産婦人科専門医・指導医、婦人科腫瘍専門医、腹腔鏡技術認定医、ロボット専門医、がん・生殖医療ナビゲーターなどの資格を有する。現在は主に卵巣がんの腫瘍免疫機構に関する研究を行う。

 

体験談「子宮頸がんは私にとって試練と使命を与える出来事」〜私たちの命を守るヘルスケア

がん患者だけでなく、悩める人たちの心身の健康をサポート。現在のアメリカの医療環境で今、私たちができることを探ります。

体験談「子宮頸がんは私にとって
試練と使命を与える出来事」


私の人生をがらりと変えてしまった試練、それは2021年、新型コロナのパンデミック最中の子宮頸がんの告知に始まります。今は根治し、元気にやっておりますが、あの時の驚きと絶望は忘れられません。これから家族を持ちたいと思っていた矢先、32歳にして子宮全摘の手術と放射線治療が必要となりました。 
 
妊娠できなくなった身体、治療の副作用と再発を常に意識しながらの生活……。21歳から一度も子宮頸がん検診を欠かしたことがなく、健康に自信があったにもかかわらず、突然の発症。正直、「なぜ私が?」という気持ちがぬぐえませんでした。また、罪悪感や自責の気持ちが芽生え、一部の家族、友人以外に病気のことを打ち明けられずにいました。 
 
この経験から生まれた使命、それは子宮頸がんを取り巻く状況と人々の認識を変えること。子宮頸がんは決して珍しい病気ではないのに、正しい情報が広まっていません。それどころか、さまざまな誤解や偏見が正しい予防の機会を逃す原因にさえなっています。 
 
私はがん発覚当時、この病気に対する知識がほとんどありませんでした。自分が予防できたかもしれない病気にかかってしまい、無知だった自分に怒りを覚えました。世界的に子宮頸がん撲滅が叫ばれる中、日本では子宮頸がんの患者数が増えている状況を知り、なんとかしたいと思いました。この悔しさをバネに、現在は啓発活動に携わっています。 
 
私がこの体験を通してお伝えしたいのは2点。ひとつは、皆さんに子宮頸がんという病気について知ってもらい、ひとりでも多くの方の予防につながってほしいということです。私の場合は、定期的に受けていた子宮頸がん検診のおかげで、ステージは1B2期と早期発見できました。それでも、子宮全摘という人生を大きく変える手術、治療が必要でした。当時は日本企業の駐在員としてアメリカで忙しい日々を送っており、コロナや仕事を言い訳に検診を先延ばしにしていたら、もっと病気が進行していたかもしれません。 
 
もうひとつは、今この病気と闘っている方に、孤独感や罪悪感を抱いで欲しくないということです。子宮頸がんには誤解や偏見が付きもので、話題にすることがはばかられることもあるでしょう。多くの子宮頸がんは、原因となるヒトパピローマウイルス(Human Papillomavirus/HPV)に、主に性交渉から感染して発症します。しかし、これはほとんどの人が一生に一度は感染するウイルスで、思ったより身近に存在します。そして、罹患してしまったことは誰のせいでもありません。私たちがよりオープンに、子宮頸がんやHPVについて話せるようになることが、近い将来、病気の撲滅につながると私は信じています。 
 
まずは、自身の健康を第一に考え、適切な検診を受けることが大事。現在、闘病されている方、治療後の生活を送られている方は、この「FLAT・ふらっと」のようなサポート・グループに助けを求めてください。あなたはひとりではありません。
 

小郷杏奈 ■
2021年に子宮頸がんを経験。子宮頸がん患者アドボケートのグローバル・コミュニティー「Cervivor」に所属し、患者サポートや啓発活動に携わる。

 
 
婦人科がんの専門的立場から

子宮頸がんは「予防できるがん」です。子どものうちにHPVワクチンを接種すれば、がんになること自体を予防できます。また、「がんの早期発見」が可能なのも特徴。定期的な子宮頸がん検診として、細胞診(Pap test)やHPV検査を欠かさないことが大事です。 

杏奈さんのように、検診を受けていても、手術や放射線治療が必要な子宮頸がんになってしまうケースはあります。そのため、HPVワクチンと子宮頸がん検診の両輪での予防が求められます。また、HPVは子宮頸がんだけでなく、肛門や中咽頭(のど)のがんの原因になっていることもわかっています。男女共に関わる話であることを、ぜひ覚えておいてもらえればと思います。

鈴木幸雄■医学博士。婦人科腫瘍専門医。これまで多くの子宮頸がん、子宮体がん、卵巣がん患者における手術、化学療法を担当。がん予防に関する健康行動理論の構築をテーマに博士号取得。現在はコロンビア大学メディカルセンター産婦人科博士研究員として臨床研究に従事。産婦人科専門医・指導医、女性ヘルスケア専門医、細胞診専門医、腹腔鏡技術認定医でもある。横浜市立大学産婦人科客員研究員。在米日本人の生活と医療を支えるNPO、FLAT・ふらっとの代表メンバー。